第二十八話:異端児を迎えたレーメンの街
執筆ペースがなかなか上がりません。
ほんと、すみません。
書いた端から更新していった方が良いのかな、と考えてしまう程です。
読者の皆様方にもっと作品に触れて貰う為に色々と考えていこうと思います。
『公爵家の三男が騎士団を連れてレーメンの街にやってきた』
この話は直ぐに街中に広まった。
「ねえねえ、公爵家の三男のユークリスト様ってどんな人なんだろうね?」
「僕たちと同い年だっていってたけど。もう魔法を教えて貰ってるんでしょ?きっと凄いんだろうなぁ。」
「領都から来たお客さんは、もの凄く頭が良いって言ってたよ。」
「どうせそいつも、他の貴族達とあまり変わらないわよ。」
各々が件の異端児の姿形を想像しながら、子供達は今日も遊び場を探している。
今日は冒険者組合で行われる魔法のレッスンが無い。
だから、少年少女達は自主的に魔法の練習をする為に遊び場所を探していた。
というのも、先日まで使っていた遊び場は赤茶色の髪の少女が放った『火之球』の所為で追い出されたのだ。
これまで何度も何度も追い出された少年少女達に残された遊び場は、片手で数える程度にしか残っていない。
大柄の少年はオーウェン。
茶色の短髪が逆立った厳つい髪型だが、まん丸とした眼とたらこ唇がそれを中和している。
細身の少年はゲイル。
野暮ったい目つきに暗そうな印象はあるが、良く笑い良く驚く、表情が多彩な子だ。
長髪の女の子はカミーラ。
綺麗な栗色の長髪に垂れ目に泣き黒子と、将来美人になる要素満載だ。
短髪の女の子はミア。
赤茶色の髪に目力の強い三角眼はとても印象的であり、今は少し不機嫌気味だ。
彼等は皆、平民の出でありながら貴族家の子供達に勝るとも劣らない魔法教育を受けている。
まあ、本人達は自覚していないが………
と言うのも、彼等の運命を変えるきっかけとなった大きな出会いがあったからだ。
遡る事、半年前の出来事だ。
ゲイル少年家の稼ぎ頭である父親が、仕事現場で負ったかすり傷から感染症を起こしてしまい、病に伏す事になったのだ。
当然、ゲイル少年はこれを仲良しの三人に相談した。
しかし相談したところで相手は子供、何かの劇的な解決策は見つからず、唯々時間を浪費するだけだった。
『ブレーメンの森にいる怒大熊のたんのーってのを使えば、ゲイルのパパは元気になるわ!!』
その言葉が出たのはミアの口からだった。
ミアは、四人の中で唯一レーメン内の孤児院で暮らしている。
親の居ない子供の気持ちが、彼女には理解できたのだろう。
ミアの熱意に当てられた子供達は、直ぐに冒険者ギルドに向かった。
彼らも馬鹿では無い。
初めは、依頼を出して胆嚢だけを手に入れようとしていた。
しかし、掲示板に張り出されている依頼書と同様の報酬を用意する事が出来なかった。
手元の金は増えないが、ゲイルの父親の容態は日に日に悪くなっていく。
後は彼が息を引き取るのを待つしかない。
そんな時だった………
『私たちで森に入って怒大熊を討伐するのよ!』
そう言ったのは、またもやミアだった。
無謀な事は分かっていた。
自分達の行いが行き着く先は、子供ながらに全員分かっていたのかもしれない。
しかし彼女の勇姿に続くように、子供達はレーメンの森の中に足を踏み入れた。
