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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第1章~暁の産声~
8/63

第6話:檻の中の少女の事

まだまだ序盤ですが。文字数は多めですね。

 

 前回までの『公爵家5男の異世界行脚』は!?


 日本で大学生をしていた俺は、ひょんな事から異世界に転生!?

 生まれた家は、大陸随一【オルトウェラ帝国】の名家、グリバー公爵家!

 剣と魔法と魔獣(モンスター)が跋扈するこの世界で俺は自由気ままに生きる!

 その為には、魔法が必要。くー5歳になるのが待ち遠しいぜ!

 しかし!待ちに待った魔法デビューは、まさかのマイナススタート!?

 そんな、落ち込んだ俺を兄姉達は受け入れ支えてくれた。

 家族の絆を得た俺はこの世界で、また新たに自分の人生を始める!

 ユークリスト・スノウ・グリバーの一歩を刻む!

 

 その一歩目はなんと、見知らぬ馬車の中!

 まさかの誘拐!!??

 ユークリストの運命はいかに!?

 次回乞うご期待!!



 

 何て感じに巫山戯てはみたが、夢は覚めないらしい、つまり夢ではなくこれは現実。

 私、ユークリスト・スノウ・グリバーは本日誘拐された。

 いや本当に、誘拐とかあるのね。しかも、公爵家の屋敷の中で。

 いくら屋敷が大きいとはいえ、鼠のサイズまで大きいとは、セキュリティがばがばだな。

 今頃、屋敷中大騒ぎだろうな。

 父上は、憤慨しているだろうか、それとも狼狽しているか?

 母上も、きっと心配で憔悴しきっているのか?

 トーラス兄は、騎士を編成して領内を駆けずり回っているかもしれない。

 フラム姉の事だ、既に俺を誘拐した奴らの目処が立っているのかもしれない。

 バレ兄は、心配しているかな、傭兵(ティティウス)の伝手を使って情報を集めているかもしれない。

 ルルティアは泣いているかな、そりゃあもうひどく喚いているに違いない。


 いやあるよ確かに、転生した主人公が盗賊に誘拐される展開が。

 でもそれは力のある主人公ならの話だろ。

 俺は今日初めて魔法を学び始めた、真っ当な五歳児だぞ。


 ガッ


 馬車が石でも踏んだのだろう、ちょっと浮いた。

 俺に小さなお子様ボディは、二度ほど弾んだ。

 現在俺は寝たフリ作戦遂行中だ。

 自分を誘拐した人間の数。

 自分の居場所。

 自分の状況。

 

 正直言って、まだ頭が回らない。

 寝惚けているわけじゃない。

 恐らく魔力が全て回復しきっていないのだろう。

 もう少し眠ったら全快になると思うが、今自分の身体のコントロールを手放すのは完全に悪手だ。


 まず、状況だが。

 俺は今、手だけを縛られた状態でいる。

 手首の所を、四・五重ぐらいに結ばれている。

 簡単には抜け出せない。


 次に誘拐した人間。

 俺の近くに一人、これは馬車の中の物を見張るためだろう。

 馬車の中には俺だけじゃなく、いくつかの積み荷と、箱状の何かに布を掛けた状態で置かれている物がある。

 そして、この馬車を走らせている御者が一人。

 さらに、用心深く聞いてみると、外からも馬の蹄の音が聞こえてくる。

  

 タタカタッ、タタカタッ


 二つの音が重なっているように聞こえる。

 つまり、外には最低でも2人いる。


 最後に居場所だが、残念なことに全く分からん。

 五歳のユーリ君は、屋敷から出たことがない。

 それに、この道路は全く整備されていない。

 恐らく、正規の街道ではないのだろう。

 なら尚更分からん。


 さて、状況確認は終わった、後はどうやってこの場を抜け出すかだな。

 いや、抜け出せるか?

 相手は、帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の屋敷から子供を盗み出すような奴らだぞ。

 俺はただの五歳児で今日魔法を学んだばかりだ。

 つまり、素人童貞同然の大学生。

 舞い上がっちゃいけねえ、前回は新歓コンパの魔力のおかげで、魔法童貞を卒業できた。

 

 俺の中でどんどん不安が大きくなっていく。

 もしかしたら、二度と家族と会えないかもしれない。

 何とかして、抜け出さないと。

 

 とりあえず、馬車が止まるまで待つしかないか。


 それから、馬車は小一時間ほど進んで止まると、連中は野営の準備を進めた。

 俺を見張っている奴が離れたら早速行動開始だ。

 まずは、この拘束をどうにかしないといけない。

 しかし、周りを見渡しても、縄を切れるほど鋭利なものはない。

 木箱のささくれ部分でもと思ったが、そんなものすらなかった。


 一旦諦めて、外の連中の様子を窺う。

 第一印象は間抜けだった。


 数は予想通り4人だった。

 遠目で確認しても、シルエット程度しか見えない。

 ハゲ頭の太った男。

 痩せ型の長身の男。

 中肉中背の髪の毛が逆立った男。

 頭からローブをかぶった男。


 しかしいただけないな。

 公爵家の子供を誘拐しといて、火を囲んで、酒を飲んでいる。

 普通こういう時って、周りから気づかれないように何もかも、最小限に納めるのが良いんじゃないのか?

