第四十七話:翼がなくともこの脚で
私は、六年前あの忌まわしき奴らが起こした虐殺の生き残りだ。
私は天翼族自治区内の治安維持に従事していた。
貴族が送っているような裕福で贅沢な暮らしではないが、自然が豊かで笑顔に満ちた幸せな生活を送っていた。
そんな生活を守りたくて、私は天翼族内の治安維持部隊に志願し、己を磨き続けた。
しかし、入隊したは良いが私は要領が良い方ではなく、同僚達に様々な迷惑をかけてしまっていた。
戦闘訓練では躓いた拍子に手放した槍が他の同僚の鼻を掠めた事があり、隊長が特別措置として個別訓練を組んでくれた。
自分の周り半径二尺ほどしかモノを知らない私に、外の世界の事を教えてくれた賢い先輩。
女っ気の無い私に着飾ることを教え、整え、気品を備えさせてくれた後輩。
隊員分の食事を作る際は、私に代わり食事を作るだけではなくどうすれば良いのか教えてくれた同期たち。
そこで私は成長する事が出来た。
彼女等との思い出は、暗闇が立ち込める私の心の中で唯一の光だ。
他にもラインハルト様の友人である御仁から素質を見出され、武術の心得を教えて貰う事もあった。
自治区の治安維持の業務に従事していると、当然スティカリリア様のご両親とも面識がある。
天翼族は先天的に女性の方が魔術能力に優れていて、本来ならばアスティリア様の方が強いはずだったのだが『好きな人に守って貰えるのは女の特権よ。』と言いながらラインハルト様に無理難題を押しつけていった。
その難題によってラインハルト様は、日を重ねるごとにボロボロになり身体に巻く包帯を増やして、またある時は一ヶ月以上帰ってこない時もあった。
帰ってくる度に雄々しく、逞しくなっていき、それに拍車をかけるようにアスティリア様の要求は高くなっていた。
自治区の誰もが、前族長でさえやり過ぎだと諌めて止めようとする中ただ一人、ラインハルト様だけはアスティリア様の要求を呑み、再び強くなって帰ってきた。
そんな二人の姿を見て、最早誰も口を出すことなど出来なくなり、やがてその光景を受け入れ始めた。
それが我らの日常であり、そんな二人の子供だからこそ、スティカリリア様は自治区の大人達に愛され、その将来を見守られてきた。
族長である二人の家族を始め、我々は幸せな時間を過ごしていた。
あの事件が起きるまでーーー
突然の事だった。
何の前触れもなく火矢が放たれ、子供達の遊び場を刃物を持った悪漢共が踏み潰した。
『主に仕える我等の安寧を為』奴等はその言葉を繰り返しながら、逃げる同胞の背中に槍を投げ、捕らえた同胞の翼を刈り取った。
焼け落ちる我らの理想郷、晒される同胞の屍。
頭の中を同胞の悲鳴が木霊し、私は慟哭を上げながら敵を殺した。先の事など考えなかった、他人の事さえ考えられなかった。ただ只管に敵を殺して、殺し尽くすまで止められなかった。
私と共に戦っていた同僚達は、気づけば私を残して地面に伏していた。
私より強かった隊長も。
知識に溢れた先輩も。
美人だった後輩も。
料理が教えてくれた友人も。
皆、私の前で死んでしまった。
そして蝿のように聖教の連中が死体に群がり、その両翼を切り落としていく様が、まるで鳥を狩る狩人のように見えた。
その途端に自分達が、家畜以下の何かに成り下がったのではないかと錯覚し、私は恐怖に駆られ逃げ出してしまった。
怖かった、私よりも優れていた同僚達があの様な扱いを受けている事実が、私には耐えられなかった。
それから私を追って来た者共を殺し、その血の跡を追って来た者共を殺し、更にその次も、その次も、私が殺した者共の血で出来た道標が、私に追っ手を差し向けてきた。
何人の敵を殺したのか覚えていない。
何日間、死に浸かっていたのか覚えていない。
ただ、早く終わって欲しかった。
自分の手で終わらせても構わないと思うほど、私の心は荒み、衰弱していた。
連中の追撃を躱しひと段落着いた時、この命を断とうと考えた。同胞もいない、行く道は敵ばかり、そんな世界で生きていたって、何の意味もない。
自分の首に刃を当てた瞬間、頭に浮かんだは我々の日常だった。
つい先日の事なのに幾年も前の事の様に感じられたのは、あれがもう二度と戻らない日常であると本心で気づいていたからだろう。
我々の故郷、我々の理想郷、我々の未来。
ーーーアスティリア様は、ラインハルト様は。
スティカリリア様はどうなっただろうか?
