第5話:五歳児と家族と魔法と その2
まほう!まほう!
誘拐された俺は、フラムベリカの私室に連れてこられた。
途中、ルルティアに腕を引かれたカイサルとマリアンヌとすれ違ったが『僕は大丈夫ですから~』、と言い残すことしか出来ず、盗賊に攫われた村娘のように今からどんなことをされるのか、気が気じゃない。
それにしても、フラムベリカの私室に来たのは、この5年間で初めてだ。
連れてこられた姉の私室は、屋敷の地下にある。
研究室と呼ぶにふさわしい内装をしている。
研究資料やフラスコなどの化学実験用具、魔法陣に関する実験記録なんかもある。
本棚には、大陸の歴史や魔術の歴史、偉人の伝記など古い書物が並べられている。
「さてと、ユーリ。約束通り、お姉様と魔法の勉強をしようじゃないか。」
「‥‥乱暴しないで下さいね。」
「ふふふ、それはユーリの態度次第だよ。」
未だに不穏な笑みを浮かべるフラムベリカに、俺は今世で初めての貞操の危機を感じた。
逃げ道を探していると、さらに奥に続く扉から新たな人影が腕組みをして、こんにちはしていた。
「姉上、それくらいで良いでしょう。」
「トーラス兄‥‥。」
「ユークリスト、今は気持ちの整理が付かないかもしれないが、お前なら乗り越えられると信じている。何かあったらいつでも、俺に相談してくれて構わない。」
「ありがとうございます。」
言葉を短いが、それでも十分に気に掛けてくれていることが実感できる。
この人の声色がそうさせるのだろうか?
それを見てパンッと身体の前で手を叩き合わせながらフラムベリカがトーラスに近づいていく。
「お兄ちゃんらしいことを言うじゃないかトーリィ。しかし、言うことはもっともだよユーリ、確かに魔力総量は魔導士の能力を語るのに、切っても切り離せない重要な要素となっているのは確かだ。
戦闘継続能力、攻撃手段の多彩化、魔法の攻撃威力と範囲。
しかしだ、それだけが魔法の全てではない。ついてきなさい。」
トーラスの肩をポンと叩くと、先ほどまでトーラスが入っていた部屋の方に向かっていくフラムベリカ、俺は椅子から立ち上がるとトーラスと共にそれを追随する。
部屋の中は、先ほどの部屋の2.5倍ほどある修練室だった。
壁には魔法陣が施され、いくつかの欠損やへこみがある。
「この部屋は?。」
「グリバー本家の人間が特異魔法を修練をする場所だよ。場所は本家の人間や使用人でも限られたものしか知らない。もちろん、適性の無いバレットやルルティアも。」
「特異魔法って、フラム姉は魔法士だと聞きましたが、どうして知っているのですか?。」
特異魔法の修練場か。
だから、フラム姉の部屋は立ち入り禁止だったのか。
猛獣を飼っているとか、適当なことを言って胡散臭かったが漸く理解できた。
恐らく、フラムベリカの私室にあった古い紙の研究資料などは、歴代のグリバー家で特異魔術に適性のあった者達の記録が載っているのだろう。
しかし、だからこそ、その部屋の前にフラムベリカが陣取っているのが解せない。
この5年間、誰もフラムベリカに特異魔法適性があるとは言わなかった。
「いや、私もあるんだ。お家事情とやらで公表はされなかったがな。」
「姉上の特異魔法は事情が少々特殊なんだ。」
「少々とは?。」
「戦争が起きる。」
『これからデートなの!』、みたいなノリで開戦の予兆を示すフラムベリカ。
胃薬が必要そうな顔をするトーラス。
「さてさて、今日から私とトーラスが屋敷に居る間はユーリに特異魔法の授業をしよう、といっても特異魔法を授業で示せるのは入り口だけだ。そこから先は、ユーリの実力次第となる。」
「そうだな、それにユーリ次第だが魔力総量の優劣を覆せるかもしれない。」
「というと?。」
「例えば【従魔術】。契約を結ぶ魔獣次第では、本来ユークリストの扱える能力以上のことが出来るようになるかもしれない。1年前父上に随行して姉上と騎士団と共に、アルバトロス山脈に生息している元獣種討伐の任務に参加したことがあったが、あれの成体は単体だけでもかなり厄介だ。父上がいなかったらもっと被害が出ていたかもしれない。」
「確かにね、トーリィのように戦闘系特異魔法の場合は魔力総量に左右される可能性は高いが、ユーリの場合は、準備段階で魔力消費を必要とするケースが多いかもね。」
フラムベリカの特異魔法がなんなのか知らないが、トーラスの【守護術】は確かに戦場を想定して修練される能力だ。
膨大な魔力があればあるほど、強固な能力になり戦場で重宝されるだろう。
