第三十六話:己が内に飼う獣
お気づきの通り、書くのがめちゃくちゃ遅いです。
地下空間全体に響くような轟音と共に土煙が巻き上げられ、鉄格子がいくつか取り外された。
そして、その中から弾き飛ばされるように蹴り出されたグライム。
まるで、粗雑に扱われたぬいぐるみのような体勢で地面に伏しているグライムの身体は、もう立ち上がる力が残っていない。
グライムは唯一活動を許された首の筋肉をフル活動し、自分を蹴り出した人物がいる方向を睨み付けた。
細かい石ころを蹴り上げる些細な音が徐々に大きくなる。
土煙の向こうにいた人影が、揺らめきながらも大きくなり、次第に輪郭が正確なモノになっていった。
漆黒のヴェールの様な黒髪の奥からの覗くのは、ハイライトを失ったであろう暗い深緑の瞳。
全員を包んでいる鉛色の外套は、この部屋に配置されている松明の光が生み出した影に融け入っている。
その右手には、無機質な殺意を放つ謎の魔導具。
足下には、目をギラつかせて威嚇する猿の魔獣。
頭上には、捕食者の目を光らせる梟の魔獣。
鬼の形相でグライムを睨み付ける二匹の魔獣とは違い、その主は酷く落ち着いている。
ーーーように見える。
いや、喜怒哀楽を全て取り払った人間はこんな顔になるのだろう。
ユークリストは、すうっ、と小さく深呼吸をして口を開いた。
「お前が想像も出来ないような悪意と暴力を……その身体に刻み込んでやるよ。」
一瞬だけ目を見開き、笑ってもいないのに口角を上げたその顔は、彼の今後の人生に大きなトラウマを与えるには十分だった。
彼に明日があるのならば……
ーー
人間、自分がどんな人間なのか知るのが一番恐ろしいと思う。
例えば、恋人と別れ話をする時に『あなたのこういう所が嫌』とか『生理的に無理』なんて言われた日には、暴飲暴食泥酔コースは確定だろう。
それだけでは足りず、次に人と接する時はそのことを考えてしまい『自分らしい自分』というモノからかけ離れるようになってしまう。
そうして、いつしか人は周りが理想とする人を演じるようになる。
『自分が知らない新たな自分』を知るのではなく『自分が知りたくない自分』を知るのだから怖いに決まっているのだが。
更に例えるならば、長年掃除もせずにほったらかしにしている部屋があったとしよう。
それだけではなく、事ある毎にその部屋の中に生活で出てきたゴミを入れていたら?
いずれ片付けると思いつつ、ついでに脱いだ服や雑貨品なども収納してしまおう。
自分が入れたモノ、自分が捨てようとしたモノから目を背け、自分の身から出た錆とも呼べる何かが部屋の中を埋め尽くそうとしている。
そうして、いつしか部屋の中だけではスペースが足りなくなり、部屋から溢れ出した。
長い間目を背けてきたモノと向き合うというのは、そういう事なんだ。
自分が嘗て捨てたモノを見ることになる。
時には、懐かしさを覚えることになるだろう。
時には、煩わしさを感じることもある。
時には、見たくなかったモノを見ることもなる。
しかし一番怖いのは、自分が捨てたモノに惹きつけられた何かがゴミの中に潜んでいること。
そして、俺はいまその恐怖と戦っている。
この世界と前世の地球の違いは多々あれど、俺は時間を掛けて順応してきたと思う。
貴族社会のあれこれとか、変な言葉遣いに駆け引きのあれこれ。
戸惑いながらも、まあ八歳児にしては優秀と言えるぐらいの事はしてきたと思う。
まあその大半は、地下室に籠っていたのだけれども。
それでも、やはり違和感を感じることはある。
それが、人間の価値に関する倫理観だ。
例えば、ワグの出身であるヤヅナベロ平原にいるナベロ人や獣之族は、帝国で野蛮人として奴隷にされているのが多い。
隣のノストラダーレ聖教国では、天翼族が神の使いを偽りし背信者として虐殺された。
南にあるゴドラック帝国なんかは、他国人だと理由だけで平気で侵攻行為を繰り返すらしい。
この国だって、自分が貴族という理由だけで平民や奴隷に害を及ぼす人間が居るのだろう。
全員がその種に属しているだけという理由で、たったそれだけの理由で人権を剥奪されるのだ。
もちろん、俺がいた地球でもそんなことはあった。
いや、寧ろ地球の方が酷いかもしれない。
同じ人間なのに、肌の色や信奉する神を理由に平気で残虐な行為に及ぶのだからな。
しかし俺がいた時代、延いては日本ではそんなことはなかった。
ーーーーーいや、それも見ようとしなかっただけなのかもしれない。
俺にとって都合の良いところだけを切り抜き、そこだけを見ていたのかもしれない。
その証拠に、いま俺の目に映っているこの男の価値は、地の底よりも下にある。
正直な言い方をするのならば『今この男は、人権という概念を持ち合わせていない』と思っている。
つまり、目の前のこいつは俺のにとって人に非ず。
