第4話:5歳児と家族と魔法と
今回から、二人称?が少しだけ変わります。
「おはようございます、ユークリスト様。」
「んんっ、おふぁよ~。」
一夜明けた。
俺は今日への興奮が冷めないまま、ほぼ寝ることが出来なかった。
最後には体力のない子供の身体のせいで寝落ちしてしまったが。
顔を洗い、服を着替え、目を擦り欠伸を噛み殺しながら、間延びした挨拶を使用人達に返し、朝食を取るために食事室へ足を運ぶ。心なしかスキップ気味だ。
「おはよう、ユークリスト。」
俺を呼び止める声の方を振り返る。
「おはようございます、トーラス兄。バレ兄もおはよう。」
「はあ、はあ、お おはようゆーり。」
上半身裸の状態のトーラスとバレット。まだ寒いだろうに、トーラスの肩から湯気が出ている。
「トーラス 兄様に稽古をつけて貰ってたんだ。明日からユーリも 一緒にしようか。」
バレットは俺を人身御供にするつもりらしい。
冗談じゃない、今日から魔法の研究に勤しみたいのに、そんなことあってたまるか。
「嬉しいけど、僕じゃバレ兄達の足手まといになるよ。」
「いやそんなことはない、是非ユークリストも一緒にやろう。剣は握り初めが肝心だ、きっちり教えてやるぞ。」
トーラスは乗り気だ、それもかなり。生真面目で弟思いの性格、それが脳筋という形で裏目に出た。厄介だ。
「そうだよ、僕もトーラス兄様と一緒に訓練してから、アルマンや訓練生との一対一の成績が良いんだ。」
「アルマンは良い騎士だ、堅実な剣を使う。」
アルマンはあれからも俺に剣術訓練の解説やら、軽い指導をしてくれた。アルマンの指導は訓練生にかなり好評だ。
「そういうことなら、是非お願いします。」
「やったぁ、一緒に頑張ろうねユーリ!!。」
嬉しそうなバレット。よっぽど訓練がきつかったと見える。
「失礼します。バレット様、トーラス様。おはようございます、ユークリスト様。朝食の用意が整いましたのでお迎えに上がりました。着替えも用意しております。」
「わかったよ、ジャジャルディ。それじゃあ、後でねユーリ。」
「後でな。」
「はい。」
着替えに戻る2人の背中を見送り、食事室の方に向かう。
食事室では既に、カイサルとマリアンヌ、フラムベリカが席について食事を取っていた。
「おはよう、ユーリ。」
「おはよう、ユーリ。よく眠れたかい?。」
「父様、母様、フラム姉。おはようございます。」
3人とも、昨日の疲れなど消し飛んだかのように肌に艶と張りが出ている。
今日の朝食は、ミルクとコーンのスープと葉野菜のサラダ。ハムエッグとパン、デザートにフルーツも付いている。
この朝食は、俺が生まれてからいくつかのメニューと代わり代わりに出されている。
公爵家なのにずいぶんと庶民的だと最初は思ったが、これが上手い具合に調理されている。
高草地で魔力や栄養をたっぷり含んでいる、アルトバルス山脈の牧草などを飼料に育った乳牛から取った乳。
これが濃厚で、味わい深いものになっている。これらから作られたチーズやバターなどの乳製品は、北部の名産品となり、帝国内でも不動の人気を誇っている。
これらの飼料は、当然鶏や豚などの家畜にも使われ、最高級品である。
だからシンプルな料理でも、ティファニーのBreak Fastの様に美味い。
「父様、朝食が終わったらすぐに祝魔の儀を行いましょう。」
「そうだね、既に準備は出来ているし。皆の朝食が済み次第行おうか。」
「はい!!。」
魔法が自分の目の前にあると思うと、スープが冷める時間が永遠に感じる。
少しの沈黙の後、カイサルが何かを思い出したようにこちらの方に顔を向ける。
「そういえばユーリ。5歳になったんだから専属騎士と専属侍従を決めないとな。」
「侍従はまだ決めていませんが、騎士はもう既に決めています。」
騎士と侍従の選考基準に関して兄姉達に質問したことがある。
トーラスの場合は、いずれ軍を率いて最前線を戦うことになるから、専属騎士には臨機応変に対応でき共に戦場を駆けることが出来る騎士が必要であったため、当時筆頭騎士だったオズナルドが選ばれたアルマンの父親だ。そして、侍従はオリバの娘であるカミーユだ。カミーユの方が年が上だが、フラム姉と共に幼少期から屋敷で一緒に育ったらしい。
