第三十二話:失態に払う代償
漫画、アニメ、海外ドラマ・洋画鑑賞、読書。
こんなインドア趣味を抱えている人間が、初めて触れるアウトドア趣味はあるのでしょうか?
少しだけ、活動的になりたい今日この頃の私です。
暗雲立ち籠める俺の心中を無視し、レーメンの街は朝を迎えた。
昨夜の出来事を説明しよう。
昨日、俺達がいつも通りレーメンの街の巡回に出かけていた時だ。
これまで鳴りを潜めていた人攫い連中が突然動きを見せた。
それも、害虫駆除業者から逃げ惑うゴキブリのように大量発生した。
しかし、俺は陽動であり本当の狙いはスティアだった。
連中は、巡回と慢心から警備が薄くなった領主館を狙った。
最初は闇に紛れて領主館に潜入したが、気づいた兵士の一人を闇討ちした際に近くのランプが倒れて、その火が屋敷中に燃え移ったらしい。
そして、その騒動の間に部屋にいたスティアが攫われた。
もちろん一緒に居たロキが戦ったが、それも直ぐに倒されてしまった。
身体の節々に切り傷をつくって、治療を受けている。
魔獣相手に人間の治療が通じるかは分からないが、それでもやれることはやっておきたい。
ロキはがんばってくれたらしい、中央区周辺で巡回していた騎士達が到着する時間を稼いでくれた。
あの時間が無ければ、それよりも早くスティアが攫われて俺があいつの姿を確認することは出来なかった。
しかし、確認できただけでこっちは一歩も現状から出られてはいない。
三日間警戒網を敷いて巡回して、スティアが攫われた後もレーメン中を駆けずり回った。
だから、何かしたつもりにはなっている。
しかし、現状結果は何も無い。
結果が出ていないなら、何もしていないのと同じだ。
現在俺達は冒険者組合の一室を借りて、そこであれこれと捜索を進めている。
領主館に置いてきた物は、その殆どが燃えてしまったからな。
領主館の管理と、街中で起きたあれこれは全てエレイネが受け持ってくれて俺達はこうして捜査を続けていられる。
「ッ……!! スティアはまだこの街の何処かに居るんだよ! まだ見つからないのか!?」
「………申し訳御座いません…」
「ぐっ……ああ、もう、くそっ!!」
あれから、騎士団勢揃いでレーメン中を駆けずり回った。
でも、どれだけ探してもその影を踏むことすら出来なかった。
何でだよ、絶対何処かに居るはずなんだよ。
さっきまでその姿を見てただろ。
あいつらが、スティアを攫っていくその姿が。
「……ユークリスト、少し冷静になれ……」
「!! スティアが誘拐されたんだぞ!! なのにお前は何でそんなに冷静でいられるんだ!?」
そんな俺の焦燥は見透かされ、ワグに咎められた。
こんな時、常に冷静な奴が近くに居るっていうのは、良いのか悪いのか。
普段の俺なら冷静な方に回るという自負があるが、なんせ攫われたのがスティアだ。
怒りのマグマを周りに飛び散らせることは出来るが、冷静で居る事なんて無理な話だ。
俺は溜まらず、そんなワグを責めてしまった。
「………俺だって、冷静じゃない…しかし、お前が指揮を執らずして誰がこの場を纏めるんだ!?」
「ッ………!!……わかったよ。アルマン、悪かったね。」
身体の前で組まれたワグの腕には、かなり力が入っている。
首筋には僅かに血管が浮かび上がって、俺とは違うジャンルの怒りを抱えているのだと直ぐに分かった。
そんなワグを見たからか、俺は少し冷静になった。
いや、頭を冷やしたって言い方の方が的確かな。
「いえ、我々の至らなさが招いたことですので……この首、如何様にも……」
見てわかる通り、俺は今の今までこの胸の内に溜まった焦燥を怒りに変えて外に出していた。
最初は俺だって、努めて冷静だったと思う。
それでも時間が進む度に、その行動が実らない度に焦りが積もって。
今スティアがどうなっているのか想像する度に、怒りが積もってしまった。
その様子は完全に駄々を捏ねる子供の様であり、その捌け口となったのが目の前に居るアルマンとワグだった。
二人は今の今までレーメン中を駆けずり回って、帰ってきたらきたらで俺の相手をしていた。
ホント、最低なことをしたと思う。
これに関しては言い訳のしようがない、どれだけ謝っても足りない。
二人とも、根気強く付き合ってくれていたと思う。
俺だって正直自分がこうなってしまうなんて、思いもしなかった。
もうちょっと上手くやれると思ってたんだ。
人攫いの連中相手にも、スティアが誘拐された時も。
自分なら、上手くやれると思ってたんだ。
なのに、なのに、何でだよ。
ここ最近、俺の周りには上手く行かない出来事が散乱しすぎている。
それもあって、苛立ちをぶつけてしまったのかもしれない。
普段の俺ならどれから片付けるか迷うが、今は片付けるべき問題がハッキリしている。
それはもちろん、スティアを助けることだ。
「いや、そんなことはしないよ。アルマンにはこれから活躍して貰うから、その時までその身体には首をくっつけといて……」
「ははっ……!!」
『あるじー……』
そんな俺の怒りを共有していた者が二人。
今俺が履いているズボンの裾をギュッと握って離そうとしないロキが、既に泣き出している声で俺の方へ来た。
