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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
50/63

第三十九話:月華の届かぬ暗闘 其の三

遅れたのは分かってるんですけど。

月曜以内に更新したのでセーフって事になりますか?

 

「そもそも、何故我々がこんな事をしているのか?そこから説明致しましょうか?」

「………」

「ふふ……沈黙は肯定と捉えるのが私の信条ですから、お話し致しますね。」


 レーメンの丘、地下の坑道を歩く二人。


 『鎖の狩人(ガラナック)』の幹部、ナーベリック。

 ユークリスト・スノウ・グリバーの護衛騎士、ワグ・ソトゥン。


 二人もまた、戦いの為に場所を移そうとしていた。 

 ナーベリックからは、その気配は感じられんないが。

 それは、彼の声色からも聴いて取れる。

 緊張感の欠片もなく、女性をナンパするかのように語りかけている。

 

「結論から言いますと、あの天翼族(アティカルス)の少女の情報が聖教まで届いてしまったのですよ。いやはや、私も彼と約束した手前それなりに努力したのですが……やはり人の口に戸は立てられないと言いますからね。むしろ、三年も持ったのですから褒めて欲しいくらいですよ。」 

「……何が言いたい?」

「今回、私と同行した幹部が二人居ます。その内の一人がその情報を聞きつけてしまい、この街まで来る事になったのですよ。」


 同行した幹部が二人。

 その言葉を聞いたワグは此処に来るまでの出来事を振り返る。

 先程まで自分達がいた部屋にナーベリックと共に来た女、恐らくその女が幹部の一人で間違いないだろう。

 そうなると、もう一人は何処に居る? 

 まさか、いや、もしやしなくとも十中八九ユークリストの元に居るのだろう。


 ならどうする?

 今すぐこの場から離れて、ユークリストの元へ向かうべきか?

 いや、そんな事を目の前のこの男が許すはずもないし、そんな事をすればユークリストの元へナーベリックを連れていく事にもなるだろう。

 ならば、ナーベリックを倒して向かうか?

 それも厳しいだろう、呑気に飄々と話してはいるが、全く隙が見えない。

 この三年、鍛錬を抜いた事はないと自負しているワグだが。


 未だ、この男の底が測れない。 


「彼女は……その、少し特殊な趣味を持っていまして、今回も暴走気味にこの街まで来てしまったのです。いえ、暴走してましたね。」

「この街に来たところで、ユークリストが来る保障などないだろ。」


 直接的な方法が取れないのであれば、せめて情報収集に努める。


「いえ、彼はきっと来るだろうと確証がありました。あれほど正義感が強い子供ですからね。何が何でも駆けつけてくれると思いました。ですので、此方は彼が来るような催し物を開けば良いだけでした。」 


 それもそうだろう、とワグも思った。

 自身の主ならば、きっと無関係な立場であったとしてもこの街に来ていただろう。

 普段は無気力・無関心を装っているが、一度火が着いたら止まらない。

 そういう男が、ユークリストだ。


「それが、今回の誘拐騒ぎという事か?」

「そういう事です。」

「何故だ?」


 しかし、それを聞いても尚ワグの中で腑に落ちない事がある。


「……はい?」

「何故お前らはスティアを狙う?聞いた話じゃ、天翼族の奴隷は聖教の裏市場で取引きがされてる。わざわざこんな所に来て、ユークリストがお前達の餌に食い付くのを待つ必要が見つからない。」


 天翼族の奴隷は聖教国内で取引されている。

 なのに、わざわざ国境を越えて帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)が治める領地のお膝元まで来るリスクは理解できない。


「ああ、それは……おや、という事は、貴方達はまだ彼女の事を何も知らないのですね?」

「何?……何のことだ?」


 この場合の彼女とはスティアの事だろう。

 スティアとは、同じくユークリストの専属従者になった時からほぼ毎日顔を合わせている。 

 とても仲が良いとは言えないが、ワグの中ではユークリスト、シスター、アルマンの次に気心が知れてると思っている。

 そんな彼女の事について、自分が知らない事実がある。

 いや、知らない事は別に不思議では無いのだが、目の前の此奴が知っているのに自分が知らないというのが解せない。

 

「ふふ、知らないのなら教えて差し上げましょう。実は彼女ーーー」


 振り返ったフードの下から、ニヒルに笑うナーベリックの口元が漏れる。


「ッ……!!」


 その口から発せられた情報は、ワグはもちろんユークリストでも知らない事ではないだと確信できる。 

 ワグは驚愕した、情報よりも何故そんな事をこの男が知っているのかという事に。

 そして納得した『鎖の狩人』が危険を冒してまで来た理由が、確かにあったのだと。


 そして、それをユークリストに伝えるべきなのかという疑問にも駆られる。

 この情報をユークリストがどう扱うかではなく、外部に情報が漏れた時にどんな厄介事がやってくるのか、ワグには分からなかったからだ。

 人間の悪意の恐ろしさを、その身を持って知っているからだ。

 

 ならば、その情報を外部に漏らさない為にこの男を排除しなくてはならない。


 そこから少し歩いて、二人が入ったのは闘技場。

 その中は、大型車四台分ぐらいの闘技場を囲むように仕切りがされている。

 

「此処、以前は地下闘技場として利用されていました。貴族達が自分の奴隷を寄せ集め、殺し合いをさせ賭け事に興じる。その中にはきっと、貴方の同胞もいた事でしょう……悲しいですか?悲しいですよね。」 

