第四十九話:想っている、想ってはいる。
お久しぶりでございます。
これから少しずつ更新していきたいと思います。
期待せずに見守りください。
「スティアは、別に俺の事なんて好きじゃないんですよ。」
ユークリストが打ち明けた気持ちを、陰で聞いている者がいた。
理由は一つ、ユークリストという人間を見定める為、その人間性を見極め有益な人間かどうかを判断する為である。
万が一にも危険な人間だと判断した場合は、真っ先にこの屋敷から抜け出せるように。
シンヨウスルナーーーマタウラギラレル
先程まで鳴りを潜めていたドス黒いナニカが耳元で囁き唆す。
ヤツハキゾクダーーーコロセ、コロスンダ
今までは、その声に従って敵を殺してきた。
今までは、それで上手く行ってきたのだ。
しかし今回に限りその声に従うには、この屋敷は些か危険すぎる。
戦闘行為は御法度である、しかし此処に来た目的だけは果たさなければいけない。
そんな事を忘れて聞き入ってしまうほど、その言葉は彼女にとっても衝撃的だった。
ーー
夜風が服の隙間を通り過ぎていく。
「何を言ってるんだ?あの子は、スティカリリアはお前の事が好きだろ?傍目から見ても、重症に思えるほどな。」
俺はフラムベリカに胸の内話している。
俺がスティアについて思っている事を。
「ええ、確かに傍目から見ればスティアの好意が僕に向いていると思います。僕だって馬鹿じゃないですからね、スティアに好かれている事ぐらい分かってますよ。」
初めは分からなかった、あの子の境遇とかから所以する距離感かと思ってたけど、日常を重ねるごとに段々と、あの子の気持ちが俺に伝わる様になってきた。
そりぁ、俺は前世でまともな恋愛なんてした事ないからさ、初めは結構嬉しかったし、スティアとどういう付き合い方をしていこうかなみたいな妄想に耽ったりしたこともある。
「なら、何故あんな事を言ったんだ?」
「あの子が好きなのが僕ではなく、あの日スティアを助けた白馬の王子様の様な僕なんですよ。」
それが、とても嬉しかった。
それが、とても悔しかった。
「それは、どちらもユーリなのではないか?実際、あの子を助けたのはお前だ。」
「そうですね。例えば、奴隷の女性と貴族の男がいたとしましょう。貴族は奴隷の容姿に一目惚れ、これは運命の出会いだ、と言って奴隷に近づきます。初めは難色を示していた奴隷の女性も、次第にこれを快く受け入れ、二人の間に子供まで産まれました。二人は仲睦まじく、身分の差を乗り越えて幸せに暮らしました。ーーーさて、これは純粋な愛でしょうか?」
こんなの何にもならない屁理屈に過ぎない。
そんな事は分かっている。
フラムベリカが少し間をおいて答えた。
「答えは『無い』だな。貴族の阿呆が何を考えているかは知らんが、奴隷からしてみれば身分を傘に着たレイプも同然だ。」
「その通りです。」
「しかしそんな状況でも、慣れてくれば愛情というのは芽生えてくるものだ。初めは嫌がっていた奴隷の女も、回数を重ね快感を味わうにつれて、ひいては子供を授かるなんて事になれば、それは愛情に変わっていくのではないか?」
フラムベリカの意見は、他人に寄り添うというより客観的だ。まあ、例え話に寄り添うというのも変だと思うが。
「それに、お前がスティカリリア対して想っている感情は、そんな下賤な感情では無いと思うぞ。」
俺にとっては、一緒なんだよ。
「話をその女性に戻しましょう。彼女が貴族の男を受け入れた背景として、二人の身分差や閉塞的な環境である事、そして女性に其処以外の行き場が無い事があげられます。」
突然の事だった。
普通の日常で、幸せに浸っていたはずの少女が突然の悪意に晒されて、一人で生きていく事になったんだ。
俺と会ったのは運が良かっただけ、それだけがあの子とこの話の女性の違いなんだ。
「公爵家の三男と、虐殺を逃れ行き場を無くした少女の関係は、きっとこれよりも酷いものなのではないでしょうか。」