獣以下の畜生ってわけだ。
だからこそ、俺はいま自分が怖い。
こいつに対して、自分がどれだけ残虐になれるか分からないからだ。
つい先日、こいつの骨が砕けるのをこの手に感じながら殴るのだけでも気持ちが悪かったのに。
あれ以上の行為に、自分の精神が耐えられるのか分からない。
残虐になった結果自分を取り戻したとしても、それがいままでの俺かどうかというのも考えるところだ。
残虐な行為に及んだ後の人間が、それ以前と比べて大きく豹変するなんて話はよくあるモノだしな。
PTSDを患ったことがある俺ならよく分かるし、フラッシュ縛する可能性は十分にある。
あの時の俺の判断基準は『家族にどう見られるか』だったが、三年経った今の俺の判断基準は変わってしまっている。
具体的に言うのであれば『スティアにどう見られるか』だ。
俺は自分を律することに全神経を注ぎ、傍らで身体を丸くして蹲っているスティアを見た。
「うぅ、ユー、クリスト、様ぁ……」
メイド服の裾や袖の部部が地下室の地面で汚れ、髪はクシャクシャになって纏まっていない。
あれだけ美しかった快晴色の蒼髪も、今では曇りがかった曇天模様のようだ。
俺が来たことを理解しているようだが、こちらに目を向けずに丸まっている。
何か、大きな恐怖から自分を護るのに必死と言っているようだった。
血管がはち切れんばかりの怒りが沸き上がりながらも、俺の頭は冴えていた。
先程グライムがスティアに跨がっていた様子から、レイプをされたのかとも思ったがその様子はない。
地下牢内を見渡しても、ミアがスティアと同じように蹲っているだけで死傷者は出ていない。
だったら何が……何がスティアをこんなにしたんだ……
そんな混沌とも呼べるような状況だったが、このスティアの様子に俺は少しだけ覚えがあった。
初めてスティアとあった時のことを思い出す。
互いに人攫いの馬車に乗せられて、恐らく聖教国の方に売られようとしていた時だ。
ぶっつけ本番で新しい魔術を使い、この子を檻の中から出した。
二人で月華の下に出た時、その光に照らされた彼女の美しい快晴色の髪を今でも覚えている。
そして、それと同時に俺があの子に与えた恐怖も……
今のスティアの反応は、正しくあの時のそれと同じだった。
この場で起きた何かが、彼女のトラウマに触れたのだ。
クソッ……ちくしょう……何で俺はいつもこうなんだよ!
自分にとって大事な事を取りこぼす、大間抜け野郎だ!
この三年間ほどかけてやってきたことが全て水の泡になった。
いや、正確にはどうか分からないが『俺の持てる力の全てを使ってスティアを護る』という自分で決めたことすら、俺は護れていない。
俺が自分で作ったルールなのに、これだけは護ると決めたルールなのに。
これを護ることだけが、俺がこの世界で生きていく為の唯一の指針だったはずなのに。
自分の中を百足が這いずり回っている感覚、気持ち悪く陰鬱とした感情が自分の中に広がっていった。
ああ、ダメだ。
こんな気持ちで彼女に近づいてはいけない。
そんな思いとは裏腹に、俺の足は蹲っているスティアの方向へ向かっていた。
この状況に於いて、もはや俺の気持ちなんてどうでも良いのだ。
目の前で蹲っている少女を、俺の助けを待っていたスティアを優先することが重要なのだ。
その過程で俺は、自然と右手から左手へ魔術銃を移し、右手は『ゼッペンリッヒの外套』のフックの部分に触れていた。
地面に転がっているミアの様子も確認した。
脇腹を抑えて地面に蹲っているようだ。
着ている服が汚れている。
地面に転がっているが故の汚れではなく、全身に満遍なくといった感じの汚れになっている。
目立った外傷は見当たらず、見た感じ命に別状はないようだ。
まあ、めっちゃ痛そうなのは分かるけど。
ミアもまた、俺が絡んだ所為で被害を被った一人であることには間違いない。
出来れば今すぐ、こんな所から一緒に抜け出して公爵家が抱えている『治癒術』を使える人間に治療させるのだが……
悪いが、今は構っていられない。
『ロキ、ノート。そいつを見張ってろ……』
『ユーリ、任してくれるならばワシが……』
『ロキもじゅんびばっちばちだよー!』
当然、元々足が折られている上にここまで走ってきた鷲鼻のクソ野郎が逃げ出す可能性は低い。
何せ、俺があの野郎の足をへし折ったのだからな。
あの感覚は、魔術銃を握るこの手にまだ残っている気がする。
それでも手負いの獣のなんとやらって奴だ、警戒しない理由にはならない。
ロキもノートも、蹲っているスティアのことで何かを察したのか、俺の言葉がなければグライムを殺してしまいそうな程の顔つきになっている。
俺は、いまなお震えているスティアの元へ着き、その場に膝をついた。
震えているその手を握り、俺の額の方へ近づける。