「………」 

 

 闘技場の隅々から見える血の痕跡や刀傷。 

 この上でどれだけの人間が死んだのかは、容易に想像できるほど。

 その中の大半がワグと同じ東部出身の人間なのだろう。


 しかし、ワグはそんな事で取り乱したりはしない。

 今の彼には、何を優先するべきかハッキリしているからだ。

 

 ナーベリックの肩に座っていた樵と娼婦の人形が地面に降りる。 

 樵の人形の手には斧、娼婦の人形の手には大きな鋏が握られている。

 

 ナーベリックが両の手を大きく広げた。

 その様は、まるで不吉の象徴のように。


 腰に差している二本のマチェテを逆手に持つ。

 右足を大きく引き腰を落とし、正対した状態で両手を前に持ってくる。

 左手は前に、右手は引いて。

 ワグもまた、臨戦態勢に入る。


 この場で死んだ、顔も知らぬ同胞の怒りを受けて。

 この場で死んだ、顔も知らぬ同胞の無念を受けて。


 この男の言う事を鵜呑みにするならば、ユークリストも同様に苦境に立たされている。

 もちろん命の危険があり、自分は彼の護衛騎士としてその場に居る義務がある。


 だから信じる、己が主と決めた男を。

 そして全うする、主の危険となり得る人物の排除を。


「我が名、ワグ・ソトゥン。己の誇りに掛けてお前を殺す。」

「ふふ、なら私も貴方を屠りましょう。あの方への忠誠に掛けて。」


 レーメンの丘の中の暗闘が、また一つ生まれる。



ーー



 一体、自分は何をしているのか。

 早く立ち上がって、戦わなければ。

 あの女を、ユークリストの元に向かわせてはいけない。

 その思いに反して、身体は起き上がらない。

 日に数千、多い時は万と振ってきた剣に重みを感じる。

 幾度も自分の身を守ってきた盾に不安を感じている。


 今この瞬間が、自分の人生の大一番と行って過言では無いのに。

 何の為に、今まで鍛練を積んできたのだ。


 アルマン・コールドウェルが地面に横たわる、その少し前に話は戻る。


  

ーー



「私『鎖の狩人』幹部が一人、マダム・ローズと申しますわ。」


 純白のファーコートに身を包み、巨体に見合わぬ優雅な礼をするマダム・ローズ。

 その後ろから、一対の赤黒い光が二つ現れる。

 一つはマダムの上から、一つはマダムの下から。


「グルルルルルル……」

「シュルルルルル……」

「あ、あれは……?」

「……『暴鬼(オーガ)』と、あれは『擬態蜥蜴(リザードミミック)』だね。」


 マダムの頭から岩一つ分ほど上から現れたのは『暴鬼(オーガ)等級(ランク)はB。

 巨漢のマダム・ローズを優に丸呑みできるのではないかと疑うほどの巨体。

 少しでもアレが暴れれば、この地下空間が崩れるのではないだろうか。

 深緋色の肌に鋭利な眼光、口元から剥き出しの太い牙。

 筋骨隆々であり、ユークリストが三人分巻き付けられているのかと疑うほど太い。

 肩と胸、それと下半身に革製の防具を着け、背中には全身をカバーできるほどの大きな棍棒。

 それは、棍棒と言うにはあまりにも大きすぎた。

 なんて表現がピッタリなほど荒々しく、暴力的だ。


 その下から現れたのは『擬態蜥蜴(リザードミミック)』等級はE。

 外見はユークリストの前世で言うところのカメレオンに似ている。

 大きなギョロ目は焦点が合わず、千歳緑と鶸色がミルフィーユ状に層を成す肌の色。

 身に付けている物は、巻かれた尾に付けられている銀のタグのみ。

 

「さて、あの醜男は殺して……何なら食べて良いわ。森林族(エルフ)の方は、出来るだけ傷を付けずに生け捕りにしなさい。」 

『かしこまりました。マザー。』

『食べて良い!?あれ食べて良いの!?』


 マダム・ローズが二匹の魔獣に指示を出している姿は、これまで二人が見てきたユークリストの姿と酷似していた。

 まあ、親密さの様なものはかけらも感じられないが。


「あの二匹は、あの女の従魔か?」

「そのようさね。つまり本来、等級Bの暴鬼はAで等級Eの擬態蜥蜴がD。更に、それぞれが特異魔術を使う……よし、アンタは擬態蜥蜴を相手しな。」


 そう言いながら腕に身につけた籠手(ガントレット)を調整するレヴィアンナ。

 元S等級(ランク)の冒険者である彼女なら、目の前の敵が元獣種と言えど相手をする事は出来るだろう。


「いや、待ってくれ……」

「……?」

 

