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結果オーライ・棚ボタの1班

千葉県の捜査本部、刑事部には捜査第一から捜査第四まで捜査課があり、県内の優秀な刑事が集められ、一つの所属、つまり警察署だけでは対応できないような県内の捜査事件に対応している。

捜査第一課は傷害事件や殺人事件等いわゆる粗暴犯を取り扱い、捜査第二課は選挙違反や汚職事件のいわゆる知能犯を取り扱い、捜査第三課は窃盗事件を取り扱う。捜査第四課は事件の内容ではなく、被疑者が暴力団の構成員である場合に事件捜査を行う形である。

今回は一から四までの捜査課のうち、捜査一課の捜査課の物語である。千葉県の捜査第一課は3班構成となる。

結果オーライ・棚ボタの1班と称される捜査1班、王道捜査・実力の2班と称される捜査2班、センスと根性・地道捜査の3班と称される捜査3班である。

各班12名体制、警部補は班長、巡査部長は主任と呼ばれる。警部補と主任がペアを組み捜査にあたる。つまり各班6名程度警部補がおり、その警部補の中から、実績・捜査能力等を鑑みて、班の代表警部補が1名選出されて筆頭警部補、筆頭班長などと呼ばれるのである。

各班とも、筆頭班長の捜査指揮等の影響で、持ち味が異なってくることになり、捜査の何に力を入れているなどで、それぞれ特色が異なってくる。中でも捜査1班は、他の2班、3班とは異なり、結果だけを見れば、どの班にも負けない事件解決数を誇っている。

これは結果オーライ・棚ボタの1班、筆頭班長の物語である。

それは令和4年6月25日のことだった。

千葉県警察本部捜査第一課班長藤堂一の携帯電話に上司で捜査第一課課長補佐の米山から電話があった。

この日、藤堂は県内佐倉警察署管内であった捜査本部事件が終了し、本来休日で、5歳になる娘の舞と県内浦安市にある東京ディズニーランドへ行き、自宅のある成田市内へ戻ってきたタイミングの時である。

午後7時を少し過ぎた頃になる。

嫌な予感はしたが、電話に出ない訳にもいかない。

車を成田市内のコンビニエンスストアの駐車場に止め、電話に出ると米山は「休み中悪い。少し前、110番で、成田市内で人が血を流して倒れているという通報が入った。現着した警察官の報告ではマルエムの可能性が高いとのことだ。現場は成田市公津の杜2-1-1の公津の杜ハイムというマンション敷地内ということだ。藤堂は成田市内の官舎に住んでいるよな。現場を確認してきてほしい。俺もすぐ現場に行く。」とのことであった。マルエムは警察の隠語で殺人事件のことを指す。

案の定な内容だったが、娘を官舎敷地内で降ろし、すぐに現場へ向かった。公津の杜は閑静な新興住宅地で警察官も何人か住んでいる地区である。藤堂が住んでいる官舎からも遠くはない。15分ほどで現場に到着した。

マンションの周囲には既に「立ち入り禁止」の規制線が張られている。

マンション近くのコインパーキングに車を止め、白手とバッジを手にして、規制線に近づくと、マンション裏手側で、いかにも刑事という感じの者が15名ほど、他にも制服警察官の姿がやはり15名ほど確認できる。刑事は成田警察署の事件番、つまり当直班と他には初動捜査のスペシャリストである機動捜査隊の捜査員だろう。見知った刑事もちらほらいる。規制線の外側に立っている制服姿の警察官に「捜査一課の藤堂です。現場を確認させてもらっていいですか」と尋ねると制服の警察官、すぐさま無線で「今、捜査一課の方が現着しました。中に入れて大丈夫ですか」と確認をとった後、入れてくれた。また、マンション敷地の奥の方にいたいかにも刑事風の男らが近づいてきた。その中の一人、成田警察署の刑事と思われる者が説明した。

「ご苦労様です。成田署の早乙女です。このマンション敷地内が現場になります。110番での通報で入電は午後6時45分頃でマンションに住む住人が夕飯の支度を終えてゴミ出しのため、マンションのこちら側に来たところ、血だらけで倒れている男を発見したという経緯です。発見時既に死亡状態でしたが、まだ体温を感じられるくらいには暖かったため救急隊を要請しましたが午後7時05分に救急隊がこの場で死亡確認をし、不搬送となりました。まだ遺体は現場にあります。」

また、別の者が説明を引き継いで話し始めた。

「もうすぐ検視官も臨場します。現在まで有力な目撃情報等は入っていませんし、遺留品もありません。遺体には脇腹に刺創らしきものがありますが凶器等も発見できていません。現在、制服の警察官にも手伝ってもらってマンションの住人に聞き込み捜査中です。警察犬も要請しています。」

説明を聞きながら藤堂はビニール製のエプロン等を取り付けていた。足には下足カバー、白手の上からもゴム手袋、頭にもシャンプーハット様の帽子、顔にはマスクである。現在は、指紋・下足痕の他にも被害者の衣服等に付着したいわゆるDNAの検出があるため、現場を壊さないための措置である。

それから、15名ほどの刑事に混じっていた、一人の女性警察官が話しかけてきた。

「ご苦労様です。藤堂班長も呼ばれたんですね。」見ると、東堂と一課でペアを組む岡本だった。

「岡本君も呼ばれたんだ。どう?マルエム?」

と尋ねると

「そうみたいですね」

とだけ答えてきた。

「確か、佐倉が終わったら1週間休みって話だったけど、いつもな感じ?まだ2日しか休んでないんだけど」

と岡本に尋ねると

「おそらく」と答えた。

一応

「米山補佐は、嘘つきは泥棒の始まりっていう諺を知らないのかな」と愚痴ってみたが、岡本は苦笑しながら

「多分、知らないんじゃないですか」

と適当に答える。

藤堂の愚痴は毎度のことで、いつも適当にあしらっている。

藤堂が

「今度補佐に聞いてみてよ」

と言うと

「いや、それはやっぱり、上司である藤堂班長から聞いてもらうべきかと…」と返されてしまった。

マンション敷地の北東側にマンションのゴミ捨て場があり、被害者はゴミ捨て場脇に倒れていたとのことであり、その場所には青色ビニールシートが張られている。

そこへ別の刑事が

「呼び出しをくらったんですか?大変ですね」と声をかけてきた。

捜査一課から機動捜査隊へ異動となった顔見知りの永田警部補である。

それには

「相変わらず、本部の警部は嘘つきばっかで困っちゃいますよ。」

と答え、藤堂はビニールシートをくぐるとまず、遺体に手を合わせて一礼した後、作業を開始した。

遺体はうつ伏せの姿勢で、コンクリート舗装された路面に横たわっている。

スーツ姿だがクールビズのためかネクタイをしていない。

左足はくの字に曲げ、右手を伸ばしているといった姿勢である。スーツは2箇所ほど破れた箇所がある。

スーツ越しにナイフを刺したことを示している。

遺体の腹部、左脇腹付近のコンクリート上には血溜まりが出来ている。藤堂が

「救急隊は遺体を動かしたんですかね」

と尋ねると、先ほどの早乙女が

「死亡確認のため、一旦、仰向けの状態にしましたが、死亡確認後、元に戻しています。」と説明した。

それから藤堂は現場周辺を見回し、

「さっきから気になってるんですが、あれはひょっとして防犯カメラですか?」

と早乙女に尋ねた。

ゴミ捨て場に向け、街灯の脇にカメラ様のものが設置されている。

もし防犯カメラであれば、犯行の状況が記録されている可能性が高い。

しかし早乙女の説明では

「確かに防犯カメラなんですが、管理人の話では、たまたま運が悪いことに2日前から故障のため修理に出しており、あれは現在、ハリボテの状態の様です。」とのことだった。

また

「カメラが生きていればよかったんですが…」

とこぼしていると、ひととおり遺体を確認した後、藤堂は

「やっぱりマルエムですねえ、じっちゃんの名にかけて」

と呟いた。

成田警察署員は誰もが、一言余計なセリフが混じった様に思ったが、とりあえずスルーした。がペアの岡本は

「何か言いました?くだらない一言が混じっていた様にも思いますが」

とツッコミを入れる。

顔見知りの永田は、笑いながら

「相変わらずですね。昨日私も見ましたよ。金田一少年の事件簿でしょ」

と尋ねると

「何か今、娘があれにハマっているらしくて、付き合わされました。」

と藤堂も頭を掻いている。

藤堂は最近、休みの日になると娘の舞と一緒にテレビドラマやアニメの再放送を鑑賞するのが日課となっていた。そして娘も本人も登場人物に影響を受け易く、決めゼリフなどがあれば、一時期そのセリフを使いたくなってしまうという癖があった。

気に入った再放送は「金田一少年の事件簿」らしい。

捜査一課の班長とはいえ、藤堂はミーハーな小市民なのである。

岡本は

「いつもな感じで小市民感というか小者感が出てますねえ」

とコメントした。

女だてらに捜査一課の捜査主任を務める岡本は、藤堂に対して辛辣である。

続いて藤堂は永田に「被害者の身元は割れているんですか?」

と尋ねると

「マンションの住人のようです。正確な人定事項は間もなく判明すると思われます。」

とのことだった。それから暫くして検視官や課長補佐の米山らが臨場した。

藤堂はそれまで説明を受けた事項等を米山に伝えると、米山は

「それじゃあ捜査本部立つねえ。明日から頼むよ。今日はもう帰っていいよ。」と指示した。

その一言だけで休みの約束をうやむやにするのかと言いたくなったが、藤堂は小市民であると同時に、完全無欠な真の臆病者なので言葉を飲み込んだ。

その後、遺体の第一発見者とマンションの管理人にだけ会って、簡単な聴取だけをすることとした。

先ず、第一発見者から事情聴取しようとするに、第一発見者は成田警察署員に発見時の状況を事細かく説明している最中であった。

第一発見者は

  303号室居住

  主婦

    柳沢 明子     45歳

とのことであり、上衣白色シャツ、下衣青色ジーンズに運動靴というスタイルだった。

「夕飯の支度を終えたんでゴミ出しで、こちらにきたんです。最初は分からなかったんですが、だいたい5〜6メートルほど手前まで来た時に人が倒れているって分かったんです。しかも腹から血みたいなのが出ていたので慌てて通報したんです。たまたまポケットに携帯電話を入れていたんで、自分の携帯電話から110番しました。近寄ってみたら、やっぱり腹から血が出ている感じで、話しかけても反応がないので、死んでるのかなと思ってとりあえず110番しました。119番するべきだったですかねえ」

とのことで、先程の早乙女の説明どおりの内容だった。

次いで、マンションの管理人室へ行くと丁度、被害者の人定事項が明らかになったところだった。

 管理人室では、成田警察署の捜査員、内田主任が事情聴取中だったらしく藤堂と岡本を見るや

「丁度よかったです。今、被害者の人定事項が判明したところです。」と申し立て、管理人室に保管されていた居住者リストを見せてきた。

 居住者リストによれば被害者は

 マンション1003号室居住

 株式会社ST

   堀川 康夫    平成4年5月20日生   31歳

とのことで、2年前からマンションに居住していることが判明した。

 藤堂が管理人に挨拶すると、管理人は「岡村正」と名乗り、名刺を渡してきた。岡村はマンションの管理会社である

   FUJI管理サービス株式会社

の社員で10年前から公津の杜ハイムの管理を任されているとのことであった。公津の杜ハイムが建設されたのは10年前なので建設当初からの管理人ということになる。

 千葉県市川市南行徳2-3-5-305号室

 岡村 正   昭和46年10月20日生

年齢52歳で、その前までは都内の別マンションの管理人をしていたということだ。

 岡村は紺色作業服上下に黒色革靴という格好だ。場合によって履き替えるのだろう青色運動靴が下駄箱内にしまってある。

 岡村は

 「マンションの居住者の柳沢さんが人が倒れているので110番したということで管理人室に来て教えてくれました。」

とのことだった。

 藤堂は

 「柳沢さんは面識あるんですね。この堀川さんはどうでしょう?」更に尋ねる。

すると

 「確か2年ほど前に入居した方だという知ってますが、会えば挨拶する程度で、特に親しいとかは無いです。エレベーターで一緒になった時には世間話とかしたことはあるかも知れませんが…今、刑事さんに話したところです。」

と言って成田警察署の内田主任の方を示した。

 藤堂が

 「それと、現場にあった防犯カメラは修理中なんですか?」と尋ねると

 「そうなんですよ。2日前から、メンテナンスも兼ねて…明後日には終わって戻ってくることになっています。」

とのことで、これも捜査員から説明のあった通りであった。

 2人からの聴取後、藤堂は岡本と共に自分らの自家用車を止めたコインパーキングに向かった。

 偶然だが、岡本は藤堂と同じコインパーキングに止めたらしい。

 帰り際、藤堂は岡本に向かって

「今の管理人どう思った?」

と尋ねた。

 岡本は

「どうって、不自然なところは特に無かったと思いますが…」と答えると藤堂は

「捜査一課のこの俺様が、直々に聴取しに行ったのに、お茶の一杯も出しやがらねえ。ムカつかなかった?」

などと言って納得がいかないとでも言いたげである。

 岡本は自身が捜査一課の捜査員ということで、そのことを誇りには思っていたが、他人に対して特別だと思ったことは無く、逆に藤堂の言いぶりにスケールの小ささを感じずにはいられなかった。

 「一般人なんですから、そこまで言う程でもないでしょう。自分の管理しているマンションで殺人事件が起こったんですから少なからず動揺もしていたはずですし…」

等と変に庇う様な発言になってしまった。

 しかし、この翌日、やり取りが思わぬ展開を見せることになる。

 この時、岡本は、これまでの藤堂との付き合いから、不穏な空気を感じずにはいられなかった。

 翌日6月26日午前9時から、1回目の捜査本部の会議が始まった。

 成田警察署の4階会議室には捜査員が集められた。

 成田警察署から地域課員40名、刑事課員15名、他課12名、成田警察署の周辺署から20名、機動捜査隊から10名、刑事総務課から12名、捜査一課から12名の総勢121名の体制だ。

 捜査一課の12名は「捜査1班」であり、筆頭班長は藤堂である。

 また、殺人事件の捜査本部ということで担当検事となる佐藤も同席している。

 成田警察署長と捜査一課の課長補佐である米山が挨拶した後、米山から事件の概要について説明があり、その後、藤堂から捜査方針と捜査の割り振りについて指示がなされることになった。

