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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
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第四十二話:一難去ってまた一難

おいおいまたかよ、と思われた方々、申し訳御座いません。

月曜ではありませんが、更新させて頂きます。



「どうしてルル姉を止めなかったんですか、フラム姉!?」

「ならばお前は、どうしてルルティアの言葉を聞かずにレーメンに行ったのだ?」

「ふぐぅっ……それを言われたらぐうの音しか出ない!」

「ふ、も出ているぞ。」


 ジャンピング土下座の後、何故か部屋にいたフラムベリカからルルティアの家出を聴かされた俺は、何故ルルティアの事を止めてくれなかったのかフラムベリカを問い詰めていた。

 そりゃそうだろ、妹が家出をするというのだから止めるのが姉の役目というモノだろう。

 俺の行動は棚の上に置いといて、フラムベリカの行動は褒められたモノじゃ無い。

 

 しかしまあ、案の定というか、見事にカウンターパンチを喰らった。


 いやほんと、フラムベリカ姉様の言う通りで御座います。

 私が悪う御座いましたで御座いますよ。 


 そんな俺の様子に反して、何故かフラムベリカは楽しそうだ。

 

 この状況が可笑しいのか?

 妹が家出して、その元凶である弟が落ち込んでいるのを見て笑ってやがる。、

 確かに、この大胆不敵な姉ならばあり得なくは無いが、もうちょっと気遣っても良いのではないのか?

 まあ、俺が悪いのだから、これ以上の要求を口に出すことは出来ないが。

 

「ふむ、それにしてもユークリスト。なかなかどうして、良い男になったじゃないか。」

「ああ、これですか?ちょっと転んだぐらいですよ。」

「ふふ、嘸かしデカい石ころに躓いて、その上マズい所に倒れたんだな。」


 何を以て『それにしても』と言うのか分からないが、包帯ぐるぐる巻きの俺をフラムベリカが気遣ってくれた。

 まあ、こっちもこっちで詳しく話す気は無いから軽い冗談で誤魔化した。

 あんな事は、ほんの片手間で話せることでは無いからな。

 ちゃんと落ち着いたら、フラムベリカに話してみるのも良いかもしれない。

 持ち前の広い見識と人脈で、色々と教えてくれるかもしれないしな。


 それもこれも、目の前の問題を片付けてからだけどな。


「……それで、ルル姉は何処に行ったんですか?」

「ここから東のセブルニア子爵家の領都だ。確か、馬車で2日ほどだな。」

「セブルニア……グロリアの実家ですか?」

「そうだな、お前がレーメンに立った日の晩には荷造りをして出て行ったぞ。」


 まるで近所で起こった猫の喧嘩の様子を話す様な口調で、淡々と語るフラムベリカ。

 その様子は、薄らと口角を上げて少し楽しそうだ。

 艶やかな銀髪の先を指先で搦めながら、遠くを見つめている。

 

 この瞬間を切り取っただけでも、絵になる人だよな。

 ーーー今それ関係ないけど。


 ルルティアが向かったセブルニア子爵家は、ルルティアの護衛騎士であるグロリアの実家だ。

 確か今は、グロリアの一番上の姉の子供がルルティアと同い年だって言ってた気がする。

 年代が同じだから度々お茶会を開いているのだ、と前に教えて貰った気がする。

 まあつまり、勝手知ったるなんとやらで今回のようなプチ家出には都合が良いということだ。


 居場所が分かれば、後は簡単だ。


 今回みたいにロキに跨がれば、一日以内に着くことが出来るだろう。


「分かりました。ありがとうございますフラム姉。それでは行ってきます。」

「そうか、帰ってきたらレーメンの土産話をたんまりと聞かせてくれよ。」

「もちろんですよ、僕の勇姿をたっぷりと聞かせてあげますよ。」


 そうと決まれば善は急げだ。

 フラムベリカとのやり取りは短めに、次の目的地へ向かった。



ーー



 ユークリストが部屋から出て行く。

 その背中を見つめるフラムベリカの背中を見つめる影が一つ。


「行っちゃいましたね、坊っちゃん……」  


 今日も今日とて、不敵な雰囲気を纏わせている専属侍女のセシリカ。

 自らの主とその弟との会話を邪魔しないように、

 

「いやぁ、それにしてもあの怪我であんなピンピン動けなんてすごいっすね。」

「何を言う……お前もあの歳ぐらいにはアレぐらいの芸当出来ていたろ?」

「いやいや、私はあのくらいの歳なら無傷で修羅場を潜り抜けてましたって。」

「ふっ、それが出来ていたら今ここには立っていないだろ?」

「ん、まあ、フラムベリカ様に会ったのが一番の修羅場でしたっすね~」


 これまた二人の関係性を匂わせるような軽口で、軽快に会話を弾ませる。


 二人の視線は、ユークリストが駆けていった空の廊下。

 ここから二人の雰囲気が、少しだけ変わる。


「良いんすかね?あんな小さい子供を……」

「モノの善し悪しやに関わらず、あの子達は巻き込まれていくさ。特にユークリストは、既に数奇なナニカが付きまとっているじゃないか。つまり、既に私の知らない流れが来ている。あの子達が、自分の力で難局を乗り越えられるような力を付けて貰わなければ困るのだ。それが独力にせよ、絆にせよ。家族が揃って卓を囲めるように………な。」