 そんなレヴィアンナの前にアルマンが出る。

 背中に掛けた大柄の片手剣を抜き、左手に盾を持っている。


「あの魔獣どもは私が引き受ける。支部長(ギルドマスター)殿はあの女を頼む。」

「アンタ、良いのかい?いくら筆頭騎士とやらでも、元獣種を二体同時に相手するのは流石に骨が折れるよ?」

「本来後衛職の貴殿に、あれらを相手させるわけにもいかんだろう。」


 確かに、本来後衛職の弓射手(アーチャー)であるレヴィアンナに等級Aの魔獣は荷が重い。

 というか、前衛(タンク)を前に置いて後方支援するのが彼女本来の戦い方だ。

 レヴィアンナが元S等級の冒険者とはいえ、近接戦が得意分野ではない事は事実である。

 2対1で確かに分が悪いが、勝算なら近接専門の自分の方があるだろう。

 合理的に考えたアルマンは、自身が汚れ役になる事を選んだ。


 レヴィアンナと言葉を交わしながらも、アルマンはその歩みを止めない。

 アルマンとレヴィアンナの距離は離れ、魔獣とアルマンの距離は縮まっていく。

 視界を覆うほどの暴鬼越しに、マダム・ローズとアルマンの視線が交差する。


「あら、そちらが?些か役者不足ではなくて?」 

「可笑しいな。この場で必要なのは役者ではなく武人のはずだが?」


 自身を嘲笑するマダムの挑発にも動じない。


「ふんっ、まあ良いでしょーーー」


 互いに、標的が定まった。

 暴鬼がアルマンを敵だと認識し、棍棒を引き摺りながら一歩前進した。

 アルマンも暴鬼を敵だと認識し、身体の前に盾を構え剣を握る手に力を入る。


 両者の迫力(プレッシャー)が膨れ上がり、其処にはある種の領域が築かれた。 

 何人の立ち入りを許さぬ、強者の世界。 

 

「グガッ、ゲァアアアアアアアアア!!」

「ッ………オォオオオオオオオオオ!!」


 まるで己の強さを誇示するかのように叫びを上げる暴鬼に遅れ、アルマンも雄叫びを上げた。

 坑道中を揺らすであろう野獣の雄叫びと共に、互いが互いの得物を振り下ろす。


 ギャィンッ、金属が歪む不細工な金属音が畝りあげ、その衝撃の反動で得物が戻る。 

 ギャィンッ、もう一度戻った得物を力の限り振り下ろし、不細工な金属音が上がった。

 

 アルマンは左手に握っていた盾を投げ捨てた。

 この戦いに於いて、防御はもはや不要と理解したからだ。


 ギャィンッ!!ギィンッ!!ギャィンッ!!ギィンッ!!


「オォオオオオオオ!!!」

「ゲァアアアアアア!!!」


 この激しい剣戟の応酬が、この決闘の最初にして最後の正念場であるとアルマンは確信する。


 どちらが先に己の得物を以て相手の得物を破壊するか。

 それがこの戦いの結末であると、一人の男と一匹の魔獣は武器を交わした瞬間に本能で理解した。 

 敵を翻弄する軽快な歩法術(フットワーク)も、虚を突く魔術も必要ない。 

 純粋な腕力による闘争こそが、この領域に於いて尊ばれる。


 暴鬼は、その有余る膂力で敵をねじ伏せる為。

 アルマンは、鍛え抜かれた肉体と魔力で敵を切り伏せる為。

 その潜在能力(ポテンシャル)を惜しみなく発揮する。

 

 どちらも互いに証明したいのは、己の強さ。

 そして、己が主への忠誠。

  

 激しい剣戟で得物を打ち付けあう中で、破片が少しずつ周囲へ飛び散っていく。 

 破片はアルマンの頬を切り、暴鬼の強靱な肌は破片を跳ね返していった。

 

 しかし、そんな事などお構いなしに激しい剣戟は続いていく。

 一定の歩調(リズム)で上がる不細工な金属音は、酷使されている得物の悲鳴の様に聞こえる。  

 

 この間、レヴィアンナとマダムに動きはなく、ただ両者の行く末を見守っていた。

 どちらが勝つにせよ、自分が動くのは目の前の戦いに決着がついた後だ。

 まあ、それとは別に、レヴィアンナが動けない理由はあるのだがーーー


 暴鬼の特性は、強靱な肉体と恐れる事なく敵に向かう凶暴性。

 それらを加味して一個体を等級をBに定められ、群れを成している時は等級がAやSに跳ね上がる時もある。

 暴鬼は本能として、自分よりも強い種族の存在を許さない。 

 理性を持ち合わせた元獣種であっても、その原理原則は変わらない。

 

 アルマンが扱う北武流は、強靱な肉体と恐れを抱かない精神性を重視している。

 その姿勢は、品格と強さを尊ぶオルトウェラ帝国民に大きく評価された。

 『帝国騎士ならば北部流もしくは帝国流剣術を修めるべし』という考えを持つ者も居るほどだ。 

 何時如何なる時であっても、己が身を剣とし強大な敵に立ち向かう。

 それは相手が元獣種であり、特異魔術を使えたとしても。

 だったら、それを使われる前に切り伏せれば良い。


 両者の激しい剣戟はその勢いを衰えさせる事無く、寧ろ激しさを増していった。

 そして激しさを増せば増すほど、得物への負担も増えていく。


 決着は、思う以上に早くやってくる。

 

 ギィャンッ!!


 先に悲鳴を上げたのは、暴鬼が握っていた棍棒だった。

 アルマンが握る大柄の片手剣と応酬を演じていた棍棒は、衝撃を受け止めきれずに崩壊した。


 それにより暴鬼が蹌踉めき、体勢を大きく崩した。

 

 (ッ……獲った!!)


