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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
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第二十五話:壊れるモノ

ふとした瞬間に炒飯が食べたくなってしまう、今日この頃の私です。

ふとした瞬間にハンバーガーが食べたくなってしまう、今日この頃の私です。


それらを差し置いて油そばを食べに行く、今日この頃の私です。 


 自分という人間が嫌いになる瞬間というのは、自分が予期していない時に訪れる。 

 そして自分以外の人間の事を嫌いになるのも、自分が予期していなかった時だ。


 俺はあれから、ほぼ五日間地下室に籠った。

 魔道具製作が楽しかったからだ。


 そりゃあもう、楽しかった。


 もちろん、ルルティアの誕生日パーティの為にきた行商人とか演者とかなんやら、そいつらの対応もした。

 すでに、プランは出来上がっている。

 まあ、ルルティアと仲直りできたらの話だがな。


 ノートと一緒にアイディアをぶつけ合い、試作品を作ってトライ&エラーの連続。

 機動力系の魔道具のテストには、ノートとロキと追いかけっこをして。

 防御力系の魔道具のテストでは、ワグとアルマンに来て貰って耐久力を試した。

 

 方向性がある程度定まったら、魔道具の効果を高める為の術式の選出。


 そんでいくつか試作品を作って、またトライ&エラーの連続。 

 楽しすぎて忘れてた。

 

 いや、やろうやろうとはしてたんだけど。

 自分から踏み出せなかったっていうのが、一番の原因だよな。

 

 

 それは、レーメン出発前に起きた。 

  

 

 俺とスティア、そしてワグとほのぼの兄妹。

 それぞれ準備を済ませ、屋敷から出発していようとしていた時の事だ。

 

 俺は、今回ちょっとだけお洒落をしてみた。

 今までは、機能性を重視した貴族として最低限の装いって感じだったけど、今回は違う。

 シルクのシャツは薄らと光沢を放ち、下を黒のロングズボンと肩から黒のマントを羽織って纏めている。

 他の色とかも色々提案されたけど、結局黒に収まった。

 なんか、こういう時に俺の本質的なモノが出るよな。

 ジャケットにするという意見も侍従達からあったが、この時期は暑い。

 現在は夏真っ只中だ、如何に年中長袖が通常運転の北部の気候でも、ジャケットまで着込むのは暑すぎる。

 貴族の矜持的なモノもあるのかと思うが、俺は矜持よりも快適な着こなしの方を重視する。 

 あれ、確か前はこんな事を言ってたな『実家の威光を笠に着るなら、それに見合う男になる』と。

 

 それはそれ、これはこれだ。


 電気代節約の為にエアコンを使わないと言ってた人間が、次の日にリモコンを握っているのは良くある話だ。

 北風と太陽の関係も、太陽が強かっただろ。


 ん?あんまり俺の服装が変わってないって?


 いやいや変わってるから。

 見てここ!この首の所、マントを止めるところだよ。

 この金のチェーン!

 純金だぞ純金、このワンポイントのお洒落ってヤツが粋なんだよな。

 まあ、チェーン付けて盛り上がってる時点で俺のファッションセンスは中二で止まっているのだが、アガっちゃってるんだからしょうが無い。


 そして黒マントの端の部分には、銀糸で薔薇の刺繍が施されている。

 これと合わせてツーポイントだな。


 しかし、そんな銀薔薇の花弁を全て散らすような出来事が俺の目の前に起こっている。  

 

「……叔父上、これは、どういう……?」  

「見ての通り、お前の護衛だよ。」


 和やかな顔で俺にそう言ったのは、我が父カイサル・スノウ・グリバーの兄であり俺の叔父でもある。


 ガレフ・フォン・グリバー。

 オールバックにしていた藍色の髪は以前に比べると伸びており、襟足が長くなり纏まった髪束が側頭部からも伸びている。

 細縁の眼鏡の奥にある優しい茶色の瞳。


 いま俺達の前には、そんなガレフが用意した騎士団がズラッと並んでいる。

 まあ、ズラッとと言っても五十人ぐらいだ。

 騎士団の教官をしているアルマンを筆頭に騎士見習い等が五十人。

 俺達の護衛と、軽い訓練を兼ねているんだろうな。

 