あの自治区では、あの方達の死体は見ていない。
我々が逃したのだから当然だ、しかし御三方を追って聖騎士まで出張って行くのをこの目で見た。
まあ、ラインハルト様がいるのであれば安全だろう、あの方は天翼族の中で一番強い。
あの方が参加した戦線は、例え少数の部隊であろうと劣勢を覆し、皆を勝利に導いてきた。
個人としても、大陸剣議席に名を連ねるほどの武勇を備えていて、正面から我々が聖教国とぶつかったらまず負けるなんてあり得ない。
だからこそ、聖教の連中は卑劣な不意打ちによる虐殺を選び、我々の勢力をここまで削ぐことに成功したのだ。
だかもし、ラインハルト様に万一の事が起こってしまった場合、アスティリア様とスティカリリア様だけで生き延びることができるだろうか?
あの二人が捕まってしまえば、その容姿から将来性から、何よりその血を利用するために蛆虫どもが湧き出し群がるかもしれない。
そう考えた瞬間から、安らぎに満ちた記憶たちが火の着いた紙のように焦げ出し、燃え滓になって消えてしまった。
行かなければ、あの方達の安全を確かめなければ。そうじゃないと、同僚達が報われない。
安全であれば良い、そこに私が居なくとも。
安全だと分かるまでは、まだ死なない。
その時私は立ち上がり、再び歩き始めた。
まず、初めに背中に生えている翼を刈り取った。
身元を隠しながら行動する上でこの翼は、邪魔でしかないからな。
当然だが壮絶な苦痛が伴った。
他人の手ではなく、自分の手で自らの一部を切り取らなくては生きていけない屈辱に耐え切れたのは、きっと今も何処かで生きているラインハルト様たちを思う事が出来たからだ。
次に頭の毛を全て剃り落とした。
母が手入れをしてくれた髪、友人が綺麗だと褒めてくれた髪が、これからの旅では足枷になると判断したからだ。
いつの日かこの苦痛と屈辱が晴れると信じ、切り落とした両翼と蒼髪が燃え尽きるのを最期まで見届けた私は、ラインハルト様達の足跡を追う為に動き出した。
ラインハルト様たちを探す道中、私は天翼族に纏わる噂を全て集め、情報の可否に関わらず全て私の自身の目で確かめていった。
そう言えば聞こえはいいが、要は情報を精査する頭がなかったのだ。
簡単な情報から不確かな情報まで、現地に足を運び確かめる、これをひたすら繰り返してきた。
聖教国内の有力者が天翼族の奴隷を持っていると聞けば、その情報を確かめると同時に有力者の首も持って帰ってきた。
帝国内で天翼族が捕まっていると情報を聞けば、救出と一緒にその村を焼き払った。
私の事が噂になり始めたら、身元を隠すために修道女の服を纏って活動を再開した。
奴等に奪われた人生を取り戻す為、奴等の権威に守られながら進んでいく屈辱に耐える日々は、同胞を解放できた事による安堵で和らげる事が出来た。
そして今に至るまでも様々な場所で同胞たちを解放し、小規模だが組織を組んで活動すしている。
レジスタンスと言えれば聞こえはいいが、今は自分たちの身を守る事で精一杯だ。
勿論、全員が全員を助けられた訳ではない。
既に亡骸になっていた者たちもいる。
自分が受けた仕打ちの影響に耐えきれず、自決を選ぶものもいた。
そうでなくとも、生きている者の寝床から毎晩聞こえてくる啜り声を聴きながら眠る日々が続いた。
そんな生活を続けていても、まだラインハルト様たちの姿は愚か、噂すら聞こえる事はなかった。
助けた相手が意中の相手ではない、この肩透かしを食らったような気持ちを、助けた同胞が述べる感謝の言葉で紛らわした。
自分の行動は間違っていないのだ、と自分の慰めながら敵を殺し、同胞を救い続けた。
そんな生活が二年ほどたったある日、帝国北部内にある一報が報じられた。
ー帝国北部内に存在する天翼族を保護するー
帝国北部を総括管理しているグリバー公爵家の当主、カイサル・スノウ・グリバーが発令したらしいコレは、私にとって好都合だと思った。
今まで影に隠れながら行っていた活動が、日の下で堂々と出来るのだと思ったからだ。
私は早速、天翼族を匿っているという噂が流れていた貴族の元へ向かった。
