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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
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第四十一話:月華の届かぬ暗闘 其の五

ここから第二章の終わりまで駆け抜けますので、頑張ります。



 酸素欠乏症。

  

 酸素濃度が低下空気を体内に吸い込む事により、体内に十分な量の酸素を取り込む事が出来なくなった場合に引き起される様々な症状。


 呼吸と脈拍の増加、頭痛、吐き気、集中力低下、単純計算の間違い。

 めまい、筋力低下、判断力の低下、嘔吐、高所からの墜落や瀕死の可能性。 

 失神昏倒、幻覚、意識喪失、全身痙攣、7・8分以内の死亡。

 呼吸停止、身体麻痺、心肺停止、6分以内の死亡。


 取り込みすぎると毒になるが、少なすぎるとこれまた毒になる。


 生物の厄介な隣人こと、酸素君。


 あれだな、悪友みたいな感じだな。

 表面上の付き合いだけで適度に遊ぶぐらいが楽しい、みたいなね。 

 

 まあ、そんな事も知らずに低酸素初体験なリキュールは拒絶反応のような物を起こしてしまったわけで、その隙を突いて一発というわけだ。

 

 無防備になった顔にめり込むほど力一杯の渾身の一撃。

 鼻から出た血飛沫が美しいアーチを描くほどの一撃。

 目の前が真っ暗で何も見えなかったこの戦いが変化する一撃。


「おっしゃぁっ……!!」

  

 ダメだと分かってる、まだ決着はついていない……しかし。

 喜びを力一杯噛み殺して拳を握りしめる。

 

「…………ケハッ、ケホッ……てめえ、何しやがった!!」  


 顔に付着した血を拭いながら、未だ消えぬ闘志の火を双眸に灯すリキュール。

 自分の身に起きた現象を理解する事は出来ないが、それを起こしたのが俺だという事はわかっているのだろう。


 正直、俺自身これが酸素欠乏症による現象かどうかは分からない。

 一酸化中毒って可能性もあるからな。 

 それでも、これは紛れもなく俺が引き起した現象であり、俺の作戦が好転している事を示しているのは間違いないだろう。


「ははっ、どうだろうな?残念だが、心当たりが無い……」 

「けはッ……そうか、しらばっくれんなら仕方ねえ……」

「ほら……早くやろうぞ。」

「……イきんなよ、餓鬼がぁアア!!」


 再び地面を蹴り上げ、リキュールが俺に向かって切迫する。


「へっ、待ってたぜ!!この時を……!!」 


 それに合わせて俺も戦闘態勢を取る。

 此方に向かってくるリキュールを睨み付け、魔撃棒を持っている手を身体の正面に構え、膝を曲げて腰を落としていつでも駆け出せる姿勢をとる。




 そしてリキュールに背を向け、風の如き速さで走り出した。




「……は?」


 一瞬漏れた疑問符を置き去りにする勢いで駆け出した俺は、対面側の壁に背中を貼り付けるようにして止まった。

 正面にリキュールを置いて、そこから魔道靴(ウォーカー)で縦横のどこにでも逃げられる態勢だ。


「てめえ、何考えてんだ……?」 


 首筋をピクピク震わせながら怒気を含ませた声で訪ねるリキュール。

 そりゃそうだろうな、一発かまして来た奴と打ち合いになると思ったら逃げ出したんだからな。

 いよいよこれからって時に、目の前の相手に意味不明の行動を取られたらそうなるに決まってる。


 しかし、此奴はそこまでしか考えられない。 

 俺が何故こんな行動に出た?とかそんな事まで思考が及ばない。   

 その思考を司る部分が、先程やられた一撃の怒りによって塗りつぶされているからだ。

 

「……お前を倒す事?」  


 だから、その思考の汚れを消させない。


「……殺す!!」

 

 狂気に顔を歪ませ金切り声を上げたリキュールが、再び俺に肉薄する。

 それを確認した俺は、魔道靴を使って壁伝いに駆け上がった。

 

 俺は此奴に一撃を食らわせる必要は無い。

 こいつを相手に逃げ切って、とにかく呼吸をさせる。

 呼吸をすればするほど空気中の酸素濃度が薄くなって、こいつに不利な状況を作りやすくなる。

 俺はこいつに比べれば身体が小さいから、比べて少ない酸素で活動できる。

 