 しかし、俺としては都合が悪い。

 俺が自由に動きづらくなった。


 だって、今まで通り魔獣狩りに行くという体なんだ。

 これまで何度か行ったけど、護衛を付ける事なんて無かった。


 そりゃ、最初は護衛を付けようかの話が一つや二つ出たけど、俺はそれを全て断ったんだ。

 今回もそれで乗り越えてやる。


「……僕は魔獣狩りに行くだけですよ?いつもと変わりませんし、なにも危険はありませんよ?」


 そうだ、俺は決して人攫い組織の壊滅なんて目論んじゃいない。

 ただ、少し様子を見に行くだけだ。


 苦笑いを貼り付けガレフに対して取り繕うとするも、あまり意味がない気がする。


「………確かに、目的は魔獣狩りだとしてもだ。先日言った通り、いつ危険が迫るか分からない。だからせめて、こちらがやれる事はやっておきたいのさ。」 


 くそ、余計な事しやがって。

 いや、親代わりとしては当たり前の行為だけどさ。

 俺がガレフの立場ならそうする。

 

 というか、五十人じゃ済まさない。

 一個師団丸々、警護に就けても足りないぐらいだ。


 しかし、少数とは言え公爵家の騎士団が来る事で人攫いの連中が刺激されたりしないだろうか。

 逃げたり、ヤケを起こしたり、地下に隠れたり。

 俺が思うような行動を取ってくれたら嬉しいけども、理解不能な行動に出られるのは勘弁願いたい。

 

 だからなのか……

 

「僕の事なら心配いりませんよ。これでも逃げ足は速いですし、それに、騎士ならワグがいますから。」

  

 そう言ってしまった。 

 

「……」 

 

 俺と叔父、そしてその後ろの騎士達の間に、しばし気まずい空気が流れた。  

 心なしか、緊張感も醸し出されている。 

 

 墓穴を掘った?図星を突いた?  

 いや、地雷を踏み抜いた。

 

 ガレフは、自分の婚約者を東部民族による侵攻で失っている。

 そんなガレフに対して、東部出身のワグを頼りだと自慢する事はあまり良くなかった。


 確かに、ガレフはワグに対しての嫌悪感を表面的に出しているわけじゃない。 

 だから、嫌悪感があるかどうかも分からない。

 