フラムベリカの場合は、とにかく無茶ぶりに耐えられる人間らしい。実際フラム姉の専属騎士は領都には来ていない。というか今まで一度も会ったことがない。各国に飛び回り、諜報活動を行っているそうだ。面白い情報を仕入れるためだと笑って言ってた。そして侍従のセシリカは、大陸全土に対応する語学力を持っている。帝国語、ヤヅラ語、亜人語、魔族語、精霊文字、古代文字何でも来いらしい。
バレットの場合は選べなかったから、騎士と侍従の選考を行い、それで2人を選んだらしい。
ルルティアの場合は、まずグロリアは岩山を割ったから。エリーゼは、よく自分を可愛いと褒めてくれたそうだ。
理由がまともなのかどうかわからないが。それぞれの特色が出ている気がする。
トーラスとフラムベリカは実用性を重視している。後継者候補としてそういう教育がなされたのだろう。
バレットの場合は自分で決断せず、父や周りの以降に従った感じだな。
ルルティアは自分を楽しませてくれる人間だろうか。
フラムベリカが面白そうに口を開く。
「騎士はもう決めているのか。それで、誰にしたんだ?。」
「ワグです。」
「ワグ・・‥?。ああ、あの東方出身の。」
この2年間二日に一回はワグの所に通った。
前世で心理学の本を読んだ時に学んだことだが、親密さを深めるのに必要なのは一緒に居る時間では無く、合う回数だそうだ。
俺はそれをこの2年間愚直に実践した。
ルルティアの拘束を振り切り、バレットの訓練に張り付いた。
俺が通ったせいで、当然周囲の風当たりは厳しくなった。
訓練生の顔に痣ができはじめた。
当然、ワグの顔は綺麗だった。
それに実際効果はあった。最初は当然無視されたが、幼い頃、戦争孤児だったワグを父が戦場で拾ってきた話や、公爵家が運営する孤児院で育った話を聞いた。今では軽口ぐらい聞いてくれる。
「その子は、騎士として大丈夫なの?。」
マリアンヌが心配そうにこちらを見ながら、質問してきた。
マリアンヌの心配は当然だろう。
騎士だとしても、ワグはつい数年前まで訓練生だった。前世の倫理観で言えば彼はまだ未成年だ。
俺からすれば魔闘術は十分魅力的だが、専属騎士としての実力は定かでは無い。
騎士内では、順当にいけば俺の専属騎士になるのはアルマンだと言われている。
ティティウスは傭兵上がりとはいえ、帝国内の戦場で数多くの戦功を挙げ、公爵家内の専属騎士選考を経て専属騎士に選ばれた。
そして、彼は東部の出身。これが一番大きな理由だろう。
どの世界にも、人種や血筋により差別を作り優越感を得る人間はいる。
東部出身・戦争孤児・平民。
この三連単がこの世界において、どれほどの少数派に部類されるのかわからないが、それでもいい顔をしない連中は多い。
帝国貴族なんかがその最たる良い例だ。
血統や魔法の優劣により、人間的価値を決める。
幸い、我が家はカイサルの教育方針のおかげで差別主義者はいない。
「ほお、ユーリ理由は?。」
フラムベリカは、面白いものを見る目でこちらを見つめる。
「簡単です。ワグは僕の専属騎士になる重要な条件を満たしているからです。」
「重要な条件?。それは何。」
マリアンヌの心配はまだ解けていない。
フラムベリカとカイサルは興味深そうにこちらを見ている。周りの使用人達も同様に。
「フィーリングです。」
「「「フィーリング?。」」」
騎士に必要なのは、強さ、気品、知識、忠誠、上げ連ねたらキリが無いが、とにかくその中にフィーリングなんて言葉は無い。
全員素っ頓狂な顔で俺の方を見てくる。母は心配がさらに深まったそうだ、
「はい。専属騎士と専属侍従は、これからたくさんの時間を一緒に過ごします。だから、騎士である強さより、侍従としての有能さよりも、一緒に居て楽しいかどうかで決めたいと思います。」
結局俺の行き着いた先は、ルルティアと同じようだ。
やっぱり兄姉だ。と、安心して良いんだろうか。