「ユー…ひっ、ク、リスト…さまぁ……」
泣きながら嗚咽を漏らしているスティア。
言葉を途切れ途切れながらに、俺へ声をかけた。
懇願するように、安堵するようなその声は、彼女がどれほどの恐怖を抱えていたのか、雄弁に語ってくれている。
鷲鼻クソ野郎への怒りが沸き上がる一方で、自分の不甲斐なさがこの状況を招いてしまったのだと思い知らされる。
「スティア、遅くなってごめんね。」
まず率直に、その言葉が出てきた。
俺の所為でこうなったんだから、当然だ。
「えぐっ……わた…わたしぃ……こわかったですぅ……でも…ユー、クリスト様が…来るからって…ひっく……がんばりましたぁ……!!」
「うん……頑張ったね。えらい、えらいよ。」
俺の存在を確かめるように、力一杯握られたその手は、俺の手よりもまだ大きかった。
それでも、柔らかく、少しだけ汚れた細い指は、俺が想像するよりもか細かった。
額に持ってきた自分の手を地面に下ろした。
『あっ』とスティアが言葉を漏らした、まだ握っていたかったらしい。
当然、許されることなら俺だって握っていたいに決まっている。
俺は肩に掛かっていた『ゼッペンリッヒの外套』を取り外し、それをゆっくりスティアに掛けた。
「直ぐにこんな所から出よう。そしたら、あの地下室で僕が作ったラーメンを食べよう。」
スティアは『まだ行かないで欲しい』と訴える視線で俺の方を見る。
しかし、この地下牢を抜け出して地下室に行こうなんて誘いは、センスがないな。
「……だからそれまで、ここで休んでてね。」
君がまた笑えるように、君がまた前を向けるように……
俺は、それを邪魔する可能性を全て排除する。
立ち上がった俺は、粉塵残る地下牢の出口に足を掛けた。
目の前には這い蹲ったままこちらを睨み、従魔の二人を警戒しているグライムがまだ残ってた。
その目は、未だ俺への殺意が宿っていた。
何だこいつ、殺していいのか?
「はっ! ガキが、たかが鳥餓鬼一人の為だけにーーー」
「あー……お前、うるせえよ。」
「ふぎゃっ……!!」
一瞬だけ足に魔力を集中させ、地面を蹴った。
これは北武流の基本的な歩法の一つ母指球に魔力を集中させることで、己の正面八メートル内で爆発的な推進力を生み出すことが出来る。
正面突破、肉を切らせて骨を断つといった精神の北武流らしい歩法だと思う。
と言っても、現段階の俺がこれを扱ってもちょっと素速い程度だ。
だとしても、今のこいつから虚を突くのは容易かった。
アルマンズブートキャンプの賜物だな。
そしてそれを認識することが出来ずに、何か言いかけたグライムの顔面に、問答無用の右拳をアッパーの軌道で叩き込んだ。
しっかり魔力でコーティングされた拳は、グライムの顎を顔面に陥没させる勢いで打ち抜いた。
それに応じて、グライムの身体が浮いた。
自分よりも遙かに身体のサイズが違う所為か、巨大な竜の腹の下に潜り込んだ勇者の様な光景が一瞬だけ広がった。
まあつまり、この八歳児ボディからすれば、的がデカすぎるって事だ。
「ごほっ……!!」
グライムの身体が浮き上がっている一瞬。
俺はその身体の左側面に回り込み、勢いを殺すことなく右の後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
俺はそこまで近接戦闘が得意な方ではないが、これぐらいの動きはワグとの戦闘訓練で身についている。
これもしっかり限定的且つ集中的な魔力運用で、魔力消費を抑えている。
使用する一瞬にだけ魔力を巡らせることにより、魔力消費を抑えて継戦能力を高める。
これが、アルマンズブートキャンプで俺が行っていたことだ。
『単純な体力作りの他に何かやりませんか?』とアルマンに言われたことから始まった。
まだ二ヶ月ぐらいしかやっていないが、これが思いのほか出来ている……らしい。
回し蹴りをくらったグライムは、地下牢の入り口があった部屋の場所から、端の壁際まで飛ばされた。
と言っても、大した威力は無い。
八歳児ボディに魔力強化を施しても、こいつは俺より体格が三回りぐらい違うわけで、運良く浮いたのがそのまま転がって行ったって感じかな。
恐らく、この時点で俺の中にある鬱憤とか憤怒とかの感情は静まり始めたんだと思う。
一刻も早く終わらせて、スティアを此処から連れ出す。
「あぁ……ふひゃっけ……おひぇは、まじゃ……」
「だから……うるせえって。」
どうやらまだ戦意が残っていたらしい。
しつこい奴だな。
さっきの一撃で顎が砕けたのだろうと推察できる程、全く呂律が回っていない。
左手に持っていた魔術銃に右手を添え、コッキングを済ませる。
その流れのまま右手に持ち替えた魔術銃を、俺はグライムに向けた。
そしてそのまま、軽くなった引き金を引いた。
キーンッ、という涼しい音とともに放たれたのは中級の『|土弾』