その身体の節々には包帯が巻かれている。
『ごめんねぇ、ロキが、ロキがすちあをまもれなかったからぁ……ロキのてはでんじゃらすなのに…すちあをまもれなかったぁ……』
足にしがみつきながら俺を見上げ、その大きな目の中に涙を沢山溜め込んだロキ。
身体に巻き付かれた包帯の数々が、その働きを語ってくれている。
こんなに切り傷をつくって、痛い思いをしただろうな。
ロキはまだ三歳だぞ、何でこんな危険な目に遭わせたんだよ。
元々、ロキにこんな仕事を頼んだのが間違いだったのかもしれない。
いや、ロキをスティアの護衛にした時は安全だと思ったんだ。
狙われる心配の無い中央区で、領主館の中に居たら戦う必要なんて無いと思ってた。
だから、ロキをスティアの護衛として遊んでいてほしかったんだ。
俺は膝をついて、傷だらけなロキの身体を抱きしめた。
「……大丈夫だ、スティアは絶対助ける。また皆で一緒にシチューを食べようね。」
『……うん、うん…あるじ…すちあ……ぜったいたすけるよ。』
泣きじゃくるロキを抱きしめて、俺は改めて覚悟を決めた。
絶対にスティアを助ける。
それも、五体満足でトラウマなんて一切無いまっさらなスティアを助けるんだ。
『ほれ、大丈夫じゃったろうロキ……』
『うん、のーともありがとぉ……』
そんな俺から離れたロキは、ノートの元へ行きその友情を確かめ合っている。
スティアのこともそうだが、ロキを傷つけた奴のことも絶対に許さない。
さてと、決心したは良いがこの先どうしようか。
いや、どうにかはするんだ。
ただ、どうやってどうするかが全く見えていない現状で何をすれば良いのか分からない。
時間は無限じゃない、こうやって俺達が時間を無駄にしている間にもスティアがどうなっているのか想像に難くない。
想像したくないけど、こういう時間が過ぎる程想像できてしまう。
くそ、何でこんな時に何も出来ないんだよ。
俺はいままで何の為に力を付けてきたんだよ。
自分の不甲斐なさと、無力さが本当に憎い。
俺はこの街に来た時、自分に注目を集められると思ってた。
いや、実際この街に来てから商会からの誘いとか、貴族家の晩餐会の誘いはあった。
それでも全て断って、この街に潜んでいる奴等の注目を自分に集めた。
いや、正確には注目を集めている気になっていただけで、その実は餌で誘き出されて本命のスティアを掠め取られただけだ。
前の三日間で自分達が追い詰めていると勘違いさせられて、その死角から一刺し喰らった。
コンッコンッ
そんな時に、扉をノックする音が部屋の全体に届いた。
「………失礼するよ、坊っちゃん。」
神妙な声色を携えて部屋の中に入ってきたのは、この冒険者組合レーメン支部の長であるレヴィアンナだった。
レヴィアンナも昨夜の騒動から今の今まで、支部の人間を総動員して捜索に参加してくれていた。
寝不足が祟っているのか、その顔色は少しだけ悪い。
しかし、それ以上の何かが起因して彼女の雰囲気を重たくしているのだろうと言うことは見て分かる。
深刻に、若干気まずそうに部屋に入ってきたレヴィアンナの様子を見て、俺は心の内に更に不安が増した。
しかし、これ以上この状況を悪くする出来事が存在するのか?
もう、十分最悪だろ?
「どうかしたんですか、レヴィアンナさん?」
「ああ、いやね、こんな時に何だが、これがアンタ宛に届いたんだよ……」
気になった俺の質問に対して、言葉を区切って恐る恐る答えるレヴィアンナ。
その手元には、置き手紙サイズの紙が握られている。
俺は訝しみながらも、その紙を受け取り中身を検めた。
「ッ………!!」
また新たな問題が浮上してしまった。
くそっ、どうしてこう何個も厄介な問題が一度にやってくるんだよ!?
俺は聖徳太子じゃないぞ、豊臣秀吉でもなければ諸葛亮孔明でもない!!
普通の一般人なんだよ、ただ他の世界から転生したってだけの単なる一般人!!
「まあ、アンタにっていうより……トーリックにって言うのが正しいんだけどね。」
ーガキは預かった。返して欲しければ、アンタが取り返しに来るんだな。ー
その手紙に書かれているガキの意味は直ぐに分かった。
何故なら、その手紙の中にある物が同封されていたからだ。
結論から言うなら、それは束ねられた赤茶色の髪だ。
この髪の持ち主を、俺は知っている。
というか、昨日会ってきたしな。
その髪を見た瞬間、俺の背筋を電撃のような衝撃が走った。
不安が大きくなった。
正直、今の俺が抱えられる容量を超えた出来事が起きている。
呼吸が浅くなり、動悸が激しくなっている。
俺は溜まらず、その場で自分の胸を掴み込んでしまった。
スティアが攫われた上に、今度はミアまで攫われた。
「フゥ…!!フゥ…!!フゥ……!!」
「おい……大丈夫か!?」
「ユークリスト様! 如何なさいましたか!?」
今すぐ叫びだしてこの部屋から飛び出し、カトバルスに帰りたい。
地下室に引き籠もって、オタク趣味に講じたい。
外の事なんて全く知らない、あの頃の世間知らずな俺に戻りたい。
得られる情報は海外ドラマの知識程度だけだった前世に戻りたい。