森に足を踏み入れた子供達は、レーメンの森から出ている川に沿って進んでいた。
運が良い事に少年少女等は、めぼしい魔獣達と遭遇する事無く進む事が出来た。
違和感は感じていた。
正直、マタンゴ辺りに遭遇して痛い目に遭って帰ってくるだけ。
と、考えていた子供も居たぐらいだ。
しかしそんな事にはならず、唯々言い表せない不安と焦りが彼等の中に募っていった。
大した脅威に遭遇する事無く、緊張の糸が解れかけ始めていたとき。
その時が来た。
目の前に、と言うより茂み越しに怒大熊を見つけたのだ。
しかし、件の魔獣はまだ少年少女等に気づいてなかった。
その姿を視認したとき、子供達の中に恐怖が走った。
怒大熊の周囲から発する、鉄の錆びた匂いが鼻腔を通じて脳内に入ったからだ。
これこそが、彼等が魔獣と遭遇する事無く奥に進む事が出来た理由だ。
怒大熊の出現により、縄張りを荒らされた数体の魔獣が襲撃をするが怒大熊はこれを撃退。
それにより、恐怖を感じた他の魔獣達が軒並み逃げる事になったのだ。
魔獣達の縄張り争いによって出来た一時的な空白、そこに運良く入る事が出来たのが子供達だった。
恐怖におののいた子供の一人が足を引いた。
その足の下に枯れた枝葉が置かれているのに気づかずに。
乾いた音が彼等に絶望を、怒大熊に餌の存在を知らせた。
子供達は瞬時に逃げ出した。
この場の幸いは、子供達全員が迷う事無く身体を動かせた事だ。
子供達は逃げた、後ろを振り返る事無く。
自分達の位置も、自分達が行き着く先も分からないまま只管逃げた。
しかし所詮子供の体力、危険度Cの怒大熊の全力疾走から逃げ果せるわけも無く。
その荒々しい息づかいが、地面を蹴り上げる轟音が、薙ぎ倒される木々の嘆きが、自分達の命の終わりを告げるように近づいてくる。
『みんな、こっち!!』
不意に何かに気づいたミアが急に方向転換し、最後の力を絞り出して叫んだ。
全力失踪中に真面な思考力なんてあるはずも無く、他の子供達もそれに続いた。
生い茂る木々を掻い潜り、草木枝葉に擦れ小さな切り傷を作りながらも少年少女達は遂に。
その人に出会った。
物語の勇者にやってくる運命を擬人化したようなその男に。
彼等の今後の人生を大きく左右するような存在。
冒険者トーリックに会ったのだ。
ーー
「……だーかーら、誰よあんた達って聞いてるのよ。」
最悪のタイミングと言う程ではないが、出来れば子達とは会いたくなかった。
今回の件で『鎖の狩人』が絡んでいる事が判明した。
いや正確にはしていないが、かもしれない程度の認識でも対策を取らざるを得ない状況になった俺達は、アルマンとレヴィアンナさんも交えて作戦会議をする為に領主館に向かおうとしていた。
しかし、そんな時に彼等と遭遇してしまったのだ。
確かに彼等の家があるのは東区だが、まさか遭遇するまでとは思わなかった。
俺に質問を投げかけてきたミアは、その目力の強い猫目を細めて俺の方を睨み付けてきた。
他の三人は、一歩引いた感じで此方を見ていた。
俺達の方はと言うと、俺はまだ突然の事で状況を飲み込めていなかったが、驚いたスティアが身を屈めて俺の後ろに隠れた。
ワグはいつも通りにすんとして後ろに立っているだけ、ロキは俺の足下で様子を見ていた。
というか、レヴィアンナさんの魔法教室に行ってるんじゃ無いのか?
