第四十四話:ルルティア・スノウ・グリバー 其之二
お読みいただきありがとうございました。
評価とブックマークの方よろしくお願いいたします。
下の☆マークの所を五つになるようにポチッと押すだけの簡単な作業です。
良いねと感想の方も、より良い作品作りの為の参考としてお願いしたいと思います。
私はこれまで、ユーリの姉として振舞っていた。 それだけは、はっきり言いきれる自信がある。
それだけは、私がこれまでの人生で実践してきたことだから。
勉強が嫌いで家庭教師の授業で寝ていた時もあった、ダメと言われていたのにエリーズに隠れてお菓子を摘み食いして時もあった。
『そんなんじゃ立派な公爵令嬢になれませんよ。』と言われたこともある。
ただそれでも、あの子の姉じゃなかった時なんて一秒もない。
あの子の手を握って、あの子の前を歩いて、あの子が知りたいことを教えて、あの子の行きたいところに連れて行ってあげた。
私は、私の持てる全てを、あの子の姉としての全てに注ぎ込んできた。
そんな私を後ろから見ていたユーリは、私の事を姉と思ってくれていたのだろうか。
あの子は頭が良いから、大人のような考え方をするから、本当はどう思っていたのかな。
フラムベリカお姉さまのように頭の良い会話が出来て、時に変わった言葉遣いをして。
そんな大人びたユーリにとって、私という存在はどう映ったのだろうか。
姉として慕ってくれていたのかな。
それとも、行き先を阻む存在として煩わしく思っていたのかな。
世話のかかる年上だと思って、仕方なく一緒に居たのかな。
都合のいい、小間使いとして使ってやろうと思っていたのかな。
わからないよ。
私に手を引かれている時、私の背中を見てユーリはどんな顔していたのだろう。
嘲笑うような目で見ていたのか、それとも呆れたような顔をしていたのか。
・・・・・・どうしても笑顔で笑っている顔が思い浮かばないのは、これまでの私の思考回路の所為だろう。
今はただ、ユーリの顔を想像するのが怖い。
七日目、ユーリは来ない。
フラムベリカお姉様との話では、今日が最終日だったはずなのに、どうしても帰り支度をしようという気になれない。
寝不足というのも確かにあるが、家に帰ってユーリと顔を合わすのが怖い。
あれ、ユーリってどんな顔してたっけ?
わからない、どうしてこんなこと考えてるんだろ?
もう何がどうなっているのか分からない。
怖い・・・どうして私がこんなことに、私何か悪いことした?
私はただ、ユーリのお姉ちゃんになろうとしただけなのに。
もう何を信じればいいのか分からない。
外に出るのが怖い、このまま部屋の中に居ようかな。
あの時のユーリってこんな気持ちだったのかな。
一人でずっとこんな気持ちに耐えていたのかな。
私なら無理だ、こんなの耐えきれない。
誰か、誰か側にきて。
ユーリ・・・・・・
都合がいいのは分かっている。
ただそれでも、思わずにはいられない。
こんな時に助けてくれるのは、私にとってはユーリしかいない。
今更、そんなことに気づいてしまった。
多分私は、私が思う以上に、ユーリに対して執着していたんだと思う。
こんなにも胸がざわめいて、こんなにも不安でいっぱいになるなんて。
今はただ、あの時に戻りたい。
私がユーリの手を引いて歩いていた、あの頃の日常に。
そんな私を、扉を叩く音が現実に引き戻した。
周りを見ると陽射しが窓から部屋に差し込んでいた、部屋の外はすっかり明るくなっている。
目覚めたときは身動きが取れないほど真っ暗だったのに、それほど考え込んでいたのかな。
誰が来たのか、エリーズが今日のご飯を持ってきたのかな。
グロリアには誰も通さないでとお願いしているから、エリーズぐらいしか通す人はいないだろう。
もしくは私と同い年のネイメルかな、ネイメルとは何度もお茶会を開いているから面識もあり、私の今の状態をすごく心配してくれてる。
セブルニア子爵が来たのかな、もう帰ってくれって言われるのかな。
本当は帰りたくないけど、これ以上ここに居るのも迷惑かもしれないなあ。
それに、ここで帰らないと、帰るきっかけがどんどん遠くなっていく気がする。
帰れるうちに帰ろう。
そう考えていた・・・・矢先の事だった。
「・・・ルル姉・・・僕だよ。」
「ッ・・・・・・・・!!」
扉の向こう側から聞こえてきたのは、ユーリの声だった。
扉越しにもわかるほど、力の無い声だ。
それを認識した瞬間、私の体に緊張が走って全身が強張った。
返事をしようにも、なんて言って返せばいいのかわからない。
ユーリだ、ユーリが来た。
どうしよう、なんて言おう?