 此奴の身体に不協和音をもたらし、その隙こそが俺の勝機となる。


「ッ……ラァアア!!」


 俺の動きを追いかけるリキュールが鞭を構え、その行く先に鞭打を放つ。

 俺の進行方向に、俺が今の速度で走ったら一秒後に到達するであろう場所へ正確に。

 怒りに任せながらもその動きの精彩が欠かないのは、この男の一流としての証拠だろう。


 ーーーそのタイミングに合わせ、俺は進路を変更。


 壁を蹴り飛ばし、俺を追いかけるリキュールに空中から迫った。


「ッ……!!」 


 怒りは人の視野を狭くする。

 如何にリキュールの戦闘技術や資質が他と比べてと突出したモノであっても、その精神は下町のヤンキーレベルであり、つまり未熟という事だ。

 そして、こちらが突飛な行動に出ると、こいつの行動は『ただ攻撃で敵を制圧する』単純なモノになる。

 思考に靄を掛けその行動を制限する事で、此方の領域に引き込める事は先程の従魔ネットワーク同時作戦で実証済みだ。 

 恐らく、こいつ自身は自分の領域に相手を嵌め込むタイプの人間なのだろう。

 恵まれた体格に珍しい南武流使い、そして特異魔術適性のある魔導師。 

 大凡、その人生に於いて強敵と呼べる人間と出会う事の無いほどの才能と環境で育ったコイツは、自分の得意分野のみに秀でているから、相手の術中に嵌まった時に弱くなる。

 自分の得意なハメ技コンボだけを練習してきた奴みたいだな。


 それがこれまで露見しなかったのは、そのハメ技があまりにも強いから。

 常に優位に立ってきたから、自分が追い詰められる経験が殆ど無い。


 俺は追い詰められた経験しか無い。

 そして、そこから起死回生の一手を生き残ってきた。


 今コイツがいるのは、俺が得意とする領域だ。

 ハメ技、搦め手、何でも御座れの即興劇。

 もう絶対に逃がさない、永遠に抜け出せない蟻地獄に嵌めてやる。



 俺は意表を突かれ無防備になったリキュールに向け、その頭を吹き飛ばす勢いで魔撃棒を振りきった。 

 

 

 その一撃は、大きく身体を仰け反ったリキュールの視線の先を通っただけだった。

 空中を進む俺の身体が、リキュールの居る位置を通り過ぎようとしている。

 身体を仰け反らせたリキュールへ視線を落とすと、視線が交差した。

 殺気に満ちた満面の笑みを浮かべ、ギラついた双眸を此方に向けている。


 まだ、まだコイツを追い詰めるには何かが足りない。 

 思わず歯軋りをしてしまう。

 いや、まだだ、こんなんで諦めんじゃねえよ!!

 

「ッ…『伸びろ』!!」


 リキュールの上空を通り過ぎる最中、精霊文字の命令を上げる。

 通り過ぎ行く視野からリキュールの姿が消える、今頃反撃の体勢でも整えているのか?

 わからない、この瞬間自分に何が起きるか分からないコンマ数秒がとても恐ろしい。

 

 でもわかる、あいつが居た位置なら分かる。 


 直線上に、俺の直ぐ後ろだ。


 魔力を集中させるのは腰から脇腹に駆けて、そして振り抜く一瞬で手に込める。 

 

 着地ーーーそれと同時に身体を捻る。

 腰から脇腹にかけて集中させた魔力が、体幹をカバーするインナーマッスルの要領で俺を支えてくれる。

 闇雲に、無造作に、居るか分からない視覚外の敵に向けた一撃。


 それは、その手に確かな感触を与えてくれた。

 先程得られたモノと同様か、それ以上の感触。


「ッ…ガァ……!!」


 背中越しに聞こえる呻き声で、俺の心が歓喜の声を上げているが今はそれを抑えろ。 

 闇雲に振り向いた視線の先に、蹌踉めいて大きく体勢を崩したリキュールの姿があった。

 

 魔撃棒がクリーンヒットしたのが頭部であることは、その抑えられた手で分かった。

 

 追撃の手を緩めるな。

 ここで勝負を決めるんだ!!


 己を奮い立たせ、敵の間合いに踏み込む。


 ーーーその足の支配権を絡め取るように、鞭の先端が巻き付いた。


「ッ……!!」

「ガァアアア!!」


 反応も抵抗も、俺が気付いた時には遅かった。

 獣の雄叫びに似た叫び声を上げたリキュールは、何の工夫も技術も無くただ俺を絡めた鞭を振り回した。

 当然、その先端に付けられた俺も引っ張られ、空中に放り出された。

 

 どんな状況に於いても、何よりも守るべきは自分の身体だ。

 俺は頭を手でカバーし、身体を丸め込んで全身を魔力で覆い最低限の防御態勢を取る。 

  

 壁に打ち付けられ、衝撃と激震が身体の中を駆け巡った。 


「…………!!」 


 あまりの衝撃に、声にならない声が漏れる。

 

 何だよこれ?俺はいま何をされた?いや壁に打ち付けられたのは分かってるけど。

 そんな事を考えてる場合じゃねえ!ヤバい、痛いとかそんなのを通り越してるよ。

 背中から身体の中に入った大きな異物が自分の身体を支配している感覚、自分の呼吸器官を異物に支配されている。

 早く、これを出さないと……死ぬ!!


「ッ……ヴォえっ……!!ーーーカハッ…カハッ……はぁー」


 異物を体内から吐き出し、呼吸を整える。 

 ちょっと汚い音だが、嘔吐はしていない。


 ていうか、こんな呑気に構えてんじゃねえよ!!

 アイツが次の攻撃を狙ってくるぞ!!