 実際問題として捜査の割り振りについては、庶務班で取りまとめたものを伝達するだけだ。

 捜査庶務係、とりわけ、藤堂とペアを組む岡本が作成した「捜査体制表」が藤堂によって読み上げられたところで、米山が藤堂に尋ねた。

 「藤堂は被疑者の目星について何か思うところはあるか」

と質問したのである。

 すると藤堂は顔をしかめつつ

 「思うところはありますが、今はいいでしょう」

と言うと、米山は更に

 「いや、言ってくれ。それを軸に捜査方針を立てるというか捜査の割り振りもそれによって多少変える必要があるかもしれない。」

とのことを告げた。

 一般的には、この場の責任者と言える米山が方針を立てるものだろうが、捜査1班班長の顔を立てた格好だ。

 藤堂班長のこれまでの実績があるが故である。

 藤堂はそれを聞いて頷き

 「これは、現在までの捜査状況をもとに私が考えるところですが、犯人は管理人の岡村でしょう」

とのことを言い放った。

 はあ?今、なんつった?被疑者を名指しした?皆が小声で話し始めた。

 藤堂が捜査について思うところを口にした途端、会議室はザワザワと騒然となる。

 皆、いきなり被害者を名指しするとは思っていなかった。

 捜査一課の者以外だが…

 誰もが、中年の男とか、付き合いのあった女性みたいな大まかな犯人像が伝えられるものと思っていたのだ。

 当然、検事の佐藤も驚きを隠せないでいる。

 藤堂のことをよく知らない者らは、成田警察署長を筆頭に驚きを隠せない。

 ただ、捜査一課の者は、これまで同じ様な場面に何度も遭遇しているからか、誰もが沈黙を守っている。

 米山は

 「そうか、分かった」

とだけ言って頷いた。

 検事の佐藤は、流石に黙っていられず、

 「藤堂さんと言ったね。岡村が犯人だという根拠はなんだね」

等と問い質した。

 当然の質問だろう。

 しかし、藤堂のことを知る岡本らは、藤堂に根拠を聞く気にはならない。

 何故ならばほぼ意味がないことを知っているからだ。

 検事に根拠を問い質されて藤堂は、困った様な顔をしつつも

 「昨日、岡村に事情聴取したんですが、この私が事情聴取しているのにお茶の一杯もだしやがらなかったんです。留置場に入って反省しろってところです。等と言い放った。

 ええ?それが理由?いくら何でも…

 再び、会議室がザワザワと騒めく。

 岡本は昨日の段階で、嫌な予感がしていたが、実際、その通りの展開となっている。

 検事は、藤堂の回答を聞いて呆けている。

 当然の反応だろう。

 検事は気を取り直して

 「つ、つまり、今現在、明確な根拠はないってことでいいのかな?」

 と聞かれ藤堂も

 「そうですね」

とだけ答えた。

 検事は、それを聞くと、おもむろに席を立ち、検察庁へ帰って行ったが、検事が帰った後、米山は藤堂に再び尋ねた。

 「藤堂。実際問題として藤堂は岡村が被疑者と見ているんだな?」

藤堂は悪びれた様子もなく

 「そうですね」

と頷き

 「じっちゃんの名にかけて間違いありません。」

と付け足した。

 すると会議室の中で、何人か笑いのツボにハマったらしく、プハッと噴き出す声が聞こえた。


千葉地方検察庁に戻ると佐藤検事は食堂へ向かった。少し早めだが昼食にしようと思ったためだ。

 食堂に入ると、先輩の斉藤検事も来ていて、テーブル席についている。

 斉藤検事は正検で先週までは佐倉警察署管内で発生した殺人事件(捜査本部事件)を取り扱っていた。

 佐藤検事は、これはいいタイミングだと思い、先輩検事に話しかけた。

 「斉藤検事、丁度良かった。捜査本部事件の進め方についてちょっと話しを聞こうと思っていたんです。一緒にいいですか?」

と尋ねると、斉藤検事は

 「構わないよ。そう言えば、成田の殺人事件の担当なんだって?どう?被疑者はすぐ割れそう?」

とのことで快く同席を承諾してくれた。

 「被疑者は、まだ割れていません。明後日、司法解剖で、これからが勝負ですね。」

と答えたが佐藤検事は、確か斉藤検事も捜査一課の捜査1班と一緒に仕事をしていたことを思い出し、念のため聞いてみた。

 「先輩も確か、警察本部の捜査1班と捜査してたんですよね。」

と尋ねると

 「そうだよ。そうか、成田の事件は捜査1班が行ってるんだっけか?」

と確認してきた。

 佐藤検事は、念のため聞いてみようと思ったのだ。

 忘れようと思ったが、少しだけ引っかかる、先程の出来事を…

 「いや、そうなんですけど。捜査1班の筆頭班長さんのことなんですけど…」

と言い淀んでいると

 「ん?どうかしたのか?」

 「いやあ、筆頭班長が『犯人はこの人だ』とほぼ断言した者がいるんですけど、根拠を聞いたら、答えられないというか滅茶苦茶な根拠を言い出したんで…捜査一課の刑事さんは、皆、こんな感じなのかと心配になりまして…」

と話すと、それを聞いた斉藤検事は、プワッハッハッハッハーと大笑いしだした。

そして

「捜査一課の藤堂班長だね。知っているよっていうか、俺も彼には驚かされたよ。」

と愉快そうに話し出した。

 「俺の時には、事情聴取の時に足を踏んでおいて謝らなかったからこいつが犯人だとかそんな論法だったね。今回は何て言ったの?」

「笑い事じゃないですよ。事情聴取に行ったのにお茶一杯もださなかったから、こいつが犯人だとか言ってました。」

それを聞くと、先輩検事はプワッハッハッハッハーと更に大笑いだ。

 そこへ斉藤と同期の検事が食堂へ入って来た。

 「何、何?何か楽しそうだねえ」

 話に加わってきたのは、千葉地方検察庁でも「敏腕」と名高い女性の正検事の志村佳代子だった。

 「あっと、志村検事も確か、捜査1班と捜査したんじゃなかったでしたっけ?」

 斉藤が尋ねると

 「捜査1班?って警察の一課の?」

と逆に質問されたので

 「そうそう」

と答える。

 そして

 「ああ、なるほど、藤堂班長ね。今でも忘れられないわ。目付きが悪いから犯人はあいつだ名指しした天才刑事ね」

等と楽しそうに答える。

 佐藤は

 「えっ?天才って?頭は切れるってことですか?私は正直、馬鹿にしてんのかって怒鳴ってやろうかって思ったくらいなんですが…」

 それを聞くと志村もプワッハッハッハッハーと笑いだした。

 「ええっと、ごめんなさい。今回の成田の事件は私には何とも言えないけど、少なくとも私の時の事件、四街道で殺人事件があったんだけど、それについては、第1回捜査会議の時点で被疑者を言い当てていたの。びっくりしたわ。言っていることは滅茶苦茶にしか聞こえなかったし、信用もしていなかったんだけど、捜査が進展して、あがってくる情報は、全部、班長が名指しした人物が被疑者だと示していたわ。あの班長は魔法使いじゃないかって思うくらいに…」

続いて斉藤も

 「俺の時もそうだよ。魔法使いか?言い得て妙だね。確かに、俺も、この班長には何か特別ない力があるんじゃないかって思ったよ」

とのことで佐藤は

 「それじゃあ、あながち、あの名指しは間違いではないってことですか?というか、間違いどころか岡村が犯人の可能性が高いってことになるわけですね」

等と叫ばずにはいられなかった。

 一方、捜査会議が終了すると捜査一課の面々は成田警察署の脇に建っている独身寮の食堂に集まっていた。今年4月に捜査第一課に異動してきた西川、真田の2人と、その指導責任者となる岩松も来ていた。

 岩松は昨年の4月に捜査一課に赴任してきた係長(警部補)で、西川と真田は主任(巡査部長)である。

 先ず、西川が口を開き

 「いやあ、捜査会議、いきなり衝撃的でしたねえ」

と言うと

 「やっぱり、すごいよねえ」

と岩松が応じる。

 真田も

 「私も昨日、岡村から軽く聴取しましたけど、不審には思いませんでした。藤堂班長は何かつかんでいて、名指ししたんでしょうか?」

と続いた。

 捜査一課に配属されたものの西川と真田は研修という意味合いで捜査一課特殊班という係の捜査主任を任されていたが、研修を終え、捜査一課捜査班を手伝うこととなり、今回の成田警察署の捜査本部に呼ばれたものだ。

 本当は、もう1人、長瀬と言う女性警察官も、特殊班の研修を終え、今回の事件から捜査本部要員として成田警察署に来ているが、女性と言うことで、聞き込み捜査等の要員としてではなく捜査本部の庶務班に入っている。そのため、西川と真田とは別行動となっている。

 真田の質問に、岩松は首を傾げ

「どうなんだろうねえ。俺も管理人から話を聞いたが、怪しい素振りとかは感じなかったよ。」

 西川は

「いやあ、名指しはともかく、あの示された根拠には、ぶったまげてしまいましたよ。他の一課の捜査員はツッコんだりしないんですね。補佐もツッコまなかったし…って言うか藤堂班長本人も誰かのツッコミを待ってるんじゃないですか?むしろ大坂出身の儂のツッコミを待ってたんですかね…ぶっちゃけ、検事さんもドン引きしてたように見えましたで…」

等と話が止まらない。

 しかし、岩松班長はここで衝撃の一言を放った。

 「俺も最初のうちは衝撃を受けて、色々思ったけど、あれが当たっちゃってるから、更に驚きなんだよねえ」

 「ええっ」

西川と真田は同時に叫んだ。

 そして岩松班長は

 「それが分かってるから、他の一課の者はツッコまないんだよ。今回はどうなるか分からないけど、少なくとも前回、前々回は班長が名指しした奴が被疑者だったよ。」 

と締め括った。

 藤堂が被疑者を名指しした翌日、午前8時30分、捜査本部が置かれた4階会議室に藤堂の姿はなかった。

 その日誰も、藤堂の姿を見ておらず、「捜査本部の連続で、疲れて寝坊したんじゃないか」という噂が立っていたが、ペアの岡本は放っておくわけにはいかず、藤堂の携帯電話に電話することにした。 

 しかし、

 「助けて、父ちゃんを助けて」

千葉県警察本部捜査第一課捜査主任岡本たか子が、上司である藤堂一宛携帯電話に架電すると電話口から飛び込んできたのは女の子の

そんな叫びだった。

 藤堂は本部捜査第一課に配属されて2年目、捜査第一課捜査係長「1班」の筆頭係長を任されており、千葉県成田市に所在する警察官の待機宿舎に5歳になる娘と2人暮らしをしている。奥さんは4年前に他界している。

 岡本は「助けて」という女の子の声を娘、「舞」の声と察し、すぐさま

 「舞ちゃんね。落ち着いて、お父さん、どうかしたの?」

と尋ねると、女の子は

 「父ちゃん、熱があるの。倒れて、苦しそうなの」

と泣きながら訴えてきた。

 岡本が大きな声で何度も「落ち着いて」と話していることで、岡本の周囲にいた捜査本部刑事らは岡本の様子を一様に窺っている。

 捜査本部の責任者、捜査一課課長補佐である米山も岡本を見つめつつ

 「藤堂はどうかしたのか?何かあったのか?」

と電話応対している岡本に向かって問い質してきた。

 岡本は左耳から、一旦、携帯電話を離して、

 「係長、具合悪くて倒れたみたいで、今、娘さんの舞ちゃんが電話で応対してくれているんですが、泣いちゃってて詳しい状態はまだ聞けていません。」と答えるが早いか、米山から

 「電話じゃ埒が開かない。お前、ちょっと様子を見に行って来いよ。」

との命令が飛んだ。

 岡本は「はい」と短く返事すると、次いで、再び携帯電話を耳にあてがい

 「舞ちゃん、今からそっちへ行くから待ってて」

とだけ言うと、捜査本部の席を立って携帯電話をバッグにしまった。

 藤堂の住む官舎は捜査本部のある成田警察署から車で10分程度の距離にあり、岡本は、電話応対の30分後には、藤堂の自宅、官舎の待機宿舎に到着していた。

 そこは吾妻の待機宿舎と呼ばれる建物で、横に長い箱型の建物3棟が並んで建っていた。

 藤堂の自宅は3棟のうち、一番幹線道路寄りに立地してある。

 岡本は藤堂の自宅、1棟405号室前に立つと玄関チャイムを押した。

 すぐ、部屋の中からガタガタと音がすると、ガチャッと言って玄関ドアが少し開く。

 扉の開いた箇所から、可愛らしい女の子の姿が確認できた。

 小さな椅子の上に乗って扉の鍵を開けてくれたのだ。娘の舞ちゃんだ。

 白いパジャマ姿で、顔は泣いていたのか、目の周りが真っ赤だ。

 岡本は

 「電話した岡本です。お父さん、中にいるのかな、これ、開けてくれる?」

 と言って、チェーンロックを指差した。

 女の子は頷き、扉はいったん閉められると、すぐガチャッっと音がして再び開いた。

 岡本が部屋に立ち入ると、娘の舞が玄関を入ってすぐの左手側の奥の部屋を案内した。

 その部屋の中央に敷かれた布団上に黒色ジャージ姿の男、藤堂が横たわっており、岡本を見るや

 「悪い。ちょっと風邪ひいちゃったかもしれない。」

とだけ答えた。

 その顔は顔面蒼白で、少し震えている様子である。

 岡本は

 「熱は何度あるんですか?」

と藤堂に尋ねると藤堂の脇に座っていた舞が、体温計を差し出し

 「40.1度あるの。」

と代わりに答えてきた。

 岡本は、心配そうに藤堂班長を見つめる舞を気遣って

 「舞ちゃん、心配しないで。すぐ救急車呼ぶから」

と言うと、女の子は少し安堵の表情をしたかと思うと、立ち上がって部屋を出て行ったが藤堂は

 「体裁が悪いから、救急車は勘弁してくれ。自力で病院に行く」

等と言い出した。

 岡本は娘に心配をかけているにもかかわらず、「体裁が悪いから」と救急車を拒む様子にイラッときて、娘の舞がその場にいないことをいいことに藤堂の腹を蹴り飛ばした。藤堂はグムッと唸ると

 「てめえ、何を…」

と続けようとしたところで、それを遮り、

 「何をじゃないでしょ。娘さんに心配かけて。泣いているじゃないですか。わがまま言ってんじゃないですよ。」

岡本は女だてらに捜査一課の捜査主任を任されているだけに、気が強い。

 そこへ部屋を出て行った舞が戻ってきた。

 両手で陶製の半球状のモノを大事そうに持っている。

 舞は

 「これで父ちゃんを助けてください。舞の全財産。足りなかったら後で舞が働いて工面して返します。」

と告げ岡本に渡してきた。

 女の子が手にしているモノをよく見ると半球状のモノは、豚型の貯金箱で、ピンク色をしている。岡本が貯金箱を手にすると、ズッシリと思い。

 藤堂と娘の生活の実態は知らないが、娘がお小遣いを少しづつ貯めたものだと容易に想像できた。

 また、5歳で、今や唯一の肉親が倒れたことで相当焦っているのも分かった。

 岡本は何ていじらしいんだろうと感じつつも、

 「舞ちゃん、大丈夫だから、それはしまって」

と告げつつ、悪徳取立て業者かと心の中でツッコミを入れていた。

 「そのかわり、こういうのを探してくれるかな?お父さんの財布の中にあると思うけど…」

と自分の財布の中からカードを1枚取り出して舞に見せた。

 カードには「千葉県警察職員共済組合員証」と記載されている。

 いわゆる保険証だ。

 舞は、うなづいて、再び部屋を出ていき、2〜3分ほどで戻ってきた。

 「これかなあ」

と言ってカードを見せてくる。

 藤堂係長の保険証だった。

 岡本は

 「そう。ありがとう。これだよ」

と答え更に

 「それじゃあ、この聞き分けのないクソ親父を病院に連れて行くから、舞ちゃんは保育園に行く準備して」

と促してみた。

 岡本は、歯に衣着せぬ物言いが売りの女性警察官である。

 舞は、父親を「クソ親父」と言われたことに少し驚いた様子だったが、微妙な感じの笑顔を作りつつ

 「父ちゃんが心配だから舞も病院に一緒に行く」

と言い出した。

 岡本は

 舞ちゃんは、よっぽどお父さんのことが心配なんだろうな

と察し、捜査本部の米山課長補佐宛て、電話し

 「藤堂係長、やっぱり風邪みたいで、熱が40度以上あるんで病院に連れて行こうと思います。」

と連絡すると米山は

 「そうか、分かった」

と短く答えたが、更に岡本が

 「それで舞ちゃんなんですが、お父さんが心配みたいで保育園には行かないで、お父さんと一緒に病院に行くって言ってるんですが、どうしましょうか?」

と伺いを立ててみると

「ああ、なるほど。今日は藤堂もお前も休め。日誌には現場付近の聞き込み捜査をしたということで書いておくから。保育園は1日くらいいいだろう。今日はお前が藤堂と舞ちゃんの面倒を見てくれ。」

とのことで話はまとまった。

 岡本は

 「了解しました。また、後で連絡を入れます。」

として電話を切った。

 岡本は

「それじゃあ一緒に病院に行くから、着替えて準備して!」

と娘の舞に告げて、最寄りの病院を携帯電話で検索し始める。

 すると、官舎から車で10分程度の距離に成田日赤病院があることが分かったので、一応、藤堂にも確認をとる。

 「班長、成田日赤病院というのが近くにあるみたいなんで、そこでいいですか?」

と尋ねると

 「悪い。そこでいいよ。」

ということで待機宿舎から岡本の自家用車で3人で出発することになった。

 舞は着ていたパジャマを脱ぐと部屋の隅に置かれていた小さなタンスの前に座りTシャツを選んでいる。

 舞はタンスから白色のTシャツを取り出して着始めたが、岡本はそこで思わぬ事態に遭遇する。

 舞が

 「父ちゃんのピンチだから勝負服にしよう!」

等と呟きつつ、タンスから引っ張り出したTシャツは白地に大きく黒色で4文字の漢字がプリントされていたが、それには

 『風林火山』

等と記載されていたのだ。

 岡本は自身がお世辞にもオシャレに関してセンスがあるとか詳しいなどと思ったことはないが藤堂の娘の勝負服には驚きを隠せなかった。

 岡本は警察官になる以前、千葉県の公立高校を卒業後、関西方面の大学に進学し、卒業後に警察官試験を受けており、大学時代は関西方面の友人が多かったということもあり、ボケとツッコミで言うとツッコミ担当のキャラで通っていた。