ただ漠然と自分の未来を想像するだけのあの頃に……
ああ、こんな世界嫌いだ。
いや、やっぱり俺のことが嫌いだ。
魔力なんて不確かな不思議ちゃんパワーがあるこの世界に来て、前世のアドバンテージがあるから何でも出来るなんて勘違いしてやがる俺が嫌いだ。
大人とか自分ルールなんて阿呆なことを言って好き放題してきた結果、俺一人じゃどうにもならないことになっている。
結局俺は、何にも出来ないただの通行人Aだったんだよ。
自分に対する嫌悪感が増していく。
いや、前世から溜め込んだものに蓋をしてきた結果溢れ出した。
俺という人間の本質は全く変わっていない。
何処にもぶつけることの出来ない激動が自分の中で暴れ出した。
怒りとか悲しみとか、焦りとか憎しみとか劣等感無力感が混ざり合い別の何かに形を変えているのを感じている。
不安を感じている時は、穴を喰い広げられる感覚に襲われる。
罪悪感の時は、底なし穴の中に碇が降りていく感覚に襲われる。
でも今は、胃の辺りでキリキリした何かが逆流するような感覚が……
「うぷっ………!!」
「ユークリスト様ぁあ!!」
「ちょっと、アンタ大丈夫かい!?」
「ッ……おい!?」
それは実際に俺の身体の中で起きていた。
あまりの緊張と衝撃により胃酸が逆流し、思わず膝が崩れ落ちて吐き出してしまった。
全部を床にぶちまけたわけじゃない、しっかり身体が反応して手で受け止めた。
まあ、漏れた分は床に落ちてしまったけど。
そんな俺に反応して回りの三人が集まってきた。
余談だが、それぞれの反応で性格が分かってしまった。
レヴィアンナは俺を包むようにしゃがみ込み、その背中を摩ってくれた。
アルマンはその巨漢を膝付き状態の俺寄りも低くして、自分の手を受け皿に嘔吐物を受け止めようとした。
ワグは床に漏れた嘔吐物を拭く為の雑巾と、手で受け止めたゲロを受け取る為の受け皿として近くにあった花瓶から花を抜いて持ってきた。
これだけを切り取ってみたら三者三様で面白いんだけど、今の俺はそんなことを冷静に見られる状態じゃない。
胸の内に溜まった激情がゲロの形を借りて、ゲロに形があるかどうかは知らないが、とにかく溢れ出した物は止まらなかった。
ワグが持ってきてくれた花瓶を奪い取って、無い物を絞り出すように嘔吐し続けた。
こんな花瓶を嘔吐物で満たしても、俺の気持ちは軽くならないのにな。
しかしこの時の俺を褒めてやりたい、辛うじて涙を流さなかったからな。
それまで流してしまったら、立ち直れない気がしたからだ。
しかし、もう何を希望にして立ち直れば良いのか分からない。
「ちょっと無理しすぎたんだよ、あっちの部屋で休みな?」
「我々が、必ずスティアと子供達を助け出しますから。ユークリスト様は、一度休まれて下さい?」
『そうじゃ、ユーリ!ワシとロキが、今からレーメン中を飛び回ってきてやるから少し休んでおるんじゃ!?』
『あるじー!ねえ、だいじょうぶー!?』
「…………」
そんな俺を慰める為にアルマンとレヴィアンナがそれぞれ声を掛けてくれた。
それに続いてロキとノートも声を掛けてくれるが、当の俺には聞こえていない。
というか、聞き入れることが出来る状態じゃない。
今の俺には、そんなことをすることすら困難だった。
あれ、どうやって立ち直れば良いんだっけ?
いつもならこういう時、地下室に籠って時間が過ぎるのを待つよな。
あ、そうだ、今は時間が無かったんだ……
「何か、何かやらないと……」
花瓶の中に溜まった自分の嘔吐物を見つめた。
こういう時、普通なら水面に映った自分と向き合うんだよな。
そして『何だよこの顔』とか言って、笑い出して気持ちを切り替えるんだよな。
でも今の俺の目の前にあるのは、自分から出た膿であり俺の汚い本質だ。
こんな状況で、笑い出すことなんて以ての外だ。
ていうか、そんなことしたら何処のアメコミの敵役だよ?
自分のゲロ見て笑い出すって………
ちょっと脱線したな。
進む道が見えないまま、膝をついて自分の嘔吐物を見つめるしか出来ない俺。
このまま、呆然としているしか出来ないのか。
いや、そんなのダメだ。
俺がこんな事をしている間にスティアが、ミアがどんな目に遭ってるか。
考えるんだ、目の前に現れた問題を解決するんだ。
でも、どうやって……
どうやれば良いんだ?
思考の鼬ごっこがだけが、いたずらに俺の頭の中を支配していく。
そんな次の瞬間。
グッ、と俺の身体が持ち上がった。
「ッ……ワグ、何をしているんだ!?」
「ちょっと、アンタッ……!?」
『のわっ……!?』
『あるじをはなせー!』
身体が持ち上がった俺の視線の先。
さっきまで嘔吐物一色に染まっていた俺の視界に映っているのは、睨むように此方を見つめるワグだった。
俺の胸ぐらを掴んで、自分の目線の高さまで吊り上げたんだ。
その黒い瞳が、俺の中にある感情を一つ一つ見透かしているようだ。
いや、そう言えばワグは顔色を見れば相手の感情が見えるとか言ってたな。
「……ワグ……?」
「…………そんなものか?」
今のワグに、俺はどれだけ見窄らしく見えているんだろう?