まあ、確かにレヴィアンナさんも年中暇じゃ無い。
そう言えば、最近何処かの八歳児の所為で仕事が増えたとかなんとか言ってたな。
しかし、ここは冷静に振る舞わなければいけない。
俺達はあくまでも初対面で、彼等の事は知らない。
「どうもこんにちは、僕はーーー」
「あぁああ!! ナベロ人の騎士だ!!」
俺の挨拶を遮ってそんな事を言ったのは、オーウェンだった。
俺の後ろに居たワグを指さして大声を上げた。
「ぼっ僕、お客さんに聞いたんだ。ユークリスト様が、ナベロ人の騎士を自分の専属にしたって!!」
「オッ、オーウェン! そ、それってつまり……」
「つ、つまり、この人が……」
俺が自己紹介する前に、既に俺の情報を知っていたオーウェンが俺の身元を暗に明かしてしまった。
その事実を呑み込んだカミーラとゲイルは、恐る恐る俺の方を見た。
何故か、ミアは俺の方を睨んでいるのだけど。
「そうだよ、僕がグリバー家の三男のユークリスト・スノウ・グリバーだ。どうぞよろしく。君たちは近所の子達かな……?」
「「「…………」」」
「あれ……?」
シルクのハンカチが肌に触れる様に爽やかな挨拶をしたはずだが、彼等から帰ってきたのは気まずい沈黙だけ。
デジャブかよ。
「「「ヒソヒソヒソ」」」
うん?どうやらそうでもない。
先程の大人達とは違い、彼等には彼等で話す事があったらしい。
そりゃそうだろうな、友達同士で遊ぼうとしていて角を曲がったところに現れたのは、自分達が住んでいるところで一番偉い貴族の三男だったんだからな。
「どうしよっか?いっせっのーで逃げる?」
「ダメよ、きっと足下にいる魔獣が直ぐに私たちを食べちゃうわ。」
「魔法の先生を黒魔術の生け贄にしたってお客さんが言ってたよ。」
「え?じゃあ、僕たちも鍋に入れられるの?」
「泣いちゃダメよゲイル男の子でしょ。こういう時は、女の子の盾になってよね。」
「カミーラ……うん、僕頑張るよ。」
行われていたのは人身御供選別会議だった。
ていうか、言われてること酷いな。
俺の足下に居るロキはとってもキュートで良い子だぞ。
人を襲うなんて、天地がひっくり返っても起きない事だ。
後、俺が誰を黒魔術の生け贄にしただって?
それに、可哀想なゲイル少年。
既にカミーラの尻に敷かれているらしい。
俺的にカミーラは、オーウェンとくっつくと思ってたんだがな。
いや、まだくっついたと決まったわけじゃ無い。
カミーラは、自分の魅力が何処まで通じているのか試している最中かもしれない。
そうだとしたら、カミーラ怖いな。
「それじゃあ、行くわよ……いっせーーー」
「何そのしゃべり方、気持ち悪い。」
「「「!!……………ッ!!」」」
そんな子供達による秘密会議の結果が出て、今まさに逃げだそうと言うときに、先に口火を切ったのはミアだった。
そして、その口から放たれた爆弾に開いた口が塞がらない常態になっている。
オーウェンは、顔からナイヤガラを思わせる大汗をかいて。
ゲイルは、顔からナイヤガラを思わせる大泣きをしている。
カミーラは、状況が飲み込めず口が塞がらない状況だ。
しかしミア、そんな事いきなり言っちゃダメよ。
ちょっとショックだった。
俺が真っ当な貴族の八歳児だったら極刑物だぞ。
この子には、少しお仕置きが必要かもしれない。
いや、別に俺がどうこう言われたからだってわけじゃないよ。
ただほら、良識のある大人ってヤツがさ、こういう将来道を外しそうな子を説教してやるのは普通じゃ無いか?
というか、このままの態度で俺以外の奴に喧嘩でも売ったりしたら直ぐに死刑にされるぞ。
そんな事をされたら、わざわざ俺がルルティアとの仲を壊してまでレーメンに足を運んだ意味が無い。
よーし、言ってやる。
こいつに大人のなんたるかを教えてやるんだ。
「ユッ、ユークリスト様は気持ち悪くありません!!」
そんな事を考えてると、俺の後ろからスティアが声を上げた。