 そのため「風林火山」のTシャツを見て即座に

   お前は戦国武将か 

とか

   なぜ武田信玄

とのツッコミをしそうになった。

 そもそもが5歳の女の子が『勝負服』等と言っている時点でツッコミどころ満載である。

 「いったい何の勝負だ」と心の中でツッコミつつ、言葉にするのは、ぐっと堪えていた状態だったのだが、「風林火山」を見て流石にスルー出来なくなった。

 「舞ちゃん、このTシャツカッコいいね!」

とやんわり聞いてみると舞は得意げに

 「前に父ちゃんに、おみあげで買ってもらったの!」

と嬉しそうにドヤ顔で答えてきた。

 岡本は

 「そうか、お父さんのチョイスかあ」

と答えつつ、5歳の娘のおみあげになんてものを買いやがるんだ、このジジイと思わずにはいられなかった。

 また舞は

 「父ちゃんも勝負服の方がいいよね!」

と言うと、同じタンスから、今度は黒色のTシャツを取り出して父親に渡した。

 ふと嫌な予感がしてTシャツを見てみると、そのTシャツにも漢字がプリントされていた。

 そのTシャツには

   ある意味『神』

等とプリントされていた。

 黒色地にTシャツの左胸にあたる箇所に『ある意味』と赤色で小さく記載され、『神』の文字が黄色で前面に大きく記載されている。

 『風林火山』で岡本の藤堂に対する好感度はダダ下がり状態だったが『神』はとどめと言ってよかった。完全に好感度はマイナス値に突入である。

 言いたいことは多々あったが、岡本は全てをスルーして『風林火山』と『神』を連れて病院へと向かった。

 親娘のダブルボケにツッコミをする心の余裕がなくなっていたのである。

 病院は午前中には終わり、案の定

   風邪です

ということで風邪薬をもらったのみで終了したが、医師は

   念のため2〜3日は安静にしてください

とのことだった。

 昼食は病院内にある食堂で簡単に済ませ、夕食の買い物をした後待機宿舎に戻ってきた。

 岡本は、捜査本部の米山宛て、状況を伝え、以後の指示を伺うと

 「分かった。インフルエンザとかコロナとかじゃなくて良かった。今日は2人の夕飯を用意したら帰っていい。明日は病状を見て決めよう。熱はまだあるのか?」とのことだったので

 「薬を飲んだら熱は下がりました。本人は明日は出勤するとは言っています。」

と告げると

 「無理するなとだけ言っておいてくれ」

との指示であった。

 自宅に戻ると舞は掃除と洗濯を始めている。

 まだ5歳なのにたいしたものである。

 夕飯は、たか子が得意とするシチューとオムレツを作って用意した。

 夕方5時半になると官舎内には、良い香りが立ち込める状態となった。

 娘の舞は正直、驚いていた。

 父親と2人暮らしで、父親が作ってくれる料理に不満があるわけではなかったが、岡本が作る料理は、その芳しい香りだけで料理がとても美味しいものになることが分かったからだ。

 料理をテーブルに並べ終えると、岡本は舞を呼んだ。

 「ご飯、できたよう。一緒に食べよう。」

と促すと舞はニコニコ笑って頷き、食卓へ着いた。

 舞は、食べる前から、口の端に涎がこぼれ落ちそうになっている。

 藤堂と娘の舞は

 「いただきます」

と言って食べ始め、たか子も一緒に食べることにした。

 それから15分ほどして舞が

 「美味しかったです。ごちそうさま」

として茶碗と箸を置き、藤堂も

 「ごちそうさま。ありがとう」

と満足そうな顔をしたが岡本は納得できず、

 「今日の料理は私が作りました。つまり、この夕飯に関して言えば、私が法律・ルールです。私の指示に従ってください。」

等と告げると藤堂と舞は訝しげに岡本を眺めだしたので岡本は

 「舞ちゃん、残念ながらNGです。」

と告げる。

 舞は首を傾げて、父親の藤堂の方を向いたが、藤堂も意味がわからず一緒に首を傾げている。

 そのため岡本は意を決したように告げた。

 「ごちそうさまの前に言う事があるはずです。」

すると舞は再び首を傾げ、父親に助けを求める様に再び藤堂の方を

向いた。

 しかし藤堂も意味が分からず、ただ、岡本の方を見つめている。

 すると岡本は

 「ごちそうさまの前に『おかわり』と言わなければなりません。私が作ったのだから、おかわりなしでは終われません。」

と言うと舞は

 「でも、食べ過ぎると太っちゃうから‥」

等と言ってきたが、岡本は

 「そのセリフ10年早いね」

と言って切り捨てた。

 すると舞は顔を綻ばせて元気に

 「おかわり!」

と言って茶碗を差し出してきた。

 岡本は茶碗を受け取ると、ご飯をてんこ盛りに盛った上、手付かず状態だった自分のオムレツを舞の皿に乗せた。

 夕飯を終え、食器の洗い物済ませると岡本は帰る準備をしたが、そこへ藤堂が近づいてきて

 「今日は悪かったな。ありがとう」

とお礼を言ってきた。

 岡本はそれを聞き、それまで思っていたことを藤堂に話してみた。

 「それは構わないんですけど」

と前置きしつつ

 「舞ちゃんなんですけど、5歳にしては、少し背が小さくないですか?私の親戚にも5歳の子がいるんですが、もっと背は大きいし、横幅も結構ありますよ。舞ちゃん今までご飯のおかわりとかあまりしたことがないんじゃないかと思って、少し気になっちゃいました。」

と言うと藤堂は少し考え込んで

 「言われてみるとそうかもしれない。気をつけるよ。また何か気づいたことがあったら教えてくれ」

と言って頭を下げた。

 話は変わるが、舞は岡本が帰って行った後、小さなノートを取り出し、鉛筆で書き込みを始めた。

 舞は、その日聞いたカッコいいセリフや言葉をノートに書き留めることを日課にしていた。

 これまでは、テレビドラマや父親のセリフで「カッコいい」と思ったものを書き留めていたが、この日始めて、身内やテレビドラマの中のセリフ以外を書き留めることになる。

 しかも二つである。

 一つは

   わたしがほうりつ・ルールです

   そのセリフ10ねんはやいね

というものだった。

 舞にとっては、どちらも衝撃的なセリフであった。

 実はほかにも

   ききわけのないくそおやじ

も書こうかどうか迷った挙句、自重していた。

 舞の中で岡本が「カッコいい人」という認識になっていたことなど本人には知る由もないことであった。

 翌日、岡本は午前7時30分に、藤堂の官舎前に自分の車を止め405号室に向かった。

 玄関チャイムを押すと、舞の

 「はーい」

という声が聞こえてきてドアが開いた。

 「舞ちゃん、おはよう。お父さんの様子はどう?」

と聞くと

 「熱無いから、大丈夫だと思う」

とのことだった。

 また、舞の後ろから藤堂が現れ

 「ひょっとして迎えに来たのか?自力で行くよ。」

と言ってきたが

 「米山補佐から、今日は運転とかさせないで送り迎えしてくれと頼まれたので私が運転します」

と返すと

 「そうか、悪いな。じゃあ舞も送ってもらえるか?」

と言うので

 「はい。大丈夫です」

と答えた。

 藤堂も舞も朝食は済んだらしく、準備は万端に整っている。

 岡本は自分の車に藤堂と舞を乗せるとまず、保育園に向かった。

 保育園は官舎から車で5分くらいの距離である。

 車内では、無言でいると気まずい雰囲気になるかもと思い、官舎に向かう途中で買ったペットボトルのお茶を飲みつつ、世間話的なノリで舞に話しかけてみた。

 「舞ちゃんは将来、何になりたいとか、何をしたいとかの夢はあるのかな?」

と尋ねると舞は一言

 「天下統一」

と即答しドヤ顔になった。

 岡本は予想の遥か斜め上を行く回答を聞いて、口に含んでいたお茶をブフォと吐き出し、ゲホゲホとむせてから、

 「そ、そうかあ」

と相槌を打つのがやっとだった。

 不意を突かれたのだ。

 もちろん昨日のTシャツが頭をよぎった。

 だてに勝負服が「風林火山」ではないと言いたげである。

 これは、完全に父親の責任だと思ったが、藤堂は娘の回答に笑顔で頷き

 「夢がでかいなあ」

等と見当はずれの感想を漏らしている。

 この親娘のダブルボケは侮れんと思っているうちに保育園に到着した。

 保育園の先生に舞を預けると岡本は

 「すいません。ちょっとトイレを借りていいですか?」

と尋ねた。

 お茶に利尿作用があるとはいえ、運転中飲んでいたお茶が作用したとは思えないが、何となくもよおしたという感じである。

 先生は

 「あっ、はい、構いませんよ。どうぞ。」

と言ってトイレを案内してくれた。

 用を足し、岡本が、保育園の園内の壁をふと眺めてみると、もうすぐ七夕ということで、子供達が書いた短冊が壁一面に並べてあった。

 七夕当日には、これを竹に飾るのだろう。

 七夕用の竹も保育園の遊戯室の隅飾ってある。

 そして岡本は見つけてしまう。

 舞の本当の願い・夢を‥

 舞は小さな字で

   お母さんがほしいです

と書いていた。

 舞の母親、藤堂の妻は、舞がもの心がつく前に交通事故にあい亡くなったとのことだ。

 岡本は

   そうだろうな

   藤堂班長は知ってるのかな、これ

と思いつつ、車内で待っている藤堂の元へ戻っていった。藤堂と一緒に捜査本部のある成田警察署に到着すると会議室で早速、捜査会議が始まった。

 昨日不在にしていたことで、捜査がどう進展したか確認できる。

 無論、藤堂も心配だろう。

 今回の捜査会議にも事件の担当となる佐藤検事が同席している。

 筆頭班長である藤堂が捜査会議の進行役を務める。

 藤堂が

 「それでは捜査会議を始める。聞き込み捜査班何かあるか?」

と促すと捜査1班班長の斉藤が

 「はい。事件当日、、午後7時前後、時間の詳細ははっきりしませんが容疑者として名前があがっていた岡村が並木町方面に駆け足で走っていたとの目撃情報があります。目的は分かっていません。付近で防犯ビデオ等を現在確認中になります。」

いきなり、核心をつく様な情報が出て、会議はザワ、ザワっと騒めく。

 次いで、捜査本部庶務班の西班長が手を挙げ

 「その岡村の銀行口座を調べたところ、ここ最近、先月、先々月

に50万円づつ引き出しがあります。理由は不明です。」

とこれまた核心をつく様な情報がもたらされた。

 更に、捜査1班中村係長が

 「容疑者として名前が挙がっていた岡村ですが、昨日より尾行をしていたんですが、仕事を終えて帰宅途中、並木町にあるコンビニエンスストアに立ち寄り、コンビニエンスストアのゴミ箱へ靴と刃渡り20センチメートルほどのサバイバルナイフを捨てるのを確認。靴とナイフの入ったビニール袋ごと店長より任意提出を受け押収しました。現在、ナイフに付着の血痕と被害者の血痕が同一かどうか確認中となります。コンビニ入店時の防犯ビデオも押収し、報告書は作成中です。」

と言うとザワつきは最大となった。

 この情報は決定的と言って良いものである。

 佐藤検事と米山課長補佐は満面の笑みで会議の様子を見つめている。

 そして佐藤検事は席を立ち

 「いいでしょう。エックスデイの日取りが決まったら連絡を下さい。警察さんに任せます。ここまで証拠が揃えば戦えます。ありがとうございました。」

と告げ、すでに事件は終わった様な口振りで帰っていった。

 エックスデイと言うのは事件着手日、つまり逮捕予定日を意味する。

 検事が席を立った後、藤堂は更なる捜査指揮を行う。

 「聞き込み初日で、いい目撃情報が出ました。聞き込み班は引き続きお願いします。斉藤班長は駆け足で走って行った時の岡村の履いていた靴について聴取願います。庶務班は口座捜査の他、被害者の携帯電話のドカンをとってください。それと今日は司法解剖なので担当者は準備してください。ナイフ血痕の結果が被害者と一致したならば令状請求します。取調べは中村班長、お願いできますか?」

と確認すると、中村班長は

 「分かりました」

と即答した。こうして捜査会議は終了した。

 尚、話に出たドカンと言うのは警察の隠語で電話の通話明細である。

 捜査の進展どころか、既に被疑者判明と言っていい状態である。

 捜査会議が終了すると捜査一課の面々は例によって警察署の脇に建っている独身寮の食堂に集まっていた。捜査方針に従って具体的にどう行動するかを捜査ペア同士で話し合うためである。

 岩松、西川、真田の3人もここに来ていた。

 「いやあ、驚きましたで。本当に岡村でしたね。」

と西川が先ず切り出した。

 真田は頷きつつも

「1回目の捜査会議の段階で、藤堂班長はどうして岡村を名指し出来たんでしょうか?あの時説明した理由ではとても納得出来ませんけど‥うちらとは違う何かが見えていたということでしょうか?」

と不思議がっている。

 岩松は

 「これで3回連続だ。被疑者を名指し出来たのは偶然ではないんだろうな」

 と答え、岩松もまた不思議でしょうがないという言いぶりである。

 西川は

 「あの捜査結果やと、岡村は被害者に恐喝されていて金を支払っていたが、それが原因で刺殺されたってことなんやろけど‥‥‥それにしても銀行の回答早かったですね。捜査一課からの照会だからですかね?」

と自分が不思議に思っていたことを素直に尋ねた。

 一般的に警察からの口座照会は、回答に早くて2〜3日はかかるというのが常識だ。

 「ああ、あれは西班長の手柄というよりは、主任の岡本のおかげだろう。捜査関係事項照会書は主任の岡本が作成していたはずだ。

岡本は元々、捜査第二課にいたから、その伝手で銀行に協力してもらえたんだろう。」

 岩松は、そう答える。

 捜査第二課は汚職や選挙違反等を取り締まるが、金の流れの捜査が切っても切り離せない部署であり、そのため口座捜査はお手のものなのである。

 「そう言えば、岡本さん、昨日いなかったですね。回答を催促しに動いていたんですかね?」

と真田が問うと、岩松は

 「回答を催促しになどいかないよ。それだと逆に銀行側に嫌われてしまう。昨日、藤堂班長が具合悪くて倒れたため岡本はその世話をしていたと聞いてるよ。」

と答えた。

 「それにしても、既に岡村に尾行つけてたんですね。知りませんでしたわ。」

 「ああ、あれには俺も驚いた。補佐の指示か、中村班長独自の判断か分からないが‥‥まあ、1班班長が被疑者として名指ししたんだから当然と言えば当然なんだが‥‥」

 西川の問いに岩松が答えるが、すっきりしない口振りである。

 「ナイフが凶器と断定されれば、完全な決定打ですね」

 「藤堂班長のあの段階での名指しが生んだ決定打だ。あれがなかったら尾行はあり得なかったろう」

 真田は感嘆しきりで、岩松も藤堂班長に対する驚きを隠せない。

 「そう言えば、事件の取調べ官は中村班長になるみたいですね。取調べ官は誰が決めているんですか?」

 「補佐と藤堂班長で決めていると思うが、一般的には藤堂班長か中村班長が被疑者の取調べを担当する。『捜査1班』は藤堂班長と中村班長が車の両輪と言われている。中村班長は捜査第一課の超ベテランで実績もある。俺の知る限りじゃあ、これまで被疑者を落とせなかったことは無い。妥当だと思うよ。共犯者が何人もいるような事件では他に捜査で手柄を挙げた人とかが取調べを担当することがあるみたいだ。」

 真田の問いに岩松が答えたところで

 「それじゃあ、そろそろ、聞き込み捜査出発しますか」

となり、3人とも席を立った。

 3人以外の独身寮の食堂でダベっていた捜査員達も席から立ち上がり捜査へ向かった。


 その日、6月26日、午後4時過ぎ、成田警察署1階にある交通課窓口に青色制服、黄色の帽子をかぶった可愛らしい女の子が現れた。

 どこから見ても保育園児である。

 女の子は周りをキョロキョロ見渡しつつ交通課のカウンターへ来ると

 「すいません。捜査一課の岡本さんはいませんか?」

などと交通課女性警察官に尋ねた。

 藤堂の娘、舞である。

 女性警察官は捜査本部が立って捜査一課が4階に来ているのは知っていたが、全員の名前まで覚えていなかったので、4階へ電話で確認すると、長瀬に確認を取った。

 長瀬は成田警察署から人事異動で捜査第一課に行った者で顔見知りであり、話しやすかったし、確か今回の捜査本部で庶務席に座っているのは知っていた。

 長瀬は

 「今、1階に、捜査一課の岡本さんはいますかって言って尋ねてきた保育園の園児みたいな可愛い女の子が来ているんですけど‥‥」

と言うと

 「ちょっと待ってください」

として10秒くらいして後

 「それじゃあ、岡本さんに1階へ行ってもらいますので、待たせてもらっていいですか?」

との回答があり、岡本が1階へ降りてきた。

 岡本は舞を見つけると、駆け寄り

 「なあんだ、舞ちゃんか。どうしたの?お父さんに用事?呼ぼうか?」と尋ねたが、舞は首を横に振り

 「岡本さんに用事があったの。父ちゃんには内緒にしてもらえますか。怒られちゃうから」と前置きしてから

 「昨日のお礼がしたいの。今度の土曜日会えませんか?」

などと言ってきたため

 「お礼なんかいいよ」

と言って断ろうとしたが、断ろうとした瞬間、舞の顔がショックで落胆しているのが目に見えて分かったため

 「分かった。土曜日、予定ないから、休みになったら家に行くよ。だけど、その日が仕事になったら行くのが遅くなるけど、それでいい?」

と言い直した。

 途端、舞の顔は劇的に変わり、嬉しそうに

 「やったあ、ありがとう。」

と元気よく返事して成田警察署を去って行った。

 岡本は知らない。

 舞がこの日、例の勝負服を着ていたことを…

そして帰り道、顔をにやけさせ

   疾きこと風の如く

   静かなること林の如く

   侵掠すること火の如く

   動かざること山の如し

などと口ずさんでいたことを…

 そう、この日、舞にとっては勝負の日だったのである。

 土曜日、7月1日に約束をすることによって、推し量っていたのだ。

 岡本が自分の母親になってくれる可能性を…

 左手に指輪がない事は確認していたが、付き合っている彼氏がいないとは限らない。彼氏がいるのであれば、1週間前の段階では既にデート等の約束をしている可能性が高いと思っていたのだ。

