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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
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第三十五話:駆ける腹の中 其之二

先程謝ったのも何ですが、ご飯のお供を探しています。



 レーメンの街中央に盛り上がる丘の中、その中に蟻の巣を象ったように出来た地下空間。

 その入り口はレーメン中に点在するフェゼイル商会に繋がり、その存在は代官であるエレイネすら把握していない。


 北部の地に生息するゴロツキ達のオアシス。

 そんな場所にーーーーー

 

「おおぉおおおおお!!」 


 それは、突然に来た。


「な!? 何なんだよぉお!?」 


 酒瓶転がる卓上にて札遊びに興じていたボンクラ。

 もとい、グライムは驚愕していた。

 

 この場所を知る人間は、自分とこの場にいる反社会的生物達。

 そして、自らの実家である『フェゼイル商会』がスポンサーというか傀儡として利用されている『鎖の狩人』の幹部程度だと思っていたからだ。


 普段この場所は、『フェゼイル商会』の裏客相手に使われている。

 近隣にある領都カトバルスに何かしらの用があった北部貴族や、裏社会に対してそれなりの権力を持ち合わせているの人間がこの場所を使って賭け事や売春などをしている。

 表だって人様の耳に入れることが出来ないことをやる為の場所。

 そう言ってしまえば、誰もが容易に想像できてしまう場所だ。

 

 しかし、そんな場所であるが故にセキュリティー部分での憂いはなかったーーーはずだった。

 これまで築き上げた、この空間に対するほんの少しの信頼が既に瓦解している。

 目の前に立っている金だけで繋がった友人を薙ぎ倒していく大柄な男によって。 


「貴様等ぁ! この場から生きて出られると思うなぁああ!!」


 片方の手で大楯を身体の前に構え、友人達が浴びせた斬撃を悉く跳ね返しながら、もう片方の手に握られている両刃剣で切った貼ったを繰り返す大柄なスキンヘッドの男。

 その大楯にはーーー楯としてはあまりにも攻撃的な牙を表すレリーフが彫り込まれている。

 その牙が部屋の中央に進む度、血で赤く染まっていく。

 その牙が部屋の中央に進む度、己の死期が近づいていく。 

  

「クッ、お前等!!」   

「しゃらぁあっ!!」

「くたばれ、デカブツ!!」


 そう言って飛び出していったのが、グライムと共に札遊びに興じていたゴロツキ三人衆だ。

 

 彼等もまた、それなりに帝国北部の裏社会で腕を鳴らしてきた者達だ。

 まあ当然、『『鎖の狩人』を除けば』と但し書きがつくのだが。

 それでも、己の身一つで自分の存在証明をしてきた者達だ。

 その過程で、無辜な良民の血が流れていたとしても。


 リーダー格らしき、額に傷を負った三十代後半程の男の掛け声により飛び出した三人は、蛇行線を描きながらアルマンの方向へ向かっていった。

 一人はアルマンの視界に入るように、二刀一対の曲刀を振りかぶりハッキリと。

 もう一人は一人目の身体に隠れ、その奥から刃を突き立てた。

 そして三人目は、アルマンの構えた大楯で出来た死角から短刀を光らせ。

 大きな指示もなく、それぞれが自分の役割を把握していると感じられる連携は、三人がどれだけ濃密な時間を過ごしていたのか表している。

   

 ーーーしかしそれも、逆袈裟に薙ぎられた大柄の両刃剣によって塵と化した。


「がぁあああ!!」  


 始めに正面から飛びかかってきた男を、その両手に握られた曲刀ごと切りつけ。

 その剣圧のまま影に隠れていた男に、最初の男を叩きつけた。

 三人目の男は大楯に隠れ、上手くかつスムーズにアルマンの腋腹に潜り込んだ。

 その手が握る短刀は、関節部分を動かす為に無防備になって露出している肘や腋に向かう。


 ここで、アルマンが通常の剣士であるならば防御の姿勢を取るなり避けるなりしていただろう。

 

 しかし、彼は北武流を豪級まで修めている北豪である。

 避ける受けるは元より、無粋とされている。


 (もらった!!)


