第三十七話:月華の届かぬ暗闘 其の一
年内に、第二章を終わらせたいです。
と、有言実行できない男が言っています。
グライムの首筋から飛び散った鮮血は、地下牢で捕えられていた子供達にも恐怖を与えた。
助けを求める嗚咽やえずき声は、無情な地下空間に吸い取られていく。
ユークリストとのやり取りを終えたスティアは現在、その身を『ゼッペンリッヒの外套』で包み安堵したように眠っている。
スティアを守ろうとしたミアもまた、自身の役割を終えたことを実感したように力を抜き、意識を落としている。
彼女らが落ちたモノが永遠の眠りになるか、それとも一時の安寧となるか。
それは誰にもわからない。
この場に最後まで立っていた者、それだけが知ることのできる真実。
他は全て、この小高い丘の中に葬られる。
ーー
あっれぇ~、だぁれもこない……
おっかしーな、こんなはずじゃなかったのになぁ。
もしかして、俺嫌われてんのか?
『ああ、これか?これは、武者震いだ』みたいな顔をしている俺の内心は、キャッシュカードの入った財布を落としてしまった時のように騒然としている。
いや、さながら安全バー無しでジェットコースターに乗せられている心境だ。
「ユークリスト・スノウ・グリバーと愉快な仲間たちだ。」
この後に、数秒ぐらい経って誰か来る予定だったんだけど。
だぁれもこない。
アルマンあたりが血相変えて走り込んでくるのかと思ったけど。
だぁれもこない。
ワグがなんともない顔をしながら、現れるかと思ったけど。
だぁれもこない。
レヴィアンナが強者感満載で来ると思ったけど。
ほんと、だぁれもこない。
いや、もしかしたら道に迷ったのかもしれない。
確かに、結構道が枝分かれしてたからな。
俺はここに来るまで、ノートのナビ+グライムを一直線に追ってたから道に迷うことがなかったけど、まっさらな状態で道に入れば迷うかもしれない。
そうだ、きっと皆んなここに向かっているけど迷っている最中なんだ。
うん、そういう事なら納得がいくな。
俺が嫌われているなんて、そんな的外れな事は無いだろう。
きっと、もう少しだけ時間を稼げば誰かが俺の名前を叫びながら飛んでくるだろう。
うん、それまで頑張ろう。
さて、現実逃避は短めにしてだ。
この状況というのは、非常に不味い。
なんたって、これから戦いが始まるんだからな。
それも、領都の屋敷で行っていた木剣の訓練ではなく、真剣を使った生命の削り合いだ。
一切の躊躇が許されない、己の尊厳の全てを賭けて相手の尊厳を否定する。
そんな、戦いが始まるんだ。
これは、三年前のあの時とは大きく違う。
思い出すのは、俺を誘拐した連中の内の一人であるゴロツキとの一対一の勝負。
俺が魔法を扱えることを知らない、あの男の意表を突き『変形』の魔術を使って首を一突き。
これこそが、ユークリスト・スノウ・グリバーの華麗な異世界バトルデビューだったな。
まあ、その後PTSDになってしまうんだけど。
それにあの時は、突発的に且つ意表がつけたからなんとかなったし、カイサル達が来てくれたのが大きな理由ではあるんだけど。
それに、今回の相手には意表は突けないし、恐らく俺よりも強い。
だって相手は『鎖の狩人』の幹部だぞ。
つまり、ナーベリックと同等の強さがあるかもしれないってことだろ?
いやいやいや、無理があるって。
どこの八歳児を捕まえて、命懸けの戦いをさせようとしてるんだよ。
児童相談所が黙ってねえぞ。
いくら俺に多少なりとも力がついたとはいえ、まだ満足いく出来じゃない。
アルマンズブートキャンプも、最近ようやく熟せるようになっただけなのによ。
それに剣術とかの対人訓練は、ハッキリ言って成績が悪い。
というか、そもそも訓練をしたのだって誰かをボコボコにしたいからじゃない。
俺が訓練を重ねたのは、然るべき時に然るべき相手から守りたい人を守るためなんだ。
確かに、その目的に照らし合わせれば今がその時なんだけど。
早すぎない?急すぎない?