 つまり、舞にとっては「岡本がお母さんになってくれる可能性は大いにある」として結論づけられた。舞にとっては嬉しいという言葉以外にない。

 実は、7月1日は岡本の誕生日であった。

 岡本は現在付き合っている彼氏などはおらず、しかも昨年は仕事で、デートもへったくれもない状態だった。

 岡本としては、誕生日に何の予定もない状態よりは、気晴らしになるかもしれないという思いがあり、舞と約束したのである。

 実は、舞は7月1日が岡本の誕生日であることを事前に承知していた。

 前日、岡本が自分の保険証を見せて、「お父さんの保険証を持ってきて欲しい」旨話してきた時に、保険証に記載されていた生年月日をちゃっかりチェックしていたのだ。

 舞は岡本のことを気に入っており、というか自分のお母さんになって欲しいと思っており、岡本が帰った後、岡本の名言?の他にもノートに書き残して覚えていたのだ。

 

 6月30日、金曜日午前中、岡村正の通常逮捕が着手された。

 逮捕の段階では、俺じゃないと犯行を否認していたが、証拠が完全に揃っていることを知るや、弁解録取の段階で、すぐに犯行を認めていた。

 翌日、土曜日は身柄の送致となるが、土日は捜査本部を二つに分け、土曜日か日曜日のどちらかを休日とすることとなった。

 岡本は舞との約束のため土曜日を休みにしてほしいと申し入れをしていたことから、すんなり土曜日の休みが決まった。

 その日の昼休み、岡本が昼食を食べ終え、庶務席の自分の席に着くと、捜査一課に配属されたばかりの真田が近寄ってきた。

 真田は、

 「今度の土曜日は何か予定がありますか。予定無ければ、一緒に食事でもどうですか?」

として、話してきた。

 ずばり、ストレートにデートの申し込みである。

 真田は事前に岡本の誕生日が7月1日、土曜日であることを知って、あえてデートを申し込んだのだ。

 岡本は、それまで真田のことを何とも思っていなかったが、久しぶりのデートの誘いということでドキッとしたが、

 「ごめんなさい。土曜日はもう予定があるんです。」

として断るしかなかった。

 もちろん、舞との約束を優先したものである。

 子供との約束だからと言って、キャンセルしようとは全く思わなかった。

 すると暫くして、今度は舞の父親、藤堂が庶務席にやってきた。

 藤堂は

 「今度の土曜日、何か用事はあるか?この間の礼がしたいんだけど」

とのことを聞いてきた。

 正直、岡本は、先日の舞の誘いは藤堂親娘で話し合って決めたものと思っていたため、面食らってしまった。

 岡本は笑いながら

 「何で、班長が知らないんですか?土曜日の7月1日は舞ちゃんにデートに誘われたんですけど‥‥」

と言うと、今度は藤堂が面食らった形だ。

 「えっ?舞が?いつの間に?全然知らなかった。」

などと驚いている。

 「2人で話し合って決めたんじゃないんですか?この間のお礼がしたいからって言ってましたよ‥‥家にお邪魔しますよ。」

と言うと藤堂は

 「ああ、ごめん。待ってる。ありがとう。」

などと言って、顔を赤くさせながら戻って行った。

 岡本は、あの様子じゃあ、くそジジイは本当に知らなかったっぽいなと思いつつ、何度も笑いが込みあげてきてしまった。

 その日藤堂は自宅に戻ると舞に尋ねた。

 「舞、明日、岡本と会う約束してるんだって?」

すると

 「うん。ところで父ちゃん、明日、何の日か知ってるよね」

と逆に質問された。

 藤堂が首を傾げていると

 「父ちゃん知らなかったの?明日、岡本さんの誕生日だよ」

そして

 「舞、ケーキとプレゼント用意するから、父ちゃんも何か用意してね」

と付け加えた。

 藤堂は驚き

 「えっ?誕生日なのか?舞はそれを知ってて会う約束をしたのか?」

と尋ねたが、舞はドヤ顔になり

 「当然。」

と頷いて見せた。

 藤堂は我が娘ながら、抜け目ないなと感嘆しきりである。

 「分かった。舞は岡本のことが好きなんだな」と笑うと、再度ドヤ顔になり、これにも

 「当然」

と答えた。


 7月1日、岡本が藤堂宅を訪れ、居間に入ると、パン、パーンとクラッカーが鳴った。

 そして舞がハッピーバースデーツーユーと歌い出した。流石の岡本も、これには面食らってしまった。

 確かに自分の誕生日だが、藤堂親娘が自分の誕生日を知っているとは思っていなかった。

 舞は歌い終えると

 「はい、舞からのプレゼント!」

と言って薔薇の花束を差し出した。

 岡本は「ありがとう」として受け取ったが、豪華な花束で、素人目にも安物とは思えなかった。

 「うわあ、嬉しいけど、大丈夫?これ高かったんじゃない?」

と尋ねてきたが、舞は、エヘヘと笑いつつ

 「岡本さんのため、頑張った」とドヤ顔になった。

 岡本は、あの豚型の貯金箱のお金を使ったのだろうかと少し心配になったが、素直に嬉しくなってしまった。

 しかし、それでは終わらず舞は

 「プレゼント第2弾」

と言って、お札型の紙が入った紙製の封筒を岡本に手渡した。

 封筒の中には「かたたたき券」と書かれた紙5枚と「かたもみ券」と書かれた紙5枚が入っており、しかも可愛らしい動物の絵柄が入っていた。

 完全に手作りである。

 この不意打ちには完全にやられてしまった。

 「うわあ、うれしい。本当にありがとう。」

思いもよらぬプレゼント攻撃に満面の笑みをこぼす岡本であった。

 しかし、これでは終わらなかった。

 続いて藤堂も

 「これは俺から」

と言って、小さな紙袋を差し出した。

 紙袋には「4℃」と有名な宝石店の店名が記載されていた。

 岡本は、その紙袋を見て

 「いいんですか?」

と尋ねたが藤堂はそれには答えず

 「これで貸し借り無し的な感じで‥‥」

等と意味不明なことを述べた。

 中身は、プラチナのネックレスだった。

 結構な金額だろう。

 ここまでは良かったが、問題は次だった。

 藤堂も舞をまねて

 「プレゼント第2段」

と言って、大きめの紙袋を手渡した。

 藤堂は

 「多分、気にいると思うよ」

と言いつつ、ドヤ顔になっている。

 「何ですか。見ていいですか?」

と尋ねると

 「どうぞ。俺が選んだやつだから心配はいらないよ。」

と自信満々だったが、これを聞いた途端岡本の顔色が変わった。

 いや、いや、いや、いや、どの口がそれを言うのかとツッコミを入れたくなったが、それを抑え、中を恐る恐る確認すると、紙袋の中にはTシャツが入っているのが分かった。

 しかも何やら文字が確認できる。

 この時点では、もはや、嫌な予感しかしない岡本だった。

 Tシャツを広げると、案の定、そこには「わが生涯に一片の悔い無し」と大きく書かれていた。

 瞬間、岡本からは「おふう」等と年頃の女性が漏らすには少々あれな溜息が漏れていた。

 期待を裏切らないと言うか何と言うか、ツッコミどころ満載なTシャツだった。

 横で見ていた舞は

 「ラオウだ。かっこいい」

などと言う予想の遥か斜め上を行く感想を漏らしていた。

 あたしゃ、世紀末覇者か。なずラオウ?

 しかもこれは確か死ぬ間際に残したセリフだったはず‥‥

 とりあえず「ありがとうございます」とは言ったものの、どう言う場面で着ればいいのか見当もつかないTシャツだった。

 この日、岡本と舞の2人で料理を作り、その料理とケーキをみんなで一緒に食べ、誕生日パーティーは終了した。

 ツッコミどころ満載な箇所も多々あったが、岡本にとっては、ここ何年かで一番楽しい誕生日となった。

 翌日、7月2日、岡本はある重大な決意を胸に捜査本部へ出勤した。

 前日、いや、藤堂親娘と接するようになった初日から考えていたことだが、もう放っておけないと言うか、放っておかないと決心した。

 そして昼休みの時間帯になり、藤堂と捜査本部の近場で昼食を食べることになったのだが、そこで話を切り出した。

 通常、捜査本部ではペア同士で昼食を摂ることになっている。

 この日、岡本と藤堂は青山というラーメン屋に来ていた。

 食券を購入してカウンター席に座り、注文を終えたところで岡本が切り出した。

 「藤堂班長は、舞ちゃんのためなら、大概のことは我慢できるタイプですよね?」

と尋ねると

 「まあ、そうだな。」

と即答した。

 「それじゃあ、これにサインしてください。」

と言って、ビジネスバッグから1枚の紙を取り出して藤堂の前に置いた。

 藤堂は不思議そうな顔をして、渡された紙を手に取って眺めると

 「はっ?」

と言って固まった。

 紙には「婚姻届」などと記載されており、また、岡本の名前も記載してある。

 そして

 「ひょっとしたら、納得いかない部分もあるかもしれませんが、舞ちゃんのためだと思って我慢してください。これにサインすれば舞ちゃんは幸せになります。藤堂班長の言葉を借りれば、じっちゃんの名にかけて間違いありません。」

と申し添えた。

 「いや、しかし‥‥」

と藤堂が返答に臆していると、更に岡本は

 「今、舞ちゃんの夢というか、本当の願いって知ってますか?私は知ってます。」

と告げた。

 藤堂は、これに食いつき、

 「舞の本当の願いだって?岡本君は知ってるの?」

と逆に質問を投げかけてきたが、今度は自分の携帯電話を取り出して藤堂に差し出した。

 画面には、保育園で岡本が発見した舞の七夕の短冊の画像が映し出されていた。

 藤堂は、その画像を食い入る様に覗き込み微動だにしなくなってしまった。

 「お母さんが欲しい」という舞の本当の願いを目の当たりにして衝撃を受けてしまったのだ。

 藤堂は、暫くの間、無言で考えた後、黙って「婚姻届」にサインした。

 「分かった。俺はともかく、岡本君の方もいいの?」

との質問をしてきたが

 「もちろん。私の方からした提案ですから」

と言って頷いた。

 そして

 「あと、私の方からの提案ですけど、ある意味、外聞が悪いので、最後の決めのセリフ、もらってもいいですか?」

とのことを言われ、最初、意味が分からずにいた藤堂だが、プロポーズのことだと悟り

 「ああ、悪い、俺と結婚してくれ。」

と頭を下げると、岡本は即座に

 「はい。こっちもお願いします。」

と笑顔で答え

 「今度の休み、舞ちゃんと3人で、市役所にこれ出しに行きましょう」

と言って、婚姻届をバッグにしまった。

 できちゃった婚、全盛のこの時代、いわゆる肉体関係が一切無くして藤堂と岡本の結婚は決まった。

 しかも昼時のラーメン屋店内というムードもへったくれもない場所で‥‥


 捜査本部に戻ると藤堂は早速、上司の米山に岡本と結婚することを告げた。

 米山は

 「ええっ、藤堂は岡本と付き合っていたのか?全く知らなかった。でもそうか、おめでとう。捜査本部が解散したら休みやるから新婚旅行にでも行ってこいよ。式はいつにするんだ?」

と驚きを隠せない様子である。

 藤堂は、別に付き合ってすらいないとは言えず、また、式の日取りも全く決まっていないとは言えず、曖昧に言葉を濁すのみであった。

 米山のリアクションがあまりに大きかったため周りの捜査員にも話が聞こえ、皆、一様に驚いている。

 そして藤堂の周りもそうだが、岡本の周りにも人だかりができて、二人に質問の矢が降り注いだ。

 事件の方は早期解決だし、ちょっとしたお祭り騒ぎである。


 この日、岡本は仕事を終えると藤堂と一緒に藤堂宅に赴いた。

 藤堂の娘、舞に結婚について話をするためである。

 藤堂宅に来ると、舞が玄関に現れ、岡本を見るや

 「こんにちは。今日も来てくれたんだ。」

と上機嫌である。

 藤堂親娘と岡本が居間に集まると、藤堂が舞に向かって宣言した。

 「これから緊急家族会議を始める。」

舞は

 「えっつ?」

と一瞬驚いた表情になったが、すぐ正座し

 「はい」

と返事すると藤堂はおもむろに

 「お父さんと岡本君は入籍したから、今後、岡本君のことはお母さんと呼ぶ様に‥‥」

とのことを伝えた。

 舞は入籍の意味が分からない様子で

 「入籍って何?」

と尋ねてきたが、これには岡本が

 「簡単にいうとお父さんと私が結婚したってことだよ」

と告げると、舞は暫くの間、呆然として固まり、そして

 「お母さん?」

と呟いた。

 そして、舞の頬に大粒の涙が伝ったかと思うと、大きな声で

 「うれしい。うれしい。」

と連呼した後

 「本当はずっとお母さんが欲しかったの。お母さんがいるほかの友達のことが羨ましくて、羨ましくてしょうがなかったの。父ちゃん、料理とかお洗濯とか頑張ってやってくれてるの知ってるからずっと言えないでいたけど、ずっとお母さんが欲しかったの。」

と堰を切ったように、泣きじゃくりながら、まくしたて、岡本に縋りついた。

 岡本は舞の頭を撫でながら

 「もう大丈夫だよ。これから、私が舞ちゃんのことずっと守ってあげる。くそジジイ一人に任せられない。

と言ってなだめていた。

 仮にも自分の夫を軽く「くそジジイ」と言ってしまっているのが岡本らしい。

 そして舞の泣き顔が笑顔になったところで

 「それじゃあ、舞ちゃん、今日の晩御飯作るから手伝って!」

と促すと、舞は元気よく

「はい。お母さん。」

と返事した。

 藤堂は、この光景を見て、舞にとって母親という存在が泣きじゃくってしまうほどの切実な願いだったと知り、驚くと同時に、結婚を即決してよかったと思わずにはいられなかった。

 「舞ちゃん、入籍は今度の休みにするけど、結婚式は少し先のことになるから‥‥それと今やってる事件が終わったら休みをもらえるはずだから、結婚式の前に、新婚旅行、一緒に行こう」

と岡本が付け加えると、舞は更に笑顔になったのだった。

 この日、舞は終始上機嫌で、料理の手伝いにお風呂と岡本にベッタリの状態で

 「父ちゃんは仕事の時ずっとお母さんと一緒なんでしょ?家では舞が独占する」と息巻いていたが、就寝の時間になると、父親に気を使い、それまでは寝る時は父親の寝室で一緒に寝ていたが

