第四十六話:これからの俺に出来る事
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話は少しだけ遡り、レーメンで起きた誘拐事件の後、ブレーメンの森から聖教国への道すがらに建ててある小さな廃教会から再開する。
廃れてしまった教会の中、参列席に一人の男が座っている。
男は全身を黒の外套で包み、両の手を握り合わせて祈っている。
「貴方の分もしっかり祈りましたよ。」
男は、傍に置かれている娼婦の人形に視線を向ける。先日のレーメンでの一戦で、ワグに破壊された人形を傍に男は祈りを捧げていた。
「ま、どうせ直ぐに直してもらいますが、こういうのは形が大切ですからね。」
男の名はナーベリック。
三年前の誘拐事件からユークリストと因縁のある、北部最大の犯罪組織『鎖の狩人』の幹部である。
その剽軽な慇懃無礼とした態度は、人形であっても変わらない。
「貴公の言う通り形は大切だ。それが例え、単なる口約束だとしても。」
しかしそれを気にしない人間もいる。
「おや?これはこれは、聖教国が誇る七聖騎士の一席『謙遜』の・・・失礼、名前を忘れました。」
ナーベリックと言葉を交わすのは、ノストラダーレ聖教国最強の七人の聖騎士『円卓』の一人。
月光が差し込む廃れた教会の中では、男の顔が満足に見れない。
「覚えている必要はない。下賎な狩人に、私が神から授かったこの御名を知られているというだけで、身体中に怖気が走るからな。」
『謙遜』と呼ばれた男は、その肩書きに見合わない態度をナーベリックにとる。
「それは、ふふ、仕方がありませんね。」
「・・・何が可笑しい?」
ナーベリックの含み笑いのある態度に、男は機嫌を損ねた。
「いえ、ただその神に選ばれた聖騎士様方が、我々のような下賤の身に頼らざるを得ないというのは、皮肉というか。ふふふ。」
「・・・貴様。」
「貴方方が精を出していた天使探しに一番協力的だったマダムが居なくなり、どうする事も出来なくなってしまった。と、お見受けしますが?」
「そうだ、貴様らが任務に失敗した所為でな。」
男は鎖の狩人の存在を認めていない。
その存在は、自分が理想とする世界に必要ないからだ。
「次は私自ら出向き『金眼の翼人』を確保する。それで、貴様等は用済みだ。」
「そうですか、貴方の幸運を神に祈っていますよ。」
「・・・減らず口を。」
男は廃れた教会を後にする。
再び、静寂がナーベリックの傍に戻ってきた。
「・・・神、天使、そして人間。全てどうでも良い、私にはあの方さえいれば良い。あの方が見る未来に私の居場所がなくとも。この忠誠が、親愛が、信仰が曇ることはない。私はただ、あの方の物語の礎であれば、それで良い。」
首の無い聖人像だけが、その告白を聞いていた。
この男もまた、鎖に繋がれた狩人だった。
ーー
話は現在に戻る。
陽は沈み、俺は公爵邸に五体満足で戻り公爵邸の食堂で夕食を取っていた。
テーブルには、俺とルルティアとフラムベリカがつき、その後ろにそれぞれの侍女達ーーセシリア、エリーズ、スティアーーが立っていた。
「どうしたの、ユーリ?ご飯が進んでないわよ。」
「ん?ああ、大丈夫だよ。」
「ふふ、さてはユーリ。昼間街に降りた時に買い食いでもしたな?」
俺の様子を心配したルルティアを躱したかと思ったら、その先にフラムベリカが待ち構えていた。
「い、いや、そんな事してないよ!」
「え?買い食い?ユーリ、街に行ったの?私を置いて?」
ナイフとフォークを握ったルルティアの手が、テーブルの上で震える。
その後ろでエリーズが冷や汗を流している。
「だからそんな事してないって!落ち着いてよルル姉!フラム姉も、ニヤついてないで何か言ってよ!」
「ユーリ、本当に街には行ってないの?」
「そうだよ!ルル姉なら信じてくれるよね?」
表情筋を一切動かさずルルティアは俺に尋ね、俺は真正面から答えた。
「信じるわ、だってユーリのお姉さんだもん。だからユーリは私の弟としてーー」
そう言いながら、ルルティアは自分の食事が乗った皿を手に取った。
そして、俺の前に置いた。
「嘘をついてないって証明して。」
目の前に積まれた食事の山は、凡そ八歳児には厳しすぎる量であることは一目瞭然である。
ああ、どうやら我が姉はとんでもない変化を果たしたらしい。