俺が考えていたバトルと、全く違う方向に行ってるんだけど。
俺の想像では『鎖の狩人』の連中と戦っているレヴィアンナとワグ、アルマンの影から魔術銃を適度にぶっ放して、スティアと子供達を回収するつもりだったんだけど。
こんなサイコパスと切った貼ったのバトルをしようなんて、毛程も考えてねえよ。
やっぱり、グライムを追いかけたことがまずかったよな。
完全にあれが原因だ。
でもなあ、あそこで逃したらスティアの情報が無くなる可能性だってあったし、正解っちゃ正解なんだよなあ。
でも、こんな奴がいると分かってたら足を止めたかもしれないってのは、確かなことだし。
まあ、既に動いてしまった事態に対し、あーだこーだと言うのは野暮ってもんだしな。
俺も、そろそろこの危険人物と向き合わなくちゃならない。
でもなあ、嫌なものは嫌なんだよなぁ。
「仕掛けねえってんなら俺から行くぜ。」
「へ……?」
「ーーーーーーッ……!?」
その一瞬、リキュールが握っている鞭から高速の鞭打が放たれた。
クソ、あの野郎やりやがった。
いや、これから殺し合おうなんて空気の中で考え事をしていた俺も悪いのだが。
もうちょっと、何かあっても良いだろ?
そんな思考は他所にして、俺は反射的に自分と鞭の間に手をクロスの形にして滑り込ませ、バックステップで後方に飛ぶことで何とか逃れた。
もちろんそんな体勢で真面な着地が出来るわけなく、そのまま地面で二・三回転がった後にリキュールに対して視線を戻したがーーーーー既にそこにリキュールの姿はない。
「次はこっちだ。」
服についた土埃を払う暇もなく横から聞こえてくるその声は、楽しそうに節足動物の足を引き千切る猟奇性を含有している。
そして、それと共に飛んでくるのは地面に転がった俺を蹴飛ばす為のサッカーボールシュートキック。
不味いっクッソ!防御ーーーーー
「がっーーー!?」
ドンッーーーーー
防御が間に合わず、象が子犬と戯れるが如き一撃が俺の胸部から頭に掛けて衝撃を走らせる。
案の定、蹴飛ばされた俺は地面を転がり這い蹲ることになった。
『あるじー!?』
『ユーリ!?』
ロキとノートから念話が飛んできたが、今はそれどころじゃない。
ああ、くそ、ダメだ、息が出来ない。
「カハッ……ケハッ…!」
どうにも形容しがたい音が俺の口から出る。
落ち着くんだ、まずは息を整えないと。
いや、それよりも身体が痛い。
そんなことを気にしてる場合じゃないだろ、リキュールの方はどうなんだ?
この瞬間にも攻撃を仕掛けに来るんじゃ……!?
「………」
予想外の波が押し寄せ、思考を渦に溺れそうになっている俺が何とか決断したのは『次の攻撃に備えること』
身体に痛みの余韻が残っている、呼吸だって真面に出来ていないかも知れない。
それでも次は来る。
俺の生命を脅かしかねない一撃が飛んでくる。
俺が見上げた先に、リキュールは立っていた。
松明の灯りが仄かに照らしたそれは眼を細め、口角を下げ、とても退屈そうな顔をしていた。
自分の気に入らない事で拗ねる子供の様に、顔から感情が欠如しているように見える。
は?なんだこいつ?
お前から仕掛けといて、その顔は何なんだよ。
言いようのない、漠然とした怒りが俺の中に沸き上がる。
『ウガー、あるじになにすんだー!!』
『ぬっ、待つんじゃロキ!!』
そんな怒りが俺よりも早く怒髪天を突いていたのが、従魔であるロキだ。
元よりロキは、この部屋に来た時からかなり怒っていた。
まあ、スティアのあんな格好を見たんだから分からなくもない。
正直、リキュールがやらなければ俺が何かしらをやっていたのかも知れない。
そんな怒り心頭なロキを必死で宥めるのがノートだ。
こいつもそれなりに怒ってはいたが、それでも、今にも飛びかかろうとしているロキを止めるくらいには冷静だ。
『ロキ、ノート。絶対に手を出すなよ。』
『ほらロキ!ユーリもそう言っておるじゃろう!?』
『でもー!』
二人が激昂してリキュールに飛びかからないように、念話で言い聞かせる。
念話には正常な呼吸なんて必要ないからペラペラ話せるしな。
そんな俺の言うことに、ロキは不安があるらしいけどここは我慢してくれ。
「はあ、興が冷めるたぁこの事だな。」
そんな従魔達の事なんて眼中にないと口を開くリキュール。
「なんか、ほら、テメエは其処らのガキとは違えってあいつから聞いたからどんなモンかと期待したが……期待外れも良いところだぜ。俺が今まで見てきたガキと同じで危機感が足んねえ。」
こいつの言うあいつとは、恐らくナーベリックのことだろう。
姿勢を崩し、腰に左手を当て、退屈そうに右手で後頭部をポリポリと掻きながらそう呟くリキュールの言は、認めたくはないが確かに的を得ていた。
帝国北部から聖教国に掛けて版図を広げている犯罪組織と、公爵家に生まれただけで温々と育てられた俺とでは、確かに危機感が違う。
しかし、それは仕方ないだろ。
だって、こっちは八歳児だぞ。
何処の八歳児が丘の中の地下空間で犯罪組織の幹部と命がけの決闘を繰り広げなけりゃいけないんだよ。
いや、地下格闘技上のチャンピオンになったティーンエイジャーがいたけども!