攻性魔術における等級別の威力を表現するならば、初級はヘビー級チャンピオンの右ストレート、中級は砲丸投げの砲丸、上級は大砲みたいなモノだから、今のこいつからしたら致命傷相等の威力になっているはずだが……まあ。
死んだら死んだでいいか………
「ヒッ……!?」
その声を上げたグライムは、情けなくも自らの両手を顔の前に差し出して防御の構えを取った。
防御の構えというのは大袈裟で、正確にはいじめっ子から顔を守るいじめられっ子って感じだが。
言うまでも無いが、そんなモノは『土弾』の前では慰めにもならない。
メキャリ、と鈍く奇怪な音が上がった。
「!!? うぎゃぁああああ!!」
グライムは、通常では考えられない方向に、枝分かれするように拉げている自身の両指を視覚的且つ痛覚的に実感したのか、悲鳴を上げた。
「おひぇの…おひぇのひゅひあぁああ!!」
そんなグライムを見ながらも俺は、まだ自分がこんな事をしているのか信じられなかった。
地下室でヒソヒソと何かを作っているのが性分だったはずなのに、自分から進んでこんな加虐的なことをするなんて。
いや、単に自分がこんな事をする人間じゃないと認めたくないだけか。
自分でも分かってはいる。
こんな事をしても意味が無いことを。
こんなモノ、ただの八つ当たりに過ぎない。
しかし、こいつも学ばねえな。
うるせえって、さっきから言ってんのに。
「ヒャッ……ひゃめほぉお!!」
懇願するように顔を歪めて目を見開いているグライムは、目尻に薄らと涙を浮かべながら馬鹿の一つ覚えのように、同じ構えをとった。
そんなグライムに対し、俺はもう一度魔術銃を構えて引き金を引いた。
「ハイ、ストーップ。それ以上やるとそいつ死ぬぜ?」
しかしその寸手の所で、拍手をしながらやってきた男の仲裁により俺の指は止まった。
その声には聞き覚えがあった。
俺は声がした方向に首を捻り、その姿を確認した。
壁に付けられた松明の薄ら火で照らされたその顔には、涙を表現するような刺青が施されていた。
目鼻立ちの端整な顔立ちだが、お世辞にも好青年とは言えない程目つきが悪い。
ニタリとあげられた口角が、この男の人相を更に悪くしているのかもしれないが。
着ている服は、スラリとボディラインに沿ってデザインされ、袖口の部分がふっくらとしている。
ヨーロッパ風チャイナ服、みたいな感じで機動性重視みたいな服だ。
こいつには覚えがある。
先日、グライムをボコボコにしていた時に後ろで見ていた男だ。
あのガタイいいゴロツキも関わっていたのだから当然と言えば当然かもしれないが、こいつの存在は忘れていた。
しかし、最悪のタイミングで来たな。
流れからいって、こいつと戦うのは確定だ。
しかしそうなると、先日こいつから喰らいそうになった意味不明の攻撃が頭を過ぎるな。
何をしてくるか分からないから、正直言って苦手なタイプかもしれない。
RPGの初見プレイじゃ、必ずイメージしたよりも5つほどレベルを積んでボス戦に臨んでたけど、この状況じゃそうはいかないよな。
『ちょっとレベル上げしたいから、そこに立って俺が話しかけるのを待ってて』なんて言ったら直ぐに殺されそうだしな。
理解の出来ない感覚が、俺の背中を撫でた。
正確に表現するならば、怪物にザラザラした舌で舐め回された。
そんな感覚とともに、俺に近づいていた男の口角が上がった。
「ッ……!!?」
俺は咄嗟の判断で身体を捻って、その場に身を投げ出した。
もう一度と言われても再現できない程の反応だったと自分を褒めてやりたいぐらいだ。
こんな事が出来るのも、日頃のなんとやらかもしれない。
「おお、避けた避けたッ!! ガキの癖にやるじゃねえか?」
俺の焦燥と動揺なんてガン無視して、男はケラケラと笑いながら俺とグライムの間に入ってきた。
男は、情けなくも壁にもたれ掛かっているグライムを見下ろした。
グライムは助けが来たことに安堵したのか、表情をほんのりと和らげた。
その首が、掻き切られるまで。
「ッ………!?」
「ケッ、ざまあねえな。」
グライムの首から噴き出した鮮血は、自らの存在を主張するかのようにもたれ掛っていた壁をキャンパス代わりに彩った。
グライムは驚愕で目を見開き、拉げた指を備えた手で首を抑えた。
配管から水が漏れるように噴き出した血は留まることを知らず、グライムはその場に倒れ込んだ。
その顔には恨みや怨恨ではなく、驚愕や困惑が色粉と映っていた。
その目は、件の男を見上げていた。
そんな光景を見ていた俺は何が起こったのか分からずに、ニューヨークの親愛なる隣人のような構えから動けずにいた。
別に、グライムが殺されたことにショックを受けているわけじゃない。
目の前で起きた出来事に、納得のいく説明がつかなかったからだ。
何だ、こいつら……は?