そのスティアを見て、子供達の視線が一気に集中した。
「ユークリスト様は、とっても、とっても格好いい人です!!」
身体をグッと縮め込みながらも、顔を真っ赤にしながらも、スティアは俺の前に立って子供達にそう告げた。
俺が格好いいだって、良い事言うじゃんスティア。
まあ、日頃から未来のスーパーハードボイルドエクステンシャンイケメンの俺を見ているのだから、当然と言っちゃ当然か。
しかし、今回の発見はそんな事じゃない。
スティアが一歩を踏み出したのだ。
俺の名誉の為かもしれないが、天翼人のスティカリリアとして一歩を踏み出したのだ。
俺は、それが嬉しかった。
さて、そんな事を言われた子供達はと言うとだ。
その視線は、既に俺からスティアに移っている。
「綺麗ぇ……」
「え……?」
「うん、教会に描かれた天使様の絵にそっくりだよ。」
「うん……後とっても可愛い。」
「ええ……ちょっと、ゲイル何処見てるの?」
そんなスティアの髪色に釘付けになっていた。
スティアが持つ、天翼人特有の快晴の空を切り取ったような美しい髪に。
それこそ、さっきまでツンケンしていたミアでさえだ。
うん、スティアに免じて許してやらんでもない。
「ねぇねぇ、なんで髪が蒼いの!?」
「とっても綺麗、お名前なぁに?」
「ぼっ僕、オーウェンっていうんだ。」
「僕!僕はゲイル。」
「えっと、あの、その・・・・・・」
興味の対象が一気に移った子供達は、スティアに詰め寄って子供特有の『なんでなんで攻撃』を始めた。
天翼人に起きた事を子供達は知らない。
もう少し大きくなって、学校に行き出したら勉強すると思うんだけど。
それを知っても、こうやって話しかけてくれれば良いな。
しかし、当のスティアにそれが耐えられるわけでもなく。
すぐに、後ろにいる俺へSOSを送ってきた。
本当はスティアに切り抜けて欲しいが、子供達のこの様子を見る限り、スティアとも友達になってくれそうだ。
俺がスティアと一緒に居る事を決めるにあたって考えていた懸念の一つである、彼女の交友関係の広がりに少し兆しが見えたのかもしれない。
俺とずっと一緒に居るわけにもいかないからな。
かといって、俺から離れろなんてスティアを傷つけるような事は、とても言えない。
だから、こうしてスティアの事を色眼鏡無しで見てくれる人間がこうして周りに集まってくれれば良いな。
願わくば、彼女の過去を知っても変わらずに居て欲しい。
しかし、それは今じゃない。
スティアにも、もう少し慣れの時間が必要だ。
俺は助け舟を出すことにした。
「その子はスティア、僕のメイドさんなんだ。良ければ仲良くしてあげてね。」
「スティアちゃんって言うの、私カミーラよろしくね。」
「わっ私は……ミア、よ。」
俺の助け船はあまり意味が無かったらしい。
俺の言葉により名前が分かったカミーラとミアも立て続けに自己紹介をしている。
しかし、俺は完全に蚊帳の外になってしまった。
子供達の熱気が冷めるまで、しばし沈黙に伏する事にしよう。
ーー
「それで、君たちは近所の子?」
「ええそうよ! だからなんなの!?」
スティアブームが終了した子供達は、落ち着きを取り戻した。
スティアの存在が衝撃だったのか、皆俺の事が公爵家の三男だと言う事を忘れているらしい。
まあそんなもんだよな、と自分を納得させる。
俺は自分の影響力なるものをあまり知らない。
確かに、北部貴族会ではそれなりに噂が立っている。
三年前のクソ野郎伯爵の件が思ったより衝撃的だったらしい。
あいつの家は結局、二階級降格を喰らったから、今は男爵と言う事だ。
まあ、ざまあみろって感じだよな。
しかし、そんな事もあった所為か、俺に近づこうとする貴族連中は少ない。
まあ、取り入ろうと近づいて家を壊されたら溜まらないからな。
俺としては、渡りに船的に起こした事なんだけど。
その後も何人かは居たけど、俺の方から何人か突っぱねた。