それに家族には内緒にしているが、俺は軍に入るつもりは無い。
大陸中を回って旅をしたいし、冒険者になって魔獣狩りにも行きたい。
そんな長旅で必要なのは、一緒に居てストレスの無い相手だ。
「そうなの?。ええ わかったわ。ユーリの好きなようにしなさい。」
「はい、母様!!。」
少し困惑したように考えた後、マリアンヌは俺の選択を支持してくれた。
「ユーリが決めたことなら、私も言うことは無いよ。」
「ありがとうございます、父様!!。」
カイサルも理解を示してくれた。
「私は初めから否やは無いさ。」
フラムベリカは初めから乗り気だったようだ。
スープを飲んでいると、着替えを終えたトーラスとバレットが部屋に入ってきた。
最後に部屋に入ってきたのはルルティアだ。未だに眠そうに目を擦っている。この人にこそ朝のブートキャンプが必要だ。
何気ない会話で食が進む。今日は午後から、カイサルがバレットとルルティアに稽古をつけることになっている。俺は午後から、フラムベリカに魔法を教えて貰う。
「それじゃあ、祝魔の儀をはじめようか。」
「えっ?、今からやるんですか。ここで?。」
祝魔の儀と言うからには何かしら大がかりなものになるのだと思っていたが違ったらしい。
「そうだよ、前回ルルティアの希望でそれなりの部屋でやったからね。でも本当は場所なんてどうでも良いんだ。大事なのは、こうして家族がそろっていることだ。」
カイサルの目配せに応じるように、部屋の隅に控えていた使用人達が全員部屋から出て行った。
全員が退出するのを見届けると、食事を終えたトーラスの方に視線を向ける。
トーラスは頷くと静かに立ち上がり、扉の方に足を進めた。
扉の前で手を突き出し、詠唱を始める。
【防壁】
簡素な詠唱?というか今ほとんど詠唱しなかっただろ。
もしかしたら詠唱にも工夫の余地があるのかもしれない、俺は無詠唱派だけど。
それが終わると、部屋の中に光の幕が張られた。
「ユークリスト、これが俺の特異魔法だ。」
「これが、特異魔法ですか。詠唱をほとんど使わないんですね。」
「ユークリストに適性があれば、その辺も教えてやる。」
「はい!!。」
トーラスの特異魔法【守護術】 。
各属性にも防御魔法は存在するが、属性が付与されているが故に相性が存在する。
しかし、この特異魔法はどの魔法に対しても耐性を持ち強固である。
戦場で先陣を切るには最適な能力だと言えるだろう。
既に初陣は済ませており、その戦場で想定された死者数を遙かに下回り、トーラスと先陣を切った兵士からは死者が出なかった。
「さて、準備は終わったからそろそろ始めようか。」
カイサルはそう言いながら立ち上がり、座っている俺の前まで来ると跪いた。
舞台の花形のようだ。
ホント、何をするにも絵になる人だな。
「さあ、ユーリこちらに手を出して。」
「こう ですか?。」
言われた通りに、カイサルの両手に手を重ねる。
「いまから、ユーリに魔力を流す。少し違和感があるかもしれないが、それが魔力だ。」
「わかりました。」
「それじゃあ、いくよ。」
この瞬間を噛み締めるように、こちらに微笑みかけるカイサル。
後から聞いた話では、父は兄姉全員の魔法版筆おろしを行っているらしい。
誰がやっても構わないそうだが、子供の成長や行事に立ち会いたいと言って、そのたびに帝都から帰ってきてくれる。
実際、カイサル達が帰ってくるのは俺とバレットとルルティアのイベント事があるときだ。
今回も俺の祝魔の儀の他に、北部貴族の舞踏会や、次兄の危険自然区域への遠征がある。
これがカイサルが帰ってきた理由の一つ目だ。
瞼を閉じた、掌がだんだんと暖かくなり熱を帯び始めた。
その熱は、徐々に肘から肩に、肩から顔と心臓に、心臓から下腹部に、下腹部からつま先まで身体を包み込むように行き渡っていく。
母親の子宮の中と表現されても納得できる安心感がそこにはあった。
遠くから声がする、自分を呼んでいる声が。
「ゆーり・・‥ゆーり、ユーリ。」
応えるために瞼を上げる。