 アルマンはそう確信し、剣を握る手が更に強くなる。

 この瞬間に全身全霊を掛けて、目の前の魔獣を切り伏せる。


 その場に立ち会ったレヴィアンナも、アルマンの勝利を確信した。


 アルマンが暴鬼に向けて剣を振り下ろす。

 態勢を崩した暴鬼に、その剣に抵抗する術はなかった。

 

 アルマンの勝利である。


 これが騎士の決闘であったのなら。


「ギャガァアアアアアア!!」

「ッ……!!」


 暴鬼から上げられたそれは断末魔ではなく、闘争の意志が込められた咆吼であった。

 アルマンが剣を振り下ろす、そのコンマ数秒直前に放たれた暴鬼の咆吼が部屋中を震撼させた。


「これはっ………マズい!!」


 その危険性にいち早く気付いたのは、魔獣の専門家であるレヴィアンナ。

 観戦気分から瞬時に臨戦態勢に以降、火中に居るアルマンの救援を試みる。

 

 しかし、当のアルマンは剣を振り上げた態勢から動かずに硬直している。


咆吼(ハウリング)


 音の衝撃を与え、標的の動きを封じる。

 動きを封じる時間は、それを受けた者の力量で決まる。

 暴鬼とほぼ互角であるアルマンならば、直ぐに解除できる。

 

 しかしその僅かな時間が勝負が決するという事は、アルマンが一番分かっていた。


 『咆吼』により硬直し無防備になったアルマンに、暴鬼の渾身の一撃が入る。

 暴鬼の暴力的な肉体が十二分に躍動した、黒い破滅の一撃。

 アルマンは抵抗敵わず、その衝撃のまま部屋の端から端に吹き飛ばされた。

 その衝撃で粉塵が巻き上がり、天井からパラパラと欠片が欠け落ちる。


 『音魔術』

 元獣種である暴鬼が授かった、特異魔術である。

 その特性は、ユークリストの従魔であるノートが得意とする索敵などに向いたものではなく、攻撃的で荒々しい。


 特異魔術はその名の通り他の属性魔術とは違う。

 適切な魔力量と詠唱、そして形象(イメージ)があれば使用できる属性魔術とは違い、特異魔術はその適性のある人間の特性に応じ、そのフローチャートは更に進化する。

 暴鬼の特異魔術は、標的をねじ伏せる為に進化している。

 

 粉塵が時間の経過と共に引いていく。

 そして粉塵の中には、頭から血を流して横たわったアルマンの姿が。

 彫りの深い顔つきの奥に隠された鋭い眼光は薄れ、気を失っている。

 この状況になっても剣を握り離さないのは、彼の騎士としての本能なのだろう。


(ッ…くそっ、見積もりが甘かった!)


「アルマン!意識はあるかい!?」 


 レヴィアンナの呼びかけにも、応じる気配はない。

 

 魔獣の専門家であるレヴィアンナが暴鬼の特異魔術に気付けなかったのには理由がある。


 一つ目は、暴鬼という魔獣の特性だ。

 人間を容易く平らげてしまう程大柄の身体。

 強靱強固な肌は、如何なる脅威を拒絶する。


 よく言えば戦闘に於いて死角のない魔獣。

 悪く言えば、特異な個性の無い魔獣。

 そういった魔獣の中に元獣種が生まれた場合、その適性は多岐にわたる。

 

 これがユークリストの従魔である悪魔猿(ディアマンク)のロキの場合。

 悪魔猿は通常の固体でも高い知能を有し、老年の固体は人の声真似をするとも伝えられている。

 そういった個性のある魔獣の場合、発現する特異魔術は固定気味になる。


 というのが通説だが、種族固定の『祝福術』を使えないノートという駄鳥が居るのだから、その魔獣にどんな適性があるのかなんて、そもそも予測を立てられない。


 レヴィアンナ自体も暴鬼の特異魔術について予測を立てていたが、目の前の剣戟を見てその可能性が薄れていたのも事実だ。

 そう思うほど、決闘と呼ぶのに相応しい激戦だった。


「ブブーッ!!あっらぁ~、なんとまあ情けない。公爵家の騎士というのもこの程度でございましょうか?なんとまあ、見るに堪えませんわぁ。」


 豚の鳴き声のような笑い声を上げるマダム・ローズ。

 ハンカチーフを口元に当てて居るが、その目元は愉悦に満ちている。


「さて、邪魔な木偶の坊は排除しましたわ。後は、貴方と遊びましょうか?」 

「ほう、このアタシを手懐けられると……?」


 アルマンの状態は気になるレヴィアンナだが、今はそうしていられないのも事実。

 暴鬼の標的が自分に変わった事を確認する、これならアルマンが喰われる事はないだろう。

 一度の深い深呼吸で、自身と周りの状況を整理する。

 

 暴鬼に疲労が見えるとは言え、3対1と分が悪い。


「先に希望を聞いておきましょうか?剥製か、それとも皮を剥いで私の(エデン)に飾られるか?好きな方を選ばせてあげるわ。私って親切。」

「はっ! どちらにせよ、アンタみたいな不細工の隣で死後を過ごすなんて御免だね!」

 

 親切さを鐚一文も感じないマダムの提案を一蹴するレヴィアンナ。

 そんな強気な態度を取っているレヴィあんなにも、数の利を取っているマダムは余裕である。


「あら、失礼しちゃうわ。この優雅で麗しき私に向かってそんな口を聞くなんて、野蛮な帝国に居るとあの森林族でさえ心が荒むのかしら?やっぱり、10を過ぎたら純粋性が失われますわね。」


