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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
54/63

第四十三話:ルルティア・スノウ・グリバー

長い間失礼いたしました。 

ほんと、毎回こうですよね。 

呆れた目で温かく見守ってください。


余談ですが、友人の結婚式に参列してきました。

生涯の伴侶を得られるというのは、とても得難く尊い事であると認識させられました。

ナカタクも、この作品から始まる様々な作品たちを生涯の伴侶と言えるぐらいの愛情をもって、今後も創作に励んでいきたい所存であります。  



 いつからかは覚えていない。

 何故なのかも覚えていない。 

 

 ただ、どうしてもそう思っていた。

 物心つく前から、そう考えていた。


 それが使命だと言われたように。






『私が、(この子)を守るんだ』






 ルルティア・スノウ・グリバー。

 それが私の名前。


 大陸の中で一番大きいオルトウェラ帝国。

 私はそこで二番目に偉い帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の一席、グリバー家の次女だ。


 家族の皆は、私の事をルルって呼ぶ。

 皆が私の名前を呼ぶ時、『ルル』って音が可愛く弾んでいるように聞こえる。

 だから、私は自分の名前を呼ばれるのが好きだ。 


 私の家族は父と母、そして兄が二人と姉が一人いる。 

 そして、弟が一人。


 お父様はこの帝国の軍で一番偉い人で、この帝国で一番強い人だ。

 もしかしたら、この大陸で一番強いかもしれない。

 いや、強いに決まってる。

 お父様は格好よくて優しくて、とっても強い。

 屋敷にいる人も、街にいる人。

 皆、お父様の事を尊敬している。

 色んな人がお父様の事を褒めて、お父様の事を噂している。

 お茶会に来る他の令嬢達も、私を褒める時はまず始めにお父様を褒める。

 先生達だって、私が勉強や魔術の授業で行き詰まった時には、必ずお父様の事を出した後『貴方はそんな方の子供なのです』と言って、励ましてくれる。

 この話を出される度に、私はお父様の事が好きになる。

 私のお父様は凄いんだ、だから私も凄いんだって、そう自分に言い聞かせる。

 一年で三・四度かしか会えないけど会う度に私の事を褒めて貰いたくて、私は勉強を頑張っている。

 『自分の人生を賭けてこれだって決めた物だけは守りなさい。そうすれば、それが何時かルルの事を守ってくれるから。』

 お父様は私にそう言った。

 だから、それを実行しようとしている。

 私がなにを守るかって?

 そんなのもう答えが出てる。


 お母様はとっても美しくて、とっても優しい人。

 長い金髪に蒼い眼、私と同じだ。

 とっても頭が良くて、庭園でお茶を飲むのが好きで、私はお母様と飲むお茶が大好きだ。

 明るくて、少しお茶目な人だ。 

 『欲しい物ができたらね、それがどうすれば手に入るのか考えるのよ。一つ一つ丁寧に、そしてそれを実行する。そうやって、私はパパと一緒になったの。』

 お茶を飲んでる時に教えてくれたお母様は、とっても穏やかな顔をしていた。

 正直言って、意味が分からなかった。

 でも私は、お母様からお父様とのお話を聞くのが大好きだ。 

 私も何時か二人みたいに誰かと結婚するのかな?

 どんな人かな?

 私は、私と一緒にいてくれる人が好きだ。

 私と同じ歩幅で歩いて、私と同じ場所に行って、私と同じ体験をしてくれる人。

 後、王子様みたいな人も好き。

 礼儀正しくて、横柄じゃなくて、私の事を一番に考えてくれる人。

 反対に、独善的な人は嫌い。

 

 一番上のお姉様は、とっても面白い人。

 大陸中の色んな所を旅しているって本人は言ってた。

 帰ってくる度に、色んな国や土地の歴史や文化の話をしてくれる。

 私は、お姉様が帰ってくるのを毎回楽しみにしている。

 でも、本当はお姉様が持ってくるお菓子の方が楽しみ。

 北部のお菓子はサクサクしてるお菓子が多いけど、お姉様のお土産はフワフワしてたり、しっとりしてたりするのが多い。

 勿論サクサクのお菓子も好き。

 一番下の弟は、ミルクに付けて食べてた。

 私も真似をしたけど、とっても美味しかった。

 でも、直ぐに侍女達に見つかって止めさせられた。

 お姉様はとっても美人だけど、婚約者はいない。

 『私に見合う男がいないのさ。』と本人は言ってた。

 お母様は、そんなお姉様に婚約者候補になる人を会う度に紹介してる。

 そんなお母様から逃げるお姉様は、ちょっと可愛い。

 お姉様の婚約者がどんな人になるのか楽しみではあるけど、そうしたらお姉様が好きな色んな国を回る事が出来なくなるのかな?

 ずっとお姉様が家にいるのは楽しい事だけど、お姉様が楽しくなくなるのは嫌だ。

 だから、私は自分が楽しく居れる人と婚約するんだ。


 一番上のお兄様は、とっても大っきい人だ。

 私と二番目のお兄様と一番下の弟を簡単に持ち上げられる。

 力持ちで、努力家で、とっても優しい人。

 よくお姉様と言い争いをしている。

 と言うのも、お姉様の自由で格好いい行動がお兄様にとっては目の上のたんこぶだって、下の弟が言ってた。

 たんこぶがどんなのかは分からないけど。

 それでも、言い争いをしているときの二人は少し楽しそう。

 私も何時か、下の弟とあんな風に言い争うときが来るのかな?

