第二十六話:道中の馬車の中の二人
油そばってラー油と酢を入れたらもっと美味しいんですよね。
王道かもしれませんが、新しい発見があるというのは面白いモノですね。
あと個人的にはゴマも入れて、量が少なくなったら温泉卵を入れると更に美味しくなります。
カトバルスにあるグリバー家本宅の門の目前で行われた姉弟喧嘩を目撃していた騎士団は、早急に支度を済ませてレーメンに向かう為の道中に乗っていた。
如何に公爵家に仕えている騎士達とはいえ、彼等もまた人間でありティーンエイジャーである事には変わりない。
すると、当然のことながら彼等の道中の暇つぶしのネタは先程まで目撃していたゴシップ。
となるところであったが、それを許さない人間が彼等を引率している。
威圧感のあるスキンヘッド。
彫りの深い顔つきの奥からギラつく眼光。
一般的な装いで統一している他の騎士達とは違う、全身を覆っている鎧。
柄に公爵家の紋章が彫られている、両刃の大剣を肩に掛けている。
彼等の教官にして、次期当主トーラス・スノウ・グリバーの専属騎士であるオズナルド・コールドウェルの一人息子。
アルマン・コールドウェルだ。
彼も先程の修羅場を目撃した人間の一人だが、その程度の事で彼の公爵家への忠誠心は揺るぎはしない。
それでも、彼も血の通う一人の人間である事には変わりない。
「しかし、あのお二人が喧嘩とは。お前は見た事があるか……ワグ。」
「……じゃれ合い程度ならな、あそこまで酷いのは初めてだ。」
隣にいるのは、現在アルマン達が護衛しているユークリスト・スノウ・グリバーの専属騎士であるワグ。
本来はワグ・ソトゥンという名前なのだが、それを知るのはワグの他にユークリストとスティアだけ。
ワグはここ半年程鍛錬の時間を、殆どアルマンと過ごした。
どこかのイカれた八歳児は下世話な妄想をしたが、そのような事はなく唯々鍛錬を繰り返していただけだ。
そんな間柄になった所為か、今では二人とも軽い世間話ぐらいはする仲になっていた。
しかし、基本的に質問するのはアルマンの方からでワグから話題を持ち込む事はない。
「……お前は気にならないのか?」
平然とした表情のワグを見たアルマンは、当然の疑問をぶつける。
仮にアルマンが同じ立場であったら、ユークリストに寄り添い心の支えになっていたであろうから。
疑問を向けられたワグは、俯き空中を眺めて何かを考える。
「……あいつなら、問題ないだろう。」
「……ふ、そうか。」
そう言ったワグの顔は、いつもの無気力な顔ではなく何処か真摯に誰かを思っている顔つきだった。
アルマンは、これが自分とワグの差なのだと直感的に思った。
その場の空気にそぐわない程燦々とした太陽が照らす北部の地。
一行はレーメンへ。
ーー
………何も考えたくない………
しかし、考えてしまうのはルルティアに言われた言葉だ。
『家族じゃない』という言葉に反応しているわけじゃない。
俺の精神は成人した大人だ。
既に自我の芽生え的なものは済んでいる。
だから、ルルティアに限定せずカイサルやマリアンヌ。
トーラスにフラムベリカ、そしてバレットに対してもあまり家族としての深い情を抱いているわけじゃない。
当然、ルルティアには感謝している。
俺が人生で初めてぶつかった障害を乗り越える事が出来たのは彼女のお陰だ。
前述した通り、彼女の為なら何でも出来る確信がある。
しかし、それイコール家族というわけじゃない。
確かに血は繋がっている。
同じ空間を共有し、彼等は俺の事を家族として、弟として愛してくれている。
でも俺にとっては、どこか一歩引いたような。
そんな彼等を、客観的に見ている節があると思う。
これは俺自身も、まだあまり分かっていない。
例えば、三年前誘拐され人を殺すか殺さないかで悩んだとき、真っ先に出てきたのは家族の顔だ。
果たして、凶器を片手に服に血を付けた自分が彼等に受け入れられるのか?
