第四十話:月華の届かぬ暗闘 其の四
今更ですが、新年おめでとう御座います。
これからも、鋭意更新していきたいと思いますので応援よろしくお願い致します、
つきましては、今年中に新作の方も始めたいと考えておりますので、其方の方もよろしくお願い致します。
いやいや、そんなことしてないで週一更新しろよ。と、考えている読者様の為にも、これからも集中執筆していきたいと思っているので、どうぞよろしくお願い致します。
「おらおらおらぁあ、次逝くぜぇえ!!」
「ぐっ……くそったれ!!」
子供達の死体が積まれた部屋の扉が吹き飛んで、俺とリキュールは牢屋のあった部屋に戻ってきた。
あの部屋で戦うのは、衛生的にも精神的にも宜しくなかったからな。
リキュールの鞭使いが、さっきまでのお遊び感覚から殺伐としたモノに変わる。
相手を甚振って弄んでその断末魔でランダバを踊るような戦い方から、獲物を狙う狩人の様な戦い方に変わった。
恐らくこれが、こいつ本来の戦い方なのだろう。
鞭がランダムな軌道を描いて俺を襲いに来る。
縦横斜めの不規則な軌道は時に俺のリズムを崩し、その裏拍を切り崩しに来る。
立体的に殺しに来る相手に、平面の戦いで挑むのは圧倒的に不利だ。
相手の歩調を崩したうえで、其処に合わせに行ったら裏を突かれる。
複雑で規則性の無いように見える攻撃だが、その中に再現性が隠されている。
俺はというと、大した打開策を見出せないまま襲い掛かる鞭打から逃げまくるだけ。
反撃を糸口を探しているのだが、やっていることは鞭から逃げるために地面を転がっている事だけ。
正直、鞭を避けるので精一杯で思考が纏まっていない。
俺の指示が届いていないから、従魔の二人が何をしたらいいか分からずに戸惑っている。
助けに入るべきなのか、戦闘に加わるべきなのか。
相手は明らかに戦闘の趣向を変えてきた。
俺も、これまでの受け身っぱなしではいずれ負ける。
そして、負けるってことは死ぬって事だ。
つい先ほど、そのリアルな未来を見てしまったからな。
だからそれだけは、絶対に受け入れられない。
だから、こっちだって戦い方を変えてやる。
無抵抗サンドバッグの反撃開始だ。
『踏みしめた場所が大地、それが重力を制する鍵に!』
精霊文を読む。
それが、俺の持ってきた第三の魔道具を起動する引き金となる。
『魔道靴』
この魔道具の仕組みは単純で簡単。
俺の足をついた場所が、大地となる。
靴底に付けた磁石『ネオジライト』が地中や壁に含まれている鉱石に反応して結合する。
所謂、磁石の磁力を利用したどこでも靴みたいなものだ。
勿論ネオジライトの磁力そのままにくっついてしまえば、子供の脚力じゃどうしようもない。
だから精霊文によって集まった微精霊たちが、その働きで磁力の調整をしてくれる。
なにも全身を守ってくれるバトルスーツだけが全てじゃない。
縦横無尽に都市を飛び回り、その親しみやすいフランクな性格で大衆を虜にしたヒーローだっている。
親愛なる隣人、それがこの魔道具のヒントだ。
俺は精霊文を唱え、壁に向かって走り出した。
ここで使うのは初めてだけど、性能なら地下室で試してきた。
同じ地下空間だ、成功しない理由は無いだろ。
鞭の先端が弧を描き、俺の背中を捉える寸前。
ほんの一瞬の誤差だった。
一つ間違えば、これが致命傷だった。
「ッ……はっ、まだおもちゃを隠してたのかよ!!」
憎たらしく、されども少し弾むような口調でリキュールは言った。
ぶっ殺すと決めたが、簡単に死なれてはつまらないのだろう。
鞭の追撃を逃れた俺は、そのまま壁を駆け上がった。
もちろん下方向への重力は感じるが、それでも落ちる心配はない。
文字通り、壁に立つことが出来た。
賭けは成功した。
「ノート!!衝撃音を食らわせてやれ!!」
『『風槍』を三本、あいつの右側面から叩き込め!!』
「ロキは変身を解除して、俺に付いてこい!!」
『右腕の変身だけ解くな。ノートが誘導した先を狙うんだ!!』
言葉と念話、どちらも同時に指示を送る。
もちろん、言葉の方が建前で念話の方が本音だ。
リキュールに聞こえているのは言葉の方で、念話の方は聞こえていない。
つまり、リキュールが警戒するのは衝撃音のみ。
『了解じゃ!!』
『まっかせてー!!』
『風槍』
「ッ……!!」
ノートが空中で翼を広げ、リキュールに向けて『風槍』を撃ち出した。
衝撃音に備えていたリキュールは虚を突かれ、風槍が誘導する左方向へと退避する。
これが従魔の暴走なのか、それとも何かしらのトリックがあるのか?