 しかし、帝国人は基本的に東部民族の事を嫌い、更にガレフは婚約者まで奪われている。 

 この世界の人間の歴史やらなんやらを考えるのであれば、


 軽率だったとしか言い様がない。


「あ、あのーーーーー」

「確かに……」 


 俺よりも先にこの沈黙を破ったのは、ガレフの方だった。


「ユーリ一人ならば、彼一人でなんとかなるだろうな。」 


 その顔は、いつもと変わらない優しい叔父の顔だった。

 恐怖も怒りも孕んでいない。

 逆にそれが気持ち悪さでもあるのだが。


 しかし、気になる言い方だ。 

 メインで行くのは俺一人だぞ。


「えっと、叔父上行くのは僕たちだけですよ?」

「ああ……知らないのか?私は、ルルティアも一緒に行くと聞いているんだが……」


 少し困った様子のガレフから放たれた言葉に反応して振り向く。


 おい、まさか、嘘だろ。


 俺達の後ろ、ワグとスティアの後ろにはルルティア達が立っていた。


 ルルティアは黄色を基調とした華を想わせる簡易的なドレスに、大きなボンネット帽。

 いつもの外行きの格好に、しかし笑顔はない。

 口をへの字にして、少しムスッとした顔でこちらを見ている。


 その後ろには、ルルティアの専属侍女と騎士であるグロリアとエリーズ。

 エリーズはヴィクトリアン朝のスタンダートなメイド服。

 髪を纏め上げ、スタイリッシュ感が出ている。


 ちなみに、スティアのはスカートの裾などにフリルが付いてるクラシカルな奴。

 頭にも、カチューシャを思わせるプリムが付いている。


 グロリアは機動力重視の薄い甲冑に、それとは似つかわしくない大楯を背に掛けている。

 菱形の角を丸くしたような大楯で、その中心には公爵家の紋章が描かれている。


 ちなみにワグの鎧は、肩当てと脚甲だけのこれまたグロリアよりも軽装だ。

 肌色のシャツに、東部特有の彫り物を使ったループタイ。 

 そして、腰にはククリ刀の様な刃物を二つぶら下げている。


 胴体がガラ空きじゃ無いかと思ったそこの君も安心して欲しい。


 ワグのシャツは怒大熊(グレイトベア)の毛が織り交ぜてある

 魔術銃(リボルバー)の所為で呆気なく倒してしまったが、危険度Cというのはとんでもなく強い。

 生身の俺が戦えば、七秒ぐらいで腹の中に入ってしまうだろう。

 Bランク昇級直前の真面なランクCのパーティが準備をして、やっと一頭倒せるレベルだ。

 それを生地に織り交ぜているのだから、そんじょそこらの攻撃は通らない。

 防寒、防刃機能は折り紙付きだ。


 さて、そんな事は置いといて、今はそれよりも大きな問題が俺の目の前に立っている。


 ルルティアだ。

 つい六日程前にひょんなすれ違いから、気まずい関係になってしまったルルティア。

 この六日間程、朝食時に挨拶しても無視して口を聞いてくれなかったルルティア。


 そんなルルティアが、俺達と一緒にレーメンの方に向かいたいと言っている。

 俺の知らないところで進めていたらしく、既に準備は済んでいる。


 同行したいって事は、ルルティアはもう俺の事を許してくれたのか?

 俺はなにもしてないんだけどさ。

 ルルティアの事だから、俺が謝るまで許してくれないと思ったんだけど。


 なんて事を考えながら訝しむようにルルティア一行を見ている俺に向かって、ルルティアはスタスタと俺の前まで歩き出し、腕組みに仁王立ちで俺の前に身降ろすように立った。

 未だに俺よりもデカいな、いや女の子は身体の発達が早いとかなんとかは知っているけど。

 しかし、それでも俺より遙かに背が高いルルティアに身降ろされるのは、少し威圧感すら感じる。

 

 大きなボンネット帽で出来た影のお陰で、ルルティアの表情はハッキリと視認できる。

 あれ、まだ怒ってるよな。

 不機嫌そうに下唇を噛んで、眉間には皺が寄って、こちらを見るまいと不自然に目線を逸らしている。


「私も行く、文句、あるの?」 

「えっと、文句なんて……」


 強い口調でそう言ったルルティア。

 こちらは作り笑顔で取り繕う事しか出来ない。

 

 普通に了承すれば良いのだろうか?

 それとも、先日の一件の事を謝れば良いのか?

 それか、何か冗談でも言うか?

 

 わからない。


 そもそも、どうしてルルティアが行くなんて言い出したのかも分からないのに。


 こういう時に便利な助け船を出してくれる人がいれば良いんだけどな。


「二人も一緒に行くのであれば、こちらも何かしないといけないからな。煩わしいと思うが、騎士団も連れて行ってくれ。」 


 なんて事を考えていたら、ガレフが俺達の仲を取り持つように言葉を挟んだ。

 この人はこういう気遣いが出来るよな、さらっとエスコートが出来てしまう。

 さすが、北部の英才教育を受けた人だ。

 