それが怖かったのは事実だ。
しかし、それは自分の居場所がなくなる事への恐怖も入っていた。
周りに誰も居なくなったこの世界で、どう生きれば良いのか分からなかったからだ。
同様の恐怖が魔力量が少ない事が判明したときもあった。
俺の中のテンプレでは、あの後家から追放されて成り上がり物が始まっても可笑しくなかったからな。
でも、それはしょうが無い事じゃないか?
だって、初めてこの世界に来て目を覚ましたときに考えた事は何だったか。
一仕事終えたマリアンヌを見て『やべえ、昨日ヌいた女優にそっくりだ。』だったんだぞ。
そんな事を思う奴に家族の何たらなんて当て嵌まるわけ無いだろ。
どこか、他人のような気がする。
それは俺が、転生者だったせいだろう。
今まであまり深く考えた事はなかったが、きっとこの身体の本来の持ち主だったら家族になれたのかもな。
一度考えた事はある。
ユークリスト・スノウ・グリバーには本来の持ち主がいて、俺はそれを奪ってしまったんじゃないかと。
でも直ぐに考える事を止めた。
何故なら考えても答えは出ないし、俺だって好きでこの世界に来たわけではないからだ。
どうしようもない事を考えて、自分を責めたって何も始まらない。
そう言えば『嘘つき』とかいってたな。
俺がルルティアに嘘を付いた事なんてあったか?
確かに、カイサルたちの事では嘘をついた。
それでもそれは、ルルティアを安心させる為についた嘘で、決して悪気があったわけじゃないんだ。
演者や商人の事だって、ルルティアの誕生日パーティの準備をしていたから。
ルルティアに気づかれたら、サプライズの意味が無くなると思って隠していたのに。
でも、ルルティアが傷ついた事も事実。
カイサルが戦場に行っている不安を抱えながら、肉親の嘘をつかれる気持ちを考えていなかった。
しかしそれよりも俺がショックだったのは、ルルティアが俺の容姿や魔力量のこと、そしてスティアやワグの事を気にしていたと言う事だ。
……ずっと抱え込んでたのか。
……ずっと心配してくれてたのか
だったら、いつから抱え込んでいたのか。
俺の容姿を見たときか。
俺の魔力量が少ないと分かったときか。
俺が誘拐されたときか。
俺がスティアを連れてきたときか。
俺がワグを騎士にしたときか。
俺がPTSDになったときか。
俺が魔獣狩りで無茶したときか。
思いつく事がありすぎて、どれが正解か分からない。
自分の事にかまけて今まで目を向けてこなかった。
もしくは、俺を取り囲む空気に甘えていたのか。
自分が、どれだけ周りの人間に助けられてきたのか。
自分の傍若無人な振る舞いが、いかにルルティアに負担を掛けてきたのか。
前世でもこんな事があった。
大学時代に俺は、自分の目指す夢を見つけた。
しかし一筋縄にはいかず、夢を叶える為には努力と時間が必要だった。
当時の俺は時間を確保する為にバイトを辞めて、奨学金だけで生活していた。
最初は上手く出来ると思ってた。
しかしどれだけ時間を掛けても、どれだけ努力しても思うような結果が出なくて。
ストレスと不安を紛らわす為に、酒を飲んで外食が増えて………
結局俺は、生活費の殆どを溶かしてしまう事になった。
そして、そこから親に仕送りの電話をするのが月一の月課になった。
あの時の俺は、自分の夢を叶える為に必要な事だと思っていた。
今ここで負担を掛けても、夢を叶えて稼いだ金で親孝行をするんだと。
屁理屈を並べて自分の行いを正当化していた。
それが、家族にとってどれだけの負担になるかも知らずに。
……そういえば、俺が死んだ後家族はどうなっただろうか。
父親は相変わらず公務員をしているだろうか。
いや、もうそろそろ定年かな。
母親は俺の事を引き摺っていないだろうか。
あの人には、今も笑っていて欲しい。
弟は大学を卒業して、就職できただろうか。
あいつは、何だかんだ言って要領が良かったからな、上手くやってるだろう。
妹は、もう成人して彼氏の一人や二人ぐらいできたかもな。
もしかしたら、結婚して息子に俺の名前を………いや、それはないな。
希望的観測のみで残された家族の事を想像する。
これ以上は想像できなかった。
いや、想像したくなかったという表現の方が正確だな。