一瞬でもいいから、リキュールの思考の中に雑音を流せ。
こういう攻防の中では、その一瞬を見誤った奴が死んでいくんだ。
思考の雑音で出来たリキュールの死角に、ロキが潜り込む。
俺の注文通りだ、こっちに来たらどうしようと内心焦ってたんだけどな。
可愛いおサルさんボディにゴツイ熊の腕がついてる、なんとも違和感しかない絵面だが気にしないでおこう。
『でーんっじゃらーす!!』
変な掛け声なのにも、この際触れない。
「はっ!!洒落せぇえええ!!」
甲高い叫び声を上げ、体勢を崩しながらもリキュールが次の動作に移る。
マジで、何でこれで動けるのかさっぱり分からねえよ。
リキュールは自身に襲いかかる怒大熊化しているロキの腕、その手首を掴み勢いのまま投げ飛ばす。
『うわぁあああ!!』
ロキは、ジェットコースターの降りに入ったみたいな声を上げながら後方の壁に投げつけられながらも、空中で態勢を変えて壁に着地した。
マジで、何でこれで動けるのかさっぱり分からねえよ。
だから、一手や二手で終わらせてはいけない。
ロキを投げ飛ばした瞬間、一瞬リキュールの視界から俺が消える。
その一瞬を、俺は利用する。
魔道靴を利用し魔力を足に集中させ、飛蝗の如く壁から天井に飛び移る。
その過程、空中で魔術銃をリキュールの向けて構える。
普段の動いている的を狙う射撃とは違い、自分が動いてるなんて変な感覚だが心配ない。
『土弾』
『風弾』
予め選んでおいた二発をリキュールに向けて撃ち出す。
獰猛な石礫と迅疾な風丸が呻りを上げ、無防備になったリキュールの背中に襲いかかる。
一瞬の油断というわけじゃない、ただ此奴の思考に致命的な欠陥を作るんだ。
最初は針の穴ほどの小さい穴かもしれない、それでもしつこく断続的に攻撃を続けてほじくり続けるとそれがどんどん開いていく。
自分の背後に迫った二つの魔弾にリキュールが気付く。
だが時既に遅し、俺の攻撃は目と鼻の先まで来ていた。
「ッ……クソ餓鬼ぃいいいい!!」
リキュールが般若の形相で、耳が劈くほどの金切り声を上げた。
ピエロメイクの奴がしちゃいけない顔のランキング入りだな、般若顔。
いや、ピエロメイクしてなくてもしちゃいけないか。
『ノート、追加で三本だ!!。』
『了解じゃ!!』
ノートに追加で命令を加える。
今の俺と此奴の状況は一変した。
さっきまでの俺は、逃げ惑うだけで余裕がなかった。
反対に此奴は、俺を圧倒するほど実力差が離れすぎて余裕があった。
でも今は、俺に傷をつけられた怒りでこいつの方が余裕がない。
きっとプライドの高い奴なのだろう、こういう戦闘狂キャラって一回戦闘に入り込むと後先なく突っ込んでいくからな。
次が俺に余裕があるのかという話になるが、実際余裕はない。
でも、さっきまで逃げることに使っていた思考を戦いに向けた分、なんとか抵抗できている状況を作っている。
親指を突き立て、それを地面に向ける。
所謂『地獄に落ちろ』のポーズだ。
右の口角を吊り上げ、反対の左眉を吊り上げた。
まるで悪魔が悪戯を誇るようなその顔は、嘗て二度とするなとルルティアに釘を刺されたほど不快な顔らしい。
正確には、八歳児がするには気味が悪いほど似合っている。
「……くたばれ糞野郎。」
二つの魔弾がリキュールを中心に着弾し、爆発が起きる。
『風弾』の荒い烈風が『土弾』を削り、小規模な竜巻の中に礫が混じった。
そこへ更にノートの『風槍』の殺傷力も加わる。
業火に薪気をくべ、そこへ更に灯油を投げ込むような攻撃力が即興的に生まれた。
「グッ……!!」
鎌鼬が礫が、忙しなく続く四十八手の勢いでリキュールの全身を細かく切り裂いていた。
更に追い打ちを掛ける準備をする。
困難で満足できるかよ、こいつが粉々になりながら断末魔を上げるまで続けてやるつもりだ。
投げ飛ばされたロキも帰ってきたし、ノートも魔力量にはまだ余裕があるはず。
壁からの空中移動から地面へ華麗に着地し、魔術銃を再度構える。
カチッ、このコッキングの音が次の攻撃への出囃子だ。
ここから更にギアを上げ、アイツを粉々にしてやる。
「ーーー南武流殺人術『獣王無陣』」
瞬時に、ヤツを囲んでいた小さな竜巻が消し飛んだ。
切り裂く鎌鼬も礫の破片も等しく、一瞬で消えた。
その中心で立っていた奴は、明らかに何か違う。
火山が爆発したような怒りを撒き散らしていた先程までの男とは違う。
何か、もっと深いところで得体の知れないモノが煮えているような。
その微かな香りだけが香ってくるこの状況は、非常に気味が悪い。
オールバックに逆立ていた煤竹色の髪は降り、細くなった三白眼の奥では桑染め色が燦然と光っている。
希望の光では無い、殺意の光が。
洋風チャイナ服の様な一張羅は所々に切り傷が出来ていた。
服だけ見れば蜂の巣状態と表現できるが、実際は大した傷は負っていない。
右手の鞭も破壊できる様子は無い。
そりゃ、等級Sの魔獣の素材で作った武器だからな、簡単には壊れない。
「っあぁ……まさか南武流まで使う事になるとはなぁ。それに、さっきまでの逃げ一択とは随分変わったじゃねえか。ああ、確かあの小児性愛ババアも自分の魔獣とは念話だがなんだで繋がってるとか言ってたな……」