 だが、ここは魔獣が存在する世界だ、夜目が利かないなら火を焚くのはありだ。

 警戒するに越したことはないだろう。

 しかし、酒は駄目だろ。

 馬車の中に居るのは、真っ当は五歳児じゃないんだぞ、逃げ出したらどうするんだ。

 そう考えていると、ハゲ頭にビール腹を蓄えたシルエットをした男が、仲間の連中に話しているのが聞こえた。

 

 「かぁー、しっかし今回の仕事は楽で良いな、荷物を運ぶだけで金貨三〇枚なんてよ。しかも、ただの人間と魔獣のガキを一匹ずつだぞ。毎回こんな仕事ばっかだと良いんだがよぉ。」


 人間のガキは俺だな。‥‥‥‥となると。

 

 振り返り、後ろにある布を掛けられた箱状の物の方に向かう。 

 箱の前に立つ、この布を取ると魔獣が中に居る。

 この世界で始めてみる魔獣が。

 

 爪があるかもしれない。

 牙があるかもしれない。

 魔法が使えるかも。

 この布を取った瞬間に、襲われるかもしれない。

 それに、襲われなかったとして、俺に何が出来るんだ?

 【従魔術】が使えるわけでもない。

 使えたところで、契約が出来るのか?

 5000にも満たない、この魔力で‥‥‥‥

  

 いや、腹を括ろう。

 どうせこのままでも、死ぬか犯されるか、実験材料にされるかだ。

 やるしかないんだ。‥‥やるしか。

 

 俺は覚悟を決めて、目の前の布を後ろ手でひん剥いた。


 一歩下がって、箱の方に身構える。

 それは、箱ではなく檻だった。

 それは、魔獣ではなく人だった。


 「ひっ‥‥‥‥」

 

 それは、怯えた様子でこちらを見る子供だった。



ーー



 正直に言って、かなり厄介な状況になった。

 自分一人で状況を打破する目処も立っていないのに、目の前には怯えた子供がいる。

 馬車の中は暗いせいで、ハッキリとは見えないが、かなり酷い状態というのは分かる。

 まず見えるのは、四肢につけられた錠のような物、あれで行動を制限しているんだ。

 着ている物は、布切れに近い。こんな寒いところに、こんな格好をさせられていたらいずれ凍死するぞ。

 顔は汚れて、痩せこけて、乱雑に切られた髪、目立った外傷は見られないが、その内面の傷は計り知れないだろう。

 

 檻の状態を確かめる、どこかに扉があるかも知れない。

 無かった。恐らく天井部分で開閉を行うタイプの物だ。


 「あ、‥‥あのっ」


 少女から声が上がった。

 俺は一旦調査を止め、少女の方を向く。


 「君の名前は?」

 「わ、私の、なまえは、ス‥‥‥‥スティです。」

 「そうか、よろしくスティ。僕の名前はユークリスト、よろしく。」


 怯えと救助の訴えを宿した目で俺の方を見てくる。

 しかし、ひびの入った子供心のケア方法を俺は知らない。

 『つらかったね、もう大丈夫だよ』と言いたいが、そんな的外れなことは言えない。

 少し冷徹に見えるかも知れないが、少しだけ我慢してくれ。


 そう言って、俺は後ろにある木箱の方に足を運んだ。

 二・三個の箱が積まれた状態になっている。

 縛られた状態で確認できるのは目の前にある木箱一つだけだ。

 中にはリンゴのような形をした果物がはいっていた。

 マフカの実だ。

 北方でよく採れるありふれた果物だ。

 目の前に食糧があるのに、緊縛プレイのせいで食べることが出来ない。

 貴族に生まれたばかりで、前世でも経験したことないハードプレイをするとは思ってもみなかったな。


 一度外の様子を確認する。 

 連中は、まだ酒を飲んでいる。プロ失格だな。

 気づかれていないなら、今のうちにやれることをやっておこう。


 まずは拘束を解く。

 これについては一つだけ案がある。

 最悪だが。


 これまでの五年間で培ってきた物がある。

 一つ目は兄姉達とのの授業で学んだ基礎的な魔法知識。

 一つ目は本で読んだ魔獣の知識。

 一つ目は家族との絆。


 そして、姉の暴挙に耐えた強靱な肉体。

 これが一番大きいだろう。 

 言うほど強靱ではないが、それでも手に入れた物はある。

 散々関節を外されたせいで、俺の関節は五歳にして着脱式になったのだ。

 

 「よし、やらなきゃ死ぬんだ。」


 物騒な物言いに怯えるスティ。

 ごめんよ、そんなつもりで言ったわけじゃないんだ。

 深く深呼吸をし、スティの方に目をやる。


 「いまから、物騒な音が鳴るけど、決して声を出してはいけないよ。」


 コクコクと頷くステイ。

 従順になっている。

 俺のことを救世主と思っているのかもしれないな。


 ゴッ


 少し鈍い効果音がした。

 前もって宣言はしていたが、スティの顔が険しいものになった。

 まずは、親指の関節。海外ドラマでは、これで手錠から抜けられる。

 少し引っ張ってみるが、まだ抜けない。


 ゴッ


 次が手首の関節、これはかなり痛いな。

 スティはかなり怯えている。

 抜け縄をためして‥‥‥‥やっと抜けた!


 「ふう、成功したぞ。」


 スティの方を向いてニコリと笑いかける。

 もう大丈夫だ!みたいな意味を込めたつもりだが。

 まだ怯えている。

 きっと俺が野蛮人にでも見えたのだろう。

 関節をはめ直して、先ほどの木箱の方に向かい、マフカの実を数個手に取る。

 齧りつきたいが、子供の顎では無理だろ、このままじゃ食べられない。

 木箱の角に実を押しつけて全体重を掛けて、割ろうと試みる。

  