正直、何も考えたくない。
考えれば考える程、自分の粗が浮き彫りになり自分という存在が心底嫌いになってしまうからだ。
しかし、考えないとこの先どうすれば良いのか答えは出ない。
鬱屈とした未来しか見えない俺を乗せて、馬車はレーメンに進んでいく。
現在俺は、レーメンに向かう道中の馬車の中だ。
本来、俺とルルティアとスティアとエリーズが乗るはずだった馬車の中だ。
しかし、中に居るのは俺とスティアだけ。
俺の対面側に、スティアが座っている形になっている。
ロキとノートも乗るはずだったけど、ノートが気を利かせたかなんかしてロキと一緒に荷物用の馬車の方に乗っている。
当然の配慮と言えば当然なのだが、過ごしやすいようにと用意された大きめの馬車は少し居心地が悪い。
陰鬱な空気が既に馬車の中に充満している。
スティアは、黙ったまま気まずそうな顔で窓の外を見たり俺の方を見たりしている。
悪いとは思う。
こういう時は大人の対応を取って、冗談でも言って場を和ませるのが俺としての務めなんだと思うけど、そんな事が思い浮かばない。
何を言っても、スティアが引きつった笑顔で『あはは』という未来しか見えない。
前世俺は大抵、問題に当たった時はベッドの上が寝転がっていた。
ただケータイをいじるだけで一日を消化する。
特徴的なのは、散財とヤケ食いだな。
ケン○ッキーの6ピース食べて、漫画アプリに課金する。
大学に行く事で辛うじて人間の体を保っていただけに過ぎない。
しかし、今はそんな事できない。
馬車は、今も刻一刻とレーメンに向かって近づいている。
あれ、なんで俺ここに居るんだっけ?
うん、そうだ。
人攫い組織がレーメンにいるから、俺が魔法習得の手助けをしたあの子供達の安全を確保しないといけないんだ。
魔法が使える平民の子供は珍しいからな。
連中から見ればそんな子供、葱を背負った鴨が入った鍋だ。
俺がやった事だし、自分で責任を取らないと行けない。
しかし、こんな所にいて良いのか。
今すぐ領都に帰ってルルティアに謝って、仲直りするべきじゃないのか。
そうするのが普通だろ。
俺があの人の家族である為にする必要な行動だろ。
今すぐ帰ろうかな。
それに、こんな気持ちでレーメンに行ったところで俺に何ができるんだよ。
こんな無気力で憂鬱として陰気な感情を抱えて、何かできると思ってるのか。
このまま行っても、どうせ誰かに仕事を押しつけるのが関の山だよな。
幸い、外にはアルマン達が居る。
彼等に仕事を任せて、俺だけ領都に帰ろう。
しかし、帰ったところで俺に何ができるんだ。
また拒絶されるだけじゃないのか。
またあんな眼でルルティアに見られると思うと、とても怖い。
俺は自分以外の人間にどう思われても気にしないが、ルルティアに拒絶されると辛いというのは先程分かっている。
かといって、このままレーメンに行くのか。
一体何をしに行くんだ。
……ずっと部屋に籠ってようか。
そうすれば、何か良い考えが浮かぶかもしれない。
うん、そうしよう。
前世の友人達の話を思い出して、この問題を解決する為に最適な答えを選ぼう。
そうすれば、きっと解決できるはずだ。
またいつものような日常に戻れるはずだ。
鬱屈とした気持ちもきっと晴れてくれる。
そう期待しよう。
「………ん…」
そんな俺の気持ちに蓋をするように包み込む物が一つ。
フワッと、明るい花のような匂いがして少し気持ちが晴れた気がする。
優しい匂いだ、このまま瞼を閉じれば安らぎを得られる事は間違いないだろう。
しかし、そんな事は言ってられない。
「……どうしたの?スティア。」
現在俺はスティアからの抱擁を受けているからだ。
ーー
ースティカリリア視点ー
ユークリスト様がとても落ち込んでいる。
こんなユークリスト様は見た事がない。
理由は分かってる。
さっきまで見てたから。
ルルティア様とユークリスト様の言い合いを、皆が見てた。
理由はユークリスト様がルルティア様にレーメンに行っちゃダメって言ったからだ。
ルルティア様が強い言葉を、たくさんユークリスト様に言ってた。
その中には、私とワグの事も入ってた気がする。
私の事がルルティア様に迷惑掛けたのかな?