 「そうか、父ちゃんとお母さんは一緒の部屋じゃないと‥‥」

と言い出し、子供用の布団を自分の部屋に持って行って敷いたのだった。

 藤堂家の消灯時間は午後9時であったが、消灯して1時間も経った頃だろうか、岡本と藤堂が並んで寝ていると藤堂が

 「岡本君ありがとう。舞のあんな嬉しそうな顔、久しぶりに見たかも‥‥」

などと話してきたが、そのタイミングで寝室の襖がスーっと開き、パジャマ姿の舞が現れた。

 藤堂が何かと思い首を傾げていると、舞は半泣きの状態で

 「ごめんなさい。一人で寝るの心細いの!今日だけこっちに寝ていいですか?」

と聞いてきた。

 岡本と藤堂は顔を見合わせるとプッと吹き出し、岡本が

 「そうだよね、いつも父ちゃんと一緒だったんだもんね!遠慮しなくていいんだよ!子供はお父さんとお母さんの間で寝るものって相場は決まってるんだから!」

と言って藤堂寄りの自分の布団をめくってみせると舞は

 「かたじけない。この御恩は一生忘れません。」

などと時代がかった物言いをしたので、岡本は再び笑ってしまった。

 この物言いも、藤堂一人の子育ての結果だろう。教育に偏りが見られるな。私がちゃんと修正しなければと心に誓う岡本であった。

 こうして、この日、3人は「川」の字になって就寝したのである。


 翌日、藤堂夫婦は舞を保育園に送った後、捜査本部に向かうことにしたが、保育園でも舞はスペシャル上機嫌だった。

 舞は出迎えた保育園の先生に

 「おはようございます!」

と物凄いバカデカい声で挨拶した。

 先生は目を丸くして

 「おはよう。舞ちゃん、いつも元気だけど、今日は一段と元気いいね。何かいいことあったの?」

と問うと舞は、満面の笑みで

 「あのね、先生、聞いて。私にお母さんができたの。七夕の短冊ってすごいね、もうお願い事かなっちゃった。七夕侮れないわあ。」

と返した。

 それを聞いて、保育園の先生も満面の笑みになった。

 「えっ、そうなの?よかったねえ、舞ちゃん」

と言って旧姓岡本にお辞儀した。

 舞の勢いは、それにとどまらず、既に園にきていた友達にも

 「チホちゃん、アキちゃん、聞いて、聞いて!私にお母さんできたんだあ。美人で優しくて、カッコイイの。七夕って本当に願い事かなうんだね」

などなど、嬉しくて、嬉しくてしょうがなくて皆に知ってもらいたいという体である。

 舞が保育園に到着して、わずか10分ほどで保育園の園児、先生に事情は知れ渡った。

 スーパーインフルエンサーの様相を呈している。

 「きっと舞ちゃんがいい子だから、神様が優先的にお願いを聞いてくれたのかもしれないね。それじゃあ舞ちゃん、短冊、まだ余ってるから、もう一つ願い事書いておくか」

と保育園の先生が促すと、舞は

 「はい」

とこれまた大きく返事して、短冊に願い事を書き出した。

 舞の様子を見ていた旧姓岡本と藤堂も、短冊の完成を見守っていた。

 そして見てしまった。

 舞の次なる願い事を‥‥

 短冊には

   おとうとか、いもうとがほしいです

と記載された。

 旧姓岡本は「おっと、そうきたかあ」と思いつつ、また、藤堂も 「いずれは、言ってきそうだなと思ったけど、いきなりかあ」として、顔を真っ赤にさせつつ、夫婦で、互いの顔を見つめ合うのだった。

 保育園の先生は、旧姓岡本の腹部をチラ見した後、舞に向かって

 「うーん、今年の七夕には間に合わないかもだけど、舞ちゃん、いい子にしていればいつかかなうかもね。」

等と適当なコメントをするのだった。


 岡村は逮捕されて20日後、起訴され、無事、旧姓岡本と藤堂は休暇をもらえることとなった。

 藤堂一家は、先ず、成田市の自宅を出発して岡本の実家がある千葉県旭市で1泊、その後、藤堂の元妻、美音子の実家がある習志野市に1泊、その後、箱根の温泉に移り、2泊するという旅行を計画していた。

 入籍したというのに岡本の両親に未だ会ったことがないということがあって、岡本の実家に新婚旅行がてら挨拶、そして元妻の実家へ再婚の報告をするということだ。

 千葉県旭市は、田畑が広がる農村地帯で、岡本の実家も農家である。

 両親に会ったこともない状態で入籍となったことで、藤堂は

   岡本の両親はひょっとしたら激怒するかも

と心配していたが、実際会ってみると岡本の両親は娘と違って、とてもおおらかな人柄で

   話には聞いています

   捜査一課の上司なんですよね。

   舞ちゃんも礼儀正しくて、可愛らしい

とのコメントだった。

 また元妻の実家では、藤堂の再婚を思いの外喜んでいたが、今年、舞が保育園を卒園し、小学校へ入学するため

   舞のランドセルは、うちで購入してプレゼントしたい

   それだけは、うちでやりたい

とのことで、思いがけない申し出があった。

 もちろん藤堂と旧姓岡本は

   助かります。ありがとうございます。

としてこれを受け入れた。

 舞は人気者なのである。


 そして入籍から5ヶ月程が経過した。

 ここまで捜査一課1班では、この年、年間3件の捜査本部事件を解決しているが、これは捜査一課の年間タイ記録であった。

 しかも、その全てが早期解決であり、米山は鼻高々である。

 ただ捜査2班も12月に入り、3件目を取り扱い中であった。

 例年、12月は、多かれ少なかれ、何らかの捜査本部事件が発生してしまうのが常であったが、この年も例外ではなかった。

 捜査1班は、3件目の捜査本部事件が終わった後、多班扱い中の捜査本部事件の応援に駆り出されている状態だったが、年末に来て、この年最大の難事件が待っていた。


 千葉県四街道市で、四街道中学校の体育教師が体育館で何者かに背中を刺され殺されるという事件が発生した。

 捜査2班が扱い中の事件がこれである。

 この事件では、現場に被害者が残したとも思料される、いわゆる、ダイイングメッセージがあり、マスコミはこぞって、この事件を取り上げて報道し、全国的に注目度の高い事件となっていた。

 そして、その1週間後、同じ四街道中学校で再び事件が発生する。

 この学校の生徒、斉藤慎太郎宛に、小包が郵送されたのだが、この小包の中に人の体の一部、生首が入っていたのだ。

 しかも、その生首の主は、学校の生徒だった。

 ここで捜査1班に召集がかかった。

 1週間で、学校の教師と生徒が殺害されたことになるが、事件の関連性は不明となるため、敢えて1班に要請の連絡が入ったものである。

 明らかに関連があるならば、つまり、連続殺人事件であるとなれば、そのまま捜査2班のみでの捜査の可能性もあったが、現段階では不明であるための要請である。

 藤堂夫婦は

 「四街道中学校へ行き、概要を確認し、報告してくれ」

との米山の指示に従い、四街道中学校へ赴いた。

 四街道中学校に到着すると、四街道警察署刑事課員と機動捜査隊員ら10数名が関係者らの事情聴取を行っている最中で、制服の警察官も四街道中学校の門扉の前で「立入禁止」と書かれた規制線を張っている真っ最中である。

 藤堂夫婦が規制線に近付くと、藤堂班長に気付いた機動捜査隊の班長が近寄ってきた。

 藤堂と顔見知りの永田警部補である。

 「藤堂班長久しぶりです。成田の時以来ですね!」

 「成田の時には世話になったね。今回はどんな感じなの?」

 「1週間前の事件と関係があるっぽいですね。ここの生徒宛にバイク便で荷物が届いたんですけど、その荷物が生首ときたもんです。そんで荷物の差出人が前回の殺しの被害者の名前、鬼頭淳になってます。もうブンヤの方で嗅ぎつけたようで、テレビも2〜3局来てますよ。それで首の主は四街道中学校3年の高橋勝也、昔風に言うと、不良でいじめっ子、周囲に敵は多かったと思われます。」

 「うーん、昨日映画DVDを見たのが悪かったのかな。なんで、こう、いかにもって感じの事件なんだろう」

藤堂が呟くと、それを聞いた永田が

 「映画ですか?なんの映画です?得意の金田一少年の事件簿?」

などと再び尋ねる。

 すると藤堂は

 「微妙に違うねえ。犬神家の一族だよ」

と答えたが、それを聞いた永田班長はプワッハッハッハーと吹き出し、そして

 「確かに横溝正史っぽい事件ですねえ」

とコメントしたのだった。

 次いで、四街道警察署刑事課の東警部補が藤堂の元へやって来て、事件の概要について説明した。

 東警部補は

 「今日の午後3時30分頃、放課後ということになるのですが、この特別養護クラスの斉藤慎太郎宛にバイク便で小包が届きました。それで差出人というのが今言ったように鬼頭淳で、1週間前の事件の被害者になります。不審に思った斉藤君は学校の当直室で小包の中身を確認したら、学校の生徒の生首だったという具合です。斉藤君は驚いて半狂乱の状態となって騒ぎ、そこへ駆けつけた教職員が小包等を確認し、斉藤君をなだめつつ110番通報したという経緯です。首の主は、高橋勝也というこの学校の3年生です。発見されたのは頭部だけで胴体は発見されていません。」

とのことを告げ、発見場所となる中学校の当直室へ案内した。

 例によって、藤堂は手袋・マスク等鑑識作業対策の格好をして当直室に入る。

 当直室は8畳和室で、部屋の中央に円形のテーブルが置かれている。そしてテーブルの上にはサイコロ型の木製の箱が置かれ、その脇にはビニール袋に入った生首が置かれていた。

 藤堂は箱とビニール袋を確認した後、ビニール袋越しに生首を確認する。

 その後、ビニール袋から生首を取り出すと、間近で確認し

 「ええと、これ頭蓋骨は骨折してるね。陥没してる。それと口部周辺がただれていて変な匂いもするから、クロロホルムか何かで口を塞がれた可能性が高いね。」

とコメントすると部屋の出入り口脇で四街道警察署の刑事、高田主任が大きなスケッチブックに何かを書き込み、それを関係者と思料される者に見せている状況を目に止めて尋ねた。

 「ええと、そちらは関係者?」

すると

 「こちらは斉藤君です。斉藤君は聾唖者になりますので、筆談で事情聴取をしているんです。」

とのことであった。

 「聾唖者?」

藤堂が首を傾げると

 「先天的に耳が聞こえないというのと、口が聞けないということです。斉藤君は中学校の特別養護クラスの2年生になります。特別養護クラスというのは、心身に障害がある者らのクラスと言うことです。」

 藤堂は頷き、筆談の内容を確認すると、小包の受取り、確認状況について聴取しているとのことだった。

 その生徒の斉藤君には、教員と思料される40代の男性が付き添っている。

 その男性は四街道中学校の生活主任の田中と名乗っていた。

 途中、車椅子に座っていた斉藤君に対し、高田主任が

 「じゃあ、こんな具合で間違いないか確認してください。」

と言いつつ、スケッチブックを渡すと斉藤君は頷いた。

 そして男性教諭が、車椅子の前で屈んで斉藤君と正体し、斉藤君が教諭の首に両腕をかけると教諭は斉藤君の両脇に両腕を差し込んで服を掴み、斉藤君の体を持ち上げて、立たせた。

 田中の説明だと、体が不自由で車椅子に座っている生徒等を立たせる際には、よく使用される方法だという。

 藤堂は、この田中という男性教諭に尋ねた。

 「捜査一課の藤堂と申します。事件の状況はともかく、人間関係について知っている限りのことを教えてください。私は1週間前の事件についてはよく分からないので、1週間前の事件の関係者についてもお願いします。」

 田中は頷いて

 「私は生活指導主任の田中と申します。生活指導主任と言っても、1週間前までは、副主任で、前までは鬼頭さんが生活指導主任だったのですが、知っての通り刺されて亡くなってしまったので私が後任と言う状態です。斉藤君は先天的に耳が聞こえないのと口も聞けない状態です。そのためコミュニケーションの手段として見ての通り筆談という形をとっているのです。それと最近になって、心因性のものだと思いますが、右足が不自由な状態となってしまったので、10日ほど前から車椅子を使用しています。斉藤君は耳と口、右足が不自由と言うことになりますが、その他は普通の健常者と変わりません。学校の成績は優秀です。成績はいつも学年で10番以内という具合です。」

等と説明した。

 また

 「それと、今回の首の主については高橋勝也という生徒で3年D組の生徒です。素行はあまりいいとは言えません。何度も警察のお世話になっています。昔風にいうと、いわゆる不良でいじめっ子です。特に養護クラスの生徒に対しては毎日のように難癖をつけて暴力等をふるっているという話でした。この辺のところは前の生活指導主任の鬼頭さんから聞いた話になります。そのため鬼頭さんが何度も注意していたのです。高橋は昨日から学校に姿を見せていませんでしたが、まあ、彼の場合よくあることなので気に留めておりませんでした。先程、両親に行く先についての心当たり等尋ねましたが、よく分からないとのことでした。今回の事件に関してはまだ話していません。警察の方から話してもらうと助かります。」

とのことを申し添えた。

 次いで藤堂が1週間前の被害者と言う鬼頭について尋ねると

 「鬼頭先生は、私の前の生活指導主任で、科目は体育を教えていました。それと特別養護クラスの担任でもありました。学生時代はスポーツと言うより、武道、空手や合気道等をしていたようです。指導熱心な先生で人気はあった方だと思います。ただ、先程の高橋は煙たがっていたと思います。」

 ここまで聞いたところで、筆談により事情聴取していた高田主任が藤堂に

 「私の方は一通り聴取終了しましたが、捜査一課さんの方はどうですか?何か聞きますか?」

と尋ねて来たので藤堂は

 「それじゃあ2〜3個ほど質問します。」

として高田主任越しに斉藤へ

 「高橋勝也と言う生徒とは親しかったんですか?そもそも知っている生徒ですか?」

と尋ねるに

 「知っています。うちのクラスで高橋にいじめられていた人もいます。正直言って嫌いな奴でした。」

とのことで筆談で返答した。

 また

 「最近、右足が不自由で車椅子に乗っていると聞きましたが診察したお医者さんはどのように説明していましたか?」

との問いには

 「お医者さんの話によれば、『肉体的には問題箇所はないので心因的なものが原因じゃないか』とのことでした。」

とのことで回答した。

 藤堂は、簡単な質問を二つしただけで

 「うーん、それじゃあ、学校の周辺の様子だけ確認したら、今日はもういいでしょう!お前、米山補佐に連絡して」

と旧姓岡本に命じた。

 藤堂の妻、旧姓岡本は、携帯電話で米山補佐に状況を説明し、藤堂は校舎の周辺を歩き出した。

 ちなみに藤堂夫婦は、夫は妻のことを「お前」と呼び、妻は夫のことを「あんた」と呼んでいる。

 最初、岡本は、これじゃあ演歌の世界じゃないかとツッコミしていたが、最近ではツッコミが面倒になってスルーしている。

 校舎の南西側、校舎から5メートルほど離れた場所に、筒形のコンクリートブロックで四角形に区切られた花壇が設けてあるが、花壇前で藤堂は立ち止まり、近くにいた50代の男性に尋ねた。

 「すみません。警察の者ですけど、この花壇には何の花が植えてあるんですか?」

男は

 「事件の捜査ですか?大変です。私は用務員をしている下村と言います。花壇の花はシクラメンです。生物委員会の者が皆が投稿する前に毎朝水をあげてるんですよ。」

とのことで、更に

 「生物委員会の人っていうのは特別養護クラスの斉藤君ですか?」

と尋ねた。

 旧姓岡本は、えっ?と一瞬驚いたが、50代の男性は

 「そうですけど、よく分かりましたね?」

と言うと

 「何となくそう思っただけです。ありがとうございます。」としてお辞儀した。

 岡本は首を傾げ

 「何ですか?今の質問?この花壇、事件に関係あるんですか?」

と尋ねると藤堂はドヤ顔をしつつ

 「えっ?バレつった?バレちゃあしょうがねえ」

などと言って頷いた。

 藤堂は最近、自宅でほとんど時代劇ばかり(たまに事件ものの映画等)見ているが、時代劇に出てくる悪党らが言うセリフが気に入り、最近は「バレちゃあしょうがねえ」が口癖になっている。相変わらず、小市民というか小物感満載の男なのである。

 よく見ると、花壇を縁取るコンクリートブロックが1個だけ、ヒビが入り、更に欠けている。

 次いで、藤堂は、妻(旧姓岡本)を連れ、校舎内に入った。

 四街道中学校は通常の中学校の造りとほぼ同じだが、1階にリハビリテーション施設があるのと、4階建てだが、校舎中央にエレベーターが2基設置されている点が他校と異なる。