 「おい、お前何やってんだ?」


 心臓を貫かれたような緊張感が走る。

 身構えながら、振り返る。

 そこには、先ほどまで連中と火を囲んで酒を飲んでいた盗賊の一人がいた。



ーー



 「何やってんだって、聞いてんだよ。」


 先ほど酒を飲んでいた痩せ型の長身男。

 鼻は尖り、目つきは悪く、人殺しの目と言われても納得できるモノだった。

 さて、言葉を選ぼう。終盤のジェンガを切り取るように慎重に。

 相手は酒を飲んで気が大きくなっている。

 失言一つで殺されるかも知れない。


 「‥‥おじさん達は誰ですか?」


 家族におねだりするように、少し戸惑った言い方をしてみる。


 「あぁ?んな事聞いてどうすんだよ。」

 「お家に帰りたいんです‥‥‥‥。」

 「お家だぁ?ガキそりゃもう無理だ。お前は売られるんだよ、金持ちの変態共にな。」

 「そ‥‥そんなぁ。」


 今にも泣きそうな顔で目の前の男を見る。

 男は酔いが回っているのか、俺の拘束が取れていることに気付いていない。

 しかし、スティの檻に掛かっている布が取れているのには気づいた。


 「ちっ、このガキ余計な手間を掛けさせやがって。」


 男は馬車の中に乗り込み、俺を押しのけると檻に布を被せた。

 男は首筋に傷があり、腰に両刃の剣を掛けている。

 装いは、胸の辺りを守るための皮の防具を着けている。


 そして、俺の方を睨み付ける。

 俺はそれに合わせて、機嫌を取るように笑いかけると‥‥‥‥

 俺は蹴り飛ばされた。


 「がはっ‥‥‥‥!」

 

 男は俺の方に近寄り、顔を踏んづけた。

 路上のたばこを踏み潰すように、靴を顔に擦りつける。


 「良い服だなぁ。どっかの貴族様のとこのガキだろ。全部自分の物って顔をして、俺みたいな奴らを見下してんだろ?舐めんじゃねえぞクソガキ、此処じゃ俺が主人でてめぇらが奴隷なんだよ。‥‥‥‥謝れよ、俺を馬鹿にしやがって、謝れよガキィ!!」


 蹴られた腹が痛い。

 床で顔が擦れて痛い。

 頭が割れそうなほど痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 自然と涙が出てきた。


 「‥‥‥‥ごめん、なさい、ごめんなさい。」

 「くそが、次やったら殺すからな。」


 男は俺から足を離すと、馬車を降り連中の方に向かっていった。


 

ーー



 最悪だ。

 俺が何をしたって言うんだよ!

 俺が何かしたかよ!

 何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!

 ちくしょう、まだ顔が痛い。

 あいつらは絶対に殺してやる。

 寝静まったところで殺してやる。

 一人一人、考えられる残虐な方法を使って殺してやる。


 ‥‥‥‥落ち着かないといけない。

 感情にまかせて動いてはいけない。

 それでも、内側にあるドス黒い物が自分の中を満たしていくのを感じる。

 これを、解消するには外に居る連中にぶつけるしかない。

 生きる事、家族の事、檻の中の少女の事、それら全てが今はどうでも良い

 連中に復讐すること、それしかないんだ。

 連中が寝静まるのを待つ。


 

ーー



 酒盛りの声が止んだ。連中は寝静まったかもしれない。

 ゆっくり、外の様子を窺う。

 見張りを一人だけ起てて、他の三人は眠っている。

 ローブを被っていた男だ。

 あいつだけは、酒を飲んだ量が少ないのかもしれない。

 

 無理かもしれない。


 そんな考えが頭によぎった。

 そう思うと、少しだけ冷静になれた。

 まずは、何か食べよう。


 マフカの実が入っている木箱の方に近づく。

 実を二つ取ると、木箱の角に押しつけ中の部分を出していく。

 もう一度、押しつけさらに小さく割る。


 「スティ、まだ起きてる?」

 「‥‥‥‥はい。」


 返事を聞き、檻に掛けられた布を取る。

 スティは窺うように俺の顔を見る。


 「あ、あ、あの。‥‥お顔、大、丈夫、ですか?」


 自分では確認できないが、俺の顔はかなり酷いのかもしれない。

 関節を外している時よりも、スティが怯えている。


 「ああ、多分ね。‥‥身体も口の中も痛いけど。はいこれ、マフカの実。ゆっくり食べるんだよ。」

 「はい‥‥・‥‥ありがとう、ございます。」

  

 スティは恐る恐る、檻の中から手を出し、マフカの実を受け取ると口の中に運んでいった。

 一口、また一口、さらに一口。

 スティの手から、マフカの実は消えていた。


 「ほら、もう一個。」


 もぐもぐと咀嚼しながら、さらにもう一個受け取る。

 ろくに食べていなかったのだろう。

 それを見ながら俺も手元にあるマフカの実を食べた。

 

 二・三個食べると、深呼吸をする。

 同じ釜、同じ箱の飯を食ったからだろうか。

 先ほどとは打って変わって、スティを助けなくてはという衝動に駆られている。

 まだ、痛みが残る身体を落ち着かせる。

 もう一度深呼吸だ。


 「はあ‥‥‥‥。スティ、僕はここから逃げようと思う。」

 「えっ・‥‥‥‥!」


 絶望がスティを包んでいく。

 突然、補助輪を外されたように。


 「い、いや。おいていかないで‥‥。」


 目一杯に涙を溜め込んで懇願する。

 さっき謝った俺もこんな感じだったのかも知れない。


 「落ち着いて、聞いて欲しいだけど。もしかしたら、この檻から抜け出せるかもしれない。でも、その確率も低いし、抜け出せたとしても、此処がどこかも分からない。連中に見つかったら最悪、殺される。」

 「・‥‥・‥‥」


 スティの顔がまた暗くなる。

 駄目な可能性を並べていくと、どんどん不安になっていく。

 やっぱりやめた方が良いかな。

 逃げなければ少なくとも、死ぬことはないだろう。

 家畜として生きることになるが。

 生きるべきか死ぬべきか、か。

 それが問題だ。

 