……だったら、なんで今まで優しくしてくれたんだろう?
なんで、弓を教えてくれたんだろう。
なんで、仲良くしてくれたんだろう。
ホントは優しくしたくなかったのかな。
ホントは私の事嫌いなのかな。
ホントは他の貴族の人と一緒で、私に石を投げたかったのかな。
私が傷つけば喜んで笑うのかな。
……いやいやいや、そんな事はない。
だって、ルルティア様はユークリスト様のお姉様なんだ。
ユークリスト様の………
あ、そうか。
私がルルティア様を見るように、ルルティア様も私たちを見てるんだ。
どれだけ心配でも、どれだけ不安でも『ユークリスト様』という存在が互いを納得させてるんだ。
以前、私の事を話していた大人達の会話を聞いた事がある。
私の存在は如何様にもできるらしいと言う話を。
聖教国が帝国に攻め込む為の大義名分。
帝国が聖教国に攻め込む為の大義名分にも。
他の話は難しくてよく分からなかった。
でも、上の二つは分かる。
私のせいで、戦争が起こるんだ。
それでも、私がここに居られるのはユークリスト様の存在が大きいのだろう。
というか、それが絶対だ。
今私は、ユークリスト様と一緒にレーメンに向かっている馬車の中に居る。
ユークリスト様は、俯いて顔を上げようとはしない。
静寂が陰鬱に変わった馬車の中で、私は只管考えていた。
どうすればユークリスト様が元気になってくれるのかと。
ユークリスト様には元気になって欲しい。
いつものように笑って、私の名前を呼んで欲しい。
ルルティア様とも仲直りして欲しい。
でも、どうすれば良いのか分からない。
下手な事をして、ユークリスト様に嫌われたらどうしよう。
それだけは絶対にダメだ。
じゃあ、このまま馬車が止まるのを待つ?
きっと、それが一番良いのかもしれない。
このまま黙って時間が経てば、レーメンにつく。
そしたら、誰かがユークリスト様の事を助けてくれるかもしれない。
……でも、一体誰が?
ワグが助けてくれる?
いや、ワグはきっと黙ってるだけだ。
じゃあ、アルマンさん?
アルマンさんなら、人を元気づけるのは得意かもしれない。
レヴィアンナさんはどうだろう?
何も知らないけど、きっと力になってくれるかもしれない。
だったら二人に任せよう。
私はここで、ジッと黙っているだけで良いんだ。
ユークリスト様に何か言われたら、直ぐに返事をできるように準備だけしておこう。
何もせずに、ユークリスト様を見守っておこう。
何もせずに………
……いやだ。
私も何かユークリスト様の為にしたい。
私がユークリスト様を笑顔にしてあげたい。
ユークリスト様が大好きだから。
この半年ぐらいユークリスト様から離れる事が多かったけど、とっても辛かった。
確かに、弓の腕が上がっていく事は楽しかったし、私の種族についてのお話を聞けるのはとても良い事だ。
でも、そこにユークリスト様はなかった。
ユークリスト様がいない楽しいは、私にとって意味が無い。
そして、同様に元気がないユークリスト様を見ていると私も元気がなくなる。
私もユークリスト様に何かしてあげたい。
今がその時なんだと思った。
今まで、ユークリスト様からして貰った事を少しでも返せるかもしれない。
このチャンスが来た理由となった二人には少し負い目があるけど、それでもこれはチャンスなんだ。
私がユークリスト様に何かしてあげるチャンスなんだ。
私は何をしてあげられるか、一生懸命考えた。
記憶の中にあるお母さんとお父さんの事を思い出して、公爵家に来てからの事を思い出して。
何をしてあげれば、ユークリスト様が笑顔になるのか考えた。
何か勇気づける事を言ってあげよう。
でも、ユークリスト様が言って欲しくない事を言ったらどうしよう。