 当然、男はそう考えた。

 これは、自分達三人の刺客としての定石。

 言わば、ハメ技のような剣技だった。 

 その際のルールは二つだけ。

 自分の決められた攻撃パターンを遵守すること。

 そして、自分を除いた他の二人に何があっても攻撃を完遂すること。

 

 他の二人がどうなったのか、もちろん気になる。

 三人はただ裏社会を生き抜いただけではなく、時には寝食も共にしてきた仲だ。

 だからこそ、この剣を止めてはいけない。

 その短刀は鋭く、張られた糸のように一直線に針の穴を通すように関節部分を正確に捕らえた。

 些細なだが、魔力で確実に底上げされた身体能力が、常人のそれとは一線を画す速度を生み出した。


 ぐわんっ、と、男の視界がブレた。

 それと同時に、自分を支えていた何かがなくなるような感覚も。

 

 アルマンは当然、大楯の死角から自分に向かってくる殺意にも気づいていた。

 しかし、アルマンは重装備で全身を固めているため、器用に避けることなど出来ない。

 しかし避けなければ、何かしらの支障をきたすのは間違いない。

 そうなれば、自分が先陣を切って飛び出した意味が無くなる。

 いや、寧ろ足手纏いになってしまうのではないか。


 (そんなこと、あってはならん!!)


 逆袈裟の勢いで薙ぎられた大柄な両刃剣。

 アルマンはその勢いを殺すことなく、いや寧ろその勢いを更に、苛烈さを増して加速させた。

 その勢いを殺すことなく身体を一回転させ、逆袈裟で上がった両刃剣が、今度は袈裟切りの要領で死角にいた男に振り下ろされた。

 男の右肩から入った大柄の両刃剣は、そのままバターでも切るかのように男の身体の中に滑り込み、そのまま鮮血の糸を引いて空に脱した。


 どさっ、とアルマンの足下で音が鳴る。


「あっ、ああ……」


 卓上で拳をわなわなと震わせながら、グライムは開いた口を塞ぐことが出来なかった。

 ゴロツキ共三人衆がやられたことが原因ではない。

 確かに、彼等は『そこそこ刺客』として『鎖の狩人』から紹介を受けていたから、それがいとも容易く散らされるとは思ってもいなかった。 

 しかし、それよりも注目すべきは自身に迫ろうとしている大男。

 身体を一回転させて刺客を薙ぎ倒し、その勢いに吊られ身体が開いている。

 

 その一瞬、鎧の胸部に描かれている紋章が見えた。

  

 公爵家の象徴である銀雹狼と、その剣。


 オルトウェラ帝国の軍事を司るグリバー公爵家。

 その中では人種・性別・年齢を問わず、あらゆる者達がその腕を競い合っている。

 しかしその身は、その心は、その剣は、一つの目的の為に鍛えられている。


『その身は悪しき横暴から無辜の良民を守る為、その心は悪しき誘惑から己を律する為、その剣は悪しき外敵から自らの帝を守る為。』


 軍務卿でありグリバー家当主であるカイサル・スノウ・グリバー直々に選ばれた、群を抜いて優秀とされている10人の騎士。


ー銀雹公爵筆頭騎士ー


 その存在は、オルトウェラ帝国の武の象徴であるグリバー家の武の象徴として、戦場に於いて多大な影響力を持っている。

 各人それぞれ、最低でも帝国式剣術を修め四神流の腕前は豪級以上。 

 彼等もしくは彼女等は、第一席であるハルジオンを先頭に公爵家が抱えている各戦線の師団に配備されていたり、ルルティアの専属騎士であるグロリアのように本家所属の人間の護衛に付いている。