 お兄様はお父様の後を継いで、帝国筆頭公爵家になる為に毎日頑張っている。 

 お兄様は婚約者がいるらしい。

 どんな人か会った事はないけど、きっと素敵な人だ。

 だって、お兄様の婚約者だもん。

 素敵な人に決まってる。

 『お前にも何時か婚約者が出来る。しかし俺より強い奴じゃ無ければと認めない』

 そんなことを言ってた。

 お兄様よりも強い人なんて私はお父様しか知らないから、私はお父様と結婚するかもしれない。

 

 二番目のお兄様は、王子様みたいな人。

 優しくて気遣いが出来て、格好よくて努力家だ。

 二番目のお兄様とは、カトバルスの屋敷で九年間一緒に過ごした。

 小さい頃のことはあまり覚えていないから、実際は五年か四年ぐらい。

 私のことを『ルル』って呼んで可愛がってくれる。

 でも、二番目のお兄様とはあまり遊んだ記憶が無い。

 屋敷の中で会うのはご飯の時と、下の弟についていってお兄様の訓練を見に行くときぐらいだった。

 お兄様はとっても頑張っている、勉強に剣術の訓練。

 屋敷から出る前は、侍従のジャジャルディに女性のエスコートを学んでた。

 『どんな些細なことでも良いんだ。何かあったら僕に言ってね。絶対ルルの力になるから』

 お兄様はそんなことを言ってくれた。

 よくよく考えれば、私の理想像は大分お兄様に近いモノになっている。

 仕方ないよ、だってカッコいいんだもん。

 お兄様は、今年から帝都の学院に通っている。

 一番目のお兄様と同様に婚約者を作るのかもしれない。

 寂しい気がするけど、ちょっと楽しみ。  


 そして下の弟は、とっても可愛い私の宝物。

 頭が良いけど、直ぐに危険なことをするやんちゃな子。

 私が二番目のお兄様との記憶が少ないのは、この子が理由だと思う。

 私が物心ついた頃には、既に一緒に居た。 

 私が手を握って行く道を教えてあげた、色々なことをこの子に教えてあげたかったからだ。

 だからたくさんお茶会をして、たくさん勉強して、たくさんお話しした。 

 『ルル姉、他にももっと教えて。』

 そう言われるのが溜まらなく嬉しくて、私は色んな事を頑張った。

 この子のお姉ちゃんとして、前を歩けるように。

 でも私が前を歩きすぎて目を離した隙にどこかに行っちゃうから、しっかり手を繋いでいるって決めた。

 

 全員で七人家族だ。


 でも、私の専属侍女のグロリアとエリーズは私の家族みたいな存在だ。

 私に美味しいお茶を入れてくれて、楽しい話をしてくれて、一緒に勉強したりする。

 岩山だって割る事が出来るし、大抵の魔獣は簡単に倒す事が出来る。

 だから、私は二人の事を『心の家族』って言うようにしてる。


 私の家族は本当の家族以外に『心の家族』がそれぞれ二人ずついる。

 

 

 自己紹介はこれぐらいにして、一番したい話をしよう。

 


 そう、私の弟の話だ。


 出会ったのは二歳の時。

 私がお姉ちゃんになるのだとお母様に教えて貰ってから、いつ会えるか楽しみにしてた。

 どんな子なのかな?可愛いかな?それともカッコいいのかな? 

 

 膨れ上がる気持ちを言葉にすることは出来ないけど、あの時の私はとにかくその日が待ち遠しくて仕方なかった気がする。

 その逸る気持ちを抑えることは二歳の私には難しく、自分を抱えた侍女にお強請りをして毎日お母様の元に通った。

 少しずつ大きくなるお母様のお腹に耳をあてて『ねーねーでしゅよー』って、数を数え切れないほど言った気がする。

 そしたらたまにお腹の中から返事が返ってきて、なんだか胸の中が温かくなった。

 


 『この子が私の弟なんだ』って会ったこともないその子に、私の心は奪われたのだ。



 春先の肌寒さが過ぎて北部の雪が溶け出した頃、弟が生まれた。

 領都の近くに強い魔獣がでたということでお父様達は討伐に出かけており、お母様がなんだか寂しそうだったのを覚えている。

 私はそんなお母様を見て『一緒に居る』と言ったけど、陣痛に耐えかねて絶叫を上げるお母様が怖くて泣きだしてしまった。

 

 あの時は、お母様のお腹から悪魔が出てくるのだと思って怖くなり『弟なんかいらない』と思ってしまった。

 弟が生まれてくるのは嬉しいが、それでもお母様の方が私は大好きだったから。


『この子の名前はユークリスト!ユークリスト・スノウ・グリバーだ!!』


 喜色一色に染まったお父様の声を聞き、弟が無事に生まれたのだと知った。

 見に行きたかったけど『弟なんていらない』と思ってしまった手前、私はその気持ちを表に出すことが出来なかった。


 それから数日が経ち、私は侍女を伴って自分の足で弟に会いに行くことにした。

 同時の私の部屋はお母様の部屋の二つ隣だったから、簡単にいくことが出来た。

 現在お母様は体力が回復し、この時間帯は庭園でお茶を飲んでいる。

 ついさっきまで弟の面倒を見ていたらしいけど、弟が眠った事で時間が空いたとか何とか。

 部屋の中には大きなベッドがあって、その脇に柵の付けられた小さなベッドがあって、そこには何かが盛り上がっているように見えた。

 