 近所の子供を叱るおばちゃんのような口調で話すマダム。

 自身の事を過剰に評価している事は、その様子からでも分かる。

 しかし、その発現は簡単に無視できるものでは無い。 


「それが今回、誘拐事件を企んだ理由って事かい?」 

「いえ、今回の目的はあの天翼族(アティカルス)の少女。」 

「スティカリリアを?聖教からの依頼か!?」 


 会話で情報収集を図る。 

 ただ倒すだけならば時間を掛ければ出来るが、情報の収集にはタイミングが重要だ。

 特に、相手の調子に合わせないと此方が欲しい情報は貰えない。


「まさか、あんな業突張りの豚共にあの天使を差し出すわけ無いでしょう?」

「だったら何の目的で……!?」

「もちろん!!私の(エデン)に加える為ですわぁあ!!」


 海老で鯛を釣る。

 何の気なしに繋いだ会話に大きく食い付いたマダム。

 先程の剣戟に勝るとも劣らない、昂ぶった声量が部屋中に響き渡る。


「あの瞳、あの鼻あの口ぃ!そして美しい蒼髪! 正しく、天地創造の時代に語られた天の使いそのもの!! 純粋で純朴で純愛に満ちたあの容姿こそ私が求めてきたもの!! ああっ想像しただけでも涎が……今すぐにでも私の園に加えて、数多あるコレクションで更に美しくしてあげるのぉお!!」

 

 溢れ出した涎を舌舐めずりで拭い取り、興奮で身震いする身体を必死で押さえ込む。 

 純白のファーコートについた羽根を毟り取ってしまうほど強く握りしめ、そしてその力が徐々に弱まっていく。

 その変態勢に、流石のレヴィアンナもドン引きだ。

 

「だから悲しいぃわ……その翼が失われてしまった事が。翼さえあれば完璧だったのにーーーーー」


 マダムの手が、ゆっくりファーコートを撫でる。


「しょうが無いから、作り物で賄う事に致しましょう。」 

「……?…ッ……!?」


 ファーコートを愛でるように、愉悦に満ちた笑みを浮かべるマダム。

 その数回のやり取りで、レヴィアンナは何かを察した。

 冷静沈着である事を務めている彼女だが、その表情は徐々に暗い影が掛っていく。

 

「アンタ、まさか……それは?」

 

 レヴィアンナが指を差したのはマダムの着ていたファーコート。

 この土汚れの激しい地下坑道内でその白を保っているのは、明らかに異質である。


 質問の意図を察したマダムは、その口角を大きく歪み上げた。 


「ええ、これは天翼族の翼の羽根を使って作られた一等品ですわ。」

「ッ………!!」


 レヴィアンナの中で、怒りとそれに準ずる感情が芋づる式にわき上がる。

 この女を、この場で排除しなければならない理由がもう一つ出来た。


 再び臨戦態勢を取る。

 それを察したマダムも、自身の魔力を集中させる。


「あら、お喋りはこれで終わりかしら?聞きたい事は聞けたの?」

「もう喋る必要ないよ……今後アンタの発言が許されるのは断末魔の時だけだ!!」


 二人の間にあった緊張感が肥大していく。

 殺伐とし、いつ誰が仕掛けても可笑しくない。 

 両者が痺れを切らした、その瞬間だった。 


 

 ギィンッ!!



 鈍い金属音が、その均衡を破った。


 その音はレヴィアンナからも、況してやマダムから発せられたモノでも無い。

 言わずもがな、マダムの従魔達からも。


 音の方向に振り向いた、二人の視線に先に居たのは。

 

 頭から血を流し、身体中に出来た切り傷から血を流し、満身創痍に立ち尽くす。

 全身を覆っていた無骨な鎧も、何枚か剥がれ落ちてしまっている。

 絶好調と正反対の位置に居ながらも、その手は未だ剣を掴んで離さない。

 

 アルマン・コールドウェル。


 男は立ち上がる、男は剣を振る、男は進み続ける。

 愚直に、実直に、誠実に。

 それだけが忠誠と己を価値を示す方法だと信じているからだ。



ーー



 凡人の終着地、才有る者の登竜門。

 それが、四神流に於いて言われている豪級剣士の評価である。


 アルマン・コールドウェルは、その前者。


 公爵筆頭騎士である父の元に生まれ、幼い頃から剣の修練に励んできた。

 幼少期は公爵家の騎士鍛錬に混ざり、12才になると帝都の学園に入学した。

 学園では剣術に於いて優秀な成績を残し、他の帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)から仕官の話が来るほどの腕前であった。

 しかしアルマンはそれらの誘いを全て一蹴し、銀雹への忠誠を誓った。 

 