「自分が情けないか?無力感を突きつけられているか?罪悪感に押しつぶされそうか?ーーー」
俺の気持ちを、野球拳で脱がしていくかのように暴いていくワグの言葉が突き刺さる。
普段の俺なら一つや二つは言い返しているところだけど、今はそんな気力が無い。
そんな俺達の様子を、他の人間は静観するのみ。
アルマンが何か言いかけたけど、それをレヴィアンナが静止した。
ロキはワグの回りを飛び回って『はなしてよー!!』って言ってたけど、ノートに抑えられた。
言い返す気力のない俺に、ワグは表情を変えることなく言葉を続けた。
「ーーーそんなもの、今はどうでも良い……今こうしている間にも、あいつはお前のことを待ってるんだ。他でもない、お前のことをな……なのに、お前がこの様じゃどうやってあいつを助けるんだ?どうやって、他の子供を助けだす?……また、あの男に負けても良いのか?奴と戦う為に、準備してきたんじゃないのか?」
ワグが並べている言葉は、嘘偽り無く正論だった。
いつもの俺なら、それもそうだと言って立ち直っていたと思う。
しかし……
「そんなの分かってる!!」
俺は言い返した。
奇しくも、ワグの言葉は俺の中の捻くれ成分を穿り返した。
「でもどうすれば良いのか分からないんだよ!? 確かに、俺はあいつらと戦う為に準備はしてきたさ! でも、結局これまでやってきたことだって無駄になっちまった!! スティアが攫われたのも、他の子供達のことだってそうだ! でもあいつらが今どこに居るかも分からないんだよ! 此処に来てからも情報の尻尾すら掴めていないし! もしかしたら、もうこの街に居ないかもしれない!ーーーーーもう、どうすればいいか分からないんだよ……」
つい溜まらなく言い返してしまった。
ワグはそんな俺の戯れ言を、言い訳することなく聞いてくれた。
ただ無力に言葉を切ることしか出来ない俺は、空中にぶら下がっているだけになった。
「……昨日捕らえた連中が、役所の詰め所に居る……」
「ッ……それは?」
「いまからそこに行って情報を集める。あいつを見つける為なら、俺は何でもする。」
揺れることなく真剣に此方を見つめるワグから告げられた。
それは、俺達がこの捜索に入ってから最初に連中の陽動作戦に使われた賊のことだ。
どうせ『鎖の狩人』に使われたトカゲの尻尾だろうと踏んで、その尋問を先延ばしにしていた。
それに、こういう組織は口を割らないケースが多いから、時間の無駄になると思ったんだ。
あと、この時代の尋問が俺の世界の拷問だって事が一番の理由だ。
それだけは、絶対に避けていたことだ。
拷問なんて、やってる方もやられる方もただ心を磨り減らすだけだ。
それに、俺にはそんなことは出来ない。
やり方なんて知らないし、そもそも出来るわけがない。
『俺は何でもする』
ああ、そういう意味か。
俺には、その覚悟が足らなかったんだ。
口先だけでは何とでも言っていたが、足りなかったんだ。
力のない俺が力のある奴と戦う為に、手を血に染める覚悟がなかったんだ。
「……スティアの為なら、俺も何だってやる!」
「……」
俺のそんな言葉を聞いて、ワグの口角が薄らと上がった。
「直ぐに詰め所に行く……アルマン、これを用意してくれ。」
「はっ、承知致しました。」
メモが書かれた紙をアルマンに渡して、俺達は詰め所の方へ向かった。
ーー
レーメン北区。
此処には冒険者の武器製造などを取り扱う為の鍛冶屋街が大通りに集中している。
そこの街外れにあるのが、レーメン内で犯罪行為を行った者を収監する為の詰め所。
前世風に言うなら、鑑別所みたいなところかな。
此処に来ているのは、俺とワグとアルマン。
後は、この詰め所のの警備兵が四人ぐらい。
ノートとロキは外で留守番をしている。
これからショッキングなことをするかもしれないから、そんな光景は見て欲しくなかった。
俺とワグは手ぶらで来たけど、アルマンには荷物持ちを頼んである。
これから使う導具が入っているから、力のある奴に頼んだ。
「こいつらが……?」
「はっ、昨夜の陽動作戦で警備隊に捕らえられた賊で御座います。」
今俺の目の前には、ざっと三十人ぐらいの犯罪者が牢屋の中で捕らえられている。
それぞれの手と足にはメタルアイアンで作られた手錠が嵌められている。
ヤクザ御用達のブラック企業が建てた四畳半の部屋に十人程が詰められているみたいだ。
とにかく、普通の人間にとって此処より最悪な環境は中々見つからない。
所彼処に鼠が居るし、というかこの世界に来て鼠を生で初めて見た気がする。
前世じゃどれだけ家が汚くても、最上級はゴキブリだったからな。
こんな所で暮らすぐらいなら、無人島に逃げ込んでやる。
さてそんな奴等だが、現在目の前に居る俺を親の敵でも見るみたいに睨んでやがる。
恐らく、全員俺が着ている服装から公爵家の三男だって気付いたのだろう。
まあ、こっちだってコイツらみたいな人間に認知されるために態々レーメンまで来たんだ。
知らないとか言われたら、ちょっとショックだよ。
しかしまあ、そんなに貴族のことが嫌いなのかと悲しくなる程睨み付けている連中の顔は、真っ当な八歳児だったら泣きだしているところだ。
「さてと、どうしたものか……?」
此処に来るまで、俺には冷静になる時間があった。
馬車でガタゴト揺られて、冷静になる時間が。
最初は、どんな拷問をするか考えた。
水責めとか、手足切断とか、その他色々考えた。
前世ではスプラッター映画なんかを見てこなかったからな、どんな拷問が正解なのかはわからない。
というか、そもそも拷問に正解なんてあるのか?
「ごらぁっ!! 此処はガキの遊び場じゃねぇぞ!!」
「何しに来やがった糞ガキィ!!」
「こっちに来いよ! おじさん達が可愛がってやるぜぇ!!」
「ぎゃっはぁ!! 貴族のガキは嬲り殺しだぁ!!」
そんなことを考えていると、牢屋中に響く程の罵詈雑言が爆発した。
最前列に居る者は手錠をガシッガシッと当てて金属音を立て、他の者も地面に手錠を叩きつけて金属音を立てた。
野郎共の協奏曲流れる牢屋の中、俺は隣にいたアルマンにアイコンタクトを取った。
アルマンは担いでいた布袋を降ろして、その中身を地面の上にぶちまけた。
袋の中身は、単純な鉱石ばかりだった。
俺のその鉱石に近づき、それに触れた。
『変形』
連中が馬鹿騒ぎをしている目の前で、魔法を掛けた鉱石は見る見るその姿を変えていった。
そして、それは完成した。
一人の人間を優に呑み込むことが出来るであろう、大きな棺が男達の目の前に現れたのだ。
鉱石が変形していく過程で黙り込んだ虜囚達は、目の前に現れた異物をまじまじと見つめた。
ちなみに、この三年間でバッチリ鍛えてきたから、これくらいの変形は全く問題ない。
注目を集めたと自覚した俺は、連中の前に出た。
これからすることは、全て自分の至らなさが原因だ。
その代償を支払うんだ。
「……あれ、あいつは……?」
そんな覚悟を決めた矢先のことだった。
捕らえられている虜囚の中に、見覚えのある顔があるのに気がついた。
この汗臭いガテン系野郎共の中でも、遜色ない存在感を放つガタイの良い男が部屋の端に座り込んでいるのが見えた。
あれは、あいつだ。
昨日グライムと一緒に居た取り巻き野郎だ。
その瞬間、あいつの顔見た瞬間、俺の中にあったいくつもの疑問と仮説が、一つの道筋になって俺の前に現れた気がした。
つまり、こういう事かもしれない。
今回の誘拐騒動の一番の目的はスティアだ。
天翼人であるスティアを、俺の侍従として誘き出す為に今回の誘拐騒動が組まれたんだ。
天翼人は隣にある聖教国じゃ神敵として認識されているから、聖教国まで版図を広げている鎖の狩人にとっては需要のある仕事なんだろうな。
しかし、どうやって?