心配そうにこちらを見つめるカイサル、マリアンヌ、バレットとルルティア。
気づくと、頬を伝うものがあった。
無意識に涙を流していた。
思わず頬に手を当てる。
「あっあれ、どうしたんでしょう。」
「魔力との親和性が高いと気持ちが高揚することがあるんだ。安心感があっただろ?。」
「はい。えっと、これで終わりですか?。」
カイサルが俺の頬にそっとハンカチを充ててくれる。
「ああ終わったよ。何か感じるものはあるかい?。」
「はい、感じます。身体の中の熱が残っているみたいです。」
周囲に感じていたものが身体の中心に集まってきた。
「へぇ、ユーリは感知能力が高いねぇ。トーリィの時は、感知するまでかなり時間がかかったからね。」
「姉上、今その話は良いでしょう。」
感心とからかいが混じった笑顔で、トーラスの方に視線をやるフラムベリカ。
それにジト目を向ける長兄。
「それじゃあ、残り二つも終わらせようか。」
カイサルはゆっくりと立ち上がった。
「ユークリスト、これが私の特異魔法だよ。」
【鑑定】
カイサルの特異魔術【鑑定術】。
その名の通り、万物の鑑定を行うことが出来る魔術だ。
これがカイサルが帰ってきた理由の2つ目だ。
カイサルはこの国有数の鑑定術を使える魔導士であり、 そのせいで帝国中の貴族子息子女達が祝魔の儀を受けるために、帝都の屋敷に訪れるらしい。
自分よりも高位の貴族に頼むなんて厚かましいなと思ったが、この依頼の大半が所属している派閥の上級貴族経由で他の帝国筆頭公爵家からの依頼という形でグリバー家にやってくる。
だから渋々受けているそうだ。
カイサルは俺の方をじっくりと見つめる。
「こっこれ は・・‥!?。」
一瞬顔が明るくなる。
が、直ぐに暗い表情になった。
今は、微妙な顔だ。幸福と鬱屈が混じったような顔だ。
眉を顰めて眉間をつまんで考え事をしたかと思えば、ステップ気味に回転しながらニンマリと口角を上げながら天井を見上げている。
「父様、どうだったのですか?。」
「あっああ、少し驚いただけだよ。」
ーまさか、全くの適正ゼロとか?。
ー病気などの重大な欠陥があるとか?。
ー両親と血が繋がっていないとか?。
ーまさか、俺の前世の記憶がばれたのか?。
考えれば考えるほど不安になっていく。
恐る恐るカイサルの方に視線を上げる。
俺の不安を感じ取ったのかカイサルは俺の頭を撫でながらニッコリと笑いかける。
「大丈夫、何も不安は無いよ。ユーリは私の自慢の息子だ。」
直感でわかる、これは前置きだ。
悪い話の前にクッションとして用いられる言葉だ。
これから自分が放つ言葉が、確実に俺を傷つけることが出来るほどの凶器を孕んでいることを確信しているのだ。
首筋に嫌な汗が出ている。
父も何か覚悟のようなものを決め俺と視線を離すことなく言葉を継げていく。
「それじゃあ、まずユーリには特異魔法の適性がある。それも二つ。」
「二つ!!。父様、本当ですか!?。」
「本当だよ。おねでとうユーリ。」
「まあ、それはすごい!!。」
「ユーリすごい!!。」
「すごいねユーリ!!。」
「二つもだと!?。」
「ほお二つか、こいつはかなり面白そうだね。」
マリアンヌと兄姉それぞれから、感嘆や驚きの感想が漏れる。
フラムベリカは、獲物を見定めるような悪戯な笑顔をこちらに向け。
トーラスは、目を見開き俺を見つめる。
バレットは、誇らしげに笑いかける。
ルルティアに関しては、椅子に乗りだし掌をテーブルに叩きつけている。
しかし最高だ。まだ何に適性があるかわからないがとにかく、ザ・転生ライフの定番である主人公補正的なものが俺にやってきた。
カイサルの不安な顔つきを見てかなり不安だった。
だがいまは、脱獄に成功させた主人公のような気持ちで天を仰ぎたくなる。
だが、天を仰いだ先に映ったのは、未だ曇天色の顔をしたカイサルだった。
「父様、どうしたのですか?。」
「ああ、それで、落ち着いて聞いて欲しいんだユーリ。」
「はい!!。早く結果を聞きたいです。」
「うん、良いかい。ユーリは【従魔術】と【錬金術】に適性がある。」
