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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第1章~暁の産声~
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閑話:暖炉の前の積雪

急遽思いついた話ですので順序が違っていましたが、

読者がまだついていないので、多少のお茶目を許して下さい。


 ーカイサル視点ー


 帝都からカトバルスまで、強行軍気味に突っ走ってきた。

 私は魔力で身体を強化しているおかげで、寝不足以外に身体の不調はなく。

 身体を洗い、家族と夕飯を食べ、現在は執務室で我が兄ガレフ・フォン・グリバーの報告を聞いている。

 

 「ーー以上が、領内の運営状況だ。概ね、前回お前が帰ってきたときと変わらず順調だ。」

 「そのようですね、兄上の手腕のおかげです。」

 「ふっ、褒めても何も出ないぞ。しかし、全てが順調というわけではない。」

 

 兄の領営手腕はかなり高く、最近はいままで北部の特産品だった乳製品にさらに品種改良を加え、平民・商人向けの大衆用と貴族・皇族向けの高級嗜好用に分けて売り出していて、これも好評だ。

 帝国北部は決して裕福とは言えない。

 まず、滅多に雨が降らない。

 貯水池を作ってはみたものの、直ぐに凍ってしまい使い物にならなくなった。

 幸い、貯水池の氷を砕き溶かせば飲料水として使用できるため、水不足になることはなかった。

 北には自然危険区域(レッドエリア)である【アルバトロス山脈】があり、南西西の方には【古の大森林】の一部が掛かっているため資源の確保、魔獣狩りによる食料・素材確保に苦労はせず、アルバトロス山脈からはミスリルが採れる為それらを帝国内に卸し、資金面での心配はない。

 それでも毎年寒気により民に被害がでているのは間違いない。

 冬期の凍死問題、食糧不足問題は即死活問題となりかねない。

 北部産の食料でも一部は賄えているが、食料は基本的に東部から買い付けている。

 グリバー家の資産は十分に足りているが、それでも毎年この食糧確保のためかなりの予算を確保している。

 この問題が解決できれば、民が凍え死ぬ事がないように十分に予算が回せるはずだ。


 「やはり、農作物の方は目処が立たないな。これなら、凍死問題の方の解決に努めるべきではないか?」

 「確かにそうですね。しかし、これ以上何が出来るでしょうか?

 現状、資源の枯渇がないように努めていますし、古くなった民間の家屋は資金面を補償し、建て替えるように通告を出しています。

 しかし、それ以上のことは各貴族の領分ですからね、我々は介入できませんし。」


 いくら直轄地であるといっても、それぞれの土地には下賜された領地を持つ貴族達がいる。


 大陸歴748年。

 大陸中央北部は、小国郡による紛争地帯が出来ており血で血を洗う歴史が絶えなかった。

 帝国の始まりは小さな小国の農村だった。

 盗賊、飢饉、魔獣、災害、圧政、それらに対抗するために一人の少年が立ち上がった。

 少年は剣と魔法の才能があった。

 少年は盗賊を返り討ちにし、その戦利品で武器を揃えた。

 少年は村人を集め魔獣を狩り、その素材を売り金を集めた。

 少年は集めた金は食糧に変わり、次第に周囲はその少年について行くようになった。

 少年は領主の圧政から逃れるために、独立戦争を起こし、その戦争で領主の首を獲った。

 少年はその地の領主になると、その地を富めるために隣国の領地を狙った。

 少年は領地を次から次へと広げていった。

 少年は自国の王と貴族に狙われていると知ると、今度は玉座を狙った。

 少年は王になると、王族の一人を娶り、また次の国を狙い、その国の王族も娶った。

 盗賊を殺し、食糧を奪い、魔獣を退け、災害を飲み込み、圧政を無くし。

 少年は気づくと、小国郡の王になっていた。

 少年は翌年皇帝になった。

 屍と奴隷の上の玉座に腰掛けて。

 

