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17. ガンスリンガーバトル



 国民が待ち望む祝日、こどもの日。行楽地が賑わうのは説明するまでもなく、つい先日も混雑を経験したので早めの行動をとった。とはいえ開場は午前十時。混雑を見越しても一時間前に到着すれば問題ない。



「なんなんだ、この人混みは!」



 駅前の混雑は予期していた。のに、会場に近づくにつれて人混みは増していく。

 異変はもう起きていた。会場はおろか、その周辺の歩道なんて通り抜けるのもままならない。尋常じゃない混雑を目にしたわたしは半ば強引に人混みをかき分けて突入する。イベント前にゲームオーバーなんて冗談じゃない。


 幸いにも事件は起きていなかった。たまたま近くにいた二人組の男性に事情を訊いてみたところ、ただ開場のアナウンスを待っているだけだった。



「どこに並べばいいかわかんないんだよね。案内がなにもないし」


「あそこのツーブロのお兄さんなんて七時には着いてたのに、ずうっと放置だって」



 二人にお礼を云って今度はツーブロのお兄さんに声をかける。これといった情報はなかったけれど、わたしをゲンナリさせるには十分だった。

 信用しなかったわけでもないが試しにわたしも周りを見習って待機することに。五分、十分と待ってみたが本当になにも起こらなかった。

 しょうがない。ここは一旦離れて作戦会議を開こう。群衆から少し離れたところで待機させているあの子の元に向かった。



「——だとさ」


「ボクを待たせるなんて、ったく」



 街路樹の木陰で座り込むアキハ。自販機で買った炭酸ジュースをグビグビと飲んでいる。こんな姿から一体誰が天使とわかろうか。口さえ閉じていればただの美少女でしかない。



    *



 時は今朝に遡る。せっせと身支度を整えているその横で、ベッドに腰かけ両足をバタバタと動かすアキハ。着いていくのは当然といわんばかりのすまし顔でジッと見つめてくる。しかも人間の姿で。

 どうしたの、と訊くまでもない。説得が時間の無駄なのはわかっている。自分の身支度をひとまず中止し、クローゼットから小さい頃着ていた古着をアキハに手渡す。白いワンピースに黒のキャップ、ベージュのショルダーバッグ。最初は着替えるのは面倒だと嫌そうにしていたが、わたしのお古というとウキウキと着替え始めた。



    *



「だったら家でゆっくりしていればよかったのに。どうせ何もしてくれないんだから」


「この日のためにどれだけ準備したことか。あぁ、早くゲームしたいな」



 こんな状況なのにこの子は呑気だ。責務から解放されたアキハは地上のあらゆる娯楽を堪能していた。ゲーム、漫画、アニメはもちろん、わたしの小学校の卒業アルバムを見てはムフフと笑い出したり、ベッドのシーツを抱き枕代わりにして睡眠を貪ったり。ついにはクローゼットの奥深くにしまっていた「ソーサリー・スピリッツ」に辿り着き、その日からルールブックを片手にカードに触れる日々が始まった。

 

 意外だったのはルールを教えてくれとか一緒に遊んでくれとか、しつこくねだってこなかったこと。勉強に追われる身分としては静かなのは非常にありがたい。時には宿題の合間に様子を眺めることもあった。『もんもん』で多くのプレイヤーを見てきた経験からカードを扱う手つきだけで実力がそれとなくわかる。


 これも意外だった。天真爛漫で賑やかな性格なくせ、カードを扱う手つきは鮮やか。まずシャッフルする時の音が全くの別物。澱みないテンポでシャッフルするのは存外に難しい。テーブルにカードを置く時だって将棋の駒のような心地いい音。下手くそが真似しようなら絶対にカードを折る。

 手つきはさながら熟練のプレイヤー。どれだけ天界で遊び呆けていたのだろう。アキハの実力がどれほどのものか気にならなかったわけじゃないが、決戦の日が迫る状況で遊びに興じるほど余裕はなかった。



「どんなデッキ用意したの?」


「知りたい? えー、どーしよっかな」


「ふぅん? 人のものを勝手に使ってその態度なんだね」


「ひっ……あ、葵が使ってたやつだよ」



 と、アキハは見せびらかすようにバッグから父が買ってくれた合皮製のデッキケースを取り出した。そういえば貸したままだったっけ。


 世界を制したデッキは電脳世界にてレシピが公開されている。あまりにも珍妙な構築に世界中のコミュニティが騒然としたとかなんとか。付随して採用カードについてさまざまな議論が交わされたとかなんとか。