 「それでも、よかったら。一緒に来るかい?」

 「ッ‥‥!はい!いきます、行かせて下さい。」

 「わかった。でも、ちょっとだけ静かにしような。」

 

 よほど嬉しかったのだろう。

 今までで一番大きな声だ。


 俺は馬車の外を確認する。

 ローブの男は俯いて座っている。

 座って寝ているのだろうか。

 だったら、今しかないな。


 俺は檻の前に行くと座り込み、意識を集中させる。

 

 今から俺は魔法を使う、それも初めての魔法を。



ーー



 使うのは【錬金術】の【変形】だ。


 正直、自信は全くない。

 【解析】の次が【変形】かどうか分からないし、そもそも【変形】なんて魔法があるかも分からない。出来たところで、またすぐ眠くなるかもしれない。そうなれば、俺は殺されるだろう。

 

 ・‥‥‥‥それでも、やる。

 目の前の子供を助けるために。


 目の前にあるのは鉄だ。

 錬金術の法則は等価交換、これは常識だ。

 この鉄の棒を同じ質量分だけ、ねじ曲げる。

 やるしかない。


 檻を掴む、自分の中の魔力に集中する。

 今回集中するのはもちろん手だ。

 そして、イメージは鋳造だ。

 鉄に俺の魔力を流し込んで、俺のイメージした形に作り替える。

 

 魔力が手に集まっていく。変形する気配が全くない。

 顔を嫌な汗が流れる。

 もっと、根本からイメージするんだ。

 鋳造に必要なのは、融解し液体になった鉄を流し込むこと。

 こっちには型があるけど、流し込むモノがない。

 目の前の鉄に熱を流し込むんだ。

 手に感じた魔力の熱で、この鉄を融解させるんだ。


 ゆっくり、手が少しずつ、動いていく。

 

 【変形】


 鉄で出来た檻は、俺のイメージ通りに花開くように曲がった。

 花の先には、今にも泣き出しそうなスティが待っていた。

 こんな時にかっこいいことが言えれば良いのだが。

 スティに手を差し伸べる。


 「お腹が減ったね、家に帰ろう。」


 魔法が成功した安心感で間延びした言葉が出てきた。

 スティは感激のあまり、俺に抱きついてきた。

 よほど怖かったのだろうな。

 だが、俺達の冒険はこれからだ!



ーー


 

 勢いのままスティ首と四肢にはめられた錠を【変形】の魔法で外す。

  

 「よし、ここで待ってて。」


 スティを馬車の中に待たせようとする。


 「‥‥‥‥いや。」


 駄々を捏ねられた。

 檻の中に居るときよりも怯えている気がする。

 服の裾を目一杯引っ張っている。


 「外の連中の様子を見てくる、直ぐ戻ってくるから待ってて。」

 「‥‥‥‥」


 眉を八の字にして悲しそうな顔で、納得する。

 おれは、スティから離れると、まず馬車の外を窺った。

 盗賊の連中は、見張りのローブの男を含めて、全員寝ている。


 俺は、足音を立てないように連中に近づく。一歩、また一歩。

 俺は今、死に向かって歩いているかもしれない。


 寝息が聞こえる距離まで近づいた。

 心臓の音も聞こえてくる。

 ‥‥‥‥いまから、人を殺す。



ーー



 いまから、人を殺すんだ。

 といっても、俺の五歳児ボディを傷つけた復讐のためではない。

 俺とスティの逃亡の安全のためだ。

 彼らは曲がりなりにも、裏の世界で生計を立てる者達だ。

 いくら寝ているとはいえ、逃げ出したのに気づけば、子供2人簡単に捕らえられる。

 だから、殺さなくてはいけない。

 追っ手を無くすために。


 俺は蠅が止まりそうなほどの動きで、ビール腹のハゲ頭の腰に刺さった短刀を抜く。

 周りにも当然気を遣う。誰を一番先に殺すか、それだけでも気づかれる確率はグンと落ちる。

 刺すなら、胸よりも首が良いな、意識するのは頸動脈より声帯を刺せるかどうか。

 仮に生きていたとしても、声が出なければ気づかれないだろう。

 前もって手を押さえるべきだろうか?

 暴れられないで済むかもしれない。

 よし‥‥‥‥誰を一番先に殺すか決めた。


 最初に殺すのは、俺を蹴った男だ。

 ゆっくり、羽のように男に跨がり、短刀を振り上げる。


 理由は色々ある。

 こいつは、連中の中で一番馬車に近い位置で寝ている。連中に逃亡を気づかれるならまずはこいつだ。

 だから殺す。

 こいつは、俺を蹴り飛ばし踏みつけて、恐怖を産み付けた。初めて人を殺すんだ、出来るかどうか分からない。復讐を御題目に掲げた方が心理的ハードルも下がるだろう。

 だから殺す。

 こいつは、連中の中でも特に弱そうだ、練習台にちょうど良い。腕も細いし、喉にもすぐ刃が通りそうだ。

 だから殺す。

 そもそもこいつらは犯罪者だ。こうゆう輩は、法と倫理に許されている間に始末するのが一番良いんだ。

 だから殺す。


 

 ‥‥‥‥‥‥他にないか?

 ‥‥‥‥‥‥こいつを殺さないといけない理由はないか?

 もっとあるだろ、こいつらは悪党なんだぞ!

 自分の生活のために子供を売るような奴らだぞ!

 

 月明かりを、短刀が反射する。

 目の前の男を殺さないといけない、自分たちの安全のために。

 ただそれでも、この瞬間を切り取ったように、身体が動かない。


 ふと、馬車の方を見るとこちらの方を覗いているスティと目が合った。

 俺は今どんな顔をしているだろうか?

 あの子の目にはどんな俺が映っているだろうか?

 もし、ここでこいつらを殺せば、連中と同じような目で俺を見るんじゃないのか?