 オルトウェラ帝国の本質は弱肉強食。

 故に皇室でも貴族家でも後継者争いと領地戦を推奨している。

 しかし、初代皇帝であるゴルベギウス・キング・オルトウェラは、それら蠱毒のようなシステムによる内部崩壊を恐れ、自信の忠臣である5つの家系に帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)という席と血と土地を与え、【王鎧(スカイ)】【銀雹(スノウ)】【光焔(レイン)】【黎雲(クレイド)】【嶽嵐(ストム)】の名を待つ者の、これら政戦への参加を禁じた。

 

 例えば帝位継承戦。

 それぞれの帝位継承者達の後ろ盾として就くのを禁じ、ただ時の皇帝に仕えるのみ。

 帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)には、それぞれ軍務、外務、内務、法務、近衛とそれぞれ役割がある。

 役割があると言っても、それだけに従事しているわけではない。

 帝国筆頭公爵家内での人事の異動もある。

 軍に別の帝国筆頭公爵家の人間が属していることもあるし、内務・外務でも活躍し、その力は多岐にわたり発揮されている。

 故に国を支え各分野に影響力を持つ。

 これらが衝突することにより国が割れることは容易に想像できる。

 

 そして、領地戦。

 一方の貴族の後ろ盾になることは、その貴族の勝利を意味する。

 それすなわち、帝国筆頭公爵家の勢力拡大に繋がる。

 帝国筆頭公爵家に許されたのは、最悪の事態一歩手前の調停だけ。 

 

 帝国筆頭公爵家が居ないと国が回らないのは事実だが、その力は権力よりも象徴としての方が強い。

 しかし、そんなものはただの建前にすぎない。


 家督を継がない後継者以外の子息子女・分家の人間を派閥戦に参加させ利益を得ている家はある。

 実際にグリバー家はこれまで、武力拡大を唱える継承者を支援し、その恩恵にあずかってきた。


 「しかし、ユーリもついに祝魔の儀か。生まれたのがつい昨日のようだ。バレットは来年から学院だし、ルルティアも子供っぽさが最近抜けてきたな。」

 「ええ。大きくなっていく子供達の成長をそばで見守れないのが、心残りではありますが。」


 兄の賛辞に私は自信の無い声で応える。


 しかし、本当に素晴らしい子供達を持ったと思う。


 長女のフラムベリカは、顔立ちや容姿は私に似ているが、中身はマリアンヌにそっくりだ。

 魔法の才能もあり、謀に長け、私ですらあの子の持つ情報網や人脈を把握できていない。

 見かけは軽薄者のように見せているが、その態度は自分に必要な人間と、自分を必要としている人間を見定めるための演技であり、秤に掛けている作業なのだと私には分かっている。

 ただ、そろそろ婚約者を作っても良いのではないだろうか。


 長男のトーラス、この子には特別苦労を掛けているかもしれない。

 次期後継者として、家長として、様々なプレッシャーがあの子を襲ったと思う。

 責任感が強く真面目だが、不器用で才能を必要とする貴族社会は、あの子にとって窮屈なものだったに違いない。

 その過程で性格がひん曲がっても可笑しくはなかった。

 しかし、大きな身体に似合わないほど優しいお兄ちゃんに育ってくれた。

 既に、婚約者の尻に敷かれているようで、若い頃を思い出す。

 