「まあとにかく、言うより慣れろだよ。早速、特異魔法の修練を始めようか。」
「待って下さい。」
「ん?どうしたユーリ。」
「僕は、ついさっき祝魔の儀を終えたばかりです。いきなり特魔法の修練なんて、循環とか発現とかの段階を飛ばしすぎなんじゃ無いんですか?。」
いかに、特異魔法が二つも適性があるとはいえ、俺は今朝まで魔法が使えなかったただの子供だ。
それを、段階飛ばしで修練するなんて、いくら二人に適性があってもそれを教えるのは無理があるだろう。
「いや出来る。」
「‥‥すみません、トーラス兄。どういうことですか?。」
「特異魔法は他の魔法原理から逸脱している。俺も適性があると知れた時は、他の剣術や魔法の訓練は後回しにして、父上がつきっきりで教えてくれた。後で姉上の部屋の中にある研究資料を見てみろ。特異魔法に関する共通点のようなものが書かれている。」
「なるほど、わかりました。」
魔法原理からの逸脱とは何かは、独立機関のようなものと考えれば良いのか。
魔法とは別の何かなのかもしれない。
「それじゃあ、始めようか。」
「はい、お願いします。」
この世界に来て約5年。
待ちに待った魔法の授業だ。
ーー
「まず、魔法の発現に必要な過程は授業で習ったね。」
「はい、ルル姉とバレ兄の授業に引っ付いていたので。詠唱により魔法のイメージを構築して、魔法を行使する。イメージの構築が速ければ詠唱短縮や、過去には無詠唱魔法ができる魔導士もいたと聞いています。」
「そうだ、そして特異魔法にはこの詠唱によるイメージ構築が必要ない。」
「それは、今朝トーラス兄の魔法を見ました。」
祝魔の儀を始める前、トーラスはただ【防壁】と唱えるだけだった。
素人目に見ても強力な魔法だとわかるのに、ほとんど詠唱を必要としなかった。
「歴代の特異魔法適性者達の記述によると、特異魔法は本であると表現されている。」
「‥‥本、ですか‥‥?。」
「そうだ、本の目次にはそれぞれ、特異魔法で行使できる魔法が記録されている。初めは、一つか二つしか使用することが出来るが、それ以上の魔法は知っているのに知らない。文字が見えるのに読むことが出来ない。術者本人の修練度レベルに応じて使える魔法が多くなる。」
魔物のノートの様なシステムなのか。
強さが上がれば上がるほど、使える呪文が増えていく。
「だから、本と表現されているのですね。」
「飲み込みが早いな。」
「ついさっき、グリバー家の魔力総量歴代ワースト記録を塗り替えたんですよ。大抵のことは飲み込めます。」
色々あったおかげで、昼下がりの5歳児は既に賢者タイムだ。
そのせいで、少し冷静になった気がする。
「むっ、そっそうか。とにかく俺達がこの屋敷にいる間は、出来るだけお前の中にある特異魔法の本を開くためのイメージ訓練を行う。」
「はい、わかりました。」
少し気まずそうな顔をするトーラス。
冗談にするには少々話題がタイムリーすぎたか‥‥。
5歳児のブラックジョークは、この世界の人間にとって免疫のないものだ。
この相手がルルティアだったら、失神するまでベアーハグで絞められていたところだ。
ーー
魔法陣が施されている部屋の中心まで移動し、特異魔法の行使を試みる。
使うのは【錬金術】の解析。
これは鉱石鉱物、植物の種類や、その特性、含有物の比率などを見ることが出来る。
鑑定術の鉱物、植物限定の魔法だ。
これだけ見たら、すごい魔法なんじゃないかとも思うんだが、鑑定術に比べたらかなりの下位互換らしい。
鑑定術の場合、見ようと思えばその対象の歴史まで見れるそうだ。
どこからきて、どんな風に加工することが最適なのか。
その際にどの鉱物・植物と、どの比率で調合することが最適なのかなど、鑑定術万歳だ
御家秘蔵の記述書に書いてある【錬金術】関連の最初に出てくる魔法だ。
今俺の目の前には、石ころとも表現できる謎の鉱石が置かれている。
かれこれ2時間弱、本どころか帯すら見えない。
その間、トーラスは俺を中心に【防壁】の魔法をずっと維持しながら、俺の回りをうろうろしている、アドバイスをしたいけど、俺の成長のために出来ないもどかしさのようなものを感じているのだろう。
最初は俺の後ろを徘徊していたのに、今は俺の前でチラチラこちらを見ながら、右に行ったり左に行ったりしている。
フラムベリカは、隣の私室の方に移った。
『出来るようになったら言ってくれ。答え合わせをしてやる。』そう言って出て行った。
かなり無責任だと思う。