ユーリが私のために来てくれた。
なんて返事すればいいの?
何を言ったらユーリは喜んでくれるの?
いやいや、なんでユーリに喜んで貰わないといけないの?
ユーリに怒っているから私は今ここにいるわけで、ユーリの機嫌を取る必要なんてないはず・・・だよね?
つまり、私がどれだけ傷ついたかユーリに言って、怒って泣いて、ちょっとだけ叩いて、謝ってもらって、それを許せばこの部屋から出られるんだ。
そうすれば私とユーリは、前みたいに仲良しの姉弟に戻る事ができるんだ。
本当にそうだろうか?
暗闇の中に見えた暗闇が、再び塞がる。
本当に、そうなるだろうか?
ユーリに怒って、ユーリを許して。
そうすれば、また元通りになるのだろうか?
わからない、こんな事今まで一度もなかったから。
こんな事になるまでユーリに怒った事が無かったから、こんな事になるまでユーリを嫌いになる事は無かったから、こんな事になるまでユーリを怖いと思うことが無かったから。
だから、どうする事が正解なのかわからない。
もしも間違ってしまったら、ユーリとの関係が変わってしまう事が怖い。
どうでもいいと思っていたのに、どうでも良かったはずなのに。
いざ目の前にユーリがいるとなると、やっぱりユーリとの関係を変える事が一番怖いのだと気付かされる。
私の中からユーリを消す事は、簡単ではなかった。
そして元通りというのは、一体どこまで元通りなんだろう。
またユーリと仲良しの姉弟に戻るのだろうか。
また、私に隠し事をして離れていくユーリに戻るのだろうか。
私に嘘をついて、私の知らないユーリに戻るのだろうか。
それは、それだけは絶対に嫌だ。
もう隠し事をしないで欲しい。
もう嘘をつかないで欲しい。
もう、私から遠くに行かないで欲しい。
ユーリと仲直りしたい、でも今までのように秘密がある関係は嫌で、お互いにもっと色んなことを話し合えるような関係に・・・・
でも、なんて言ったら良いかわからない。
きっと上の姉兄達なら言葉にして伝えられる事が、ユーリにもできる事が私にはできない。
だってわからないんだ。
隠し事をしないで欲しいと伝えることも、嘘をつかないでと伝えることも、遠くに行かないでと伝える事はできる。
きっとユーリは、それに答えてくれるだろう。
今のあの子なら、私の全てを肯定するから。
でも私には、それ信じる事ができない。
ユーリが言っていることを理解して信じる事が、私にはできない。
信じる方法がわからない。
私のして欲しい事をこの場で伝えても、いずれは遠くに行ってしまうのではないかという欺瞞の種はいつまでも私の中で育ち続け、育ちきったそれは私とユーリの関係に致命的な何かを齎すかもしれない。
そして私は、そんな気持ちでユーリと接したくない。
そんな気持ちで、ユーリの前を歩きたくない。
今この場で、ユーリのことを心から信じられる確証が欲しい。
そうじゃないと、私は私の事を信じられなくなる。
行き場のない無責任な願いが、胸の中で悪戯に膨らんでいく。
私が返事をしなかったから、ユーリは帰ってしまったのだろうか。
扉で隔てられているから、そこにユーリがいるのかわからない。
「ルル姉・・・返事をしなくても良いから、僕の話を聞いて欲しいんだ。」
心の逡巡に応えるかのように、扉越しにユーリの声が聞こえてきた。
少しだけ力が戻った声が、私の心まで届くのを感じる。
僕の話って、何を話すんだろう・・・・
「ルル姉・・・僕はね・・・」
強張った声から、緊張している事が扉越しにも伝わってきた、きっとユーリはこれから大切な事を言うのだろう。
何を言うのかな?