「………?」 


 無理矢理起こした身体の正面、飛んでくると考えていた攻撃は未だ飛んでこない。

 正面に居るリキュールは俺を壁に投げつけた姿勢のまま、その場から動いていない。

 何故だ?今のは完全に俺を殺せる間だったはずだ。


「ガ……あが……ぐっ…」


 茫然自失の様に見える風貌でも、得物である鞭を手放さないのは強者の証だろう。

 已然行動を追撃に移さず立ち尽くしたまま白目を剥き、半開きの口から声が漏れた。

 

「ああ……アア……だい…っじょうぶ……だよーーーーー」


 精強を極めるオルトウェラ帝国北部に於いて、生存繁栄を勝ち取った犯罪組織『鎖の狩人(ガラナック)』の幹部の席に坐する狂人。

 内に秘める狂気を狂喜とし、ユークリストの人生でトップクラスに入るであろう最低最悪のトラウマを植え付けた元凶。

 持ち前の特異魔術と南武流を組み合わせる事によって戦闘に於いては無類の強さを誇り、近い将来大陸剣議席議員(ランカー)の席を担うとされる才能。

 

 その才器溢れる狂人の心から零れたのはーーー 


「ーーーおと、お…さ……」


 その姿からは大凡かけ離れた、悲しい声だった。


「が……あ、あああああ…」 


 両の手で顔面を覆いこみ、無造作に蹌踉めき呻くリキュ-ル。

 その様は、絡まった糸に操られた人形のように不規則で不気味である。

 目の前のコイツがどうなったのか?

 此奴の身体の中で何が起こっているのか分からないが、何が原因かは分かる。 

 

 俺がこの部屋に仕掛けた低酸素が、かなりヤバいステージに入っているという事だ。


「う……!!」


 再び低酸素症(それ)を自覚した時、見て見ぬ振りをしていた症状が俺の身体にも表れた。

 突発的な頭痛と、胃の中がぶり返るような嘔吐感が身体中を襲った。

 身体の中に突然現れた異物が、身体中に穴を開けるかのような嫌悪感が巡った。


 ああ、ヤバい、かなり気持ち悪いぞ、目の前の映像が歪んで見える。  

 必死の抵抗で視界のピントをリキュールに合わせる。


 リキュール自身その現状に苦しめられている為、白目を剥いて歯を剥き出しに食い縛りながら必死の抵抗を続けている。

 

「ぐ……ぎ、ぎ…」


 その視界に何が、誰が映っているのかも俺には分からない。

 ただそれが、此奴にとって重要なモノである事は分かる。

 表面的な身体の苦痛だけが此奴の蝕んでるのでは無い、その奥の精神的な苦痛がコイツを苦しめている。


 なんとなくだけど、そんな気がする。


「ああああ、わか…てる……しかた…なか…たんだ…ね……俺が……ぼくが…かあ…さんに……」 

 

 白一色の瞳に黒を取り戻したが、自分を保つ事に精一杯の様子のリキュール。

 今この場にいない誰かに話しかけているように見えるのは、きっと気のせいでは無いだろう。

 言葉を途切れ途切れにしながらも、その何かに訴えているのは伝わる。

 

 今の内にやっちゃうか?チャンスもチャンスだろ?


 攻撃の機を窺いつつ、ジリジリと足を伸ばす。 


「ぎぎっ……ああああああああ!!!」

「ッ……!!?」 


 突然火が着いたように手に持っていた鞭を前方に振り回しだした。

 鞭は四方八方のあらゆる場所を抉り、拍車を掛けるように暴走していった。

 何かを狙った攻撃ではあるが、俺を狙った攻撃では無かった。

 現に、軽いステップバックだけで避ける事が出来た。


 リキュールの混乱は続く。


「おおお、れが……おれが……かあ…さ……にてた……ら……」


 拳で自らの頭部を何度も殴りつけ、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。

 自らを罰するように見えるその様子は、図らずも俺の胸を締め付けた。

 リキュールの中にある大きな何か、ベールに隠されている秘密が少しずつ捲れていっている。


 そして、俺はその瞬間に立ち会っている。


「ぐぎぎ……とお、さ…を………ゆ…わ……し…からぁあああああ!!」


 苦痛に塗れた叫び声は、まるで助けを求めているようでーーー


 とても不快だった。


「ふざっけんじゃねえ!!」


 部屋中の酸素は限られているから、叫び出すなんて愚の骨頂である。

 しかし、それでも抑えきれなかった。

 目の前で苦しむリキュールを目の前に、俺の中に沸き上がったのは憐憫ではなく怒りだった。


「ここまで、ここまで戦ったんだぞ! もう決着は目前だ! なのに、最後の最後でこれとかふざけんなよ!! 俺をここまで痛めつけて、ここまで胸糞な気分にさせといて結局は過去のトラウマに捕われる可哀想な奴でしたってか!?冗談も大概にしやがれ、この糞ピエロ!!」 

 

 前世で俺が好きだった物。

 それが漫画であり、俺が大学生活を満喫していた時は個性的なキャラクターを深掘る為に凄惨な過去エピソードを添えるのが流行った。


 本音を言うのなら、気持ち悪いぐらい流行った。

 味方陣営、敵陣営関係無しにキャラクターを深掘っていくから節操がないのかと思った。

 