何で俺が来るなんて予想できたんだ?
あいつらに俺がどう行動するなんて予測できないだろ。
……まあ、良い。
そういう事は、問題が全部解決してから考えよう。
そして、これからが俺の推測だ。
やっぱり『鎖の狩人』と『フェゼイル商会』は繋がっているかもしれない。
グライムの取り巻きであるこいつが此処に居るのが、その理由だ。
そうと決まれば、直ぐにこいつの生首を持ってフェゼイル商会に行こう。
情報を吐いたとか何とか嘘を付いて強行突破すれば、直ぐに見つけられるかもしれない。
いや、ダメだ。
スティアと他の子供達が何処に捕まっているか分からない以上、無闇矢鱈に行動することは得策じゃない。
フェゼイル商会の場所は分かっていても、その場所にスティア達が居なかったら更に危険が増してしまう。
正直言って、なんの根拠もない。
言いがかり、いちゃもん甚だしい理論になっているって事は理解している。
ただ、今はそんなことどうでも良い。
怒りと焦燥で一杯になっている人間の思考なんて単純で、直情的なモノだ。
今の俺は、目の前の藁にも縋る思いで直ぐに答えが欲しいんだ。
今俺の頭の中にあることはただ一つだけ。
『コイツを堕とせば、スティアを助け出せるかも知れない』って事だ
俺は直ぐにプランを変更した。
まあ、拷問の素人にプランもへったくれもないんだけどさ。
それでも、状況の整理は出来た。
不特定多数の人間を拷問にかけなくてはいけない状況から、たった一人から情報を得れば良いだけに変わったんだ。
こいつから、情報を得られればいいんだ。
問題はどうするかだけど、これに関しては問題ないと思う。
一人から情報を聞き出す方法は、前世の海外ドラマや洋画で散々見た。
実際それが成功する保障はないけど、かなり可能性は高いんじゃないかと俺は思ってる。
「ワグ、アルマン……ちょっと……」
「…………」
「はっ……」
俺は直ぐに二人へアイコンタクトを取って、耳打ちをした。
「……ていう風にしたいんだ……」
「…それで、成功するのか?…言っておくが、あまり時間は無いぞ。」
「それは分かってるよ……でもこれが一番効くと思う……」
「ユークリスト様がこう仰っているのだ。我々はそれを実行するのみです。」
俺の提案に懐疑的な目を向けながら質問するワグ。
この緊急を要する事態に生温いと思っているんだろうな。
その反対に、生粋のイエスマンであるアルマンはやる気満々だ。
しかし、俺だって社会見学でこんな牢獄くんだりまで足を運びに来たわけじゃない。
やるべき事をやる為に来たんだ。
「ワグ……大丈夫だ絶対に成功させる。」
いつもの自信の無い言い回しじゃない。
いつもの無気力な顔じゃない。
ただ真摯にワグを見つめた。
「……わかった……早く済ませろよ。」
「ああ、わかってるよ……」
「………」
そんな俺達のやり取りを、何か含みのある顔で見つめていたアルマンだったが、その胸中にしまい込んだようだ。
「それじゃ、よろしくね……」
「畏まりましたーーーーーおい、貴様から貴様まで! こっちの部屋に連行しろ!!」
俺の言葉を皮切りに、アルマンが近くに居た警備兵数人を連れて牢屋の中に居た虜囚の八割方を、別の部屋に連れて行った。
「ああ、アレは持って行って良いよ。」
「……わかった。」
そう言って、俺は『変形』の魔法で先程自分で作った大きな棺の足に手押しができるよう車輪を付けた。
相づちを打ったワグが、それを押してアルマンに続いていった。
さて、俺の方に残った賊の方にはもちろん例のあいつが残っている。
こいつをどうやって攻略するかが、スティア救出の鍵だ。
「へっ、ガキが一人だけ残りやがった!」
「ほぉら僕ぅ!? こっちにおいでぇ!!
「ぎゃっはぁ! あっちのパパに泣きついても良いんだぜぇ!!」
俺が一人残ったと分かると、虜囚共はまた騒ぎ出した。
真っ当な八歳児だったら泣き出して脱糞し、気絶しているかもしれない。
下品に歪んだ恍惚とした顔で、俺を見て嘲笑っているこいつらを見ていると。
すこし、イライラしてきたなぁ。
人間追い詰められると全てが敵に見えるというが、今の状態の俺がまさにそれだ。
例えば此処に来る前のこと、詰め所に行く馬車が遅いと感じた時は誰かが妨害しているのではないかと考えた。
詰め所前で事務的な手続きをしている時は『何でこんな事しないといけないんだよ、まさかこいつらも連中と組んで俺を妨害しているのか?』と疑ってしまった。
そして、今目の前で俺のことを高笑いしながら見学しているこいつらもそれの例に漏れず。
いや、というか………
こいつらは、もう俺の敵で良いだろ……?