この貴族は好色家として名が知られており、帝国人以外の様々な異種族を妾に迎えていた。
修道服に身を包んだ私は、公爵家が発令した天翼族保護に感銘を受けた修道女という設定で貴族を説得しようとした。
貴族自身、自分が同胞を所有しているなんて口が裂けても言える訳がなく、捜索に尽力しようと言ってその場はお開きになった。
しかし私は、その貴族の衣服に同胞の髪が一本、肩のところに付着しているのを見逃さなかった。
その貴族は、私から漏れ出た殺気に気付かなかった。
奴等が隠している事は腹立たしいが、私は待つことに決めた。
それは奴等貴族には、自分より上の人間の言うことには絶対に従う慣習があったからだ。
奴よりも爵位が上である公爵が発令した事ならば、奴も家族として従うだろう、と考えたのだ。
まあ、それは聖教国でも見られたが、あそこは神の言葉を受けた神子が祭事を取り纏める。
この帝国のように、ただ遠い祖先の功績の上に胡座をかいているのとは違うのだ。
まあ、神の存在など信じていないが。
神がいるのなら、私達が仕打ちを受ける前に止めていたはずだから。
貴族は結局、同胞を解放することをしなかった。
警告は一度で十分だろう。
ただ奴を殺せばこの辺り一体での活動が難しくなってしまう、出来るだけ穏便に済ませよう。
いつも通り支度をして、奴の邸宅に忍び込んだ。
警備は手薄で、余りにも平和ボケしていた其処で、その地下で、私は同胞の亡骸を見つけた。
まだ温かく、血が流れ出している途中だった。
まだ息があると勘違いしていた私は、その傷口に手を当てて『大丈夫だ』『助けに来たぞ』と、同胞を勇気づける為の言葉を投げ続けた。
返答は返ってこず、代わりに私が上げた声に惹きつけられた連中が隣の部屋から、上の階から駆けつけてきた。
私を見た貴族の男は、訳がわからずといった様子で数言喚き散らし、手勢の連中を嗾けようとしていた。
この男は、天翼族を奴隷にしていた事実を隠蔽する為、同胞に手をかけたのだ。
私がコイツの元に現れたから?
私が貴族の慣習などを信じて猶予を与えたから?
私が自分以外のモノに対して期待したから?
血濡れた両手越しに、同胞の血溜まりで出来た自分と目が合った。
ー修羅となれ。この道を歩きたくば、阻む者全てを踏み躙って進めー
あの事件以来、私の精神を均衡に保っていた怒りと悲しみが混ざり合い、別の何かが顔を出そうとしていた。
『わっ、私だけではない。他にも特殊な趣味を持った人間たちが集まる会合がある!!』
己の騎士や供の死体で出来た床の上で、貴族の男が懇願する様に私に差し出した情報を元に、私は新たな場所へ向かった。
そこは北部と帝国中央領の堺にある街で、賭博場や娼館が大々的に運営されており、その一角にある違法動物を扱っている店の地下で開かれる格闘技場で、それは行われているらしい。
警備は厳重、守る範囲が広いようで狭いそこは、私の腕では忍び込む事が出来なかった。
私はまず地下格闘技場に忍び込む為、闇市に足を踏み入れ金髪の偽髪とそれに似合うドレス、数品の宝飾品を購入した。
こうやって自分を着飾る事なんて幾年ぶりだろうか、と鏡に映った自分を見て思った。
あの時教えられた事が、こうして生きているのだ。何故かこんな時に同僚たちの存在を感じ、感慨に耽ってしまう。
大丈夫だ、みんなの想いは私が受け止める。
みんなの勇姿は、私が知っている。
私は、自分の任務を全うする。
その後、私は闘技場に出入りできるコネを持った貴族に近づき、地下に入る機会を得た。
ベタベタと腰に手を添えられ、汚い息を吐きかけられても、それを辛抱するだけのモノがあると信じて、私は階段を降りた。
地下の闘技場では、東の戦士と獣之族が殴り合いを演じていた。本当に演じていたのだ、観客はそんな事にも気付かず歓声と金貨を撒き散らしていた。
『見せたいコレクションがある』闘技に飽きた様子を見せた私を見た男がそう言って、奥の部屋に案内した。
扉を開けてまず初めに飛び込んで来たのは、鼻腔に広がる幻覚作用の薬物の匂いだった。
中に入ると、薬物に思考を汚された人間達が酒池肉林の乱痴気騒ぎに興じていた。