 そして、残忍で狂人的なキャラクターほど悲しい過去エピソードを付属する事によって、そのキャラの同情を買い共感性を持たせる事によって人気を上げた作品もある。

 『あの残忍なキャラクターにそんな過去があったのか』『こんな事があったから彼は悪の道に逸れてしまったんだ』みたいな感じで『最初から悪人として生まれた人間なんて居ない、その過去がなかったらいい人だったんだ』という風潮が流行りだした。


 主人公を上回る戦闘力に、その瞬間を彩る為に作られた個性。   

 瞬間的で魅力的なキャラクターが、凄惨な過去を持たせる事によって可哀想な人間になる。

 象徴として作られた偶像が『世間にウケたい』という個人的な理由で、その身包みを全て剥ぎ取られる。


 自分でプロデュースしたアイドルのスキャンダルを、自分で生み出して暴露するのと同じ行為だ。


 アレが嫌いだとは言わない。

 キャラを深掘る事が出来ればそれぞれの行動にも納得が出来るし、その組み合わせが面白い時もある。

 

 しかし、いざ目の前でやられると無性に腹が立つ。


 俺をここまで苦しめた奴がただの可哀想な奴だと?ふざけるな。

 そんな奴に勝っても自分が成長したなんて感じられないし、自分が安っぽく見えてしまう。

 此奴は俺が死力を尽くして戦うべき悪役であって、可哀想な悲劇の被害者なんかじゃない。


 両腕を大きく広げた、自分の存在を主張するように。


「お前の相手は! 目の前に居るのは! その顔面を土に付けるのは俺だ!!

 俺を見ろ! リキュール・デュアル! 今この瞬間、俺達の生きている此処だけを見つめろ!!」



「ん、グッ…ガァアアアアアアアアア!!!」


 

 俺の叫び声に反応し、獣の慟哭が返ってきた。

 


ーー



 俺の人生が何時壊れたのかなんて分からねえ。

 母親が死んだ時か、親父が狂った時か。

 それとももっと別の理由があるのかもな。


 ガキの頃、人間には表と裏があるのだと学んだ。


 真っ当な顔をして商人として己を立てていた父親は、俺が知る本当の顔とはかけ離れていた。

 幼かった俺でも理解できるほどの悍ましい行為を、父親は俺の身体の隅々まで刷り込んだ。

 そんな俺が今こうして『鎖の狩人』の幹部になり、より悍ましい行為に手を染めているのは皮肉と言う他ないな。

 あんだけ周囲の人間に慕われながら裏でえげつない行為が出来るのだから、人間なんて碌でもないモノだ。

 一度、俺が物事を何も知らない無知で馬鹿で純粋な頃に一人の大人に相談をした事があった。

 自分が父親にどんな扱いを受けているのか、自分がどれだけ傷ついているのか。

 

 次の日、親父と共にそいつがやって来た。


 この時悟った。

 人間は誰しも仮面を被っており、その奥には怪物を飼っているのだと。

 

 この世に、潔白な人間なんて存在しない。

 それが人である限り、仮面の奥には大なり小なりの怪物が住んでいる。


 なら、俺の怪物は何処に居る?

 そいつは、何時目覚めるんだ?


 其れを自覚した時、俺は血に塗れた刃物を持ったまま父親だった何かを見下ろしていた。

 その後のことは詳しく覚えていないが、親父の商会は跡形もなく無くなった。


 怪物は殺す事が出来る。

 己の内にある怪物を解放すれば、その怪物を殺す事が出来る。


 特別な思想や執念を元に行った行動ではないが、ただ俺はそれだけを頭に入れて人を殺し続けた。

 自分の理論を証明する為に、自らを虐げた世界の間違いを証明する為に。

 現に俺が殺した奴の全てと言って良いほどの殆どが、その内に何かを飼っていた。

 誇りと尊厳だけを食い扶持にして生きていた騎士は、その寸前で醜い命乞いをし始めた。

 どこぞの爵位を貰った貴族は、自分の家族全員の命を引き換えに自分の命だけはと懇願した。

 高等級の冒険者パーティを襲った時に一人だけ見逃すという条件を提示したら、三を数える間もなく殺し合いを始めた。


 目の前に積み上げられた死屍累々が増長するほど、俺の正しさが証明された。

 俺は間違っていない、俺の行いは正しかった。


 俺の正しさは、ここで終わった。

 誰に証明するわけでも無く、ただ自分を納得させる為だけだった所為かもな。

 人を殺すだけの毎日になってからは、ただ空虚で虚しいモノだけが膨れていた。

 

 そんな折だった、あのナーベリックという気色の悪い奴が俺を『鎖の狩人』に誘ったのは。

 あの野郎は、俺が今まで出会った中で最も邪悪で気味が悪かった。


 だから、次は此奴の中にある化け物を殺してやろうと思った。

 

 物事を飄々と躱すコイツが、その内側にどんな化け物を飼っているのか。

 それだけが俺の、次に生きる理由だった。 


 しばらくして、小児性愛(ペド)ババアとナーベリックの野郎が仕事があると言ってきた。

 どうせ変わらねえただの殺しと思ったが、幹部の二人が態々誘いを掛けるほどの仕事に少し興味が湧いた。

 だが、いざ蓋を開けてみれば、ただの思い上がった貴族のガキの相手をするだけの簡単な仕事だった。

 