ユーリの言いたい事はわからないが、この状況を冷静に見つめている自分がいる事はわかる。
その私は『ユーリを心から信じる事は無理だ』と言っている。
もう一方で『ユーリの事を信じたい』と思っている私もいる。
相反する気持ちが共存する事で、今の私は少しだけ冷静になれている。
扉越しに意識を集中していると、ユーリの深呼吸が聞こえてきた。
大きく吸ってゆっくり吐く、緊張している時のユーリの癖だ。
一体、何を言うのか・・・・
「僕には・・・生まれた時から今までの記憶があるんだ。」
それは、予想もしていない言葉だった。
ーー
僕には生まれた時からの記憶がある。
この言葉があまりにも予想外すぎて、私は言葉を返せなかった。
沈黙に向けて、ユーリはぽつぽつと語り出した。
「僕が初めてルル姉に会ったのは、寝ていた僕をルル姉が起こしに来た時だったよね。あの時の僕は母様と父上以外の家族の顔を見た事が無かったんだけど、すぐにわかったよ。『ああ、この人が自分の姉兄なんだ』って。それがとても嬉しくて、ずっと笑ってた事を今でも覚えてるよ。」
二人の軌跡を辿るように、ユーリは話し出した。
これは、私も覚えてる。
あの時の衝撃が、私の生き方を教えてくれたから。
「それから毎日ルル姉は僕のところへ遊びに来てくれたよね。ルル姉が初めてお菓子を持ってきた時は、僕のベッドの上が菓子クズだらけになっちゃって、オリヴァが慌てて片付けててさ。きっと、僕とルル姉のお菓子好きはあの頃から始まってたんだね。」
そうだ。
ユーリに何かしてあげたくて、小さかった私は自分のおやつをユーリに持って行ってあげたんだ。
それでベッドを汚しちゃって、でもすごく楽しかったなぁ。
私が覚えていなかったことも、ユーリは覚えていてくれていたんだ。
「それからも、ルル姉は僕に会いにきてくれて、気づけば僕の人生に欠かせない人になってたんだ。まあ、姉弟なんだから当たり前か。」
ユーリにとって、私は掛け替えのない人間だったの?
なら、どうして、あんな事したの?
「そう言えば、ルル姉は覚えてる?僕の事をユーリって呼んだのはルル姉が最初なんだよ。僕の名前を母様から聞いたルル姉が『ユーリ、ユーリ』って呼んでくれて、とって嬉しかったのを今でも覚えているよ。父上はユークって呼びたかったらしいだけど、僕はユーリの方が気に入ってたから『ユーリ』の時に笑って『ユーク』の時にムスッとしてたらみんな『ユーリ』の方に定着したんだよね。父上にはちょっと悪い事をしたと思ってるけどね。」
ユーリの口調が少し明るくなった。
そうだったんだ。
あの時から、私がユーリにしていた事は無駄じゃなかったんだ。
嬉しい、ずっと胸を締め付けていたものが緩まったような。
ほんの少し、開放感のある気持ちだ。
それからユーリは、私との思い出を話し出した。
私も知っている思い出を、ユーリも覚えていてくれていた。
私が忘れてたユーリとの思い出も、ユーリは覚えてくれていた。
「僕が初めて自分の足で立って歩き出した時も、初めて言葉を話した時も、初めて文字を書いた時も、その場にはルル姉がいて、僕はルル姉に喜んで欲しい一心で頑張ったんだ。ルル姉の笑顔が見たくて、ルル姉の笑顔が何よりも好きだから。
ただそんな僕よりも、ルル姉の愛情の方が強いってのはこの八年っていう僅かな人生でもわかるんだ。」
そうだ、私の方がユーリを大切に思ってる。
「僕が一度大熱を出した時なんか、部屋の外からルル姉の泣いてる声が聞こえてきてさ、自分がどれだけルル姉に大切にされているか実感できて、その時は病気で苦しいはずなのに何故か安心できたんだ。」