 俺も同じ教育を受けているはずなんだが、いまいちエスコートなんてモノがよく分からん。


 しかし、ルルティアが同行するというのなら俺から何かを言う事はない。


 だってルルティアだぞ。


 俺の最愛の姉で、生まれてから片時も離れた事のない人間ランキング堂々の一位。

 俺が、この人生で初めて味わった全ての事柄に立ち会ったのが、ルルティアだ。

 俺という存在を全て肯定してくれる、そして俺もその存在の全てを肯定しているただ一人の存在。

 俺の上半身の関節をジョイント部分が摩耗したプラモデル並みにゆるゆるにした。

 俺が心的外傷後ストレス(PTSD)障害に掛かり不眠症を患ったとき、だれよりも早く気づいて、誰よりも心配してくれた。

 そして、そんな暗闇から抜け出せたのは、他でもないルルティアのお陰だった。

 ちょっとやり方は強引だったし、荒療治極まりなかったが。 

 それ以来、俺はルルティアに対して足を向けて寝られなくなった。

 実際に屋敷にある俺の私室のベッドを移動した程、俺はルルティアに対して真摯に向き合ってきたつもりだ。


 ルルティアが黒だというのなら、快晴の空を切り取ったようなスティアの蒼髪も黒になってしまう。

 ルルティアが欲しいというのならば、未知の生物が闊歩する危険自然区域(レッドエリア)に入って大冒険を繰り広げる覚悟を決める事が出来る。

 ルルティアの為なら国を裏切る事だって出来るだろう。

 ルルティアに婚約者が出来たら、カイサルの代わりに『どこの馬の骨だぁ!?』と怒鳴る事だって出来る。

 ルルティアに笑って貰う為なら、僕は悪にでもなれるだろう。


 そう『ルルティアの為なら』という言葉は、俺にとって何よりも優先すべき重大事項を表すのだ。 

 そして、そんな彼女とここ数日だけとはいえ気まずい関係性だった事はとても心が痛かった。


 そんなルルティアが同行したがっている。

 俺としては、断る理由など無い。


「ルル姉、一緒に行く?」

「………ユーリは嫌じゃない?」


 そっぽを向いて答えるルルティア。

 ふはは、ついに俺が覇権を握るときが来たぞ。


「嫌なんて、そんな事無いよ。ほら、前にルル姉と一緒に魔獣狩りに行くって約束したからさ、凄く楽しみにしてたんだよ。」 

「……」


 俺は、ルルティアの手を取った。

 それに反応するように、ルルティアがこちらを見る。

 

 瞳一杯に蒼玉(サファイア)を鏤めたような輝きが、此方を照らすように見つめている。

 血縁じゃ無きゃ、きっとこの人に惚れているだろうな。

 惚れるまではないにせよ、物語だったら恋の予感ってヤツが走っただろう。

 それほどまでに愛らしく、魅力的だった。

 

「本当だよ。だからほら、一緒に行こう。」 

「………ふん、まぁユーリが一緒に行きたいって言うなら行ってあげても良いわ。」 

「うん、一緒に行こう。」

「!!………」 


 ルルティアは口をへの字に曲げ、頬を紅潮させながら俺から顔をふんっといった感じで背けた。


 ふっ、可愛らしいところもあるじゃねえか。 


「じゃ、エリーズ、グロリア、早く馬車に荷物積んで!」

「承知致しました。」

「了解。」

「よぉーし、出発だ! 準備しろぉ!」 


 ルルティアは、その表情を俺に見せないまま馬車の方に向かったが、声色は少し喜色に変わっているように聞こえた。

 そんなルルティアに追随するように、エリーズとグロリアが後に続く。


 アルマンは俺達のやり取りを見守っていたのか、終わるのを見計らって後ろにいる騎士達に号令を掛けた。

 アルマンの号令に従いキビキビと準備を進めている。


 エリーズは、通常のキャリーバッグサイズの荷物入れを両手で持っている。

 グロリアは………なんか中国の雑技団みたいな荷物の運び方してる。

 どうやってバランス取ってんだろ?

 あっすごい、エリーズがジャグリングみたいにグロリアから荷物を受け取って馬車に荷物詰め込んでる。


 しかし、ルルティアがこうして来てくれて良かった。 

 ………理由は分からないけど。

 きっと寂しくなったんだろ。

 こういうのは、本人の中で問題が解決している事が殆どだ。 

 きっとルルティアの中で、何か解決したんだろうな。

 というか、カイサル達を心配していたんだから何か安心する事があったのかもしれないな。

 

 この五日間、食事時以外ほとんどルルティアとは顔を合わせなかった。

 熱中したら部屋に籠ってしまう、俺の悪い癖が出た所為だ。


 しかし、それが逆にルルティアの頭を冷やす、というか整理をする時間になったんだろう。

 

 うん、よかったよかった。


 ルルティアが馬車に乗ろうとしているのに続くように、周りの騎士達も準備を始めた。

 俺達の動向を窺ってたんだろうな。

 心なしかほっこりしている。

  

 後ろに控えていたスティアとワグも準備を始めた。

 ワグはいつも通りだが、スティアは心なしか足取りが軽いように見える。

 スティアはルルティアと仲が良いからな、俺とルルティアの気まずい空気感に板挟みになっているのは、いたたまれなかった。

 ………ニンマリしてる。


 これで一件落着だな。

 例に漏れず俺はなにもしていないが。

 

 いや、俺が何かしたのかもしれない。

 

 ほら、俺って転生者だし。

 何かしらの、主人公補正的な何かが働いたのかもしれないな。

 こう、人間関係が円滑にいく主人公補正とかさ。

 自分が知らないところで、自分の好感度が人知れず上がったりするアレだよ。 

 周りが勘違いして、俺の事をいい人判定したりするあれだ。


 いや、人間関係の主人公補正って何だよ?

 そういうのって大体、行き当たりばったりにヒロイン達に惚れられるとか、ちょっとした事で何処かの御貴族様に『ふっ面白い少年だな』とか言われる系のヤツだろ


 いやいや、いらないだろ。

 確かに、行き当たりばったりに女の子に惚れられるのは魅力的だ。

 しかし、女性問題はいずれ破滅を呼ぶと俺は知ってるから遠慮したい。

 それに御貴族様って、俺が今その御貴族様だからな。 

 

 それに、そんなのはフィクションの話だ。

 実際に俺の知らないところで話される話ってのは、大概碌でもないモノに決まっている。


 つまり、俺の知らないところで何らかの力が働いたって事かもな。


 しかしだとしたら、一体何が?