なんてことを考えながら、俺は自分の顔面を滴り落ちようとしている何かに気づいた。
それに触れ、拭い取り、確認する為に自分の目の前に持ってくる。
自分の手にぐっしょりと纏わり付いている血を見た瞬間、嫌な汗と悪寒が全身のあちこちを駆け巡った。
顔に残っている鈍痛が、水面に広がる波紋のように広がっていく気がする。
目の前にある自分の手と、本来支える役目のはずの両足が震えているのが分かる。
自分の立っている台地が端から瓦解していくような。
恐怖が、自分の中に浸食していく。
具体的に言うなら、尻の穴から身体の中に入った百足が何もせずに身体の中で成長し続けているみたいな……
ただ居るだけなのに、そっちの方が不安と恐怖を煽ってくる。
まあ、身体の中に百足がいる状況こそが可笑しすぎるのだが。
まあ、これはそれぐらいヤバいって事だ。
俺は、この世界に来てから色んなモノを想像した。
色鮮やかに、時に猛々しく躍動する数々の魔法。
未だ見たことない、魔獣や世界の謎の解明。
言葉や文化、種族も違う亜人達との交流。
嘗ての時代の絵画を切り取ったような、豪華絢爛な貴族社会。
ちょっとドロドロした、貴族達の下世話で危険な情事。
屈強精強の正義の言葉が似合う馬上の騎士達。
自由を愛し、市民の為に身体を張り、仲間と共に生きる冒険者。
その全てに思いを馳せ、いずれは俺もああなりたいとかこうなりたいとか考えていたな。
しかし、その中に自分の命を脅かされる状況なんてなかった。
この地下空間に入った時もそうだった。
自分は隠密行動を取って敵から見つからず、厄介なところや血生臭い場面は、ワグやレヴィアンナやアルマンに任せようと考えていた。
制作費に億を注ぎ込んだアクション映画を最前線で鑑賞する、そんな気分だった。
頭で理解したつもりでも、真に心の底から分かってはいなかった。
俺は、殺し合いの只中にいるのだと。
目の前に居る人間は俺よりも遙かに強く、そして命を狙っている。
馬鹿かよ俺は、この恐怖を忘れるなんて。
何時しか、誰かが自分の代わりにやってくれるモノだと思い込んでいた。
ロキやノートに任せるなんて論外だし、この場所には俺しかいないんだよ。
「なあ、こうしようぜ?そこに居る蒼ガキと、魔法の使える平民のガキだけ置いとくんならテメエと他のガキの命は保証してやる。蒼ガキは小児性愛ババアの玩具になるし、平民のガキの方はトーリックっつう冒険者を誘い出す為の餌にすっから無理だけど……まあ、公爵家の血って奴もそれなりに使い道があるって言われてんしなあーーーーーあっそうだ!」
退屈そうに、厄介そうに俺に語りかけるリキュール。
その言は、到底許容できるものではない。
スティアをどうこうするとか、ミアを俺を吊り上げる為の餌にするとか何とか。
その様子に反論をしたいが、今の俺はそれどころではない。
こいつに勝つ為の作戦やらなんやらを考えなければいけないんだ。
そうだな、まずはロキに『鑑定』をして貰って。
いや、ロキは文字が読めないし書き写そうにもそんな悠長なことあいつは許してくれないだろ。
だったら、まずは『ゼッペンリッヒの外套』で姿を消して。
スティアに掛けたばっかりやん、取りに行くとかカッコ悪すぎだろ。
仕方ない、味方が来るまで時間を稼ぐか。
そんな悠長なこと考えてたから、このスーパーハイパーエクセレントイケメンフェイスから血が出たんだろ。
くそっ、良い案がまったく浮かばねえ。
まず方針を立てるべきかもな。
1.リキュールを俺と従魔二人の協力で倒す。
2.援軍が来るまで全力で時間稼ぎをする。
3.逃げる。
今すぐ実行したいのは3だが、この場にスティアがいる限りそれは無い。
だったら2にしたいが、それをしようとしてのこの事態だし。
ならば1か? それこそ論外だろ。
人殺しを何とも思ってない奴相手に、温室育ちの俺が何か出来るわけがない。
確かに、魔術銃と魔撃棒は持ってきているけどさ。
確かに、悪魔猿のロキと暁光梟のノートが居るけどさ。
相手は鎖の狩人の幹部だぞ、あのナーベリックと同等の奴って事だろ。
危険極まりないだろ! 赤信号しか見えねえよ!