くそ、早速手品の種が割れた。
まあ、相手側に『従魔術』の使い手がいるのなら情報が割れていても仕方ないか。
しかし、また考えた作戦が使えなくなるのかよ。
それに相手は、まだ出してない手札がある。
南武流だったっけ、公爵家ではまだ見た事が無いな。
まあ、鞭を見た時点である程度予想は出来てたけど。
「ーーしかしよぉ、そんなにあのガキ共の事がショックかよ?」
「……あ?」
再び緊張を嘲笑うように、その言葉を聞いた時に感じたのは怒りだ。
「だーかーら、そんなにあのガキ共の事がショックだったのかよ?可哀想になぁ、だったら教えてやるぜーーーーあのガキ共がどうやって死んだのかよ……」
落ち着け、これはアイツの挑発だ。
気持ちを揺らすな、冷静に物事を判断しろ。
「ピーピーギャーギャー。まるで、猫に追いかけられる鼠みてえに部屋中駆け回って食われてったぜ。そりゃもうーーー」
「ーーーだまれ。」
しかし解っていても、これだけは看過できない。
怒気のみで構成された低音の八歳児ボイスにドスを利かせ、目の前の自慰行為的な演説に待ったを掛ける。
掛けられたリキュールはというと、目論見が的中したとばかりに口角を吊り上げ、俺の方を見下ろしている。
「耳障りな雑音を撒き散らしてんじゃねえよ。」
「ああ?なんか癪に障ったかぁ?」
眼を見開き、挑発に拍車をかけるような口調で返すリキュール。
これ以上、こいつと言葉を交わすのは無駄かもしれない。
元々有益な情報は期待してなかったけど、今のこいつは不快でしかない。
「いや別に、ただ弱い犬程よく吠えるって言うからな。学のねえ奴が無い頭絞ってボキャブラリーを探してるのを見ると滑稽で仕方なくてな。」
「あ?誰が弱い犬だってんだよ……?さっきまでピーピー泣いてたガキがよく言うぜ。」
今度は首に血管が浮き出る、ホント表情豊かなやつだな。
ならこっちは、更にすっとボケた顔を作って挑発する。
「でもほら、間抜けなピエロに滑稽ってのは誉め言葉なんだろ?」
「最後に好きなことを喋らせてやろうと気遣ったんだけどな……そんなに死にたいなら殺してやるよ、さっきのが遺言で間違いないなぁ!?」
こいつ、何回殺してやるって言ってんだ。
いい加減、この問答もしつこくなったな。
この時、リキュールは困惑していた。
明らかに格下にしか見えない子供相手に自分がこれほど苦戦するのかと。
彼はこれまでの戦闘を、ほぼ圧倒する形で勝利している。
『幻影術』の陽動に南武流の不規則な攻撃は悪魔的な威力を持ち、初見殺しの推移を集めていると言っても過言じゃない。
現に、この戦法を使って自分の前任者を殺したのだ。
自分の事を雑魚と見切りをつけて背中を向けたところで、策に嵌めて殺した。
今回の誘拐事件でもそうだ。
路地裏に入った子供に『幻影術』を使用して、自らの意志で馬車の荷台に入ることを誘導する。
そうして、証拠を残すことなく複数の子供を北部の各地で攫ってきた。
彼の人生には、強敵が居なかった。
いたのは路傍の石に等しい雑魚か、ナーベリックの様な圧倒的強者だけ。
こんなにも実力が拮抗し、戦闘が長引く事なんてなかった。
しかも自分が負傷するなんて……
こんなの……あの日以来無かったことだ。
まだ自分が幼かったころ、この世に正義という概念が存在していると信じている頃。
自分の体を地面に押し付けるかのように降り注ぐ大雨は、息子を殴る父親の罪を洗い流していた。
鳴り響くのは雷鳴ではなく、酒に酔った父親の怒号。
一筋の月光すら漏らさない暗雲は、自分の人生に立ち塞がる理不尽を現しているようで。
大人たちは誰一人自分の事を助けようとせず、見て見ぬふりを繰り返していた。
大雨ですら流せない血の汚れは別の誰かの血でしか拭えないことを、そこから覚えた。
腹をくくる必要も、覚悟を決める必要なんてない。
これまで自分も無視してきた者達、自分を見下してきた者達に向けて振りまいてきた憎悪と殺意を自分の中に飲み込み、それを撒き散らすだけ。
その自信はこれまで自分が築いてきた屍の山が証明し、裏付けしてくれている。
それが出来る力が自分の中にある。
目の前に居る脅威を葬り去る力が。
次の取り合いが恐らく最期の機会になる。
生きるも死ぬも、勝者の手の中に。
「ぎゃあぎゃあうるせえなあ!!芸の一つも披露できねえのかよ、糞ピエロォオオオ!!」
「そんなに観てえなら魅せてやる!!糞餓鬼殺戮演劇をよぉおおお!!」
双眸を血走らせ、互いに睨み合う。
「あらあら、物騒な言葉遣いじゃないかい?公爵家じゃ、一体どんな教育をしてるんだい?」
互いがその声に気づく。
リキュールは苦虫を噛み潰してセンブリ茶を一気飲みしたみたいに顔を歪め、反対に俺は一瞬顔を綻ばせた。
その声が誰のモノか、分かったからだ。
2、援軍が来るまで全力で時間稼ぎをする。
作戦が、ハマった。
「ええ、実は僕だけの特別カリキュラムがあるんですよ……」
その声の先に視線をやる。
無機質な地下空間に似つかわしくない若草色の髪と澄み切った蒼い瞳は、砂漠に現れたオアシスのように鮮やかに見た者の心を潤し、その彫刻の様な芸術的な容姿から出る強者の覇気は味方の戦意を奮え立たせてくれる。
ああ、なんか、前見た時より綺麗じゃね?