 ーーー今まで道理なら。


『いいですか?死ぬ寸前まで追い込んでも構いませんが、絶対に殺してはいけませんよ。』


 ナーベリックの野郎がそう言ったんだ。

 あの万物に一切の興味を持たない、不気味な野郎が『殺すな』と言葉にして俺に命令をしたんだ。


 俺は何かあると思った。

 だから考えた、どうにかして件のガキを俺の手で始末できねえかってな。

 途中でトーリックって興味深い冒険者も見つけたから、そいつも一緒に遊びたくなった。

 

 だから、二人同時に相手できるように二人の弱みを握ることにした。


 天翼族のガキと、平民の赤毛のガキを誘拐することで二人を誘き寄せる。  


 貴族のガキについては、ナーベリックの野郎からそういう性格だって聞いてたから釣れる確信があったし、トーリックにしろ態々自分が世話したガキをみすみす殺すような真似はしないと確信があった。


 現に企みは的中し、俺は目当てのモノを釣り当てた。

 予想外だったのは、二人分釣れたが実際は一人だったこと。


 ガキとの戦いは、はっきり言って残念なモノだった。

 戦闘の基礎もクソもねえ立ち回りに、素人同然の戦略。

 コイツの何処にあの糞野郎の興味を引くモノがあるのかと疑い、長引かせてみたが如何せん見つからねえ。

 何だ、こいつも俺を満たすモノは持ってなかったのか。

 

 だったら仕方ねえ、あの男の仮面を剥がす為の肥しになって貰おうじゃねえか。


 そう思っていた矢先にこれだ。

 何をされたのかは分からねえが、何かが俺の身体を蝕んでやがる。

 ああ、やべえ、今まで殺した奴等まで出てきやがる。

 こうして改めて見たら、俺って結構な数殺してんのな。 

 もう名前も覚えてねえ奴等が、四方八方俺を囲んでやがる。

 はは、なんか笑えてきたぜ、此奴らに俺は殺されんのか?


 まあ、それも悪くねえか。

 いつかはこうなるって、薄々気づいてたしな。


『ふざっけんじゃねえ!!』


 糞ガキの声が頭に響いた。

 そういや改めて考えたらコイツは、俺がこれまで殺した連中とは違うな。

 動機はありきたりで『大切な誰かを守りたい』なんてチンケな物だが、これが中々折れねえ。 

 俺の特異魔術『幻影術』を織り込んだ戦闘術も、そのギリギリの所で掻い潜りやがる。

 あの餌場を目撃しても、その並外れた胆力で乗り越えやがった。

 そしてこれまで防戦一方だったくせに、いつの間にか攻勢に転じてやがる。

 『誰かを守りたい』なんて糞みたいなモノを背負った奴が、ここまで出来るモノなのか?


 実際誰かを守る為に剣を取った奴等が掌を返して命乞いをし、仲間を裏切るする姿を沢山見てきた俺は、その感情が一番儚く脆い物だと知っているが故に余計に腹立たしかった。

 コイツの根底は何だ?コイツの底は一体どこにあるんだ?


 その仮面の裏に、一体どんな化け物を飼ってるんだ!?

 

『ここまで、ここまで戦ったんだぞ! もう決着は目前だ! なのに、最後の最後でこれとかふざけんなよ!! 俺をここまで痛めつけて、ここまで胸糞な気分にさせといて結局は過去のトラウマに捕われる可哀想な奴でしたってか!?冗談も大概にしやがれ、この糞ピエロ!!

 

 お前の相手は! 目の前に居るのは! その顔面を土に付けるのは俺だ!!

 俺を見ろ! リキュール・デュアル! 今この瞬間、俺達の生きている此処だけを見つめろ!!』

 

 自分の要求のみしか述べていないそれは、なんとなくだが俺の疑問を払拭した。


 ああそうか、コイツは仮面なんて被ってねえ。


 ーーーコイツ自身が化け物なんだ。


 だったら話は早え、化け物(此奴)怪物()のどちらが強いのか。


 ーーーそれを確かめようじゃねえか。 

 


ーー



「きはは……悪いなグリバー……」


 力の抜けた声で返ってきた返事。

 『糞ガキ』から『グリバー』に呼び名が変わった事は良い事なのか何なのか。


「ちょっとばかし、余所見してたわ。」

「気にすんな……ほら、決着だ。」


 互いに意識が朦朧とする中で、視線を合わせる。

 言葉は短く、攻防は一瞬だけ。

 

 次で決着が着く。

 それだけがお互いの共通理解だったはずだ。

 


 白煙が、視界に靄を掛けた。



 阿吽の呼吸かと見紛うほど息を合った蹴り出し。

 最後の一撃を相手に叩き込む為に、互いがその存在を賭けて猛スピードで駆けた。


 先に仕掛けたのは俺だった。

 リキュールの死角、逆袈裟の姿勢から一直線に魔撃棒を振り上げた。

 魔撃棒は目の前に迫り来るリキュールの姿を捉え、魔撃棒を喰らったリキュールの身体は薙ぎられた煙のように霧散していった。

 その散り際に、獰猛な笑みの残像を残して。


幻影(ミステリス)