結局質問をしても、フラムベリカ自身の特異魔法についての質問には答えてくれなかった。
適性があることすらバレットやルルティアにも秘密だそうだ。
あの二人に隠し事をするとなると、かなり後ろめたい事この上ないが、かなりリアルで鮮烈な脅しを受けた。
真っ当な5歳児なら引きこもるレベルだ。
グリバー家ではカイサルしか知らず、次期後継者であるトーラスも知らされていないらしい。
戦争が起きるとか言ってたし、よほどの能力なのかもしれない。
例えば、【死霊術】や【悪魔術】は公爵家直轄領のお隣さんであるノストラダーレ聖教国にとっては忌避される魔法だ。
隣の直轄領の領主の長女が、聖敵と認定されれば戦争が起きるかもしれない。
そういう政治的理由で秘匿されているなら、わざわざ寝た子を起こすような真似はやめよう。
しかし、トーラスが暴発寸前だ。
前世で、風俗店で筆おろしをした友人みたいな顔をしている。
吐き出してやらないと。
「トーラス兄、質問があるのですが。」
「おっ、いいぞ、なんだ?」
「最初に本をイメージしろと言っていましたが、トーラス兄の特異魔法の【防壁】は壁です。トーラス兄はこの特異魔法を使うとき、本と壁のどちらを先にイメージしているのですか?。」
「むっそれもそうか、その着眼点は新鮮だな。そうだな、少し俺の話をしよう。
俺は特異魔法の習熟がかなり遅かったんだ。父上が帝都の方に行っても、随行して帝都の屋敷でも修練をしたが、それでも魔法のイメージすら掴めることが出来なかった。そこで父上が、同じ守護魔法の使い手である【王鎧公爵】ジュニアス・イリオス・バティスマン様に師事してくださるように頼み込んだのだ。俺のために頭を下げる父上を見て、俺は次期後継者として、とても情けない気持ちになった。」
完璧エリート人間だと思っていたトーラスにも弱点があったらしい。
自身を語たる声色からは、過去を懐かしみ恥じらっている事よりも、自分の無力感に対する不甲斐なさや怒りが感じられる。
自分が今まで見ていたものが、どれだけ薄っぺらいものなのかと実感する。
この人だって苦労を乗り越えてここまで来たんだ。
ー朝の訓練後に見たこの人の上半身には、切り傷も多かったがそれよりも痣の方が多かった。
ー体格だって、カイサルもバレットも痩せ型の細マッチョタイプだ。
ーこの強靱な身体を造り上げるためにどれほど努力したのだろうか。
ー【防壁】をこれだけの時間維持できるようになるまで、どれほど修練を積んだのだろうか。
ー朝の鍛錬のために毎朝何時に起きているのだろうか。
ー鍛錬に後継者教育、自分のことで精一杯のはずなのに、俺達に優しさを向ける余裕を俺なら持てただろうか。
「公爵様は、父上の願いを聞き入れてくれくださり、俺は師事を受けることになった。そこでやったことは、公爵様が張った【防壁】に攻撃を打ち込むことだった。いつから始めて、いつ終わるというものではなく、ただひたすら無心に攻撃を打ち込んでいったんだ。今考えても大変だった、特に師事を受けることはなかった公爵様から言われたのは『ただ打込め』、それだけだったからな。
当時の俺は身体も小さく子供だった。木刀が重くなり、手にできた豆が潰れるたびに、どうしてこんな事をしなくてはいけないのかと思っていた。」
決して楽な道ではなかったはずだ。
帝国筆頭公爵家と呼ばれるその席が、軽いわけがない。
どれほどの重責を背負っていたのか想像も出来ない。
「そして、俺はあることに気づいたんだ、それが【防壁】の感触だった。どこにどれだけの強さで打込めばどうなるかというのが分かってきたんだ。それからは、ひたすらその感触を自分で再現出来ないかと思って、オズナルドに協力して貰った。感覚を研ぎ澄ませるために、生身で木刀を受けることもあった。身体のあちこちにある痣は、その時の遺産のようなものだ。かなり、無茶なことをしたと思っているが、それで漸く【防壁】を出すことが出来たんだ。」
トーラスの表情が少しずつが明るくなっていった。
「確かにその時のことを思い出してみると本をイメージした記憶はないな。」
「だったら、何をイメージしたのですか?。」
「そうだな‥‥‥‥。」
少しだけ考え込む。
「痛いのが嫌だったんだ。」
「‥‥‥‥‥‥ん?。」
「痛いのが、嫌だったんだ。」
ものすごく真剣な顔で、痛みを訴えてくるトーラス。
先ほどの感動を返してくれ。利子をつけて。
しかし、痛みか‥‥‥‥これはつまり、鮮明なイメージが必要と言うことなのだろうか?