悍ましい、私が生きてきた環境とは比べモノにならないほど醜悪に歪む人間の顔。
こんな場所が地上に存在して良いわけがない。
男に伴われるまま私は歩を進めた。
そして、肉壁と煙の奥にあるソレを見てからーー
ソコニアッタノハヒツギダッタ。
ガラスバリノ、ヒツギノナカデ
レイトウショリヲサレタ、
ソノヒトヲ、ミタシュンカン、
アノヤシキイライ、ワタシノナカデ、
メブキハジメテイタソレガ。
牙を剥いて、顔を出した
「アスティリア様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
鬼哭を上げながら隠していた短剣を取り出し、近くにいた男の股間から胸にかけて大きく切り裂く。
そして、周りがそれに気づく前にもう一つの短剣を取り出し、近くにいた男共の首元を正確に突き裂いた。
近くにいた女が奇声を上げ、周りが事態に気づいた時には、既に私の周りには五人の死体が転がっていた。
キサマラーーーイキテデラレルトオモウナ
事態に直面し慌てて声を上げようとしていた男の顔に短剣を投げつけ、それを抜きながら近くにいた男の首を裂いた。
剣を持った男が二人、躊躇なく踏み込んで切り掛かって来たが、それを躱して急所を狙えるだけの冷静さが私の中にはあった。
可笑しいな。
これほど激情に駆られてながら人を殺しているというのに、今までで一番頭が冴えている。
私に殺される人間の顔が鮮明に映っている。
クククーーーハハハッハハハハハハハ!!
アスティリア様、貴方の元に安らぎを。
もう何人にも辱められない安寧を、貴方に捧げます。
ほんの少しだけお待ち下さい。
いま、貴方の肢体を汚した鼠共を駆除します。
ワガアルジノタメーーーテキヲジュウリンセシ
鼠の血を頭から被り、アスティリア様の御身体を抱えて私はその場を後にした。
当然追ってくる者、立ち塞がる者は全て肉塊に変えていった。
帰って来た私を迎えてくれた同胞達が、私を治療してくれた。
『辛いならやめても良い、アスティリア様だってきっと満足してくださる。』同胞の言葉に、私は言葉を返さなかった。
あそこに居たのはアスティリア様だけ、ならばラインハルト様は、スティカリリア様は何処に?
ラインハルト様がアスティリア様をあの状態で放っておくはずがない、ならば必然的にラインハルト様はーーー
ではスティカリリア様は何処だ?
あの方が、あの子が一人で生きていけるはずがない。
ワレワレヲクルシメルモノガーーーマダイル
そこまで考えて、私は意識を失ってしまった。
翌日皆で話し合い、アスティリア様の御身体は火葬することになった。
いずれ腐ってしまう身体を残す事より、遺灰なら持ち運ぶ事が可能だと思ったからだ。
同胞達から『自分達も戦う』と申し出が出た。
当然私は断った、私のような思いはもう誰にもしてほしくないからだ。
イマサラーーーモウオソイ
しかし同胞たちは引き下がらなかった、彼等も自分達の生活を取り戻すために、私一人が犠牲になる事を是としなかったのだ。
私は彼らを受け入れた。
その瞬間、助ける者と助けられる者という、我々の間にあった曖昧な溝が埋まったような気がした。
コレデーーーカンタンニテキヲコロセル
ここからだ、ここから皆んなで先に進むんだ。
ジュウリンシローーーワレラニアダナステキヲ
待っていて下さい、スティカリリア様。
しかし、それからニ年まともに活動をする事が叶わなかった。
私達が同胞の跡を追いかけているように、私達組織の事を嗅ぎ回っている連中がいたからだ。
奴等は執拗に私たちを追いかけた、私は同胞を守るために連中を殺していった。
その傍らで同胞達に戦い方を教えた。
教えた成果は、私達を追ってきた者を相手に確認した。教えては試し、修正して試した。
皮肉な事に、奴らが放った追手のおかげで同胞たちが強くなる事が出来た。
ー躊躇するな、敵に隙を見せるな。奴等の濁った瞳を信用するな、息絶えて光を失った瞳なら信じても良い。我らを欺く舌を切り裂き、間違いを示すその手を切り落として進めー
