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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
57/63

章閑話:公爵邸冒険物語

お読みいただきありがとうございました。

評価とブックマークの方よろしくお願いいたします。

下の☆マークの所を五つになるようにポチッと押すだけの簡単な作業です。

良いねと感想の方も、より良い作品作りの為の参考としてお願いしたいと思います。


「ユーリ!きょうは、おねえちゃんといっしよに、ぼうけんをしましょ!」

「うぅー」


 これは、この俺ユークリスト・スノウ・グリバーがまだ一歳を迎えたばかりの話である。


 その日は、俺がこの世界に転生してから約一年という、プチ記念日を終えてから数週間が経ってからのなんて事のない日だった。

 約一年というのは、具体的に365日を数えていない事と、この世界が前世と同じような暦を使用しているのかわからないからだ。

 

 まあ何が言いたいかというと、ちょうど二本足で立って歩けるようになったから、そろそろ一年ぐらいだろ。


 そんな感覚だ。


 そんな俺だが、現在は転生したことを受け入れて赤ん坊生活をエンジョイしている。

 最初はかなり抵抗があったが、ウジウジ考えても仕方のない事であると割り切った。


 俺は今どこにいるか?

 俺は今、転生先のグリバー公爵家の本邸、その廊下を歩いている。


 姉に手を引かれて。


 姉の名前はルルティア・スノウ・グリバー。

 俺の二つ上の姉で、天の川の様に光沢を備えた金髪と燦然と輝くサファイヤの様な蒼眼が特徴だ。

 天真爛漫を地で行くような性格で、生まれてこのかた、ほぼ毎日一緒にいる。


 ルルティア初めて会ったのは、俺が昼寝をしていた時だった。

 母親であるマリアンヌの授乳を終えて、心地のいい夢を見ていたのに突然、頬を無遠慮に突かれて起きたのが始まりだ。

 誰だ!と思って目を開けたら、ゼロ距離に居たんだもんな。

 しかもなんか、ルルティアが起こした側のくせに、驚いたと思ったら泣き出しそうになるんだから、あの時は苦労したぜ。

 赤ん坊固有スキル『天使の微笑み』のおかげだったな。


 まあ、そんなルルティアだが、俺の事を大切に思ってくれているのは間違いなく、多少強引ではあるが、毎日こうして遊びに来てくれる。


 そんなルルティアが何を思ったのか、今日は冒険をすると言い出したのだ。


 間違いなく、録でもない事になるな。


 まあ、俺は歩き始めたばかりだからな。

 当然の事ながら、姉に対しての拒否権なんて持ち合わせていない。

 前世では三兄弟の長男だったからな。

 いまいち末っ子ムーブというのは、疲れるものだ。


「ままさまたちのおはなしをきいてたらね!そしたらね、フラムねえねえさまが、たからものをもってきたんだって!だから、きょうは、それをみつけましょ!」


 話を要約するとこうだ。

 先日まで、俺が生まれて一周年を祝うとかなんとかで長女のフラムベリカが帰ってきていた。

 その際に持ってきたものを、マリアンヌとお付きの侍女達が『宝物』と表現しており、それをルルティアが聞いたらしくその『宝物』を手に入れる為の冒険。

 というわけだ。

 因みに、この頃のルルティアは母親であるマリアンヌの事を『ままさま』と呼んでいる。

 『お母様よ』とマリアンヌが教えて、侍女たちがそう言うように諭そうとした矢先に『でもママはママでしょ?』と返答をかまされてしまいノックアウト。

 マリアンヌ曰く、あの時のルルティアの言葉を無視するのは天使の歓迎を無碍にする事と一緒らしい。

 つまり、ルルティアが愛らしすぎて許しちゃった。

 つまるところ、親バカである。


 我が家は、両親揃って親バカである。

 そういやこの前、マリアンヌが画家の手配をするようにって侍女長に頼んでいたな。

 俺たち兄妹弟(きょうだい)の絵でも書かせる気なんだろう。


 この話は後でいいか。

 とにかく俺は今、ルルティアに手を引かれて屋敷のだだっ広い廊下を歩いている。


 何のために?宝探しのためである。


 うん、めんどくさいな。


 宝物がなんなのかもわからないし。

 どこにあるかもわからない、そもそも会ったところで、それがほんとに宝物かもわからない。

 まぁでも、あのわがままにつられて歩くのが弟と言うのだと思う。

 なんて、前世長男の俺が言っているのは、全く説得力がないが。

 