 らしい、というのも大会以降スッパリ引退したから詳しい事情は知らない。だいたいの話は沼津店長から聞いた話である。


 どんなデッキを使おうが参加するのはアキハなのだから勝手にすればいい。ただその構築はわたしの癖と感覚で調整したわたしのオリジナルデッキ。『戴冠式の前日』を筆頭に常人では考えられないカードを山ほど搭載している。

 ひと昔前までは安価だったマイナーカードも決勝で使用したばっかりに知名度も価格も急上昇したとか。個人的に他人に回せる代物ではないと思ってる。



「うまく回せる?」


「大丈夫! 完璧さ」



 ありったけの笑顔に曇りはない。心配はいらないみたいだけど実践経験は皆無だし、うまくいって一勝が限界だろう。負けて戻ってきた時のために励ましの言葉を用意した。


 隣り合うように腰を下ろし、アキハに預けていたペットボトルをあおる。今日に至るまで組まなく情報を追っていたけれど続報はなかった。わたしの予想では一番目立つ、会場のど真ん中で鎮座。だったらその周辺をうろうろしていればいいはずだ。


 ぼうっと歩道に群がる群衆を眺めながら時間を潰していると、ふぁんふぁんふぁんと、どこからかサイレンが聞こえてきた。事件かな、でも所詮は他人事。混沌に添える効果音。小さくあくびをしてやり過ごす。



 ふぁんふぁんファン……通り過ぎるどころか近づいてきてない?

 

 音が鳴る方へ、てらてらと光るランプの方へ、わたしも群衆を目を向けた。やってきたパトカーはわたしの真後ろで停車する。パトカーから出てきた警察官は群衆を一瞥すると胸元の無線でどこかとやりとり。運転席から出てきた警察官はそのまま群衆の一人に声をかけた。

 そのやりとりは直視しない。けれど聞き耳だけは入念に。


 どうやらこの混雑に対して110番があったそうだ。やがて警察官の誘導で会場に群がっていた人が散り散りになり、入り口を思しきところからスーツの男性と数人の警備員が現れた。周辺が一気に慌ただしくなる。

 続々とスタッフが集まれば瞬く間に入場列が出来上がっていく。先手を逃すわけにはいかない。隣であくびするアキハの手を無理やり引っ張って入り口の近くで待機。読み通り、メガホンを手にしたスタッフが「お並びください」とアナウンスした。


 危ういところだった。後ろを振り返れば長蛇の列。いち早く並べた代償に天使は入場前から息も絶え絶え。汗を拭いたり飲み物を与えたりと看病しているとあっという間に入場時間になった。


 なんとも呆気なく会場に入れた。手荷物検査もなかったし開場を告げるアナウンスもなかった。これならスタンガンの一つや二つ持ってくればよかったと後悔した。

 入り口に設置された地図を眺めながらすぐさまプリミティブの位置を確認。展示スペース、対戦ブース、物販コーナーに特設会場。事前情報と相違はない。しかし肝心のプリミティブの情報がない。見逃したかと思ってもう一度見返そうとするも横から腕を引っ張られてしまった。



「まちくたびれたぁ、今度はボクの番だ」



 可愛らしい力で無理やりどこかに連れていかれる。そんな場合ではないと抵抗するが、声は会場の活気にかき消される。向かう先は対戦ブース。開場してまもないのに百席以上ある席が埋まりつつある。「いってくる」と元気な言葉を残し、ふらっとブースに吸い込まれてしまった。


 プリミティブを放置するのは危険だろう。だけど人間姿のアキハを放置するのも危険。プリミティブがあるとすれば展示スペースだろう。幸いにもあそこは出入り口に面しているから、いざとなれば簡単に逃げ出せる位置でもある。

 ならば今はもう一つの危険因子を見張るとしよう。


 思えば少し前までは自分が柵の向こうにいたんだ。長テーブルとパイプ椅子がぎっしりと敷き詰められた狭い空間で目の前の相手を蹂躙してたんだ。こうして外野から誰かを見守るのは初めてのこと。立場はだいぶ変わってしまったけれど盤面と向き合うプレイヤーたちの闘志は昔と変わらない。