 いずれも特別養護クラス用に設置されたものである。

 藤堂夫婦は、その施設等を確認した後、2階にある図書室へ訪れた。

 校内の図書は、誰が何の本を借りているかコンピュータ管理されており、藤堂は斉藤慎太郎に対する貸出履歴を確認する。

 様子からすると藤堂班長は、斉藤慎太郎を疑っているようだ。

 捜査一課に来てから、ずっと一緒なので、旧姓岡本は察しがつくようになった。

 藤堂は、コンピュータを検索してもらい、図書の貸し出しの管理をしていた図書委員に尋ねた。

 藤堂が

 「警察の者だけど、高橋勝也君と斉藤慎太郎君の貸出の履歴を見せて欲しいんだけど‥‥」

と言うと佐々木某は

 「分かりました」

と言って、コンピュータを操作し、その画面を藤堂に提示した。

 高橋には、図書の貸し出し履歴は無く、斉藤は月に10冊程度借りていることが分かった。

 本のタイトルからすると、借りているのは、ほとんどが推理小説である。

 それを確認すると藤堂は満足そうな顔をして妻に言った。

 「今日はもういいだろう。帰ろう。」

 毎度、毎度思うのだが、妻は夫が何をどう推理して被疑者を特定しているのか皆目、見当がつかない。

 そのため、自宅に戻る車内で

 「あんた、何で斉藤君が被疑者だと疑ってるんですか?」

と尋ねたが、夫、藤堂は

 「それが一番しっくりくるっていうか、今回はあいつ以外にあり得そうもない。」

と良く分からない理由を述べた。

 また

 「確かに、1件目の事件で残されていたっていうダイイングメッセージの「S」の文字も、普通に犯人のイニシャルと考えれば辻褄はあいますね。」

と応じると

 「ああ、ダイイングメッセージって「S」だったんだ。へええ」

とつまらなそうな表情で頷いた。

 相変わらずというか、何というか、事件の話になると、いつも意味不明な物言いをする夫がよく分からない。

 それでよく捜査一課の班長をしてますねと何度言いたくなったことか。

 一応、妻は

 「明日、捜査会議は捜査2班と合同だそうですよ!ちゃんと皆に被疑者について説明できるようにしていたほうがいいですよ。」

と苦言を呈しておいたが多分意味はないだろう。

 藤堂は

 「捜査2班と言うと大場か?」

と尋ねてきた。

 「大場」と言うのは、「大場京太郎」のことで捜査2班の筆頭班長を務めている。

 「そうです。大場さんです。そう言えば、大場さんって藤堂班長のライバルって誰かが言ってましたけど本当ですか?」

最初、噂を聞いた時、どういうライバルなのだろうかと首を傾げた妻、たか子である。

 大場という者も支離滅裂な人なのだろうかとさへ思ってしまっていた。

 藤堂は

 「ああ、確かにライバルだな。しかも同期だ。もう15年近くなるのかな。」

とのことを言い出し、そして

 「ある事件捜査で、俺と大場は2人とも行徳警察署にいたんだが、一緒に被疑者の張り込み捜査をすることになったんだ。あんまり動かない被疑者だったから、捜査車両内で二人で話す時間も多くてな…あるテレビアニメの登場人物の話題になったんだ。ケンシロウという主人公のライバルで誰が一番強いかって話をしていたら、俺は当然ラオウだと主張したんだが、あいつは『一度はケンシロウに勝っている。サウザーが1番だ」という主張で論争になって、結局、将棋で決着をつけることになったんだ。その将棋で確かに俺は「待った」を2回したが、あいつは「負け」を認められずに、ことあるごとに俺に突っかかってくるようになったんだ。」

等と説明した。

 妻、たか子は、あまりにスケールの小さな話(しかもツッコミどころがあり過ぎて収拾がつかない)をされて呆然としてしまう。

 5秒ほど二人の間には沈黙が流れたが、気を取り直したたか子は

 「すいません。想像を絶するくらい、くだらなくてスケールの小さい話だったんで分かりづらかったんですが、結局、ライバルっていうのは将棋のライバルってことですか?」

と尋ねると藤堂は

 「いや、あいつは全てにおいて俺のライバルだ」

と主張した。

 たか子は、こいつと今ここで話をするのは時間の無駄かもしれないと悟り、話を掘り下げたりすることはなく、そのまま車を運転し自宅へ帰ったのだった。


 翌日、第1回目の捜査会議となった。

 事件の関連性も見受けられる状況から、捜査2班主導で捜査会議が行われることとなった。

 捜査2班の担当補佐は梶山補佐という警部で、実直で厳しい警部である。

 1週間前の捜査本部で100名体制だったが、今回は更に100名が増員された。四街道警察署の地域課は3部制では回せなくなり、2部体制となった。刑事課員も半数が捜査本部に合流することになった。

 先ず最初、捜査2班筆頭班長である大場警部補が1週間前の事件から概要を説明し、続いて2件目の事件概要を説明した。

 担当検事も捜査本部に来ている。

 1件目の事件の担当検事は、以前、1班の事件を対応したこともある志村検事である。

 2件目は成田警察署の事件で担当した佐藤検事である。

 志村検事は、女性ながら敏腕と評判で、来年には東京高検に移動が噂されている。

 大場班長からの事件説明の後、捜査1班補佐の米山警部から例によって藤堂班長宛て話が振られた。

 「藤堂班長、被疑者像について何か思うところはあるか?」

もちろん捜査1班の面々は、ストレートに被疑者の氏名が告げられるのではないかとの思いから、息をのんで藤堂班長を見守っている。

 妻たか子は夫が疑っている人物を知っているが、他の1班捜査員はまだ知らない状態である。

 藤堂は

 「被疑者は中学校の特別養護クラスにいる斉藤慎太郎でしょう。」

とズバッと言い放った。

 当然、捜査本部は騒めく。

 「ちょい、ちょい、ちょーい。」

言った瞬間、捜査2班の班員である赤川巡査部長から声が上がった。

 「開幕早々、何、いきなり豪速球投げ込んでくれてるんや。メジャーの大谷翔平か?いや、地元ロッテの佐々木朗希か?」

早速のツッコミである。

 一部捜査員は吹き出して笑っている。

 そして

 「捜査1班の皆さんは何で黙ってるんや。筆頭班長が渾身のボケをかましたんやさかい、誰かツッコんであげなくちゃいけないやろ!」

と言うが捜査1班の班員は皆、沈黙である。

 「そうや捜査1班て西川いたよな。西川、お前、班長のボケをスルーか?」

と促す。

 捜査1班の西川は、赤川と同じ関西大学出身で赤川の後輩にあたる。西川は赤川の引っ張りで捜査一課に来たと評判である。

 西川は

 「赤川兄さん、これ、ただのボケと訳が違うんでツッコミできないんですよ。」

と弁明しつつ

 「被疑者だと言う根拠聞いたら、もっと驚きですよ!」

と付け足す。

 西川は赤川を「兄さん」と呼ぶがもちろん、実際の兄弟ではない。関西大学の先輩後輩という立場であるため、そう呼んでいるものである。

 「なんやて、そいじゃ、班長、根拠教えてもろてええですか?」と尋ねると、藤堂は軽く頷いて

 「この斉藤慎太郎なんですが、昨日、筆談で事情聴取したんですが、中学2年生の分際で私の妻、たか子に色目を使ってきたんですよ。あのガキが犯人に間違いありません。」

と申し述べた。

 途端、捜査会議が開かれた四街道警察署の3階道場は笑いの渦に包まれた。

 赤川がそれを聞き、

 「あかん!確かにツッコミどころが多すぎて、もう、儂の手にはおえん。」

とコメントすると更に笑いに拍車がかかった。

 やりとりを聞いていた志村検事も大笑いしていたが、笑い終えるとおもむろに

 「藤堂班長!私はあなたのことを天才捜査官だと思っています。できれば、根拠のところを凡人の私でも分かるように説明してもらうと助かります。」

として藤堂に尋ねる。

 当然、赤川は

 「いや、検事さんもこの話乗るんかい?多分、乗り物酔い半端ないでえ!」

とツッコむが笑いを大きくしただけで終わった。

 次いで赤川が

 「もし、班長の言う通り、斉藤が犯人やったら儂、頭丸めますで、ほんまに!」

としたところで、西川が

 「赤川兄さん、頭丸めるて、そもそもスキンヘッドやん?」

と赤川にツッコミを入れたところで、1班補佐と2班補佐から「静かにしろ」と声が上がった。

 捜査会議がこれほど笑いに包まれたことは今までに記憶にない。

 藤堂の上司米山は、一応、聞いてみた。

 「藤堂、説明できるか?」

すると藤堂は、それには答えず、

 「その前に2〜3確認したいことがあります。」

として

 「先ず、1件目の事件ですが、鑑識班に確認したいんですが、解剖所見では失血死でしたか?体内から毒物は検出されていませんか?」

と尋ねた。

 すると鑑識班の班長は驚いた表情を見せつつ

 「ええ、その通りです。毒物が検出されています。どうも凶器の刃物に毒物が塗られていたようです。」

と答える。

 また藤堂が

 「犯行場所は体育館で間違いないんですか?死体が移動された様子はありませんか?」

と質問すると、これにも

 「驚きました。その通りです。殺害されてから遺体を体育館に運び込んだと考えるのが妥当な状況です。体育館の周辺でいわゆる、猫車のタイヤの跡が確認されています。」

と回答してきた。

 回答を聞くと藤堂は満足そうに頷いた。

 「これで、ほぼ確定ですね!斉藤慎太郎、あいつで間違い無いです。じっちゃんの名にかけて間違いありません。」

道場は再び笑いに包まれた。

 それを聞くと赤川は

 「おおっとー、ここで来ましたか。噂には聞いてたけど本当に言いよった。」

多少なりとも赤川は藤堂のことを噂で知っているらしい。

そして

 「そのセリフが出たらツッコモウと思っていましたんや。班長のおじいさんていったい何者や。」

当然のツッコミである。

 再び笑いが起こる。

 藤堂が

 「しがない漁師でした。」

と答えると赤川の

 「金田一耕助と違うんかい!」

との、この日一番の大きな声でのツッコミが決まり、捜査会議は笑いの渦である。

 ここで腹を抱えて笑っていた志村検事が口を開いた。

 「それじゃあ、一緒に捜査していた奥さんの方に聞きたいんですが、奥さんも斉藤が被疑者だと思いますか?」

 藤堂から直接根拠を聞くのを諦めたらしい。

 旧姓岡本は話を振られて頷き

 「斉藤君が色目を使ってきたって言う話は思い過ごしだとは思いますが、うちのくそジジイがどうして斉藤君を今回の事件の被疑者と見ているかは少し分かります。確かに斉藤君が被疑者だとすると全て辻褄が合うと言えば合います。」

と前置きしてから語り出した。

 「先ず、1件目の事件について説明します。問題のダイイングメッセージについてですが、うちのくそジジイは「S」には何の関心もない様子でした。というのも被害者がダイイングメッセージを残すという状況をあり得ないという風に考えている様子です。つまり、被害者じゃなく、被疑者が敢えて残したメッセージということです。うちのくそジジイは被疑者が敢えて自分を示すヒントを残したと考えているようです。おそらく、現実と妄想の区別がつかないいわゆる中2病のガキがゲーム感覚で残したヒントということです。くしくも斉藤君は中学2年生、犯人像に当てはまります。それではダイイングメッセージは何の意味もないのかというと、そうでもないです。あれは犯行場所が体育館であるとアピールしたかったということだと思います。本当の犯行場所は秘密にしておきたかったということです。本当の犯行場所が分かれば容易に犯人、つまり、自分に捜査が及ぶと考えたのでしょう。これはヒントを残す行為と矛盾していますが、犯人にとっては重要だったのでしょう。それでは実際の犯行場所はと言いますと、同じ学校内です。1階のリハビリテーション室でしょう。リハビリテーション室は使用する人間が限定されます。特別養護クラスの生徒しか使いません。その中から自分を特定するのではなく、全生徒・職員等の中から自分を特定して見せろという意味で犯行場所を秘匿したんです。ちなみに斉藤君は10日ほど前から右足が不自由ということで車椅子に乗っているのですが医師の診断では、肉体的にはなんら問題はないという診断結果だったようです。うちのくそジジイは10日ほど前から右足が不自由で車椅子に乗っているという話を聞いて斉藤君を被疑者と特定した様子がうかがえます。武道の達人である鬼頭さんを殺害するという行為が特別養護クラスの者には不可能と言う先入観があれば自分にはいきつかないと思ったのでしょう。斉藤君は「警察はそういう先入観を持って捜査をするのか」と尋ねたいのでしょう。」

 藤堂妻が、一気にここまで話し終え、周りを見てみると、先程まで吹き荒れていた笑いの渦は無くなっており、一様にシーンと静まり返っている。皆聞き入っているのだ。志村検事も黙って考え込んでいる様子である。

 ここで2班班長大場が口を挟む。

 「実際、どうやって殺したんだ?武道の有段者だぜ!」

 藤堂妻は頷いて

 「そこでリハビリテーション室です。言った通り、武道の有段者です。油断等がなければ殺せるはずありません。鬼頭先生は特別養護クラスの担任だったことが大きな要因になります。生徒がリハビリをする際、鬼頭先生が立ち会うというのは考えられる話です。そしてその生徒が車椅子に乗っている状態であれば、先ず、立たせないといけない訳です。」

 そこで四街道警察署の高田主任が思い出したように

 「あっ」

と声を上げたが藤堂妻は構わず続ける。

 「そう、介護施設ではよく見られる光景ですが、介護者は車椅子に乗っている人の両脇に手を入れて上体を起こさせるんですが、この時、車椅子の者が手に刃物を持っていれば両腕が自由ですから、背中を刺せるということです。但し、刃物を背中に刺せたとしても、それ程力を込められる姿勢ではないので、刃物に毒を塗っていたということです。1件目の事件はその様な感じだと思います。」

 捜査本部が置かれた3階道場内は静まり返っていた。

 そこへ捜査2班赤川の

 「あかん。ツッコミが思い浮かべへん。」

との言葉に一瞬笑いが起こったが、すぐ静まり返った。

 藤堂妻は

 「2件目の事件ですが」

として前置きして再び話し始めた。

「2件目は、複雑な話はほとんどありません。どこかで入手したクロロフォルムを使い、それを含ませたハンカチ等で被害者の口を塞いで意識を無くさせてから、高所から落下させたという事件です。これから解剖と言うことになりますが、頭蓋骨が骨折しています。もの凄い衝撃であったこと表しています。口の周りもその状況を指すかのようにクロロフォルムによりただれています。」

 ここで志村検事が質問した。

 「頭部を切断したのには何か意味があるんでしょうか?」

それには

 「2件目の事件の肝はそこです。これは私の推測ですが、被疑者は殺した後、遺体を見て、これでは自殺だと思われるのではないかと心配した。明らかに殺人事件あることを示すために首を切断したんだと思います。特別養護クラスの人間をいじめたから殺されたんだということを示したかったということです。このところも被疑者が子供じみた感覚にとらわれていることを指しています。」

そして

 「ちなみに2件目も犯行場所は学校です。学校の屋上から被害者を落としたと思われます。校舎の南西側に花壇がありますが、そこのコンクリートブロックが一部破損しています。そこに落下したんだと思います。その様子が見様によっては自殺の状況にも見えたということです。犯人はそれを否定したかったということです。普通に考えて頭部を切断した場所も校舎内でしょう。胴体部分も近いうちに発見されると思います。」

 すると志村検事は頷いて

 「やっぱり、貴方と旦那さんは天才捜査官ですね!それこそ金田一耕助にも負けてないと思いますよ」

とコメントしたのだった。

 藤堂妻は夫の方を向くと

 「分からないところは私の推測で話したけど、これでいい?」

と確認すると藤堂は

 「1箇所だけ問題がある。あいつは確かに色目を使っていた。」

とコメントしたのだった。

 当然の様に赤川の

 「そこは譲らんのかい!」

とのツッコミが飛んできて再び笑いの渦が生まれた。  

 続いて、今後の捜査方針についての話になった。

 ここまで来ると、藤堂夫婦に異を唱える者は誰もおらず、当初、捜査2班主導の元進行してきた捜査会議はいつしか捜査1班主導へと変わっていた。また、今後の捜査についても捜査1班主導という流れとなった。

 「それでは、バイク便で斉藤に対応した者について事情聴取後、供述調書を作成願います。バイク便の対応者と言ってもこれは学校に小包を届けるように依頼した際の対応者です。斉藤本人が依頼したと思いますが、斉藤は聾唖者ですので、電話での対応はできないはずです。直接、バイク便の事務所に行ったか、携帯電話のラインで段取りを取って、実際、荷物を預ける際には一言も声を出していないはずですので、当然、印象に残っていると思います。中村班長お願いできますか?」

 「はい、分かりました。」

 「あと、庶務班で、四街道警察署管内か周辺署管内でクロロフォルムと毒物の盗難等発生していないか捜査、お願いします。」

 「はい」

 「鑑識班はリハビリテーション室と校舎南西側の花壇に対する検証関係をお願いします。」

 「はい」

そして

 「あと、捜査2班の方でエレベーターのビデオ解析をお願いできますか?」

との指示には、筆頭班長の大場が

 「分かった」

と回答した。

 そして

 「聞き込み捜査班は特別養護クラスの者から重点的に捜査願います。」

と促し、捜査の割り振りが決定した。

 最後、藤堂は

 「今回の事件、令状を示して逮捕すれば、被疑者斉藤慎太郎は否認しないとは思うんですが、被疑者取調べ担当も中村班長、お願いできますか?つきましては、被疑者の周辺捜査もお願いします。」

