第二十三話:紡がれた言の葉
近所に美味しい油そばの店を見つけました。
今、油そばにハマってます。
余談ですが、後2ポイントで総合評価100ポイント行きます。
とどめを刺すのは、そこの貴方ですよ。
その日の朝は、妙に身体が重かった。
ロキとの夜更かしが祟ったのかもしれないが、それ以外にも大きな理由がある事は俺がよく知っている。
考える事が多すぎて眠れなかった。
いや、考え事というよりも、何か明確な表現が出来ない気持ち悪さを胸の中につっかえていた。
前世でもこういう感覚はあった。
肺と肺の間に不安という名の風船が膨らんでいくような感覚。
そんな感覚を抱えながらも、アルマンズブートキャンプを熟して朝食を取っている。
「……おはよう、ルル姉。」
「………」
こりゃ長期戦を覚悟しないといけないな。
食事室には俺とルルティア、その後ろにはエリーズとスティア。
ルルティアとは昨日の事が尾を引いているのか、全くコミュニケーションが取れていない。
そんなルルティアの様子を見て、俺とエリーズとスティアは苦笑いするしかなくなる。
いまも、仏頂面になるわけでも無くあからさまに不機嫌になっているわけでも無い。
ただただ、俺の事を無視している。
ちょっとショック。
真っ当な八歳児だったら泣きわめいているところだ。
まあ、ルルティアは今年で十歳だ。
自我が芽生え始めていても不思議じゃ無い。
今までのような天真爛漫、純粋無垢なお嬢様じゃいられないって事だ。
この場合、ちょっと自我の芽生えが早かった俺が一歩引いて、大人の対応を取ってあげよう。
しかし、しかしだ。
この胸の中に膨らむ不安の正体は、それだけじゃ無い。
ーーーーー問題が多すぎた。
ホント、多すぎる。
一つの問題を片付けるだけでも手一杯なのに、厄介な問題が三つもある。
一つ目はレーメンの街で起きている誘拐事件。
二つ目はルルティアとの昨日の諍い。
三つ目は婚約者問題。
まあ、婚約者問題に関してはゴネればなんとかなると思う。
カイサルは政治があまり好きじゃ無いから、お強請りすればカイサルバリアが働いてくれると期待したい。
目下の問題は、レーメンの街まで伸びてきている誘拐事件。
それと、一ヶ月後に誕生日会を控えているルルティアとの昨日の諍いだ。
まずは、レーメンの誘拐事件。
これは三ヶ月前から始まった。
主に、平民以南の身分の人間が狙われているらしい。
夜道や黄昏時を狙って、子供が狙われている。
人種性別に区別無く、場当たり的に狙っているように見えるが、その動きには統制が取れており規則的だ。
頻度は二週間からの間に一度ほど。
一度に、一人か二人程度が誘拐の被害に遭っている。
グリバー家の方針で身分関係なく意見陳情が上げられるシステムがあるレーメンでは、既に代官まで話は上がっていて警備や巡回を強化している。
しかし、犯人の逮捕は愚かその影を踏む事すら出来ていないらしい。
っていうのが、俺が領都に帰ってくる前に組合でレヴィアンナさんと話した内容だ。
全く情報が掴めていない。
だから、取り敢えず俺はもう一度レーメンに行く為に準備を進めている。
昨日、早速叔父に許可を取りに行った。
叔父は北部統括代理の立場にいるから、当然レーメンの現状も耳に入っている。
今回の件に関しては少し憂慮していたが、また魔獣狩りに行きたいと言った。
決して、真っ当な八歳児が隣町の人攫い問題を解決しに行くわけじゃ無い。