「・・・・・うん、もちろん。」
ーー
「うぷっ、」
「大丈夫ですか、ユークリスト様?」
児童虐待に近い量の食事を平らげた俺は、スティアに介抱されるまま屋敷内を歩いていた。
「うん、大丈夫。ありがとうスティア。」
「その、今度は、私も一緒に食べます!」
「あはは、無理しちゃダメだよ。」
「もう、それはユークリスト様もですよ。」
「・・・そうだね。」
何気ない会話をしながら廊下を歩いて行く。
今では、軽口ぐらいは返してくれるようになったスティアとの関係が、これからどう変わってしまうのだろうか。
「ねえ、スティア。」
「はい?」
覗き込んで来るスティアの顔が近い。
「ん、いや、何でもないよ。」
目を背けたくなるほど眩しい。
「?・・・そうですか?」
「今日は疲れたから、もう自分の部屋に戻るよ。おやすみ、スティア。」
「え?あ、でも。」
スティアと別れた俺は自分の部屋へーー向かうわけではなく、地下に作っている実験部屋に足を進めた。
『あるじ!ロキおるすばんできた!』
「ありがとう、ロキは偉いね。」
部屋に入ってすぐロキが歓迎してくれた。
数回ワシャワシャした後、机に置いて、近くにあったソファに向かってぞんざいにダイブした。
「ああ〜くそ、また問題が、考えなきゃ。」
あの後の事を話そう。
路地裏で狂信的な修道女に絡まれた俺は、とにかくこの場を切り抜けなければという使命感の元、舌を回していた。
「ーーーとにかく、いま貴方が突然目の前に現れて一緒に行こうなんて言っても、スティアが混乱するだけです!あなたとスティアの面会に関しては時と場合を見て、ちゃんと設けますから。今日はお引き取りを!お願いします!!」
「そんな事を言って煙に巻こうとしても無駄だ。なんならこの場で貴様をーーー」
ああもうダメだこいつ、話なんねえ。
「ーーーそんな事すればスティアが一番悲しむからな!!再会の感動としてあの子に心の傷をもう一個作る気かよ!?よりよって?同胞が口癖のアンタが!?ふざけんな!」
「なっ!?そんな事するわけないだろ!!」
話が通じない相手に対してぶちギレるのが手っ取り早いのは、俺の異世界ライフで学んだ一個の処世術だ。
「はい言質取りました!スティアが悲しむ事しないんですね!?そう言いましたよね?だったらこっちがセッティングするまで待ってて下さい!!」
「おい!まて!」
そう言って、俺はゴーイングマイホームに帰ってきた。
あの修道女は追いかけてきたが、結局尾行するだけに終わり、公爵邸に入って来ることはなかった。
もしかしたら、言葉で詰めていくのは有効打かもしれない。
スティア以外の天翼族が見つかった。いや、正確には向こうからやってきた。
俺が天翼族を従者にしたという噂が、良い方向に行ったと考えてもいいのだろうか。
ー天翼族が従者になった事は秘密にしていた方が良いかもしれないわね。聖教国が余計なちょっかいを出してくるかもしれないし、戦争の言い訳に使われたりするかもしれないわー
これはスティアを専属侍女にすると決めた時に、母親であるマリアンヌに言われた事だ。
しかし俺はその忠告を聞かず、スティアの噂が出回っても、ほとんど放置するような姿勢を取っていた。
理由としては、スティアを籠の鳥のように扱いたくなかった事と、天翼族がいるという噂が広まれば、いつか天翼族の生き残りが訪ねてくるのではないかと考えたからだ。
後は、公爵邸が安全であることも考慮している。
天翼族の生き残りと出会う事ができれば、きっとスティアも、本当の意味で一人じゃないと思ってくれるだろう。
そう思っていた。実際、今もそう思ってる。
ただ、何だろうな。
スティアが、遠くに行ってしまいそうな。
そんな喪失感だけが、いま俺の中に残っている。
ーー
翌日、俺は胸中にモヤモヤした気持ちを抱えながら、鍛冶屋街に足を運んでいた。
と言っても、ロキに乗ってだけど。
あー、全然眠れなかった。
考える事が色々あって、どうしようか迷ってしまった。
いずれというか、今日明日にでも何かしらの行動をとるべきだろう。
スティアに正直に話す事が一番。
フラムベリカなどの立ち会い込みで面会するのも、良いかもしれないな。
というか、フラムベリカはここ一ヶ月以上領都で暮らしている事になる。
これはとても珍しい事だと思う。フラムベリカは、何か目的があって滞在しているのだろうか?