 その序席は単純な武力から始まり、公爵家への貢献や冒険者や傭兵としての実績なども考慮されている。 

 アルマンは北武流の豪級であることと、教官として数々の騎士見習いの指導にあたった事、領都カトバルスの治安維持に尽力した功績を評価され、現在の地位に就いた。


 銀雹公爵筆頭騎士第九席『氷塊(ひょうかい)』アルマン・コールドウェル。


 その牙はこの場に於いて、小さき主の為に振るわれる。


「ユークリスト様! しっかりと付いてきていますかぁあ!」

「大丈夫っ、でも! 出来れば出血は少なめが良いねっ!!」

「はっ!!」


 グライムがいくらろくでなしと言えども、公爵家筆頭騎士の名を知らない程世間知らずではない。

 この場に、その身分の人間が来る理由はまさしく『バレた』を示す。

 驚愕し唖然としているグライムだが、その理由はアルマンではない。

 その奥に見た人物の所為だ。


 グライムが迫り来るアルマンの奥に見たのは、自分よりも遙かに小さい、簡単に吹き飛んでしまいそうな程に脆そうな子供の影。

 短いマッシュに切り揃えた黒髪のヴェールの奥に、翡翠色の光を放つ瞳。

 目鼻立ちがハッキリとした、凜々しいというよりは可憐という言葉が似合う幼子。

 首から下を鉛色のローブで包み、その間から出ている手には何やら不可思議な形状をした何かが握られていた。

 そして、その傍らには梟の魔獣と猿の魔獣が一匹ずつ。

 

 グライムは、直感でその幼子の身元を理解した。

 公爵家筆頭騎士であるこの男が背負ってまで警護をしている程の人物。

 この北部の地に於いて、黒髪碧眼の特徴が一致する貴族はたった一人だけ。

 先日、父であるマルチェンが有頂天になりながらほくそ笑んでいた要因である人物。

   

 (こいつが、このガキが……!) 


 ユークリスト・スノウ・グリバー、その人であると。

 

 その後ろからは、このレーメンの地で冒険者組合の支部長をしているレヴィアンナや、ユークリストの専属騎士であるワグが『鎖の狩人』が集めた刺客相手に打った貼ったを繰り返しているが、そんなこと視界に入るわけがない。


 一瞬、アルマンの傍らにいるユークリストと目が合った。

 その目は、自身の数倍はある護衛に守られながら社会見学に来た子供のそれではない。

 初他面のはずなのに何故そこまで険しい顔をするのか、と平時なら疑問に思ってしまう程の形相でグライムを睨み付けるユークリスト。


「スティアは何処だぁあ、クソッタレェ!!?」

「ヒイィッ!!」


 凡そ八歳児には、というか上級貴族子息には似つかわしくはない激しい怒号は、彼の中にあるほんの僅かな反骨精神の火種を完全に消しきった。


 その証拠に、グライムは逃げ出すことしか出来なかった。 


「きゃぁあっ!!」 

「ちょっとっ!」

「邪魔だ、退きやがれっ!!」

 

 傍らにいた娼婦を押しのけ、壁に立て掛けてあった松葉杖を腋に差し込み、後方に準備していた退路に逃げ込んだ。

 自分達が寛いでいた場所よりも後方に広げられた、攫ってきた子供達を監禁する為の檻が備え付けられた空間。

 そこまで行けば『鎖の狩人』の幹部である一人に、現状を知らせることが出来るかもしれない。

 いや、何よりも自分がスポンサーをしている連中の力を持って、目の前の輩を排除できるかもしれない。


 その一縷の希望を胸に、藁にも縋るように走り出した。


 つい先日、仮面を付けた鍛冶族擬きに折られた足から響く鈍痛が全身へ広がるのを感じるが、それも徐々に軽くなっていく。

 グライムも、ゴロツキとはいえ既に成人した大人であり、中小規模の商会の跡取りとしての教育を受けてきた人間だ。

 アドレナリンのなんたるかは知らなくても、魔力運用による身体能力の底上げは知っていた。

 生まれて初めて『全力を出す』作業をしているグライムの足は、一歩また一歩と目的の場所に向けて運ばれていく。


「待ちやがれ糞野郎ぉおお!!」


 後ろから八歳児による恫喝が聞こえてくるが、そんなことはお構いなしに進んでいった。

 彼の身体は、既に止まることを許されない暴走列車のような物になったのだ。

 一瞬でも気を抜けば、痛みがぶり返して身体が止まってしまうだろう。

 理性ではなく本能でそれを感じ取っていたグライムは、一心不乱に歩を進めている。

 しかし、それに耐えられるのはあくまで彼の身体だけだった。


「がはっ!!」


 簡易的に用意された松葉杖は、魔力で身体能力を底上げされたグライムの鍛冶場の馬鹿力に耐えられずに悲鳴を上げた。

 バキッ、と音を立てて折れた松葉杖に全体重を掛けていたグライムは、その体勢を大きく崩し転倒することになる。


「ぐぁッ、クッそぉお!!」

 