 

 ‥‥‥‥‥・‥‥家族はどう思うだろうか?

 顔の腫れと身体の痣は、大丈夫だ。

 『痛かったね、怖かったね』と言って、俺を抱きしめてくれるだろう。

 しかし、人殺しはどう思う。

 『よく戦った』と褒めるだろうか、『五歳で人殺しなんて』と怖がられるだろうか。

 服に血を付け人を殺したと言った俺を、カイサルはどう接するだろうか?

 まだ祝魔の儀の件についても話し合ってないのに。

 マリアンヌは、また微笑みかけてくれるだろうか?

 赤ん坊の俺を見ていた頃の笑顔を、俺に向けてくれるか。

 フラムベリカは、面白いモノを見たと笑うだろうか?

 何も無かったように、また研究室に呼んでくれるのか。

 トーラスは、訓練に誘ってくれるだろうか?

 変な気を遣って、俺への接し方が変わるかもしれない。

 バレットは、また落ち込んだ俺を励ましてくれるだろうか?

 かわいい弟が人を殺したんだ、縮まったと思った距離がまた離れる。

 ルルティアは、骨が軋むほど俺を抱きしめてくれるだろうか?

 もう、お茶会に呼んでくれないかもな。

 どれだけ想像してもわからない‥‥‥‥‥・‥‥家族の反応が怖い。


 今の俺に人は殺せない。

 これは、メリット・デメリットの話じゃないんだ。



ーー



 馬車の方に戻る。

 スティは、困惑気味に俺の方を見ている。

 言葉を選んでいる表情だ。


 「あっ、あのーー」

 「ごめん、俺には無理だったよ。ちょっと大変になるけど、頑張って逃げようか。」

 「っ・‥はい。」

 

 気の抜けた顔で、スティの言葉を遮る。

 それを見てすこし安心したように、頷くスティ。

 俺は馬車に乗り込むと、木箱の中にあるマフカの実を十個ほどと、毛布代わりに檻と木箱を覆っていた布を拝借した。

 半分をスティに渡す、布を外套代わりにして、全身を包む。

 

 「よし、これでいいかな」

 「‥‥‥‥」


 お互い、スッポリと包まれてしまった。

 これで十分かとも思い、スティの足下に目が行く。スティは裸足だった。

 

 森の中を裸足で移動するなんて、危険すぎる。

 移動速度も落ちるし、いざという時に走れないし、何よりも寒いだろ。


 「はい、これ履いて。」

 「いっ‥‥いいの?」

 「僕はまだ靴下があるから大丈夫。それに寒いでしょ?ほら座って、履かせてあげるから。」


 言葉に促され、スティは床に座る。

 お互い子供だから体格が同じぐらいだし、足のサイズも一緒ぐらいだろう。

 靴の口を広げ、スティに履かせ、靴紐を結ぶ。

 よし、これで準備はできた。


 まず、俺から馬車を降り、スティの方に両手を広げる。


 「ほら、おいで。」

 「うん‥‥」

 

 スティはゆっくり俺の方に降りてきた。

  

 月明かりと薪の燈のおかげで、薄暗かったスティに色がついた。

 快晴の空を切り取ったように美しい蒼色の髪。

 俺は、この色を知っている。


 屋敷の図書館で、まず最初に探した本は『大陸に住む人』だ。

 そこには、人の成り立ちから、亜人などの他種族の特徴、成り立ちも載っていた。

 自分とは違う種族のことが気になって、図書館に籠ってその本を読んでいた。

 そのせいで軽い騒動にもなったが。

 そのおかげで、分かったことがたくさんある。

 亜人の特徴はその外見だ。

 【森林族(エルフ)】の髪は、浅緑からスプライトグリーンなどの緑系。

 【鍛冶族(ドワーフ)】の髪はスカーレットや朱色などのオレンジ系。

 【獣之族(ディアバウト)】容姿は原種となる生物の耳や尻尾。

 【妖精族(ノーム)】の髪は牡丹色からローズピンクのピンク系。

 【海之族(マーメイン)】の容姿は鰭の形をした耳にと水かき。

 

 そして、今俺の目の前に居るスティの髪色は蒼。

 これは、ある種族の特徴に該当する。

 蒼い髪を靡かせ、背中に生えた翼で優雅に大空を舞う種族。


 「‥‥‥‥天翼人(アティカルス)‥‥?」


 スティはその言葉に反応し、その場に頭を抱えてしゃがみ込む。


 「いや‥‥おねがい。乱暴しないで。」


 言葉を間違えた。

 この子が(あそこ)に入れられたのは、これが原因だ。

 


ーー



 【翼を捥がれた天使の虐殺事件】

 今から三年前に行われた、ノストラダーレ聖教国が起こした天翼人虐殺事件だ。

 それまで、天翼人はその見た目から神の使いである天使の子孫であるとして、国でも重宝されてきた。

 自治区を認められ、聖教国の人間も彼の種族を敬い聖教国の象徴として共存を望んだ。

 しかし、現教皇であるノッチャルプルス・オーウェンダーレが就任した際に、国中の信徒に対してこう言った。

 

 「嘗ての時代、天地創造の時代、善神と悪神がそれぞれの民を率いて戦争を起こした時代。戦争に勝利した善神は、その暁に褒美として己が配下達にそれぞれ力と、知恵と、そして神の使徒として種族の代表を召し使えた。

 【森林族】には世界樹を!

 【鍛冶族】には絶えることのない鉱山を!

 【獣之族】には聖獣を!

 【妖精族】には大いなる魔力を!

 【海之族】には神槍を!

 なら【天翼人】は!?彼らは一体何を授かったのだ!?

 答えは何も無い、神から褒美が無かったのだ!

 そしてその身を天に返されること無く地上に留められた。!