ほらあの人って、倒れた棒が指す方向に向かって旅を続けるような人じゃん?
俺が生まれてからこれまでこんな事なかったし。
まあ今回は、帝都で式典があるから今更どこかに行こうなんて気が起きなかっただけかもな。
まあ、そんな不確かな事を考えていても仕方ないな。
さてとーーー
『ノート』
『バッチリじゃ、ついてきとるぞ。』
うーーーん、いるなぁ。
先日のレーメンでの戦いで俺が手に入れたものは三つある。たった三つだけど、大切だ。
一つ目は、あの死闘を乗り越えたという自信。
そのおかげで、大抵のことに物怖じしなくなったと思う。ルルティアには負けるけど。
二つ目が、死闘を経ての経験による進化。
こうして鍛冶屋街を歩いているのはそのお陰だからな。自分が満足する一定の水準に達するまで、俺はこうして自分を鍛え続けるんだと思う。
そして三つ目、ちょっとした人の気配がわかる。
といっても違和感というか、背中がゾワゾワするんだよな。これに気づいたのは、公爵邸に帰って直ぐのことだったな。
いるんだよ、ずっと、親愛なる姉君がさ。
自分から話しかけはしないんだよ、ずっと後ろをつけてきて俺が話しかけるのを待ってるんだよ。
最初は背中が痒いだけかと思ったんだけど、ノートの『音響探索』を使ったらなんという事でしょう、尾行されていました。
だから自分には人の気配を感じ取れるのかと思ったけど、普通にしている侍女とかの気配は感じ取れなかった。
つまり、俺の意識外の位置から俺に対して意識を向けている人間の視線や気配的なモノを、ゾワゾワとした感覚で受け止める事が出来るようになった。
俺はこの感覚をそう解釈した。
そんで、今俺はつけられている。
『一応聞くけどさーーー』
『昨日のあいつじゃ。』
『あ、おーけー』
やっぱそうなるよな。
『かなりの手練じゃ。魔力的な気配はあるほとんど消しておる。ワシの『音響探索』でやっと物質として認識できるレベルじゃ。』
『つまり、これが『探索術』なんかの魔術的追跡だと?』
『まず見つからんじゃろうな。』
あー面倒くさい上にめっちゃ強いのかよ。
こいつは、敵対したくないな。
かと言って、スティアをはいどーぞと渡したくない。それがあの子にとって、最善の方法だと思えないからだ。
あの子の安全と、意志を尊重してあげたい。
それが、あの子を保護した俺の責任だと思う。
『それで、どーするんじゃ?』
『うーん。考えてる。』
曖昧に返事をして、俺たちは目的の工房に到着した。
「おう、来たかクソガキ。」
通常運転のウォードルが迎えてくれた。
「おはよう。それでお孫さんは?」
「今から呼んでくる。ただなーーーおい。」
こっちに来い、と手招きをするから近づいた。
ウォードルが俺の肩を組んできた、目の前に厳つい顔をずいっと近づける。
「孫に色目使ってみろ。あそこの研磨材でテメェを頭から削り殺してやる。」
ちっさい声で、脅してきた。
「う、うん。」
「漢の約束だからな。嘘ついたら酒瓶千本だ。」
針千本みたいに言ってきた。
「それじゃあ待っとれ。」
そう言って奥の部屋に入って行った。
『すごかったのう。』
『ムキムキ、ムキムキ!』
「二人とも、逃げる準備だけはしとくんだよ。」
俺は従魔の二人に計画する。
別に色目を使うわけじゃないけど、その、不可抗力っていくのはどんな場所にも存在するわけだ。
色目を使うな?そりゃ前世の俺だったら、その言葉だけで充分だったはずだ。
でも今の俺は違うわけさ。
だって今の俺は、超スーパーウルトラグレートイケメンの卵なんだから!
警戒しなきゃ!簡単に惚れられないように!
でも嫌われたくないよね!良い人だとは思われたい!後、嫌われても頭から削り殺されそうだよね!