 しかし、兎にも角にもこの身体は歩きにくい。

 なんせ、つい最近歩けるようになったばかりだからな。


 先日、赤ん坊という身分にたかを括って一日中寝そべっていたら、母親であるマリアンヌが俺の成長に何か問題があるのではないかと心配して医者を呼んできたから、慌てて本気を出して立ち上がったんだよな。


 正直、もうちょっとダラダラしていたかった。

 赤ん坊って寝るのが仕事ではないのね。

 赤ん坊の仕事は、親を喜ばせる事だ。


 しかし、俺が喜ばせたのは親だけじゃない。

 

 あの日以来、ルルティアが毎日俺の部屋に通い詰めて『ほぉら!ユーリこっち、こっち!』ってずっとやってくるんだわ。

 仕方なく歩いて行ってみれば、これがめちゃくちゃ喜んでくれんのな。

 なんか、こっちまで嬉しくなるじゃねえか。


 そんな姉が、何をもって俺をこんな事に付き合わせているのか。

 まあ大方、歩き始めたばかりの弟に良いところを見せたいのだろう。


 そんな事したって、普通の乳児は覚えていないのにな。

 

 貴族の令嬢といっても、こういう年相応の振る舞いを見ると愛おしく見えてしまうのは、家族愛的なあれだな。

 決して、欲情しているからではない。

 

 さて、そんな俺たちーーーもとい、俺を引っ張るルルティアが一番に向かった場所はというとーー


「ままさま!おたからはどこですか!?」


 うん、直球勝負。


 場所はマリアンヌの自室。

 なにか書類を認めようとしているマリアンヌの部屋に無遠慮(ノーノック)で突入、そんな暴れん坊が開口一番に放った言葉にマリアンヌは逡巡を見せた。


 何を言っているのか分からなかったのだろう。


「ルル、お宝ってなぁに?」

「フラムねえねえさまが、このまえくれたおたから!ままさまと、ほかのひとたちがおはなししてるのルルはきいてたの!」


 まるで謎解きを始めた探偵が如き振る舞いで、ビシッと立てた人差し指をマリアンヌに向けるルルティア。

 その表情は『さあ!お縄につけ!』とでも言っているかのようだ。


「フラムが買って来た『お宝』?あー。」


 人差し指を顎に添えて一考する、その絵になる姿マリアンヌは納得がいったように『ふふふ』と微笑んだ後、その笑みをこちらに向けた。


「そうね、確かにお宝よ。」

「!!ッほらーー「でもね、ルル?」

「ーーー大人の話を盗み聴くなんて・・・いつの間にルルはこんな悪い子になったのかしら?」

「う・・・」


 思惑が的中したと思ったルルティアが顔に喜色を浮かべる間もなく、マリアンヌは余裕を含ませた微笑みでルルティアを見つめた。

 先日実家に帰ってきたフラムベリカに対しても、ああやって『いつ婚約するの?』と問い詰めていたが、あれってかなり威圧感あるよな。

 

ー母親を怒らせてはいけない、これは世界が変わろうとも不変なのだ。


 そんなマリアンヌを見て自分の状況を悟ったルルティアは、眉間に皺を寄せて一生懸命考えているように見える。

 こういう仕草は年相応のものなのだろう。

 

 さて、そんなルルティアが頭の中に飼っている一休さんが出したトンチの答えは。


「で、でもでも!ままさまがルルたちにおしえてくれないから!だめ、なんだー!『かくしごと』と『うそ』はメッ、て、ままさまがい〜っつもいってるのに!」


 ザ・屁理屈


 俺の手を握っている手に思いっきり力を入れて、力強く放たれた反論は、紛う事なき屁理屈だった。

 

 俺以外の赤子だったら泣いてるぜ?

 これ、めちゃくちゃ痛えからな。


 そんなルルティアを見たマリアンヌ、屁理屈といえど頑張って反論を返したルルティアを見て、満足そうに微笑んでいる。


 あれだ、娘にちょっかいかけたかったやつだ。

 ちょっと困らせて感情を引き出したかったのだろう。


「うふふ、そうね〜ルルの言う通り。隠し事をしたママが悪かったわ。」

「むうー」


 顔の前で手を合わせてごめんなさいのポーズをしているマリアンヌ。

 対するルルティアは自分が怒られると思ったのか、緊張と体が強張っていた。


 必然的に、俺の手を握る力が強くなる。

 痛いけど、ここでなんか言ったらルルティアが自分を責めるかもしれないしなあ。

 