大陸剣議席序列第四十一位『潜奪』レヴィアンナ・ホークアイ。
頼もしい援軍が、すぐそこに立っていた。
ーー
「ずいぶん遅かったじゃないですか?こっちはもうヘトヘトですよ……」
レヴィアンナが来た。
俺達側の最高戦力の彼女が来たのであれば、もうこの状況は勝ちと言ってもいい。
やった、ほんと、よかったぁ。
この時間まで粘った俺の作戦勝ちだ。
「いやあ、それにしても坊ちゃんも随分頑張ったじゃないか。あのアルマンといい、北の漢の意地ってやつかい?」
「そういえば、他の二人は何処に?」
「ああ、アルマンはさっきの戦闘で負傷したけど命に別状はないよ。ワグは、坊ちゃんが言ってたナーベリックって輩について行ったっきりさね。」
「……そうですか……」
ワグがナーベリックについていった?
いろいろと聞きたい事があるけど、今はそんなのは脇に置いておこう。
アルマン負傷した?
いやいや、今はそれも脇に置いておこう。
じゃあ、なんでレヴィアンナはここに来た?
いやいやいや、それも脇に置くんだよ。
いくらレヴィアンナの援軍があるとはいえ、目の前に居るリキュールはあまりにも危険だ。
暢気に井戸端会議に興じている場合じゃない。
「安心しな、アルマンはアタシのツレに守らせてるからね。」
「取り敢えず、安全ならそれでいいです。ありがとうございます。」
仕組みは知らないけど、アルマンの安全は担保されている。
彼女も、戦闘中の只中で雑談に興じる気は無いらしく、リキュールの方向へ睨みを利かせる。
これには流石のリキュールも迂闊に動けないみたいで、 歯軋りだけでおさまっている。
まあレヴィアンナは大陸剣議席に名を連ねるぐらいの強者だからな、こんな小悪党ぐらいケチョンケチョンに出来るんだよ。
取り敢えず、そうだな、レヴィアンナと組んでこいつを倒そう。
ーまた逃げるのか?ー
解れかかった結び目が、再びきつく締め付けられるような緊張感が両肩に圧し掛かる。
俺は何を考えてるんだ?
いや、逃げることは悪い考えじゃないだろ。
相手は俺よりも遥かに強いんだから、援軍の一つや二つなんて別に良いだろ。
現にこうして援軍が来るまで耐えたんだ、俺にしては上出来も上出来だ。
よくやったよ、ホントによくやった、みんなに褒められてパーティを開いても良いくらいだ。
なのに、逃げる?
いやいやいや、これは逃げじゃないだろ。
引継ぎだよ引き継ぎ『ここまで俺頑張ったから後よろしく』のあれだよ。
精一杯やったんだよ、後はレヴィアンナに任せて俺は退散する。
そんで今日の反省点を基にまた一から訓練して、魔道具も作ればいいじゃないか。
戦略とかもいろいろ練ってさ、ロキやノートとの連携も練習しよう。
そうやって、また強くなるんだ。
俺の考えている事は間違えていないと胸を張って言える。
だってそうだろ、転生者といえど八歳児が、しかもチートとかそんなの持ってない魔力の少ないただの八歳児が、大陸北部最大の犯罪組織『鎖の狩人』の幹部相手にここまでやったんだぞ。
殺される事無く、相手の殺陣を搔い潜って手傷まで負わせることが出来た。
ちなみに、ほとんど通じなかったから魔術銃はチートにカウントしない。
あれは、そうだな、身長を合わせるための厚底靴の様なものだ。
よく前世の大学で履いてるやつを見かけた、気にしてるんだなって思った。
それはそうと、俺の判断は正しい。
だってそうだろ?折角レヴィアンナが来たんだ、彼女を利用しない術はないだろ。
そもそも、その為に此処へ呼んだのだからレヴィアンナ自身だって戦う気満々だろ。
見た感じ目立った傷だって無いし、コンディションはバッチリって感じだ。
彼女に戦線を譲るって選択肢が、この状況では最上だろ。
それに本音を言うと、ここが俺の限界な気がする。
確かに色々工夫はしていたけど、いまいちこの状況を打破できる決定打がない。
ここから色々考えて、また一から戦略を練るのは手間がかかる。
だったらそれよりも、レヴィアンナに任せたほうが良い。
俺がここまで血を涙を流し、嘔吐してまで頑張ったのにそれを、人に渡すのか?
仕方がないだろ、これ以上抵抗のしようがない。
それに俺が戦うなんて、そんなの自己満足の英雄行動を取りたがるアホ主人公だろ。
合理的にいこう、もう十分頑張った。
経験値的なものは十分にもらえるほど頑張っただろ。
ここからまた強くなって、次にこういう奴と戦う時に勝てればいい。
それを、あの部屋に居る子供たちに言えるのか?
子供達の為に敵を討つのは別に俺じゃなくていい。
それにまだ生きている子供たちが居る、あの子達の安全を確保することが最優先だ。
スティアにも同じことが言えるのか?
あの子の安全を、あの事の約束を守れなかったお前が『大丈夫、レヴィアンナが助けてくれたよ』と言って本当に安心できるのか?