俺は腰に指している魔術銃を取り出した。
そうだ、あの弾を使ってみよう。
こんな時の為に作った物じゃないけど、十分役に立ってくれそうだ。
連中は俺を嘲笑うのに精一杯なようで、魔術銃については気づいていないのかもしれない。
弾を一通り詰め終わった俺は、近くに居た奴を一人撃った。
キーンッという金属音と共にそいつはその一撃で吹っ飛び、三メートルぐらい後ろにある壁にぶち当たった。
その音と衝撃は、同じ空間を共有する者達の口を黙らせるに十分な威力だった。
全員の視線が、壁に撃ち付けられた男の方へ向かった。
「おい、なにがあったんだよ……?」
誰かがそんな疑問を発した。
「おい、嘘だろ……!?」
その答えは、その男だった物から滴り落ちる赤い液体が返してくれたようだ。
ああ、なんだろうなこの感覚は……
何も感じるな、何も考えるな、何も見るな。
とにかく自分に言い聞かせた。
この状況で俺を俺たらしめる何かを強く保つんだ。
スティアだ。
あの子を助ける為にやるんだ。
でも、それで良いのか?
あの子を、こんな行為を正当化する為に使って良いのか?
良い分けねえだろ、全部お前の不手際が招いたことだろ。
お前の所為でこうなったんだ。
「ぎゃぁああああああああああ!!」
その叫び声が牢獄中を木霊したのは、それから直ぐのことだ。
発信源はこの部屋じゃない、アルマン達が移動した先から聞こえてきたモノだ。
この部屋とは、厚い壁を一つ挟んで隣にある部屋でどんな攻めを受けているのかは、こいつらの想像力にお任せする。
しかし悲痛と苦悶が孕まれていることは、その声色を聞くだけで分かった。
声が止み、全員の注目が俺の方に集まった。
その瞳には、若干の恐怖が含まれていた。
こいつらも、やっと理解したのかもしれない。
目の前に居る存在が指を動かしただけで、自分達がしがみついてきた生が終わるのだと。
ようやく俺に注目が集まりだしたところで、俺は話し出した。
口調はそうだな、海外ドラマのサイコパス風って所かな。
「中・近世において特筆すべき点は、その体制の移動だ。封建的・絶対主義的国家体制から民主政への移動は流血を伴うが、その姿は人間社会の未来を感じさせてくれた。」
こいつらにとってはどうでも良いし、訳の分からない話だろうな。
しかしそれで良い、まずは訳の分からない話をして俺の雰囲気を気味悪く演出した。
見てみろよ、こいつらの顔。
何言ってるのか全く理解できないって顔なのに、俺から目を離せないでいやがる。
「しかし、今の本題はそんな大衆的なものでは無いんだよ。今回語る特筆すべき点とはねーーーーー」
俺は、連中の目の前にある鉄格子の一本を掴み『変形』の魔法を加えた。
「ーーーーー拷問だよ。モラルの崩壊した時代を生きる人間の頭の中というのは興味深いものでさ、どうすればあんな残虐に人を痛めつけ虐げる方法を思いつくんだろうね?彼等もまた、時代と惹かれた物さえ違えば、後世に名を残す芸術家になれたかもしれないのに……もったいないよね。でも、そんなことは絶対にあり得ないんだーーーだってーー」
目の前の鉄格子が一本外れた事なんて気にもとめず、連中の視線は俺に釘付け状態だ。
俺はそんな視線を引っ張りながらも演説を続けた。
今、俺が話しているのはこの世界のことではなく前世の事だ。
中国史、ヨーロッパ史の背後で発達してきたのが拷問の歴史だ。
なんでも、特殊なマニア達の間では中世の拷問道具が高値で取引されているとか……
まあ、近代社会を生きる人間にとって拷問道具で想像してしまうのはSMグッズだけどな。
そして、そんな俺が足を止めたのは先程壁に撃ち付けられた肉塊の所だった。
嘗て人間として生を謳歌していたそれも、モラルの低い時代の被害者とも言えるかもしれない。
俺は改めて自分の行いを目に焼き付けた。
真水にインクが垂らされるような、胸くそ悪い気持ちだけが広がっているのを感じている。
そこから、俺を見つめていた連中の方を振り向いた。
俺の武器は何かと問われれば、後の五年は使えるであろう特技を使って……
最高にまぶしい笑顔作って、演説を続けた。
「ーーー傷つけ合うことだけが、人間の種として唯一の得意技だからね!」
どれだけ文化と時代が進んでも、これだけは変わらない。
それが歴史っていうものだからな。
俺に視線を向けているこの場の全員が漏れなく、その顔に冷や汗を垂らして固唾を呑んだ。
そして、そんな俺の視線の先にはグライムの取り巻きをしていた男に一直線だ。
「ぎゃぁああああああああああ!!」
「あぁああ、ふぎゃぁあああああ!!」
「んぐわぁああああああ!!」
そんな俺演説にタイミングを合わせるかのように、連中を脅すかのように、隣の部屋から悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いて、連中の顔が更に暗くなったのは言うまでも無い。
それもそうだろう。
さっきまで自分達が嘲笑っていた子供が仲間の一人を撃ち殺しただけでなく、そいつの亡骸の近くに立って意味不明で気味悪いことを喋ってるんだからな。
それでも、まだ止めない。
俺は足下にいた鼠の尻尾を掴んで持ち上げた。
初めて鼠を持ち上げたからかなりビビってるけど、それをこいつらに見せたら突け入れられる。
気丈に振る舞うんだ。
「例えば、今皆の目の前を這いずっているこの鼠は温度が低い場所を好む性質があるんだーーーそれをこうやって。」
俺は『変形』の魔法を加えてバケツに変形した鉄の器に鼠を入れて、近くでくたばっている虜囚が着ていた服を剥いで、バケツに布の蓋をした。
そしてーーーーー
「こんな風に君等の肌に押しつけて、バケツの下から火で炙るんだーーーするとほら『ヂュウヂュウ、ヂュウヂュウ』って汚い悲鳴が聞こえてきただろ?今このバケツの中では、鼠が逃げ場所を求めて熱せられた鉄板の上で駆けずり回ってるんだ。でも、たかが鼠に鉄の壁なんて壊せるわけがないーーーならどうするか………?」
動物虐待甚だしい拷問の実演に、俺は勿論のことそれを眺めている虜囚達も全身の穴から苦虫を詰められたような顔になっている。
言っとくけど、こっちの方が最悪なんだからな。
ちょっと、焦げてる匂いがする。
明日から、一ヶ月はBBQにトラウマだろうな。
さてそんなことを言っている間に、バケツの蓋部分に使った布がボコボコと盛り上がりだした。
そして、直ぐにそれは破れ、中に入っていた鼠が顔を出した。
鼠はバケツから出ると、直ぐに何処かへ消えていった。
ゴメンよ鼠君、後でたっぷりチーズを御馳走するよ。
ちなみに、これは実際に中世辺りであった拷問らしい。
情報先は、海外ドラマだけどね。
でも、まあ、俺が知ってる拷問の中でも最上位に位置する拷問だ。
実演だけだったけど、やってるこっちも気分が悪くなる。
さて、そんな光景を見ていた虜囚達だが、既に顔は真っ青だ。
自分達の腹が文字通り、食い破られる光景を目の当たりにしたんだからそれも当然だろう。
さて、そろそろ下拵えが済んだかな?