 もしくは誰が………


 俺は、出発の準備をしている皆の輪から外れるように一歩引いて全体を見た。

 俺、ルルティア、スティア、エリーズが乗る用の馬車。

 グロリアとワグは、自分の馬がいるから騎乗の準備をしている。

 アルマンは、若い騎士連中に檄を飛ばして準備を整えている。

 ガレフは俺達のやり取りを見ていたのか、いつもの和やかな顔に戻っている。

 いや、いつも通りか…………


 

 …………そういえば、フラムベリカの姿が見当たらない。


 普通こういう時、真っ先に見送りなりなんなりするのがフラムベリカだ。

 なんなら『ほう、人攫いが横行中と。私も行くぞ』みたいに物見遊山的に付いてくると思った。

 実際、フラムベリカに今回の件を伝えてみたら『ふむ、面白そうだな』としか言わなかった。

 あの人ならついてくると思ったんだけどな。

 だって、こういう事件こそフラムベリカの能力的なモノが必要なんじゃ無いかと思うんだ。

 三年前に俺が誘拐されたとき、俺の居場所を突き止めたのがフラムベリカだと自慢げに言ってたからな。

 犯罪プロファイリング的な能力が、フラムベリカにはあるのかもしれない。


 だから、何かしらの援助があると期待してたんだが『男の子だろ?それぐらい自分でやるんだ』と言われてしまった。

 

 姉だろ?弟の一人ぐらい助けてくれよ。


 しかし、何はともあれ今全てが丸く収まろうとしている。

 だったら、俺に文句はない。

 

 さてさて、これで皆お手々を繋いでレーメンに出発だ。

 レーメンで、人攫い組織をあの子供達から遠ざける為に。


 そう、人攫い組織がいるレーメンへ行くんだ。

 正体すら分からない、尻尾すら掴めていない連中がいるレーメンへ。


 そして、一歩目を踏み出した瞬間……

 何かが自分の脚に絡みついているように感じた。

 このまま、未曾有な恐怖の中に引き摺り込まれてしまいそうな感覚だった。


 『これ以上踏み込んではいけない』

 

 何かが明確な意志を持って俺に警鐘を鳴らしている。 



「………やっぱりダメだ。」



 無意識のうちに出たその言葉は、その場にいた全員の耳に入ってしまった。

 花畑が見える程ほのぼのとした雰囲気は一瞬で枯れ果て、全員の視線が俺の方に集中した。


 まずい、やってしまった。

 この場の全員から残らず不穏な空気が漂ってくる。

 

「……今、なんて言ったの……?」   


 そんな雰囲気の奥から、これまた殺伐とした怒気を孕んだ少女の声が聞こえてきた。

 そして、直ぐにモーセが割った大海のように俺とその声の主との間が開けた。

 

 そして目が合った。 

 さっきまで、和解したと勘違いしていたルルティアと。 


「あ、その……」 

「ダメだって言った?………さっきは良いって言ったのに。」 

「あ、や、その、違うよルル姉………」


 ルルティアから向けられた刃物ように鋭利な視線。

 俺は一瞬身動ぎ、防御反応で出た手を顔の前に持ってきていた。

 そして、手を振ってさっきの呟きの訂正をしようとしていた時…… 


 また、その違和感がやってきた。

 畜生!何でだよ。

 良いじゃねえか、折角ルルティアから歩み寄ってくれたんだぞ!

 今まで通りの仲の良い姉弟に戻れるんだ、一体何が不安なんだよ。

 『ユーリおはよう』『ユーリお茶会しましょ』『ユーリ……ユーリ』

 そう言って笑顔で俺の手を引いてくれる、今まで通りの日常が俺の手元に戻ってくるんだ。

 なのに………何でだよ。


 ルルティアを歓迎しようとする度に、何でこんなに胸が締め付けられる気がするんだよ。


 この感覚には覚えがある。

 

 前世で何度も経験した感覚だ。

 税務庁を名乗るスパムメッセージのURLをクリックしてしまった時。

 大学の成績発表がされて単位取得を確認するとき。

 就活のガイダンスで自分の未来を想像した時。

 一人暮らしの深夜に訪問者が来たとき。


 決まって、自分の中にポッカリと穴が空いたような感覚があった。

 そして、その穴はどんどん広がっていく。

 蟻の大群に喰い広げられる様な感覚で、とても気持ち悪い。

 