そんな事があったからか、市井に広がる俺の噂は耳を疑うものばかりだ。
役所で会った人達も、この子供達も俺に対しての認識が少しひねくれてる。
引きこもりの弊害が出たのかもしれない。
さてと、当の子供達と言ったら俺に対して普通の態度になった。
いつもの、トーリックと接する感じに近いかな。
ミアの場合は、少し攻撃的な態度だ。
まあ、ミアはトーリックとして初めて会った時も多少攻撃的だった気がするし、これが通常運転なんだろうな。
「いや、何でも無いよ。あ、そうだ確認だけど、もしかしてこの後路地裏で遊ぶつもりなのかな?」
「私たちが何処で遊ぼうと、あんたには関係ないでしょ!」
「ミッミア、そんな事言っちゃダメよ!」
「そっそーだよ、はっ早く謝らないと!」
「皆いつまで立ってるのさ……さあ、早く跪かないと……」
全く普通の態度になっていなかった。
ミアの攻撃的な態度に自分達の未来を予見した子供達は、顔を真っ青にしてミアを取り押さえようとしている。
ゲイルなんて既に正座の状態だ。
そう言えばこいつ、初めて会ったときも土下座してたな。
こりゃもう収拾がつかなくなってるな。
まあ、貴族の子供を前にした平民の子供の正常な反応なんて知らないし、俺は俺のままで話を続けさせて貰おう。
「この先の路地裏で遊ぶのはやめておいた方が良いよ。近頃危ない人が彷徨いてるからね。」
「ふーん、そうなの? でも私たちなら大丈夫よ、何たって魔法が使えるからね! 危ない奴が現れても直ぐに倒しちゃうんだから!」
ここに来たと言う事は、この子達の目的はこの路地裏で遊ぶ事だろう。
丁度、子供達が遊べるぐらいのスペースはあるからな。
しかし、此処は人攫い連中の犯行現場だと睨んでいる場所だ。
そんな場所に、鴨ネギをみすみす通すなんてヘマを俺はしない。
そんな思いに反して、俺の忠告を聞いても腕組みに胸を張って得意げに答えるミア。
当然俺はこの事を知っている、何たってそうなったのは俺が原因だからな。
「へえーそうなんだ、君は魔法が使えるのか。凄いね。」
「…………何よ、その反応。」
「ん……どうしたの?」
「平民の子供が魔法が使えるのは珍しいってレヴィアンナさんが言ってたわ、貴族の人間に知られたら目を付けられるかもしれないって。なのに、あんたは興味なさそう。どうしてよ?」
「あ……それは、その……」
意外と鋭い子だ。
この場合、俺の反応の正解は『はっ、たかが平民のガキに魔法が使えるわけないだろ!?』だった。
魔法教育が子供の頃から為されるのは、貴族階級の人間か貴族と懇意にしている商会の人間か、高ランク冒険者の指導を受けた人間或いはそれにコネを持つ人間。
そして、目の前の子供達にはその全てが当て嵌まらない。
確かに、この子達が魔法を学んだのはレヴィアンナ、つまり高ランク冒険者だ。
しかし、この子達にはコネが無い。
トーリックが口添えをしたが、普通の貴族位に属する人間ならトーリックと接点があるなんて知らない。
だから、その状況下で魔法が使える子供が居るなんて事は、突然変異の魔法の天才ぐらいしかいない。
俺はそんな子供達に対して『へえ、あの猿木を登るんだ』的な反応を示したのだ。
そして、ミアはそこを見逃さなかった。
「もしかして、私たちの事知ってたの?」
「あ、いや、そういうわけでは……」
まずい、ミアの鋭い目つきが俺を捉えて離さない。
俺は既にタジタジだ。
まさか、こんな子供に感づかれてしまうとは思っても見なかった。
これはあれだ、ふとした会話で浮気が疑われたカップルのような物だ。
『ねえ、最近手が荒れてきたんだよね』『へえ、そうなんだ。○○のハンドクリーム使えば?』『え?なんで○○のハンドクリームとか知ってんの?詳しかったっけ?』『へ……ああ、それは、あれだよ、この前テレビで見てさ……』『ふぅん………』こんな感じから始まるんだよな。
返答を謝るとゼロ距離から爆発して、己の身体を粉々にしてしまう。
不味い、なんて返そうか?