ふむ、鮮明なイメージか。鮮明‥‥リアル‥‥現実。
「トーラス兄ありがとうございました。なんかできそうな気がしてきました。」
「そうか!うん、姉上の部屋で待っているからな。」
そう言って、隣室に移っていった。
【防壁】を維持しながら。
改めて、いや、初めて、兄の偉大さをこの身に刻んだ一日だ。
ーー
さてと、俺は放置された鉱物に向き合うように胡坐をかき【解析】を実行するためのイメージを固めることにする。
イメージするのは、今朝の祝魔の儀だ。
そこで見た父の魔法【鑑定】。
感知能力が敏感だったせいか、父の魔力が顔周辺に集まったことが感じられた。
つまり、眼に魔力を集める。
【循環】の練習はしていないが、漫画知識を応用すれば基礎的なイメージは出来る。
目を閉じて今朝の感覚を思い出す。
次第に腹の底が熱くなる。
そこから心臓から顔、熱が移動してきた。
ここからはイメージの構築だ。
構築するものは眼鏡。
それも、英国紳士に似合いそうな片眼鏡をイメージする。
眼窩に嵌め込み、俺の解析活動を補助するような代物を。
目の前の鉱石物の周りに、所々靄が掛かり始めた。
もっと、もっとだ!もっと集中しろ!鮮明に形をイメージするんだ!
顔が熱くなる。
靄は少しずつ晴れはじめ、残ったものが形作られてきた。
魔力で溜まった顔の熱が、一瞬で冷めた。
失敗したか!?
一瞬の戸惑いで鉱石物から視線を外す。
すぐにまた、目標を捉える。
【解析】
■ ■
・鉱物名:鉄鉱石
・特性:堅性。武具・防具加工に適性あり。
・含有鉱石物:酸化鉄 73%
鉄 15%
ブラウンライト 8%
メタルアイアン 4%
■ ■
ハッキリと見えた。
人生初めての魔法発現の瞬間だ。
「よっ、よっしゃああああぁぁぁぁああぁぁぁぁああ!!。」
この瞬間を5年間待ち望んだ!。
跳び上がった勢いのまま、隣室への扉を蹴破り、事態が掴めないフラムベリカに詰め寄った。
「フラム姉、フラム姉!。鉱物名は鉄鉱石!。特性は堅性。武具・防具加工に適性あり!。含有鉱石物は酸化鉄73%、鉄15%、ブラウンナイト8%、メタルアイアン4%!。」
「おっおちつけ、落ち着くんだユーリ!?。いま、今確認するから。」
蜂に刺された馬のように暴れる俺をフラムベリカがどうどうと宥め、カンニングペーパを確認し、一瞥終えると、俺の方を向き直り、二カリと笑う。
「おめでとう。魔導師ユークリスト・スノウ・グリバー。魔法童貞卒業だ。」
「よっし!。トーラス兄、フラム姉ありがとうございました!。」
「正直言って、ここまで早いとは思わなかったよ。最低でも一ヶ月は掛かるとみたが、さすがだねユーリ。」
「ああ、ユークリスト、よくやったな。」
「はい!。」
優しく、しかし、力強く、トーラスが頭を撫でてくれた。
ここから、ここから俺は始めるんだ!