「お前、こいつの仲間じゃないのか?」
俺は、当然の疑問を投げかけた。
「あ? ああ、別に。どうせ公爵家の連中にはバレたんだし、此処はもう使えねえ。だったら後は、俺達の事を告げ口されないように口封じするしかないだろ?」
さも当然というような顔で、男は答えた。
『壊れたんだから、捨てるしかないだろ?』みたいな感じだ。
俺は一瞬怒りを覚えた。
さっきまで殺す勢いで追い詰めていたのは俺なのにな、馬鹿な話だ。
「……なるほどな、だったらーーー」
俺は、自分の立ち位置を確認しながら立ち上がった。
これから何が始まるか、予想がついていたからだ。
息をする間もない、ほんの僅かな時間で覚悟を決める必要がある。
いや、覚悟なんて決めなくてもその時は来る。
男から視線を外すことは出来なかった。
努めて冷静でいるように振る舞っているが、きっと膝が震えているだろうな。
魔術銃をコッキングし、向かいの男に向けて照準を定めた。
そんな俺の不安に呼応するように、ロキとノートも近づいてきた。
何だろうな、少しだけ気が楽になった気がする。
「ーーー俺も殺すか?」
「………もちろん。」
男は愉悦に浸るような笑みを浮かべ、その手には鞭の形状をした武器らしきモノが握られていた。
「俺はリキュール・デュアル。『鎖の狩人』の幹部だ。」
ああくそっ、聞きたくない情報を。
「ユークリスト・スノウ・グリバーと愉快な仲間達だ。」
なんて冗談を言ってないとやってられないな。
そんなやり取りの内でも、俺の中には少しだけ希望があった。
時間を稼ぎさえすれば、誰かがこっちに来てくれる。
ワグかアルマンか、レヴィアンナか……
俺はそれまで、口八丁手八丁で時間を稼ぎさえすれば良い。
だからどうか、早く来てくれ。
ーー
「スティアは何処だ、クソッタレェ!!」
凡そ八歳児には似つかわしくない怒号をあげながらグライムを追撃するユークリストを見て、アルマンは驚愕していた。
アルマンの中のユークリストは、完全無欠の優等生であった。
僅か三歳にして読み書きを完璧に覚え、二回り以上も年の離れている自分と対等に会話をする。
ナベロ人等に対する種族の偏見もなく、その広い視野の見聞で新しいことを探している。
そんなユークリストの午前訓練を担当できていることは、アルマンにとって至上の喜びであると言っても過言では無い。
いずれ勇敢な英傑になるであろうユークリストの成長の一端に関われることは、彼にとって誇りであった。
また、ユークリスト自身も優秀であった。
ここ最近の出来事だが、凡そ半年前よりほぼ毎日行われているアルマンズブートキャンプは同じ年の貴族子息が耐えられるものでは無かった。
正式名称を『氷錬』と呼び、元より公爵家に生まれた己の身分に胡坐をかかない為に組まれ、代々公爵騎士の訓練メニューに組み込まれてきたのがブートキャンプであった。
貴族出身者の多くが優位性を取れる魔力の使用を一切禁止し、自身の肉体能力のみで扱きとも取れる訓練を耐え抜く事は、成人前の少年にとって鬼畜の所業というに近いだろう。
ユークリストの兄であるトーラスとバレットも、学院入学前の一年を使いみっちり鍛えられた。
まあ、その際に行われた訓練とユークリストが経験している訓練では少しばかり、強度が違うのもまた事実である。
例えば、体格差の出やすい対人訓練や実際に武器を使用した実戦訓練などは行わず、基礎体力作りに重点を置いた訓練が主だったり、時間も丸一日十分に取らず午前中だけに集中していたりなどだが。
それでも、ユークリストは齢八にして既に半年間も耐え抜いている。
まあ、本人にその自覚はないが。
ユークリストから訓練教官の打診があった時、アルマンはブートキャンプの決行を決めた。
理由は三つ。
一つ目は、ユークリストが魔力弱者であること。
本来『氷錬』は、魔力量の多さにかまけて訓練を怠る貴族子息を叩き直し、強靱な肉体と精神の基盤を作る為に組まれた訓練であり、この訓練の終着点はその出来上がった肉体と『魔力』或いは『精練気』による身体強化を掛け合わせることにより爆発的な増強を旨としている。
しかし、これに反してユークリストは魔力が通常の貴族子息よりも少なく、通常通りの肉体が出来上がったとしてもそれに掛け合わせる魔力が足りず、力負けしてしまう可能性がある。