 次男のバレットは、優しく少し気弱だが、根は強い勤勉な子だ。

 上の二人とは年が離れているために、上の者に甘える傾向が強かったが。

 剣術・魔法を学んでいく過程で、トーラスから学んだのか。

 最近はルルティアとユーリの面倒をよく見てくれている。

 前回の帰省の時よりも、顔つきが変わっている。

 来年から始まる学院での生活で、より多くのモノを学んでほしい。


 次女のルルティアは、活発で少しせっかちだが、繊細な良い子だ。

 おてんばで活動的、そのせいで使用人達に苦労を掛けることもあるが、まだまだ可愛らしい。

 最近、魔法と剣術の授業が楽しくなってきたんだろう。

 あの子からの手紙は、その日常をそのまま切り取ったように鮮明で、私の帝都生活の心の癒やしとなっている。

 先日、婚約話を持ってきた貴族を殺してやりたくなった。


 ユークリスト、決して優劣はつけないが、やはりあの子は兄姉の中でも特別だ。

 外見は兄姉のなかで異質ではあるが、そんなことを気にしないで育って欲しい。

 わずか5歳でありながら、ルルティアやバレットの授業につき、騎士の訓練も見学している。

 アルマンや他の教師達のからは、兄姉内で一番優秀だと報告を受けており、その物言いは5歳という年齢を感じさせないほどだ。

 あの子の将来が既に楽しみだ。


 しかし、だからこそ不安は常につきまとうモノだ。

 あの子の容姿に、あの子の才能につけ込み、己の欲望を満たそうとする人間があの子に近づいた時、私はあの子を守れるだろうか。

 あの子達を。

 私が見ていないところで、狂気の大木が育っているのではと考えるだけで、気が気じゃない。

 

 「貴族という生き物は往々にしてそんなモノだ。お前は出来ることを精一杯やっていると思うぞ。」

 「そういう事にしておきます。」


 兄の慰めに、眉を八の字にして少し微笑むように答える。


 兄には子供がいない。

 婚約者の令嬢を東部の遊牧民による侵攻で亡くしている。

 

 私の不安に呼応するように一瞬間が空く、暖炉の焚き火の音だけが聞こえる。

 先ほどまでの朗らかな顔は終わり、神妙な面持ちでガレフが口を開く。 


 「‥‥帝都の様子はどうだ?」

 「‥‥‥‥かなり、焦臭くなっています。」

 「やはり、そうか。」

 「ええ、武力による領土拡大を狙う第一皇子(ガードレッド様)派。現皇帝の政策を支持する第一皇女(アクアリア様)派。帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)制度の廃止を狙う第二皇子(カージナル様)派。

 とにかく、今回の継承戦はかなり厄介なことになりそうですね。今はそれぞれ、母方の実家周辺の貴族を取り込んでいる際中ですけど、その中で鍵となるのはやっぱり‥‥‥‥。」

 「‥‥‥‥第四皇女か。」


 鋭い目つきで物事の核心を突く。

 さすが、我が兄とでも言うべきか。

 この北の地で、帝都の政争とまだ幼いの第三皇女の情報をきっちり掴んで

いるとは。


 「ええ、皇女を自身の勢力に引き込むことが出来れば、その生みの親、第四王妃様の実家である【ダルア公国】と繋がりを持つことが出来る。他国の‥‥それも帝国にとっては小国の干渉を受け政治をするなどもってのほかだが、それでもダルアを通じて大陸南部の周辺国家と繋がりを持つことが出来るれば、そっちの利益の方が大きいですから。」

 「それに、やもすれば【ゴドラック】が北上してきたときの緩衝材になるかも知れんからな。」


 オルトウェラ帝国が存在する大陸は、数字の3を左右逆さにしたような形をしており、危険自然区域(レッドエリア)【バッカルジャッカル大火山】が中央付近で帯を巻くように大陸を北部・南部と分断している。

 南部から北部、北部から南部に向かう時、凄腕冒険者の場合は大火山を縦断できるが、その大半が商人や国ので使節ある。

 その場合海路を使うが、西は【ゼペルロギア海域】東は【ガズローハッチ海流】と危険自然区域に挟まれた状態になっており、自然と【嶽嵐(がくらん)公爵】の領都である【リングルハット】の港町に向かう航路を取ることになる。

 しかし、南部から来るのは必ずしも商人だけではない。

 大陸南部、その南端には【ゴドラック帝国】が存在し、『天下に太陽は二つも無し』を掲げ、日々武力による領土拡大、大陸統一を狙っている。

 