 きっと、それが弟なんだーーーそんな確信が私にあった。


 この瞬間を毎晩夢に見た、一体どんな子なのか想像してもしきれなかった。

 私に似て金色の髪なのだろうか、それともバレットお兄様のような銀の髪なのか。 

 眼の色はフラムベリカお姉様のように綺麗な紫水晶かな、それかお母様のように澄んだ蒼色かな。

 お父様やバレットお兄様のように爽やかな顔つきなのかな、トーラスお兄様のように怖い顔つきはちょっと嫌だな。

 お兄様だから良いけど、弟だとちょっといや。


 柵の一本を掴み、思いっきり背伸びをした。

 視界を遮っていたベッドの骨組みを越え、私の視界に待ち望んだその子が映った。 

 

 まだ少ししか生えていない髪の色は黒で、眠っているからか瞳の色は見えない。

 手は私の手よりも小さくて、身体よりも頭の方が大きい。

 私の稚拙な言語化能力じゃ言い表せないほどの、存在がいた。

 


 御伽噺に出てくる妖精が、私の目の前に居た。

 目を閉じて夢物語を見ている天使が、私の目の前に居た。

 その一瞬の為だけに咲いている一輪の華が、私の目の前に居た。


 

 思えば、この瞬間だったんだと思う。



『私がこの子の一生を守っていくんだ』と思ったのはーー


 私は我慢することが出来ず、もう片方の手を柵と柵の間に通してその子に手を伸ばした。

 ちょっと身体が引っ掛かって動きづらかったけど、私の指先はその子の片頬を捉えた。

 この世の者とは思えないほど柔らかい感触と温かい何かが、指先を通して私の中に入ってきた。

 

 こんな素晴らしい事があって良いの?当時の私はそう思ったかもしれない。 


 その感触に捕われた私は、何度も何度も頬を突いた。

 その子の頬が柔らかくて、とっても気持ちよかったからだ。


 当然のことながら、その子は閉じていた瞳をパッチリと開けて此方の方に首を傾けた。

 太陽の陽が反射する草原のように綺麗な碧色の瞳が、私の方を見つめていた。

 突然のことで私は緊張してしまい、何と言えば良いか分からずに固まってしまった。


 いきなり泣き出さないかな、嫌われたらどうしよう。

 目の前の子がどんな反応をするのか分からなくて、私は少し怖くなった。

 幼い時分の当然の反応というか、私の目頭は熱くなって泣き出しそうになった。 

 怖くなったんだ、自分の所為で起きてしまったのだと。


 そんな私の気持ちを読み取ったのか、その子は天使の歌声のような笑い声を上げた。

 自分の頬を突いていた私の指を掴んで、私に向かって一生懸命笑いかけてくれた。

 今までお母様が見せてくれたどの宝石よりも美しく、今までお父様が伝えてくれた愛情よりも温かい笑顔が、私の短い人生に於いて最大の感動を与えてくれた。

 詳しいことは覚えていないけど、この時の感動を越えるモノは未だ無いと思う。


 前言を撤回したい。


『私が(この子)を守るんだ。』 


 ルルティア・スノウ・グリバー。

 この瞬間、幼い私は自分がこの世に生まれた意味を理解した。



ーー 



 それから毎日、私の毎日は色鮮やかに輝きだした。

 何気ない日常の何でもないことが、ユーリに教えてあげようと考えるだけで特別な思い出に変わって、私の中の最優先事項はユーリ一色になった。 

 たくさん抱っこしてあげた、たくさん手を繋いで、たくさんチューもした。

 ユーリを見る度に私の心は高鳴り、その気持ちは日に日に磨かれていく宝石のようだった。

 

 ユーリの見た目は他の家族とは違った、先祖返りというらしい。

 私と同じ髪と瞳の色じゃないのが残念だったけど、それはそれでとても良かった。

 黒い髪はさらさらしていて、部屋の照明に反射して出来た光沢が輝いていた。

 緑の瞳はとても可愛らしくて、ちょっと気怠げな目つきも更に愛らしかった。


 私はユーリを色々なところに連れて行った。

 一番多かったのは、私の部屋。

 一緒にお茶を飲みながら、私の知っていることをユーリに教えてあげる。

 ユーリは目を輝かせながら色々なことを聞いてくるから、私はなんでも答えた。

 分からないことは何でも調べて、次の日には教えてあげられるようにした。 

 今思えば、私の優秀さという部分の全てが『ユーリに知識を与えたい』という欲で出来ていたのかもしれない。


 次に多いのが庭園。

 四季折々に咲く様々な花達にユーリは興味なさそうだったけど、一緒に居るだけで私はとても楽しかった。

 

 私のお家はとっても大きいから、たくさん遊ぶことも出来た。

 ユーリと追いかけっこをした。

 ユーリとかくれんぼをして、ユーリが考えた『だるまさんがころんだ』もした。

 どれをするにも私がユーリに勝って、それが終わると私の部屋でお茶を飲んだ。


 他の子は成長するにつれて、他の兄妹達と疎遠になると聞いていたけど私の兄妹はそんなことはなく、寧ろその絆は時間を重ねる毎に強くなっていると思う。

 