そんな事もあったなぁ。
あの時はユーリが遠くへ行ってしまいそうで、怖くて堪らなくて、夜通し泣きじゃくったのを覚えてる。
「ルル姉はいつも僕の前を歩いて、僕が道に出来た窪みや障害物で躓いて転ばないか気にかけてくれたよね。」
そんなの当たり前だよ。
私はユーリのお姉ちゃんなんだから。
「僕の首が座り始めて母様が帝都に行ってしまった時も、僕が寂しくないようにって毎晩僕と一緒に寝てくれたよね。『少女と精霊』っていう絵本を、僕が寝付くまで毎晩毎晩、一年ぐらい続けてくれたよね。僕は今でも、あの絵本が一番好きなんだ。」
それは、私の中の一番の思い出。
この思い出が、私とユーリを特別にしてくれる。
でも本当は、お母様が帝都に行っちゃって寂しかったのを誤魔化す為にユーリの元へ行っていたの。
きっとあの頃は、ユーリが感じた以上に私の方が安心して夜を過ごす事ができたんだろう。
っていうのは、秘密。
ユーリ、それも覚えていてくれてたんだ。
私も、その本が一番好き。
もっと言うなら、ユーリと一緒に読む『少女と精霊』の絵本が一番。
思い出すと、身体の中に温かい何かがじんわりと広がってくる感覚がある事に気付く。
いつも、私がユーリと一緒にいる時もこんな感じだったはず。
「僕が興味を持った事を僕よりも調べてくれたよね。勉強も教えてくれたし、魔術の勉強にも連れて行ってくれた。皆んな僕が優秀だって褒めるけど、ルル姉がいなければ今の僕はいなかったんだよ。」
なら、なんで、私から離れるような事をするの?
私の事が嫌いになったの?
私がどれだけ頑張ったか知っているのに、どうして私が傷つくような事をするの?
「つまり、その、何を言いたいかと言うと・・・」
詰まりながら言い淀み、その雰囲気は扉越しでも重いとわかってしまう。
ユーリは気まずくなったら、決まってこう言う口調になる。
「僕の人生はこれまでずっとルル姉と一緒で、そしてこれからもルル姉にいて欲しいんだ・・・」
私はずっとユーリと一緒にいた。
離れて行ったのはそっちなのに、そんな勝手な事言わないで。
「ごめんね、都合の良い事だっていうのはわかってるんだ。ルル姉を傷つけておいて、何を今更って思ってるんだと思うよ・・・」
そうだ、今更なんだ。
あんなにも勝手な事をして私を傷つけたのに、まだ勝手な事を言うの?
「僕はただ、一人でもやっていけるって思いたかったんだ。ルル姉や家族の力を借りなくても、一人の力で生きていけるって、そんな自信が欲しかったんだ。でもその結果、ルル姉をとても傷つけてしまった。ずっと僕の近くに居てくれたルル姉を傷つけてしまった。あんな事、もう二度としないと誓うよ。」
一人でって何?
こんなに私が一緒にいたのに、ユーリは一人になりたかったの?
やっぱり、私の事を迷惑だと思ってたんだ。
それなのに一緒にいて欲しいなんて、そんな我儘な事許さない。
「ルル姉・・・僕はまた、ルル姉と一緒にお茶を飲んだり、ルル姉と一緒に勉強したりしたいんだ。
他にも、まだやってない事だってある。
ルル姉に魔道具を作ってみたいし、ルル姉と一緒に旅行にも行ってみたい。ルル姉が好きだって言ってたお菓子を出す店にも行ってみようよ。南部の海で釣りをしたり、帝都にある劇団を観に行くのもいいね。僕はあまり外に出ないからこれぐらいしか浮かばないけど、他にもルル姉の行きたい所に行ってしたい事をしよう。」
そうやって、また私の機嫌を取ろうとする。
でも、その後は?どうせ、また一人でどこかへ行ってしまうんでしょ?