何かユークリスト様の好きな食べ物をあげよう。
しまった、今は何も持ってない。
何か、何か無いのか……
こういう時に、やっぱり自分が嫌いになる。
だって私がこんな風に落ち込んでいたら、ユークリスト様はきっと何か考えて元気づけてくれるのに、私は何もできない。
目の前で苦しんでいるユークリスト様を、ただ見ている事しか出来ない。
つい最近一歩を踏み出したと思って、舞い上がってたけど私は全然変わってなかったのかもしれない。
どれだけ自分の為になっても、本当に喜んで欲しい人が困っているときに何もできない。
……だったらもしも自分だったら、どんな風にして欲しいだろう考えよう。
お母さんも『相手にやられて嫌な事はしたらダメ』と言ってた。
つまり、自分がして欲しい事を相手にしなさいって事だよね。
私がユークリスト様にして欲しい事……
・・・・・
ユークリスト様にぎゅってしてほしい。
泣いた私を慰めてくれたあの日の夜みたいに。
なんて事を考えてしまえば、思春期に突入しようとしている少女の暴走を止める事なんてできない。
私の頭の中は、ユークリスト様への心配なんかよりも桃色一色に染まり始めたのだった。
私は、窓の外の方を確認した。
途中でワグやアルマンさんに、邪魔されたくなかったからだ。
そしてゆっくり立ち上がった。
馬車が石を踏んでしまって跳ねたらバランスを崩してしまうから。
私は慎重にユークリスト様の隣に座った。
自分が今どんな顔をしているのか分からない。
でもきっと真っ赤にしてるんだろうな、と思う程両頬が熱い。
目尻の部部に熱が集まって、緊張で泣いてしまいそうだ。
ユークリスト様は、隣に座った私の事に気づいていないようだ。
それほどショックな事だったのかもしれない。
そう考えれば、私は少しだけ冷静になった。
いや、なってしまった。
私がぎゅってしたら、ユークリスト様は嫌がるだろうか。
嫌がったら、怒られるよね。
そしたら、この馬車から追い出されるかもしれない。
そして、そのままユークリスト様に嫌われたままになるんじゃないか。
ルルティア様が何かあったら一緒に謝ってくれると以前言ってたけど、今は一緒に謝ってくれないよね。
つまり、今私に味方は一人も居ないって事だ。
………やっぱり、やめようかな。
自分が座っていた対面側の席を見た。
そして、窓の外を見た。
今なら、ワグやアルマンさんに邪魔されても文句を言いません。
「……ずっと部屋に籠ってようか。」
ユークリスト様からポロッと、パンパンになって溜めきれなくなった棚から何かが零れるように出た言葉が、私にある記憶を思い起こさせた。
約半年以上前、ユークリスト様が何かに悩んでいたときの事だ。
ずっと地下室に籠って、一人で何かを作ってた。
何かを作る事は良くあるけど、あの時のユークリスト様は違った。
なにか、もの凄く重い物を引き摺っているように生活していたのを今でも覚えている。
そして、私は何もできなかった。
あの時は、ルルティア様がどうにかしてくれたけど、今回も同じようにしてくれるとは限らない。
寧ろ、してくれない可能性の方が高い
だったら、尚更じゃないか。
私がするんだ。
あの時、私を守る為に一歩を踏み出してくれたユークリスト様のように、今度は私がやらなくちゃいけないんだ。
覚悟を決めないといけない。
何も考えずにユークリスト様に抱きついた。
何かを考えてしまえば、また悪い事を考えて躊躇してしまうと思ったから。
勢いはあった。
それでも、繊細に割れ物を扱うように触れたユークリスト様はとても良い匂いがした。
庭園の花のように、爽やかで安心できる匂いだ。
そして小さかった、彼の身体は私よりも小さかったんだ。