 特に私とユーリの絆は特別だ。

 私はユーリと生まれた時から一緒に居て、ユーリの成長の全てに立ち会ってきた。

 ユーリが初めてはいはいした時、私の元に来てくれたのがたまらなく嬉しくて抱きしめた。

 ユーリが初めて言葉を話した時、私の名前が呼ばれて跳びはねるほど嬉しかった。

 ユーリが初めて字を書いた時、私の名前を書いてくれた紙を未だ部屋に飾っている。

 ユーリが初めて屋敷の外に出た時、私が小さな手を握って前を歩いて連れて行ってあげた。

 ユーリが初めて本を読んだ時は、私のお気に入りの一冊を貸してあげた。

 ユーリが初めてお茶を飲んだ時、熱い熱いと言って飲んでくれなくて泣いてしまったのを覚えている。

 ユーリに勉強を教える時、私の言ったことを直ぐに覚えちゃうから私ももっと頑張らなきゃって思える。

 ユーリが初めて魔術に触れた時、ホントは私の魔術を見せてあげたかったけどバレットお兄様に譲ってあげた。

 ユーリの肩が初めて外れた時、あまりの衝撃に叫びだしてしまいお姉ちゃんが出来てなかった。

 ユーリと初めてお風呂に入った時、洗いっこをしているのにユーリはずっと他所を見ていた。

 ユーリの魔力量が少ないと分かった時、私がユーリを守ってあげると再認識できた。

 ユーリが初めて従魔契約をした時は、私が名前を考えてあげたんだけど却下された。

 ユーリが自分の部屋を作った時は、私たちだけの秘密基地の様な物が出来たと心が躍った。

 ユーリが地下室に籠った時は、どうすれば良いのか分からずに泣いちゃいそうだった。

 ユーリが初めて魔獣狩りに行くと言った時は、心配で夜も眠れなかった。

 ユーリが外から森林族のお友達を連れてきた時は、嬉しい反面ちょっと寂しかった。


 ユーリの初めての全てに立ち会い、その喜びの全てを共有してきた。

 

 ユーリが少し大きくなり、自分の足で歩いて自分の口で流暢に話し出し、私と遊ばなくなった。

 正確には、私と遊ぶ機械がとても減った。

 毎日行っていたお茶会に誘っても行かなくなって、訓練場の見学に行きたいと言い出した。

 理由は分かってる、魔術を見たからだ。


 バレットお兄様が初めて魔術をユーリに見せてから、ユーリは魔術が見たいの一点張りだ。


 ユーリは自分の知らないことが大好きだ。

 知りたい知りたいが強すぎて、一度知ってしまうと他のことにすぐ目移りしてしまう。

 私との会話も直ぐに色んな話題に移るから、私が何度も聞いて欲しい話を聞いて貰えない。

 ま、私が何回かお願いすればユーリは聞いてくれる。

 そういう優しい所も大好き。


 例の如く、魔術への興味は直ぐに薄れるだろうと私は考えていた。

 そしてまた、私と一緒にお茶会をしながら楽しい日々がやってくると。

 それは見事に的中し、ユーリは魔術への興味が少しだけ無くなった。


 予想外だったのは、魔術以上に興味を引く者が現れたこと。 


 東の遊牧民族、ナベロ人の騎士。

 よりよって、ユーリはそんな人に興味を持ったのだ。


 私たち帝国人と違い、その肌は土の様な色をしている。

 吊り上がった目は威圧的で、いつも顔のどこかに痣を作っている。

 危険な香りを漂わせ仲間であるはずの騎士達の輪から孤立した存在に、ユーリはお菓子でも求めているかのように近づいていった。

 

 ナベロ人が如何に危険か、それを知らないユーリじゃないはずなのに。

 その危険性をどれだけ私が話しても『大丈夫だよ、ルル姉。』の一点張りで聞いてくれなかった。


 そんな私の心配を他所に、ユーリはすくすくと大きくなっていった。

 私が簡単に抱えられたユーリは、私が簡単に抱えられないほどになった。



 そして天翼族(アティカルス)のスティアと、二匹の魔獣がユーリの『心の家族』になった。



 ユーリの周りは、幼い私にでも分かるほど異質だった。

 隣の聖教国で迫害を受けた天翼族の生き残りのスティアに、東の遊牧民族のワグ。 

 従魔には悪魔猿(ディアマンク)のロキと暁光梟(ヒッポグリフ)のノート。 

 そしてユーリ自身も黒髪碧眼の容姿に加えて、他の貴族の平均値を下回る魔力量に二つの特異魔術を持っている。


 それは周囲にとって時に気味悪がられ、時に畏怖の対象とされてきた。  

 

 しかし、私がユーリのことを変わってると思うのはその在り方だ。

 

 私よりもはずの幼い弟なのに、話しているとお兄様やお父様と話しているような感覚になってしまう時がある。  

 私が話すような言葉遣いではなく、フラムベリカお姉様やセシリカのような言葉遣いではなす。

 たまに独り言を呟く時はいつものお利口さん口調じゃなくて、大通りのおじさんの様な口調になる。


 そんなユーリを見る度に、ユークリスト・スノウ・グリバーという人間が私にとって遠く感じてしまう。


 誘拐された時もそうだった。

 一人で地下の部屋に籠るようになった時も。

 レーメンの街で魔獣の大暴走(スタンピード)が起きた時も。

 

 それまで私が共に過ごしたユーリは、一体何処に行ってしまったのかと考えるほど。


  

 もしかしたら、私のことが嫌いになってしまったのかな……



 ユーリのことが大好きで色々やってきたのに、ユーリはどんどん私から離れていく。

 



『ナベロ人は帝国人の血肉を喰らい、見境無く人を殺す野蛮人。』

『天翼族は神に堕とされた堕天の一族であり、近くに置けば何れ災いをもたらします。』

『私のご先祖は、先代の東部遠征に従軍し命を落としました。何故弟様は、そんな東部民をご自分の専属騎士に選ばれたのですか?』

『天翼族の存在を求め、聖教国が戦争を仕掛けでもしたらどうするのか?』

『血の通わないあの眼、何れ私たち帝国人に復讐するつもりかもしれませんわ。ユークリスト様を正せるのは、ルルティア様だけです。』

『一度この教会で話をしてみましょう、今度ユークリスト様を連れてきて下さいませんか。』

『公爵家の品位を損ねる存在を、いつまで隣に置くつもりなのか。ただの我儘や気まぐれで、公爵家として権威が下がったらどうするのか。』

『異端の種族を側に置くということは、いずれ公爵家にも神の怒りが下る。』

『公爵家の権力を笠に着て、我々北部の人間を侮辱している。』




 そんな私の不安に付け込むように、様々は言葉が私を惑わしにきた。

 時にはお茶会に参加した他の令嬢の子が、教会の神父さんやパーティに来ているどこかの貴族も。

 