 この感覚の共通点はたった一つ。


 不安だ。

 そして、そこから来る恐怖。


 自分が進みたい道にビッシリと罠が敷き詰められているのが可視化されている。 

 

「……うん、やっぱりルル姉とは一緒には行けない。」 

 

 そう言った俺は、一体どんな顔をしているのだろうか。


 困惑した顔をしているのか、決意を決めた顔なのか、申し訳なさそうな顔をしているのか。

 どんな顔をしているのか分からないが、目の前に居るルルティアの顔ならハッキリと視認できる。


「…………」 

「……ルル姉…」

 

 眉をの字に曲げ、下唇をきゅっと噛み締め、蒼玉の目には一杯に涙を溜め込んでいる。

 睨み付ける視線の先には、その蒼玉に映っているのは勿論俺だ。

 

 さっきまで感じていたのは、不安だ。

 自分の胸の内に空いた穴が、蟻の大群に喰い広げられていく不安。


 しかし、今感じているのは罪悪感だ。

 自分の胸に引っ掛かった碇が、底の見えない穴に向かって降りていく罪悪感。


 自分の発言が明確な意志を持って、目の前の人間の心を傷つけたのだ。


 この世で最も傷つけてはいけない人を傷つけたんだ。


「あや、そのルルーー!!」

「嘘つき!!」 

 

 直ぐに訂正しようとした。

 それが例え結果的に間違いであったとしても、この人を傷つける事だけは避けたかったからだ。

 しかし時既に遅し、被せるように張り上げられたルルティアの叫び声が、この場に殺伐とした静寂をもたらした。


 ああ、これは完全に怒ってる。


 俺はルルティアの方に足を進めた。

 直ぐに宥めて、話を聞いて貰わないといけない。 

 俺は、激怒した人間の対処法なんて知らない。

 前世でも事なかれ主義を貫いてきたからだ。

 しかし相手は姉と言えど、まだ十歳の子供だ。

 俺がこの場の収拾を付けないといけないのは確かだ。

 

 畜生、こういう時にフラムベリカがいてくれたら。

 いや、あの人も事なかれ主義だから何もしてくれないな。 


「ごめんねルル姉。でも、今レーメンは危ないんだよ。だからーーー」 

「でもユーリは行くんでしょ!? だったら何で私はダメなの!?」

「それは……」


 何でダメなのか………


 勿論、この人を守る為だ。


 俺がレーメンに行く本当の理由は魔獣狩りなんかじゃない。

 これから人攫い組織と対峙しに行くんだ。

 

 俺がユークリストとしていくのは、そんな奴らの目を俺に集める為だ。

 何だったら、俺という餌に連中が食付くのも待っている自分がいる。 


 それなのに、この人まで一緒に行ったらどうなる?

 当然、連中はこの人にも目を付けて危険が及ぶかもしれない。

 この人が攫われるなんて考えたくもないけど、もしそうなったら俺は正気でいられる自信が無い。


 そんな事だけはあってはならない。


 ピラミッド並みの屍を築いても、この人の安全だけは確保しなくてはならないんだ。


 この人が安全でいられるから、俺はレーメンに行けると言っても過言じゃない。

 何故なら、レーメンの問題を解決した後にこの人の誕生日パーティを開く事が、今の俺にとっての希望なんだから。


 なのに、この人まで危険に巻き込まれるのは話が違ってくる。

 

 確かに、俺が守ってやれば良いなんて言えれば良いが、俺は自分を守るので精一杯だ。

 まあ、そこをカバーする為に騎士団が同行するんだけど。

 

 それでも、不安は尽きない。


 物事はいつも想像の斜め上を行く。

 初めてのレーメン訪問で学んだ事だ。


 そして、その矛先がルルティアに向くなんて事はあってはならない。

 

 だから、ルルティアには安全な領都にいてほしい。 


 ならどうする?

 素直に事情を話して領都に留まってくれるように説得するか?

 いや、そんなことをすればこの人はついていくと言い張るだろう。

 何が何でもついてくるはずだ。


 何故分かるのか?