こんな人に私はどれだけ救われてきたのだろう。
「………ん…」
ユークリスト様が私に気づいたみたいだ。
「……どうしたの?スティア。」
その言葉を聞いた瞬間、声を聞けた事への安堵と、どこへも行って欲しくない不安から、顔中に溜まった熱が決壊したダムのように放出した。
「……どこにも…行って欲しく…ないです。スティアと一緒に居て下さい……」
もっと別の事を言おうと思ってた。
彼の侍従としてではなく、年上のお姉さんとして包み込んであげたかった。
それでも出てきた言葉は、彼に懇願する情けない言葉だった。
しかし震える声で一生懸命に出た言葉が、今の私にとっての精一杯だった。
ーー
ーユークリスト視点ー
「……どこにも…行って欲しく…ないです。スティアと一緒に居て下さい……」
そう言ったスティアの声は震えており、嗚咽が混じっていた。
なんで泣いてるんだろう。
正直、泣きたいのはこっちなんだが。
まあ、そんな事をスティアに言っても仕方が無い。
スティアなりに俺を励まそうとしてくれているのかもしれない。
俺の腕は、自然とスティアの背中の方に回っていた。
「どうして、僕が何処かに行く思ったの?」
「だって……また…部屋に籠るって……」
「ああ、そうか、聞こえちゃったんだね。」
どうやら、先程考えていた事が音になって俺から漏れ出ていたらしい。
俺には引きこもりの前科があるからな、スティアに嫌な記憶を思い起こさせたのかもしれない。
また、俺の不用意な行動で人を傷つけたのか。
「大丈夫だよ、どこにもいかない。」
「…うぐっ……ひぐっ…ホント…ですか?」
「ホントだよ、ほら、ここにいるよ。」
スティアを宥める為に、ポンポンと背中をさすった。
「うう……ユークリスト様ぁ…」
そう言ったスティアの抱擁が少し強くなった。
スティアは俺の存在を確認するように、身体のあちらこちらを弄りだした。
時代と年齢が違っていたら、児童相談所を探していたところだ。
いや、寧ろやってくれと言っただろう。
少し経って落ち着いたスティアは、ゆっくりと深呼吸をした。
その吐息が、俺の耳元まで掛かってきた。
「ぐすっ、ユークリスト様……」
「……なぁに?」
「帰ったら……一緒にルルティア様に謝りましょう。」
互いに抱擁したまま、耳元で聞いたルルティアの声はとても優しく聞き心地が良かった。
赤ん坊の頃、寝静まる直前に聞いたマリアンヌの歌声に似ている気がする。
何の説得力も無いけど、その提案とっても力強い物だった。
一緒に謝ってくれるか……
「スティアも一緒に?」
「はい、私だけでダメだったらワグも呼んで、三人で謝りましょう。」
「ワグも?あいつは嫌がると思うけど…」
「大丈夫ですよ。ワグも家族ですから、きっと一緒に謝ってくれます。」
「……家族?」
「そうです。私にとって、ユークリスト様とワグは家族です。」
家族か。
スティアは既に天涯孤独の身だ。
そんな彼女が、常日頃を共にしている俺達を家族と表現するのも納得できる。
それでも、その言葉は俺にとって干上がった大地に振った恵みの雨のように荒んでいた気持ちを癒やしてくれた。
「ワグはお兄さんみたいですが、実は弟で。ユークリスト様は、お……お…」
「お兄さんかな、僕は少し老けてるから。」
「いえっそんな、違います!」
誤魔化そうとしているのか、慰めようとしてくれているのか分からないが、慌てた様子なのは伝わってくる声色で可愛らしく訂正しようとするスティア。
こちらからは、声しか聞こえないんだけど。
とにかく、この瞬間が俺にとってはとても助けになった。
心の中に立ち籠めていた暗雲を、スティアが快晴に晴らしてくれた。