ピタリと喧噪が止んだ。
こんなことになるなら、最初から適性があるなんて言って欲しくないほどだ。
「そうか、【従魔術】と【錬金術】か。」
フラムベリカは目を輝かせ笑みを浮かべ、トーラスは静かに目を瞑っている。
反対に、マリアンヌ、バレット、ルルティアは押し黙っている。
あの顔を俺は知っている。
前世の両親は、クリスマスになるとサンタのフリをして25日になると家の中にプレゼントを隠す。
プレゼントは最低でも一週間前に、玄関にサンタへの手紙を貼り付けて、後は来たる執行日に備えるだけ。
あれは、妹が開いたプレゼントの中に欲しかったおもちゃが無かったときの顔にそっくりだ。
その理由はもちろん、俺の特異魔法だろう。
『特異魔法は現在でもその進化の全てを解き明かされてはいない。』
俺の適正魔術は、その筆頭格のようなものだろう。
【従魔術】は、魔獣を使役するための魔術だ。
しかし、この従魔契約の過程にもかなりの条件が設けられている。
まず、従魔契約は知性のある魔獣としか出来ないようになっている。
そして知性がある魔獣というのが、とてもとても狡猾で強靱で厄介だ。
これらの魔獣は【元獣種】に分類され、ゴブリン、オークなどであっても危険度は同じ種族の一つ上のランクに昇級される。
元獣種は基本的に群れの中でボスと認識され、群れの魔獣に指示を出し、組織的に人間を狩ることがある。
そして、元獣種は特異魔法を保有している固体が多いことも報告されている。
そんな魔獣との契約なんて不可能に等しいことから、第一段階である従魔契約に到達することなく、そこから先の解明がされていない。
次の【錬金術】、これは前世の知識からの代用イメージだが。
物質の分離と融合、これが能力の本質だと思う。
この世界での錬金術の立ち位置は、もっぱら詐欺に使われてきた。
代表的な例で言えば、凡そ100年ほど前錬金術師を名乗る男が、時の皇帝に金塊の山を差しだしその褒美として、領地を下賜された。
しかし、その一年後隣国との取引で使われた金塊の表面が剥がれ全くの偽物であることが判明した。
当時、帝城には鑑定術士がいなく金塊の真偽を見極めることが出来なかった。
恥をかかされた皇帝は激昂し、男に下賜した領地に存在する村から町を全て焼き討ちにし、男の家族を男の目の前で拷問し、1年間【治癒術】を使用した拷問の末に殺されたらしい。ルルティア談。
俺は詐欺なんて働くつもりは無いが、それでもマイナスイメージは強く残っている。
そしてその有用性も、薬師などの簡単な薬剤の調合など研究職でしか使用されていない。
この魔術の全容も全ては解き明かされていない。
特異魔法の研究のほとんどが、彼の猟奇帝の時代で止まってしまっている。
現在でも帝国内で研究が行われているが、戦闘に役立つ分野の特異魔法の研究が主になっていて、【従魔術】や【錬金術】などの非戦闘系能力は厳かにされている。
かなり重い空気だ。
俺はあんまり悲観していない。
【従魔術】は異世界ライフの定番で心が躍る。
まだ見ぬ世界を従魔や仲間と共に冒険するなんて、最高に楽しそうだ。
【錬金術】に関しても、むしろワクワクしかない。
こちとら前世で、一腕一足の兄と、甲冑身体の弟が賢者の石を求めて旅をする漫画を読んで育ったんだ。
やったるぞ精神でカイサルの方に視線をやると、先ほどよりも険しい顔でこちらを見ていた。
「そして、総魔力量だけど・・‥。」
一瞬が永遠に感じるほどだ。
「5000しかない。」
血の気が引いていく。
背中から肩に掛けて、何かが突くような感覚が襲ってきた。
首筋から顎に欠けて何か不穏なものが登ってくる。
しかし、それは口から出ること無く腹の下まで急直下で降りていった。
おい、今なんて言った?。
「ユーリ、落ち着くんだ。大丈夫だ、お前は私の自慢の息子だ。魔力量なんかでお前の価値が決まるわけでは無い。」
「そうよユーリ。魔法が無くたって、あなたは勉強が出来るじゃない。すごく優秀だって先生達から聞いているわ。」