 それはこの人が俺の姉であり、俺がこの人の弟だからだ。

 生半可な説得じゃこの人は納得してくれない。 


 だから、俺はこの人を拒まないと行けない。


 例え、この人に嫌われる事になっても。

 

「ル…ルル姉とは一緒に、行きたくないんだ。」 

「!!……ほら、やっぱり!ユーリの嘘つき!!」

「!! 待ってよルル姉!」

 

 火を鎮火させて宥めるどころか、油を注いで大炎上させてしまった。

 苦し紛れに俺の口から出た言葉を受けたルルティアは、睨み付けながらも涙を流した。

 そして藁の山に火が広がる勢いで屋敷の方に走り出したルルティアを、俺は追いかけた。

 当然その場に居合わせている人間も、俺達のやり取りを目で追った。


 クソッ、こんな事になるなら……

 でも既に自分が行った事だ、取り消す事は出来ない。

 しかし、もっと言葉を選べたはずだ。

 優しい言葉を掛ける事も出来たのに、どうしてこんな事を言ったんだ俺は。


 ルルティアを守る為だと言っても、まだやれる事があったはずだ。

 その場で機転を利かせて対処するとか、ガレフなりフラムベリカなりの言葉を借りるとか。

 

 そんな事を考えながらも俺はルルティアに追いついた。


 普段ならこんな事は無いが、外行きの格好をしているルルティアが履いているのは走りづらいヒールが付いてる靴だ。

 それに俺は、身体強化を使ったから馬車から大して離れていない位置で、直ぐにルルティアの腕を取る事が出来た。


「離して!! ユーリなんてもう嫌い!!」 


 しかし、そんなルルティアも力一杯に俺の腕を振り払い、俺と目が合った。

 その反動でルルティアのボンネット帽に付けられているバルムッサの花弁が数枚、空中に舞った。


 今まで見た事無いくらいに吊り上がった鋭い眼光。

 顎に皺が出来る程噛み締められた唇。

 両頬から鼻先まで真っ赤に紅潮させた肌の上を、大粒の涙がボタボタと零れ落ちている。

 

 日本刀の切っ先が鼻先に向けられているような、威圧感と殺気を感じる。

 そして、その切っ先は真っ直ぐに俺の胸の内に突き刺さってくる。


 

 しかしその痛みは精神的なものでは無く、肉体的な痛みとして俺に返ってきた。



 反応する余地すら与えられなかった俺の左頬から痛みの衝撃が走った。

 それは左頬を震源地にして、一気に全身へと広がった。

 しかし未だに、自分の身に何が起こったのか理解できていない。

 

 いや、分かってはいるんだ。

 でもその事実を認めたくない俺がいる。

 だって、それを認めるということは俺の心にとんでもない影を落とす事になるからだ。 


 

 結論から言おう、俺はビンタされた。


 

 目の前でボタボタと涙を流し、此方を睨み付けている最愛の姉にビンタをされたのだ。

 ルルティアがユークリストをビンタしたのだ。

 この事実だけで、自分がどれだけこの人を追い込んでしまったのかよく分かる。 

 

 俺はジンジンと痛みを発する左頬に手を添えて、ゆっくりとルルティアの方へ視線を向けた。

 肩を震わせ、拳を握り、嗚咽を漏らしているルルティアを見て、俺は身体の内から引き裂かれたような思いだった。

 

「なんで、どうしてユーリは嘘をつくの!? 私はユーリに嘘ついた事無いのに、ユーリはいつも私に嘘ばっかり付く! お父様の事も、地下室の事だって! 私がどれだけユーリを心配しても、ユーリはいっつも本当の事を教えてくれない!! 家族なのに、ずっと一緒に居る家族なのに!!」


 上げられた慟哭の一つ一つが丁寧に俺の心に突き刺さっていく。


「私はずっとユーリのお姉ちゃんだった! お姉ちゃんだから、ユーリの見た目が家族の中で一人だけ違っても、ユーリの魔力量が少なくても、苦しくて悩んでるときも、ずっとユーリと一緒に居たの!! お茶会やパーティで会う人達がワグの事を言っても、教会の人がスティアの噂をしてても、ユーリが決めた事だからって気にしないようにした!! ユーリの、ユーリを守りたかったから!!」

「!!………」

 

 告げられた事実が、その事実による衝撃が、先程のビンタによる衝撃を遙かに軽く上回っている事は言うまでも無い。


 は?待てよ、今なんて言ったんだ……


 しかし、どれだけ考えてもこの場で結論なんて出ない。


 俺はいま、真面な思考が出来る状態じゃない。


 普段ですら真面な思考をしているのか怪しいのに、この状況でそれが出来るわけでもなく。


「でも、ユーリはそう思ってないんでしょ!? お父様達の事も全然心配してないし、嘘ついて隠し事をして、自分は勝手な事ばっかり! 私の事を家族だと思ってないんだ!!」