 学園から帰ってきた後も、恵まれた体格に比例してその腕前は順調に伸びていった。

 彼を見た誰もが、アルマンの才能と将来を疑わなかった。

 二十代の頃は東部戦線や、アルトバルス山脈に面する北部戦線などに配属された。

 どの戦線に於いても、その強靱さは目を見張るモノだった。

 戦闘になれば我先にと先頭に立ち、仲間達を鼓舞しながら戦線を切り開いていく。

 アルマン・コールドウェルの名を知らない者はいない程、その武勇は目を見張るモノだった。


 それらの努力が実を結び、二十代後半に豪級剣士に成った際に公爵家筆頭騎士の末席に名を連ねた。


 そしてアルマンが次なる霊級を目指す為に、鍛練を積んでいた時の事だった。 


 全く、成長を感じられなくなった。 


 どれだけ修練を積んでも、自分の身に蓄積された感覚が無い。

 これまで確実に応えてくれた剣の素振りが、虚しい自慰行為のような虚無感だけを残すようになった。 

 

 聡いアルマンは直ぐに気付いた。

 自分の目の前に、目には見えない断崖絶壁が聳え立っている事に。

 しかし、それでもアルマンは藻掻いた。

 それ以外に、状況を打開する術を知らなかったからだ。

 

 そんな折だった。

 公爵家に五人目の子供が生まれたのだ。


 ユークリスト・スノウ・グリバーが生まれた時、祝いの言葉と共に騎士内である話が浮上した。


 一体、誰がユークリストの専属騎士になるのか。


 しかしこの話が上がった時、アルマンはその候補に入っていなかった。 

 彼は彼で、その姉であるルルティアの専属騎士になる話が上がっていたからだ。

 

 アルマン自身も、この機会に掛けようとした。

 剣を愚直に振っていた男が、肩書きを身に付けることで自身の成長を実感したかったのだ。

 それほどまでに、アルマンは精神的に追い込まれていた。

 

 しかし、その機会も奪われた。

 自分より10も年の離れたグロリアが、その座に着いたのだ。

 ルルティアの目の前で岩山を割ったのだ好印象だったらしい。


 アルマンはこの時、半ば諦めた。

 もう、自分には成長の機会など無いと。


 そんな時に公爵家から剣術指南の、若手育成の話が上がった。

 アルマンは、考える事無くその話しを受けた。

 こんな自分でも公爵家に何か貢献できればと思い、剣術指南に名乗り出た。 

  

 若手育成の仕事は、アルマンに向いていた。

 己と他人に厳しい訓練は、若手の奢りを叩き直し次代の公爵家の騎士を育てていった。

  

 それから少しの事。

 剣の指導をしていたバレット・スノウ・グリバーを見学しに、ユークリストがやって来たのだ。

 齢三歳とは思えないほど饒舌に会話し、その見識は常識とは逸脱していた。 

  

 アルマンの中で、嘗て仕舞い込んだ思いが再燃するのは容易い事だった。


 しかし、その思いも無情に砕かれた。


 他でもない、ワグに興味を持ったのだから。

 自分には、その機会はないのだと悟った。 


 しかし、自分には剣術指南の仕事がある。

 目の前の仕事を実直に熟していけば、公爵家に貢献できる。

 そう自分に言い聞かせ、再び剣を握る。

 

 ユークリストは、それから日を置いて定期的に来るようになった。

 その度に、ワグにちょっかいを掛ける光景をアルマンは見ていた。

 その後フラれたユークリストと剣術について話すのは、アルマンの通常業務になっていると言っても良い。


 その時間を重ねる毎に、砕かれた破片が自分の心に刺さっている事に気付いた。


 ユークリストに仕えたい。

 この人について行けば、自分は更に飛躍できるかもしれない。

 この人が、自分の目の前に現れた最期のチャンスだ。

 自分よりも遙かの年の離れた子供に何を期待しているのか。

 自分の神経を疑う事もあったが、これが正解だと直感で理解できた。


 しかし、当の本人は自分ではなくワグに興味がある。

 

 他人の心を変わらせる術など知らないアルマンは、如何すればユークリストが自分に振り向いてくれるのか考えた。

 考えて、考えて、考え抜いた結果。


 直接聞く事を選んだ。


 自分を専属騎士にしていただけないだろうか。


 そう言葉にしてユークリストに伝えたのだ。

 愚策も愚策であるのは承知、剣で己を示す騎士である自分が情けなくも商人のような真似をするなど言語道断である。


 しかし、これしか無かった。

 こうする事しか出来ないほど、彼は追い込まれていた。

 

 その言葉を聞いたユークリストは、手に持っていた紅茶を冷ましながら少し考えて答えた。


「アルマンって、色んなモノ背負いすぎじゃない?剣術指導もして僕の専属護衛もするの?無理しすぎたら身体壊しちゃうよ。」


 自分の身体を心配するユークリストに向け、アルマンは専属騎士になった折には剣術指導役を降りると伝えた。


「え、剣術指導降りるの?アルマンの指導、バレ兄とかから結構評判良いのに……ちょっと残念。アルマンに向いてると思ったのにな。」

 

 それでも、自分の望みはユークリストの側に仕える事だと伝える。


「………それで、アルマンは満足するの?」


 ユークリストがそう呟いた。

 自分の本性を見透かされたようで、アルマンは後ろめたかった。 

 自分の為にユークリストを利用しようとした、本来ユークリストの為の騎士であるはずなのに。


「アルマンは誰か一人に付きっきりでいるよりも、大人数の人の前に立つ事が向いてると思うんだよね。人には向いてる事と向いてない事があるんだ。僕の護衛騎士が向いてないとは言わないけど、それよりも確実に今の剣術指導の方が向いてるよ。だから、僕が剣術指導を受ける年になったら、その時はよろしくね。あ、遠慮はいらないから。手を抜いた分だけ僕の死ぬ確率が上がると思っといてね。」 