 仕方ない、我慢するか。


 めっちゃ痛いけど。

 俺じゃなきゃ泣いてるぜ。


「それじゃあ、お詫びに『おたから』が何処にあるか、ルルにだけ教えてあげるわ。特別よ。」

「え!ほんと!どこどこ!」

 

 マリアンヌの提案は、そんなルルティアの緊張を吹き飛ばすには十分だった。

 すぐさま喜色一色に染まったルルティアは、次何を言われるのか待ち遠しいらしい。


 そんなルルティアを見て小さく微笑んだマリアンヌは『えーとね』と天井に視線を泳がせ、そして思いついたように少し目を開いた。


「お宝はね、沢山の色があって、穏やかで、季節が変わらない場所にあるわ。」

「??ままさま、『きせつ』ってなあに?」


 俺はマリアンヌの言葉を自分の中で反復させ、言葉が示す場所は何処にあるかと思案する。

 ルルティアには聞き馴染みのない言葉があったようだ。


「季節というのはね、お外が暖かくなったり寒くなったりすることよ。ルルが探してるお宝は、ずっと暖かい季節の場所にあるわ。素敵なお姉さんのルルに見つける事が出来るかしら?」

「!?ありがとうままさま!ほら、ユーリいきましょ!」

「うあー」


 素敵なお姉さんというワードに火をつけられたのだろうであったルルティアは、ユークリストを引き摺って部屋を飛び出して行った。


 そんな二人の様子を微笑ましく見つめるマリアンヌは、その視線の先、自室の扉が閉じようとしたその隙間に見た人影をみて、その笑みを更に深めた。


 自分の娘と息子に追随する人影を。


「あらあら、ふふふ。」



ーー



 姉は進む、ぞんざいに弟の手を引きながら。


「ねえ、ユーリ?おたからってどんなものかなあ?」

「うあー」


 『知らないよ』弟はそう答えた。


「ユーリはおもちゃだとおもうの?おねえちゃんはね、おかしだとおもう!とってもあまいおかしなの!フラムねえねえさまがもってくるおかしは、いっつもおいしい!ユーリはどのおかしがすき?」

「おうう!」


 『母乳』弟はそう答えた。

 お菓子なんて食べられるわけないし、最近口にしだした離乳食は、あまり好みではない。


「えへへ、どんなおかしだろう?」

「あいー!」


 『見ろ、この歯を!これで菓子が食えるか!?』

 呑気に天井を見つめる姉に対して、弟は歯を剥き出しにする。


「にしし、ほら、おねえちゃんもユーリといっしょ!」


 そんな弟を見て姉は真似をする。


「おかしだったらいっしょにたべて、おもちゃだったらいっしょにあそびましょ?」

「ういーあ」


 『どうせ毎日一緒にいるでしょ?』

 弟はそう思いながらも、少しだけ手を強く握った。


「あ!」

「う?」


 何かを思い出した姉。


「バレットにいさまもいっしよにさーそお!」


 やはりこの姉は、愛に溢れている。


「うい!」


 何気ない会話が、幸せが、銀雹の館を満たしていく。



ーー



 迷いました。

 ここどこですか?


 喉が渇きました。

 ここどこですか?


 足が疲れました。

 ここどこですか?


 既に小さい方を漏らしてます。

 ここどこですか?


 ルルティアが止まりません。

 ここどこですか?


「きゃきゃぎゃきゃきゃー!!」

「もう、ユーリ!いいこだからちゃんとおねえちゃんについてきて!もうちょっとで『おたから』のところにつくから!」


 情けなくも発狂してしまった俺を見て、ルルティアは眉を八の字にして諌める。

 ルルティア自身、今自分たちがどこにいるのかわからないのだろう。


 そりゃそうだ、俺だってわからないのだから。

 今まで基本的にベッドで寝てたし、移動も抱き抱えられてる最中は寝てたし、屋敷内を回る時もいつの間にか眠くなって寝てたし。


 寝てばっかじゃん、俺。


 ていうか、こんな所に本家の子女と子息を放置ってあり得ないだろ。

 誰か、誰かついてきてないのか?

 騎士の一人や二人、侍従の一人や二人いるもんじゃねえの?


 痺れを切らした俺が後ろを見るが、相変わらず人影はない。

 くそ、マジでここどこだよ?