それに、魔撃棒とかはトーリックの時に一回こいつに見られてるから、もしバレたらどうなるか分からない。
ならどうする? 新しい4の選択肢を考えるか?
いや無理だろこの状況で、結局俺が選ばないといけないのは2だ。
確かに、いくつか痛い思いはするかも知れない。
でもそれは仕方ないことだろ、俺のミスで此処まで来ることになったんだしな。
それにアレだ、痛いって分かってたら実際はあんまり痛くない、なんて事があるかも知れない。
ほら、人間覚悟を決めることが出来れば切り傷の一つや二つ作っても大丈夫だ。
いや、寧ろこれはチャンスかも知れない。
『疼くんだよね、昔の古傷が……』
この台詞にピッタリの傷跡を作ってみるのも悪くないかもな。
うん、そうしよう。
痛いことを考えるよりも、ちょっと楽しいことを考えるようにしよう。
自分の好きなことを叶える為に、ちょっとだけ頑張ろう。
よし、取るべき選択肢は2だ。
この危険人物相手にどれだけ時間を稼げるか分からないけど、やってみるしかないよな。
「ーーーだから、テメエに選ばせてやるよ。」
「?」
長いようで短い思考から飛び出し、結論を決めた俺にリキュールから問いかけが飛んできた。
「だーかーら、テメエ一人の命で蒼ガキを含めた他のガキ全員の命の保証か、他のガキ全員の命と引き換えにテメエ一人の命の保証。これのどっちが良いかって話だよ?」
「……は?ふざけんなよ……」
その瞬間、俺の腹は決まった。
あーだこーだと、馬鹿かよ俺は……まどろっこしいことを考えんのはやめだ。
リキュールが少し驚いたように細めていた目を開き、ノートが何かを察したようにギョッとしているが、そんなこと今は関係ねえ。
こいつは、俺と根本的に遇い居ることの出来ない人間だ。
服についた土埃を払うことすら忘れ、ゆっくり立ち上がった。
十分休んだのか、先程まで全身に広がっていた鈍痛は無くなっている。
魔術銃を握る右手に力が入り、不思議なことに頭は冴えている。
自分の中の目的がハッキリしたからなのか……
いや、背中から嫌な汗が流れてるのが分かる。
手汗の所為で、魔術銃を滑り落としそうだ。
こういう時のプレッシャーに対応する為にバッターグローブがあるのかな。
いやいや、いらんことは考えるな。
こいつは、俺の手で排除する。
今はそれだけを考えれば良いんだ。
「ロキ、ノート。俺の合図に合わせろ……」
『わかったよぉ!!』
『おいユーリ!? 一度冷静になるんじゃ!!』
俺達の間に立ってくれた従魔の二人の間を割っては入るように歩きながら、その目は真っ直ぐリキュールを捕らえている。
そんな俺の言葉に、ロキはファイティングポーズで返す。
俺が怒りで盲目になったと思ったのか、ノートの方は色々慌ててる。
「心配するな。とっくに冷静だし、お前も腹を括れよ。」
そんなノートに対して一瞥の視線を送りながら、俺は腰に差していた魔撃棒を抜いて構える。
にしても棒と拳銃を武器にするって、ほぼ警官やん。
なんて、しょうも無いことが頭に浮かんでしまうほど冷静だ。
『はんっ、そ、そんなこと今更じゃ! それにのう!本音を言うなら、ワシはこの部屋に入った瞬間からずっと憤っておったのじゃ!! ワシの本気を見て腰を抜かすなよユーリ!!』
もう退路はないと理解したのか、ノートはノートで腹を括ったようだ。
「けははっ、テメエの命をかけるか? なら、公爵家で教わらなかった大事なことをテメエに教えてやるよ! ガキのじゃれ合いじゃねえ! 本物の闘争って奴をよぉお!!」
「はっ! 言っとくけどな、俺はかーなーり強い!!」
手に持った鞭を自身に纏わり付けさせるように振り回す。
それは、その姿を無機質な景色に溶け込ませる程の速度に入り、鋭い風切り音が生まれる。
不適で不気味な恍惚とした笑みを作ったリキュールは、一歩また一歩と俺の方に歩を進める。
それに応えるように、俺と従魔の二人もその眼光を光らせる。
明確な殺意と覚悟が宿ったその瞳は、眼前に仁王立つ悪意に向けられている。
ロキは四足を地面に着け、姿勢を低くしながらその牙を剥き出しにする。
ノートは翼を広げ跳躍し、空中でホバリングの態勢を取る。
俺の手に握られている魔術銃の銃口は、真っ直ぐリキュールに向けられている。
不遜に、傲慢に、純粋に口角を吊り上げるリキュール。