 幻影で作った幻を先頭に立たせたリキュールの本隊が再び俺の前から姿を消した。 


 そして、俺の視界に映らない背後にその姿を現した。

 鞭ではなく、手元に隠していたであろう暗器を持った右手が俺の命の灯火に襲いかかる。

 俺は魔撃棒の先端を自分の左肩に密着させ、想像した事がないくらいの強さで歯を食い縛った。


 ーーーこの瞬間を待ってた。


 俺が魔術を使えるラスト一回、使うタイミングならば此処だ。

 そっちが俺の死角から攻撃を仕掛けるのなら、こっちもそうしてやる。

 思い出せ『幻影』を使った後の此奴は、まず俺の視界から離れる行動を取る。

 そして、その後は高確率で俺の背後を取ってきた。

 今は死闘の真っ最中であり、真面な思考を巡らせる余裕なんてない。

 人間追い詰められた時は、最も馴染みのある行動を選択するのだ。


 まあ、こんな状況にいる俺がこんな事をするのは、本当に追い詰められているからだけど。


『変形』 


 『変形』の魔術により、肩に密着させた魔撃棒の形が変わった。 

 延びる事や大きくなる事は出来ても、その基本の形状を変える事が出来ない魔撃棒は最終的には俺の手で変形させるしか無い。

 それは嘗てどこぞの盗賊を討ち取った刺突剣(レイピア)の形に成り、そのまま俺の肩を貫き後ろで構えていたリキュールの脇腹を貫いた。


「ご…ほっ……!!」


 意表と脇腹を貫かれたリキュールは吐血し、態勢を大きく崩し蹌踉めいた。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!

 

 此処で動きを止めるな!此処で止まったら終わりだ!!

 痛みなんて後でどうとでもなるんだから、今はその痛みを受け入れろ。

 この瞬間だけを只管待ったんだ、今更身体に穴が空いた程度で弱音を吐くんじゃねえ。

 イメージしろ、アイツの姿見えなくても良い、さっきの攻撃で大体の場所は分かってる。

  

 再び『変形』で魔撃棒を戻す余裕はない。

 身体の中に異物が残ったまま振り返り、目の前で立ち尽くす影を視界に捉える。

 魔力不足で視界に靄がかかりながらも、はっきり認識出来るほどの大きな影だ。


 ここまで来たら何処でも良い、とにかく当てるんだ!!


 身体に残っている絞りかす程度の全魔力、これを全て拳に集中させる。

 魔力不足に加え肩を貫かれたダブルパンチで、足下が覚束ない意識を無理矢理前に進める。


 この瞬間だけで良いんだ、俺の身体よ最期に言う事を聞けよ。


「あああぁあああああああああああああああ!!」 


 慟哭と咆吼の混じり合った雄叫びが、俺の心を支え背中を押してくれる。

 俺の人生に於いて、ここまで死力を尽くした事があっただろうか。

 もしかして、俺の人生二回分ぐらいのとんでも修羅場を潜ったのではないだろうか。

 わからないけど、今はとにかく家に帰ってぐっすり眠りたい。

 スティアの作ったシチューを皆で食べて、新しい魔道具を作ろう。

 新しい魔術の開発にも取り組もうかな、剣の稽古もしないとな、今回の戦いで剣術の重要性をいやという程実感した。

 

 やらなきゃいけない事が山積みだな。

 いけない、一番やらなきゃいけない事を忘れてた。


 ルルティアに会うんだ。

 今までの行いを謝罪して、改めて家族としての絆を結ぼう。

 ああ、早くルルティアに会いたいな。 


 薄れ行く視界の中でも俺の拳は確かにリキュールを捉えていたと、それだけは確信を持って言える。

 何故なら地面の堅い感触よりも、拳に残った衝撃の方が凄かったから。

 痛みの余韻が残る拳の熱さが、俺の勝利を称えてくれている様で少し誇らしかった。


 こうして、レーメンの丘の中で行われた俺の戦いは終了した。

 終了しただけで、両社共倒れと言う事だから勝利とは完全に言えないだろうけどさ。

 此処から救助が来るのは、凡そ一分後ぐらいになる。


 余談だが、リキュールが暴れまくっていた時に鞭の先端が俺の塞いだ壁に当たって少し崩れていた。

 そこから出来た穴から空気が部屋中に入り、俺は何とか一面を取り留める事が出来た。

 

 レヴィアンナと、俺の命令を聞かずに付いてきたロキとノートが必死になって助けてくれたらしい。


 その事を聞くのは、戦いから一晩明けたあとの事だった。



ーー



「おや?どうやら私の連れが二人ともやられたらしいですね?いやはや、犯罪組織『鎖の狩人』の看板も安くなってしまいましたね。しかし、それにしてもどうしましょうか? このまま続けても私には何もメリットが無いわけで……うーん。よし逃げましょう!」