「さて、質問だ。この中に今回の事件とフェゼイル商会について知っている人間がいるなら答えて欲しい。」
この時、俺はあえて『鎖の狩人』の名前は出さなかった。
北部で犯罪を生業としている人間にとって『鎖の狩人』というのは、一種の象徴的存在であるからだ。
それは羨望の対象でもあり、恐怖の対象でもある。
そんな奴らを裏切れば、後でどんな間に合うかわかったもんじゃない。
しかし目の前にいる気色の悪い子供も、また沈黙を許さない。
だから、こいつらには逃げ道をやる。
『鎖の狩人』を裏切るのではなく、ファゼイル商会を裏切るのだと。
しかし、そんな連中は顔に恐怖を浮かべているものの、強い意志を孕ませた瞳で俺を方を睨みつけている。
心なしか、少しだけ口角も上がっている。
さっきまで、自分達が受ける拷問の実演習を見ていたとは思えないな
全員、腐っても漢だと言いたそうな顔つきだ。
後、自分達の情報がないと俺が何もできないと思って、たかを括っているのだろう。
この場の主導権は、俺じゃなくて自分達にあるとでも言いたいように。
はあ、こいつらってホント馬鹿だよな。
だからもう一人撃った。
壁に撃ちつけられた肉塊から、赤い液体が滴り落ちた。
全員が目を見開き、再び固唾を飲んだ。
「さて、誰かいないかな?いないなら、出てくるまで順番に一人ずつ殺していくけど?」
ガチャッ、金属音と共に放たれる無機質な言葉が、再び彼らに緊張感を与えたようだ。
しかし、それでもいまいち口を割らない。
緊張感を与えたは良いが、その所為で顔を見合わせながら
互いの様子を伺っている。
まあ、三人寄れば文殊の知恵、五人集まればデモが始まるって言うからな。
互いがどう行動するかで、自分達の振る舞いを変えるきだな。
まあ、この反応も予想通りだな。
口を割るということは屈すること、しかし割らないということは先ほどの同胞達と同じ末路を辿ることになるということだからな。
互いに足を引っ張りあって、足並みを揃えるつもりだ。
しかし、そんなことはさせない。
裏切りたいなら、裏切る理由を与えてやる。
「ユークリスト、終わったぞ。」
「あれ?なんだ、早かったね。」
「はっ、協力的な態度の者がおりましたので。」
そう声をかけたのが、隣の部屋に居たはずのワグとアルマンだ。
二人とも、その装備品の裾や端に血の痕を残している。
「・・・・・・おい、終わったってどういうことだよ?」
俺たちの様子を見学していた虜囚の一人が声をかけてきた。
俺たちの会話内容が気がかりだったんだろう。
だから、そいつも撃った。
「「「!!?」」」
理不尽に撃たれた男は、以下省略しよう。
どうなったかは、散々説明したからな。
「みんなに残念なお知らせだぁ・・・・・・隣にいたお友達が欲しい情報を喋ってくれたんだよ。」
「なっ、う、嘘だ、そんなのありえねえ!!」
虜囚の一人、厳ついスキンヘッドの男が叫んだ。
その他の全員も、言葉にはしないものの裏切られるなんて考えていないようだ。
「残念だけど、本当なんだよ。その証拠にほら・・・・・・」
「はっ、おいジュージュ!なんでそっちに居やがる!?」
「へっ、へへっ、悪ぃけどよ・・・・・・俺は死にたくねぇんだよ!!」
男の問いに答えるように俺が見せたのは、既に手足の錠が外れ、釈放されようとしている虜囚たちの姿だ。
男は驚愕しながらも、鉄格子の向こう側にいたジュージュという頭のハゲ散らかした男を怒鳴りつけた。
「おい、話が違うじゃねぇか!?なんであいつらは釈放されてんだよ!?」
「公爵家の捜査に協力したんだ、釈放ぐらいの礼はするよーーーさてと。」
俺は、更に鉄格子に『変形』の拷問を加えて新たな拷問道具を作った。
と言っても、雰囲気だけだ。
なんかそれっぽい椅子とか、それっぽい手錠とか、それっぽい棘の突いた棒とか。
これだけ見せれば、流石に連中もビビるよな。
「君等の情報は必要なくなった。つまり君等は用済みだって事だ……まあ、光栄に思えよ。野垂れ死ぬだけだったお前等みたいな犯罪者の最期を俺が看取ってやるんだからさ……」
その言葉を放った俺の視線の先には、取り巻き男がいた。
暗に、これが最後の警告だというメッセージを込めて……
男はそのメッセージを受け取ったのか、恐怖に顔を歪めながらも苦悶し顔を俯かせた。
一体、あんなグライムみたいな糞野郎のどこに忠誠心を売り渡す価値があるのかは謎だが、こいつにはこいつの事情があるのかもしれない。
しかし、今そんなことはどうでも良い。
こんな奴の事情よりも、此方の方を優先する。
手が上がった。
取り巻きの男が手を上げた。
「そいつらが知らないことを俺は知ってる!! 全て話すから、俺も釈放してくれ!?」
堕ちた。
今は心底ホッとしている。
いわゆる『囚人のジレンマ』だ。
虜囚をそれぞれ分けて独立させ、その中で互いに不透明性を持たせた。
ワグ達に収獲があったように振る舞わせ、釈放される仲間達を見せつけた。
そうすることで、沈黙を守っていた自分達が馬鹿馬鹿しく見えて利益を得る為に口を割る。
どうせ黙っていても俺の拷問を受けるだけ、そう考えさせた。