「……その卓に、フラムベリカ様はいるんすか?」

「さあな、ただ弟妹達が揃うようには取り計らなければいけない。それが、姉としての矜持だろう?」

「あの方達は、そんなこと納得しないと思うっすけどね。」


 自身の主の心中を察すると同時に、その行動を他の弟妹がどう受け取るか。

 それを想像すると、仕える身としてやるせない気持ちを抱えずにはいられない。


「これしかない、とは言わないが……私の能力ではこれが精一杯だーーー」


 尊大に肘をつき、忌々しそうに窓から空を見上げる。 

 



 


「ーーー運命に抗うというのは、存外簡単なことではないのだな。」





 

ーー



 場所は変わって、俺は公爵家屋敷前の門に来ていた。

 簡単な装備を整えて、いつもの公爵家坊っちゃんスタイルだ。

 包帯がぐるぐる巻きなのは変わらないが。


 一緒に居るのはロキとノート。

 二人とも、全速力出来たから少しは疲れているのかと思ったけど、全然そんなこと無さそうだ。 

 俺は馬になったロキに掴まっているだけで精一杯だったのに、この辺りで地力の差って奴が出るな。

 いやまじで、二人ともっと協力していたら簡単に倒せていたんじゃ無いかとも思うのだが。


 なんかこう、経験値っぽい概念に照らし合わせると一人で戦った方が良いみたいな。

 いや、シンプルに負けたくなかったんだよあ。


 そんな二人のコンディションが良いのはなんとも都合がよく、今すぐにでも出発できる。

 ワグとスティアはまだ帰ってきていない、二人の帰りを待つという手もあるが俺はいち早くルルティアの元へ向かわなければならない。


 因みに因みにだが、あの戦いの後にスティアとは会った。

 何故か分らないけど、俺が心配していたよりは重症では無かった。

 顔を赤らめて『私はユークリスト様のもの……』とボソッと言っていた。

 何のことかはよく分らないが、スティアが元気になってくれているようでよかった。

 俺が領都に帰って来るという話にも付いてくると行っていたが、人数制限などの問題により我慢して貰った。

 ここでまた『絶対に付いていく』なりの食いつきがあると思ったのだが『わかりました』と少し不満げでありながらも素直に従ってくれた。

 

 ここでまた、スティアの中に変化があったのかもしれない。

 なんだろうな、この成長に立ち会えていない感じ。

 ちょっと悔しい、今度二人でお話ししてみようか。


 ワグについてだが、ナーベリックと消えたと思ったら血だらけになって戻ってきたらしい。

 その後ぶっ倒れて、俺がレーメンを出発するまでずっと眠っていたから、ワグとは会話できていないんだけど。

 どうしてナーベリックと戦ったのか知りたかったが、今なら分る気がする。

 ただ気に入らなかったんだよな、他の誰かに獲物を譲るのが。


『ホント、男って馬鹿だね。結局アタシは、あんたらの尻を拭いただけじゃないかい?』


 話し合いに行った時にレヴィアンナに言われた小言を思い出す。

 いやほんとに、今回はレヴィアンナの姉貴クソお世話になりました。

 彼女がいなかったら、俺達の殆どが死んでただろうな。

 

 いや、最悪全員死んでたな。 

 俺らも、子供達も。

 

 そう考えると、自分の行動が如何に愚かだったのか痛感するな。

 やっぱり強くならないといけない、精神的にも肉体的にも。

 

 その為にはまず、ルルティアとの仲直りだ。


「それじゃあロキ、もう一度馬の姿になってもらえる?」

『うん!いーよー!』


『変身』


 ロキの周囲を魔力による靄が包み、そして黒い体躯に赤い毛並みの馬が姿を現した。

 大の大人が二人は易々と乗れるであろう程、通常の馬よりもかなりデカい。 

 そんな俺がどうやってよじ登るのかというと、ノートに物理的援助を頼んでいる。 

 俺の首根っこ部分をノートの爪で掴んで貰って、そのまま引き上げる。

 

 最初は風魔術で援助して貰ったのだが、この怪我をした身体ではバランスを保つことが出来ずに転けてしまった。

 結構恥ずかしいのだが、この八歳児ボディではどうすることも出来ない。

 ああ、早く身長伸びてくれねえかな。

 北部貴族が集まる舞踏会とかに出席した時に同世代の子が挨拶に来てくれるんだけど、皆俺より身長高いんだよな。

 ルルティアもスティアも俺より身長高いし、女の子の方が成長が早いってのは前世知識で知ってはいるんだけど、ちょっとショックだよな。


 馬に鳴ったロキの首根っこ部分に革紐を括り付けて、それを自分の身体にも括り付ける。

 これで、落馬という最悪の事態だけは防ぐことが出来る。

 鞍とかの細かい乗馬道具は付けていないから、他の安全は一切補償されていない。

 全てが終わった後、めっちゃ尻が痛かったんだよな。


「よし、ノートは結界宜しく。」 

「ほいじゃ、『風之衣(ウィンドール)』」


 準備を済ませて、ノートに指示を出す。


 中級風魔術『風之衣』

 自信の周囲に風で出来た衣を纏わせる魔術。

 物理的な防御能力は無いが、風除けなどに使える。


 これで準備は万端。


「よし、それじゃあロキ、よろーーー」

『いっくよぉおおお!!』


 俺の言葉を最後まで聞かずに、ロキが全速力で走り出した。

 石の地面を蹴り上げる蹄の音が、公爵邸から始まり領都中に響いた。


「ーーーうわぁああああああ!!」


 その日、暴走する黒い馬の上で絶叫を上げる八歳児の姿がカトバルスで目撃された。 



ーー


 