私が戦いを教える時、同胞達に繰り返し覚えさせた言葉だ。その言葉に従い、あの優しかった同胞達が両手を血に染めていった。
敵を殺す同胞達の顔に恐怖が消え、怒りが見え始めた、彼らも自分達が受けた仕打ちを誰かに返したいと思っていたのだろう。
自分の様になって欲しくない、しかし私が教える事は、全て私に通じてしまう。
同胞達が時間をかけて、私のような壊れた化け物に変わっていく。
私は、それがとても怖い。
私がこの旅を初めた目的から、とても掛け離れた場所に行き着いてしまうのではないか、と恐怖してしまう。
それから、漸く組織としてまともな戦いができるようになったある日、私の元に闘技場の神官を名乗る女が現れた。
なぜ居場所がバレたのか、その手段などを聞き出そうとし、女はこう答えた。
『我々闘技場の神官は、大陸中に点在している議員の位置を正確に測る古代魔導具を所有しているからです。』
その言葉の意味を理解するのに、時間がかかってしまった。
『貴方の大陸剣議席、議員の就任をお祝い申し上げます。』
あれから、あの凄惨な事件から四年の月日が経ち、私は等々ラインハルト様と同じ領域に足を踏み入れていたのだ。
しかし、本来なら誉れある称号であるはずなのに、余りにも空虚で虚しすぎた。
この二年間、組織を強くすることに成功したが、肝心なスティカリリア様捜索の方は?全く進んでいない。
今この瞬間にもあの方が苦しんでいるのに、何を足踏みしているのか。身動きが取れない歯痒さと、自分への怒りだけが積もり積もっていった。
グリバー公爵家の三男が天翼族の少女を自分の侍女にした、という噂が出回ったのはそんな折だった。
我々は情報の是非を確かめる為に、まずは公爵邸内を出入りしている商人や仕立て屋などを回って、情報を集めた。
一人の時は出来なかった事だ、人数が増えただけでこれほど捗るとは、皆に感謝する。
しかし、その効率に反比例して情報は一向に集まらなかった。
天翼族を侍女にしたという話を聞いた者はいても、その姿を目にした者はいなかった。
そして密偵にいった同胞達からも、確たる物証は見つからなかった。
そんな中、公爵邸内に出入りしている商人の一人が、天翼族の少女を見たという。
『ええ!それは勿論でございます!私は公爵家にお邪魔した際に、この目で見たのです。美しい快晴の空を切り取ったような蒼髪に彩られた可憐な侍女を!!』
軽薄そうに声高に、男が言った言葉を信用する術などないが、それでも確かめる価値はあった。
『?瞳の色ですか?ああ、確かに、そうですね・・・そうだ、思い出しました!確かその少女の瞳は、金色でした!まるで空から地上を照らす太陽のような、輝く金色でした!!』
胸が高鳴った。
スティカリリア様の姿が見えた。
今まで私が歩いてきた道が、同胞達の屍の上に同僚達が繋いできた道が、汚辱と屈辱に塗れたこの旅路が、ここまで歩んできた私の心が、ようやく報われるのだ。
今すぐに、スティカリリア様を救出に行こう。
しかし話し合いの結果、公爵邸に忍び込んでスティカリリア様を救出するという案は否決された。
私は激高し、何故動かないのかと同胞を責めた。
目撃証言だけでは薄く、このまま行動を起こして公爵家を敵に回すことは、我々の活動に大きな悪影響があるということで、皆が反対した。
私は彼らの言葉を飲み込む事ができなかった。
この手は十分血に汚れている、今更何を躊躇する必要があるのか。スティカリリア様が、いま手の届く範囲に居るというのに、何を躊躇する事があるのか。そうか、コイツらはあの惨劇を見ていない、だからこんな悠長な事が言えるのだ。
私は、皆の反対を押し切って飛び出そうとした。
その瞬間、後頭部に走った衝撃と共に意識を失った。結論から言えば、私は同胞達に殴られたのだ。
目が覚めた時、私は同胞達を罵倒した。
何も知らない、ただの傍観者であるお前達に何がわかるのだ、と。貴様らを助けて来た私にこんな仕打ちをするなんて、巫山戯るな。
そんな私を同胞達は、鎖に繋がれた猛獣を見るような目で見ていた。
私がお前達を助けたのに、戦い方を教えたのに、何故そのような目を私に負けるのだ?