「ふふん、どう? ボクに惚れ直した?」


「や、そもそも最初から惚れてない」



 ブースから出てきた天使はしたり顔だった。結果はなんと無傷の五連勝。まだまだ勝てそうな雰囲気だったが今回の大会はガンスリンガー方式。負けたら退場の勝ち残り方式で、一定の勝ち星を得るとプロモカードと引き換えに強制退出させられる。



「まだまだ遊び足りないなぁ」



 獲得したカードを感慨深そうに見つめるも本人は不満の様子。気づいていないようだが実はもう一度列に並べば遊べた。しかしアキハが出てきた時点で対戦ブースの待ち時間は脅威の一時間超え。さすがのわたしでも笑えなかった。さりげなく誘導するのに全神経を研ぎ澄ましたおかげでもうへとへと。



 けど——いいものを見れた。アキハのプレイングは完璧だった。世界王者がそう思うのだから間違いじゃない。ルールを覚えて半月も経たないひよっこがルールブックを確認せずゲームを進められるだけ上出来だ。身内として誇らしく思う反面、人間と天使との力量をありありと見せつけられた時間でもあった。


 距離はそう遠くないはずなのに混雑のせいで移動もままならない。逸れないように小さな手を掴んで人の身体とぶつかり合い、やっとの思いで展示スペースに到着したがプリミティブは見つからない。見落としたら大変だと引き換えそうとするが、人混みのせいで逆走できない。


 たまらずすぐさま休憩スペースに避難。これからのことは一旦置いておいて、とりあえずアキハの勝利を祝って勝利の美ジュースを分かち合う。一度ベンチに腰かけるとどっと疲労が押し寄せた。


 勝利はなにより、けど気がかりだったのは運営の進行。控えめにいって雑だった。




 通常、ゲームが終われば係りの人がプレイヤーを誘導して空席を埋めていく。絶え間なく押し寄せるプレイヤーの波を捌くには迅速かつ高度なチームワークが求められる。その難しさは世話になった元プレイヤーとして身に染みている。だけど今日に関しては全然ダメだった。一時間の待機列がなによりの証左である。

 いち早く参加していたアキハは巻き込まれなかったけれど、はたから見ているとあちらこちらでトラブルが起きていた。四勝しかしていないプレイヤーに退場を促したり、待機列で揉め事が起きたり、そもそもガンスリンガー方式なんて告知もなく、わたしのように来場して初めて知った人が大多数だった。




 数年ぶりのイベントだから仕方ない、と、擁護するのは簡単だ。イベントに参加するほどの熱意ある人なら汲み取ってくれるはず。でもなんとなく不穏に思ってしまった。プリミティブの件だって未だに告知がないわけだし。一刻も早く監視下に置きたいが、監視対象が不在ではわたしもお手上げ。


 休みがてら試しに電脳掲示板で「ソーサリー・スピリッツ」と検索してみると参加者と思われる書き込みを発見。中には写真付きで実況している人もちらほらいる。



『めっちゃ混んでる』『会場に入れない』『対戦ブースにて喧嘩発生』



 どれも好意的ではない。寸分の狂いもない同意見に思わず頷く。でも知り合いが運営に携わっているだけに気持ちいいものではなかった。大量の不満の声を漁ることしばらく、ついに欲していた情報が舞い込んできた。



『スタッフに訊いたら、プリミティブは十四時から始まるステージでお披露目だとさ』



 だとするとしばらく安心だ。でもそのステージまで二時間以上待たなくては……窮屈でうるさくてごちゃごちゃしたこの空間で? バカな、ありえない。外で時間を潰すにしたってあの列に並びなおすなんてこりごりだ。



 ——はぁ、しょうがない。こうなったら悪魔に魂を売ろう。



「あ、沼津店長、お久しぶりです。葵です」



 手短に状況を報告しようとしたが混雑のせいで電波が悪い。また時間をあけてかけなおすことになった。



「あおぃ、外……一回出よう。人酔いしちゃったぁ」



 隣からの情けない声に全面的に同意。こうして命からがら脱出してファミレスという極上のオアシスに避難した。


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