 続けて言われた言葉を胸に、アルマンは今日まで剣術指導の任を成し遂げてきた。


 そして、今回の誘拐事件が舞い込んできた。

 これが、ユークリストの役に立てる最後の機会になるのだとアルマンは理解した。

 その所為で空回った事もあったが、ユークリストへの忠誠は変わらない。


 どうしても、何か一つで良い。

 目に見える結果が、自分に欲しい。

 誰かに言われたのではなく、自分が実感できる結果が欲しい。

 自分はユークリストの役に立てたのだと、誇りに思える結果が欲しい。


 しかし、結果はこの体たらく。

 闘争の気迫に酔って、魔獣に奇襲を喰らう羽目になった。 


 立て、立ち上がるのだ。

 

 どれだけ身体に命令しても、帰ってくるモノは無い。

 まるで、あの頃の素振りで感じた虚無感だけが残っている。

 ついに、この身体まで自分を裏切るのか。


 立て、立ち上がるのだ。


 努力が自分を裏切る。

 期待が自分を裏切る。

 身体が自分を裏切る。


 立て、立ち上がるのだ。



 それでも、自分がユークリストを裏切る理由にはならない。



「ええ、これは天翼族の羽根を使って作られた一等品ですわ。」 


 

 その言葉を聞いた時、使命感と共にアルマンの中で怒りが沸き上がる。


 強烈な怒りだ。

 今まで感じた事のない怒り。


 この女はユークリストだけでは無く、スティアにまで危害を加える。


 立て、立ち上がるのだ。


 ふざけるな。


 立て、立ち上がれ。


 それだけが、自分に出来る事だ!!


 剣を地面に突き立てる。

 歪な金属音は、身体の悲鳴を表している。

 蹌踉めいた身体を意地でも起こす。


 失った光が、その目に宿る。

 

 自身の身体を支えていた剣をゆっくり持ち上げる。 

 その剣先を暴鬼に向け、持てる力一杯に睨み付ける。

 もう、言葉を発する気力すら残っていない。


「グガッ、ゲァアアアアアア!!」


 木漏れ日程度でも殺気を感じた暴鬼は、再び咆哮を上げる。

 

 身が竦んで怖じ気づいてしまうほど、今の自分は情けなく無力だ。

 それでも、やらなければいけない。

 

「ふふ、何を立ち上がったのかと思えばなんて事は無いわ。でも目障りね、ーーー始末しなさい。」


 マダムの命令に、暴鬼は一歩踏み出す。

 無慈悲に、暴力的に、目の前の敵を葬る為。


 アルマンは、ゆっくり剣を持ち上げた。

 普段は何の気なしに持ち上げていた剣が、今は酷く重い。

 

 ついに、剣までもが自分に負担を掛けるのか。



 僕はあまり力が無いから。力を抜いて振り下ろす時にだけに力を集中するんだよ。



 何時か、ユークリストがそう言っていたのを思い出す。

 容易く剣を振り回せる自分には、理解できない感覚だとアルマンは思った。

 しかし、その感覚が今は痛いほど理解できる。


 暴鬼の姿が、自分の視界を覆い尽くす。

 アルマンは、ゆっくり瞼を閉じた。

 


閥開(ばっかい)



 北武流奥義『閥開』

 この技に於いて重要なのは、足先から剣先へエネルギーを円滑に伝えること。

 満身創痍のアルマンの身体に、ユークリストの助言が乗っかった。

 そして、天文学的確率でそれを実戦した。

 

 凡人の終着地にいた男が、才有る者の登竜門に足を掛けた瞬間だった。


 アルマンの瞼が薄らと開いた。

 覆われていた視界は開け、目の前を立ち塞いでいた暴鬼はその身を真っ二つに切られ絶命した。


 それを見届けると、アルマンその口元に少しの微笑みを残して気を失った。


 そこに目聡く奇襲を仕掛けたのが、もう一匹の魔獣である擬態蜥蜴(リザードミミック)。  


 その種族は、擬態による奇襲を得意としている。

 針山の様な牙がアルマンの頸元に襲いかかる。

 

「クソ蜥蜴が……戦った戦士を敬う事を知らないのかい?」 


 怒気を含めた囁きが擬態蜥蜴の耳に入るのも、黄金の籠手(ガントレット)がその身体を抉るのと同時だった。

 拳に反応する間もなく、ぶちまけられたトマトのように擬態蜥蜴は絶命した。

 

 一瞬の出来事に反応できたレヴィアンナと、反応できなかったマダム。

 

 血塗られた拳を払い、血を振り落とす。 

 倒れているアルマンの元に歩を進め、優雅に腰を落とした。

 

「アンタの事見直したよ。あと百は歳を取ってたら、一晩中相手してやってたよ。」


 慈しみに満ちた微笑みを浮かべた。

 死力を尽くした戦士に貴婦人からの賛辞。

 

 まあ、貴婦人とはほど遠い存在だが。


 パチパチパチッ


 空の拍手が部屋中に木霊する。 


「美しい友情、涙ぐましい努力、死線を越えて手にする勝利ーーー本当に反吐が出ますわ。」 

 