『何があってもユークリストが守ってくれる』と心から信頼してくれるか?
本当にこれ以上の策は無いんだ、俺の中にあるものは殆ど出尽くした。残っているのは搾りかす程度の作戦とボロボロの肉体だけ。目の前に居るリキュールは傷ついてはいるが、まだ戦力的に余裕があって寧ろこれから本領発揮とでもいうのだろうか、地力勝負になったら完全に負ける。それもただの負けじゃない、精神と身体をギリギリまで削られて虫けらのように踏みつぶされて殺されるだろう。ゲームオーバーじゃない、本当のデッドエンドが待ってる。
それでも、やらなくてはいけない。
ー僕に‥‥君を守らせて欲しいー
この言葉を現実にしよう。
嘗てスティアと交わした約束を強固で確かな現実に、
あの子の笑顔を、あの子の信頼を取り戻す。
ーユーリなんて、ユーリなんて家族じゃない!! 魔獣に食べられて帰ってこなければ良い!!ー
この言葉を現実にしてはいけない。
もしも俺が帰ってこなかったら、ルルティアの心に大きな傷が出来てしまう。
あの人の笑顔と、あの人の心を失うわけにはいかない。
「ーーーーーレヴィアンナさん、これからとんでもない無理を言うんですけど。僕の愛嬌に免じて許してくれませんか?」
「……ん? まあ、内容によるね……」
こんな非常事態にこの子供は何を言い出すのか?なんて表情のレヴィアンナだが、ここは無視を決め込もう。
深呼吸、息を整える。
「こいつ、僕がぶっ飛ばすんで……レヴィアンナさんには子供たちの保護をお願いして良いですか?」
「………は?」
足腰をブルブル震わせ、精一杯作った苦笑いから出たその言葉は、レヴィアンナの顔から緊張感を根こそぎ持っていくには十分だった。
皆にも知っていて欲しいのだが、人がこういう表情をした時は間髪入れずに要求を突きつけることが大切だ。
そうすれば、大抵の人は流れに押し流されてしまう。
「ええ!! そうです!! ですから、あの、レヴィアンナさんは子供たちの所に!! さあ!! さあ!!」
「あ、いや…その、まて……まだ、はなしが………」
言葉に圧に押され一歩、また一歩と子供たちのいる牢の方向に近づいていくレヴィアンナ。
しかしまあ、そんなの巷の痴話喧嘩で通じるか否かのレベルの代物だ。
残り数歩の所でしっかり止まった。
こんなことを興じている隙を突いてリキュールが一発狙って来ないのも彼女がしっかり警戒しているからだろう。
俺が捏ねた駄々に戸惑いながらも、しっかり牽制している。
「………坊ちゃん、自分が何言ってるのか理解してるのかい?この状況が馬鹿言っちゃいけないってのは流石にわかると思うんだけど……」
若干の覇気を含ませ、蒼い瞳に黒を混ぜたような真剣な眼差しで俺の方をじっと見つめるレヴィアンナ。
彼女からしてみれば爪の垢ほどの覇気なのだろうが、それでも身震いが止まらない。
流石は大陸剣議席に名を連ねる議員の一人、その実力は伊達じゃない。
子供の我儘を聞いてる場合じゃないのは、俺だって分かってる。
それでも、ここで意地を通さないと俺は一生このままの気がする。
いや、別に一生このままでいいんだけどさ……
でも今のままじゃ、このまますら守れない。
尻の穴を締めて拳に力を入れろ、ちょっと早めの反抗期だ。
………レヴィアンナは親じゃないけど。
「わかってます……それでも、此奴は僕の獲物です!!」
声を荒げることはしない、それでも覚悟を込める。
「………」
「………」
しばしの沈黙が部屋の中に立ち込める。
全員が、彼女の言葉を待っている。
眉間に皺をよせ、部屋全体に視線を配る。
「……あれを見た後じゃあ、ダメだなんて言えないね。」
俯きながら、俺にも聞こえないように呟き『よし』と声を出して顔を上げる。
そして俺に向けて腕を真っ直ぐ伸ばし、人差し指を突き立てた。
「10分……それだけだよ。子供たちの安全を確保したらすぐに戻ってくるからね。」
「……ありがとうございます。」
「さっ、ほら! みんな出ておいで、ここから出るよ!」
諦めたように許可を出したレヴィアンナは牢の開いてる所から子供たちを一人また二人と出して、子供達もまた放たれた羊のように牢から奥の通路の方に駆け出して行った。
それに続いてレヴィアンナも、牢の中で気を失っていたスティアとミアを担いで奥の通路の方へ続いた。
しかしそれを容易く逃がすリキュールではなく、逃げ出した子供たちの方向に鞭の矛先を向ける。
『風弾』
「ッ……!!」
そんなことはさせない。
魔術銃からリキュールの進行方向に向けて魔弾を撃ち出し、妨害する。