「旦那様、ユークリスト様から依頼を受けた劇団の方は如何なさいますか?」

「こうなってしまっては仕方ない、金と適当な推薦状でも渡して断ろうか。」


 爆走するロキの上に跨がり領都を出ていく八歳児を、屋敷の最上階にある執務室から見下ろしているのは、この屋敷の仮初めの主。


 銀雹公爵であるカイサル・スノウ・グリバーの実兄、ガレフ・フォン・グリバー。

 オールバックに掻き上げた髪型と、優しそうな顔つきとそれを引き立てる眼鏡姿。


 そして、その後ろに控えるのはその側近を務める男。

 

 年の頃は四十代後半ほど。

 頭の上に長方形を乗っけているのかと疑うほどの金髪の角刈り。

 短く切り揃えられた顎髭に、細縁のモノクル。

 頸元のポルクニクは、伝統的な北部貴族の出で立ちの象徴。 

 身長はガレフと同じぐらいで、体格は一回り大きい筋肉質。


 バルレック・フォン・アストルフォード。

 北部貴族の古参に数えられる名家の次男である。

 

 次代の帝国筆頭公爵家を担うガレフの側近として幼い頃よりの仲であり、その資格を放棄した現在もガレフの臣下として行動を共にする人間の一人である。


「……いつまでこのような事を容認なさるのですか?」

「いつまでとは?これが弟の教育方針なのだからよいではないか。それにユークリストもルルティアも、家庭教師の話では優秀だと聞いているぞ。」

「だとしても、公爵家に名を連ねる者としての責任というのがーーー」


 バルレックは貴族としての在り方に拘りを持っている。

 それが、現代では珍しいポルクニクスタイルにも現れているのだが。

 カイサルが帝都の職に就き、子供達がこの北部の地で生活していることは理解できるが、その子供達というのがあまりにも伸び伸びとしすぎている事に以前より良く思ってはいなかった。

 もっと、貴族であるなら貴族らしく毅然としているべきだと考えている。

 何を以て『貴族らしい』と定義するかは、彼の胸中を推し量る必要があるが。

 


「ーーーいずれ、然るべき時が来る。」

 


 そんなバルレックの言葉を制するように、ガレフが口を開く。



「いずれ……な。」



 その眼差しは、とても冷めていた。



ーー



「あーもう……ワグの所為でユークリスト様と一緒に帰れなかったー!」

「だから、俺の所為ではないだろ?」


 脱兎の如き速さで領都であるカトバルスに帰ったユークリストを追いかけるように、道中を駆けるのは公爵家の馬車。

 その中には、ユークリストに置いて行かれたスティカリリアとワグ・ソトゥンの姿が。

 スティカリリアは普段のメイド服に身を包み、その胸にユークリストに買って貰ったブローチを付けている。

 ワグは前進を包帯でぐるぐる巻きになって、スティカリリアの対面に横たわっている。

 行きは馬車に乗らず騎乗していたワグだが、先の戦闘で出来た負傷により今回は療養している。

 本来ならば後一日は安静にしていなければいけないが、ワグの目覚めと同時にスティアが帰ると言い出したので、仕方なく帰路についている。

 

 同じく騎士であるアルマンは、目覚めと同時にピンピンしていた。

 あの姿には、スティアも少しばかり引いていた。


 そんなスティアは少しばかり不満げに頬を膨らませていて、その視線の先に居るワグは『何故自分が?』というジトッとした表情になっている。


「いーや、ワグの所為!」

「だったら俺なんて置いて、ユークリストと帰ればよかっただろ。」

「そ、それはそうだけど……」

「……どうかしたか?」

 

 如何にもな正論を返されたスティカリリアが、少し恥じらいだしその様子をみたワグが問いかける。

 

 ユークリストと一緒に居た年数だけ、この二人もまた同じ時間を共有している。

 スティアは始め訓練でユークリストをボコボコにするワグのことが嫌いだったが、今では軽い悩みを直ぐに相談する友達だ、と本人は認識している。

 ワグというと、初めはスティアのことを五月蠅い子供だと思っていたが、それは今でも変わらないのだがスティアの作ったシチューの虜になってからは、相談事を聞くようになった。