 その言葉の数々が、私の心を蝕んできた。




 でも、そんなことで左右されるほど私のユーリへの愛情は軽くない。




 スティアは家にやって来た時から一緒に居るから良い子だって分かるし、ワグにしても無愛想なのは確かだけど、ユーリに対してはちゃんと良いこにしてると思う。

 

 スティアが最初家に来た時は男の子のように短い髪で心配したけど、今ではその長くて綺麗な蒼い髪は私でも羨むほどだ。

 私と歳が同じで、年の近い友達が出来るかもしれないとスティアが来た時はとてもワクワクした。

 だからユーリと同じようにお茶会に呼ぼうとしたらいきなり泣き出しちゃって、その時はユーリに少しだけ怒られた。

 最初はとてもよそよそしかったけど、お茶会を重ねてユーリのお話をする毎にどんどん打ち解けていった。

 日に日に明るくなっていくスティアを見ていると、私も頑張らなくちゃって凄く元気を貰える。


 そしてスティアは、ユーリのことがとっても大好きだ。

 絵本に出てくる王子様みたいだと言って、私もその話しで一緒に盛り上がった。

 もしスティアがユーリと結婚したら、私はスティアのお姉ちゃんにもなるのかな。

 私の大好きは二人が一緒になるのは良いけど、ユーリを一番好きなのは私だ。

 やっぱり、それだけは譲れない。


 私が一番ユーリのことを好きなんだ。


 ワグは、あまりお話ししたことはないけど、多分良い人だと思う。


 私は自分の目で見て耳で聞いた事を信じる。

 私のこれまでの人生を共に歩んだ、ユーリのことを信じてる。


 嘘は嫌い。

 嘘は私とユーリの間に割って入って来て、私とユーリの中にある特別を見えないモノにしてしまうから。

 特別が見えなくなれば、私がユーリとこれまで積み上げた全てが虚いでしまう気がするから。

 そうなれば、私がユーリの近くに居る理由が希薄になってしまう。


 だから私は、嘘が嫌いだ。


 そして、ユーリが大きくなるに連れて、その嘘が多くなっている気がするのは、私の勘違いであって欲しい。

 ユーリの嘘は、私の心を傷つけるだけじゃないとおもうから。

 多分、よくわからないけど、そんな気がする。


 

 

 そして私のお誕生日会が迫った夏の頃、戦争が始まった。




 帝国の西方にあるナルカン王国と戦争が起きて、お父様とトーラスお兄様が戦場に行くことになったのだ。 

 私の10歳のお誕生日のパーティーを祝う為に家族が揃うはずだったのに、戦争が起きて所為で台無しになった。


 どうして戦争なんて起きるのだろう、どうして皆で仲良く出来ないのかな。


 お誕生日パーティーが出来ないことはもちろん悲しいことだけど、それよりも悲しかったのは家族の皆に会えないこと。


 お父様には私がどれだけお勉強を頑張ってきたのか褒めて欲しかったし、魔獣狩りに連れて行ってってお願いしようとしてたのに。

 お母様には新しく帝都で買った本を読んで欲しかったし、お茶を飲みながら色々なお話を聞いて欲しかった。

 フラムベリカお姉様が買ってくるお菓子も楽しみにしてたし、お姉様がする他の国も聞きたかった。

 トーラスお兄様には婚約者さんの話を聞きたかった、将来どんな人が私のお姉様になるのかな。

 バレットお兄様には帝都や学院での生活について聞きたかった、二年後には私も行く場所だから。


 だからフラムベリカお姉様が帰ってきてくれた時は、とっても嬉しかった。



 でもユーリは、いつもと変わらないユーリだった。 



 家族に会えないことを残念に思っている様子がない。

 私が家族に会えないと知った時は、その日は授業に集中することすら出来なくて寝る前に泣いてしまったのに。

 ユーリはいつもと変わらない様子で、いつものメンバーを連れて魔獣狩りに出かけてしまった。

 家族が帰ってこないと知った時も『ああ、そうなんだ』と言うだけで、全く悲しそうじゃなかった。

 私は行かないでって言ったのに『ごめんね』と一言だけ言って、ユーリは行ってしまった。

 どうして、ユーリは私と同じように悲しんでくれないのだろう。

 私は誰よりもユーリのことを思っているのに、ユーリは私のことを思ってくれないのだろう。


 私と同じ気持ちで、家族のことを大事に思っていないから?

 

 どうして、私と同じ気持ちになってくれないのだろう。

 こんなに一緒に居るのに、家族なのに、ユーリに私の気持ちは届かない。


 なんで、私には分からない。


 ただそれでも、私はユーリのことが大好きだ。

 だって弟だもの、私はユーリのお姉ちゃんだもの。


 そうやって自分を納得させる言葉に、既に違和感を覚え始めている歳だということに、私は未だ目を背けている。


 その変わりというのだろうか、最近はユーリに手を上げることが増えてしまっている気がする。

 最初はユーリのことが大好きでやっていた抱きつきも、今では羽交い締めにレベルが上がっている。

 私がどれだけ言葉で伝えようとしてもユーリには届かないから、本当はちゃんとお話をしたいのに。


 私の姉としての能力不足が、如実に表れ始めている気がする。


 そうしてユーリが帰ってきた頃、フラムベリカお姉様が特別授業と言って色々なことを教えてくれた。

 フラムベリカお姉様の教えてくれることは、家庭教師が教えてくれることとは違って少しマニアックなことを教えてくれる。

 マニアックというのはユーリが使っていた言葉で、特殊という意味らしい。

 その特殊な授業内容は、私にはまだ分からないことが多い事ばっかりだった。

 しかし、ユーリは一つ二つの質問で理解してしまって、私が良いところを見せることが出来ない。 

  