よってアルマンは幼い時期から肉体を鍛えることによって、そのアドバンテージを限りなく無くそうと考えた。
現代医学的観点から意見を述べるなら脳筋甚だしい結論だが、愚直で実直であるアルマンにとってはこれが最上だった。
二つ目は、ユークリストが北武流に向いていないからである。
北武流の真髄は『己が身に刃が降る前に、己が刃を敵に入れる』にある。
つまり、相手が自分に対して刃を振り降ろしても、それを受ける避けるする事はしないということ。
ただ、相手の刃よりも先に自分の刃を敵の中に入れればいい。
これを実行する為、敵に対する恐怖心を無くし得物一つで戦場を切り開く。
野蛮、蛮勇、無謀、軽忽、不合理ーーーそれらを煮詰めて出来た、合理のみを喰らう剣術。
それが北武流である。
まあ、相手よりも先に切りつけることが出来れば勝てるなんて子供の夢物語のようなモノだが。
極論、これが合理なのであろう。
そして、ユークリストはこれが向いていない。
自身に降りかかってくる木剣でさえ、恐怖している。
何だったら、目を瞑って受けることもある。
アルマンは再三注意しているのだが、この悪癖は未だ治っていない。
三つ目、これが一番大きな理由だ。
ただ単純に、ユークリストの役に立ちたかった。
未来の英傑と見込んだ男の人生に、その軌跡に立ち会いたかった。
自分はもう、その傍らに立つことが出来ないから。
しかし何よりも、ユークリストは可愛かった。
三歳の時から、姉であるルルティアに手を引かれて兄であるバレットの訓練の見学に行く姿はとても可愛らしく、訓練の休憩中に三人が一つの卓を囲みお茶をしている姿は、汗臭く疲れきった騎士達の心の保養となっていた。
髪と瞳の色は違うが、その顔立ちは正しく公爵家由来の凜々しいモノで仲睦まじい兄姉達に可愛がられるユークリストは、公爵家のアイドル的存在になっていた。
そんなユークリストが今後、如何なる苦難や苦境に立たされても無傷で生還できるぐらい精強になって欲しいと思うことは、アルマン流の推し活だった。
そんなユークリストが、下町のゴロツキ宜しくの粗い言葉遣いに悪態を吐きながらグライムを追いかけていった。
確かに、数刻前に拷問紛いのことをしでかしてはいるが、それはあくまでスティアと子供達を救い出す為に行った演技だ。
実際に拷問したわけでもなく、めぼしい死傷者がいるわけではない。
だからあれは、アルマンの中ではノーカンである。
(あんな汚い言葉をお遣いになるなんて……)
生死を分ける状況に立たされながらも、アルマンは推しの熱愛報道の出たヲタクの様に衝撃を受けていた。
「誰だ……ユークリスト様にあのような言葉を教えたのは?」
その呟きを掻き消す勢いで、自身を取り囲んでいた刺客達が飛びかかってきた。
先程、アルマンが腕利き三人衆を始末した光景を見ていた者達が、確実に始末する為にもう一度多方向から攻撃を繰り出していた。
「貴様等ぁあああ!!」
(一刻も早く、ユークリスト様の元へ追いつかねば!!)
蜘蛛の子を散らすように、片手に握っていた楯を回転切りの要領で振り回した。
十分な強度と重量のある楯は、ゴウンッ、と風切り音を鳴らして刺客共を薙ぎ払った。
刺客達は、そのまま近くにある壁に打ち付けられ、その意識を喪失した。
標的に向けて飛ばされた『氷塊』はもう止まらない。
「ワグ、レヴィアンナ殿! 私は先にユークリスト様の元へ向かう!!」
自分と同様、部屋の中で刺客達と切った貼ったを繰り返しているレヴィアンナとワグがいる後方に向けて声を掛ける。
「わかった……」
「アタシ等も、直ぐに追いつくよ!」
アルマンは、その身を準じて護ると誓った小さき主の元へ駆けつける為、次なる部屋に向かう。
ーーーしかし、そこでアルマンは足を止めた。
「?……」
マタンゴの如き小さく、且つ奇怪に立っている人形が目の前で立っていたからだ。
その形状は、ユークリストの前世で言うところのノーム人形に似ていた。
絵物語に出てくる悪魔のような悪戯っ子めいた笑顔の傍ら、その肩に斧を背負っている。
通常人の形をした肉塊程度が立っているのならば足を止めることのないアルマンだが、明らかに自律した行動を取っていることが見受けられる人形は、アルマンの人生で見たことなかったからだ。
(新種の魔物? いや、魔道具か……?)
アルマンの思考は一瞬停止した。
(いや、押し通る!!)