「トーリックから、そう報告が来ている。」
「え、トーリックを知ってるの!?」
「「「!!ッ……!」」」
口を開いたのは、助け船を出してくれたのは、ワグだった。
それを聴いた俺が後ろを振り返ると、やれやれと言った顔で此方を見ていた。
そんなワグの言葉を聞いたミアの顔からは険が取れていた。
他の子供達も、トーリックという親しみのあるワードが出たからか驚いている。
「そっそーなんだよ!彼から魔法の世話をした子供達が居るって聞いてたからさ……!」
そんなワグの助け船に華麗に乗っかった俺は、そのままその場を切り抜けようとする。
「あ、あの。もしかして、トーリックさんも一緒に来てるんですか!?」
トーリックの事を聞いたオーウェンが期待を孕ませた声色で俺に質問してきた。
うんうん、俺の事をそんなに好いてくれているのか、年上冥利に尽きるな。
しかし、俺はその期待に応える事が出来ない。
「いや、彼は別の街に行ってるよ。君たちによろしくと言ってたよ。」
「ああ、そうですか……」
俺の言葉で露骨に肩を落とす子供達。
なんだろう、俺の事なのに、俺の事なのに少し残念な気がする。
好かれてるのはトーリック、つまり俺だ。
しかし、残念がられているのも俺なのだ。
なんというか、なんというかだな。
「トーリックさんに僕たちの魔法を見せたかったのに……」
「と言っても、魔法が使えるのはミアだけなんだけどね。」
「ま、次あいつが来たときに驚かせてあげるわ!」
そんな子供達は、トーリックを師と仰ぐかのように自分達の成果を披露する日を待ち遠しく待っているようだ。
それぞれが、トーリックにまた会える日を期待しているのがよく分かる。
ミアの魔法には、既に驚かされているのだが。
魔法習得の世話をしてやったとはいえ、ここまでトーリックがこの子達に慕われているとは以外だったな。
犬○家顔負けの仮面を被った鍛冶族と人間族のハーフなんて、俺としては近づきたくないんだがな。
しかし、これは使えるな。
トーリックの名前を出せば、この子達を説得できるかもしれない。
何たってトーリック様だぞ、君等の魔法取得を助けたトーリック様なんだ。
どこぞの怪しい噂の立った公爵家の三男とは違う。
「そのトーリックも、君等は特に危ない場所には行かないようにって言ってたよ。」
「そうなんですか?」
「ああ、君等の事を心配してた。」
「トーリックさんが言ったんだから、今日はもう家に帰ろっか?」
「そうね、そうしましょう……ミアも良いでしょ?」
「………仕方ないわね。」
俺の言葉により子供達は少し考え込んだ後に、路地裏に行く事を止めた。
ん、やっぱりまだモヤモヤしてるな。
複雑な気持ちだ。
あのミアでさえ渋々といった感じで了承している。
しかし、こんな所で子供達に会うとはな。
俺としては、この子達には会わずにやり過ごしたかったんだけどな。
何故って、それは俺が貴族の、それも公爵家の三男であり彼等が平民であるからだ。
別に差別主義者を語っているわけでは無い。
身分に関係なく仲良くしようなんて、簡単に言える。
彼等と共に路地裏を駆けずり回って遊ぶ事も出来るだろう。
しかし、実際俺と彼等の間に身分の差という物は存在し、俺が気にしなくても彼等ないしその周りの人間は気にするんだ。
俺が彼等と普通に接する事を良しとしない人間も居る。
というのは、先日のルルティアとの一見で学んだ事の一つだ。
自分の行動が周りの目にどう映り、それが周りの人間にどう影響するのか。
俺はそれを考えるようになった。
実際問題、俺よりも身分が下の人間は畏まり、俺に遜る事が当たり前になっている。
そんな彼等に『ダイジョブ、ジンルイミナキョーダイ!』なんて言いながら話せるわけが無い。
そして何よりも、そんな相手と会話が出来る程俺のコミュ力は高くない!
同世代の子供達と何を話せば良いんだろうか。
そんな彼等に聞く事はもう無くなったな。
後は、役所に帰ってレヴィアンナとアルマンを交えて会議をしないとな。
「………あ、そうだ。」
しかし俺は、気になった事を思い出した。
「スティア、アレを見せてくれるかな?」
「あれ?ですか?」
「ほら、路地裏で見つけた。」
「ああ、私が見つけたアレですね!」
俺がスティアに頼むと、スティアは嬉しそうに路地裏で見つけたアストルフォン人形の片割れを取り出した。
前世の知識がある俺なら『証拠を汚染するな!』と言う所だが、中世以南の科学技術しかないこの世界には、当然科学捜査技術など無い。
スティアが取り出したアストルフォン人形を受け取った俺は、子供達に見せた。
「この人形が最近流行っていると聞いたんだけど、何処で手に入るのかな?」