緊迫と、諦念と、覚悟を決めたユークリスト。
戦いのゴングは、夏の風物詩である風鈴の響音の様に涼しかった。
ーー
「けははっ!! 面白え面白え!! なんっじゃそりゃ!? 魔道具か!? 古代魔導具か!?」
「ッ、クソッタレが……!」
魔術銃から放たれたのは、中級の『水弾』『火弾』『風弾』『土弾』。
本当は『水弾』辺りで統一したかったけど、弾を選り好みできる状況じゃない。
ラグビーボール型の魔弾が螺旋状に回転しながら一発、また一発とリキュールに向かって放たれる。
俺は右手の指に魔力を集中させ、只管コッキングして引き金を引いた。
シングルアクションリボルバーの利点は、引き金を軽く引けて照準がブレずらい事だが、連射には向かない。
これが魔獣とかとの戦いなら、十分に引き付けて威力が高い弾を一発って所だったけど。
どうも目の前の男は、ワンショットワンキルで仕留められる程ヤワじゃない。
だから、こうしてセカセカと連射しているわけだが……
こいつ、見た目以上に身軽な奴だな。
中級魔法をいとも容易く避けながら部屋の床から壁へ、壁から天井へ、天井から床へって感じだ。
正直言って、当たる気配はない。
あれだ、蠅を手で叩こうとしているみたいな感覚だ。
捕らえたと思って引き金を引いても、次の瞬間には別の場所にいる。
捕らえる為には威力を上げたいが、これ以上威力を上げると上級・豪級の魔法弾が必要になり、それぐらいの威力になると、この地下空間が崩落する可能性が上がってしまう。
こいつに勝てないと分かったら共倒れも良いかもしれないけど、そうなったら丘の上にある建物にも影響が出てしまうことになる。
しかし、そのお陰でこっちも分かったことがある。
リキュールは魔術銃のことを警戒しているのか、最低限の距離を保っている。
凡そ20メートル前後、この距離が恐らくこいつが魔術銃から放たれた魔術を見切って避けられる距離なのだろう。
それに対して、こいつの鞭のリーチはざっと5・6メートルほど。
魔術士と剣士の戦いにおいて重要なことは、互いの型に嵌め込んで戦うことだ。
魔術士と魔術士、剣士と剣士の場合はそれぞれのスタイルに得手不得手があるから、じゃんけんみたいで分かりやすい。
例えば火の魔術は水に弱いとか、東武流は対北武流に特化しているとか。
自分の得なジャンルと不得意なジャンルが分かっているから、そもそもそんな相手と戦わないってのが得策だ。
しかし、こと魔術士における対剣士戦、剣士における対魔術士戦は違う。
互いの魔術・剣術の等級の釣り合いが取れていれば、その勝利の目はどちらに向けられるか分からない。
所謂、自身が持っているハメ技をどちらが如何に早く相手にぶち込むか。
これが、戦いの肝になってくる。
キーンッ
風鈴のように涼しい音が六発目の銃弾の発射を告げた。
さて、ここからがこの勝負の一番大事なところだ。
六発の目の銃弾を発射してから、一発目を撃つまでのリロード時間。
この時間を如何に迅速な動作で縮められるか。
そして、どうやってリキュールの間合いに詰められないようにするか、
この二つが、この戦いの結果を左右することになる。
こっちは既に魔術銃を2セット分撃っている。
つまり、これが3セット目だ。
最初は物珍しさで観察していたこいつも、そろそろこの均衡を壊しに掛かるはずだ。
確かに、この世界に銃なんて概念はない。
しかし、何度も使い続けていたら流石に気付かれるのは時間の問題だ。
最初の内は警戒して近づいてこないかもしれないが、あっちだって馬鹿じゃない。
今だって自らに飛来している数々の魔弾を避けながら、見知らぬ魔道具に対して頭を回しているはずだ。
六発目に出たのは『土弾』、リキュールはこれを自前の鞭で迎撃。
ビュパンッ、って感じだ。
魔術の迎撃も出来るのだから、きっと恐らくあの鞭もただの鞭じゃないんだろうな。
「ロキ! ノート! かまーーー」
リキュールの反撃に備えて、迎撃態勢の俺は直ぐに従魔の二人に声を掛ける。
この作戦は、何よりも従魔との連携が肝になってくるからだ。
しかし、その反撃は必要なかった。
パラパラと粉微塵になった『土弾』の土煙の先に、悪戯に口角を吊り上げたリキュールが立っていたからだ。
そりゃもう、渋谷ハロウィンで女の子を漁るヤリラフィーって感じに。
なんだこいつ?