そんな事を考えていると、扉が開いた。
「待たせたなくそ・・・ユークリスト殿」
「ッ!?う、うん。」
ユークリスト殿だと?
お前、ウチのカイサルにもそんな言葉使い使ったことないだろ?
まあ、そんな言葉遣いをする訳だから、その傍に控えている少女の事なんて気にも留めなかった。
「紹介、しましょう。ワシの孫娘ウリスじゃ。」
名前と共にバッ、と手を挙げ溌剌とした声が工房内に響き渡る。
「はい!ウリスです!防具を作ります!」
鮮やかなバーミリオンの髪。
首下まで伸ばした二つの三つ編み。
幼い容姿ながらも、その茶色の瞳は力強い。
白いシャツの上からオーバーオール。腰のベルトにはケースが二つと鍛治道具が掛けられている。
身長は俺より頭一個分高いから、大体百五十センチぐらい。
歳は、推測するのは無粋だろ。
うん、好印象を持たせる子だな。
「どうも、グリバー公爵家三男ユークリストと申します。本日はよろしくお願いします。」
俺は自分の胸に手を当てて足を引いた礼をとった、貴族の簡易礼みたいなやつだ。
「そんな、貴族言葉はやめて下さい。じいじが『貴族言葉を使う奴は信用できねぇ』って言ってました!軽ーい感じで大丈夫です!」
また貴族言葉って言われた。
もしかしたら、敬語をやめるようにって事なのかもしれないな。いや、それでもウリスは敬語使ってるだろ?うーん、さっぱりわからんな。まあ、そこまで言うならフランクに行こう。
てかウォードル、じいじって呼ばれてるんだ。
「わかったよ。それじゃあウリス、よろしくね。」
「はい!それで、その子達は?」
ウリスは、俺の横にいたノートとロキを見た。
「ああ、この子達はロキとノート。二人とも、僕の従魔だよ。」
その紹介を聞いて、ロキとノートがそれぞれ右手と右翼を上げた。
「うわあ、可愛い!ウリスだよ、よろしくね!」
ウリスがロキとノートに挨拶をして、ロキとノートも挨拶を返す。あの様子から見て、ウリスは動物が好きなようだ。
「それじゃあ、まず採寸からしましょう!」
そう言ったウリスの顔は、非常に満足していた。
ウリスに伴われ、採寸するための部屋に行く。
「それじゃあ、服はここに入れてーーーって、じいじは部屋の外で待っててよ。」
「い、いや、ウリスちゃん。儂はただウリスちゃんを見守る為にじゃな。ウリスちゃんは、まだ見習いじゃからな。」
明後日の方向を見ながら話すウォードルの様子は、口にしなくとも嘘である事を語っている。
大方、ウリスと俺が二人っきりになる事が許せないのだろう。ロキとノートもいるから、二人っきりにはならないと思うんだけど。
「いーから!じいじはあっち行ってて!」
ウリスがウォードルの背中を押して部屋から出そうとする。ウォードルは戸惑いながらも抵抗はせず、退出していった。
その間際、俺と視線があった。
『お前を見てるぞ』とジェスチャーで伝えてきた。
まさかウォードルが孫バカとは。
あいつも立派な北部人って事なのかもな。
「まったく、じいじはいっつも私を子供扱いするんです。こっちだってちゃんと修業を積んだ立派な職人なのに、じいじは私を認めてくれないんです。」
少し頰を膨らませたウリスが、ぷんすかと戻って来た。認めてくれないというが、ウォードルの様子は違う気もする。
「まあウォードルは、大事なお孫さんが心配なんだよ。」
一応、フォローを入れておくか。
「いーえ!だってじいじは私が何処へ行くにも付いて来るし、私がやれる仕事だって自分がするからってやらせてくれない。ようやく許してくれた作業中も部屋の隅っこでずっと私を睨んで来るんだよ!」
そこまで言ったあたりで、ウリスが我に帰った。
「あ、ごっごめんなさい!お客さんにこんな事。」
「大丈夫だよ。それにウォードルは今回の仕事にウリスを紹介する時、腕はピカイチだって言ってたから、認めてくれないって事はないんじゃない?」
こっちにも、フォローをいれる。
「そっ、そうですか?」
「うん、だから自信持ってよ。」
「・・・はい!ありがとうございます!」
笑顔になったウリスは、机のある方に足を運ぶ。
「それじゃあ、改めて採寸していきましょーーー」
気を取り直したウリスが、その途中の何もないところに躓いた。
「きゃあ!!」
派手に転んだウリスは机にぶつかり、机の上に積んであった資料が散乱していく。
ん?あれ?これってーーー
「ウリスちゃん!!」
扉を豪快に開けたウォードルが、颯爽とウリスの元へ駆け寄った。
「だから言ったじゃろう。ウリスちゃんは儂が見守ってないと直ぐ危ない目に遭うんじゃ!」
ウォードルの言い草から、なんとなくだけど察する事が出来た。いや、でも、職人にこの属性は大丈夫なのか?