その一瞬の躊躇いを振り払うようにアルマンは一歩踏み出した。
目の前にあるモノが何だろうと、自分のやるべき事は変わらないからだ。
実直且つ愚直に猛進する、ただそれだけを信条に握った両刃剣を力一杯振り下ろす。
その豪胆な見た目通り、ブワンッ、風切り音が鳴る。
線を引くように降ろされた大の両刃剣が、件の人形を真っ二つにするべく迫った。
その人形は肩に背負った斧を抜き、振り下ろされた両刃剣を勢いを殺すことなく受け流した。
地面にヒビが入る程の衝撃と共に人形は飛び上がり、その天井に足を着き、今度はそれを見上げていたアルマンに向かって襲いかかる。
「ッ……!? オオォオオ!!?」
アルマンは、右上段から袈裟切り状に振り下ろされた斧と自身の間に、左手に構えていた楯を割り込ませた。
鉄と鉄がぶつかる激しい衝撃音と、小さな火花が上がった。
その人形の体躯からは想像も出来ない程の衝撃が、アルマンの身体を走った。
樵の人形は、その一撃に満足したかのようにアルマンの楯を、ちょんっ、と蹴って空中を舞うとアルマンが向かおうとしている坑道入り口を背に、華麗に着地した。
「ーーー素晴らしい、豪胆剛力で勇猛果敢ですね。ま、どちらも意味は殆ど変わりませんが……」
その後ろ影から、飄々とした声が聞こえてくる。
こんな薄気味悪い場所での邂逅のはずなのに、特段聞き手を不快にさせないその声は、逆に気持ち悪さが増している気がするのは何故だろうか。
「そしてそれらは、無茶や無謀、考え無しの阿呆とも変換できる。貴方達北武流剣士にとっては、それが誇りかもしれませんが……物事には必ず、善い意味と悪い意味が内包しています。」
樵の人形の後ろに色濃くなった影が二つ現れる。
一人は全身をローブで包んだ、現在此方に向けて声を発している男。
その肩には、何時かの時代のセックスシンボルの様に白いドレスに金髪を流している娼婦の人形が乗っている。
そしてその後ろからは、これまた全身を包むようなファーコートを羽織っていいる巨漢の女。
その後ろには、赤黒い二対一体の輝きが二つ程。
「この状況、悪く言うなら袋の鼠ーーー」
その全容が明らかになるのが近づくと、アルマンの中に悪い予感が走った。
目の前に現れた人物の情報が、此処に来る前の打ち合わせでユークリストから語られた情報にピッタリだったからだ。
『鎖の狩人』幹部、ナーベリック。
そんな人間がここに居るということは、ユークリストはどうなったのか。
ただアルマンはそのことだけを考えた。
言いようのない不安と恐怖が、アルマンの中に広がった。
自身の身に起こることなら対処も出来るし、恐怖もしないアルマンだが。
この場に於いては、護るべき対象は自分ではなく幼い少年なのだ。
「ーーー善い意味は、貴方なら何と言いますか?」
「ーーー死ね。」
その不安を何よりも速く薙ぎ払うのは、幼き主に置いて行かれた騎士。
もとい、ワグ・ソトゥンである。
一瞬の間に後方から此方まで駆け寄り飛び出したワグは、ミスリルの脚甲を付けた健脚の蹴撃を、サッカーのボレーシュートのような姿勢で繰り出した。
激しい風切り音と共に迫る蹴撃を、ナーベリックはほんの少し身を反ることで然もありなんと避けた。
しかし、ワグの追撃は止まらない。
右足の蹴撃は空振ったが、それでも姿勢は崩しておらず、次は空いている左足で蹴撃を繰り出した。
ナーベリックは、それすら苦も無く避けた。
「チッ……!」
舌打ちしながら着地をし、ワグは二・三歩後方に下がった。
そのやり取りを目の当たりにしていたアルマンは、後方がどうなったのか確認した。
それまでワグが担当していた場所を……
後方に控えていた刺客達は、綺麗さっぱり掃除されていた。
自分が薙ぎ倒した連中の倍の数が、地面に転がり壁に打ち付けられていた。
そんな野蛮な光景の上に立つのは、これまた美しい姫君とも呼べる美貌を兼ね備えたレヴィアンナ。
いや、血が垂れているガントレットを見る限り、それはないだろう。
「こっちはもう終わったよ。」
一狩り終えた獣のような眼差しで、レヴィアンナはそう告げた。
「まったく、いきなり蹴り掛かるなんて。なんて野蛮な猟犬なのかしら。それも泥被りのナベロ人。はあ、飼い主の程度が知れるわね。」
右手で自分に降りかかった粉塵を払いながら、左手で持ったハンカチでそれを吸い込まないように口に当てているのは『鎖の狩人』もう一人の幹部であるマダム・ローズ。
薄暗い地下空間の中でも、その純白のファーコートは輝いている。
『泥被り』というのは、ナベロ人の肌を揶揄した、一種の蔑称である。
「何だと、貴様……」
「あら、何か気に障りまして? 身の程知らずの野良犬風情が……ああ、貴方方の主人はもう……」
「ッ……ユークリスト様に何をしたぁ!!」
マダム・ローズの発現からユークリストを侮辱されたと思ったワグは、その鋭い眼光をマダムに向けた。
マダムはそれに含みのある言を返し、これにアルマンが反応し詰め寄ろうとした。
距離が縮まる両者の間を割るよう入れられた手に、注目が集まる。
ナーベリックの手だった。
「まあまあ、彼の事ならば無体なことはしていないので安心して下さい。確かに、我々の同僚が行っているので生存の保証は出来ませんが……大丈夫でしょう。」
「そんなら話は早いねーーー」
話しに参加してきたのはレヴィアンナ。
「押して通る。それだけだよ。」
その言葉を皮切りに、レヴィアンナの存在感がドッと強まった。
それは、一番近い距離にいたアルマンが感じていただろう。
大陸剣議席の議員、その根源たる所以の強さを肌で感じている。