余裕綽々とでも言わんばかりだな、くそ腹立つな。
肩に掛かる砂埃を片手もに払いながら、リキュールは口を開いた。
「良いじゃねえか、それ。その筒の部分から魔術を撃ち出すんだろ?それも恐らく、何かの礫みてえな物を媒介にして射出してる。撃ってるのは『弾系』初級ではあるが、威力は中級程度に上がってやがる。ーーーそれだけじゃねえ。
ヤベえのは、テメエ自身の魔力を一切使ってねえって事だ。その礫が尽きねえ限り、中級以上の魔術をほぼ無制限に使えるってのは少々都合が悪いーーー他に隠し球があるかもしれねえしな。」
なんて、冷静な分析を論じているリキュール。
一通り埃を払い終えた後は、背中を猫背に曲げながらこちら側に指を差し、剽軽とした笑みでは隠しきれない鋭い眼光は俺達を捕らえている。
くそ、思った以上に魔術銃の情報が分析されている。
ていうか、あんだけ縦横無尽に避け回っておいてよくそんな情報が集まったな。
チンピラフェイスとピエロ衣装に惑わされていたのかもしれないが、こいつは以外と頭が回る奴なのかもしれない。
ダメだろ、戦闘狂キャラが頭使って戦ったら。
「怖じ気づいたんなら逃げても良いぞ。帰り道なら分かるだろ?」
腰に下げている革袋に手を入れ、魔術弾を無造作に六発選びながら会話を繋げる。
こうして時間が出来た時にリロードしとかないと、いきなり来られたら対応できないからな。
ウイングを横に開いて、しっかり薬室に六発セットする。
それにもちろん、先程倒してやると覚悟した手前退くに退けないが、戦いたくないのが本音だ。
逃げてくれるなら、大歓迎だ。
「いや、そりゃあねえ相談だ。」
俺の薄っぺらい提案に、リキュールは一言そう呟いた。
地面を蹴り出し、再び俺に向かって肉薄する。
くそっ、やっぱり戦う一択かよ。
俺は透かさず魔術銃を向けて反撃の態勢で、迫り来るリキュールに向け魔術を猛威を振るわせる。
リキュールはどこぞの国の雑技団のような身軽さで、一発目『火弾』これを壁伝いに軽く避けながら、二発目『水弾』を手前の鞭で弾き飛ばした。
「確かにそいつはやべえ代物かもしんねえが、欠点もある。そりゃテメエも気付いてんだろ?」
身体が空にある状態ながらも俺の姿を視界に捕らえ、リキュールは舌を噛むこともなく器用に言葉を続けた。
「ちっ、くそっ!!」
リキュールの様子が、さっきまでとは明らかに違う。
様子見をしながら避けていた時とは違い、明確な攻略の意図を持って此方に迫ってきている。
このまま単調に魔術銃を乱射するだけだったら、きっとやられてしまう。
それぐらいの凄味が、今のこいつにはある。
だがな、そっちがその気ならこっちだって考えがあるんだよ。
続く俺は、三発目に出た『水弾』を空中に居るリキュールの右上方に向けて射撃。
先程同様の威力をした水弾が、呻りを上げて一直線にリキュールに迫った。
リキュールは空中で身体に捻りを加え、これを難なく避けた。
そして本来『水弾』が飛んでこなければ着地して居たであろう地点から、左に大きくズレた位置に向けて着地した。
俺の狙い通りにーー『泥之園』
「ッ……!?」
左手に持っていた魔撃棒を杖代わりに指し、リキュールの足下に簡易的な沼を造り上げた。
それは、空中で身体を捻った為に沼を回避できなかったリキュールの脚を飲み込み、引き摺り込んだ。