 今では、世話のやく妹分って所だろう。

 そんな妹分が少し困っているのだから、いつもの癖で問いかけてしまう。


「ねえ、ワグーーー」


 まあ、大方ユークリストの事だろうと予測が付いているのだが。


「男の人が言う、俺のモノっていうのは、その、お嫁さんってことなのかな……?」

「………は?」


 実際は、予測のかなり上の方にぶっ飛んでいった。


「いや、そのねーーー」


 スティカリリアは以下のように供述する。


「捕まっている時にね、私が襲わそうになった時に、ユークリスト様が『俺のスティア』って言ったんだよ。ほら、ユークリスト様って普段は『僕』って言うけど、大事な時は『俺』っていうでしょ?だから、大事な時に『俺のスティア』って言ったから私はユークリスト様のモノって事で、男の人ってお嫁さんの事を自分のモノって言うでしょ?だから、私はユークリスト様のお嫁さんなのかなって……ふふふ、『俺のスティア』って言ってくれた。あの時のユークリスト様、格好よかったなあ。」

「ーーおい、質問はどうした?」


 質問の事なんて忘れて、紅潮した顔を両の手で抑えながら身体を左右へ揺らすスティアにストップを掛けるワグ。

 掻い摘まんで言うのであれば『男は伴侶の事を自分の所有物』という固定概念からユークリストの言った『俺のスティア』という発言を、『スティアは俺の嫁だ』と脳内変換したらしい。


 なんだ、いつもの相談じゃないか。


「はあ……それは、多分別の意味だと思うぞ。」

「ええ!?でもユークリスト様が……」

「確かに、ユークリストにとってお前は大切な存在だ。だが、それが伴侶かと言われれば、また別の話だろ。」

「……どうして?」

「現場を目撃したわけじゃないが、恐らくユークリストはかなり怒ってたんじゃないか。その所為で感情が昂ぶってたんだろう。」

「うう……じゃあ『俺のモノ』って言うのは……」


 冷静に理論的に勘違いを紐解いていくワグ。

 自分の固定概念が、一つずつ剥がされていくスティア。


「伴侶という意味ではないだろうな。」

「……」

「何よりアイツは貴族だからな、いずれは婚約者が出来る。」

「………う…ひっく…」 

「おい、嘘だろ?」

「だってぇ……ワグがぁ意地悪言うからぁ……ひっく…」」


 当然、そんなスティアの涙腺は崩壊寸前だ。

 いや、既に崩壊している。


「おい、泣くな……そうだな、俺がまだあっちにいた時の話だ」

「……ひっく」

「勇敢な戦士の伴侶には二つの条件が求められた、それを満たす為に躍起になっている未婚者(カジャム)達に聞いた事がある。」

「……その二つの条件って?」

「一つは腹、つまり相手の胃袋を掴む事。これはもう既に出来ていると言っても良いだろ。肝心なのが二つ目、それは相手の目を奪う事だ。自分の見た目や身体なんでも良いから相手の目を奪う。それを常に自分に向けさせ、時に狩りの獲物に向けさせる。つまり、目を奪う事で自分の為に狩りをしてくる猟犬として手懐けるって事だ。」

「ユークリスト様は犬じゃないもん!」

「例えだ……まあ、その点から言ってもお前は良い線行ってるんじゃないか……」

「……どうすれば良いの?」

「簡単だ、アイツが目を離せないような女になれば良い。それこそ、婚約者が現れても目もくれないぐらいのな。」

「私に出来るかな?」

「出来なければ、アイツの横に女が増えるだけだ。」

「うう……ワグの意地悪!!」

「お……やめ……まだ、傷が……」


 ポカポカと自分を殴りつけるスティアに、一切抵抗できないワグ。

 

 ワグから聞いた情報を元に、今度は自分磨きを始めようと決めたスティアはまた一つ決心するのだった。

 ユークリストに付いていくだけの人間になっていては、ダメなのだと。



 この数時間後屋敷に帰ってきて、ユークリストの不在を伝えられたスティアがワグにポカポカ殴りをしに行ったのは、言うまでもない。



ーー



 道中を簡単な野営を済ませて、ほぼ一日でセブルニア子爵家の領都に着いた。


 ああ、やばい、けっこう眠い。

 一回休んでから、子爵邸に行こうかな?

 風呂とかに入って、服を綺麗なモノに変えて。

 しっかり体調を万端にしてから……


 いやいや、そんな事は言ってられないだろ。


 もう目の前に目的地があるのだからーーー 


 そんなセブルニア子爵領の領都エクレンは、レーメンの街並みと似ている。

 公爵家お膝元のカトバルスとほぼお隣さんだから、宿場と鍛冶屋が多い印象だ。

 きっと、カトバルスに行く途中の商人や冒険者などが利用する為だろう。

 しかし、それだけ外部の人間の行き来が多いという割には、治安が良い印象だ。

 きっと、セブルニア騎士団が良い仕事をしているのだろうな。


 街に入ってからは、ロキの速度を落として街の景観を眺める。

 活気に溢れているとまでは言わないが、何かに困窮している印象はない。

 それなりの数の露店が並んでおり、それなりの人が店に並んでいる。

 ウチの実家とは違い貴族街とかがないから、高級志向の店が少ないな。

 いや、別に高級店が少ないから田舎だのどうこう言うつもりはないよ。

 俺は、いつまで経っても一般ピーポーマインドで生きてくつもりだからな。

 ただこの世界や国の事を殆ど知らない俺から見たら、高級店とかの見栄えの良い物が多い=栄えてるみたいな見方になるのかもな。 


 まあ、これがこの街の平常運転なのだろう。

 ん、なんだ?なんで皆こっちを二度見するんだ?