「ほら、こっち。こっちにいけばきっと・・・」

 

 もう後に引けないのであろうルルティア、自分が何処にいるのか、行くのかのかもわからないのに強引に進もうとする。

 ここで無理矢理手を引きたいのだけど、そうすればルルティアが暴れかねない。

 こういう時の三歳児は、飽きるまで付き合うしかない。


 まあ、心に余裕のある一歳児は受け入れてやるさ。


「こっちにいったらあるきがするわ!」


 しかし、本命の『おたから』は何処にあるのか。

 やっぱり、それが気になるな。


ーお宝はね、沢山の色があって、穏やかで、季節が変わらない場所にあるわー 


 沢山の色は、恐らく絵画とかの芸術品の類いだと思う。


「ねえ、ユーリはどっちにあるとおもう?」


 生まれて一週間ぐらい経った時に一度、家族の肖像画が飾られている部屋に連れて行ってもらったことがある。

 あの絵画室は確かに穏やかだったしな。


「つ、つぎはこっち。」


 ということは『おたから』は何かしらの芸術品かもしれない。


「あれ、いけない?」


 いや、だとしても季節が変わらないというのは解せない。

 ずっと暖かい、とか言ってたし。

 この寒い帝国北部で、ずっと暖かい場所なんてあるのか?


 ずっと暖かいってことは、ストーブ的な物が部屋の中を温め続けてるって事なのか?

 いやストーブはないだろ、ここ中世だし。

 でも魔法がある世界なんだから、ストーブみたいな魔道具があっても良いだろ。

 魔道具って、この世界にあるのか?


「あれ?どこ?ここ?」


 わからん。

 いや、なんとなく分かりそうではあるんだけど。


 いや、やっぱりわからんな。


「う・・・うっ、ひっく。」

「!?」


 やばい。


「うぅ、ままぁ・・・どこぉ・・」


 考え事に集中しすぎて完全に忘れていた。


 俺に我慢の限界が来ていたように、ルルティアにも我慢の限界が来ていたんだ。


 今にも、というかギャン泣きのスタートダッシュを切り出したルルティアは、初めて俺から手を離した。



「ああああああ!!ごほん、ごほんごほん!!」



 瞬間、俺たちのいる廊下全てに響き渡る声。

 わざとらしい大きな咳払いに驚いたルルティアの涙は涙腺に引っ込み、その反動で俺に抱きついて来た。


 うん、良い匂いがする。

 あ、お姉ちゃん、弟を盾にするのやめようか。

 俺もしっかり驚いてるから。


 そんな事よりも、二人の関心は自ずと声の下方向へ向く。

 声は俺たちの来た方向から聞こえた。


「ごほん!ああ!なあ、兄弟!?」

「きょっ!え?あ、ごっごほん。んーあー何かね?きょ、兄弟?」

「『お宝』っていうのは何処にあるのかねぇ?」

「ああ、それは確か、沢山の色があって、穏やかで、季節が変わらない場所。だったはずだが。」

「沢山の色があって、静かな場所ってのはアレかい?もしかしてぇ、沢山の絵が飾ってあるような部屋って事か?」


 まるで俺たちに聞かせるような会話。

 にしては、片方があまりにもぎこちない、頑張って演技してますよ感ダダ漏れの会話。

 そして、俺が考えていた答えは果たしてどうなのか。


「そんなわけないだろ馬鹿め。あ!?いや、あー兄弟?お前の言う事は少し間違えているなー!それじゃあ、季節が変わらないという条件が入っていないではないか?」

「あー、そうだったそうだった!しかし、こんな寒い土地にずっと暖かいところなんてあるのかねぇ?」


 やっぱり絵画室ではなかったか。

 しかし、そうなると本格的にわからなくなるな。


「しっかしあれだなぁ!ずっと暖けぇ季節ってことはよ、その季節にしか実らねえ食いもんがずっと食べられるって事だよな?」

「ううむ、まあ、理論上はそうなるなあ。暖かさに加えて水なんかもあれば、色々な果物だけではなく、花なんかも・・・え?あ?これはダメ?」


 声が一旦止まり、俺の思考は回り出した。

 ああ、そうか、それなら俺もわかるぞ。

 というか、この北部の土地ならそこしかないだろって場所が俺の頭の中にある。


「とにかく!植物がたくさんある場所を探せば良いって事だ!あー一体どこかねぇ?外にでも探しに行くかぁ!?」

 

 そう言って声は止み、俺とルルティアは再び取り残された。

 

「も、もうだいじょうぶよ、おねえちゃんが、ユーリをまもってたからね。」


 以前周りを警戒しながら、ルルティアは再び俺の手を握った。

 お姉さん、あんた弟を盾にしてましたやん。

 

「うーあうー」

「どうしたの?ユーリ。」


 自分の手を握っているルルティアの手をポンポンと触り、自分の意思を伝える。

 

