2話
深夜にフィオレ魔法学院の廊下を歩く人影があった。
キョロキョロと周りを確認しながら、時に物音にビク付きながら、恐る恐る足を進めるのはシャルロットである。
貴族とは思えない挙動不審さは、不審者と間違えられてもおかしくない。
目的の部屋の前に辿り着くと、周りを確認してから扉を開けて中に入った。
シャルロットの目的地は鍛錬室だった。
鍛錬室は生徒が魔法の練習をするための部屋として、常に解放されている。そのため、深夜であっても出入りは自由だ。とは言え、好き好んで深夜に訪れる者もいない。
シャルロットは、誰にも邪魔されずに集中したいと思い、あえてこんな時間を選んだのだが正解だったようだ。
「……ふうっ」
部屋の明かりをつけると、ようやく一息つくことができた。
呼吸を整えてから、目的である魔法の鍛錬を始める。
「……ファイアボール」
構成を編み上げて魔法を発動させる。本来であれば火球を目標に対して射出する魔法であるが、火球を手のひらの上に留める。
ーー回転。
火球がその場に止まったまま回転を始める。
ーー加速。
回転の速度が上がっていく。
ーー停止。
回転が止まる。
ーー三角。
火球が三角錐のような形に変化していく。
ーーもう少し、綺麗な形に……っ⁉︎
「誰っ⁉︎」
ファイアボールの魔法を三角錐から球体に戻し、音がした方へと射出できるようにと右手を向ける。
扉の隙間からこちらを覗く視線を感じた。
「す、すいません! お邪魔をするつもりはなくて……ええと、その」
扉を開けて謝りながら部屋に入ってきたのは、一人の少女だった。
直接の面識はないが、有名人であるためシャルロットはその少女に心当たりがあった。
リーゼロッテ・シュトラウス
庶民でありながら魔力を持ち、特別にこの学院へ入学することになった人物。
魔法は魔力がなければ使うとができない。そして、魔力は持って生まれてくるものであり、後天的には持つことがない。
この魔力を先天的に持って生まれてくるのは、貴族の血を引く者のみである。その常識を覆した例外。
それがリーゼロッテである。
その希少性ゆえに、学院へと強制的に入学することになったとも聞く。
「リーゼロッテさん? こんな時間にどうしたの?」
自分のことは棚に上げ、シャルロットは問いかける。
リーゼロッテは怯えながら、両手をゆっくりと上げる。
ーー?
なぜ両手を? と思ったが、すぐにその理由に思い至った。リーゼロッテに対して魔法を向けたままだった。
「「ご、ごめんなさい!」」
慌てて魔法を消して謝るシャルロットの声に、リーゼロッテの声が重なった。
これが私達の出会い。
ロマンチックでもなければ、運命的でもない。
場所は深夜の鍛錬室。
不審者のような足取りで訪れた落ちこぼれ貴族と、
学院で居場所が無くて一人寂しく訪れた場違いな庶民。
でも、私は思うんだ。
こんな出会い方をしたからこそ、私達は友達になれたんだってーー。