 何も珍しいモノなんてないぞ、ただ馬鹿デカい馬の上に包帯ぐるぐる巻きの八歳児が繋がれているだけだぞ。

 チラチラと視線を感じながら、ロキの脚は子爵邸の方向へと進んでいく。 


 そういえば、領都に入った時に自らの身元を証明する為に公爵家所属を示す懐中時計を見せた時も、少し騒がれていた気がする。

 まあ、しっかり身分の証明も出来たし、そのお陰で俺が領都に入った事は既に子爵邸の方に届いているはずだ。

 届いてくれなきゃ困る、それぐらいの連絡網を持っていてくれないと姉を預けるのに不安が残る。

 いや、もちろん、今日で連れ帰る気満々なんだけどさ。


 領都の大通りのような場所を通り、いま俺の目の前にあるのはセブルニア子爵の本邸。

 実家の本邸と比べるとかなり小さいが、これは相手が悪いとしか言い様がない。

 

 帝国筆頭公爵家に数えるほどの実家は、色々な施設が複合的に建てられている為ミニチュア版モン・サン=ミシェルの様な出で立ちになっている。

 しかし、此方のセブルニア邸は正面に建てられたデッカい本邸『理想の豪邸』を絵に描いたような見た目だな。

 そして本邸前に併設されている庭園と、その裏にある厩舎と兵の訓練場が入るぐらいの規模だ。

 なんでも、庭園や邸宅は貴族ステータスの一つである事から、そういった施設は人目が着きやすいところに置くらしい。

 ウチの場合は、その景観だけで観光スポット並だから庭園を前に出す必要がない。

 しかし、普段見ているのがあれだからな、その点から言うのならば幾分か見劣りしてしまうな。

 まあ、一つだけ良い点があるとするならば、道に迷う事は無さそうという事だ。 


 門番をしている騎士が俺を見掛けると駆け寄ってきて、既に事情は把握しているから通ってくれて大丈夫とのことだ。

 うん、流石だな、良い仕事をしている。


 庭園を通った辺りで、家の執事らしき老人が三人の侍女を伴い向かいに来た。

 自己紹介をしたと思うんだけど、早くルルティアに会いたい所為か名前は覚えていない。 

 ロキとノートとは、ここで一旦お別れだ。 

 執事さんに事情を話して、二人の事は庭園で放って置いて貰った。

 悪戯でもして庭園を壊すのではないかと暗に心配されたが、そんな事をするような子じゃない。

 ノートは真っ当な知識人であるし、ロキに関してもーーー

 まあ、大丈夫だろう。


 人様の領地に来たのだから挨拶する事は当たり前で、俺はまずセブルニア子爵邸の応対室に通された。

 メイドの人がお茶を持ってきてくれた、俺猫舌だから直ぐには飲めないんだけどさ。


「突然の来訪にも関わらずご対応頂きありがとうございます。セブルニア子爵。」

「お構いなく、私も久しぶりに娘の顔を見られて嬉しいですから。」


 いきなりやって来たにも関わらず、家の主であるセブルニア子爵は丁寧な対応だ。

 まあ、公爵家の公子なんだからこれぐらいの対応は当たり前なのかもしれない。

 彼は俺にではなく、その後ろにある公爵家の看板に敬意を払っているのだ。


 ウォルド・エクレン・セブルニア

 年の頃は五十代後半ほど。

 適度に伸ばした栗色の前髪を掻き上げ、少し垂れた前髪の間からは碧色の瞳が覗いている。

 この世界に来て初めて見た碧色の瞳だから、少しばかり好感が持てる。

 髭のない顔つきには、彼の人生の経験の数だけ皺が刻まれているようだ。


 丁寧な対応だが、その表情は決して優しくない。

 どちらかというと、真面目で一本筋が通っている感じ。

 あまり表情が見えないところから察するに、グロリアの無表情はこの人の遺伝だろうな。


 表情がないから此方を睨んでいるようにも見えるが、実際はそんな事はないのだろう。

 いや、実際に迷惑を掛けているのだから、睨まれても仕方ないな。


「後日、私個人として改めて御礼をさせて頂きます。」

「……それは、御心遣い痛み入ります。」


 これは、今回のルルティア家出事件を御家同士の貸し借りにしない為に、俺が全責任を負って子爵家に借りを作ると言う事だ。

 まあ、たかが八歳児の俺に借りを作る事の何処にうま味があるのかと言われればそうだが、俺は未来の子爵でありその後ろには公爵家が構えている。

 例え今代の子爵がこの借りを使わなくても、次代の子爵が借りを取り立てるだろう。

 

 まあ、俺の将来性を担保に今回の事に口を噤んでくれと言うわけだ。

 ウォルドもそれを察し、了承してくれた。


 それに家の同士の問題にすれば、いずれルルティアが自分の所為だと気負う日が来るかもしれない。

 そんな事はあってはならない、俺が引き起した事なのだから。

 