「確かにそれは、お前の言う通りかもしれんな。しかし、二人の背景だけを見るとそうなるだけだ。なんせ、この関係に於いて決定的に違っているのは、スティカリリア自身からお前に好意を持っているという点だと私は思うぞ。」
まあ、その点だけは違うと思ってた。
ただ、そんな違いは微々たるもので俺にとっては無いに等しいのだけど。
俺の存在があの子を救ったかもしれないけど、今は俺の存在があの子の心を縛り付けているんだ。
「それは、ただ俺があの時スティアを助けたヒーローだからですよ。まあ、実際は途中でぶっ倒れて父上が助けてくれましたが。」
「それでも、僅か五歳のお前が成し遂げた事だ。他の人間なら一目散に逃げ出しただろう。そして、そんなお前を見たからスティカリリアがユーリに好意を持った。ごく自然の経緯だろう。」
確かに、これが真っ当な八歳児だったならこんな悩まずに済むのかもしれない。
頑張ったご褒美に美少女が自分を好きになってくれるなんて、文句のつけようがないからな。
ただ違うのは、立ち向かったのは五歳児ではなく中身が成人している前世持ちの子供って事なんだよな。
「どこにも行き場の無かった少女が、悪者に捕らえられた所で白馬の王子様に助けられた。それが更に、スティアの心を縛る事になったんですよ。」
「・・・・・・」
「今日スティアに話をしてみたんです。天翼族の人達と旅に出ても良い、と。あの子が外の世界を知る事が出来る良い機会になる、と思ったからそう言ったのですが、泣きつかれてしまって。終いには『捨てないでください』って言われてしまいましたよ。それで確信したんです。スティアが僕に向ける好意の根底にあるのは、一人になる事の恐怖なんだって。この先、いくら僕の事を好きになったところで、その気持ちが払拭される事なんてない。そう気づいたら、もう無理なんです。あの子の根底にある恐怖に目を背けて、その手を取って愛し合って、そんな後ろ指を指されながらあの子と一緒にいるなんて僕には出来ないですよ。そんなの、僕が望む愛情の形じゃないんですよ。」
あの子が抱いている気持ちは『依存』だ。
俺と共にいる事で、自身の心の安定を保っているだけに過ぎない。それを知っているのに、スティアの気持ちにつけ込む事なんて俺には出来ない。
あの子にはあの子の人生があって、それが俺に支配される様な事はあってはいけないんだ。
傷ついた分、幸せにならないといけない。
傷つけられた分、沢山の人から幸せを貰わないといけない。
俺のそばにいると、全て叶わなくなってしまう。
俺といるという事は、貴族社会に足を踏み入れるという事だ。まだ子供だから経験していないだけで、これから様々な事を経験する事になるだろう。
それにウチは軍家だから、戦場を回る事になるかもしれない。
大切な人を失う事になるという気持ちを、またスティアに味合わせる事になる。
だから俺は、あの子側にいるべきではないんだ。
あの子が自分の人生を歩む為の準備を、此処で出来ればそれで良いんだ。
なんて立派な事を言ったが、俺が抱えているこの気持ちはもっと別の、低俗で最低なものだ。
俺は、俺自身を好きになって欲しい。
俺という人となりを知って貰い、俺を好きになって欲しい。
分かっている、それが叶わない事ぐらい。
「愛情の形か、ならばお前が望む物はこの先一生手に入らないかもしれないぞ。我々は貴族だ、そして貴族の婚姻に愛情なんてものはない。当人同士の愛よりも各家の利を重視されるからだ。父と母のような関係は極めて稀なんだよ。」
俺がどれだけアホな事を言っているのかは、分かっているつもりだ。
貴族に生まれた以上、この世界で一定水準以上の恩恵を受けて生活している以上は、自分の意思で決定できない事なんて山ほど存在する。
「分かっています。このままスティアの気持ちに応えることが、多分一番いいんです。」
相手の瞳を見つめるだけで好きが伝わってくる。