 また、ユーリが遠くなった気がする。


 話の流れが、西部での戦争に話題が移った。 

 私はお父様達のことを思い出して、また気分が落ち込んでしまう。

 ここ数日は家族が帰ってこないことよりも、戦争で怪我して帰ってこなくなるんじゃないのかと思うと不安が大きくなってきた。

 お父様達は強いとユーリは言うけど、私は家の中の優しい二人しか知らない。

 私と同様に優しい二人しか知らないユーリのはずなのに、どうして何も無かったような態度で私と接するのだろう。

 心配してると言葉では言うけど、その様子から心配していないことは分かる。


 嘘だ。


 ユーリは家族のことを心配していない。

 気がするのではない、あやふやだったそれが輪郭を帯び始めた。。


 そう思った瞬間、私の中に積み上げてきたこれまでが、とても空虚なモノに変わってしまった。

 私がこれまでユーリにしてきた事、ユーリを想って与えてきた愛情は全て無意味だったのか、と。

 それでも、信じたくない、ユーリは私の事をきっと想ってくれている。


 そう訴えかけている自分がいることも事実であり、その葛藤は私の人生で生まれた初めての矛盾だ。

 

 弟を信じたい自分と、いい加減現実を見ろという自分を抱えながらユーリと日常を過ごすことは、私にはとても難しいことだった。

 ユーリが魔道具を作る為に精霊の羽根ペンを頑張って手に入れた時は、ユーリが頑張っている姿を応援したい気持ちと自分のことにしか興味の無いユーリへの苛立ちの板挟みになった。

 

 私はどうすれば良いのだろうか、どうすることが正解なのだろうか。 

 

 そんな気持ちを抱えながらの生活は、とても苦しかった。

 早くユーリと仲直りしたいのに、それが出来ない。

 だって私は悪くないし、ユーリは自分が悪いと思ってない。

 私の言葉がユーリに届く景色が、頭の中に浮かばない。

 三年前のあの時は精一杯やればユーリが答えてくれた、でも今のユーリに私の言葉は届かないだろう。 


 そんな私の苦しみなんて知るよしもなく、いや想像する姿勢すらみせることなくユーリはまた地下室に向かっていった。

 私の知らないところでコソコソと動いて、何をしてるのかと聞けば嘘や隠し事で誤魔化す。

 知らない大人を屋敷の中に引き入れて、その素性を教えてくれない。

 私の一番嫌いな嘘で、ユーリは私から離れていく。

 

 私たちがどんな姉弟だったか、その景色が薄れるほど遠く感じてしまう。

 

 それでも、やっぱり私はユーリと仲良くなりたい。

 ユーリのお姉ちゃんとして、ユーリの手を引いて前を歩いて行きたい。

 何故なら、姉というのものはそうであると私の中に根付いてしまっているからだ。 


 ユーリが此方に歩んでこないなら、私から歩み寄ろう。

 それなら大丈夫、今までずっとそうしてきたから。


 そうと決まれば、次にユーリが魔獣狩りに行く時に一緒に行こう。

 グロリアとエリーズに頼んで準備を進めて、ガレフ叔父様にも許可を取った。

 私が一緒に行くと言ったら、ユーリはどんな顔をするかな?

 嬉しくて笑顔になってくれるかな、それとも反対されるかな。


 ワクワクとした気持ちの反面、断られた時の不安も大きくなった。 


『嫌なんて、そんな事無いよ。ほら、前にルル姉と一緒に魔獣狩りに行くって約束したからさ、凄く楽しみにしてたんだよ。』


 嬉しかった。

 やっぱり私の気持ちはユーリに届いていたんだ。

 嫌われているなんて、私の思い込みだった、


『ル…ルル姉とは一緒に、行きたくないんだ。』


 悲しみよりも先に沸いたの怒りだった。 

 ユーリは私に嘘をついた上に、私の心をえぐり取りに来たのだ。

 

 その後のことはあまりに衝撃的で、私の一生を掛けても忘れることは出来ないだろう。

 怒りの衝動に任せてたくさんの罵声をユーリに浴びせた私は、そのまま部屋の中へ引き籠もった。

 

 私の気持ちをユーリは理解してくれない。

 ユーリは私を家族だと思っていない。


 家族だと思っているなら互いを一番に考えることが当たり前のはずなのに、ユーリは平気で私に嘘をついて隠し事をして私の心を傷つけても平然としていて、自分のことにしか興味が無い様子でスティアとワグと一緒に魔獣狩りに出かけていく、私は家族で二人は他人なのに、ユーリは私よりも二人のことの方が大切なんだ、ユーリと一緒で回りの皆と見た目が違うから勝手に仲間意識みたいなモノで繋がっているだけのくせに、仲間はずれ同士で仲良くしてればいい、もうユーリなんて知らない、私がどれだけユーリの為に行動してもユーリは私の為の行動をしてくれない、私がどれだけユーリのことを考えてもユーリは私のことを考えてくれない、私がどれだけ家族だと思っていてもユーリは私のことを家族だと思っていない、私のことを都合の良い道具か何かだと思っている人の事なんてもう知らない、家族じゃないならもうどうでも良い、死んで帰ってこなくてもいい。 