気持ちが落ち着いて、少し元気が出た気がする。
何の根拠もないけど、上手く行きそうな気がする。
そりゃ、上手く行かない可能性の方が高いに決まっている。
相手は、現在進行形で俺へのフラストレーションを溜め込んでいる人間だからな。
俺の考えている事なんて、全く解答見目のつかない理由で怒っているかもしれない。
俺は、こういう時に人の地雷を踏み抜くのが得意だ。
例え謝っても、俺の不用意な発言でルルティアの事を更に怒らせてしまうかもしれない。
しかし、そうなっても俺は一人じゃないと安心できていた。
スティアのお陰で希望が持てた。
「………スティア」
「はい、何ですか?」
「俺、大丈夫かな?」
スティアの抱擁のお陰でホッとしたのか、不意に弱音を吐露してしまった。
普段の俺ならこんな事はしないが、自制心が働かなくなっているのかもな。
それほどまでに、安心してしまっている。
「大丈夫ですよ……ルルティア様は、ユークリスト様のお姉様ですから。」
「でも、家族じゃないって言われちゃったよ……」
「家族ですよ、お二人は家族です。私が知ってる一番仲が良い家族です。あ、お母さん達が居るので、やっぱり二番にします。」
「ははっ、そうか、じゃあ頑張ってみようかな…」
「ユークリスト様なら大丈夫ですよ……その、わ、私も居ますから。」
「うん、ありがとう……」
俺の心が落ち着くのと逆行して、スティアの鼓動が高くなる事が音で感じる事が出来た。
スティアも頑張ってくれたのかもしれない。
こういう大胆な行動が取れる子じゃなかったのに、俺の為に頑張ってくれたんだろう。
まさか、スティアに救われる日が来るとは思わなかった。
決してスティアを下に見ているわけじゃないが、俺は何処か彼女を保護者みたいな視点で見ていた。
だから、自分が守らなければいけないと思っていた。
実際、今までそうしてきた。
でも、スティア自身も成長している。
そう思ったら、少しだけ落ち着いてきた。
そして、自分よりも緊張している人間が近くに居ると冷静になれる理論のお陰で、俺の中によこしまな考えが生まれてしまったのも、また避けられない運命だった。
もの凄く良い匂いがする。
あーやべぇ、これ、このまま居たらダメな奴だ。
でも離れたくないのも、また事実である。
メイド服も触り心地の良い素材を使っている所為か、手があっちに行ったりこっちに行ったり。
別に、やましい事をしているわけじゃないぞ。
「ユークリスト様、ちょっと、くすぐったいです……」
「あ、ごめんね。」
スティアの声が俺の耳元で囁かれた。
密室で二人きりの状況、未成年とは言え密着した男女、互いに気持ちは高揚している。
頭では、理性では分かっていても、本能は切り離せない。
健全な男の子の道を全力疾走している俺は当然耐えられるはずもなく。
おい、やめろ、止めるんだ!!
相手はスティアだぞ、この行為は彼女からお前に向けられた信頼への裏切り行為だ!!
理性が、というか現代倫理観を持った俺が必死に訴えかけてくる。
ああ、わかってる。でもどうしようもないだろ?
めっちゃ良い匂いするし、めっちゃすべすべだし、めっちゃ可愛いし。
五歳児以下の思考回路しか持ち合わせていない本能は『めっちゃ』をめっちゃ多用して、事の重大さを訴える。
だから、何だというのだ!?
あれか?転生主人公特性的なハーレム属性の所為にするつもりか!?
あんなの、持って生まれた能力だけでモテてるだけの単なる素人童貞だぞ!?
銃で遊んで自分が強いと勘違いしている子供と一緒だぞ!?
マッチングアプリ穴モテだけのブサイクと一緒だぞ!!
お前が前世で一番嫌悪していた人種なんじゃないのか!?
成り下がるな!誇りを持て!自分を律するんだ!!