「ルル姉がこれまで、僕の為に頑張ってくれた事、我慢してくれた事の全てに、僕なりの全てを返していきたいんだ。」
そんな言葉、信じる事ができない。
「・・・・どうすれば、ルル姉と前みたいに仲良くなれるのかな?」
そんなの、私が知りたいよ。
「・・・・戻りたいよ、こうなってしまう前に。」
私も、出来ることなら戻りたいよ。
でも、また傷ついてしまうのなら戻りたくない。
此処から外に出たくない。
コツンッ
何かが扉に当たる音がした。
重く消え入りそうな声で、ユーリは言葉を続けた。
「ただ、父上の様に強くなりたかったんだ。母上やフラム姉の様に賢くなりたかった。トーラス兄の様に頼りがいがあって、バレット兄の様にスマートな男になって・・・」
それは・・・私もそうだ。
私だってユーリを守りたい。
だって、私はユーリのお姉ちゃんなんだから。
でも、そうなのかな・・・
私が両親や姉兄の背中を見て感じたように、ユーリも何かを感じたのかな。
「ルル姉を、守りたかったんだ。」
私を?どうして?私が頼らないから?
ユーリから見て私は、ダメなお姉ちゃんだった?
だから嘘をついて、遠くへ行ったの?
守りたいのに、私を傷つけたの?
分からないよ。
もうユーリの言葉を信じる方法が、私には分からないよ。
「ルル姉がこれまで僕を守ってくれた分だけ、僕もルル姉を守りたかったんだ。」
・・・・・・私?
「僕も、ルル姉の事が大好きで・・最愛のお姉ちゃんで・・・家族だから。」
言葉が途切れる。
少しの嗚咽を交え、ユーリの声色から何かあったのではと察することができる。
扉越しだから、何が起こったのかは分からないけど。
でもーーー
ユーリも、私と一緒だったの?
私がユーリを守りたいと思った分だけ、ユーリも私を守りたいと想ってくれてたの?
そう考えると、自然と目頭が熱くなる。
「ルル姉、傷つけてごめんね。嘘をついてごめんね。隠し事をして遠ざけてごめんね。」
扉越しに微かに聞こえるユーリの声は、今にも消え入りそうで、ここで返事をしなければ多分一生このままになってしまうのでは、と思わせる。
ユーリは私が聞きたかった事を全て言ってくれた気がする。
私に謝ってくれて、どうして酷い事をするのか言ってくれて、そして私があの子にとってどう言う存在なのか。
ユーリの中に、ルルティアという存在がいる事も伝わってきた。
「ルル姉・・・・大好きだよ。僕のお姉ちゃんがルル姉で本当によかった。」
ただそれでも、私にはその言葉をどう信じれば良いか分からなかった。
ユーリを信じたいよ、仲直りしてまた一緒に過ごす日常に戻りたいよ。
でも、それと同じくらい、また傷つけられるのが怖いの。
それに怯えながら、大好きなユーリと一緒にいたくないの。
勝手な事を考えてると、自分でもわかっている。
ユーリーーーーー
ーー
何かをしなくてはいけない。
この場で答えを出せなくても、このままベッドの上で蹲っているわけにはいかない。
そんな思いが生まれた私はベッドから降りた。
そしてその足は、ユーリがいる扉の方向へ自然と進んでいった。
なにが出来るわけでも、なにをするか決めているわけでもないのに。
相変わらず怖いのに、その必要に駆られた。
少しでも、ユーリの近くに居たいと思ったから。
扉の目の前についた私は、その掌を扉に着けた。
この扉の先にユーリがいる事を、実感する為に。
まあ、扉はなにも返してくれないけど。
ユーリを信じたいのに、ユーリを信じる方法がわからない。
その事が、その事実が、目の前にある扉を堅牢な絶壁に変えてしまう。
誰かにこの扉を壊して欲しい、もっと言うならユーリに。
自分から望んで此処にきた、自分から望んでユーリから離れた。
なのに今は、此処から出たくてたまらない。