叔父は、渋々ながら許可してくれた。
というか、叔父は基本的に優しい。
基本的な挨拶と、事務的な会話しかしないが。
まあ、そこは仕方ないと思う。
ま、叔父の話は置いといてだ。
スティアとワグには既に話は通しておいた。
今回の調査は、冒険者トーリックでは無く、ユークリスト・スノウ・グリバーとして行くと。
いつも通り、トーリックとして街に行けば良いと思ったが、幾つかの理由もあってユークリストとして行く事にした。
一つ目の理由は『銀雹』の存在を知らしめる事だ。
まあ、仰々しく言っているが大したことは無い。
ユークリスト・スノウ・グリバーがレーメンの街に来ているとなれば、いずれ人攫い達の眼が集中するだろうと、期待を込めてだ。
実際そうなるかは、連中次第だが。
もしくは、それに連なる連中からの接触があるかもしれない。
後は、レーメンの街を預かっている代官とやらからも話を聞きたい。
理想は、俺の存在を聞きつけた人攫い組織のレーメンからの撤退だな。
二つ目の理由は、今回はトーリックの方を隠したいからだ。
最近目立っているトーリックの存在は、平民にとって一種のヒーロー的扱いになっている。
そんなヤツがいたら、悪い意味で目を付けられるかもしれない。
まあ、こっちには男の夢を体現する『ゼッペンリッヒの外套』があるから、隠密行動には何とでもなるんだけど。
というか、今回はトーリックはあまり役に立たないと思う。
如何に市井に名が知れているとは言え、トーリックの冒険者ランクはEだ。
つまり、したから二番目。
前回の件で、ランクをCに上げる事をレヴィアンナから提案されたが、当然却下した。
変に注目を集めたくなかったからな。
でも、そんな低ランクの冒険者が事件の調査に乗り出したところで実のある情報が手に入るわけでもなく。
貴族やら情報通の商人との顔合わせが出来るわけでもない。
だから今回必要なのは、ユークリスト・スノウ・グリバーの名前なんだ。
本当はこんな事したくはない。
出来れば、隠れた状態で裏からいそいそと活動したい。
でも、そろそろ地下室に隠れる引きこもりを卒業しなくてはいけないんじゃ無いかと思っている。
今回の決断は、そんな俺の焦燥がもたらした結果だ。
とりあえず、出発は五日後になった。
直ぐに出発したかったが、ルルティアの誕生日会に向けて出している手紙の返事やなんやらを処理しないといけないから、五日後にした。
という事で、早速二人に話してみた。
ワグは『そうか』の一言だけ。
スティアは胸の前で拳を握りながら『分かりました』と神妙に頷いていた。
ほのぼの兄弟も了承した。
あいつらは、基本的に三食用意すれば何処にでもついてくる。
チョロいもんだ。
さて、今回のレーメン行きの目的をハッキリさせたい。
人攫い組織の撲滅?
攫われた人達の救出?
違う。
俺の目的は、あの仲良しキッズ四人組の安全を確保する事だ。
それに、仮に組織を撲滅したとしてもまた新しい奴らが現れるかもしれない。
もしくは跡目争いが起きて街が更に混乱するかもしれない。
モグラ叩きと一緒だ、一つ叩いたら別の所から新しい奴等が出てくる。
俺は変に裏社会の秩序を掻き乱す気は無い。
ただ、自分の行動の影響を受けた人間が悪意に晒されるのは、俺の本望じゃ無い。
それに、攫われた人達が今も五体満足でいるかとか、安全に牢屋の中に居るかとか全く分からない。