意味がわからない、こんな奴らを味方と呼べるのか?
拘束を力尽くで解き、同胞達と袂を分かった。
私を止めようとする同胞達が立ち塞がったが、私の気迫に押され皆が道を開けた。
彼らと共に居たはずなのに。
その為だけに、この道を歩んできたはずなのに。
私には、味方などいないのか。
ハジメカラ、ワタシトアユムモノナドイナカッタ
ああ、その通りだな。
あと一人だ、スティカリリア様。
貴方を救出し、貴方の人生に幸せを取り戻し。
貴方の笑顔を見たら。
ワタシノタビハーーーヨウヤクオワリマス
ーー
グリバー公爵領、領都カトバルス
戦勝祝いの祭り騒ぎが忌々しい此処に、スティカリリア様がいる。
公爵家は帝国の軍を統括している所為か、祭り騒ぎの中でも警備体制がしっかりしている。
一切躊躇してはいけない、この身を鋭い槍と化し一瞬の空白を縫って敵を討つのだ。
万が一敵と対峙する事があっても、私は一切躊躇しない。
そして私は、ユークリスト・スノウ・グリバーと出会った。
噂通りの容姿で、証言通りスティカリリア様は此処にいた。
しかしこの子供は、今まで私が見てきた貴族と違った。
いや、それ以前に奴は私の気に当てられていたのに、その拘束を気迫だけで解いた。
ただの子供が、議員である私の気迫に耐えた?
そんな疑問、今は考える必要がない。
スティカリリア様の事に集中するのだ。
ユークリストから、スティカリリア様の情報を聞き出す。
その様子から、気遣っているように感じた。
ダマサレルナ、コイツモミナトオナジダ
私が今まであった者たちとは違う。
結局捲し立てられて逃げられてしまった。
モウスグダ、ヤツヲツカマエバラバラニシロ
スティカリリアサマヲ、キュウシュツスルノダ
頭の中で、あの時の私が囁く。
アレから只管五感を背けてきた囁きが、大きくなっていく。
それはきっと、終わりが近づいているからだろう。
もう直ぐだ、スティカリリア様を救出し同胞達に預けた後は、私はーーー
夜中に忍び込もうとしたが、厳重な警戒網が敷かれており断念した。
翌日、公爵邸に忍び込み、そしてーーー
ーー
「あ、どもっす〜侵入者さんっで、合ってます?」
コイツだ!!!!
一目見て分かった、この女があの悍ましい違和感の正体だ。どうして、あれ程醜悪な気配を宿しながら人の形を保っていられるのだ。
怖い、私が今まで積み上げた全てが、この女の気まぐれで崩れ去ってしまうこともそうだが。
何より、その内に秘めている化け物が顔を出し、私の全てを食い尽くしてしまうのではないか、と。
怖い、嫌だ、無理だ、逃げ出したい、逃げたくない、会いたい、こんな所で終わるなんて許容できない!!
あと一歩、あと一歩なんだ!
私の旅が、あと少しで終わるんだ!
終われるんだ!!
何の為に死体を積み上げた!?
何の為に同胞の死体を見送った!?
何の為に汚辱を飲み込んだ!?
何の為に!?何の為に!?
スティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメスティカリリアサマノタメ
スティカリリアサマノタメ!!!!