ユーリに連れ出して欲しい。
それが良くない事だっていうのはわかっている。
私はユーリのお姉ちゃんなのだから。
私が自分の手で扉を開き、自分の足でこの部屋から出なくては行けないのだから。
そうする事こそが、私の中の姉というものなのだから。
なのに、今の私はそんな当たり前の事にさえ、ユーリを求めてしまっている。
私は、私が思っている以上にユーリに依存しているんだ。
今だからこそ、わかってしまう。
最初は純粋な愛情だった、はず。
ただそれは少しずつ、時間をかけて捻れ曲がっていったんだ。
両親と姉兄が帝都に行ってしまった時。
私は最初、バレットお兄様の元へ行った。
バレットお兄様は私が持ってきた絵本を読んでくれたけど、他の勉強・剣や魔術の稽古のせいで私との時間が取れなかった。
今思えばバレットお兄様は頑張ってくれたけど、私はもっと一緒にいて欲しかった。
だから私は、ユーリの近くにいる事で寂しさを誤魔化した。
ユーリに愛情を注げば、その分だけ自分に返ってくると思ったから。
家族の愛情ーーー
私はそれが欲しかった。
この世界で、いや、あの大きな屋敷の中で、私は一人ぼっちじゃないのだと思いたかったから。
私は愛されているのだと、安心したかったから。
私は頼り甲斐のあるお姉ちゃんであるべきなのに、ずっとユーリに頼りっぱなしだったんだ。
なのに、あんな乱暴なことをするなんて、、
なんて身勝手だったのだろう。
私の勝手でユーリを振り回した癖に、こんな事にまで付き合わせるなんて。
「・・・私はお姉ちゃん失格だよ・・・」
張り詰めた思いが、言葉になって溢れる。
「そんな事ない!」
反射的に返ってきた。
おかげで、言葉が漏れてしまった事に動揺する暇なんてなかった。
「ルル姉がいなきゃ、僕はもっと酷い人間になってた!ルル姉が、僕に家族の意味を教えてくれたんだ!」
声を張り上げて私に訴えてくるユーリの気持ちが伝わってきて、どうしようもなく胸が苦しくなる。
「小さい時から、僕が食べやすいようにパンを千切ってくれたり、僕が眠りやすいように揺らさず抱えてくれた。僕に友達がいない事を気にかけてくれて、色々な家の令嬢に良いことを言ってくれてるのも知ってるよ。そういう一つ一つの丁寧な優しさこそが、ルル姉が僕に教えてくれたものなんだ!ルル姉以上の姉なんて、いるわけないだろ。」
ユーリのその言葉に、私は涙が溢れてしまわないようにするだけで精一杯だった。
今溢れてしまえば、きっと自分を抑えられないと思ったから。
「・・・・・ルル姉、この扉を開けるね。」
「ッ・・・!!」
しかし、意を決したようにユーリがそう言った。
扉越しでもわかる強い語意で、体がビクッとなってしまった。
ユーリが扉を開ければ、開けてくれれば。
きっと、この部屋から出られるんだ。
「たとえ鍵がかかってても僕の『錬金術』なら開けられる。」
そうだ、それが出来たのにユーリがそれをしなかったのはーーー
私に扉を開けて欲しかったからだ。
私が決断して、私自身が扉を開ける事をユーリが望んでいたからだ。
でも私が開けなかったから、嫌気がさしたユーリは自分ですることにしたんだ。
私が頼りないからーー
「僕が勝手に開けるだけだから、嫌なら嫌と言って良いよ。あーでも、開ける時にグーが飛んでくるなら言って欲しいかな。心の準備をするからさ。」
ほんの少しの冗談と、伝わってくる本気。
そうだ、ユーリに開けて貰えば・・・
ああ、こんなのじゃダメだ。
「ダメッ!!」
また、同じことを繰り返すだけだ。
私が、この扉を自分で開けないといけない。
でも、わからない。
私の中に引っかかっている違和感は、未だ何も解決していない。
どうすればユーリを信じる事ができるの?
また傷つかない為には、私はどうすればいいの?