 つまり、奴らは神の意向にそぐわなかった!

 神の使いの身でありながら、神の配下としてふさわしい活躍をしなかった!

 その上で天使を語り、我々地上の民を騙し、その恩恵を受けている!

 これすなわち神への冒涜なり!

 奴らは堕天だ!

 神の怒りにより、この地に落とされた異端の種族なのだ!

 ならば我々が神に意志を継ぎ、奴らに正義をもたらそうでは無いか!!」


 そんなデタラメに近い演説を皮切りに、タマネギの皮を剥くように天翼人の命が散っていった。

 その過程で彼らの翼は捥がれ、裏社会では高値で取引された。

 見目の麗しい者は、奴隷にされ聖教の慰み者にされた。

 ノストラダーレ聖教国、天翼人自治区は一夜にして更地になった。

 


ーー

 


 「おっ、お願いします。何でも、言うこと、聞きますから。」


 声が震えている。

 蹲り怯えているスティにどんな言葉を掛ければ良いのだろうか。

 俺には分からない。

 前世でも今世でも少数派(マイノリティー)が原因で迫害を受けたことが無いからだ。

 彼らの種族に起きたことは知っている。

 自分の中でイメージして理解も出来る。

 もし、自分のみにそんなことが起きたらと考えるだけでゾッとする。

 でも、「辛かったね」とか「大丈夫だよ」なんて言葉口からは出せない。

 頭で理解はしている。

 でも身体で実感はしていない。

 そして、実感の無い理解なんて空虚な自己満足にすぎない。

 それは、スティの経験に唾を吐いて捨てるような行為だと俺は思っている。


 ならどうするべきか。

 今の俺が言えることだけを言おう。

 スティを傷つけるかもしれない。

 それでも、この言葉が最善だと思って。

 俺は、スティと目線を合わせるためにしゃがみ込む。


 「ステイ‥‥」

 「っ‥‥‥‥」


 一瞬身体が、ビクつく。

 

 「僕の名前は?」

 「‥‥‥‥ユー、ク、リスト?」

 「そう、僕の名前はユークリスト・スノウ・グリバー。僕の父は、オルトウェラ帝国北部で一番偉い貴族だ。」

 「き、貴族!?‥‥‥‥」

 

 貴族の言葉に反応したのだろう、さらに動揺が深くなっている。

 

 「僕はそこの五男で、大した力は無いと思うけど、これだけは約束する。家に帰ったら、君に温かくておいしいご飯をたくさん食べさせてあげる。温かいお風呂にも入れるし、綺麗な服だって着られる。住むところだって準備するし‥‥‥‥‥‥・‥‥」

 「それで、酷いことするの?」


 この子の心に傷を負わせた奴を今すぐ見つけて殺してやりたい。

 ゆっくり、氷の結晶に触れるようにスティの手を取る。

 怯えた様子で俺の方を見つめる。

 出来れば今すぐ目を背けて、一人で帰りたい。

 でもそれじゃ駄目なんだ、この子を見捨てることは銀雹(スノウ)の名前に泥を塗る行為だ。

 優しく微笑み、精一杯の言葉を掛ける。


 「君がもう安心だと思えるまで、君の身体から痣が無くなるまで、君のお腹が空かなくなるまで、君を大切にしてくれる人が見つかるまで、君が心から笑えるようになるまで、好きなだけ僕の後ろに居てくれて構わない。

 僕の持てる限りの力の全てを使って、君を傷つける人間を排除し、力が足りなければ身に付けるまで絶対に諦めない。」

 「‥‥‥‥ほんと?」

 「ああ、溶けることの無い氷に誓うよ。ちなみこれは、北部の人間が使う最上級の言い回しなんだ。使ったのは、君が初めてだ。‥‥‥‥だから。」


 また、深呼吸だ。

 深呼吸をしすぎて深呼吸症候群になりそうだ。

 微笑みはいらない、許しを請う必要も無い、ただ強くスティを見る。


 「僕に‥‥君を守らせて欲しい。」

 「っ‥‥‥‥うん、うん!」


 溜め込んだ涙が滝のように溢れ出す。

 安堵、恐怖、喜び、不安、色々なモノがスティの中でごちゃ混ぜになっているのだろう。

 俺は立ち上がると、取っている手をそのまま引っ張り上げスティを落ち着かせるために、少しだけ抱き寄せる。

 取り乱している人が近くに居ると、自分は冷静になるという。

 例に漏れず俺もそうなり、周囲を見渡す。

 冷や汗が止まらない、背中から滝のように汗が流れる。。

 俺達はまだ馬車から一歩も離れていない。


 盗賊は目を覚ましている。

 こちらと目が合う。

 この子クーリングオフしてもいいですか?

 


ーー



 「糞ガキてめえ、舐めたことしてんじゃねえぞ!!」


 痩せ型盗賊が、また俺を蹴り飛ばす勢いで迫ってきた。

 スティを庇うように後ろの方に移動させ、さっき盗んだ短刀を身体の前で構える。

 前門の盗賊、後門の天使といったところか。

 正直言って、不安しかない、今すぐに逃げ出したい。

 でも、逃げたら死ぬ、子犬の如く吠えるしかない。

 後ろの三人はださないようだ。

 

 「来るな!!来たらお前ら全員ぶっ殺してやる!!」

 「あぁ!?貴族の糞ガキが何ほざいてやがる!あれだな、てめぇみたいなガキは親がきっちり教育しないから、お前みたいな世間知らずのガキが育つんだよなぁ!?」

 「はっ、ならお前はどんな教育で盗賊になったんだよ!?娼婦とヤク漬けの英才教育の結果か?」


 五歳児には相応しくない表情とトラッシュトーク。

 家族が見たら、泣き出すこと間違いなしだ。


 「んだと、ガキャ!ぶっ殺してやる!!」

 