リキュールが意識外からの攻撃に対応している合間に、俺は牢の前からレヴィアンナが向かっている奥の通路の前に立つ。
『追いかけたければ俺を倒していけ』というメッセージだ。
「ばーか、簡単に行かせるわけねえだろ……」
「……クソガキぃ…」
舌を出して挑発する。
当然、これにリキュールは怒りを露にする。
さてと、此処から約十分が俺にとっての正念場だ。
急を要する事態だから今回はシンキングタイムは無しで、作戦はすでに考えてある。
というか、この地下道に入った時に使えるかもしれないと思った作戦だけど実際は使いたくない。
これはその作戦というか無差別攻撃みたいなものだ、使えることが確かか分からない癖にリスクはバッチリ喰らうことが分かってる。
最高で最低最悪な、共倒れ作戦だ。
ホントさ、前世の知識って何の役にも立たねえよな。
今回の共倒れ然り前回の自爆ローブ然りさ、もっと健全な作戦とか立てられないのかよ。
ていうか、こんな野蛮な作戦しか建てられない俺の前世って何なんだよ。
はあ、もっと強くなりたい。
出来るんだったら、切り札を三枚ぐらい残した状態でなんとか勝ったみたいな状況が望ましい。
力を振り絞ったけど、実際は余裕があるみたいな。
手持ちの200万使って競馬して惨敗したけど、口座にまだ300万残ってるみたいな。
そのレベルまで強くなりたい。
舐めプと言われても良い、それぐらいの保険が欲しい。
『ロキ、みんなと一緒に行ってくれ。』
『えーロキもたたかうよー!』
『ロキにはスティアを守って欲しいんだ。お願いできるかな?』
『んー、わかったー。すちあをまもるー!』
ロキにはスティアの護衛をお願いする。
もしもスティアが目覚めたら、側に見知った存在が居ることは安心できる材料になる。
それに、これから俺にもしもの事があったらその場にロキは居合わせないほうが良いだろう。
まだ成長過程なんだ、R指定の映像は極力見せたくない。
戦いに飢えているロキにとっては消化不良甚だしい状況ではあるが、此処は呑んで欲しい。
まあ、こうして指示に従ってくれている辺りグレる心配はまだしなくていいな。
了承してくれたロキは、スティアを担いでいるレヴィアンナを追いかけて通路の奥に向かった。
『ユーリ、ワシはどうすればいいんじゃ?』
『料理用に買いこんだ薪があるだろ。あれを出してくれ。』
『了解じゃ、しかしこんなものどうやって使うんじゃ?』
『ちょっとね、作戦に使うんだ。』
ノートの『異空間収納』からパンパンのゴミ袋三個分ぐらいの薪が出てきた。
例のラーメン作りのために薪を買ったんだけど、こんな時に役立つとは。
寒い北部の土地では薪は必需品だから、簡単に手に入った。
「あとはこれと……これは……必要ないか。」
続いてノートの『異空間収納』に魔術銃と魔弾袋を仕舞って、代わりにさっき仕舞った魔撃棒を取り出した。
一種の賭けではあるが、長距離戦のままでは勝ち目がないように見える。
まあ、かと言って此奴の得意分野に踏み込むのはどうかと思うのだが、作戦の都合上仕方がない。
「よし、ノート、お前もみんなの所に合流しろ。」
『むっ、ワシはここで戦うぞ!!』
準備が整ったところで身体はリキュールに向けながら、言葉でノートに命令を出す。
共倒れ作戦に味方も敵も関係ないからな、ノートにも避難してもらおう。
「ありがたいけど、これは俺の戦いだ。お前はみんなと合流して、ロキが馬鹿やらかさないか見といてくれ。」
『むぅ……しかし……』
「ほら早く。この合間に襲われたらどうすんだよ。」
ふいふい、と手を振ってノートを通路の方向へ促す。
こいつ歳食ってるから無駄に過保護なんだよな、駝鳥のくせに。
『むむ……わかったのじゃ。ユーリ、絶対に死ぬではないぞ。』
「ああ、大丈夫だ………『変形』」
ノートを見送り、壁に手を当て『変形』の魔術で通路に繋がる道を封じる。
完全に塞ぎきる前に見た光景がノートの尻とは、なんとまあ縁起の悪いことだ。
ついでに、さっきの残酷部屋の入り口も塞いでおこう。
ああ、やばい、結構魔力持ってかれた。
もうこの戦いでは、身体強化以外に魔力は使えないな。
しかし、それをするだけの事情と価値がある。
これで、この部屋は完全なる密室になったわけだ。
密室が必要になるのは密室殺人を起こす時だが、今回は別の用途で使う。
そんなこともあり、部屋に静寂がやってきた。
ほんの束の間程度だが。
「……クソ餓鬼……一つだけ質問に答えろぉ。」
「あ……?」
仕切り直しの開口一番、何を言い出すのかと思えばなんだ此奴?
質問だと?今更何か聞く事でもあるのかよ?
もしかして、こいつそれを聞くために攻撃してこなかったのか?