それが分からないと、私はまた同じことを繰り返す気がする。
それは嫌だ。
もう傷つきたくない。
私自身も、そしてユーリを傷つけたくない。
だから、確証が欲しい。
もう傷つかないで済むっていう確証が。
それをユーリから欲しかった。
でも、多分、それは十分に貰ってる。
ユーリのこれまでの言葉が、私に教えてくれてる。
あとは、私自身の問題だ。
私が、この扉を自分で開けるだけ。
それで全てが解決するはずーー
とは、どうしても思えなかった。
私の頭の中には、どうしても拭えない気持ちがあった。
「ユーリ、、、」
「・・・うん。」
それを解決しなければ、また同じ事を繰り返す。
「ユーリは、私の事をお姉ちゃんだと思ってる?」
「うん。ルル姉がお姉ちゃんでよかったと思ってる。」
「こんな所にまで家出しちゃう自分勝手なのに?」
「行動力があるのは、ルル姉が持ち合わせてる長所の一つだよ。」
「いっつもユーリにべったりで、鬱陶しいでしょ?」
「あれが僕らの日常だよ。今度からはお姫様抱っこも追加しよっか?」
こんな事じゃなくて、他に聞く事があるはずなのに。
「私はユーリより勉強できないし、魔術だってまだまだで・・・全然自慢できるところもないし。」
「家族の誰よりも愛情深くて、純粋で好奇心旺盛な自慢のお姉ちゃんだよ。」
これも、これも違う。
「小さい時に、ユーリの腕をだるんだるんにしてごめんね。」
「ああ、おかげで、関節外しは僕の数少ない特技なったよ。」
「私の我儘で、ユーリを連れ回してごめんね。」
「僕の好奇心の源は、ルル姉との冒険の日々だよ。」
「ユーリにたくさん迷惑をかけてごめんね。」
「ルル姉からは、それ以上のモノを沢山もらってるよ。」
これでもない・・・・
一体、何を聞くつもりだったんだっけ?
何か大事なモノがあった気がするのに、気がつけば自分を否定するような言葉を並べて、今じゃユーリに謝ってしまっている。
違う、私がしたかったのはこんな事じゃないの。
「私はーー」
「ルル姉。」
意味のない自傷行為に手を添えるように、ユーリの声が私の声を包む。
このまま行き場がなくなってしまう前に止めてくれて、ホッとしている自分がいる。
そして、大見得を切ったくせに何もできない自分が情けなく思ってしまう。
そんな私の心中を察したように、ユーリは静かに続けた。
「ーーー家に帰ろう。」
私の中に沈殿した感情の塊の中にスッと入ってくる。
今、今なんだと、心臓が早鐘をならす。
今の自分が、一体どんな顔をしているのか全く想像もつかないけど、多分酷い顔をしているんだろうな。
部屋に篭りっきりで、何もしていなかったから。
オマケについさっきまで泣きじゃくっていたのだから。
目は赤く腫れ上がって、髪もボサボサなんだろう。
ただそれでもーーー
今すぐ、ユーリに会いたい。
震える手を、ドアノブに伸ばす。
握りしめて、ゆっくり捻る。
恐怖を、少しの勇気で包んで。
ドアと壁の隙間からの光が顔にあたる面積が少しずつ増えていき、目を細めた反動で目頭に溜め込んだ涙が一筋落ちた。
ぼやける私の視線の下に、黒い髪が映った。
胸が熱くなり、そこからの事は生涯忘れる事はないと断言できる。
ユーリは体の至る所に包帯を巻いて、今にも倒れてしまいそうなボロボロの状態で立っていた。
こんな姿になってまで、私を迎えに来たんだ。
胸の高鳴りを感じながら、私たちの視線が混じり合う。
ユーリの顔がふにゃっと柔らかくなった。
「はは、ルル姉、髪ボサボサだね。」
砂時計の砂のように、必死に押さえ込んだ涙が頰を伝っていく。
気丈に振る舞う為に強張っていた表情は、それよりも早く決壊して、原型に戻すのは無理だろう。
それでも良い、それでもいいの。
だって、本当に望んだものが目の前にあるのだから。
「うわぁああああああ!!ユーリィイイイイ!!」
「ぶごはっ!!」
気づけば私は、これまで溜め込んだ全てを吐き出すかのように大きな声をあげ、ユーリに向かって全力で抱きついていた。
私の体重を受け止めきれなかったユーリが倒れ込み、廊下に二人とも倒れ込みながら咽び泣いている。
ユーリの方は、泣いてないと思うけど、
泣いてて欲しいな。
「ああ、ユーリ、ユーリユーリユーリ!!こんなに傷ついちゃって、私の為に来てくれたの?痛い?お姉ちゃんが守ってあげるからもう大丈夫よ!?」
「うっ、ありがと、ルルね、でも、ちょっと、いたい、かな・・・・・」
「誰がユーリをこんな風にしたの?そいつはもうやっつけた?やっつけてないならグロリアにやっつけてもらうわ!?」
「う・・・・うん・・・」
ユーリの声がする。
ユーリの匂いがする。
ユーリの感触で、ユーリの全てを感じる。
荒れる息を整えて、全てを感じた私は朗らかに微笑んだ。
「帰りましょう、ユーリ!」
「う・・・・・」
その所為か、いや、原因はわからないけど。
ユーリは白目を剥いていた。
きっと、私と会えたのがそれぐらい嬉しかったのだろう。
私は、もっと嬉しい!
