籠の中の鳥は
カゴメ唄です
日が落ちてから暫くたち、賑やかさも身を潜めた時刻。窓枠に腰をかけ煙管を吸いながら斜め向かいの遊郭を見下ろしていた。
まばらに灯りが点いている所もそうでない所からも影が動いているのを見て今宵も繁盛してるなぁと口の端を持ち上げる。
「なんや面白いモンでもありましたかえ?」
体を起こして着物を羽織つつ聞いてくる女の問いには答えぬまま酒を要求すると大人しく襖を少し開け酒の用意をさせ自分は身なりを整えている。
微かな衣擦れの音を耳にしつつじっと部屋を見ていれば他とは違う影の動きに思わずため息を吐く。
その部屋は若い衆から報告のあったところで、近々事を起こすと考えられるところだ。とはいえ、身請け等であれば兎も角足抜けとなれば処分されるので遊女は渋ってはいるそうだが。
「さてさて、どうなることやら。」
妓女の用意した酒を口にしながら呟く。
特に変わった動きもなく時が過ぎ、今回は何もないかと少しつまらなさそうにため息を吐き妓女と床につこうとして不意に違和感を抱く。
影があまりにも動かなすぎるのだ。説得に応じぬならせめてと床につくだろうにその様子もなければ1つの影しか見えない。
これは、と思い外から姿が見えぬよう窓から見下ろすと案の定、身を乗り出して周りを確認する男の姿があった。
誰も見てないと思ったのか男は肌着の遊女を抱えて窓から静かに飛び降り裏を疾走する。一度遊女を隠してから裏にいる門番に殴りかかり昏倒させてから再び遊女を抱えて走り出す。途中、遊女が目を覚ましたのか抵抗されたがここまで来たら最早抵抗も無意味だと悟ったのだろう、少し悔しげな、それでいて解放されることに喜んでいるような顔をしつつ男と手を繋ぎ足を動かす。
花街の外へ続く道が見え其処さえ通れば戻って来ぬ限り罪には問われないと喜色を顔に浮かべた所で背中に何かがぶつかりたたらを踏む。その拍子に遊女は足を縺れさせ転ぶ。
当然だろう。遊女は走ることなどない、むしろ遊郭からそこまで走れたことに感心するぐらいだ。
呆然としている間にいつの間にか来ていた追ってにより2人は捕らえられる。何とか逃げようともがくも追手も弱くない。簡単に拘束されてしまう。
2人を拘束し、手の空いている追手2人が背後を振り仰ぎ何かを確認して仲間に頷き持っていた刀を手にする。
朝日が昇ってきたことにより少し反射で眩しく目を細めつつも終わったかと身支度を始める。
遊女は心臓を一突きされ荒薦に包まれ浄閑寺に、男は見通しの良いところに晒し首。花街の掟を破った者の末路の1つだ。
「バカな女だ。もう数年我慢すれば年季も明けて自由だったのになぁ。抵抗して戻れば折檻で済んだものを。」
人が起きて賑やかになりだすのを耳にしつつ玄関に向かう。
「おお、楼主さまじゃないか。また来るよ。」
「ご贔屓に。」
馴染みの客を見送りつつ若い衆に指示を出す。
「何だか表が騒がしいなあ。」
「どうやら何処かの遊女が旅に出たらしい。」
「へぇ。通ってる女のとこじゃなきゃいいがな。」
見送りが終わり中に戻ろうとすればそんな声が聞こえてくる。
「ああ、そうだ。あの2人をどうするかも考えないとな。大事な鳥を逃がす無能な鶴と亀も要らないのだから。」