 腹の底から嫌悪しているのが聞き取れるほどの声色だった。


「………アタシは今のアンタの方が反吐が出るね。」

「ふん、下賤な者が泥まみれになりながら地面を這い蹲っている光景は不快で仕方ないわ。優雅で可憐な者達による世界こそ、本来あるべき姿であり。私の園はそうすると神に誓っているの。」 

「美しさか……だったら、せめてその醜さを腹の贅肉の中に仕舞い込んで逝きな!!」 


 レヴィアンナの存在感が膨れ上がる。

 敵に殺気を、味方に声援を送るような温かい存在感だ。

 これだけで、彼女がどれだけの手練れなのか容易に想像できる。


「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、いい加減に聞いてれば図に乗りやがって。その耳切り落としたら記念に、テメエに喰わせてやるよぉ!!」


 貴婦人の様な話し方は何処へか。

 本性を現したとばかりにレヴィアンナを罵り、マダム・ローズもまた、その存在感を増した。

 足下から全身に虫が這いずり回るような、気色の悪い存在感だ。

 これだけで、彼女がどれだけの怪物なのか容易に想像できる。


 

 勝負は一瞬だった。



 膨れ上がったマダムの懐、その空白は一瞬にしてレヴィアンナの存在で埋まった。

  

 大陸剣議席序列第41位『潜奪(ヴァストーレス)』レヴィアンナ・ホークアイ。


 彼女本来の戦場は、森林地帯に於けるゲリラ戦と遠距離からの後方支援だ。

 森林族由来の特異魔術を駆使し、相手をその意識の外から葬り去る。 

 そんな彼女にとって、真っ正面からの近接戦はお世辞にも得意とは言えない。


 しかし、それは一般的な話では無い。


 マダムが懐に入ったレヴィアンナを認識する。

 それと同時にレヴィアンナの左拳がマダムの左顎を掠める。

 マダムの脳が揺れ、意識が遠のいていく。

 レヴィアンナの右拳が、マダムの腹部を激しく殴打する。

 顔を歪めたマダムの口から唾が飛び散った。

 レヴィアンナの左拳が、右拳が、また一発、もう一発。


「あぎゃ、ぎゃぱ、ぎょふ、ごふ、ぐほぁ、ぐあぁああああああああああああああああ!!!」 


 怒濤の連檄が、マダムの身体を破壊していった。


 レヴィアンナは知らない、マダムが積み上げてきた悲劇の数を。

 レヴィアンナは知らない、マダムに虐げられた純粋な未来の数を。

 レヴィアンナは知らない、マダムが奪った希望の塊の数を。



 彼等彼女等は知っている、彼女が自分達の仇を討ってくれた事を。



ーー



 闘技場の上に、金髪を生やした娼婦の人形がズタズタになって転がった。


「素晴らしい、それは私の人形の中でも価値の高いモノなんですよ。」 


 賛辞を送る気なんて一切無い、そのことが感じられる程剽軽な口調のナーベリック。 

 目の前に居るワグは、身体中の至る所に切り傷を作っている。

 呼吸が浅く、戦闘前に構えていたマチェテは片方が折れている。

 

 満身創痍、というわけではない。 


 その目には、闘争の意志がハッキリ宿っている。


「しかし、だからこそ残念で仕方ありません。こんな所で若い芽を摘む事になるのですから……あ、でも貴方には良いところかもしれませんね。きっと同胞達がついていますから。」


 その言葉は、この闘技場の上で死んだであろう東部民奴隷の事を暗に示しているのだろうか。


「……まだだ。俺は終わってない。」 


 ワグは少ない言葉で、その意志を示す。


「強情な人ですね貴方も……もしかして、それは人種とかに起因している頑固さですか?」 

「……これは、違う。単にお前が気に入らない。」

「私が気に入らない!?まあ、とてもショックです。私はこれでも、親しみやすい隣人を自負しているのですが……何がそこまで貴方をそうさせるのですか?」

 

 その問いかけに、ワグはこれまでの出来事を思い出す。

 決して、走馬灯ではい。


 ユークリストの専属騎士に就任して以来ワグの脳裏に焼き付いているのは、あの地下室の光景だ。


 机に向かって従魔立ちと作業をするユークリストの元に、手作りのシチューを持ってくるスティア。

 ユークリストが此方に手招きをして、それに従い自分が席に着く。

 スティアが作ったシチューは、日を重ねる毎にその腕前が上がっていく。

 自分はもっと肉が入っている方が好きだが、肉の野菜のバランスを重視するユークリストの趣向に合わせて作っているのだから仕方が無い。

 おかわりは一杯だけ許される、食べ過ぎればユークリストの分が無くなるとスティアが怒るからだ。

 自分の要求は一切通らないが、それでもその光景が自分のいるべき居場所だと思えた。

 

 だが、そんなワグにも不満がある。 


 ワグがユークリストに仕えた時、ユークリストはもっと大きな人間になると思った。

 言葉にはしないが、己が主の事を心から尊敬している。

 だからこそもどかしい、ユークリストがただ地下室に籠っているだけなのが。

 もっと外に出て、色んな所に行って大きな人間になるべきだ。

 

 もちろん、その隣には彼の従魔とスティアと自分がいる。


 だから自分は、その為に必要な事をする。


「……お前みたいなヤツがいるから、いつまで立ってもアイツが部屋から出てこない。」


 部屋から出ても良い、危険は全て自分が排除するから。

 

 胸を張ってユークリストに言えるように。


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