「おっい、おっい。」

「ユーリはそっちにいきたいのね?」

「ういー。」


 ルルティアの手を引き、俺は歩き出す。


 まずは一階に向かう為に階段を下って行く。


「ユーリ。ほら、おねえちゃんのてをにぎって。」

「あい。」


 勿論一人じゃ降りられないから、補助が必要。

 

 その次は公爵邸の本館から出るために、体感100メートル程の廊下を進んでいく。

 この時、廊下の至る場所からメイド服のスカートの裾とか、真剣の入った鞘の剣先やらがチラホラ見えたけど気にすることはなかった。


「ねえ、ユーリ?ほんとにこっちなの?やっぱりおねえちゃんがーー」

「あいあい」


 本邸を出た俺たちは、その裏にある庭園へと向かった。

 公爵邸には客用の表の庭園と、公爵家の人間の為の裏の庭園がある。

 表の庭園は、客人が馬車で公爵邸の敷地を見て回った際、どう綺麗に見えるかを意識して作られ、大きな噴水を中心に北部で群生している花々が植えられている。

 裏の庭園は公爵家の人間が、或いはその客人が歩いて見て回る際に美しく魅せる為に作られており、全体を見渡せる作りになっている。


 なぜ俺がこの場所を知っているかというと、この場所を毎日見ているからだ。

 本邸の俺の部屋、俺がこの一年間過ごした部屋の窓から、この庭園が一望できるからだ。

 マリアンヌが俺の部屋に来て、俺にキスをした後抱き上げて、必ずこの光景を見せてくれた。

 

 沢山の色があり、穏やかな場所。


 千客万来を表現するかのような彩り鮮やかな花の絨毯を、俺とルルティアは進んでいく。

 俺がどう見えるかはわからないが、俺から見たルルティアは花の妖精のようだ。


「すごぉい!とってもきれい!」


 はしゃいだルルティアが俺から手を離し、歩を進め、庭園のあちらこちらを見渡している。


 そんなルルティアを尻目に俺は、その中心ある大きなガラス張りの建物の前まで来ていた。


 季節の変わらない場所。


 それは温室だ。

 この一年間に、週一ぐらいのペースで連れて来られた場所であるここは、特別な魔道具としての機能も持ち合わせており、四季折々の植物を育てることが可能なのだ。


「ういーあうあう。」

「なぁに?ユーリ、ここにはいりたいの?」

「あい!」


 俺の意図を察したルルティアは、両掌を扉に添え力一杯前進する。


「うーん、うーん!」


 しかし、自分の体躯を遥かに超える扉だ、3歳のルルティアに開けられるわけはなく、このまま立ち往生するしかないと思われた。


 その時、大きなガラス張りの扉が俺たちを迎えるかのように、音も立てず開いた。


 え?まじ?自動ドア機能とか付いてんの?これ?


「ほ、ほら!おねえちゃんがあけたのよ!ねっ!どう、すごいでしょ!?」


 ピョンピョン飛び跳ねるルルティアと、自動ドアへの疑問を置いて、俺はガラス張りの庭園の中に進んで行った。


 天井から入った陽光が、磨かれた大理石の床を反射し、その光がまた別の硝子で輝きを生み出す。

 星空の中に入ったような燦然さと、ほんの少しの儚さを孕んだ輝き。


 四阿を中心に設計された空間は、今を生きる花々の生命に意味を与え、ここに訪れた者の心に残り続けるだろう。


「まって、ユーリ!ほら、てをはなさないーー」


 俺を追って来たルルティアが、その存在に気づき、俺の手をぎゅっと握った。

 その感動の強さが、握力に代わって俺に伝わってくる。

 なぜだか不思議と痛さは無かった。


 それに向かって、俺たちは歩き出す。

 お互い言葉を交わす事は無かったが、これまで四六時中握っていた手が互いの気持ちを物語っていた気がする。

 

 ああ、こりゃ『おたから』って言うのも頷けるな。


 俺たちの足は同じ方向に向かい、そして同じタイミングで止まった。


 この星空の様な空間を照らす恒星の前で。


「すっっっっごぉい!きれい!」

「うあー」


 もう一つの恒星が俺の手を握って、ブンブンと上下運動を繰り返す。

 この場所で一際綺麗に輝くもう一つの大華が、俺の手を握ってその幸福を振り撒いている。


「ねね、ユーリもそうおもうでしよ!?」

「ううー!」


 俺もこれには同意する、これは『おたから』以上の価値を持つものだろう。

 誰かの人生を祝うに相応しい、そんな神々しさを纏っている。


「これなんていうんだろね!?」

「ういー」

「え?ユーリ、あれほしいの?わかった!おねえちゃんがとってきてあげる!!」

「あー!だだだだだ!だーぶ!あーぶぅあ!」


 星空を照らす恒星の下、綺羅星の様にはしゃぐ二人の愛らしい姉弟の声がガラス張りの建物から聞こえていたのは、その日空に登った太陽が沈むまでであった。


 