 まるで初めから回答を準備していたかの如き、白々しい三文芝居を打つナーベリック。

 これほどの厚かましさがユークリストにあれば、恐らくあんな死闘を演じる事はなかっただろう。

 速き事を風之如しと言わんばかりに帰り支度を済ませようとするナーベリック。


「そうと決まれば善は急げと言いますからね。早く支度をしないと公爵家の騎士の方々が来てしまいますーーー」


 その頸元に飛んできた短剣をにべもなく避けるぐらいの余裕はある。


「ーーおや?貴方まだ生きてたんですか?しぶといですね、ゴキブリと呼ばれているのも強ち言いがかりではないようで……」 


 ナベロ人を揶揄する表現を使いながら横目に見るワグの姿は、正に死闘を演じた戦士の其れだった。

 身体中の至る所に薄い切り傷が出来ており、ユークリストに仕立てて貰ったミスリル製の脚甲も切り傷により所々欠けてしまっている。

 白と黒を基調とした服装も、その殆どが紅に染まっている。


「ふざ、けるな……貴様は此処で、おれが……」

「はあ……初めから此方に殺す意図はありませんし、私も目的を果たしたのでお暇させて頂きますよ。」

「それは、スティアの事か…?」

「いえいえまさか…それは組織としての目標であり、私個人の目標としては少し違いますね。」

「……なに?」

「まあこれ以上の問答も情報も与えるだけ不毛というモノですからね。悪役はここで退散させて頂けます。」

「ふざけるな……まて!!」


 力の無いワグの制止を顧みず、ナーベリックはその場から姿を消した。

 嘗ての三年前『指揮者(コンダクター)』であるカイサル・スノウ・グリバーから逃れたように。



 

 オルトウェラ帝国北部の地で行われた月華の届かぬ暗闘、ここで全ての戦いに幕が下りた。




ーー




 ここからは全て後日談である。


 次の朝、レーメンの街に二つのニュースがやって来た。


 一つ目が、レーメンに生きる人々の心に影を差していた誘拐事件の終結。

 誘拐事件の被害に遭った子供の殆どがほぼ無傷で帰ってきた事を、待ち望んでいた家族の食卓に光が戻ってきた。

 そして不幸中の幸いとしか言い様がないが、レーメンで誘拐された子供は捕食の被害には遭わなかった。 

 レーメンに来る以前の街で『鎖の狩人』により誘拐された子供が、捕食場で捕食されていた。

 戦いの最中ユークリストが目撃した人形は、本来の持ち主が泣いていた子供を落ち着かせる為に渡した物であった事が後日判明した。

 しかし、子供が被害に遭った事は事実であり、冒険者組合と代官であるエレイネが連携して近隣の街と連絡を取っている。

 損壊の酷い遺体もあるが、せめてその一部だけでも家族の元へ返せるように。


 二つ目のニュースが、冒険者トーリックの死亡だ。

 え、何でいきなり?とか思ってるかもしれないけど、これにはちゃんとした理由がある。


 まず、今回作戦に参加した俺への注目を逸らす為だ。

 何の変装も無く地下に潜りこんだもんだから、誘拐された子供達の殆どが俺の事を見てた。

 幸い檻の中は暗くて詳しく見えなかったらしいが、それでも小さい人が戦ったというのは覚えているらしい。

 それが俺であるという確信は無いが、此方から情報を提示して死んだということにすれば『あの時戦ったのはトーリックだった』と勝手に認識してくれるだろう。

 

 次は『鎖の狩人』の報復を避ける為。 

 ナーベリックの事だから報復なんてしないと思いたいが、そもそもアイツは裏社会の人間であり信用もクソッタレも無いのだ。

 それに今回のように、アイツ個人の意向と関わらず組織の意向が働く事もあるからな、報復は出来るだけ避けたい。

 報復対象が死んだとなれば『鎖の狩人』も、大胆な行動に出ようなんて考えないだろうし。

 

 後は、まあ、トーリックやり過ぎ問題を片付ける為かな。

 正体がバレない事を良い事に、トーリックはやり過ぎた。

 組合支部長であるレヴィアンナにあの子供達の魔術指導を頼んだり、出所不明な魔道具を使用したりとね。

 色々やり過ぎて、変な注目を浴びてしまっている。

 だからまあ、この辺りが潮時と言う事だ。

 『何故、低等級の冒険者であるトーリックが公爵家と連携して作戦に臨んだのか?』という疑問は、本人の死と一緒に墓に葬られる事になる。


 これはレヴィアンナと色々話し合った結果の事だ。


 まあ、次に魔道具の実験をしたくなったら新しい身分を作れば良いかな。


 とにかくだ、冒険者トーリックの活動はこれにておしまいという事だ。


 次に『鎖の狩人』の幹部である二人の処遇だけど。

 一人は俺と戦ったリキュール・デュアル。

 本来なら懸賞金付きのアイツは絞首刑もしくは晒し首だったけど、組織に暗殺を依頼した貴族や商会の名前を公爵家の騎士に供述する事により、監獄送りで収まったらしい。

 別に組織に思い入れがあったわけじゃないらしいし、案外簡単にゲロッたらしい。

 アイツが俺との戦いで何を感じたのかは知らないし、幻覚で何を見たのかなんて興味が無い。

 何をどう言い繕うと、アイツは『鎖の狩人』の幹部であり、その手によって殺された人が沢山居るんだ、

 