何処に捕らわれているかも分からないのに、無闇に行動を起こして虎穴の中の虎児を取りに行く気は無い。
それに、俺にはそこまでの能力は無い。
俺に出来るのは銃をぶっ放す事と、ちょっと屁理屈が達者なだけだ。
あと、自爆ローブ。
無理はしない、必要最低限の問題を確実に解決する。
さて、俺は俺でやれる事をしっかり準備しておこうと思う。
周知の事実だが、俺の能力は半分カンストしている。
魔術的能力はもう上がらないと考えて良いだろう。
そこで俺が考えているのが、先の授業でフラムベリカから言われた『精練気』の習得。
そして、精霊文字の習得による俺のオリジナルの魔道具作成。
この二つに限るな。
そしてこの二つは、俺の永遠の課題と言っても良いぐらいだ。
この二つの能力を突き詰めていく事こそが、ユークリスト・スノウ・グリバーの戦闘力を上げる事に繋がると、俺は信じている。
しかし、これにも問題が発生する。
どちらも一夕一朝では手に入らないという事だ。
『精練気』には悟りを選る程の修練が必要とされるし。
精霊文字の完璧な習得には、まだ時間が掛かると思う。
確かに、基本的な文字は覚えた。
日本語で言うところの五十音を覚えて、今は簡単な単語も覚えている。
しかし、魔道具作成にはまだ早い。
魔道具作成に必要なのは、微精霊達の協力を得られる術式を書く事。
この術式というのが、精霊的視点から言えば『詩』に近いモノになっている。
つまるところ、文才が必要なのだ。
つまるところ、魔道具作製は文系の仕事だ。
魔道具士が綴った『詩』の出来によって周囲にいる微精霊達がその力を貸してくれるという物になっているんだ。
しかし、ただ詩を書けば良いというものじゃない。
『精霊の羽根ペン』と呼ばれる特殊なペンを使って綴った『詩』にのみ反応を示すらしい。
文系、羽根ペン、個人の感性に委ねられる。
魔道具士って漫画家みたいだな。
なんでも、魔道具創作に長けた魔道具士は全体の1%にも満たないらしくて、その殆どが現存している魔道具の複製作りに励んでいるらしい。
まじの漫画家みてぇだな。
その情報から、仄かにブラック企業の香りが漂ってくる。
いや、漫画家がブラックと言っているわけじゃ無いよ。
しかし、そんな特殊アイテムなんて早々手に入る物じゃ無いよな。
なんかこう、特殊クエストを受注して、特殊な素材を手に入れて、特殊なアイテムを作る特殊な職人を探し出して、その過程を経て精霊の羽根ペンを手に入れるんだ。
みたいな常識が根付いているドラ○エ信者の俺。
この辺りがRPGの定石だよな。
「ユーリ!!精霊の羽根ペンを作りに行くぞ!!」
その定石を真っ正面からぶち壊すのが、我が姉フラムベリカである。
人が何年も掛けて作った定石を、藁の家を吹き飛ばすかのように散らしていく。
前世でよく見た将棋漫画に、定石を無視して将棋界を駆け上がっていく主人公がいて面白かったけど、やられる側はたまったもんじゃ無いよな。
まだ朝食時だというのに、既に戦闘準備万端だと言わんばかりの様子。
髪と肌には艶があり、紫水晶の目は輝いている。
快活な笑顔は、白銀の雪景色を照らす太陽のようだ。
その後ろには、これまた準備万端だと言わんばかりのセシリカ。
「どもっすー坊っちゃん。」
その口調は、未だ眠気を孕んでいた。
しかし、この二人は睡眠という言葉を知っているのか?