ーー



 その日、二人の妹弟を見守っていた者がいた。

 朝方、食堂にやって来た妹が『きょうは、ユーリとぼうけんにいくの!』と聞かされた彼は、自らが同行したい欲求を見事に抑え込み、尾行する事を決意した。


 自らに伴う従者たちに事の顛末を伝えた彼は、その日行うはずだった稽古やら勉強やらの全てを放り投げ、今日一日可愛い妹弟達を見守っていた。

 もちろん勉強やらのエトセトラは、後日に振替という形をとった。

 この交渉を母親に行なった際に、彼は肖像画3枚分のモデルになる事を約束したのだ。

 許しを得た彼は、他の侍女や騎士たちが妹弟の邪魔をしないように先回りして交通整備を施し、窮地に陥った際に大声で助け舟を出したりした。


 全ては可愛い妹弟が冒険する姿を見守るために!


「二人共。ゆっくり、ゆっくりだからね。」

「心得ております、坊っちゃま。おい穀潰し、音を立てるなよ。」

「へいへい、ちゃんと理解してるっての。どっかの大根役者と違ってな。」

「な!?貴様それを口にするなと!」

「静かにしてよ!」


 一番下の声量で、一番上の怒り方を。

 そう、彼は起こしたくないのだ。


 ぐっすり眠っている可愛い妹弟を。

 すやすやと甘い寝息を漏らす弟を大切に抱き抱えながら眠る妹の寝顔も、また天使のそれであった。


 バレット・スノウ・グリバー

 帝国筆頭公爵家である銀雹(グリバー)公爵家の次男であり、今回の冒険の一部始終を見守っていた者の一人。

 おかっぱ頭で綺麗に切り揃えられた銀髪の間から覗く蒼眼は、まさしく雲の隙間から見える快晴。

 中性的な優しい顔つきは、母親譲りである。


「それからジャジャルディ。僕の事を坊ちゃまと呼ばないでって言ってるでしょ?」

「心得ました。申し訳ございません。バレット様。」


 恭しく礼をする男。

 ジャジャルディ・ホーネット。

 カイザル髭の似合うダンディな執事。

 

「坊、ついでにそいつの歯の浮くような演技力もやめてもらえよ。」

「貴様のその減らず口は、娼婦の下着でも詰め込まないと直らないのか?」

「あ?んだと・・・」

「だから二人とも!!喧嘩しないでよ!」

「大変申し訳ございません。バレット様!」

「悪い悪いって、坊。もうしねえからよ。」


 またもやバレットに仲裁され、ジャジャルディといがみ合っていた男は両手を上げて謝罪する。


 ティティウス。

 無精髭を生やした三十代ほどの中年男。

 全身よりも急所だけを守る事に特化している出立ちは、騎士というより傭兵に近い。

 

 ジャジャルディとティティウス。

 二人はバレットの専属従者である。

 そして、水と油ほど相性最悪である。


「しかしまあ、こいつはいつ見ても惚れ惚れするぜ。」


 先程までルルティアとユークリストが熱中していた『お宝』に対して、ティティウスは感想を溢す。


「まあ、その意見には賛成だな。流石フラムベリカお嬢様がバレット様の為に選ばれた一品、いや一輪だ。バレット様の凛とした人柄と全く遜色ないーー」

「ああ!そんなに言われたら恥ずかしいよ。」


 羞恥心を感じたバレットがジャジャラディを遮り、三人の間に小さな笑いが起きた。

 そうして三人の視線が『お宝』に集中する。


 この瞬間に崩壊しても可笑しくない儚さに反比例する神々しさ。水面に映った月の様に幻想的であり、見た者に蠱惑的な夢を魅せる魔力のようなものを持っている。

 本来それは、月光に照らされてこそ真価を放つと言われているが、この陽光に満ちた空間の中でもその所以が色褪せることはないのだろう。


銀蒼月(ジル・フローラ)、バレット様の五歳の誕生祝い品としてこれ以上の品はありませんな。」

「うん、とっても綺麗だよね。でも僕はお父様がくれたこの剣も嬉しいよ。」


 銀蒼月(ジル・フローラ)