 ただそれでも、何もかもに背を向けて生きていくなんて悲しすぎるよな。


 二人目は、あの白い服を着てた体格のデカい女だ。

 なんでもあの女、アルマンが倒したらしく、自らの功績を語らないアルマンが自慢してたな。

 

 あ、因みに白い女は北部の各街を引き摺り回した後、晒し首だそうだ。

 

 最初効いた時はえげつないことをするなと思ったけど、あの惨状を目撃した手前なんとも言えない。 

 これを教訓に、あんな女の同類が減っていくことを願ってる。


 なんだか早足で色々説明してしまったが、これには歴とした訳がある。



 現在俺は、レーメンの街を出て領都カトバルスに戻ってきている。

 あの戦いから目覚めて、約半日後って感じだ。


 

 いくら何でも早すぎると感じているかもしれないが、これにも絡繰りがある。


 といっても簡単だ、ロキの『変身』の魔術で馬に変身して貰って全速力で駆けたのだ。

 有余る魔力で肉体強化して全速力で駆けたから、マジで死ぬかと思った。

 正直、リキュールとの戦闘よりも死を感じたよ。

 ノートが風魔術で結界的なモノを張ってくれて向かい風は凌げたけど、ふるい落とされないように必死だった。

 俺だけが来たから、ワグとスティアはまだレーメンに残ってるのかな。

 いや、あの二人の事だからきっと追いかけてきてるんだろうな。


 まあ、そんなこんなのボロボロの体で帰ってきた俺は、侍女であるオリバの『治癒術』による治療を拒んだ。

 確かに『治癒術』を使えば簡単に治るが、今回はそれをしたくない。

 何というかな、アイツとの戦いを簡単に忘れたくないんだよな。

 着ている服を着替えてとか色々言われたけど、そんな事をしている余裕は無い。 

 ということで、現在の俺は全身に包帯が巻き巻きの状態になっている。


 さて、これで準備は整った。


 俺を止めようとする侍女達の制止を振り切り、ルルティアの部屋に向けて前進する。

 場所なら完璧に暗記しているからな、引っ越しでもしてない限りあそこに居るはずだ。


 ルルティアに会ったら、まずは謝ろう。 

 そして彼女が俺の人生に於いてどれだけ重要か語るんだ。

 最初は聞いてくれないかもしれない、それでも根気強く話そう。

 二・三発ぐらい殴られるかもしれないけど、大丈夫だ、我慢できる。

 

 ルルティアの部屋の前に着いた。

 

 大きな銀色の扉に、ルルティアの瞳の色を模した大きな蒼色の宝石があしらわれた扉。

 

 よし、まずは心を落ち着かせよう。

 深く深呼吸をして、台詞を思い出すんだ。

 

 なんて言うか整理しないと、とちってルルティアを怒らせるかもしれないからな。


 うん、大丈夫だろ。

 早く謝らないと、ダメかもしれないから。

 俺が帰ってきた事は、きっとルルティアの耳に届いているはずだ。

  

 帰ってきて一直線で自分の所に向かったとなれば、多少の心証はよくなるだろう。


 許してくれるかな、最後のあの様子だと許してくれなさそうだしな。

 いやいや、ここまで怖じ気づく事無いだろ。

 勇気を振り絞れ俺よ、ここが正念場だ。


 あの死闘を潜り抜けたんだぞ、いけるいける。

 やれるさ、俺は無敵のユークリストだぞ。


 覚悟を決め、扉の取っ手に手を掛ける。

 本来ならノックをすることが紳士の嗜みだが、ノックをして拒絶されたらショックだからやらない。

 

「……よーし、行くぞ。」 


 思い扉を押した。


「ただいまルル姉!!そして御免なさい!!」


 その勢いのままジャンピング下座を決め、予め決めていた口上を述べる。


「今回のことで僕にとってルル姉がどれだけ大切な存在か分かったんだ。そして自分がどれだけ愚かな行為をしていたのかもね。本当に心から申し訳ないと思ってる。でも思ってるだけじゃダメだから、これからは行動で示していくよ。そうだね、まずはルル姉が最近お気に入りの茶葉で乾杯しようかな。その後二人で僕の実験室に行って、ルル姉専用の魔道具を作ろうか!きっと、ルル姉にピッタリの魔道具を作ってみせるよ!………」


 長々と口上を述べたが、この辺りでリアクションが来るよなぁって所で全くリアクションが無い。

 

 嫌な沈黙が、部屋の中を支配している。

 

 ああ、もう手遅れなのか?

 俺達姉弟の絆は、もう修復が出来ないのか?

 そんな、嘘だろ! お願いだから返事をしてくれよ!!


「………クククク…」 


 返ってきたのは、堪えきれずに漏れた笑い声だった。

 その声に反応して、俺は恐る恐る顔を上げた。


 俺が見上げた先に居たのはーーー


「……フラム姉?」


 椅子に座って此方を見下ろす、フラムベリカだった。





 そして俺は、その口からルルティアの家出を聴かされた。




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