と申し向けると中村班長は再び

「分かりました」

と返事した。

 通常、1班・2班合同の場合、筆頭班長とはいえ、1班のみで被疑者の取調べ担当を誰にするか決められないが、今回は藤堂夫婦の推理を軸に捜査が行われることから、2班の大場は口出しできない形である。

 もちろん、捜査本部事件の被疑者の取調べは栄誉であり、途中参加の1班で取調べを行うということは本来あり得ない。藤堂夫婦の活躍のおかげと言っていい状態である。

 これまで捜査一課では「結果オーライ・棚ボタの1班」「王道捜査・実力の2班」等と言われてきたが、この事件を機に1班の呼び名は「剛速球・神通力の1班」と呼ばれる様になった。

 ただ旧姓岡本は思う。どちらかというと「結果オーライ・棚ボタの1班」の方が藤堂らしいと思うんだけどなあと‥‥「神通力」とかあのジジイには似合わないし、下手したら何か勘違いして調子に乗りそうな響きがある。あの「神」と記載されたTシャツが頭をよぎる旧姓岡本であった。

 この日、昼食で四街道警察署長から1個1,000円以上するお弁当が捜査員らに配られた。

 通常、昼食時は捜査のペアで署外にて摂っているが、この日は皆署内で弁当を食べることになった。

 昼休みになると署に残っていた志村検事が庶務席の藤堂妻のところへやって来た。

 そして若干笑いながら

 「先程はありがとうございます。旦那さんが天才捜査官であるのは知っていたんですが、いつもあんな感じの豪快な、根拠説明をされるので頭を痛めていたんです。」

として藤堂妻に話しかけた。

 藤堂妻は

 「昨日、ちゃんと皆に説明できるようにしとけって言っておいたんですけど、あのくそジジイは、毎度、毎度好き勝手にやりくさって‥‥よく言っておきます。」

等と部下兼妻という立場とは思えない話しぶりで謝罪した。

次いで

 「それでも流石は奥さんですね。一緒に行動されていたとはいえ、的を得た推理だと思います。」

 「最近になってようやくあのくそジジイの言う事が少しだけ分かってきた感じがあります。一応は日本語を話すのに通訳が必要なのは、あのジジイくらいのもんでしょう!」

相変わらずの辛辣なコメントの数々である。

志村検事は笑いながら

「事件とは関係ないんですが、是非、教えて欲しいことがあるんですがよろしいですか?」

「ええ、なんでしょうか?」

「私は今日まで藤堂班長が結婚したことを知らなかったんですが「なれそめ」はどういった感じだったんでしょうか?」

藤堂妻は、一瞬考え込んだが、取り繕ってもしょうがないと思い、ズバリ本当の話をすることにした。

「いやあ、普通に付き合って結婚したっていう感じじゃないんですよね。逆に結婚してからデートするようになった感じです。」

と前置きして

「元々、くそジジイには舞ちゃんっていう5歳になる娘さんいるんですが、その舞ちゃんをダシに、舞ちゃんを幸せにしたかったら婚姻届にサインしろみたいに脅したんです。」

と話した。

 すると志村検事は、予想のはるか斜め上を行く「なれそめ」を聞き、プワッハッハーと大笑いして

 「それは凄いですね、それで班長はどんな対応したんですか?」

 「いや、少し考え込んでましたけど、黙ってサインしました。」

志村検事は笑いながら

 「そうですか、あの藤堂班長なら、逆に普通の「なれそめ」って考えづらいですよね。」

と妙に納得した様子である。

 「じゃあ、奥さんは、藤堂班長のどこが気に入って、脅したんですか?」

との問いには

 「くそジジイは知っての通り殺人事件捜査は天才と言っていいほど凄いですけど、実生活では、これ以上ないくらい小者でスケールの小さいヤツだと分かって、そのギャップですかね。気に入ったところと言えば‥」

と答えると志村検事は更に大笑いして頷いた。


この日、午後7時30分から、捜査会議が開かれた。

志村検事は結局、検察庁には帰らず、四街道警察署に残っていた。

 それだけ、この事件の進捗状況が気になるのだ。

 捜査2班班長大場が捜査会議の司会役となっている。

 「先ず、今日、遺体の頭部の解剖が行われましたので、その状況について鑑識班」

 「はい、鑑識班の大沢です。藤堂班長の見立て通り、頭蓋骨は骨折しており、高所から落下してできた創と見て問題ありません。それに口部のただれも、口部にクロロフォルム等の薬品をあてがって嗅がせたものと見て間違いないようです。意識をなくした被害者を高所から落下させて死亡させたということで問題ありません。それから、死後早い段階で首は切断されたようです。切断面から使用されたのはノコギリ様の物ということです。死亡推定時刻に関しては胴体部分が無いので、一昨日の午後以降としか分かりませんでした。」

 「続いて、バイク便の方の捜査は?」

 「はい、中村です。藤堂班長の見立て通り、受付時、小包の依頼者は、一切、喋っていません。バイク便の会社にラインで依頼の申込みがあり「喉が痛いので筆談でお願いします。」として要請があったとのことです。実際、依頼者から小包を受け取った者も相手のことはよく覚えているとのことで、写真面割りを行ったところ、20人の顔写真の中から斉藤慎太郎の顔写真を引き当てました。そのため、その場で供述調書を作成済みです。それと受取りは会社の事務所で行われましたが、会社事務所には防犯ビデオカメラが設置されておりましたので解析報告書についても作成中になります。」

 この報告には流石に、どよめきが起こった。

 殺人事件はともかく、死体損壊事件としては、これで逮捕状の令状請求ができるからだ。

 「続いて、斉藤を診察した医師について報告願います。」

 「はい。やはり肉体的には異常は無く、詐病の疑いについては否定できないとの回答です。」

 「続いて、エレベーターの防犯ビデオ解析ですが、一昨日の放課後、被害者高橋、それと斉藤慎太郎がエレベーターを利用している状況を確認しました。高橋は一昨日の放課後1時からエレベーターに乗り込んで4階で降りてそれきりで、以後の足取りは不明です。斉藤も放課後1時10分から4階までエレベーターに乗って以後の足取りは不明です。が、逆に言えば4階から1階に降りて自宅に帰っている点を考慮すると自力で階段を降りたと考えられる状況です。」

 「それと聞き込み捜査班からの報告で2〜3気にかかる報告があります。斉藤慎太郎は1カ月ほど前に登山旅行をしており、その際に何かの植物を見つけ、おみあげに持って来たとのことを友人に話していたとのことです。その植物を見せてもらった友人がおり、まだ未確認ですがトリカブトの可能性があります。知っての通り毒性のある植物です。」

 ここで道場のざわめきは最大となった。

 「それと2週間ほど前、斉藤が果物ナイフより若干大きめのナイフを学校に持って来ていたとの情報もありました。」

 「その他、今回の事件に関して報告のある者いますか?」

と大場が確認すると、鑑識班の班長の手が挙がった。

 大場が

 「それでは、泉班長お願いします。」

と促すと泉班長は頷き

 「校舎1階のリハビリテーション室を再度確認しましたところ、血餅を発見しました。滴下血痕の血餅です。検証令状を取得して、リハビリテーション室のルミノール反応の確認を実施します。」

 ここでも再びざわめきが起こった。

 藤堂夫婦の推理の裏付けともなる報告であるからだ。

 ここで大場班長は、志村検事を向き、

 「現在までの捜査状況は異常です。検事、何かありますか?」

と尋ねると志村検事は

 「何か、あっという間に、被疑者の足元まで捜査が迫った感がありますね。流石です。リハビリテーション室の検証・ルミノール反応が予想通りであれば、令状請求して構いません。私から今、お願いしたいことは特にありません。頑張ってください。庶務班の藤堂班長の奥さんは微熱があるとのことで午後病院に行きましたけれど、体調管理には十分留意してください。」

と頭を下げ、席に座った。

藤堂妻は、検事の話の通り病院に行ったが、すぐに捜査本部に帰って来ていた。

 妻が病院から戻ってきて、そのまま、捜査本部に残っている状態であったことから、藤堂は

 「ある程度、具合は良くなったのだろう。熱は下がったということだろう。」

とたかを括っていたが、そういう話では無かった。

 後に藤堂は仰天することになる。

 午後8時30分になり、明日の仕事の割り振りが終わり、捜査会議はお開きとなった。

 藤堂は妻に向かって

 「具合悪いのか?大丈夫か?」

と声をかけるも

 「問題ないよ。それと病院に行った時、こっそりスーパーにもよって買い物済ませてあるから、すぐ家に帰ろう。多分、舞起きて待ってるから」

と申し立てた。

 藤堂も頷き、妻の運転で帰宅した。

 車の口部座席には、買い物をしたという物が既に積まれており、官舎の駐車場に着くと妻がそれを手に自宅に戻ると舞が

 「おかえりなさい」

と言って出迎えてくれた。

 舞は買い物袋を確認し

 「ふおおっ、シチューだ」

と言って嬉しそうである。

 シチューは舞にとって大好物となっている。

 藤堂妻は、食後のデザートとして購入したみかんのゼリーに食いつくかと思ったが、それ以上に大好物のシチューの素の方が舞の興味を引いたようだ。

 藤堂妻と舞はすぐさま、夕食の準備に取り掛かった。

 シチューの具の野菜を切っている最中、藤堂妻は、舞に

 「舞、ステーキって食べたことある?」

と尋ねたところ、舞は首を横に振り

 「ない。でも、知ってる!超豪華な食事!チホちゃんのお兄さんが高校の入学試験で合格した時、お祝いでステーキ食べたって言ってた」

と答えた。

 すると藤堂妻はドヤ顔になり

 「そうか、今日はうちでもステーキ食べるよ!」

と告げると、舞は瞳を輝かせ、

 「えっ?なんで?何かいいことあった?」

と尋ねてきた。

 それには

 「今日、父ちゃんと母ちゃんで仕事頑張ったら、皆に褒められたから、そのお祝いだよ」

と告げると、舞は

 「ふおおっ、父ちゃんもたまにはやるう!」

とご満悦である。

 また、舞が

 「でも、チホちゃん家じゃ、どこかのレストランに行って食べたって言ってたよ。」

と言うと、再度、藤堂妻はドヤ顔になり、

 「私に作れない料理はない」

と言い切った。

 舞は再び

 「ふおおおっ」

と感心しきりである。

 ちなみに「私に作れない料理はない」は舞作成の藤堂家名言集に載ることになる。

 消灯時間を30分過ぎた午後9時30分、食事が完成し、食卓にシチュー、ご飯、ステーキ、昨日のおかずの残りである野菜の煮物、食後のデザートのみかんゼリー等が並んだ。

 ちなみに、舞のステーキは食べやすいように、既に一口大に切り分けられている。

 藤堂も

 「今日はえらい豪華だなあ。」

と感心している。

 3人で「いただきます」と言って食べ始めた。

 だいぶ改善されたとは言え、未だ食が細い舞もシチューを2回、ご飯を2回お代わりする状況であった。

 3人とも一通り、夕食を食べ終えたところで、藤堂妻が宣言した。

 「それじゃあ、ここで緊急家族会議を開催します。」

藤堂と舞は、一瞬、えっ?と驚く。

 これまで緊急家族会議の開催宣言は藤堂夫しかしたことはなかった。

 舞はその場で正座に座り直す。

 「一度、行ってみたかったんだよね。皆に報告することがあります。」

藤堂が

 「どうした?」

と尋ねると

 「今日病院に行ってきたんだけど、子供が出来ました。」

と藤堂妻は告げた。

 藤堂はエッと言って固まり、舞は

 「どういうこと?」

と言って父親の顔を見る。

たか子は舞の方を向いて

 「今日、病院に行ってきたら、私のお腹に赤ちゃんがいることが分かったってことだよ!」

舞は、しばし呆然としていたが、その意味が分かるや

 「ふおおっ」

と声を上げ、更に

 「やったあ、やったあ、やったあー」

と大騒ぎである。

 藤堂もようやく正気に戻り

 「そうだったのか、よっしゃー。今日のステーキはそう言う意味?」

と笑いながら頷く。

 藤堂家で食卓がこんなに盛り上がったのは久しぶりである。

 そしてたか子が

 「診てもらったら、男の子みたい!」

と付け加えると、舞は再び

 「ふおおっ」

と喜びの声をあげ

 「弟だ、やったあ、弟ができる!」

大はしゃぎである。

 舞のハイテンションは就寝前まで続いた。

 いつもは、母親と父親の間で横になる時「かたじけない」などと言って横になっていたが、今日は

 「父ちゃんはお世辞にも寝相が良いとは言えないので、今日から拙者が防波堤になる」

などと言って、御満悦な笑顔を浮かべ父親と母親の間の布団に横になった。

 藤堂妻は自分のことを拙者などと相変わらず時代がかった物言いをする舞を診て吹き出して笑ってしまった。

 その後、舞は藤堂を向いて

 「父ちゃん、今日から寝ぼけてチョップとかキックしたら舞が反撃するからね!」

と釘を刺してから、すぐさま、寝息を立てて寝てしまった。


 翌日、藤堂夫婦は舞を保育園に送った後、捜査本部に向かうことにしたが、保育園でも舞はスペシャル上機嫌であった。出迎えた保育園の先生に

 「おはようございます!」

と物凄いバカでかい声で挨拶した。

藤堂妻は、デ・ジャ・ビュとはこういうことだと納得しつつ、舞を見守っている。

 先生が

 「おはよう。舞ちゃん、今日も元気いいね。何かいいことあったの?」

と言うと、舞は満面の笑みで

 「あのね、先生、聞いて。私に弟ができるの!お母さんのお腹に子供がいるの。」

と告げた。

 それを聞いて保育園の先生も満面の笑みになった。

 「えっ!そっかあ、確か七夕の短冊にお願い事書いてたよね!お願いかないそうなんだあ。良かったね」

と言うと舞は

 「うん!」

と言ってドヤ顔になった。

 舞の勢いは、それにとどまらず、既に園にきていた友達にも

 「チホちゃん、アキちゃん、聞いて、聞いて。私に弟ができるんだあ!生まれたら、私が世話をするの」

等々、相変わらずのスーパーインフルエンサーぶりである。

 保育園の先生は前回同様

 「きっと、舞ちゃんがいい子だから、神様が優先的にお願い聞いてくれたのかもしれないね。舞ちゃん、短冊に、また、お願い事書いておくか!」

と促すが舞は

 「いらない。舞は見切っているから!」

などと言って断った。

 藤堂が

 「お願い事はもういいのか?」

と尋ねると

 「舞は日本昔話を見て見切った。欲張りじいさんと欲張りばあさんは、最後、痛い目に遭うことになっている。ここで辞めておいた方がいい。」

齢5歳にしてこの世の真理の辿り着いた舞は渾身のドヤ顔を見せた。

 相手の技を見切ったケンシロウの様な佇まいである。

 流石である。

 私はもう無敵であるとでも言わんばかりの表情だった。

 藤堂夫婦は舞のコメントを聞き、吹き出して笑ってしまったが、後に、いつもお金で買えないものを欲しがった舞の望みを聞く機会だっただけに、勿体ないようなホッとしたような複雑な気持ちになったのだった。

 

 この日、捜査は大きな進展を見せた。

 それというのも、高橋勝也の胴体部分が発見されたのだ。

 胴体部分は四街道中学校の東側に位置する森林内で発見された。

 朝、近所に住むおじいさんが犬を連れ散歩中に発見したものである。

 胴体部分は、四街道中学校の制服を着ており、その制服の付着物から、頭部の解体場所が四街道中学校にある屋外プールであることも判明した。

 更には、頭部を発見した前日にプール付近を歩いている斉藤慎太郎の目撃情報も得られた。

 またリハビリテーション室のルミノール反応で同室内で鬼頭が出血と思われる痕跡も確認された。

 ある程度、証拠も固まったこの日、捜査2班補佐の梶山が宣言する。

 「明日、斉藤慎太郎の令状請求を実施し、翌日朝に逮捕・及び斉藤方の家宅捜索に着手する。」

 もちろん検事側も快諾したのだった。

 

 斉藤慎太郎逮捕当日、その知らせは瞬く間に世間を駆け抜けた。

 ダイイングメッセージらしきものが残されるという話題性の高い事件、しかも被疑者が特別養護クラスの生徒で14歳という状況、もちろん被疑者の氏名は伏せられたが反響はただ事ではなかった。