 理性を無くした痩せ型盗賊がこちらに突進し、俺の身長よりも長い剣を振り降ろしてきた。

 俺は、短刀を頭の方に構え剣戟を受けようとするが、重さに耐えきれなかった。


 「オラァッ!」

 「っ‥‥‥‥ぐあぁっ!」


 体勢が崩れた俺は息つく間もなく、腹に蹴りを入れられた。

 軽い身体を吹っ飛び、スティとの間に距離が出来てしまった。

 俺は直ぐに起き上がり、スティの前に盗賊達から守るように立ち塞がる。

 最悪の状況だが、一度約束した。

 どんなことがあってもこの子を守る。

 痩せ型盗賊改め、腹蹴り盗賊はその様子を面白くなさそうに睨み付ける。

 

 「けっ、ガキが次は騎士様ごっこかよ!かっこつけやがって、そんなにその魔獣のガキに良い格好したいのかよ。ああそうか、てめえもそいつで楽しみたいんだろ?そうなんだろ?天翼人ってのは見た目だけは良いのが揃っているからな。そいつはまだガキだが、この前運んだ奴はいい女だったぜ!どうせ貴族の遊び道具になるんだからってんで、俺ら全員で姦したときは楽しかったぜ!」

 「あぁ?んだと糞野郎!」


 過去の栄光を語るかのように恍惚とした笑みを浮かべる腹蹴り盗賊。

 ドス黒い物が再び湧き上がってくる。

 何故あの時殺しておかなかったのか?

 着ている外套を、力一杯握りしめるスティの震えがこっちにまで伝わってくる。

 

 「てめえにも、チャンスをくれてやるよ。そのガキをこっちに寄越せ。そしたら、最低でも殺さないでおいてやるよ。」

 「逆らったら?」

 「てめえの前でそのガキを犯して殺してやる。」

 「ひっ‥‥‥‥いや。」


 先ほどよりも獰猛に下卑た笑みを浮かべる。

 言葉にしたことで現実味が増したのだろうか。

 スティは既に涙を流して震えている。

 

 これで決まった。

 さっきとは違う。

 こいつを殺す明確な理由が出来た。

 さっき並べた理由が路傍の石になるほどの大義名分(ダイヤモンド)

 スティを守るために、こいつを殺す。


 覚悟は決まった、プランもある、後は覚悟を決めるだけだ。

 再度、深呼吸。

 完全にルーティンになっているな。


 大丈夫の意を込めて外套を握っているスティの手に俺の手を重ねる。


 「約束しただろう。‥‥君を守る。」


 剣を構え、腹蹴り野郎に立ち会う。

 男はまだ余裕たっぷりの表情だ。

 対してこちらは満身創痍、立っているのがやっとの状態だ。

 挑発するために、手を前に出し、招き仕草で誘う。

 

 「ほら、来いよ。その鼻削ぎ落としてやる。」

 「けっ、だったら死ね。」

 

 男は直線的な動きで迫り、先ほど同様俺の方に剣を振り下ろした。

 はじめと同じ起動で俺に剣が迫ってくる。

 今度は受けない、別に自暴自棄になったわけじゃない。

 左方向から振り下ろされた剣を、左方向に飛び込むことで回避する。

 体勢はしっかりしている、そのまま短剣を持ち直し男の喉に突きつける。


 「ハッ、馬鹿がそんな短けぇモンが俺に届くかよ!!死ねえガキ!!」


 男は振り下ろした剣を、そのまま薙ぎ払うように横一線に振り回す。

 俺の剣は届かない。目の前に迫る確実な死


 【変形】


 俺は短刀の刃の形を変えた、太く短い短刀から、細く長いレイピア状の剣に。

 男の喉元に向かって、一直線に伸びていく。

 

 男の刃は俺の身体の前でピタリと止まり、糸が切れたようにその手から滑り落ちた。

 俺の手には嫌な感触が残っている、喉仏辺りで違和感を感じたかもしれない。

 見上げると俺が握っている剣は、痩せ盗賊の首の中に入っていた。

 男は、俺と俺の手元を交互に見る。

 自分が刺された事実を確認しているように。


 「かっ‥‥・‥かはっ・‥‥!」


 次第に男の目の焦点が合わなくなる。

 左に行って、右に行って、左に行って、右に行って。

 最後は上を向いて、そのまま膝から崩れ落ちた。


 俺は人を殺した。

 でもまだ終わっていない。

 終わらせちゃいけない。

 魔力も切れかかっている。

 目眩がする。

 だめだ!まだだ、まだ勝っちゃいない。


 残るの三人の方を振り返る。

 驚愕している奴、憤慨している奴、静観している奴。

 反応は色々だが、そんなことはどうでも良い。

 今は、やらなきゃいけないことがある。

 死んだ男を背景に、仁王立ちし、今ある全ての力を絞り出し、俺は名乗りを上げた。


 「我が名はユークリスト・スノウ・グリバー!!

 オルトウェラ帝国帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の一席【銀雹公爵】グリバー家が五男!

 お前達は、この北の地を汚した!

 民を殺し、弱者を犯し、子供を誘拐する!

 貴様らに、北部の冬を教えてやる!

 貴様らを、正義の剣で貫いてやる!

 覚悟が出来た奴から掛かってこい!」


 俺の名前に驚いたのか、盗賊達は次々に顔を見合わせる。

 まるで、俺の名前など知らなかったように。

 自分が誘拐している子供の身元を知らないのか?