「……何よこれ?こんなんじゃ分からないわよ。」
俺が見せたアストルフォン人形のほんの一部では、子供達に伝わらなかったらしい。
まあ確かにな、いきなりこれが流行ってる?と聞かれても何のことか分からないよな。
「アストルフォン人形だって聞いたんだけど。」
「アストルフォン人形だったら、あそこのフェゼイル商会で売ってます。」
俺の説明に、カミーラが指さしで答えてくれた。
俺達は、カミーラが指した指の先を見た。
そこには、小さな人集りが出来ていた。
商店の様な三階建て程の建物の前に集まっているようだ。
建物の入り口上部に翼の紋章のような彫り物が飾られている。
どうやらあそこが、子供達の言うフェゼイル商会らしい。
領都の方では見ない商会だな。
きっと、ここ最近力を付けてきたんだろう。
カトバルスでは、俺の誘拐事件後かなり厳しく商会の精査をしたからな。
公爵家の調査を通過した商会だけが、領都で店を構える事が出来るらしい。
かなり厳しくなった反面調査を通過した商会の税率を下げたり、商人の行き来を増やせるように税金免除の仕組みを作ったりと色々していたがな。
俺がアストルフォン人形の事を気に掛けた理由は、誘拐の手口の定番が『これあげるからこっちおいで』だからだ。
『お菓子あげるから』から始まる誘拐だ。
人形を餌にして攫っていたとしても不思議じゃ無い。
しかし、あれだけ人気になっているということは人形から犯人に迫るのは無理な話かな。
21世紀じゃあるまいし、監視カメラも無ければ買った人間の名簿も無い。
不特定多数の中から、一人を特定するのは21世紀でも無理に近いからな。
「……わかった、ありがとう。僕らはこれで帰るけど、君等も気を付けるんだよ。」
「「「はーい!」」」
「………」
聞きたいことが十分に聞けた俺は、子供達に別れを告げた。
「……ちょっと。」
しかし、まだ一人お別れの状態じゃ無いらしい。
声を掛けられた俺が振り返ると、顔を俯き後ろに手を組んだ状態のミアが立っていた。
俺見たり、そこから視線を逸らしたりの連続だ。
「……どうしたの?」
「その、トー、リックのことだけど。」
「彼がどうしたの?」
そんなミアが聞きたかったのは、俺もといトーリックのことらしい。
「あいつ、私のこと何か言ってた?」
仄かに頬を赤らめたミアが少しだけ顔を上げた。
この時俺から見えなかったが、後ろに立っていたスティアは何かを察したように頬を膨らませていた。
しかしなんだ、しおらしい所もあるじゃないか。
大方、先日俺に『火之球』をぶつけようとしたところを反省しているのだろう。
うんうん、自分の非を認めて反省するのは良いことだと思うぞ。
自分の非を認めて反省、許してやらんでも無いな。
「魔法の才能がある、将来有望な子だって言ってたよ。」
「ッ………!! 本当!?」
俺の言葉に反応して上げられたミアの顔は一瞬で朱に染まり、険が取れた三角眼は潤み、今まさに恋に落ちた少女のようだった。
この時俺から見えていなかったが、後ろに立っていたスティアは隣に立っているワグをポカポカと叩いている。
「ああ、本当だよ。」
「そっそう! まっ次会ったときは楽しみにしててよね!!」
ミアは声色を黄色を孕ませ、俺に背を向けて子供達の方に戻っていった。
その足取りは少し軽く、リズミカルだった。
「さて、役所に戻ろうか……あれ?」
振り返った俺の真ん前には、不機嫌そうに頬を膨らますスティアがそっぽを向いたまま立っていた。
「どうしたの、スティア?」
「いいえ、何でもありません。」
きっと、ミアが俺に『火之球』をぶつけようとした事をまだ根に持っているのかもな。
俺のことを大事に思ってくれるのは有り難いが、そうやって人を恨んでいてはダメだ。
「大丈夫だよ『火之球』についてはもう気にしてないからさ。」
「……そ……う事……いのに……」
「え、なんて?」
「何でもありません!」
スティアの呟きが聞き取れなかったから聞き直したが、スティアは機嫌を損ねて役所の方へ歩き出してしまった。
「あ、そう……」
「……馬鹿な奴。」
「なにぃ!!」
そんなスティアの後ろ姿を見ていた俺の横を素通りするワグの呟きは、ガッツリ聞こえた。
「スティア、いまワグが僕の事馬鹿な奴って言ったよ。馬鹿な奴って。」
「そうです!ユークリスト様は、馬鹿な奴です!!」
「へぁ……?」
衝撃の言葉を残して、スティアはズカズカと進んで行ってしまった。
当然俺を取り残してワグも行ってしまった。
先程までのやり取りを見ていた者なら分かるだろう。
ワグが馬鹿と言ったらスティアが突っかかってくる。
此処までがワンセットだからなのに、ここまでがワンセットなのに!