 貴族特有の軽い社交辞令を済ませる。

 軽いといっても、熱かったお茶が飲める程度には時間が経っている。


「それで……ルルティア姉上の事なのですが。」


 ここからが本題だ。


「……私が説明するより、ご覧になられる方が早いでしょう。」


 百聞は一見にしかず。

 ウォルドは腰を上げて、応対室の扉を開いた。


「ーーーご案内致します。」

 

 仄かに不穏な空気の纏わりを感じながら、俺はその背中に追従した。


  

ーー



 ウォルドは俺を伴い、ルルティアが居るという場所に向かっていく。


「結論から申し上げますと、ルルティア様はこの三日ほどお部屋からお出になられていません。」

「……食事はとっているのでしょうか?」

「それは問題なく、お着きの侍女が運んでいるようです。孫のネイメルが毎日部屋に訪問しているのですが、ご気分が優れないようで連日断られているそうです。」


 ネイメルというのはグロリアの一番上の姉の子供で、ルルティアのお茶会友達だ。


 あの活発から生まれたようなルルティアが三日も部屋から出ていない。

 半日でも不安になるのに、その六倍だと。

 

 今更ながら、自分のした事がどれだけルルティアを傷つけたのか思い知らされる。

 あの活発で明るい人間を変えるほどの傷を、俺が負わせてしまったのだ。

 ルルティアの現状がウォルドの口から出る度に、胸の奥が締め付けられていく。

 今も足を進め、場所も分らない目的に近づいていっている事だけが分る。 

 外から見た時はそこまで大きくないと思ったのに、今は廊下がやけに長い気がする。

 廊下を踏みしめる足に力を入れなければ、足が離れそうにない。

 

 それぐらい、緊張と恐怖が肩に乗っているのだろう。


 この感情は、命の取り合いをする戦闘とは違う。

 あの時感じた不安や恐怖には、自分の力で抵抗する余地があった。

 自分の頭で考えて、自らの意志で難局を切り開いていく。 

 それが出来たのは、俺に非がなく抵抗が許されたからだ。

  

 だが、これは違う。

 俺に非があり、抵抗するなんて許されない。

 ただ、ルルティアが俺を許すまで無抵抗でいる事だけが許されている。

 

 ああ、今すぐ逃げ出してしまいたい。


 自分がどれだけ傷つくのかが怖いんじゃない。

 自分がどれだけルルティアを傷つけたのか分らないから怖いんだ。

 

 其れと向き合うのが怖い。 


 そして、俺の中のルルティアがどうなってしまうのかも怖い。

 俺との関係に亀裂が入り、傷ついたルルティアがどう変わってしまうのか。

 それを想像するだけでも怖いんだ。


「………こちらです。」 


 長く感じた廊下の突き当たり、そこを曲がった先に扉が一つ。

 その扉の前、大楯を構えて仁王立ちをしている影が一つ。


「っ……やあ、グロリア。」

「……ユークリスト様。ご機嫌よう?」


 ルルティアの専属騎士であるグロリアが、その表情と身体を微動だにせず挨拶をする。

 なんと声を掛ければ良いか分らずに、最後に疑問符が付いたのは彼女らしい。

 グロリアがいるという事は、後ろの扉の先にルルティアがいるという事だろう。 

 

「それでは、私はこれで失礼致します。」


 ウォルドは俺を案内し終えたという事で、一礼して戻っていった。

 もう少しいてくれても良いと思うんだけどなぁ、まあ、これがセブルニアの血という奴だろう。

 その証拠に、俺の目の前には大楯を構えたグロリアが立っている。

 ルルティアに何と言われたのか知らないが、俺を通すぐらいはして欲しいものだ。


「あの、グロリア……通して貰って良いかな?」 

「しかし…通すな、と言われていますので……」


 苦笑いを浮かべ交渉を持ちかけるが、当のグロリアは無表情で返してきた。

 もしかして、この調子で三日も来客を断ってきたのか?

 まあ、あのグロリアに『誰も通すな』と言えばこうなるか。


「あ……そうなんだ。」 


 気まずい沈黙が、しばし流れる。

 ああ、誰か助けてくれー 

 こういう時のグロリアって、ルルティアよりも厄介かもしれない。


 どうやって目の前の凱旋門を潜り抜けるか。

 論理的に説明するか?

 いやダメだ、どれだけ俺が目の前に論理の牙城を築き上げても『通すなと言われてる』の一言で吹き飛ばされてしまうだろう。

 だったら、情に訴えるか?