そんな人が傍にいる生活が、こんなに幸せな事なんて前世の俺は知らなかった。
ただ、どうしても思ってしまう。
この子が好きなのは、これから俺と出会い好意を持ってくれる人間は、俺の事を見て好きになってはくれないのだろうと。
この容姿と噂と、そして家柄を考慮して選ばれるのだろう。俺の事なんて見ることもないのだろう。
どうしようもない、前世で女性と碌な関係を築く事ができなかった情け無い俺の事なんて好きになってくれないよな。
今の俺じゃない、前世の俺を好きになって欲しいと考えるのは、浅はかで強欲で不可能なことなんだろうか。
ああ、結局こうやって、情けない俺が顔を出す。
俺に恋をしてくれる少女の気持ちを踏み躙って、劣等感によって構築された俺が自己主張を始める。
結局俺は、どうしようもない人間なんだ。
転生なんて二度目のチャンスを貰いながら。
この世界におけるアドバンテージを貰いながら。
自分を受け入れてくれなんて、何の努力もせずに願っている。
ーー
フラムベリカが離れ、ユークリストは一人屋上の上で星空を眺めていた。
それが何を思っているのか、彼女には分からなかった。
「お望みの話しは聞けましたか?」
「・・・・・・」
また、あの女だ。
その悍ましい空気と、凛とした声。
相容れない矛盾が同居する様なこの女。
今もこうして、見透かす様にこちらを見ている。
分からない、今もまだ抑え込んでいる獰猛が自分の耳元で囁いている。
ここまで来て、結局自分は何がしたかったのだろう。
「わからないーーーただ、いまは、あの惨劇を乗り越えたスティカリリア様が巡り会えたのが、あの少年であった事に、感謝している。」
彼女自身も、その惨劇を乗り越えてきた。
自身の道のりに、光を見出して歩んできた。
ユークリストに会って以降スティカリリアに起こった事は、幸運としか言いようのない出来事の連続であったかもしれないが。
それは、スティカリリアを探す為に自らを悲劇の中に置いた彼女にも言える事なのかもしれない。
「お仲間も、ここに呼んでみたらどうっすか?」
ニカッと笑ったセシリカの提案を、ウルミアは考える事にした。
ーー
結局、俺は何がしたかったのだろう。
大した答えを出す事もなく、女々しくも自分の気持ちを優先したいだけの情けない男だ。
「あー、どうするかな畜生が。」
『ちくしょーってなにぃ?』
「嫌いなやつって事だよ。」
一夜明けた次の日、俺は馬になったロキに跨って鍛冶屋街を歩いていた。
俺の新しい防具のデザインが決まったそうなので、ウォードルの鍛冶屋へ向かっているのだ。
まあ、決まったかどうかは分からない。
今日来てくれとウリスに言われたから、こうして来ているわけだ。
まあ、そんな事よりも俺の頭は別の事でいっぱいな訳だけど。
どうするべきか、俺に何ができるか、なんて事を色々考えても無駄だっていうことはわかっている。
俺に何か出来る問題じゃないし、仮にこれを解決するとなると確実にスティアを傷つける事になる。
つまり、これは俺の問題だ。
あの子の気持ちから目を背けて、これからも生活していくか。それとも、あの子を傷つけて嫌われるリスクを背負いながら、向き合っていくか。
単純な二択、だが選べば引き返す事はできない。
ウォードルの工房についた。
八歳児の子供が開けるには重さがある扉に手をかけ、少し身体能力を上げてから開けるのがコツだ。
「待ってましたユーリ、こんなデザインはどうですか?」
ウリスの部屋に案内されて開口一番、ウリスは自分が考えた防具のデザイン案を見せてくれた。
「うん、うん、すごいね。良いと思うよ。」
いくつかの案が書かれている紙を見ながら、俺は感想を告げていく。
「えっとえっとね、こっちの案は、エレクシア王国の軍服を参考に描いた機動性重視の設計になってて。」
エレクシア王国は、三百年前オルトウェラ帝国北東部辺りにあった国で、戦争で勝った末に帝国に吸収された。