 そんな気持ちで部屋に籠っていた私の元に、フラムベリカお姉様がやって来た。

 フラムベリカお姉様は私を気遣う様子で椅子に座り、私の手を握ってこう言った。


『ユーリはとても聡い子だ。あの歳で既に自己というモノが確立している。だからルルには少し理解しがたいかもしれないが、ユーリに変わらず歩み寄ってはくれないか?』

『・・・・・・フラムベリカお姉様も・・・・・・ユーリの味方をするんだ。嘘をつかれたのは私なのに、傷ついているのは私なのに!皆ユーリのことばっかり、私の事なんてどうでも良いんでしょ!?』


 フラムベリカお姉様は私ではなくユーリの肩を持つんだ。

 ユーリが優秀で、私よりも将来が有望だからだ。

 子供の私なんて眼中にないんだ・・・・・・此処に私の居場所なんてないんだ。


『・・・・・・あの子は口には出さないが、お前のことを心から思っている。ルルティアに手を引かれて歩くあの子の姿は、何処か特別な雰囲気を感じるほどだ。確かに他のことに目移りするのはユーリの悪い癖であり、今回はそれが最悪の形で出てしまったが、どうか最後に一度だけチャンスをくれないか?ユーリにチャンスをあげたくないのであれば、この私に、ルルと同様に弟を持つ姉同士の頼みをどうか聞いてはくれないか?』


 それを言うのは反則だ。 

 (それ)に逆らうということは、私のこれまでの人生を自分で否定するということであり、私はこの提案を受け入れた。



 それは、私が家出をした先にユーリが一週間以内に来る事を賭け事にしたモノだった。



 今日から家出をし、そこにユーリが来たらフラムベリカお姉様の勝ち。

 来なかったら私の勝ちで、お誕生日旅行に連れて行ってくれる約束をした。


 フラムベリカお姉様が勝ったら?と聞いたら『勝つことが目的だからな。』と言って、また微笑ましそうな笑顔を浮かべた。


 フラムベリカお姉様はこの頭の良い話し方で、いつもトーラスお兄様を困らせている。

 トーラスお兄様の気持ちが少しだけ、分かった気がする。

 ユーリも、こんな気持ちだったのかな。


 姉に振り回されてるって、私に対して思っていたのかな。


 フラムベリカお姉様の提案を受け入れた私は、直ぐにエリーズとグロリアを呼び出発の準備を整えた。

『考え直しては?』と慌てた様子で言うエリーズを他所に、グロリアは『だったらウチが一番近い』と言い、私のその提案に乗っかった。


 セブルニア子爵領に向かう途中も、鬱屈とした気分が自分の腹底に居るのが分かるほど落ち込んでいた。

 怒りなんて感情は既に此処にはなく、今はもしもユーリが来てしまった時のことばかりを考えている。

 正直、ユーリが一週間以内に来ることは期待していない。

 だってあの子は、他の人よりも自分のことを優先するから。

 そうじゃなきゃ、私はこんな事をしていないのだから。


 いつもなら来てくれると信じているかもしれないけど、今の私の頭はそんなおめでたくはない。

 

 笑顔で受け入れようかな、それとも何も言わずに突き放す?

 ちょっと焦らしてから許す?散々泣いて、私がどれだけ傷ついたのか訴える方が良いのかな。


 ユーリは笑顔で来るのかな、あんな事をしといて笑顔で来られたら許すことができないかもしれない。

 心配そうな顔で来るかな、ユーリの悲しそうな顔を見るのは普段の私なら耐えられないけど、今の私ならどうなるんだろう。

 反省した顔で来たらどうしよう、今までのことを思い出してうっかり許しちゃうかも。

 それとも怒った顔?いや、さすがにそれはないだろうな。

 そんなことではダメだ、何で私が怒っているのかユーリに理解させないと。


 明確なイメージができず、ユーリに対しての曖昧な感情だけが残った。


 一日目、ユーリは来ない。

 まあ、そんなに期待していなかったし。

 ただそれでも、来なかったという事実が私の中に苛立ちを募らせた。

 

 二日目、ユーリは来ない。

 昨日の今日だし、きっと来ないだろうなぁと思ってたし。

 でも、私って、ユーリにとってそんな心配する必要のない相手なの?


 三日目、ユーリは来ない。

 いい加減来る頃だと思ってたのに、今日まで来たら言うはずだった台詞も考えてたのに。

 怒りとか悲しみとか、そういう感情はもう私の中に残っていないのかもしれない。

 でもそれはユーリを許したって事じゃなくって、どう言ったら良いかわからないけど。

 これまで残さずに食べていたご飯も、手を付けずに残してしまった。


 四日目、ユーリは来ない。

 突発的に、訳もなく部屋の中にあった花瓶を壁に投げつけた。

 花瓶が割れた音を聞きつけたエリーズが入ってきたけど、そんなことは気にせずに次は使っていたベッドに魔術で火をつけた。

 火はすぐにエリーズが出した水で消えた、エリーズは私を抱きしめながら『私は此処に居ますから、何かあれば何でも聞きますから。どうか抱え込まないでください』って言ってくれた。

 エリーズは本当にいい人だと思う、でも、いま私の中にあるこれはきっと解決することはできない。

 だって私自身、まだこれが何なのか分からないのだから。

 どうしてなのかは分かってる、でも何故なのかが分からない。


 ただ悪戯に、ただ無責任に、行き場の無い感情を涙に変えて流し続ける事しかできなかった。


 五日目、ユーリは来ない。

 もしかしたら、ユーリが来れない何かの事情があったのだとしたら?