機動力が持ち味の敵相手に、まずその動きを封じることは戦いの常識だ。
まずは、空中でのあいつの動きを制限する為に『水弾』を撃ち込んで着地位置を限定した。
これを撃ち込まないと空中で回避される可能性だってあったし、追い込み漁の要領と同じだ。
「ーーーだったら、その前にテメエを倒すだけなんだよ。」
その言葉と間髪入れずに響いた清涼な音に呼応し、四発目『風弾』五発目『土弾』がリキュールに襲いかかった。
足を捕われたことに気を取られ、その意識を俺から離したリキュールの姿が忽ち飲み込んだ。
激しく響く轟音と共に、砂埃が部屋の一角を埋め尽くした。
ふう、何とか作戦が当たったか……
ああいう頭が回る戦闘狂キャラには、初見殺しのハメ技が唯一の打開策なんだよな。
戦闘が長引くと色々厄介になるし、こっちだってやれることが多いわけじゃないし。
それに、魔術銃の事色々探られるのは厄介なんだよな。
俺がこいつに勝つ確率が低いということは、こいつを取り逃がす可能性が高いということ。
それはつまり、こいつを通じて魔術銃の事が何某かに周知されてしまう可能性が高いということだ。
だから、出来るだけこいつに魔術銃の情報は与えたくない。
完全な口封じは出来ないにしろ、この段階で気絶なり何なりしてほしいんだけど。
『よぉし!!やったか!?』
『やった?あるじのかちー!?』
「だぁあ!!もう、このぼんじり野郎が!!」
現実はそう甘くない。
『ぬわ!? なんじゃユーリ!?』
「こういうのはじっくり待つんだよ! なに不必要なフラグとか立てちゃってんの!?」
『ふらぐ? なんじゃそれは!?』
『……?』
俺の焦燥なんか知らない従魔の二人は、きょとんとした顔をしている。
この世界の人間、それも魔獣であるノートにフラグがどうこう言うのは可笑しいと思うがフラグはフラグだ。
『安心しな、後で必ず合流する』『何言ってんだよ、化け物なんて居る分けねえだろ』なんて言う奴が必ず死ぬように、もちろん敵の生存フラグを立てる言葉や行動も存在する。
その内の一つが、現在進行形で戦っている相手の生存を確認することだ。
「まず一つ、そいつは魔術を撃ち出す方向に筒を向けなきゃいけねえ。座標指定や魔力隠蔽が利かねえから、その辺りに敏感な奴相手には優位を取れねえ。」
そんな俺の焦燥に応えるか如き嘲笑、その声は相も変わらず壮健だった。
「次に二つ、この地下空間を崩さねえ為に中級以上の魔術を使えねえってこと。しかも出てくるのは、単純な『弾』系程度、俺なら撃ち出されたのを見てからで、いくらでも反応できる。」
砂煙の先から憎たらしい男の輪郭が、徐々に顕わになってくる。
「でも三つ目、これが一番大きい。俺が相手だって事だよ。」
手に持った鞭の先端を天井に突き刺し、ぶら下がっている状態で此方を見下ろしいるリキュール。
こっちの攻撃が当たる前に避難したって事かよ。
ていうか、あの鞭って結構ヤバい武器なのか。
リキュールだけでも厄介なのに、武器まで警戒しないといけないのかよ。
「ーーーああ、こいつか? こいつは死怪蜘蛛って魔獣の糸と牙で出来てんだよ。なんでも、何年か前の大暴走で大量に市場に流れたんだと。」
俺の視線に気付いたリキュールが、玩具を自慢するように天井を見上げながら自前の武器を解説する。
てか、死怪蜘蛛ってSランクとかその辺じゃなかったっけ?