 グリバー公爵家長女であるフラムベリカが、バレットの五歳の誕生日祝いとして持ってきた、まさに超一級の一品。


 その素晴らしさを説いたジャジャルディに同意はするが、花より剣のお年頃であるバレットは自分の腰にかけてある細剣を見つめて手をかける。


 剣柄に淡い紫色の魔石が埋め込まれ。

 剣身は魔力親和性の高いミスリル製。

 銀を基調に作られた鞘に収められてる。


「流石にわかってるじゃねえか。やっぱり男は、剣だよな。」

「坊っちゃま!こんな教養のない男と同次元の事を言うなど!頭が腐ってしまいます!」

「だから坊っちゃまって呼ばないでよ!」


 兄であるという自覚を持っているバレットにとって『坊っちゃま』と呼ばれる事は、子供扱いされているようで歯痒いのだ。

 というか妹弟の手前、とても恥ずかしい。

 しかし、こんなやり取りをして良いのは三人だけの空間限定である。

 今この場に、三人が最も気を遣わなくてはならない人間がいるという事が、三人の意識から欠如してしまっていた。


「・・・・・・おにいしゃま・・・」

「「「!!?」」」


 その呟きが、静寂を呼ぶ。

 三人がゆっくり息を合わせ、同時にその声の元を確認する。 


「・・・ほら、にいしゃまも・・・いっしょ・・・とっても・・・きれい・・・・すー」


 天使は寝ていた。

 三人は顔を緩めた。


「うし、そんじゃさっさとこの二人を部屋に運ぼうぜ。」

「ああ!待ってよティティウス。」

「んあ?」


 ここまで来たのは眠りこけている妹弟を回収する為であり、ティティウスはその役目は自分だと思っていた。

 現にジャジャルディもそう思っていた。


「二人は僕が運ぶんだ。」


 自信満々に胸をドンと叩き宣言するバレット。

 呆ける二人の従者を置いて、眠っている妹弟の元に歩いて行くバレットの顔は嬉々としていた。


「いやいや、何言ってんだよ坊!」

「坊ちゃま!ご無理はいけません!」

「いいから、二人はそこで見ててよ。」


 二人の制止に耳を貸さず、ユークリストを抱き抱えながら眠っているルルティアの横で膝をついたバレットは、そのままルルティアの首元と膝下に手を回す。


「集中するから、うるさくしないでね。」


 そして、静かに深呼吸をした。


 ジャジャルディは止めるように言葉を続けようとするが、バレットの意図を察したティティウスがこれを制する。


「ん・・・ん・・・」


 歯を食いしばった声がバレットから漏れる。

 二人はそれを黙って見守る。


 時間にして三十秒ほどだろうか、その静けさを破ったのは感嘆の声だった。


「あ、お、お、おおおおお!」


 声の主はジャジャルディ。

 いま彼の目には、ルルティアとユークリストの二人を抱き抱えているバレットの姿が映っているからだ。

 その光景に驚きを隠せない。


「へっ、やるじゃねえか。」


 一方、ティティウスは予想していたようだ。


「これは、身体強化・・・」


 驚いたジャジャルディだが、そのカラクリは瞬時に理解しているようだ。

 