「ええ、それは重々承知していますよ。しかし、我々にも事情がありましてーーー」
その重圧にも意に返さないと言わんばかりに、飄々とした態度を崩さないナーベリック。
まるで自宅に招き入れた客に『どうぞ、そこに座って』と言っているのかと疑う程だ。
「ーーーなので、細やかな抵抗をさせて頂きます。」
「「「ッ………!!?」」」
子供に絵物語を語るような優しい口調から、死神の如き存在感が放たれた。
先程レヴィアンナが放ったモノと同等、もしくはそれ以上の重圧に三人は臨戦態勢を取る。
元より臨戦態勢は取っていたが、更に、といった感じだ。
「そうかいっ、だったら話は早いね! アンタはアタシとーーー」
「ーーー待て!」
相手側からの思ってもいない提案。
レヴィアンナは事前に打ち合わせしていた通りにナーベリックに照準を定めた。
しかし、それに待ったを掛けたのがワグだった。
「こいつは、俺が相手をする……」
先程浴びた重圧に冷や汗をかきながらも、その身に宿った闘志はまだ消えていない。
『手を出したら、お前のことを呪い殺してやる』とでも言わんばかりの眼光で、ワグはレヴィアンナを睨み付けた。
そう、ワグはこの時を待っていたのだ。
三年前、たった一度しか相対していないが自分がユークリストに仕えることになった些細なきっかけである、この男。
三年間、鍛錬を繰り返していたユークリストの影に見え隠れしていた男。
『この男を排除することは、ユークリストの生活に平穏をもたらすことである』と、ワグは密かに思っていた。
そして、その役目は自分であると。
レヴィアンナは、困惑していた。
自分が呼ばれたそもそもの理由が、ナーベリックと相対し降す為だ。
その為の、本来の得物である弓を使えないまでも十分な準備をしてきた。
レヴィアンナの弓は、繊細と言うよりも豪胆という言葉が似合う。
しかし、どのような仕組みになっているのか分からない地下空間でそれを使うのはリスクが大きかった為、今回は近接用のガントレットを着用している。
それでも、目の前に表れた得体の知れない男に劣るとは思わないし、負けるとも思っていない。
ここで一番正しい判断は『馬鹿なことを言うな』と一蹴し、自分がナーベリックの相手をして二人に女を任せる事だ。
「なっ……ワグ、何を馬鹿なことを言っているのだ!?」
アルマンは、当然と言わんばかりにこれを選択。
ユークリスト保護者モードに入っているアルマンにとって、この場の勝利よりもユークリストの安全が優先される。
「分かっている……だが、こいつだけは譲れない……」
その顔は、駄々を捏ねている子供のそれではなく、決意を固めている戦士の顔だ。
足止めをしている二人を直ぐに抜き、奥で戦っているであろうユークリストの元へ駆けつける、それが一番なのだ。
ユークリストの安全を確保することこそが、三人の中の共通理解なのだから。
しかし、レヴィアンナもまた、嘗て戦士の世界に生きていた者の一人だ。
その顔に泥を塗る行為は、彼の尊厳だけではなく存在すらも侮辱する行為であると知っている。
理性よりも先に、その本能が選ぶべき答えを提示している。
「わかった……死ぬんじゃないよ。」
「なっ……!?」
「ああ、分かっている。」
ワグとレヴィアンナの間で何かが交わされた。
もちろん、アルマンは納得いかない様子である。
不意に、ワグとアルマンの視線が合った。
アルマンは、ワグを何処か責めるように睨み付ける。
アルマンとて、騎士としての矜持は弁えている。
しかし、今はそれよりも大切な存在が自分達を待っているというのに。
それを何故、専属騎士であるワグが分かっていないのか。
ワグは、その顔からアルマンの感情を読み取った。
ーーーそして、一瞬だけ笑った。
冷や汗と、興奮と、喜びの入り交じった笑みを見たアルマンは、その溜飲を静かに呑んだ。
少なくとも今は、そのことについて議論するべき時では無いと。
「くふふ………それでは、場所を変えましょうか……やり過ぎてしまいますと、ここが崩壊してしまいますから…」
「………」
その言葉と共に、ナーベリックとワグは暗闇の中に姿を消していった。
部屋には、マダム・ローズとアルマン、そしてレヴィアンナが残った。
「ああ、よかった、あの泥被りを相手にしなくて……私、この世の中で醜い者が何よりも嫌いなんですのよ。神より授かりしこの純白の輝きからは、格段に劣る劣等種と同じ空間を共有する想像しただけで、吐き気を催してしまいますわ。」
羽織っているファーコートを撫でながら持論を展開するマダム。
清々しい程の人種差別に、不快な色を見せるレヴィアンナとアルマン。
「あんた、この状況分かってんのかい?」
「そうだ……貴様を切り伏せる!!」
当然、二人は臨戦態勢を取った。
二人で目の前の人物を倒せば、いち早くユークリストの元へ辿り着けるからだ。
「はあ……ミスターナーベがいなくなって数的有利を取れると考えているようなら、その考えは今すぐ墓の中に仕舞った方が身の為ですわ。」
「ほお……誰の墓だ?」
「無論、あなた方の墓ですわーーーーー」
互いに牽制し合うように、出囃子程度の舌戦のようなモノが交わされた。
「私『鎖の狩人』幹部が一人、マダム・ローズと申しますわ。」
そう告げたマダムの後ろで輝いていた赤黒い光が、徐々に輪郭を帯びてきた。
レーメンの街、その丘の中で行われる三組の戦いが幕を開ける。
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