理性は熱弁を振るった。
何せ目の前の五歳児は自分で無いようで、自分だからだ。
目の前の性獣にも、鬱屈とした童貞時代があったのだと。
それを、呼び起こす為に熱弁を振るった。
めっちゃ良い匂い、めっちゃすべすべ、めっちゃ可愛い。
そいつは既に、真面な思考回路を失っていた。
かくして、本能の心を鐚一文も動かせなかった理性はフル回転で頭を回した。
この場を切り抜けると言うよりも、全く動かない本能との兼ね合いを付けようとしていた。
現在も俺に抱擁し慰めてくれているスティアの信頼を裏切らずに、この場を切り抜ける方法。
しかし、理性を持ってしてもその解決策は浮かばなかった。
「……スティア。」
「はい、なんですか?」
「もうちょっとだけ、こうしててもいいかな?」
「…ふふ、良いですよ。」
それが精一杯の答えだった。
何もしない事しかできなかった。
馬車の外から心地の良いリズムを刻む蹄鉄音が聞こえてくる。
気持ちが軽くなった。
心を切り替えて、レーメンで問題解決できるぐらいには持ち上がった。
人攫い組織が何者であろうと、物怖じしない覚悟ができたかもしれない。
よーし、やってやる、やってやるぞぉ!!
これは、紛れもないスティアのお陰だ。
もしも俺がレーメンで何かを成す事があるとすれば、それはスティアのお陰だ。
あのキッズ達にもスティアの事を信奉させよう。
それぐらいの事をスティアはやってくれたのだ。
本当に心から感謝している。
ーー
一行は日を跨いでレーメンに到着した。
その間ユークリストは馬車の中から出てこず、食事や睡眠を馬車の中で済ました。
レーメンに到着した彼等は、まず中央の丘の上にある役所の方へ向かった。
カイサルが代官に任命したレーメンの領主がいるからだ。
ユークリストがレーメン行きを決めたときに代官に向けて連絡を取っており、人攫い組織の事を聞くのにうってつけの場所だ。
アルマンは不安だった。
カトバルスを出発してから、ユークリストの姿を見ていないからだ。
また日を改めて訪問しようかとも考えた、実際にユークリストに奏上もした。
しかし『大丈夫だよ』と返ってきただけで、それ以来音沙汰はない。
彼の胸の内を推し量る事は容易だろう。
それに反して、全く心配した様子のないワグ。
いつも通りの澄ました顔で、馬車の横についている。
レーメンに来てからここまで、当然ワグにも視線が集まった。
ナベロ人が正装で、公爵家の騎士に随行している事に疑問を持った者も居たからだ。
そして、その視線も穏やかなものでは無かった。
しかしワグは我関せずといった様子で、自分の仕事を熟している。
それは自分の主への誇りなのか、単なる無関心なのか分からないがその姿は堂に入ってる。
領主が待っている役所に着いた。
未だ不安を拭い蹴れないアルマンであったが、騎士としての仕事をしなくてはならない。
自身は下馬し、ユークリストが乗っている馬車に歩を進める。
役所到着を伝える為に、近づいていくアルマンの顔には薄らと冷や汗も浮かんでいる。
「待て。」
後ろからワグに止められた。
振り返ると、ワグも下馬しており直ぐ後ろについていた。
その後ろには、ユークリストの従魔であるロキとノートの姿が。
「…俺の仕事だ。」
そう言ったワグはアルマンの肩をポンと叩き、馬車の方に近づいていく。
「……ユークリスト、着いたぞ。」
「……わかった。」
そう言って、馬車の戸口が空いた。
黒のマントを羽織り中から出てきたユークリストの表情は晴れ晴れとしていると言うよりも、何か覚悟を決めたような顔つきだった。
「アイルビーバック、レーメン。」
いつもの悪賢い顔つきに戻ったユークリストを見て、アルマンは安堵した。
自分の憂慮は、取り越し苦労に終わったのだと。
まず、飛び出したのはロキだった。
ユークリストの肩に飛び乗り、何かを念話で話している。
次がノート。
これはユークリストとは違いワグの方へ。
子供の腕よりも、ワグの腕の方が安定感があるのかもしれない。
こうして、ユークリストは次の舞台に足を踏み入れた。
と言っても、前回と同じ舞台なのだが。
お読みいただきありがとうございました。
評価とブックマークの方よろしくお願いいたします。
下の☆マークの所を五つになるようにポチッと押すだけの簡単な作業です。
良いねと感想の方も、より良い作品作りの為の参考としてお願いしたいと思います。