俺の防具を作ってくれる職人。
公爵家御用達の鍛治職人ウォードルの娘ウリス。
溌剌とした性格と自信が溢れるこの少女は、
ほんの少しのドジっ子であった。
ほんの少しの・・・・・
ーー
甘かった、見誤ってた。
ただ測るだけで良いのに、どうしてあそこまでドジる事が出来るのだろう。
メジャーみたいなのが全身ぐるぐる巻になるし。
何回も転んで部屋中の壁にぶつかるし。
床に散乱した資料をまとめて戻す時に、まとめ損ねた一枚を踏んづけて派手に転んで。
この世で最も多彩なのはドジっ子かもしれないと、そう感じる時間だった。
ウォードルが過保護な理由は、単なる孫バカだけじゃないと確信した。
しかし当のウリスは全くの無傷、鍛治族は身体が頑丈だと聞くが、まさにその通りだった。
「さて!採寸が終わったので、次はデザインについて意見を聞きます!」
「あ、うん、そうだね。えっと、僕が考えてきたのおはね・・・ノート。」
『う、うむ。』
気不味そうなノートが『異空間収納』を開き、紙を束ねた簡易ノートを出す。
俺をそれを受け取り、机の上に広げた。
どんな防具が自分に合っているか。
自分が戦う上でどんな防具が適しているか。
この数日、俺なりに考えてみた。
「・・・こういう感じで、お願いしたいんだけど。」
「これは・・・今まで見た事ないデザインです。帝国ではこれが流行ってるんですか?」
「いや、これは僕のオリジナルだ。」
「ふむふむーーー」
そこまで言うと、ウリスが黙り込んだ。
何をしているのかと顔を覗くと、図面を凝視しながらブツブツと呟き出した。
「貴族の正装に構造が似てる、でも柔軟性があって激しい動きにも対応できる。いや、これは防具だからある程度頑丈じゃないとダメ。防刃性能のある皮を利用して、最低でもB等級の魔獣が良い。急所の位置にはプレートを入れれば・・・・」
その様子は、作業中のウォードルに似ている感じがする。目つきもさっきまでの溌剌とした感じから一転して、獲物を見定める獣の瞳のようだ。
ここまで来れば、俺はもうお役御免だな。
「それじゃあ、後はお願いね。」
「?、ああっ、えっとデザインをまとめておきますので明後日にまた来てください!」
「わかったよ。ああ、それとーーー」
ウリスが資料を見たくてウズウズしている。
「僕には、敬語はいらないよ。」
「わかった!それじゃ、またね!」
間、髪を入れず資料に食いついた。
技術畑の人間はこれだからな。
部屋を出た俺は扉の目の前で待機していたウォードルといくつか言葉を交わして、工房を後にした。
ウリスに頼んだ防具のは、俺の能力を出来るだけ発揮できるようにデザインしたつもりだ。
というのも、俺が前回の戦いで手応えを感じたのが『変形』の魔術を使った奇襲だった。
これを上手く戦闘に組み込むことが出来れば、更に戦いやすくなると思う。
後は、シンプルに防御力を高める狙いもある。
魔道具と『変形』を上手く組み込んだ奇襲を主体とした戦闘スタイル。
今の俺が考えられるのはこれぐらいだ。
北部貴族が模範とする騎士像からどんどん遠ざかっている気がするけど、気にしないでおこう。
俺は俺に出来る事を、少しずつ増やすだけだ。
『あるじぃ、おなかすいた。』
服の裾を引きながら、自分のお腹に手を当てたロキがおねだりをする。大人しく待っていたから、お腹が空いたのだろう。
「そうだね。昨日行けなかった大通りに行ってみようか。」
『やったー!』
ロキがガッツポーズを上げた。
『ノート、あの人は?』
『いや、おらんぞ。』
あの修道女は、俺をつけるのをやめたらしい。
これで気にする事が無くなった。
「よし、屋台の料理全部食べようか。」
『ロキたっくさんたべるよー』
『うむ、ワシも肉が食いたいぞ!』
ーー
私に時間なんてモノはない。
今直ぐにでもあの方の元へ行かなければ。
ユークリスト・スノウ・グリバーの言ったことは確かに理解できる。スティカリリア様がこの地で安全に暮らしていれば、突然連れ去ることはあの方の為にはならない。寧ろ我々の危険な旅に巻き込む事になってしまう。