まあざっくり言うなら『こっちが黙ってんのに、お前等が喋ったら意味ねえだろ。俺だけ貧乏くじを引くぐらいだったら、俺も喋ってやるぜ!!』みたいな感じだ。
犯罪者なんて所詮、自分の利益を最優先に取るようにプログラムされた人形だからな。
男から情報を得ることが出来た。
やっぱり、『フェゼイル商会』と『鎖の狩人』は繋がっている。
そして、まだ子供達はレーメンから運び出せれていないそうだ。
なんでも、搬送まで時間がかかるとか何とか。
まあ、そんなことはどうでも良い。
重要なのは、まだスティアがこの街にいるということだ。
あとミアもだな、あの子も必ず助けないといけない。
「それじゃあ、俺達は行くぞ。」
「承知致しました。」
「……わかった。」
俺の号令で、アルマンとワグが準備にかかった。
この後冒険者組合に帰って、作戦を確認した後直ぐに突入する。
「おい、待ってくれよ!?俺達は釈放されるんじゃないのか!?」
それに待ったをかけたのが、取り巻き男だった。
まあ釈放するって言ってたからな、当然の反応っちゃ当然だろうな。
しかしな……
「んなわけねえだろ?」
「はっ!?」
「それじゃ、そこで気絶している連中が起きたらよろしくしてやってくれよ!」
わざわざ説明する理由はないな。
あと気絶している連中っていうのは、俺に撃たれた三人のことだ。
結論から言うなら、三人は死んでいない。
俺が新しく作った銃弾『色水弾』で撃ったからだ。
元々、魔術銃の練習としてペイント弾を模して作った銃弾で、その威力は中級程度。
人の命を奪う程の威力は無いが、気絶させるには十分だ。
やっぱり、俺に人を殺すことは出来ない。
あっさり撃ってはいたが、かなり抵抗があった。
それでも、サイコパス的演出の為に最後までやりきった。
自分の気持ちとか色々兼ね合わせたけどさ、やっぱりスティア救出の為とはいえあっさり人は殺せなかった。
冷静になった瞬間、どうしても無理だと気づいてしまった。
ビビりとか、意気地無しとか言われても仕方ない。
でも、やっぱり俺には無理なんだ。
それに、スティアを大義名分に人を殺したくない。
これが一番の大きな理由かな。
俺は呆気に取られている虜囚達を放置して詰め所を後にした。
ーー
燦爛とした陽が照らすレーメンの街。
その中央区にある大通りに立ち並ぶ一際大きな建物。
普段なら、その建物の前には人集りができて盛況を極めているが、今日今この時だけは違った。
先日は公爵家の三男が貸し切りにしたと言っていたが、今日は一体何用か。
いや、よく見てみれば、人集りが出来ているじゃないか。
なんだ、よかったよかった、これで安心して買い物に行けるじゃないか。
おや、あれを見てみな。
よく見れば、アレは普通の客じゃない。
あれは、公爵家の騎士さんじゃないか?
どうしてこんな真っ昼間からあんな暑い格好をして居るんだい?
いやいや、よく見れば帯剣してるよ。
まさか、フェセイル商会が何かしたってのかい?
ちょっと、いつまで外に居るんだい?早く家の中に入りなさい。
申し訳ござませんが、本日大通りはこれより先に進むことは許容できません。
これから大捕物が御座いますので、建物の中に避難して下さい。
今日も今日とて、レーメンの街は喧噪に包まれている。
「書状!! 昨夜の領主館襲撃とレーメン中で横行している誘拐事件へのフェゼイル商会の関与が関係者から証言された!! その他にも、商会の関与が見られる証拠が多数発見された!! よって、銀雹公爵家三男ユークリスト・スノウ・グリバー様の御名において商会の立ち入り捜査を開始する!!抵抗する者、非協力的な者は公爵家に叛意有りと判断しその場で切り捨てる!!」
そんな喧噪を打ち消す程の怒号が、その場を中心に轟いた。
発信源はもちろんアルマンだ。
『此処は私が……』とか言って、深呼吸しだした瞬間嫌な予感が沸いたんだよな。
めっちゃ声がデカい。
「それじゃあ、コヨーテ狩りに興じようか。」
「はぁっ!! 続けぇえええ!!」
「「「「「おぉおおおおおお!!」」」」」
それ皮切りに、騎士団がフェゼイル商会に押し入った。
扉を蹴破り、店の隅という隅から全てをひっくり返した。
「こっこここっ公子様!? これは、これはいった、一体何のご冗談でしょうか!? わっ我々が、誘拐に関与などするわけがっ……!?」
そんな騎士達の波を掻い潜り、商会の頭目であるマルチェンがやってきた。
以前見掛けた時は小心者のイメージだったが、今は嘘つきの糞野郎って印象しか無い。
そして、こいつの顔を見た時あることを思いだした。
あ、そういえばあれ……
そんなことを考えたからか、俺は仄かに口角を上げてしまった。
戦いの前に良いリラックスが出来たのかもしれない。
俺は、満面の笑みをマルチェンに向けた。
……そして。
「クレームだよ、お宅で買った商品に不満があってね。だから、全部返品して金を返して貰おうと思ったんだ。」
そう言われたマルチェンの顔は、何とも言い難い顔になっていた。
お読みいただきありがとうございました。
評価とブックマークの方よろしくお願いいたします。
下の☆マークの所を五つになるようにポチッと押すだけの簡単な作業です。
良いねと感想の方も、より良い作品作りの為の参考としてお願いしたいと思います。