貴族社会で生きていた両親は、恐らく人生で初めてであろう子供を励ますために、無い言葉を探すために口の中に指を突っ込んで掴み出す勢いで俺を慰める。
この瞬間を切り取っただけで、2人が良い両親であると疑いようがない。
周囲を見渡す、フラムベリカとトーラスは静観し、バレットもルルティアは、口を揃えて俺を励まそうとしてくれる。
しかし、聞こえない。正確には聞き取れない。
そのまま、俺は気絶して倒れ込んだ。
転生爆速スタートどころの話じゃない。
俺前世で何か悪いことしたのかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?。
ーー
「ユーリ!?、ユーリ!?。」
目を覚ますと、自分の部屋のベッドに居た。
目の前ではルルティアが涙を表面張力いっぱいにため込んでいる。
俺の目が覚めるのがダム決壊の合図だ。
「う゛ぁあああああ!!。ギューリィィィィ、ユゥーリィィ!!。死んじゃったと思ったじゃぁない!!。お姉ちゃんがいるから、ずぅっとユーリのそばに居るからね。だから大丈夫、大丈夫だからね!!。」
きっと俺が倒れてからずっと一緒に居てくれたのだろう。
俺は本当にこの人に愛されているのだと実感する。
「うっ!・‥‥‥ルル姉・‥‥ちょっと苦しいよ。」
「だめ!!、今日はもう離さないんだからね。」
ちゃっかり身体強化が施されている、
本当に死にそうだ。
「ルル、ちょっと離してあげないとユーリが苦しそうだよ。」
「バレットお兄様。」
ルルティアに隠れて見えなかったが、バレットも俺を心配して来てくれたようだ。
今日は午後からカイサルとの訓練があると言って楽しそうにしていたのに、悪いことをしたな。
「ユーリ、どこか痛いところはないかな。」
「肋骨が軋んでいる以外ですか?。」
「ははっ、冗談が言えるなら大丈夫だね。」
「どれくらい時間が経ちましたか?。」
「ほとんど経ってないよ。それよりユーリが無事で安心したよ。」
バレットの顔も、疲れている。
トーラスとの早朝ブートキャンプを終えた時よりも、疲れている気がする。
ルルティアの様にスキンシップは激しくないが、この人も俺を心配してここまで来てくれたんだ。
「私、お父様達を呼んでくるわ!!。」
ルルティアは勢いよく立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。
部屋の中は、俺とバレットの二人きり。
気まずい空気が流れる。よくよく考えてみれば、この人と家族として深い関係性を築けてはいないだろう。
優しく弟想いの良い兄。
トーラスと父に憧れ、日々努力を積み重ねている。
しかし、己の望みに見合った才能は持ち合わせてはいない。
そんな兄を俺は少し遠いところから見ていたのかもしれない。
自分には主人公補正なるものがあると高を括っていた。
努力なんてせずとも、きっと望むものを手に入れられると。
前世でもそうだった。
中学から私立に通ったのにろくに勉強しなかった。
大学で一人暮らしする時に家賃や生活費の面倒も見て貰っていた。
就活もせず、貯金を貯めることもなく、挙げ句の果てに携帯の通信料いっぱいを使い切り実家に迷惑を掛けた。
在学中にこっちに来たから、大学の授業料も奨学金も親に負担して貰うことになる。
俺が掛けた経済面の負担は計り知れないだろう。
それも全部俺の馬鹿げた妄想のせいで。
金はすぐに稼げると思った。
明日行けば、来週行けば、来月行けば。
俺はまだ2年だ、あと2年ある。
自分を怠けさせる理由を、広辞苑10冊分用意して何の保障もない空虚な希望に舐り付いただけだ。
バレットと目を合わせることが出来ない。
自分の脆さを全て見透かされてしまう恐怖で押しつぶされそうになる。
彼はあの時、俺が馬鹿げた言い分で遠ざけていた道を歩いている男だ。
そんな人の弟であることが、今とても恥ずかしい。
「ユーリ。」
バレットの声に身体が反応する。
ゆっくり、様子をうかがうように彼の顔を確認する。
手はゆっくりと、俺の方に向かっている、握って落ち着かせるためだろうか?