しかしそれは、スティカリリア様の安全があってこそだ。奴はああ言ったが、私がそれを信頼する理由はない。
そして私には、スティカリリア様の安全を確かめる義務がある。
ユークリストが工房に入っている同時刻、私は奴が工房に入ったのを確認し、公爵邸に向かった。
公爵邸は流石と言われるほど警備態勢を敷いていたが、私一人が忍び込むぐらいは容易だった。
しかし何故だろう、この薄気味悪い違和感は。
この、少しでも自分を主張すれば首を刈り取られてしまう、薄い布で隔てられた狂気は今まで経験したどの修羅場よりも、居心地が悪い。
これまでは自分の力で抵抗できた、でもこれは、対話すら通じない悍ましさがずっと纏わりついている。
敷地内に入っただけでこれなのに、こんな所で本当にスティカリリア様は無事なのか?
自分の存在を限りなく希薄にした私は、スティカリリア様を探す為に公爵邸内に侵入した。
ああ、なんて気持ち悪い。
私は精錬気を纏い、廊下を進み、天井を這い、スティカリリア様を探した。
その道中、私の頭の中はスティカリリア様の姿を想像する事だけで全てだった。
スティカリリア様を最後に見たのは四歳の時だった。いつもの日常だった、アスティリア様と手を繋いで笑っている姿は我々の癒しであり、自治区内の子供間では既に婚約者争いも起きていたそうだ。
花畑のある広場で友人と遊ぶ姿。
ラインハルト様の仕事が終わるのを待つ姿。
夕暮れを背に両親と家に帰る姿
その全てに笑顔の輝きがあった。
スティカリリア様こそが我々天翼族の未来だと、そしてその輝きを想像させた。
その姿を、今日やっと拝む事が出来るのだ。
居場所の検討なんてつかないから、邸内を隈なく探すしかない。息を殺して、自分がいる場所から通じる全ての場所を見回る。
居ない、何処にも。
どれだけ探しても、目当ての姿が見つからず手掛かりもない状況で、私はいくつかの箇所に心当たりをつけた。
恐らく本邸と目される館に数部屋と、その地下。
そして訓練場、その近くにある兵舎の様な建物。
これらは、私が感じている気持ち悪い違和感に相乗して、明確な警戒心で充満している。
そこに踏み込めば、厄介な事になる。
私は本邸にあるいくつかの部屋を張ってみる事にした。
訓練場の方は、いるわけがないと切り捨てる。
部屋を張って、長いが退屈ではない時間が過ぎた。そして廊下の突き当たり、角の部屋の扉が開いた。
「では、私共はこれで失礼いたします。改めましてこの度は誠にありがとうございました。我々、全力を尽くしてこの御恩に報いたい所存であります。」
髭を生やした低身長の男が恭しく礼をし、部屋の外に出てきた。その後ろに従者らしき女が五人ほど伴っている。
「帰ったら早速作り始めるぞ。」
男がそう言い、後ろの女たちが頷いた。
「いやはや、ルルティア様のドレスだけでもこれほどアイデアが浮かんでいるのに・・・」
その言葉を私は聞き逃さなかった。
「更にスティア様のドレスまで浮かんでしまっている。これほど職人冥利に尽きることはない!」
ースティアの事を知っているのか?ー
ユークリスト・スノウ・グリバーの言葉が頭に浮かぶ。
その部屋にいる。
私は、そう確信した。
ああ、スティカリリア様、やっと、やっとその姿を拝む事が・・・
その時ほんの少しだけ、気持ちが昂ってしまった。そして僅かに漏れた私の存在を、それは見逃さなかった。
「招かれざるお客様でございますね?」
次の瞬間、私の首筋に死が触れた。
全身の急所に対して薄皮一枚隔てて刃物を押し付けられているような、閉塞的な死だ。
馬鹿な、ほんの僅かだったはずだ。
精錬気で、自分の存在を殺していたはずだ。
「その服、教会の人間が何故このような場所にいるのでしょう?」
後ろから聞こえるその声は、この場に似つかわしくない程透き通っている。
「先程の質問と加え、二つの質問に答えていませんね。三つ質問が貯まったら、どうなると思われますか?」
何か、何か動かなければ、私が敵ではないと示さなければ、このまま未曾有の悪意に晒されて死んでしまう!