……変なやつだな。
「どうしてガキどもを逃がした?あの女と組めば俺を倒せたはずだ……まさか、この状況でもまだてめえ一人で俺に勝てるとか思い上がってんじゃねえだろうな?」
髪は逆立ち眉間に皺をよせ、首筋に血管を浮かべて明らかに機嫌を損ねているのが分かる表情。
多分、先ほどの遣り取りを俺一人でもリキュールを相手できる、と自分が舐められていると受け取ったのだろう。
此奴の心中と、俺の思惑は違う。
これは完全な私闘だ。
スティアを、子供たちを救いたいという気持ちは確かにある。
ただそれよりもーーー
此奴に勝ちたい。
こんな気持ちは人生で初めてだ。
でも感動は無い、どちらかというとあって欲しくない感情に入るかな。
それでも大事にしたい感情であるのは確かだ。
箪笥の中を漁ってたら学生時代の黒歴史の象徴のような品物が出てきて処分したいけど、あの頃を懐かしむようで捨てたくないみたいな。
いや、違うな。
これはもっと古代的な感情だ。
生物として本能的な何か。
三大欲求なんてちゃちな提議をしなくても生物全てに備わっている欲求。
ただ単純に此奴に勝ちたい。
此奴に雄として上回りたい。
此奴を正面から捻じ伏せたい。
ここまで戦ったんだ。
他の誰かに譲るなんて許せるものじゃない。
さて、身体強化のみと言ったが最後に一度だけ魔術を使う。
左手から小さな火の玉を生み出し、それを薪に投げつける。
火は薪に引火し、たちまち白煙が部屋中に上がった。
「別に……お前を舐めてるわけねえだろ。」
こっちはそんな余裕ないし。
俺の心の内の不安を現すように白煙は部屋の天井を埋め尽くし、足元で燃える灯は俺の寿命を表現してるのかと思うほど小さくも猛々しく燃えている。
しかし、暗い地下空間で下から顔を照らすなんてお化け屋敷みたいだな。
「正直、お前に勝つビジョンなんて一切見えないし一刻も早く此処から逃げ出したいし、ホント何カッコつけちゃって馬鹿な事口走ってんだよ俺、って猛烈に自己問答してる最中だよ。」
勝つビジョンは見えない、勝つっていうのは俺が立ってて此奴が地面に這い蹲っているということだ。
俺の目に見えるのは、二人共ぶっ倒れている状況だけ。
「ーーーそれでも、俺が勝たなくちゃいけない。お前に勝って、手に入れたいものがある。」
「ああ……なんだそりゃ?」
『敵を打ちのめす棍棒、その堅さは金剛』
短く、序文を読み上げる。
それに反応して、魔撃棒の芯を中心に棍棒が形作られていった。
その様子を目撃したリキュールは、嘗ての光景を思い出す。
自分のスポンサーであるグライムを滅多打ちにした一人の冒険者を。
「痛い思いして生傷作ったし、一生モノのトラウマが脳裏に焼き付いた。だから、此処なんだよ。死の恐怖を乗り越えた先の勝利が今、俺の目の前にある。」
魔撃棒の先端を、覚悟の灯った眼差しをリキュールに向ける。
「ーーー勝って手に入れる。本当の強さを。」
「ハハッ、そうかよ……そういう事かよ。」
カラ笑いを飛ばし、頭の整理をつけるように自身の額を鞭の柄でトントンと小突くリキュール。
「そんじゃ……終わらせようぜ!!テメエと俺の因縁をよぉおお!!」
儚くも短い、されど濃密な因縁を。
ーー
仕掛けたのは、リキュールだった。
「東武流殺人術『雷霆万鈞』!!」
その叫び声と同時にリキュールの鞭打が唸りを上げ、乱暴に地面を抉りながら此方に向けて肉迫してくる。
縦に波打つような軌道を描く鞭はまるで生き物の様で、左右どちらに避けるべきかの判断が遅れる。
しかし、今の俺にはそれ以外の選択肢がある。
『踏みしめた場所が大地、それが重力を制する鍵に』
瞬時に魔道靴を起動させて壁を足場に駆け上がった。
薄皮一枚の所で鞭打を回避し壁を蹴り上げ、次はこっちがリキュールに向けて肉迫する。
リキュールの奴、テンションが上がっているのかかなりの大技を使ったな。
しかし、そのおかげで反撃の隙が出来た。
魔撃棒を大きく振り上げて無防備になった奴の右肩に向けて振り下ろし、確かにリキュールのそれを捉えた。
しかしそこに実体は無く、身体をズラして避けたリキュールは次の動きに映っていた。
くそ、動きが大きかったから反撃できると思ったのに……
身体よりも先に視界がリキュールを捉える。
最初に映ったのは、憎たらしく獰猛に吊り上がった口元だった。
ーーーーー誘われた。
体を捻ったリキュールの背中から飛んできた後ろ廻し蹴りが、無防備になった俺の右脇腹に入った。
「グハッ……!!」
脇腹に響いた鈍痛から、全身に硬直が広がっていく。
駄目だ、此処で止まったら終わってしまう。
素人判断だけど骨にヒビとかそういう重症的なものじゃない。
少し、いやかなり呼吸が不便になっているだけだ、すぐに立つんだ……追撃が来る前にーー
「ッ……くそ!!」
「まだまだまだぁあああ!!」
片膝をついた状態の俺に向かって、再び地面を抉り上げた鞭打が猛威を振るう。
自動的に追撃するタイプの攻撃か?
ダメだ、回避が間に合わない!!
俺は手に持っていた魔撃棒を地面に突き刺し、次の行動に移った。
『伸びろ!』
精霊文字による簡易的な命令文に反応し、地面の突き刺した棍棒が天井に向かって勢い良く伸びた。
魔撃棒は命令で形が変わる魔道具であり、複雑な形には押韻が必要だけど簡易的な変形ならいまみたいので十分だ。
まあ押韻を使った本格的な命令じゃないから、ほんの一瞬だけ変形してまた元に戻るけど。
魔撃棒が伸びた勢いを利用して鞭打を避けた俺は、白煙立ち込める天井に着地した。
「ケホッ、ケホッ……」
くそ、まだかよ……!?