 各テレビ局とも、字幕テロップを流すという対応ぶりである。

 この日正午、四街道警察署において記者会見が執り行われることになった。

 一部テレビ局では特別報道番組が組まれることになったらしい。

 被疑者斉藤慎太郎は、逮捕状を示された段階で、素直に犯行を認めている状況である。

 斉藤慎太郎の両親は、ある程度、息子の最近の行動に違和感持っていたらしく、顔を真っ青にしていたものの騒いだりなどと言うことはなかったとのことだ。

 捜査員は取調べ担当の中村班長と庶務係を除いてテレビに釘付けになった。

 庶務係は翌日に控えた検察庁送致の準備をしている。

 取調べ担当の中村班長は取調べの真っ最中でテレビを見ている余裕はない。

 藤堂夫婦等はテレビ観戦である。

 藤堂は、テレビに四街道警察署の小会議室が映し出されると

 「ふむ、ふむ、小者どもが群がってきておるな!」

等と自分の小者ぶりを棚に上げた、上から目線のコメントをするほどの余裕を見せている。

 特別報道番組が始まり、なんと記者会見は生放送ということになっている。

 記者会見が始まった。

 会見の席には四街道警察署から署長と副署長、捜査一課から梶山補佐と米山補佐の合計4人が座っている。

四街道警察署副署長が

 「本日午前7時12分、死体損壊事件の被疑者として市内に住む四街道中学校生徒14歳の少年を逮捕しました。少年は犯行を認め、殺人事件への関与も匂わせる供述をしています。」

と口火を切ると、どよめきが起こった。

 と、そこでテレビカメラが小会議室内を映した際、20代女性の姿が映し出された。

 すると藤堂は

 「あれ、冴島じゃないか?なんであんなところにいるんだ?冴島って四街道警察署の副署長とでも結婚したのか?」

と言って首を傾げた。

 「なんでやねん」

今日も今日とて赤川のツッコミが響き渡る。

 確かに各警察署の副署長は報道対応するのが一般的だが、会見の場に妻が現れるケースなどない。

 あまりにも無知な藤堂の暴言で妻は顔を真っ赤にさせた。

 「左腕に記者腕章してるじゃないですか!冴島さんは警察辞めて新聞記者になったんや。100歩譲って四街道警察署の副署長と結婚していたとしても記者会見の場に同席するわけありまへん!」

 至極当然のツッコミに道場は笑いに包まれた。

 ちなみに、この場、道場に担当検事も同席しており、赤川のツッコミに大笑いしている。

 斉藤慎太郎の供述具合が心配で、志村検事、佐藤検事共に捜査本部に訪れているのである。

 藤堂が言う冴島とは「冴島頼子」捜査一課の捜査3班の班員で、ゆくゆくは捜査3班の筆頭班長になるだろうと目されていた人物であり、つい、3ヶ月前まで捜査一課に在籍していた。

 「なお、身柄確保の際、被疑者自宅における家宅捜索を実施しましたが、そこで凶器と思料されるナイフも発見されています。」

会議は続いている。

 被疑者逮捕の報告等を終えると、記者側からの質問タイムになった。

 「読日の朝霧です。かねてより懸案だったダイイングメッセージですが、普通に被疑者のイニシャルだったということでいいのでしょうか?」

との質問が飛んだ。

 梶山補佐がこの問いに

 「現場に残された『S』はダイイングメッセージではありませんでした。被疑者が自ら自分のイニシャルを書き残したものと我々では見ています。」

と答えると記者会見場は再びどよめいた。

 次いで朝霧は

 「それと、ある捜査員の方に聞いたんですが、、一部捜査員の恣意的な判断で捜査方針が変わったという話があり、心配していたんですが、実際、そのようなことはあったのでしょうか?」

との質問をした。

 記者会見場は再び騒めく。

 捜査本部の誰しも、藤堂のことが頭をよぎったと思われるが、当の本人藤堂は

 「ははっ」

と軽く笑い

 「こいつら捜査本部事件を知らないのか。一部捜査員の勝手な判断で捜査本部事件の捜査方針が左右されるわけないだろう。」

等といけしゃあしゃあと言ってのけた。

 当然のように赤川のツッコミが入る。

 「いや、いや、いーや、どの口がそのセリフ吐いてんのや?誰の話やと思ってますのや?あんさんの話や、藤堂はん!」

再び笑いの渦が巻き起こった。

 会見場では梶山が

 「ええと誰が言ったかは知りませんが、そのようなことはありません。」

と回答していた。

 しかし赤川の溜まった鬱憤は収まらず藤堂に対し

 「いやあ、口を開けば儂よりおもろいことばっか話しよってえ、M1グランプリでも狙っとるんですか?」

とボヤくが、

 「いや、まだ、ちょっと優勝は狙えんだろう。」

との藤堂の返しで

 「そこを掘り下げんのかい。」

というこの日最大のツッコミを呼び込んだ。

 一方、記者会見場では、梶山が冴島を指差し

 「冴島、お前、うちの内情知ってるだろう。教えてやってもいいんじゃないか?」とコメントする。

 すると名指しされた冴島は席を立ち、朝霧の方を向いて話した。

 「日日の冴島です。ええと、私が言うのもちょっとおかしけど、捜査一課の中で捜査2班は『王道捜査・実力の2班』って言われています。」

 流石に、長年新聞記者をしていた者でもここまで詳しい話を知る人はいない。

 冴島は王道捜査を売りにしている捜査2班で、一部捜査員の恣意的判断で捜査方針が左右されることはないと言いたいのだろう。

 これを聞いた藤堂は腕組みをしつつ

 「『王道捜査・実力の2班』か、何か響きが格好いいな。」

と呟くと、妻の方を向き

 「捜査1班も、あんな二つ名みたいなのついてるの?」と尋ねた。

 藤堂妻は

 「うちは、『結果オーライ・棚ボタの1班です。ちなみに冴島さんのいた捜査3班は『センスと根性・地道捜査の3班です。」

と即答する。

 途端に藤堂は

 「えぇええー」

と非難めいた声をあげ、顔を顰めながら

 「何か、うちだけ格好悪くない?」

ともっともなことを言った。

 藤堂妻は

 「そうですか?私は『当たらずとも遠からず』みたいに思っていましたけど‥‥まあでも、これは自業自得っていうか、筆頭班長の責任じゃないですかね。」

などと言って藤堂の不満を切って捨てた。

 再び、道場では笑いの渦が生まれている。

 しかし、ここで赤川は

 「班長、心配しないでください。今後は『結果オーライ・棚ボタの1班』じゃなくて『豪速球・神通力の1班』として儂が広めます。

と言って、自らの胸を叩いてみせた。

 仮にも、自分らの上を行く捜査力と言うか、推理力を見せた捜査1班に敬意を評したいということなのだろう。

 しかし藤堂は

 「『豪速球・神通力の1班』か、でも響きは何か微妙じゃね?捜査っていうより神頼みみたいな響きがしない?」

とコメントし、赤川とのバトルは更に続く。

 会見場では冴島の話が続いている。

 「私もうっかりしたんですが、この場に米山補佐がいるということは、捜査1班も捜査本部に入っているんですか?」

これには米山が

 「そうだ。2班と合同を組んでいる。」

と答える。

 すると冴島は頷いて

 「すべて納得がいきました。一部捜査員の恣意な判断って藤堂班長のことですね!」

と核心を突く。

 そして冴島が

 「少しおかしいと思っていたんですよね。遅々として進んでいなかった捜査がここへ来ていきなりギアチェンジしてスピードアップ、そして被疑者逮捕だったんで‥‥‥」

と呟くと記者会見場のどよめきはこの日最大となった。

 「どういうことだ?」「藤堂って誰だ?」という小さな囁きがいたるところで聞こえる。

 すると読日の朝霧が冴島を向いて話した。

 「すみません。冴島さん、どういうことか教えてください。藤堂って何者ですか?」

記者会見場で記者同士がやり取りをするという前代未聞の展開になった。

 読日と日日以外の記者もやり取りを見守っている。

 冴島は

 「藤堂さんは捜査1班の筆頭班長です。一番最初の事件発生の会見で米山補佐が会見場所にいなかったことから考えると捜査1班は、生首事件から合流したということでしょう。藤堂班長は千葉県が全国に誇れると言ってもいいくらいの天才捜査官です。生首事件から数えるとまだ3日程度しか経っていません。捜査方針が変わった云々の話は3日前ではないですか?」

 朝霧は

 「その通り、3日前からだ。その藤堂はそんなに凄いのか?捜査方針を変えられるほど?」

冴島は黙って頷いた。

 そして

 「確かに、警察官も公務員である以上、捜査本部事件で他に抜きん出た捜査の実力があったとしても、それを名指しで公にするのは好ましくないのかもしれない。でも私は、藤堂班長だけは、他の一般的な捜査員と同様に、同じ物差しで測ってはいけないと思っています。それほど凄い。私に捜査員としての格の違いを見せつけ、女性初の捜査一課筆頭班長の座を諦めさせる程に‥‥しかも今は片目ですが、両目が開いた時には、千葉県が全国じゃなく世界に誇れる捜査官と言えるようになっているでしょう。米山補佐?藤堂班長はまだ片目ですよね?」

 話を振られた米山は

 「まだ片目だね」

とだけ答えたのだった。

 朝霧は最後

 「片目とはどういうことか?」

と尋ねたが、米山も冴島もそれには答えなかった。

 テレビを見ていた捜査員たちも首を傾げた。

 赤川が

 「藤堂班長、どっちか義眼なんですか?」

と言って、藤堂の顔を凝視していると

 「いや、あれは何かの例えでしょ。」

と周りの捜査員が答える。

 そして

 「普通に考えると天才捜査官として世界に誇れるくらいの能力を藤堂班長は二つ持っているが、今現在は、まだその能力を一つだけしか発揮していないみたいな話じゃないか?」

等と言い合っている。

 また、

「他に何か言っていたか?」

「格が違うとかなんとか」

そんなやり取りをしていると藤堂が言った。

 「『格が違う?』そうか『角』が違うで、将棋の実力のことか?」

と得意げに声を挙げるが、すぐさま赤川の

 「なんでやん!捜査員は将棋強くないといけへんのかい!」

というツッコミが飛んできた。

 もちろん周囲は笑いの渦である。

 藤堂と赤川の馬鹿な言い合いが続く中、志村検事が佐藤検事を連れて藤堂妻の席へやって来た。

 藤堂妻が首を傾げ

 「どうかしましたか?」

と言うと、志村検事が

 「佐藤検事は、私の後輩なんですが、奥さんに聞きたいことがあるみたいなんで‥‥」

と切り出した。

 次いで佐藤検事が

 「すみません。成田の事件の時にはお世話になりました。それで、奥さんの方で成田の事件で、旦那さんが被疑者を特定した根拠って分かりますか?私は根拠は特にないものと理解していましたが、先日、奥さんが今回の事件で根拠を説明していたんで、本当は、ちゃんとした根拠があるのかもしれないと思い、いつか機会があればと思っていたんです。」

とのことだった。

 藤堂妻は頷いて

 「分かりました。でも、私なりの解釈でいいですか?」

と尋ねると佐藤検事はすぐさま頷く。

 藤堂妻は

 「今、うちのくそジジイはバカな言い合いをしてますし、ちょうどいいでしょう。」

と言って話し始めた。

 「成田の事件は難しいところはほぼないですね。被疑者がサバイバルナイフまで用意していた計画的な事件なのに、現場に到着してみると防犯ビデオカメラがすぐ目に付く状況でしたし、しかも、偶々、故障で修理中だった。うちのくそジジイはそんな被疑者に有利な偶然はないだろうと思ったんだと思います。防犯ビデオカメラが故障で修理中と知っていた者が被疑者ってことです。」

 聞き終わると佐藤検事は

 「いやあ、ありがとうございます。言われてみると正にその通りですよね。ずっと誰かに聞こうとは思っていたんですけど‥‥、もっと早く聞いていればよかった。これですっきりしました。」

 藤堂妻は、それを聞き

 「でも、今話したのは私なりの解釈でしかありません。くそジジイが『じっちゃんの名にかけて間違いない』と断言したからには、もっと他に何かあるのかもしれませんけど、残念ながら私にはこれが精一杯です。」

と付け足すと佐藤検事は

 「いや、奥さんの話通りなのでしょう。少なくとも私なりの答えとしては文句の出ない回答でした。」

と恐縮しきりである。

 藤堂妻は恐縮する検事に向かい

 「私も、くそジジイの馬鹿な言い合いをずっと見ていると恥ずか死ぬかもしれなかったんで丁度良かったです。」

と答えると、隣で見ていた志村検事は再び笑い出したのだった。

 この日、午後8時30分、翌日の捜査の割り振りを終えると捜査会議はお開きになった。

 藤堂夫婦は連れ立って、階下に降りると、1階ロビーに冴島の姿があった。

 冴島は

 「お久しぶりです。藤堂班長。やっぱり捜査本部に入っていたんですね」

と言ってお辞儀し、藤堂は

 「おう、冴島、テレビ見てたよ。元気そうだな。」

と答えるが、すぐさま、妻の方を向いて

 「先行っててくれ。ちょっとトイレ寄ってくる。」

と言って1階トイレへ向かった。

 藤堂妻は

 「冴島さんお久しぶりです。私もテレビ見てました。冴島さん、くそジジイのせいで筆頭班長諦めたんですか?絶対勿体ないですよ。あんな10年に1人のバカ、相手にしなければ良かったのに‥‥」

と話しかけると

 「ううん、どう逆立ちしても藤堂班長には勝てる気がしなかったわ。米山補佐に聞いたら、たか子、藤堂班長と結婚したんだってね、おめでとう!でも少し残念!私以外で女性の筆頭班長が生まれるとしたら、たか子だと思っていたから‥‥‥」

 との返しである。

 たか子と冴島は同じ女性警察官としてお互いに尊敬しあっていた。

 たか子が

 「テレビで冴島さんが映った時、くそジジイ、冴島は四街道警察署の副署長と結婚したのかとか言い出して、みんなに笑われて、私は危うく、恥ずか死ぬところだったんですよ!」

とおどけた様子で話すと

 「ちょっと嬉しいな。藤堂班長、私のこと覚えてくれていたんだ。できれば藤堂班長のライバルくらいにはなりたかったけどね。」

等と昔を懐かしむ様子を見せた。

 たか子は冴島の耳元に顔を寄せ

 「くそジジイのライバルくらい、すぐなれますよ!」

と言い出し、そっと冴島に耳打ちした。

 「これから私が何か質問したら、『トキです』って答えてください。」

と自信満々の様子でドヤ顔を見せた。

 そうしているうちに、藤堂が戻ってきた。

 たか子は冴島に

 「その代わり、あの片目と両目の話、教えてください。」

と言うと冴島は

 「うん、分かった」

と返事した。

 藤堂が戻ってくると、たか子は

 「今日は、冴島さんも家に来てもらって、一緒に食事しようって話になったんだけど、構わないでしょ」

と尋ねると

 「俺は全然構わないよ」

と即答してきた。

 そして、たか子はいきなり、

 「そう言えば冴島さん、『北斗の拳』で1番強い人は誰だと思う?ケンシロウ以外で‥‥」

などと言う変な質問をぶっ込んできた。

 冴島は、先程の耳打ちに従って

 「トキです」

と答えると、藤堂がすかさず

 「いや、ラオウだろう」

として食いついてきた。

 妻の予想通りの展開である。

 そして、この日、みんなで夕食を食べた後、決着の将棋大会が開催され、藤堂は、待ったを2回したにもかかわらず敗北した。

 愛娘舞の前で恥をかかされた藤堂は最後

 「冴島、今日からお前は俺のライバルだ。勝ち逃げは許さないからな。次こそラオウの実力を見せてやる。」

と負け惜しみを宣うのであった。

 もちろん、たか子は「冴島が将棋が強いこと」を知っており、最初から最後まで、藤堂は妻の掌の上で踊っていたのだった。

 この日の夜、冴島からたか子の携帯電話にメールが届く

   私が思い描いていたものとは、ちょっと違ったけど  藤堂班長に『ライバル』と言ってもらって嬉しかった

   片目と両目の話ですが、藤堂班長は、その推理も凄  いけど、私の知る限り、被疑者取調べも絶品というこ  とです。ただ、知っている人は少ないみたい。私は行  徳警察署で藤堂班長と一緒だったから、たまたま、そ  れを知っていたんです。米山補佐は、その被疑者取調  の才能を見て藤堂班長を捜査一課へ引っ張ったという  ことです。今、班長の推理力(片目)を知っている人は  多いけど、も一つの取調の才能(両目)まで知っている  人はいないみたい

との内容だった。

 藤堂妻は腕組みして考える。

 まさか、このくそジジイに、被疑者取調べの才能まであったとは‥‥‥







 

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