ここまで来て、そんな事あってたまるか!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「三つ質問したのに、無視は悲しいっすね。」
「それが侵入者か?」
「ええ、けど敵ってわけでもないっすね。」
「そうか。しかしお前がいる此処に襲撃をかけるとは、こいつも運がないな。」
「大抵のやつは私の領域内に入って来ないっすよ。それでも入るって事はーーーコイツどおします?」
「ふむ、そうだな。ユーリの地下室にでも入れておくか。きっとあの子の客だ。」
「また坊ちゃんは、道端で物を拾っちゃダメって教えなかったんすか?」
「拾って来るだけなら苦労はないがな。あの子は、引き寄せるんだ。そういう星の元だろう。」
その会話の途中、突き当たり部屋に通じる扉がゆっくり開いた。
「やべっ、急がないとーーー」
「この後お茶を飲むの。スティアも一緒にどう?」
「はい、いただきます!」
親愛なる妹が、扉を開けて出てくる。
「あ、フラムベリカお姉様。」
「うむ、ドレスは決まったか。ルル?」
「もちろん決まりましたわ!フラムベリカお姉様にも見て欲しいわ。」
「ははは、楽しみは式典まで取っておくさ。」
フラムベリカ・スノウ・グリバー
その紫水晶の瞳は優しく朗らかに、いつも家族を見つめている。
ーー
「ロキ、口元にソースがついてるよ。」
『んっ、んっ。』
大通りの屋台巡りをしている俺たちは、いくつかの出店を回っていた。
まずマフカの実ーー林檎に似た果実ーーから果汁を搾ったジュースを一杯ずつ購入。
次に黒胡椒で味をつけられた揚げ芋にホワイトソースをかけた郷土料理、スノウヒルを一人前。
これで小腹を満たしながら街の中を見学していった。この世界に来て、お祭りというものは初めてだった。
まあ、カイサルが帰ってきた時は毎回歓迎ムード一色の大盛況ではあったけど。
こうして、俺自身で祭りを歩いたのは初めてだ。
前世の祭りと比べて活気がある。
これが第一印象だった。
確かに祭りの質という意味では前世の方が上かもしれない、出店の種類とか人通りの色彩、花火やら神輿やら、祭りとしての催しが沢山あったし。
しかしこっちの世界、というかこの領都の盛り上がりは、ソレとは全く違っている。
一人一人の熱気が違うんだ。
活力に溢れているというか、自分達が何かを成し遂げたみたいな。うまく言葉に出来ないな。
多分これは、自分達の領主であるカイサルが戦場で活躍を収めて帝国に勝利を持ってきたから、だと俺は思う。
作物の豊穣を、神様に感謝する祭りみたいな感じもする。
年に数回しか帰ってこれないのにこれだけカイサルが慕われているのは、息子として誇らしい気持ちになるな。
まあ、その家族意識が芽生えたのは最近の話だけど。
『あるじーあのおにくたべたい!』
『ユーリ、あそこに焼き魚が売っとるぞ!』
「はいはい、順番にね。」
二人のリクエストを聞いて、俺は祭りを練り歩く。
街を歩く時はそれぞれその素性を隠すために工夫している。
俺の場合は黒髪碧眼が目立つ為、髪のメラニンを抜いて金髪のような状態で『ゼッペンリッヒの外套』を着用している。
ロキは黒と赤の体毛が入り混じっている為『変体術』で顔の周りだけ白で全身が黒い黒猿の姿に。
白い身体に特徴的な黒い葉の斑点があるノートは、スカーフを巻いて斑点を隠している。
まあそんな事をしても、魔獣を二匹も連れている子供というのは珍しいのだが。
しかしこれでも珍しい程度で、髪の色から俺の事を推測されることはない。
「おじちゃん、これ一本ちょうだい。」
「あいよ!銅貨2枚だよ」
「おねえさん、魚を一尾ください。」
「あら、ボクお上手ね。おばちゃんがサービスしてあげるわ!」
「ありがとうございます。」
二人のリクエスト通りに料理を買って、何処か座って食事ができそうな場所を探した。