「ごっごほっ、どっどういう事ですか、フラム姉!?」
突然の訪問+自分の中の定石の崩壊という事実に驚愕した俺は、口に含んでいたミルクで噎せた。
当然平静を取り戻し、フラムベリカに言葉を返す。
「当然、お前の魔道具作りに必要な羽根ペンを用意するんだ。精霊の語は既に覚えたんだろ?」
「はっはい。基本的部分だけですが。」
「それなら十分だ。早速庭園の方に向かうぞーーーーールルも一緒に来るかい?」
「……わ、わたしも行きます。」
精霊の語とは、精霊文字の五十音だ。
これを覚えないと、魔道具製作は始まらない。
突然の爆弾発言に、こちらの返事を聞かず早々に退出しようとするフラムベリカ。
と、その前にといった感じで食事を取っているルルティアにも誘いを掛ける。
ルルティアは少しどもった後、一瞬俺の方をチラ見して、興味事には逆らえないといった感じで了承した。
さて俺はというと、すでにセシリカに捕獲されている。
『どもっすー坊っちゃん』の辺りで、俺の後ろに回り込んで髪型とかの簡単な身支度を済ませ、俺を抱えている。
真っ当な八歳児ボディには、抵抗する術なんてないのだ。
ルルティアから参加の旨を聞いたフラムベリカは二カリと笑っている。
研究用の検体を手に入れた狂乱科学者みたいだ。
「それでは、庭園の方に行こうか。」
世が世なら、この人を旗印に国でも興していたんじゃないかと疑う程のカリスマ性を孕んだ声色。
こうして、俺はフラムベリカに二度目の誘拐を喰らう事になった。
ーー
グリバー家本宅庭園。
帝国北部の花は、寒色系の花が多く咲いている。
水色の花弁が特徴的な、バルムッサの花。
紫の花弁が特徴的な、アリケラの花。
サルビアブルーの花弁が特徴的な、サレイナの花。
他にもあるが、この庭園で代表的な花はこれぐらいだろう。
それらの花が中心の四阿を囲うように、咲き誇っている。
庭園はロネイル時代のデザインが起用されている。
ロネイル時代の特徴は、ガラスを多く使っている事だ。
天井は多角的な形状をしており、日光がどの角度から入ってきても四阿を中心に花々を美しく照らす仕組みになっており、地面に敷き詰められた白の大理石が美しく反射している。
寒色系の花を多く起用している所為か、その様は少し儚げな美しさを孕んでいる。
「それで、ここで、精霊の羽根ペンを?」
「そうさ、ここでするんだ。」
フラムベリカに連れてこられた俺は、庭園の十字路に放り出された。
目の前には、死後の世界と見紛う程の美しさと狂気を孕んだ庭園が広がっている。
白と水色と、紫。
ちょっと不吉かもしれないが、その中から垣間見える美しさが此方の好奇心を掻き立てる。
そんなフラムベリカはというと、セシリカ、ルルティア、スティア、エリーズと一緒に四阿でお菓子とお茶を楽しんでいる。
「ん~このお菓子美味しいです!」
「お姉様このお茶、今度のお茶会で出してもよろしいですか!?」
「ルルティア様、こちらのお菓子もお試し下さい。」
「あ、こっちのお菓子はランドルク商会のッすね。そんでこっちはコルコック商会の菓子っす。」
「がんばれユーリ。お菓子が待ってるぞ。」
この人達は、俺の羽根ペン作りがメインだって事忘れてないか?
「あの、説明して貰えますか?」
当然助けを求める俺だが、そんな事はお構いなしに歓談を続ける女子会。
「あの!せめて、説明してからわいわいキャピキャピやって貰えますか!?」
当然、募った焦燥をぶつけてしまう。
女子会一同の視線が、俺の方に集中する。
「ふむ、仕方ないな。セシリカ、アレを見せてやれ。」
「わっかりましたっす。」
やっと聞き入れてくれたフラムベリカの指示で出てきたのは、軽い口調に飄々とした態度の専属侍女セシリカ。
彼女は語学堪能のリンガルマスターであり、フラムベリカの腹心としてその要望に全て応えてきた。
俺にとって全く理解できていない自体すら、彼女にとってはまるでお使いに出るみたいに軽い様子だ。
この人も、フラムベリカ七不思議の一つだ。
七つと言う程無いかもしれないが、不思議で仕方ない。