 いや、それこそ『通すなと言われてる』の一言で終わりだな。


 やべえ、なんも思い浮かばねえ。


「……ユークリスト様!」


 背中からの問いかけに、振り返る。

 振り返った先には、ルルティアの専属侍女であるエリーゼが立っていた。

 俺が来たという知らせを受けて走ってきたのだろうか、肩で息をしている。


「そのお怪我は一体……母の治療はどうしたのですか!?」

  

 包帯ぐるぐる巻きにされた俺を見たエリーゼは、トレーを地面に置いたとほぼ同時に駆け寄りしゃがみ込み、ベタベタと俺の身体に巻いている包帯を触りだした。

 怪我の具合を確かめたかったのだろうか。

 そして、エリーゼの言う母とは公爵邸で唯一の『治癒術』の使い手であるオリバの事だろう。

 此処に来る前にカトバルスへ寄ったのなら『治癒術』による治療を受けているはずだ、と考えたのだろう。

 俺の様子を見て、とても心配しているのがよく分る。

 

 よく見れば、目の下にクマができている。

 心なしか、俺の記憶にあるエリーゼよりも痩せている気がする。

 エリーゼにも、苦労を掛けてしまっている。


「治療は僕が断ったんだ。直ぐにルル姉に会いたかったからね。」

「そうですか…しかし、ルルティア様は今……私も力を尽くしてみたのですが。」

「……それでも、話がしたいんだ。」


 彼女も彼女なりに、奮闘してくれたのだろう。 

 力及ばずと悔やむように、ほんの少し顔を歪めるエリーゼ。


「大丈夫だよ、ありがとうエリーゼ。」


 俺は俺で、申し訳なさそうに微笑む。 

 そして『この場は俺に任せてくれ』と頼む。

 そんな俺を見て、エリーゼは目頭に涙を浮かべて頷いた。


 そして直ぐに涙を拭き取って、立ち上がる。


「ささ、行きますよ。グロリア。」

「え、でも……」

「良いのです、グロリアもセブルニア子爵様と積もるお話でもあるでしょう?」

「う、うん。」

  

 同僚のエリーゼに言われれば仕方がないと、グロリアも押されるがままに退散していった。

 グロリアも、エリーゼの言う事は聞くのか。


 さて、有り難い事にここまで来る事が出来た。

 目の前の扉を超えれば、ルルティアがいる。


 扉を超える方法は簡単だ。

 ドアノブを捻って扉を開ければ良い。

 鍵が掛っているのなら『変形』の魔術で形を変えて中に入れば良い。


 しかし、それがダメな事は俺もよく分っている。


 目の前にある(これ)は、可視化されたルルティアの心だ。

 無理矢理にこじ開けようモノならば、中に居るルルティアから拒絶されて、更に強い抵抗に遭うだろう。


 つまり理想は、中に居るルルティアから自主的に出てきて貰う事である。


 難しい事は百も承知であり、しかしそれを実戦しなくてはならないのは万も承知である。


 ただどうすれば良いか分らない沈黙だけが過ぎていく。

 

 ルルティアは元気にしているのだろうか。

 元気にしていなくとも、しっかり食事と睡眠をとっているのだろうか。

 ルルティアはその正確も相まって肉が好きで、野菜は嫌いだ。

 しかし、姉たる者という精神で見事野菜を食べるまで成長した。

 食事の後は魔術の練習で軽く身体を動かして、家庭教師の授業を受けてその後、お茶を飲んでお菓子を食べたりする。

 そして、しっかり睡眠をとる事も忘れない。

 だからこそ、毎日元気溌剌怪獣でいる事が出来るのだが、それらをもし抜いていたら今のルルティアはどうなっているのだろうか。

   

 そもそも、ちゃんと生きているのか?


 そんな考えが浮かんでしまったら、進む足を止める事は出来ない。


 気付いたら俺の手は軽い拳を握り、扉を叩いていた。

 乾いた音だけが、返事をしてくれる。


「……ルル姉……僕だよ。」 


 割れ物に触れるような声で、扉の向こうにいるルルティアに話しかける。


 分っていた事だが、返事はない。


 ここから、俺は一体何を言えば良いのだろうか。

 此処に来るまでに言おうとしていた事は確かにあるし、それを纏めて練習だってしてきた。

 一切躊躇せずに淀みなくスラスラと言える自信だってある。


 しかしそれを言っても、完璧に言い終えたとしても。

 それ聞いたルルティアが扉を開けてくれる景色が見えない。


 ここから必要なのは、家族の言葉だ。

 それも彼女が心の底から信用できる家族の言葉である。


 こんな時にと思うが、嘗ての言葉を思い出した。


『お父様なら、きっと大丈夫だよって言う。お母さまなら、こうすれば良いと解決してくれるわ。フラムベリカお姉様なら、息抜きだって言って色んな所に連れて行ってくれる。トーラスお兄様は、きっといい話をしてくれて、バレットお兄様なら励ましてくれるわ。』


 俺が過去のトラウマに苛まれて、苦しんでいた時にルルティアが言ってくれた言葉だ。

 そして、ルルティア自身も自分の言葉でどう伝えれば良いのか悩んでいた。



 ならば俺は、俺は彼女になんと伝えれば良いのだろうか。



 俺が俺自身の言葉で、弟として姉になんと伝えればルルティアが出てくるんだ。


 俺が、俺だけの言葉で。

  