そして大通りの中心にある噴水の縁に腰掛けて、それぞれに食べたい物を食べる。
その間、大通りの様子を眺める。
店前に行列ができて忙しいはずなのに、やり甲斐に満ちた表情で働く店主。
子供に手を引かれて大通りを練り歩く母親。
歌劇団の舞台を見ながら自分達の未来に想いを馳せる子供達。
この光景は、俺達家族が脈々と守り続けるべきモノなんだ。
この世界に来た時、俺は自由を謳歌してやると思ってた。
貴族なんだから贅沢に暮らしていけると。
転生者特典的なチートで無双してやると。
現代知識で金を稼いでスローライフを送ってやると。
その俺が、この光景を守りたいと思っている。
勿論、守るだけじゃダメだとも思っている。
せめてこの領都の中だけでも、ワグや東の民に対する認識を改めさせたい。
あの修道女のような天翼人を受け入れて、彼らが住む場所を用意してあげたい。
そしていつか『鎖の狩人』と正式な決着をつけたい。
あの男がいる限り、俺に安寧はやって来ない。
目的のわからない敵というのが、これ程厄介だとは思わなかった。
ん?あれは?
人混みの隙間から、巡礼者の姿が見えた。
先頭の神父に、修道女とその従者が続いている。
戦いの後に行った冒険者組合で、レヴィアンナに言われた事を思い出す。
ーあの場にいた『鎖の狩人』の幹部の女が身に付けていたファーコート。あれは天翼人の翼の羽を使用して作られた品だったー
推測だけど『鎖の狩人』は、聖教国の依頼を受けて天翼人であるスティアを狙ってたんだと思う。
教会、というより宗教の人間と対立する事は予め分かっていたことだけど、こんな早く起こるとは予想していなかった。
正直、敵対したくない。
戦いたくないとかじゃなくて、何かを信仰する人間と対立を起こして、ソレを終わらせる方法がわからないからだ。
全員殺せば、きっと解決する。
それをすれば、きっとスティアを失う事になる。
もうあの子を悲しませたくない。
別に彼が敵というわけじゃない。
彼らには彼らの信仰がある。
それを無闇に否定するなんて失礼だ。
ただ、少し複雑な気持ちになる。
「二人とも、食べ終わったら帰るよ。」
俺は公爵邸に向けての帰路についた。
考えたって答えは出ないなら、考えるだけ無駄な事だ。
俺は俺に出来ることだけをすれば良い。
「ユークリスト。」
敷地内に入ると、ワグが待ち構えていた。
顔にいくつかの擦り傷ができている、今日も相当の訓練をしていたようだ。
「何かあったの?」
「以前言った。スティアの事だ。」
ああ、そう言えばそんな話があったな。
昨日聞こうと思っていたが、あんな事があったから忘れてた。
「・・・それで?」
「先日の事件、あれはスティアを狙って連中が起こしたものだ。」
これで推測は当たったな。
奴らの裏に聖教国がいるかどうかは分からないが、奴らがスティアを狙っている事は確実だ。
「そうか。うん、ありがとう。」
「それと・・・こっちの方が重要だ。」
「え?」
スティアが狙われている以上に重要な話?
素っ頓狂に聞き返した俺に、ワグは口を開いた。
「良いか、ユークリスト。スティアは・・・」
次の瞬間、本邸の方から獣の様な殺意を感じた。
思わず身震いをしてしまうが、この殺意には見覚えがあった。
つい先日、俺はこの殺意に全身を巻かれたからだ。
「ッ・・!?」
「?・・・ユークリスト、どうした?」
ワグは気付いてない、俺だけだ。
「ユークリスト様!」
凄い形相でアルマンが駆けつけた。
精錬気を身に付けて感覚が鋭敏になったのだろう。
「二人ともついて来い!!」
俺の命令で、全員が駆け出した。
ドワーフ達の言う貴族言葉というのは、本日とか申しますとかの堅苦しい言葉遣いのことを言います。
はいとか、わかりました、とかの簡単な敬語は存在します。