ーー
人間関係の修復っていうのは、正直言うと困難この上ないものだと思う。
例えばこれが男女関係だった場合。
片方が浮気をして、その事について謝罪する。
もう片方は恋人に対しての愛憎で混乱してしまい、許そうと思っても『浮気をした奴』というレッテル相手に対して貼り続ける事になるだろう。
それで別れるカップルもいるし、もし許したとしてもふとした瞬間にぶり返されることなんてザラにある。
以前は許していたほんの些細な欠点だって『更にこいつ浮気もしたんだよな。』みたいな付加価値がついてしまい、その短所がどうしても許せなくなるのだ。
今回のルルティアの件だってそうだ。
今後俺の言動がルルティアに対してどう働くのかわからない。
今まで叩いていた軽口が通じなくなるかもしれない。
ほんの些細な事が、ルルティアの琴線に触れるかもしれない。
それでも、多少強引だったとしても。
ルルティア自身から出てきてくれたのは嬉しかった。
俺が傷つけてしまったにも関わらず、ルルティアは、ルルティアから俺の方に来てくれたのだから。
この行動を裏切ってはいけない。
家族として、忠誠に近い心遣いで、もう一度関係を築いていけるように努力していこう。
ちなみに俺は、ルルティアの説得中ずっと全身が痛かった。
訳のわからん疲労やら眠気に耐えながら説得というのは、本当に骨の折れる事この上なかった。
実際に骨が折れている事を後から知るのだが・・
そんな事もありの強行手段ではあったのだが、ルルティアに言ったことは全て本心だし、紛れもない事実である。
この後の俺は、ほんの少しだけ気絶した後にルルティアと共に帰る事になる。
帰り道は、ずっとルルティアに密着されて傷口が開きっぱなしだったけど、これが愛の痛みというやつなのかもしれない。
帰りの馬車に揺られながら、俺はある事を考えていた。
この世界には、まだまだ俺以上の強敵が多すぎるかもしれないという可能性。
そして、俺は外の世界を知らなすぎるという焦燥。
強敵用に作った魔術銃が簡単に攻略されたし、結局最後は肉弾戦だったし。
もっと俺自身を鍛える事にしないといけない、と改めて実感する一週間だったと思う。
残された課題は山積みで、次はどんな敵がやってくるのか。
もしくは敵なんか来ないかもしれないし、このまま平和かもしれないけど。
ただ、それでも、俺はもっと強くならなくてはいけない。
精神的にも、肉体的にも、智力的にも。
俺がもっと強くなれば、今回犠牲になった子供達を事前に救えたかもしれないのだから。
良くも悪くも、今回のレーメンとルルティアとの一件が、俺の人生を次の段階に進めるきっかけになったことは間違い無いだろう。
ただ、とりあえず、そうだな。
今は、家に帰ってぐっすり眠りたい。
残りはいくつかの章閑話を考えていますが、ひとまず!
ここで第二章は終わりです!!
本当に一年近くお付き合いいただきありがとうございました!!
そして、ごめんなさい!!
三章からは計画的に執筆をして、読者の皆さんにお届けできるように心がけていきたいと思います!
では、失礼します!!