 身体強化は魔力を扱う人間にとっての入り口であり、それを極めれば上位の人間と渡り合う事のできる技術だ。

 五歳になり『祝魔の義』を終えたバレットは、現在この身体強化に重きをおいて稽古を積んでいる。

 そしてその鍛錬の結果が、今こうして結実して目の前にある。


 歯を食いしばって顔を真っ赤にして、バレットは妹弟を抱き抱えたままゆっくり出口に向かっていく。


「・・・穀潰し、貴様知っていたな?専属騎士としての報告義務はどうした?」

「ん?ああ、坊に内緒にしてくれって言われてな。てめえがどうかは知らねえが、俺の優先度は坊が一なんだよ。」


 出口に向かうバレットの背中を見ながら、ジャジャルディは隣に立つティティウスを問い詰めた。

 公爵家の嫡子に付けられた専属従者には、それぞれ役目がある。

 その内の一つである報告義務をティティウスが怠った事は、平時であれば公爵家への背信として取られかねないのだ。


「それが傭兵の矜恃か?」

「男の流儀だよ。」


 しかしそんなもの、ティティウス(この男)には通じない。


 ジャジャルディは口を噤んだ。

 これ以上の物議は、いま目の前で起きている光景に対して無粋であると判断したのだろう。

 というより、そんな事よりも、ジャジャラディにとってもこの光景は微笑ましいのだ。


 己の主が成長している現場に立ちあった感動。  誰かに仕える身である自分にとって、これほど喜ばしい光景が他にあろうか。

 この光景を、あと何度目にする事ができるだろうか。


 これを、どうやって奥方様に報告しようか。


 ほんの一抹の不安を抱えたジャジャルディとティティウスが、バレットの背中に追随する。


 しかし、出口に差し掛かった辺りでバレットの足がピタリと止まり、何事かと訝しむ二人の足も止まった。


 よく見たら、バレットの肩が小刻みに震えている。


「はあ、坊、交代だ。俺が持つぜ。」

「いいよ・・・ぼくが、もつ。」


 如何に身体強化が出来るといえど、まだ魔力のなんたるかを歩き始めたばかりのバレットには、この僅か十五メートルほどが限界らしい。


 しかし、折角の機会を逃したくないバレットはティティウスによる助けを拒み、更にしかし、歩く事が出来ずその場で立ち往生をしていた。


 その後粘り続けるバレットと、説得する従者二人のやり取りを見に来たマリアンヌが、その光景を絵に収める為に絵描きを呼んだ辺りまでバレットは二人の妹弟を抱き抱えていた。


 こうして、ユークリスト・ルルティア・バレット三人の公爵邸内の冒険は幕を閉じた。


 三人の兄妹を収めた絵画は、今も公爵邸の絵画室一角の中心に飾られている。

 雄々しくも慈愛に満ちた笑みを浮かべるバレットの腕の中で、温もりに埋もれる様に眠るルルティアとユークリスト。



 題は『宝物』



ーー



 銀蒼月(ジル・フローラ)

 遥か昔、大陸に存在していた花の都シャムナジーク、この世の古今東西凡ゆる花々が群生していたその国は、芸術と文化の都として大陸の歴史に大きく名を残した。

 銀蒼月はその国の王女であった姫に求婚の印として捧げられた逸話が残っている、まさに幻の花だ。

 淡い蒼色の花弁は月光を当てられると銀色に反射し、その姿は地上に咲いた一輪の月華の様。

 温度と湿度、そして周囲の魔力濃度や水の配分に肥料に陽光、ありとあらゆる特殊な条件を達成した後の満月の夜に開花し、その後月の満ち欠けに応じて花弁が欠けていき、最期新月の夜に全ての花弁と種を落として枯れていく。 


 花弁は万能薬の材料に使われ、死を待つだけだった病人を完快に向かわせた事だってある。

 別の用途でいうと花弁で作られた染料で染め上げられたドレスは一領地の一年分の予算にも勝ると言われ、乾いた根を煎じた茶は体の免疫力を高めあらゆる疾患を妨げる。


 その美しさに魅了された者。

 その薬効を追い求めた者。

 その逸話に取り憑かれた者。


 万人がその不確かな全てに魅入られてこの花の影を追いかけた。


 しかし、なぜ花を花の都の姫に送ったのか?

 

 その疑問は後の時代の歴史家の頭に疑問を産み、その謎を突き止めるために生涯を費やした人間もいたそうだ。

 

 そしてその願いが叶い、その疑問も解消された。


 結論から言うなら銀蒼月という花は、大陸の歴史に存在しない。

 正確には、存在していなかった。


 一人の貧しい青年が、惚れた女性に捧げるまで。


 青年は言った『この愛の証明に花を捧げよう。大陸中の花を集めたこの国に無い貴方だけの花を!』

 

 そして青年は五年という月日を掛けて見つけ出した銀蒼月の花を、姫が待つシャムナジークまで持って帰り姫に求婚し、互いを待ち続けた二人は結婚した。


 青年は五年という時間と、未知と困難に挑む勇気を示した。

 王女は青年を信じ純潔を守り、王族の地位を捨てて待ち続けた。


 貧しくも勇敢な青年ジル

 誠心と純潔の姫フローラ


 もう二度と離れない、何人にも阻む事のできない二人の愛の象徴であるそれに名前をつけた。


 銀蒼月(ジル・フローラ)と。


 

 

 銀蒼月には花言葉が三つある。

 一つ 『未知への勇気』

 二つ 『信じ抜く純心』


 


 三つ 『愛する貴方へ』

 



お久しぶりで御座います。

現在、続編について詳細を詰めている最中です。

待たせている自覚はあるのですが、自分としては納得のいくものを読者に届けたいと考えております。

ご理解のほどよろしくお願いします。

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