 これに対抗するのが大火山の南に位置する4つの中国【四獣同盟】

 治療や農作に長けた【アルマンヘイム神聖国】

 精強な騎士団を抱える【ラルダハルク王国】

 魔法研究に長けている【レキアス魔法王国】

 同盟国唯一大陸北部と繋がりを持っている【ダルア公国】

 これらの国が協力して、ゴドラックの侵攻を食い止めている。


 オルトウェラ帝国も例に漏れず、武力侵攻による領土拡大を繰り返し、今の地位を手にしている。

 現在でも、周辺国である【ナルカン王国】と【ノストラダーレ聖教国】それに【ヤヅナベロ平原】への侵攻計画を進めている。

 大陸北部の平定が終了したら、次は大陸南部になるだろう。

 その際に四獣同盟が存続しているか否か、協力を取り付けられるか否かは、侵攻計画に大きな影響がある。


 つまり、領土拡大、現状維持、内部改革、圧力外交。

 このどれをするにしても、四獣同盟との協力関係は不可欠であり、その実現には第四皇女を引き入れるのが一番手っ取り早い。


 「第一皇子派閥は、北部閥(ウチ)と西部の貴族が多いな。」

 「ええ、ドーランド侯爵が筆頭に立って戦線拡大を訴えていますよ。」


 第一皇子のガードレッド様は血の気の多いお方だ。

 先頭に立って軍部の拡大を唱え、その恩恵を受ける北部貴族を中心に派閥が形成されている。 

 しかし、自分の血統にも誇りを持っており、少々選民意識の強い方だ。

 トーラスと仲が良く、以前の初陣も殿下の先陣を切ったものだった。

 

 「第一皇女派閥は、東部閥か。」

 「皇帝は内政に力を入れていますからね。」


 第一皇女のアクアリア様は為政に長け、その話術は聞く者の心を惹きつける。

 帝国の政治は荒れていた。

 戦争を繰り返し、他国・他民族への憎悪を煽り、内側で燻る火種から目を背けてきた。

 それを危惧した先代の皇帝は帝位継承後、内政に力を入れた。

 今代の皇帝もそれを継いでおり、その間大きな争いはなく、小さな小競り合い程度だった。

 近年南の脅威が強くなっており、聖教・ナルカン・東部の憂いがある状況で内務だけに力を入れることを他の貴族どもが許すかどうか。


 「第二皇子は、宮廷と新興貴族だな。」

 「彼らにとって、帝国筆頭公爵家(我々)は目の上のたんこぶのような存在ですから。」


 第二皇子のカージナル様は、人当たりが良く穏やかな方だ。

 奴隷制の廃止、多種族・他民族を受け入れ、新たな帝国を築く。

 その旗の下、帝都の貴族や下級貴族達が集まっている。

 我々にはこれまで、帝国の歴史に闇が掛かったときも国の支柱となり支えてきた矜持がある。

 正直に言って、国の崩壊を招きかねない政策だ。


 「‥‥今のところ嶽嵐の婆さんが浮いていますね。」

 「あの家は代々そうしてきたよ、どの派閥にもいい顔と金を貸して、終わったところできっちり利子付きで回収する。あの嫗は本当に侮れない、これで継承戦を見るのは三度目じゃないか。」


 フッと、軽口を叩くように笑う兄。

 他家への深い洞察に、深慮遠謀、この人には頭が上がらないな。

 あの事件がなければ、【銀雹(スノウ)】の名前を継ぐのはこの人だった。


 「‥‥‥‥話は変わるが、実はまだ問題は残っている。」

 「‥‥‥‥【鎖の狩人(ガラナック)】の事ですね。」


 帝国の歴史は、略奪者の歴史だ。

 当然その影には、奪われた者の歴史も存在する。


 帝国北部から、ノストラダーレ聖教国を中心に活動する裏組織【鎖の狩人(ガラナック)

 主に殺し、誘拐、人身売買、希少魔獣の密輸を扱っている。

 以前、騎士団を上げて大がかりな粛清を行ったが、組織は絶えることなく今日まで北部の闇に根付いている。

 

 「ああ、最近は亜人の違法な奴隷を聖教国に運んでいると情報が入った。俺の方でも探ってはいるが、聖教国までとなると情報が遮断されてしまう。」

 「せめて、北部から追い出す方法を本格的に考えないとですね。」

 「ああ‥‥‥‥それじゃあ、今日は遅いからまた明日にしよう。」

 「ええ、それでは兄さん。」


 私の子供達が生活するこの地を安全にする。

 他の何に変えても。

 私は、熱中すると視野が狭くなるとよくマリアに言われるが、今は子供達のためだ。

 これも愛嬌だろう。


 そう・‥‥・‥‥だから気づかなかった。

 あの日以来、兄上の顔に決して晴れない暗雲が差し掛かっていたことに。

 


評価よろしくお願いします。

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