 それでも、グライムはあがき続けることを選んだ。

 恐怖から、逃げ続けることを選んだ。


「まだだ、まだぁああ!!」


 腿を拳で殴りつけ、己の身体に命令を叩き込む。

 

 立ち上がったグライムは、微かに自分の体重を支えられるだけの長さを保った杖をつき、蹌踉めきながら壁に手をつきながら走り出した。

 自分がどれだけ走ったかは、亀裂の入った足の骨が教えてくれるようなモノである。


 グライムは、普段この場所を気に入った娼婦の連れ込み場にしていた。 

 父であるマルチェンからは何度も口酸っぱく言われていたが、当の本人には取り付く島もない。 

 そんな彼だが、先日婚約者を迎えることになった。

 自身の実家の威光と財布の中をふんだんに使って手に入れた婚約者を。

 

 自分が望む物は全て手に入れてきたつもりだ。 

 金も、物も、女も、名声も、自由も、何もかも。

 時には『鎖の狩人』を使って、持ってる奴から奪い取ってきた。

 それが普通だった、それがグライムの当たり前だった。

 邪魔な奴は排除し、自分を褒め称える奴だけを周りに置いてきた。

 

 しかし、今はどうだろうか。

 自身の存在を脅かされているというのに、あまりにも空虚であり虚しすぎる。

 自身を守ろうとする物は一人としていない。

 寧ろ、会ったこともない子供にすら命を狙われる始末だ。


 何故だ、どうしてこうなった?

 一体誰の所為でこうなったんだ。

 俺が今まで築いてきた物を、誰かが破壊したんだ。


 そう考えた時、グライムの中である答えが浮かんだ。

 その男は急に現れ、自分の婚約者に声を掛けていたのが気にくわなかった。

 その日は、狩りの調子があまり良くなかった。

 八つ当たりのつもりで突っかかった男に恥をかかされた。

 気づけば、あの瞬間からこの男の平穏は崩れていったのだ。 


(全部、全部あの野郎の所為だ!!)


 その数日後、男が便宜を図って魔術の習熟を助けた平民の子供がいると情報が入り、意趣返しのつもりで子供達に絡んだが子供から魔術を放たれるわ、その仲裁で入ったあの男に滅多打ちにされるわ。

 そして、その恨みを晴らすべく件の子供を攫うように指示を出し、その子供を餌に男へ復讐を果たそうとした。 

 それが蓋を開けてみれば、公爵筆頭騎士がその家の子息を引き連れて大立ち回りを繰り広げる事態になった。


 グライムはこの事態を飲み込めずにいた。

 何故こうなったのか………?

 よりによって筆頭公爵家(ペンタゴン)まで首を突っ込んでくる事態になった。 

 

 終わりを悟ったグライムは、行き詰まりである彼の心中とは真逆、開けた空間に出ることが出来た。

 彼が目定めていた定めていた部屋についたのだ。


「クソッ、何でここがバレたんだよ!?」


 情けない装いで悪態をつくグライム。


「公爵家の連中にもバレねえって言ってたじゃねえかよ……!?」


 この事業を始める際に『鎖の狩人』から採算聞いていたことだ。 

 公爵家の領都カトバルスの目と鼻の位置にあるレーメンの街、その場所で裏事業を展開することがどれだけリスクがあることなのか。

 そんなの、識字教育が行き届いていない子供でも理解できるというものだ。

 腹すかしのドラゴンの目の前で、バーベキューに洒落込むのと同じ行為なのだから。


「ああ、ああ、こうなりゃ全部終わりだ……」


 自身がこれまで築いた全てが、音を立てて崩れ去る予感が、彼の精神を削ることとなる。 


「……いや、終わらねえ、俺はこんなとこじゃ終わらねえ……もっと、もっと何か、すげえ事をやるんだよ……」


 自分に何かを言い聞かせるように、頭を抱え憔悴しながらも何とか自己を保っているグライム。

 その雰囲気は、薬物を断たれた中毒患者の様で危険を孕んでいる。

 彼は血走った瞳孔を這いずり回し、自身が助かる為の何かを探した。

  