全身から気魄と殺意が溢れ出す。
私の中で蠢いていたソレが、顔を出した。
ーだから、質問に答えろって言ったっすよね?ー
種火を踏み躙って消すように、ソレは飲み込まれた。私が抱えてきた以上の暴威と悪意がが、その女の中にあったのだ。
もう私に、なす術はない。
ここで、こんな所で終わるのか。
「あちゃー、かなり落ち込んじゃってるっすね。」
「そう言うな、お前に当てられて意識を保っているだけでも上々だろ?」
部屋にはもう一人いた。
その女には何も見えない、よくこんな状況で平然としていられるな。
まあ、いいか。
もう終わるんだ。
私は、漸く解放されるんだ。
この悪意に呑まれ、終わるんだ。
同胞の死の上で、他人の死を積み上げて来た私にとって、相応しい最期なのではなかろうか。
ああ、スティカリリア様、申し訳ございません。
せめて、最期に一目会いたかった。
安全を確かめ、一人ではないと教えたかった。
そして、私の旅が無意味なものではないと思いたかった。
ああーーーーー
ーー
工房を出て尾けられてないと分かった時点で警戒するべきだった。あんな執念深い奴が、はいそうですかと引き下がるわけがないんだよ。
俺が同じ立場だったら、絶対引き下がらないし。
本邸に入り、俺たちは地下に通じる階段を降る。
殺意の発信源は、俺の地下室だった。
そして扉の前に、ルルティアとスティア、グロリアとエリーズが立っていた。
「ル、ルル姉!?」
「ユーリ!?どうしてそっちにいるの?」
「ユークリスト様!」
グロリアが大楯を構えて扉の前に立ち、その後ろにエリーズ、そしてルルティアとスティアが身構えて立っていた。
「今帰ってきたんだよ。ルル姉は?」
「グロリアがユーリの部屋に何かいるって言ったから、助けに来たの。」
ルルティアが俺の顔をベタベタ触って怪我がないか確認しながら話してくれた。
しかしワグが察知できなかった殺意を感じ取れたなんて、流石ルルティアの専属騎士だな。
「僕は無事だからね。ルル姉は部屋に戻って良いよ。」
「何言ってるの!?ちゃんと安全か確かめなきゃダメでしょ!?グロリア!」
「ああっ!ちょっと、ちょっと待って!?」
ルルティアの命令で、グロリアが地下室の扉を蹴飛ばした。それを皮切りにグロリア、ワグ、アルマンが部屋の中に入り警戒体制をとる。
しかし、部屋の中を見た三人は直ぐにそれを解いた。
俺は三人を追いかけるように部屋の中に入る。
「ルル姉は、スティアとそこに居て。」
「え?なんでよ?ーーユーリ!?」
ルルティアの疑問を無視して、部屋の中に入った俺に。
「ユーリ。この資料、中々興味深い事を研究しているな。」
魔女は紙束をみながら、俺に話しかける。
「え?フラム姉に、セシリカも?それとーーーあ」
「ちわっす、坊ちゃん。この人って坊ちゃんの愛人かなんかですか?」
ニヒルな笑顔で、笑いかけるセシリカ。
あと、ちゃんと修道女もいる。
「愛人、!?ユーリ、愛人って何よ!?」
「ちょっとルル姉は黙ってて!」
ああ、やばい、場が混乱しすぎている。
とりあえず、ルルティアが入ってきたらスティアが入ってくる事になるから、ロキとノートに通せんぼしてもらおう。
まずはこの修道女だ、侵入なんて何考えてんだよ。なんか縄で繋がれてるし、え?まさか、フラムベリカかセシリアのどっちかがコイツを捕まえたの!?
あーなんか、考える事が増えてるよ。
「みんなへの説明は後でちゃんとしますから、全員部屋を出てください。」
俺は部屋の中にいる皆んなにそう言った。
アルマンとワグが少し反対したが、フラムベリカが了承した事で、部屋を出てくれた。
部屋はあっという間に、俺と修道女の二人だけになった。
「ふう、なんでここに来たんですか?」
「スティカリリア様の安全を確かめるためだ。」
何というか、少しやつれてる?