ということは、こいつ自身の能力に加えて武器も一級品てことかよ。
ほら、よくあるじゃん、武器破壊を狙う戦いとかさ。
つまり、アレが出来ないって事だ。
まあ、鞭相手に武器破壊ってのも馬鹿な話だと思うんだけど。
一通り言い終わった後、リキュールは鞭の先端を天井から抜き出し、魔弾により半壊している地面に着地する。
未だ無傷。
その顔からは余裕が見える。
武器も一級品。
その戦い方の片鱗すらこっちは掴めていない。
それに対して、こっちの情報は殆ど筒抜け。
こうして対峙するだけで、改めて実感する。
濃厚な敗色。
ああくそ、ダメだ考えるな。
手が、足が震えてくる。
「なあ、これでもうわかっただろ?さっさと『参りました』って言やあ見逃してやるよ。あ、その魔道具は置いて行けよ?面白そうだからな、俺の玩具にしてやる。」
そんな俺の不安につけ込むように、悪魔の囁きが吹き込まれる。
だけど、それだけは出来ない。
気を引き締めるんだ。
相手に怖じ気づいていると感づかれるな。
そんな俺の顔に何かを感じたリキュールは、その口角を吊り上げ口元に手を当てる。
「くひひ、ああ、その顔だよその顔。こっちにバレねえように、必死に恐怖を押し殺してるその顔。俺はその顔をしてる奴を殺すのが大好きなんだよ。テメエ等みてえに、自分以外に心の拠り所を作っている奴は簡単に退かねえ。だから嬲り殺しに出来る。ゆっくりゆっくり、じわじわと死に近づいていく度にそいつの顔が歪んでいく、そんで最期に言ってやるんだよ『テメエの大事なモンをぐちゃぐちゃにしてやる』ってな。それを聞いた奴等は全員、俺に懇願しながら死んでいったよ。情けねえ、ガキが寝ション便垂らしたみてえな顔をしてな。俺はそれを見る度に、こう、心が洗われた気分になるんだよ。正義や高潔を掲げた奴等が情けねえ顔で死んでくんだ! これが面白くて溜まんねえぜ!!」
舞台でスポットライトを当てられているような独演。
自分の性癖を惜しみなく前面に押し出す狂者。
その顔は、愉悦と快楽により歪みきっている。
どこぞのアメコミ映画のヴィランとでも対峙しているような気分だ。
というかこいつ、もしかして。
「……もしかして、お前、俺を逃がす気なかっただろ?」
「当ったりめえだろ!!『ああ、もうダメだ』って所から生を感じた奴の背中を刺すのが、一番手っ取り早いからな!」
なんて悪趣味な野郎だ。
まさに、性癖丸出しとでも言わんばかりの顔だ。
しかしこのネットリした気配というのか、少しずつ自分に何かが纏わり付くような感覚は居心地が悪い。
「その顔、化けの皮が剥がれたって感じだな。」
「ん?ああ、これか? こう、自分の中で何かが昂ぶり出すと自然にーーーなあ、これで本当に最期だぜ?お前のことは殺すなって言われてっから此処まで我慢してきたけどよぉ、もうダメだ。我慢の限界だ。本当に逃げねえってんならぁ………」
歪に吊り上がった自分の口角を右手で捏ねくり回しながら、喘ぎがちに息が荒くなるリキュール。
正直言って気持ちが悪い、アレで見た目がチェックシャツを着たチョイデブ眼鏡だったら完全に警察案件だったろうな。
いや、この状況が既に警察案件か……
そんな陰湿な雰囲気を纏っていたリキュールの殺意が。
「真剣で殺すぜ。」
一瞬で剥き出しの悪意に変わった。
さっきまでの狂者ムーブが、まるで芸を披露する道化に見えるほどの悪意。
全身からーぶわっーと嫌な汗が出る。
手足の末端から中心に向かって鳥肌が聳え立つのを感じる。
あれだ、ジェットコースターとかの高いところから急降下するようなあれだ。
ロキも毛が逆立ち、溜まらずにノートも空中に避難する。
さっきまでのが前戯で、ここからが本番って所か。
ここからは、ただ前に進むだけ。
強い言葉で自分を奮い立たせろ。
恐怖を噛み殺し、自分を騙しきれ。
今この瞬間だけは、俺はスティアの英雄だ。
「英雄は、全ての災厄から民を守る者。」とは、ハルハット・トゥフォンの言だ。
「ごちゃごちゃうるせえよーーー」
無造作に魔弾袋の中に手を突っ込み、即座にリロードを済ませる。
「御託並べてねえで掛ってこい!!」
「はっ、良いぜぇ、そうじゃなきゃな。」
魔術銃を向け語気を強め、この八歳児ボディの限界まで声を荒げた咆吼は、俺の覚悟の結晶。
虚勢を張っているだけなのかもしれない、いや、これはただの見栄だ。
『幻影』
その言葉を皮切りに、俺の目に映る世界が揺れた。
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