 さらに、衝撃を与えられる言葉を浴びせられた。


「ち、ちがう!!俺は家族だと思ってーー」

「家族だと思ってたら、そんな事しない!!」


 訂正しようにも、既にルルティアには取り付く島はなかった。


「ユーリなんて、ユーリなんて家族じゃない!! 魔獣に食べられて帰ってこなければ良い!!」  


 そう言って、ルルティアは屋敷の方に走り出した。

 普段なら、追いかけて口八丁手八丁で説得して和解するだろう。

 そしてその後、二人でお手々を繋いでレーメンで魔獣狩りに講じる。


 いや、そんな事もほっといて屋敷にいよう。

 お茶を入れて貰って、庭園で仲良くお喋りをしよう。


 その後は、俺の地下室に行ってフラムベリカの授業を再開するんだ。

 もしくは、ルルティア用の魔道具を作っても良い。 

 うん、そうしよう、きっとルルティアも喜んでくれるはずだ。


 そして『はい、これ誕生日プレゼント』って渡したらもうこの問題は解決する。

 いつも通りの仲良し姉弟に戻れる…………はずなんだ。

 

 しかし、そんな事は出来なかった。


 ルルティアの言葉が、自分が思った以上に衝撃的なモノだったから。


 俺は、思考を放棄して立ち尽くした。

 ……ルルティアの言葉を少しずつかみ砕いて理解していたからだ。


 


「ユーリ……」 


 そんな俺の肩に手を添えて話しかける人間が一人。


「……叔父上、その、僕は。」 


 ガレフだった。

 和やかな顔つきではなく、その顔から笑みは消え少し曇りが掛かっている。


「大丈夫だ。しかし、ルルは頭を冷やす必要がある。だから、お前も予定通りレーメンへ行きなさい。お前にも、考える時間が必要だろう?」 

「あ、はい、わかりました。」


 思考を放棄した俺は、優しい声色で掛けられたその提案に乗った。

 何も考えたくなかったからだ。


「アルマン、ルルは行かないが予定通りユーリの護衛を頼む。」 

「はっ、承知致しました。」


 作業はスムーズに進んだ。 

 エリーズ達は直ぐにルルティアの荷物を降ろして、馬車には俺とスティア、そしてロキとノートが乗った。


 互いの心に鎖を繋いだまま、俺達はレーメンの方へ向かった。



ーー



 そんなユークリスト達のやり取りを眺めていた人影が二つ程、屋敷の窓から門の方を覗いていた。


「あーあ、お嬢様あんな事言っちゃって、坊っちゃん相当ショック受けてますよ。どうするんすか、フラムベリカ様?」 


 そう言ったのはセシリカだ。

 彼女は出発の準備を進めている面々を眺め、少し残念そうにしている。

 しかし、その表情からユークリスト達への心配は窺えない。


 そして、その視線の先には彼女が仕えている主である。

 フラムベリカ・スノウ・グリバーの姿があった。


「ふっ、良いじゃないか。ユーリとルルテ(あの子達)にとっても良い社会勉強になるだろう。それに……」 


 銀髪を靡かせて振り返り、ユークリスト達の出発を流し目気味に見送ったフラムベリカは、そのまま自信の私室のある方向に足を進めていく。


「これはテストだ。あの子達が私の舞台に上がるに足る人間なのか……それを確かめないと行けないからね。」

「はあ、テストですか……しっかし良いんすか?確か、今レーメンにはあいつが……」

「ああ、それなら心配ない。一昨日指示は出しておいた。」

「げっ、あの狂信者(イカレ野郎)が来てたんすか!?」

「ああ、そう言えばお前の顔が浮腫んでると言ってたな……」

「はぁっ!? いやいやちゃんと手入れしてるっすよ! この間だってハイルディア商会肝いりの化粧品を!!」

「くははっ、今度会ったときに投げつけてやれ……」


 そう言って階段を降りていく二人の会話には、下二人への配慮など微塵も感じられなかった。

 しかし、和気藹々とした雰囲気で交わされる会話は、何かを待ち望んでいるように聞き取れた。

 物語から騎士が出てきて、鬱屈とした現実を変えてくれるのではないかという期待があったのかもしれない。


 しかし、その真意を知る者は居ない。



 それぞれの心に痼りを残しながら、物語の舞台はレーメンへ移っていく。



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