 「おい、聞いたか今の『グリバー』だぞ!嘘だろ、こんなの聞いてねえぞ。」

 「なんてぇ仕事を持ってきたんだよ。『グリバー』を怒らせてこの地で商売が出来ると思ってんのかよ!?」


 次々に、騒ぎ出す盗賊達。

 俺が思っていた以上に『グリバー』の名前はすごかった。

 始めから、こう言っとけば良かった。かなりの蹴られ殺し損だ。

 そう考えていると、中肉中背の盗賊が、ローブの男に詰め寄っている。

 

 「おい、どういうことだよ!こんなヤバい仕事(ヤマ)なんて聞いてねえぞ!!」

 「ええ、言っていませんでしたからね。」

 「ふざっけんじゃねえぞ!こんな仕事。お、お、俺は降りる。俺はこの場には居なかった。お前らともあのガキ共とも一切関係がねえ!」


 死に直面したように慌てる男の問いに飄々とした態度で躱すローブ男。

 自信の現状を受け入れることが出来ない、中肉中背はいの一番に馬車につないでいる馬の方に走っていく。


 「てめぇ、待ちやがれ!おいあんた、報酬も馬車の荷物も全部あんたにやるよ、なっ?【銀雹】に手を出すぐらいなら、全裸で危険自然区域(レッドエリア)を大立ち回りした方がましだ!」


 自分の実家ながら、かなり物騒なことを言われている。

 喉に剣を突き立てて殺す五歳児が、可愛く見えるほどだ。

 ハゲビールも、逃げていく中肉中背を追いかけていく。

 俺達なんてお構いなしだ。

 

 「いやあ、だめですよ。」


 ローブの男はフードから、微かに見える口元に笑みを浮かべ、着ているローブを少しだけ広げる。

 一瞬の呟き、その後に聞こえたのは荷物が落ち音だ。

 ドサッ、とか。ゴッ、みたいな。

 音がした方を振り向くと、さっきまで騒いでいた盗賊2人が地面に横たわっていた。

 正確には盗賊だったモノだ、上半身だけが落ちている。

 下半身は二歩分ぐらい、先にある。

 切るられた実感すらないんじゃないか。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥今、目が合った気がする。


 「しかし、ユークリスト・スノウ・グリバー様。素晴らしい戦闘でしたね。確か、祝魔の儀を受けたのがつい先日のことではないですか?それなのに、もう特異魔法が使えるなんて、さすが【銀雹】の息子ですね。私感激いたしました。」


 ローブの男は、芝居がかったように俺のことを褒め始めた。

 それに、俺の【変形】を特異魔法と見抜くとは、こいつはかなりの手練れだ。

 さっき、盗賊2人を殺した方法も分かっていない。

 詠唱が全く聞こえなかったし。

 恐らく、特異魔法の類いだということは分かる。

 あれだ‥‥‥‥‥‥同族嫌悪って奴だ。


 「お前は、一体、誰、なんだ?」

 「私?私ですか?私は【鎖の狩人(ガラナック)】が幹部の一人ナーベリックと申します。以後お見知りおきを。」

 「覚える、義務はないね。」


 【鎖の狩人(ガラナック)】か、この前聞いた気がするが、そこまで俺の頭は回らない。

 体力がもう尽きそうだ、ギリギリのところで、後ろのスティに支えられてやっと立っていられる。


 「ええ、確かにそうですね。さて、話を本題に戻しましょう。まずは謝罪を、あなたを傷つけるなと命令を受けていたのですが、そこの肉塊が余計なことをしてしまって。まあ、そのおかげで面白い物が見れましたが。」

 「何が、面白いんだ!」


 人が生きるか死ぬかの決闘をしているときに、こいつはポップコーンをつまんで呑気に鑑賞してやがった。


 「おや、これは失礼。ああ、後そこの天翼人は置いていって貰いますよ。その子には金貨三〇枚なんて値じゃ釣り合わない物が掛かっていますので。」

 「ふざ、けんじゃねえぞ!」


 こじゃれた営業のように、コロコロと話を自分ペースで変えるナーベリック。

 思考が回らないせいか、次第に苛ついてくる。

 俺の外套を引っ張るスティの握力が強くなる。

 意識が飛びそうなほど、瞼が鉄のように重い。

 

 「さっき、俺が言ったことを、もう、覚えていないようだな?」

 「言ったこと?」


 本来、片手で構えるべきレイピアを両手で構える。

 剣で駄目なら、睨み殺してやる。

  

 「覚悟が出来たら、掛かってこい!」

 

 ナーベリックは驚いたかのように沈黙を作り、笑い声を上げた。


 「ふっはははっ!やはり、子供といえど狼は狼。その意気やよし!」


 手を俺に向けて突き出し、詠唱を始める。


 「火の精霊の理を受け、火球を成し、目の前の敵をーー」


 スティを抱き寄せ、庇う姿勢に入る。

 分かってたことだけど、走馬灯なんてモノはなかった。


 「打ち倒さん。」

 

 【火弾(ファイヤバレット)


 火が迫ってくる。

 これで、人生終了か‥‥‥・‥‥。

 案外、呆気なかったな。


 火が迫る中、眠りにつくようにゆっくりと重い瞼を閉じる。

 その隙間から見える火はどんどん大きくなっていく。

 拳大から、岩ほどの大きさまで、回りを飲み込みどんどん大きくなって迫る火は。



 俺の目の前で美しく散った。

 夜空に咲く花火のように、美しかった。

 しかし、それらの何よりも美しかったのは。

 夜空に咲いた火華の放つ輝きに呼応して発光する銀雹。


 「貴様ぁ!よくも!私の家族に手を出したなあああああああああ!」


 俺の溶けかかった命を繋ぎ止めたのは、温もりを超越した氷だった。

 帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)【銀雹公爵】グリバー家当主。

 カイサル・スノウ・グリバー。

 大陸剣議席:序列第三位【指揮者(コンダクター)】。

 帝国の冬がやってきた。



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