 ユークリストとして、何が出来るんだ。



 答えのない、答えの分らない難問を前に、俺はただ立ち尽くす事しか出来ない。

 後悔と自責の念で、膝を曲げて屈してしまいそうな重圧が己を締め付ける。

 どんな言葉も、この場に限っては薄っぺらいモノに感じてしまう。

 俺がどれだけ頭を捻って絞り出した言葉でも、何の意味もない。 

 何処までも無力を感じてしまう、目の前に忽然と現れた闇。 


 俺は、こういう時にどうすれば良いのか頭では分っている。

 いや、分っているというよりも、ただ知識として知っているという事の方が正しい。


 だが、それが正解である事は確かではない。


 それがこういう状況にとって最善であったとしても、ルルティアにとっての最善とは限らない。

 今考えなければいけないのは、ルルティアにとって一番良いのは何かだ。

 それだけがこの場で尊ばれ、それ以外は虫螻以下の価値しかない。 


 因みに、答えは誠実さだ。


 どれだけ相手を慈しみ、誠実にいられるか。

 簡単な事じゃない、如何なる状況でも誠実さというのは試される。

 時には自分の保身と誠実を天秤に掛ける事もある。

 誠実であったが故に、自分の評価が失墜し壊れる関係だってある。


 何故なら誠実さが求められる状況というのは、大抵後ろ暗い事が付きまとっているからだ。

 

 俺の場合、その総本山と言っても過言じゃないくらい後ろ暗いモノが付きまとっている。

 

 前世では既に成人した転生者であり………


 一番デカいのがこれだよなぁ。

 ホントデカ過ぎる。


 これをどう説明すれば良いかよく分らないし、逆に説明しない事は問題の解決に繋がらないと考える。

 何故なら、今回のルルティアの行動の原因が俺の行動であり、俺の行動の根底には自分が転生者という事が深く根付いているからだ。


 これを如何ルルティアに伝えるか。

 中途半端な話はダメだ、ふざけているのかと怒られるだろう。

 かといって馬鹿正直に話すのもダメだ、唐突な事過ぎて作り話を疑われる。


 考えろ、この状況を掻い潜るのではなく、俺が伝えたい事を伝える方法を。

 ルルティアの心を傷つける事なく、この扉を開けて貰う方法を。

 

 自分が異世界から来た事を使わず、自分の本当の気持ちを伝える方法を考えるんだ。


 


 ………無いな。




 本当の気持ちを誤魔化しながら伝えるなんて、出来るわけないんだ。

 他の人間がどうかは知らないが、少なくとも俺はその方法を知らない。


 これに関しては前世の記憶を引き出しても出てこない。


 何故なら前世では、誰かと真剣な関係になったりした事がないからだ。

 友達は確かにいたけど、大喧嘩をして仲直りとかした事がない。

 悪くいえば上っ面の関係だが、よく言うなら一般的な関係だろう。

 

 つまり、こういう時の言葉の選び方なんて知らないし、こんな土壇場で起死回生の一手なんて都合の良い物は出てこない。


 じゃあどうする?正直にルルティアに言うのか?

『僕は前世の記憶があって、それに則った人格を宿しているから本当は赤の他人なんだ』って

 

 最低じゃないか。


 前世の事は言えない。

 それは、俺とルルティアとの関係の根幹に関わる事かもしれないから。 

 成長して大人になってから言うのであれば、多少の耐性があるかもしれないが。

 今の子供の状態で言ったならば、それこそ混乱してしまうだろう。


 ならばどうする。

 俺の前世の経験じゃ、こんな状況を切り抜く事が出来ない。



 前世の俺じゃ無理だ。






 ーーーだったら、今世の俺ならばどうだ?






 ふと、そんな考えが浮かんだ。

 俺はいつも大抵の事に見切りを付け、直ぐに前世の知識に頼ってきた。

 あらゆる局面を前世の知識を用いて切り抜けてきたが、それはこの世界にないからこそ秀でているモノであり、決して俺が秀でているわけではないのだ。


 此処に来るまでの事を思い出してみろ。

 最低最悪のサイコ野郎との戦いに勝ってここに来たんだろ。 

 色んなモノを見た、自分の世界が如何に狭いモノなのか思い知らされた。

 この世界の闇の一端だって見て、それを乗り越えた。

 

 その前だってそうだ。

 SSS等級(ランク)獄妖狼(ゲヘナ・ヴォルグ)と対峙しても堂々としていたじゃないか。

 確かに、アイツはなんか色々モヤモヤしたモノを残していったけど……

 それでも、俺の力で遣った事には変わりないじゃないか。


 俺がこの世界で過ごして八年が過ぎようとしている。

 前世の22年よりも濃厚である事は間違いなく、忙しない毎日だが割と楽しく過ごしている。

 俺の力で何が出来たってわけじゃないが、少しずつ力を付けてきたんじゃないかって思い始めてる。

   

 なあ、ちょっとで良いんだよ。 

 ほんの少しでも良いんだ。

 



 自分を、ユークリスト(今の自分)を信じてあげても良いんじゃないか。




 これは前世からの因果的なモノかもしれないが、俺は自分に自信が無い。

 自信があるのは俺ではなく、俺の中に有る前世の知識だ。

 だからこれまで、俺自身の中に有るモノを信じた事はない。  


「ルル姉……返事をしなくても良いから、僕の話を聞いて欲しいんだ。」


 ほんの少し、ほんの少しだけ勇気を振り絞れ。




「ルル姉……僕はね……」  




 今この瞬間を止めるように深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。

 もちろん、俺の言葉に帰ってくるのは静寂だけ。

 



「僕は……生まれた時から今までの記憶があるんだ。」




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