戦いは始まったばかりだが、こっちはもうクライマックス待ったなしの状態だ。
その視線は自然と、仕掛けとなっている焚き火の方に向く。
ああ、そうだったよ、俺は理系科目が全くダメだった。
だからどうした?賽は既に投げられてんだよ。
俺の動きに追従し、鞭の矛先が天井に向く。
「ッ……『拡大しろ』!!」
この命令文に反応し身体の正面に構えた魔撃棒が肥大し、俺に向かってきた鞭の矛先を逸らした。
咄嗟の事だったから十分に肥大できなかったけど、鞭の矛先が当たったところから直ぐに瓦解したけど、これで十分だ。
「おいおい、余所見かよ。寂しいぜ……」
「ッ……!!
耳元で響く悪魔の囁き。
肥大化した魔撃棒によって出来た死角が出来てしまった。
脊髄反射の要領で直ぐに周囲を見渡すが、リキュールの姿はどこにも無い。
俺の視界を影が覆う。
「ばあ!!」
天井を見上げた俺と、後ろ手を組みながら空中より此方に迫るリキュールの視線が交差する。
瞳を大きく開き、悪戯を仕掛けたかのように憎たらしく吊り上がった口角を見せるリキュール。
くそ、マジでいらいらすんな。
しかし向こうから近づいてくるなら好都合というもの。
逃げるのでは無く地面を蹴り上げ跳躍し、此方から懐に飛び込んで鞭の間合いを潰す。
大きく露出しているリキュールの動態を狙い、身体が跳び上がる勢いに乗せて昇拳の軌道で魔撃棒を振り上げる。
シャンッという風切り音を伴って振り上げられた魔撃棒がリキュールの胴体に届くーーー
その己の所で、リキュールの身体がピタリと止まる。
俺の振り上げた魔撃棒が、まるで計算され尽くした格闘劇のよう空を切る。
は?嘘だろ?どういう仕組みだ。
思考と身体が地に落ちる刹那、リキュールの背後が一瞬光った。
ーーーこいつ、鞭をワイヤー代わりにして自分を吊りやがった。
後ろ手に持った鞭の先端を天井に突き刺して空中で制止したリキュールは、罠に掛った獲物を見る獰猛な獣のような笑みを見せてーーーー
「残念……悪いがお触り禁止だ。」
身体を捻り、全身を撓らせたリキュールが空中で無防備になった俺の身体を蹴り飛ばした。
蹴られた脇腹の鈍痛よりも速く、壁に打ち付けられた背中の激痛が全身に広がった。
「ガハッ……!!」
打ち付けられた壁から、地面に落ちようにも受け身がとれない。
ただ無抵抗に、力無く、地面に倒れ込んだ。
全身は薄汚れ、打ち付けられた衝撃で掠り傷擦り傷の宝物庫状態。
痛みが身体の隅々まで走っているのに、指先にすら力が入らない。
意識があるのに、意志がない、全身が麻痺しているみたいな感覚。
い………息が出来ない……
「カッ……カッ…カヒュー……ヒュッ」
喉の奥底にある何かにひっかかかったような、歪な呼吸音。
痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい。
此処で立て此処で立て此処で立て此処で立て此処で立て此処で立て此処で立て此処で立て!!
掌に乗った一抹の土を握りしめ、両の足で地面を踏みしめる。
震えてる膝を、呼吸を促すように心臓を殴りつける。
此処で立たなきゃ、全てが無駄になる。
ここまで来た全てが、ここに来るまでに積み上げた全てが。
「よっとーーー」
リキュールが天井から抜いた鞭を手元に回収し、軽々と着地する。
未だ、こいつに対して決定打を一度も打てていない。
悔しくて、情けなくて、腹立たしくて。
こいつを見ていると、どうしようも無い感情が沸き上がってくる。
断言できる、戦闘に於いてこいつは天才の部類に入る傑物だ。
恵まれた身体能力に特殊な戦闘技術、そして特異魔術。
どれを取っても他に引けを取らない、怪物だ。
「へっ……他の奴らが来る前に終わらせようぜーーー」
これが最後、そう告げたリキュールは俺との距離を詰めていく。
動こうにも、逃げようにも、俺に出来る事はなかった。
ただこの瞬間に賭けるだけ。
八歳児の短い手足でも簡単に触れられる距離まで、リキュールがやって来た。
眼の奥底をギラつかせて剥き出しの犬歯が、俺に頭に死を連想させる。
「テメエとの殺り合いは、覚えといてやる。」
短く言い残し、鞭を振り上げる。
自分の最期の瞬間であるにも関わらず、何でだろうな。
あの時のように心がざわつかない。
満身創痍、百孔千傷甚だしいのに未だ希望があるからか。
「ーーーッ……カハッ……!!」
白目を剥いて自らの首を押さえ込み、糸の切れた人形のように頭を垂れる。
「ーーーーーよう、やっと眼があったな。」
振り抜いた渾身の一撃が、ここまで耐えに耐え抜いた一撃がーーー
ついにリキュールを捉えた。
参考までに……
南武流殺人術『獣王無陣』は、自分を中心にして半球状に攻撃を飛ばす多対戦用の技で、防御にも応用できます。
南武流殺人術『雷霆万鈞』は、相手の視界下方向から強い攻撃を加える技で、リキュールはそこに手首のスナップを加える事によって敵を追撃する仕様にしています。
南武流は実戦を重視している流派なので、技は意外とシンプルになっています。
しかし、使う武器や使い手の性格によって技の仕様が変わってしまうなど、多様性のある面白い流派です。
リキュールの場合は『獣王無陣』を防御に使い、『雷霆万鈞』を陽動に使っています。