ーー
フラムベリカの私室から出ると、外は既に日が落ちていた。
こんな時間まで部屋に籠っていたのか。
バレットとルルティアは、カイサルに稽古をつけて貰っただろうか。
部屋の外には、トーラスの専属侍女であるカミーユと、フラムベリカの専属侍女であるセシリカが立っていた。
カミーユは、母親であるオリバをそのまま若くしたような優しい人相で、ニコリとこちら笑いかける。
栗色の髪は首の根元付近で綺麗に切り揃えられ、服はノーマルなメイド服。
カミーユは母親であるオリバとは違い【治癒術】の魔法に適性はないが、幼い頃にトーラスの専属侍女として指名を受けてからずっと次期後継者の侍女としても教育を受けてきた。
大らかな性格の努力家で、俺にとってのルルティアのような存在になっている。
佇まいに年齢以上のものを感じる。
「ユークリスト様、お疲れ様でございます。」
「カミーユもお疲れ様。セシリカも。」
セシリカの容姿は、黒髪の清楚系美人であり麗人という言葉が似合う。
服装はメイド服というよりも、通常貴族令嬢の装いを、機能性重視の改良をしたデザインになっている。
フラムベリカのメイドだから何でもありだ。ホントなんでもありだ。
「いやー、どーもっす坊ちゃん!。どうでした?、特異魔法の方は。」
口を開かなければ、完璧人間だ。
「苦戦したけど、最初の魔法は使えるようになったよ。」
「ほえぇ、今日始めたばっかなのにすごいっすねぇ!早すぎじゃないっすか。いやぁ、トーラス様の時なんて、そりゃあもうお嬢がどうしようかどうしようかと悩んでらっしゃいましたしねえ。」
セシリカはフラムベリカの専属侍女として、多数の言語能力を持っているマルチリンガルだが、それ以外の侍女としての能力は低い。
短絡的な態度の楽観主義者のお調子者というのが第一印象で、その評価は5年間変わっていない。
感心したように俺を褒めるが、さりげなくトーラスをディスっている。
「セシリカさん!‥‥‥トーラス様に対してそのような物言いはどうかと思いますよ!」
「いや、大丈夫だ。カミーユ。」
「そうですか?‥‥‥‥なら私も大丈夫ね!」
束縛から解放されたように二カリと笑うカミーユ。
トーラスとフラムベリカとカミーユは幼い頃からの気心知れた仲である。
周囲の目がないときや、身内だけで会話するときなどは、トーラスの第二の姉として、良き相談役、良き世話焼になり次代の帝国筆頭公爵家を支えている。
こうなった時の彼女は食堂のおばちゃんみたいだ。
「それにしても、ユーリ様。今朝祝魔の儀を終えたというのに、もう魔法を使えるようになるなんて素晴らしいですね!」
「ありがとう、カミーユ。それで、父様達はどこかな?」
自分のことのように手放しに喜んでくれるカミーユ。
この人もトーラスが努力する姿を後ろから見てきたんだろう。
しかし立ち話もあれだし、今は腹が減っている。
魔法を使うと腹が減るのか?
「旦那様は、今執務室にいらっしゃいますよ。マリアンヌ様は週末に開かれるパーティーの準備に、バレット様とルルティ様は稽古を終えたので、今は着替えにいってますわ。」
「そっか、ありがと。後そうだ、晩ご飯っていつ頃か分かるかな?」
「ああ、それなら、もうそろそろ準備が出来るって言ってたっすよぉ。」
飯の単語に隣のセシリカが反応する。
よく見たら裾の辺りにシミがついてやがる。
こいつ、つまみ食いしやがったな。
「わかったよ、それじゃあ兄様姉様、僕は父様達の所に行ってきます。」
「ああ、わかった。」
「それじゃあ、夕飯の時ね。」
兄姉達と一時的に分かれ。
階段を駆け上がり、父が業務をしている執務室に向かった。
ーー
「‥‥‥‥迷ったな。」
5年も住んでいるというのに、未だこの屋敷の全てを把握できていない。
正直赤ん坊の時は甘く考えていたが、領都【カトバルス】にあるグリバー家の屋敷は、ミニチュア版モン・サン=ミシェルみたいになっている。
どこかの国王の居城と言われてもあっさり信じてしまうほど。
聞いた話によれば、グリバー家の屋敷は帝国筆頭公爵家の中で一番小さく、帝都にある帝城オルウェスクは、ここ領都カトバルスよりも巨大らしい。
大陸中を探せばどこかにピラミッドやら前方後円墳があるかもしれない。
しかし、フラムベリカに誘拐されているときに、もっと詳しく周囲を観察しておけば良かった。
「さて‥‥、ここは一体どこだ?」
一旦来た道を戻ってみようか。
いや走ってきたから、それも覚えていないな。
周囲を見渡してもここがどこか分からない。
この時間帯に屋敷を歩き回っている使用人達は居ない。
「うっ‥‥、そろそろ、ヤバいな。」
初めて魔法を使った反動だろうか。
強力な睡魔に襲われた。
壁際に移動して、手で身体を支えながらよたよたと移動する。
目眩がしてきた。
「誰かが見つけてくれるだろ‥‥‥‥。」
もたれ掛かり座り込み、ゆっくり瞼を閉じた。
自分に近づく足音に気づく前に。
ーー
次に目を覚ましたときは、身体は揺られ、肌寒く、かなり寝心地が悪かった。
動こうにも動けない。
手を縛られている。
ふむ‥‥‥‥どうやら本当に誘拐されたようだ。
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