 何て事を考えたけど、そんな考えは直ぐに何処かへ消えていった。

 きっと、まだ魔獣狩りにでも熱中しているのだろう。

 あの子は、一つの事に打ち込むと周りが見えなくなるから。

 まあ、そこがあの子の良い所でもあるんだけど・・・・・・


 あれ、私何でユーリの事なんて考えてるんだろ?

 これまでは、考えることをしないようにしていたのに。

 

 ああ、もうなんかどうでもよくなってきたのかな。

 ユーリの事を許したわけじゃないけど、今更怒るとかもないかな。

 かと言って、これまでのように接することが出来るかというとそうじゃない。

 もう帰ってもいいんだけど、一応フラムベリカ姉さまとの約束もあるしなぁ。

 後はただ、時間が流れるのを待つだけなのかもしれない。 

 その日は、数日ぶりにご飯をちゃんと食べることが出来た。


 その日は、眠ることが出来なかった。

 正確には、少しだけ寝た。


 その中で見た夢の光景が、頭から離れなかったから。

 


 夢の中でユーリが、身体の色んな所をなくしたユーリが、私の名前を呼んでいた。



 今にも消えてしまいそうな声で『ルル姉、ルル姉・・・』と私を呼んでいた。

 私はその時どうしたのか、あまりの衝撃で、もう夢の内容なんて覚えていない。

 その光景だけが、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。


 辺り一面に飛び散ったユーリの破片に、乱暴に切り裂かれた衣服。

 涙を枯らした瞳は虚ろになって、無い腕で助けを求めるように肩を伸ばしている。

 体中のいたる所に穴が開き、もうすべてが手遅れになっている。


『ユーリなんて、ユーリなんて家族じゃない!! 魔獣に食べられて帰ってこなければ良い!!』


 不意に思い出したのは、私がユーリに向けて最後に言い放った言葉。

 その言葉が、胸の奥に引っかかって離れなかった。


 もし、その言葉が現実になっているたら・・・・・・


 その考えが芽吹くのは、意外に早かった。


 もしもユーリが死んでいたら・・・そんなこと考えた事も無かった。


 最初は考えてた、ユーリが初めて誘拐された時の事だ。

 ユーリが眠れなくておかしくなっちゃっている時も心配したけど、死んじゃうかもなんて考えたことは無かった。

 それからのユーリは、私の心配なんて忘れてケロッとした顔で帰ってきた。

 

 きっとまた帰ってくるんだ・・・そう思っていた。


 でも、もし帰って来なかったら。

 今まで考えていたことのすべてをユーリに伝えることが出来なくなる。

 そんなこと、考えた事も無い。

 これまでユーリと一緒に居た全てが、塵芥になって消えて行ってしまう。

 ・・・・・・考えたくもない。


 どうでもよかったはずなのに・・・・・ 

 

 六日目、ユーリは来ない。

 やっぱり、ユーリは来ない。

 呆れる事よりも、不安のほうが大きくなっていた。

 

 もし何かしらの出来事の所為で、此処にまで来ることが出来なかったとしたら。


 それはきっと私がユーリに死んじゃえって言ったからだ。

 直接言葉にしたわけじゃない、それでも『魔獣に食べられて帰ってくるな』というのは、そういう意味の言葉だ。

 今思えば、初めてあんな汚い罵倒の言葉を使った気がする。

 それをよりによってユーリに向かって使うことになるなんて、今までの私なら考えた事も無かった。


 もしも、ユーリが帰ってこなかったら。

 それは・・・・・・私の所為だ。


 なんとなく、そう思ってしまう。

 何故かこればかりは『私は悪くない』と思うことはできなかった。

 というか『私があんなことを言わなければ』という自責の念が、今になって足音を立て始めた。

 

 ユーリにもしもの事があったら・・・・・・

 いやいや、何を考えてるんだ私は・・・・・ 

 もうユーリの事なんて気にしないと決めたのに。 

 

 そうだ、これはただ、迷惑なだけだ。

 気にしないと決めているのに、私と何も関係のない所でユーリが傷つくことが私の所為なんて、迷惑な話だ。

 

 そうだ、私は関係ない。

 私は悪くない。

 悪いのはユーリだ。


 私の言う事を聞かないで、私を無視して、私の事なんて見向きもせずに、私を蔑ろにして、私を尊重しないで、私に構わないで、私から離れて、私の事を考えないで、私の手を離して、私に噓をついて・・・


 そんなユーリが悪いのに、どうして私がこんなに苦しまなければいけないんだろうか。

 ユーリはきっと、私がこんなに苦しんでいる事なんて想像もしたことないんだろうな。

 ああ、私の苦しみの一部でもいいから、ユーリに移ってくれればいいな。


 そうすれば、きっと私の苦しみも終わるんだろうな。


 

 本当にそうだろうか?


 

 ユーリが傷つけば、私のこの苦しみは終わるんだろうか。

 わからない、私の事もそうだけど、ユーリの事なんてもっと分からない。

 あの子が何を思って何を考えているなんて、それこそ私が一番分からない事だ。


 ユーリは既に、その幼い年齢で自分というものが確立していたから。

 私のすぐ隣に居るのに、その小さい手を握って前を歩いているはずなのに。

 その感覚は、いつも誰かに近くから見守られているようで・・・


 私は、姉としてなんだってできる気がしていた。

 ユーリの為に何でも出来た、でも本当は・・・


 ユーリが近くにいたから何でも出来たんだ。


 私は何も考えずに、ただ真っすぐ歩いてきただけ。


 そんな私を、後ろから見ていたユーリは・・・・・・





 私の事を姉と思ってくれていたのだろうか?






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