 しかし無機質な地下空間は、その答えを返してはくれなかった。

 

 そんな中、その奥にある地下牢の中に居た存在と目が合った。

 

 快晴を切り取った、蒼色髪の少女に。

 

 それを見つけた瞬間、グライムの顔は恍惚としたものに変わった。

 彼の中の目的が『この場から助かること』から、『自分を追っている者達に最大限の打撃を与える』に変わったからだ。

 

 その少女のことは知っていた。

 名前は知らずとも、その特徴的な髪色は彼女の身元を語るには十分だったからだ。

『公爵家の五男が天翼族(アティカルス)の少女と、ナベロ人をを従者にした。』

 これは北部近隣の知識人にとっては、かなり有名な話だからだ。

 

「このっ、スティア下がってて!!」 


 立ち上がったのは『鎖の狩人』に誘拐するようにを指示した少女ミア。

 しかし、優先事項の変わったグライムにとって今そんなことはどうでも良かった。

 

「ぐっ……あぁああ!!」

「ッ……ミアちゃん!?」 


 自ら手を下して排除するまでもなく、ミアは地面に転がり込みスティアもそれに駆け寄った。


「おーじゃまーしまーす……」


 追い詰められた精神状態で、鉄格子を無理矢理広げようとするグライム。 

 その目的は、欲望は、眼前の少女に向けられる。


「あのガキが来やがったからこんな事になったんだ!! だから、てめえを犯してあいつへの見せしめにしてやんだよぉ!?」


 そうだ、全てあの公爵家の五男の所為だ。

 

「あ……あ……」


 パニックを起こしかけているスティアの口から発せられるのは、力の無い言葉のみ。


「その後はガキ全員の首を撥ねて、あのガキの前に並べてやる!!」


 持っている杖を鉄格子に叩きつけて破壊を試み、奇声を上げながら発狂するグライム。


「犯す! 犯す、犯ぅうう!!」


 これから自分がやろうとしていることが現実になり始めている事を実感するように、グライムの顔は恍惚としたモノに歪み、その奇声は高鳴っている。


「やめろぉ……やめろぉおお!!」

 

 言葉のみの制止を振り切り、気味の悪い笑みを浮かべたグライムが地下牢内に一歩足を踏み入れた。


「いや、いや……」 


 地面にへたり込みながら逃げようとするスティアを見降ろし、グライムは勝ちを確信したような笑みを浮かべる。


「さぁ、こっちへ来いよ。俺が可愛がってやる……!」


 ズボンの股関節の部分に手を当ててベルトを弄っているグライムは、一歩また一歩とスティアの方へ近づいていく。


「いやぁ、助けて!! ユークリスト様ぁああ…!!」


 力の限り叫んだスティアの様子はグライムの加虐心を擽ったようで、更に口角を上げた。

 何故なら、目の前の少女が助けを求めている人物こそが、まさにグライムが打撃を与えようとしている人物なのだから。

 自分がこうして土に塗れながら命の危機から脱する為、足から響く鈍痛を全身で感じながら屈辱的な思いをしたのは、何を隠そうそのユークリスト・スノウ・グリバーが手勢の狼を焚き付けて大立ち回りを繰り広げたからだ。 

 

 本来ならトーリックに向けて燃やされていた復讐の炎。

 それはミアに、或いは助けに来たトーリック自身にぶつけられていた鬱憤。

 

 その全てが、相手は違えどぶつけることが出来るのだ。

 しかも、相手はこの北部の地を統べる公爵家の五男。

 その愉悦と、その過程で生まれる快楽は計り知れないモノになるだろう。


 恐怖で染め上がったスティアの顔が、更にグライムの嗜虐心を煽った。

 これからどんなことをしてやろうか、そんな妄想夢想が始まろうとしていた時。



「てめぇ、俺のスティアに何してんだよ……?」 


 

 その声は先程耳を劈いていた恫喝とはほど遠かった。

 どす黒く、野蛮で気持ちの悪い何かを吐瀉物で煮込んだ果てに出来た気味の悪いモノ。



 程なくして、グライムの身体が吹きとんだ。



お読みいただきありがとうございました。

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