「んでんで、この設計はリクラスヴェン聖教国で使っていた修道着を参考に、ゆったりとしたシルエットで杖とか魔道具とかの収納も付いてて。」
リクラスヴェン聖教国は、帝国建国期に滅ぼした大陸中央部に影響力を持った宗教国家だ。
「それでこっちは、ナベロ民族が踊りの時に使う儀式用の衣装をアレンジして設計描いたの。公爵家の華々しさとか、そういうのを演出できるかなって。」
ウリスの解説は続いていく。
こういうのを聞いていくと、自分の服飾への興味関心が薄い事がわかる。
ウリスの説明の殆どがわからない。
いや、図で描いてくれているから大体の想像はつくんだけど、ウリスが設計に込めたアイデアとか拘りとかは、言葉で説明されても今ひとつだ。
ただ、情熱を持った人間が話すトーンと言うのは聞いてて気持ちが良いのは確かだ。
こういうのが、きっと正解なんだと俺は思う。
それぞれが、自分のやりたい事をやれるという事こそが、俺にとっての正解なんだ。
俺は一度検討する事をウリスに伝え、後日の約束を取り付けて工房を出た。
ウリスの情熱を前に、他に気が散っている今の状況が少しだけ申し訳なくなったのだ。
ーー
ユークリストが鍛冶屋街へ向かい、スティアはウルミアと魔術の練習を、ルルティアと共にやっていた頃。
公爵家の敷地内にある騎士団専用の訓練場は、まるで獣に蹂躙されたかの様に荒れていた。
「な、なぁ。そろそろ辞めようぜ?これ以上は、お互い大事になりかねない。わかるだろ?ーーー」
訓練場に転がる夥しい数の騎士達の姿を見た別の騎士ーーーユークリストが三歳の時分に初めて見学した訓練でワグと対戦した男ーーーダッケインが、この光景を作り上げた本人を宥める。
「ワグ。」
訓練場の中心で片膝をつき肩で息をしながら、空を睨みつけるワグ・ソトゥン。
身体中の凡ゆる場所に生傷を作り血を垂らしている姿は、この場に転がっている騎士達よりも壮絶である。
彼は憤っていた。
他の誰でもない自分に、不甲斐無く力が足りない矮小な自分に対して、彼は憤っていた。
彼がユークリストを己が主人と決めてから三年程の時間が流れようとしていた。
しかし、その間にワグがユークリストの為に上げた成果は、未だ一つもない。
焦りを感じながらも、この三年間で積んできた鍛錬のお陰で強くなっている自覚はある。
自覚だけはあるが、実感がない。
実感がなければ、それは無に等しいのだ。
自分より強大な敵と戦い勝利したわけではない。
死線を潜り抜けるような経験をしたわけでもない。ただ、漫然と鍛錬の日々に浸っていただけ。
そんな折にレーメンでの誘拐事件が発生し、その救出の際ワグはナーベリックと対峙した。
結果は惨敗、とワグ本人は思っている。
ナーベリックが操る二体の人形に対して殆どが防戦一方、攻勢に出てからやっと人形の一体を壊す事に成功しただけ。
当のナーベリック本人は一切前線に出ず、ただ見物していただけ。
何も出来なかった、何も通用しなかった。
自分のやってきた事は間違いだったのだと、ワグは自分の不甲斐なさを責めた。
そんな自分とは対照的に共に救出に入ったアルマンは、常人の壁を破り才人の領域に足を踏み入れた。
そして自分の主人であるユークリストも、鎖の狩人の幹部を倒した。
自らのこれまでを否定するように、周りが結果を出して前に進み始める。
自分だけが、前に進めず取り残されていた。
せめて精錬気だけでも、それさえあればと考えアルマンから聞いた経験を元に、自分を極限まで追い込むような訓練をしての、現在である。
「くそっ・・・」
『せめてこの辺りに東武流を使える人がいればね。ワグの鍛錬にもなると思うんだけど。』
そう言っていたユークリストを思い出し、ワグは空を見上げる。奇しくも、それは東の空だった。
彼の原点となる、遥か遠くの故郷を。
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