この表情はみた事がある、何かに怯えている人間の顔だ。
「だからって、ちゃんと会えるように計らうと言いましたよね!」
「信用?そんなもの出来るわけが無いだろ!!貴様ら特権階級にいる者たちの言葉など、そこらの塵芥よりも軽くて薄っぺらい!!貴様らはいつも、自分の都合によって態度を翻し、なんの罪もない我々同胞を殺め、犯し、辱めてきた!ああ言った、こう言った、信用しろだと?巫山戯るな!私は私の義務を果たしているだけだ!あの方の、スティカリリア様の安全だけが、私の、私達の願いなんだ!!あの方がいれば、幸せであるなら何も言わない!!例え、そこに私が必要なかったとしても、それを断腸の思いで受け入れる覚悟がある!!しかし此処はなんだ!?辺り一面に悍ましい気配を撒き散らして、まるで生きた心地がしない!こんな所であの方が安全に?幸せに暮らせるわけがないだろ!その様子、まるで自覚なしか?それが、貴様も奴らの仲間であるという証左だ!今直ぐに、スティカリリア様を解放しろ!さもなくば、貴様から始めてこの屋敷にいる人間全員を血祭りに上げてやる!!」
何かに取り憑かれたように、怯えるような様子の修道女は先程感じた殺意を部屋中に振り撒いていた。
しかし、俺は不思議と前回のような圧迫感は感じなかった。
なんというか鎖に繋がれた猛獣を見てるみたいだった。
こいつの様子から見て、スティアの存在がどれほど大切かというのと、俺ら特権階級をどれだけ嫌悪しているのか、よく伝わってきた。
しかし理解する事は一生できない。
スティアやこの修道女が受けた痛みを、本質的に理解することは一生無理だ。
俺とこの人の間には、絶対的な壁が存在する。
難しい、いや、余計な事を考えるのはやめよう。
答えなんて、はなから決まっていた事じゃないか。
「・・・一つ条件があります。」
「・・・なんだ?」
自分の言いたい事を言い終えた修道女は疲れてしまったのか、威圧的な視線は変わらないまま、答えてくれた。
「あの子に、故郷の話をしてあげて下さい。暮らしぶりや食事の事、文化とか習慣とか、そして自分がどれだけ両親に愛されていたのか、とか。お願いします。僕には出来ないことなんです。」
俺は従魔の二人に念話を飛ばした。
そして、壊れた扉の向こう側を見た。
「・・・まさか、来ているのか?」
その問いに、俺は頷いた。
枯れ果てた修道女の目に涙が浮かんでいる。
壁の向こうから、ロキが現れる。
その手をしっかり握って、彼女も現れる。
快晴の空を切り取った様な蒼髪。
金色の太陽を思わせる瞳。
メイド服に身を包み、その胸には碧の宝石を誂えたブローチ。
「あ、ああ、あぁあああああああああああ!!!」
修道女の瞳に光が、顔に血色が戻りだした。
俺は彼女の後ろに周り『変形』で繋いでいた縄を解いた。
前屈みになっていた身体は地面に突っ伏し、四つん這いになりながら修道女は彼女に近づいた。
自分に近づいて来た修道女に彼女が身構え、俺の方に視線を送った。
助けて欲しいのだろう、しかし俺は手を出さない。彼女に向かって、優しく微笑みを返す。
修道女が彼女を見上げ、ゆっくり手を添える。
初めは身構えていた彼女だったが、修道女のその瞳を見て警戒心を解いていった。
ああ、なんだろうな。
込み上げてくるモノを抑えられない。
「スティカ、リリア様?」
「・・・はい。」
「私の事が分かりますか?」
「いいえ、ごめんなさい。」
「良いのです。ならば、貴方の事は分かりますか?」
「えっと、私はスティカリリアです。」
「・・・そうですか。」
四つん這いだった修道女は姿勢を改め、片膝を着いて頭を下げる。
自分が追い求めここまでやって来た目的である、スティかリリアの前で。
「改めて、ウルミアがご挨拶申し上げます。スティカリリア様。」
「え?様?」
修道女改めウルミアの言葉を、スティアが聞き返す。
そんな二人のやり取りに、俺だけではなく部屋の外にいた全員が聞いていた。
「貴方様は、我々天翼族の希望です。どうか一度、我々同胞達とお会いください。きっと、皆が喜びましょう。」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。一体何のことを言ってるんですか?」
スティアの疑問は俺も思っていた、幾ら同族とはいえ、このウルミアの様子は常軌を逸している様に見えたからだ。
その問いに、ウルミアが考え込んだ。
この場で、それに答えるかどうかを考えているのだろう。
「貴方様は、我々天翼族の王族です。」
・・・・・ん?は?ん?は?
その場にいた全員の思考が停止した。
当のスティア自身も分かっていない様子だ。
いや、俺自身何が何だかわかっていない。
ただ一人、聞き耳を立てている連中の後ろで、ワグが苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
「へ?あ?王、族?」
「その太陽のように輝く金眼がその証拠です。」
スティアの瞳が揺れる。
金色の太陽が、輝きを放つ。
「私は王家直属部隊戦器之女将の一員ウルミアでございます。お迎えに上がりました、スティカリリア・スカイハート様。」
全員が、その場に取り残されていた。
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