次に胸、顎、口角が少しだけ上がっている。
バレットと漸く目が合った。
いつもと変わらない笑顔でこちらに微笑みかけてくれる。
初めて魔力を通したときと同じように温かい感覚がある。
「最近、氷魔法の精度が上がってきたんだ。飲み込みが早いってティティウスやジャジャルディが感心していたよ。それに算術や、亜人語、大陸・帝国歴の授業はもう帝都の学院の4年生の修了課程まで全て終わっているんだ。」
ーなんだこいつ、自慢か?。
ー自分よりも魔力が少ないから、俺のことを下見てるのか?
ー魔力至上主義ってやつか、ああそうか。
ーこういう陰湿そうなやつが差別主義者になるんだ。
自分の中に嫌なものが浸透していくように、目の前の兄への鬱屈とした感情が積み重なっていく。
バレットは思い出の棚を一つ一つ開けて確かめるように、楽しそうに言葉を続ける。
「お父様やトーラス兄様も剣の腕が上がったって褒めてくれたし、フラム姉様のする難しい話が少しだけど以前に比べてわかるようになったんだ。」
「‥‥‥‥何が‥‥‥言いたいんですか?。」
これ以上の、この男の自慰行為を聞きたくない。
少し鬱陶しそうな目をバレットに向ける。
「ああ、ごめんね。喋りすぎたね。つまり、これは全てユーリから僕が貰ったものなんだよ。」
「僕が‥‥・‥ですか?。別に何もしていませんよ。」
慌てた様子から平静を装うように自分を落ち着かせるための深呼吸をするバレット。
しかし本当だ、俺は特に何もしていない。
「いや、ユーリは僕にいろんな事を教えてくれたよ。例えば剣術の訓練では、ユーリがワグの話をした事があったでしょ?重心が重要だって。あれで、重心を意識するようになってからは体重移動がスムーズになって剣が振りやすくなったんだよ。」
「‥‥‥‥。」
「魔法だって、詠唱を覚えることよりも生成の過程のイメージ訓練をする方が大切だって言ってくれたことがあっただろ。その通りにしてみたら、小さいけど無詠唱で氷が生成できるようになったんだ。」
「‥‥‥‥。」
「勉強だって、歴史の出来事を語呂合わせで覚えるようにしてから成績が良くなったし、ジャジャルディとの日常会話を亜人語に変えてみたんだ。最初は苦労したけどいまは簡単な会話程度なら出来るようになったよ。」
「‥‥‥‥。」
英雄の功績を称えるように、俺に語りかけてくる。
俺の手にかかる圧力が強くなっていく。
「つまり、つまりねユーリはすごいってことを言いたいんだよ。僕や他の教官が思いつかないことを色々教えてくれるし、それを実際にやってみたら、すごい効果があった。そんなユーリならきっと、未だに解明されていない【従魔術】や【錬金術】の特異魔法を使いこなすことが出来るんじゃないかと思うんだ。いや、ユーリならきっとやれるよ。だってユーリは僕の自慢の弟だからね。」
いつもの優しい表情とはかけ離れた真剣な表情。
きっとバレットの中にある男としての性が、強く好奇心を刺激しているんだろう。
深く熱い眼が、次は何を見せてくれるんだと、こちらに訴えかけてくる。
胸から込み上げてくるものが、眼から零れ落ちる。
「あっ、あれ?。」
涙を止めるために、ひたすら目を擦るが止まる気配がない。
ここにも決壊したダムがあるようだ。
バレットが俺を頬にハンカチを充ててくれる。
親子揃って紳士的だ。
「バレ兄ぃ、おれっ、やりますよ、見てて下さい。」
「ああ、いつも僕たち家族が見守っているよ。」
心に溜め込んだものが、隅々まで洗われていく。
俺は縋るようにバレットにしがみつき、懺悔するように大声を張り上げて浴びせ泣いた。
対照的にバレットは、静かに俺を受け入れてくれた。
この世界に来て初めて、誰かと心の繋がりを持てた気がする。
バァァン!!
兄弟のしんみりムードをぶち壊す音がした。
「目覚めたかユーリ!それじゃあ、これからお姉様が魔法の『ま』の字を教えてやろう!」
獰猛な笑みを顔に貼り付けたフラムベリカがそこに悠然と立っていた。
唖然とした表情のバレット、泣き終えた俺は赤目だった。
端から見れば狼に睨まれた野ウサギのようだろうな。
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