9話
夢を見た。
幼い頃に一度だけ訪れた場所。
いつの間にか迷い込んだ理想郷。
どうやって辿り着いたのか、どうやって戻って来たのか、全く憶えていない。
けれど、あの夢のような景色は今も胸の奥にある。
あの日から変わらず。
今もーー。
シャルロットがミラリオンで調べた結果、ウルキアについて分かっていることは、ほぼ何も分かっていない、ということだった。
かつて栄華を誇った国でありながら、文献などの資料はほとんど残っておらず謎に包まれている。
妖精帝國ウルキアは、代々『妖精王』と呼ばれる存在が治めていたこと。
妖精の中でも特定の種ではなく、多種多様な妖精達が暮らしていたこと。
『赤の日』と呼ばれる日に、突如この世界から姿を消してしまったこと。
古代の魔法使い達よりも、魔法の扱いに長けていたとされること。
分かっているのはそのくらいだった。
ただ、古代の魔法使い達よりも魔法の扱いに長けていたなどは、妖精という種族が総じて魔力が高かったことから考えられた説であり確証はない。
このように、真偽は定かではない事もある。
ーー結局、何も分かっていないようなものよね。
アイクル村については、現地に到着するまでに道すがら聞いた話では、特に何もない田舎の村という感じであった。
ーーあえて言うなら、空気が美味しい、かしらね。
心の中で思わず苦笑してしまった。
村に到着してから、村の人たちに話を聞いたところ、幾つか気になる話があった。
村の西側に広がる森は『帰らずの森』と呼ばれている。昔はそんな名前ではなかったそうだ。しかし、いつからか森に入った人間が、帰ってこなくなることが起こり始めた。それ以来、そのように呼ばれるようになった。
正確な日付は分からないが、その時期はあることと重なっているのではないかというのが村人達の噂だった。
ーー呪いの大樹と森の魔女。
かつて村には一人の女性魔法使いが住んでいた。彼女は村人達の病気や怪我を治したりと、医者の真似事のようなことをしていた。隣町まで行かなければ医者もいないアイクル村では、彼女の存在はとてもありがたかった。そんな彼女のことを村人達は慕っていた。
ある日彼女はいつもように森へ薬草採取に出かけた。しかしその日は、いつまで経っても森から戻って来なかった。何日経っても戻ってこないことを心配した村人達は、森の中を探索したが彼女を見つけることは出来なかった。
彼女が行方不明になり、探索も打ち切られてしばらくの後。ある日、森の異変に誰かが気づいた。今まで見たことがない大樹が、ある日突然森の中に聳え立っていたのだ。
そしてその頃から、森から帰ってこれなくなる人が出始めたのだという。
そのため、魔法使いがその大樹となって森に入った人を喰らうのだ、と言われている。
なぜ人を喰らうのか。
本当に大樹となったのか。
どれも噂で、信憑性など一切ない。
ーーけど。
シャルロットは準備もそこそこに森に向かっていた。
数日前にこの村を訪れたやたらと白い少女が、森に入ったまま戻ってこない、という話を聞いたからだ。
そんな珍しい特徴の少女に、シャルロットは心当たりがあった。そして何より、リーゼロッテに危険が迫っているのであれば、助けないという選択肢はシャルロットにはない。
大切な友達なのだから。
ーーどうか無事でいて、リーゼロッテ。
美味しい空気を味わうだとか、そういった余裕は無くなっていた。