『あるじー、すちあとわぐいったよー』
「ああ、ロキ、もう少しだけこうしてて良いかな?」
『いいよー』
「あと、出来れば頭を撫でてくれるかな?」
『いいよー』
大通りの端で立ち尽くしアニマルセラピーを受けている俺が立ち直るのは、それから三分程後の話だった。
ーー
オルトウェラ帝国北部、銀雹公爵が治める領都カトバルス付近の街レーメン。
その東区に現在、項垂れてアニマルセラピストを受けている頭のおかしい八歳児が一人。
そして、そんな様子を遠くの薄暗い角から見つめる人間が一人。
『公爵家の三男が騎士団を連れてレーメンの街に来た。』
この噂が広まったのは、必ずしも表社会の人間だけでは無かった。
その噂を聞きつけたレーメンに潜む者達は、その姿を一目見ようと街のあらゆる場所に潜んでいた。
当の八歳児は全く気づいていないわけだが、その騎士である男が、魔獣が周囲を警戒していたので問題は無い。
まあ、気づいていないのは問題なのだが。
そんな連中が一人孤立した三男坊を捕らえる機会を逃すわけが無いのだが、ある者の存在がそれを許さなかった。
仮にも裏社会の端くれとして、彼等にもそれなりのセンサーのような物がある。
自分よりも遙かに暗く深い場所に居る者からの明確なメッセージ。
『手を出せば、死よりも恐ろしい何かが自分の身に降り注ぐことになる。』
それを、一言一句間違わずに魂の髄に刻んだ者達は、その場からゆっくりと自分の存在を消した。
母親の腹の中に帰るように。
「んで、あれが例の公爵家のガキか?」
「ええ、最後にあったのは三年前ですが、少し雰囲気が変わりましたかね。さっきの従魔とあの従魔も連れて、更に男前になったと思いませんか?」
暗闇の奥から、一人の男がその男に語りかけた。
口調からして若者だろう、それも育ちが悪さが口調の端々から感じられる。
語りかけられた男は、友人と共に映画を見るかのような軽い口調で言葉を発した。
その口調からしてかなり壮年の男だろう、その出で立ちに似合わない育ちの良さが口調の端々から感じられる。
「いや、俺に聞かれても知らねえよ……」
「ふうむ、そうですよね。貴方は新参ですし。」
「新参じゃねえよ、もう三年だ……まあいいや、それであのガキをどうするんだ?殺すのか?それとも聖教の連中に売り飛ばすか?あそこの連中は悪趣味なのが多いからな。」
彼等が扱っている商品は人だ。
それが、殺し屋でも子供でも善人でも悪人でも、なんでも。
人が欲しい時に彼等に頼めば、必ず見繕ってくれる。
当然、彼等の心中に居る八歳児もその対象だ。
「いえ、彼と遊びます。あの方との遊びは楽しいですからね。此方が用意したモノを根底からひっくり返してしまいそうな、そんな面白さが彼にはあるんですよね。他の人達は、そもそも我々に畏怖し、そんなことをしようとも考えない。去勢された者には狩人の資格などありませんから。」
壮年の男の口から発せられる声色には、狂喜が含まれていた。
「かっ、ああそうかいそうかい。それで……他のガキはどうすんだ?特にあの天翼人、数年経ちゃ良い具合に客が取れるんじゃねえか?」
一頻りのやり取りが終わった後、若い男はその口元を歪めて壮年の男に問いかけた。
「……子供であろうが無かろうが、他は全て盤上の駒です。私とあの方との遊戯のね。」
「ま、俺はいつも通り殺れれば良いさ。俺の出番もちゃんと準備してくれよ!」
そう言って、若い男は自身が出てきた闇の中へ姿を消していった。
地面を駆けずる鼠の鳴き声のみが木霊する路地裏に一人残された壮年の男は、項垂れている八歳児を見つめゆっくりと口を開いた。
「私の舞台に上がって下さいね。ユークリスト・スノウ・グリバー。」
男はナーベリックと呼ばれている。
『鎖の狩人』の輸送業を一手に担う、ただの道化だ。
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