だって、この年になるまでフラムベリカの専属騎士に会った事がない。
『どこかにいるだろう』と言っていたが、どこに居るかは謎のままだ。
「そんじゃあ、坊っちゃん。私の美技に酔いしれて下さい。」
軽快なステップで俺の前に躍り出て、ウインクしながらそんな事を言うセシリカには頼もしさなんてモノは一切無いが、何をしでかすのか少しワクワクしている自分がいるのを否定できない。
セシリカはその黒髪を靡かせて、妖艶的な庭園の前に立つ。
彼女の軽薄な態度を知らない人間がこの光景を目撃したら『私財を全て擲ってでも彼女と生涯を共にしたい』そんな衝動に駆られる事は間違いないだろう。
隙間風が鼻先を擦って、彼女の髪を棚引かせた。
そして、呟いた。
『我の声に耳を傾け、我の唄を聴け。』
精霊文字で紡がれた唄に周囲がざわめいた。
風が花弁を巻き上げ、庭園を照らす日光に色がついた。
『魚氷に上り春の山、春燈にてしばしの安らぎを得る。
晩夏の喜雨は雪渓へ、憩いの箱庭は永遠を。』
セシリカの口上によって巻き上げられた花弁が、螺旋状に空中を舞い上がる。
色付いた日光が収束し、少しずつ形作られていく。
『木枯らし通る霜降の花園は、白菊に彩られ。
迷い手は身を寄せ山に眠り、除夜の時雨を凌ぐ。』
光は次第にペン軸、ペン先を形成し始め、舞い上がる花弁は羽根の象った。
『我の声に耳を傾け、我の唄を、その標を象りたまえ。』
最後の一節によって唄が締めくくられた。
庭園は先程までの静寂を取り戻し、そこには風が草木の間を吹き荒む音も無かった。
しかし、先程まで庭園内を照らしていた色鮮やかな日光は一人に集約していた。
「……きれい。」
「すごぉい……」
その様子を見ていたルルティアとスティアが口々に感想を漏らした。
しかし二人とも、それ以上の言葉が出なかった。
自分の中に有る辞書を引いたとしても、この様子を言い表せる言葉が見つからなかったからだ。
俺は後ろから確認できなかったセシリカの様子を確認する為に、回り込んで一生懸命に背伸びをしながらその手の中を確認する。
前世では180センチあったのに、この八歳児ボディじゃ目一杯はしゃぐ事しか出来ない。
「ふふーん、坊っちゃん見たいですかぁ?」
そんな俺の様子を見たセシリカは、手を数センチだけ上に上げた。
そして、小馬鹿にするような恍惚とした笑顔で俺の方を見ながら煽ってきた。
「いいから、早く見せてよ!」
普段ならそんなお遊びに付き合う俺も、今は早く完成品を見たい衝動に駆られている。
真っ当な八歳児みたいに声を荒げ、完成品の開示を懇願した。
「はいはい、良いっすよ。」
セシリカはそう言って、ゆっくり俺の前に手を持ってきた。
そして、貝が開くように手を空けると、中には美しい羽根ペンが光を放っていた。
水色を基調としたペン軸に純白のペン先。
艶やかな藤紫の羽根がついており、まさしく精霊の贈り物の一言に相応しい一品だ。
「……綺麗だね……」
「でしょう?……それじゃあ、坊っちゃんにはこれと同じ事をして貰います。」
「うん。」
あまりにも美しかった羽根ペンを見て言葉を失った俺は、一切の迷い無く庭園の十字路を進み。
「って、出来るかぁああ!!」
一切の迷い無くツッコんだ。
「え?」
「え? じゃねえよ! 重大な事を忘れてるからもう一度言うぞ! 僕は精霊文字での会話なんて出来ないの! ましてや、さっきセシリカがやったみたいな唄なんて論外だよ論外!!」
八歳児らしからぬ口調になったのも無理はない。
こんな無茶ぶり、自爆ローブを巻いた時以来だ。
やっぱり、こいつもフラムベリカ病を患っていやがる。
自分に出来る事は人類の必修科目だ、とでも言いたそうな顔で惚けやがって。
こちとら真っ当な八歳児だぞ、そんなホイホイ出来るわけないだろ。
しかも、なんか雰囲気的にすげえ難しい言葉使ってたよなこいつ。
さらに、いきなり微精霊達に話しかけやがった。
こいつはアレだ、うん、アレしかないだろ。
『源氏物語』の文だ!!
そう、思春期真っ盛りの尻の赤い性少年達が人様の庭を覗き込むだけでは飽き足らず、好みの女の子を見つけたら怪文書を送り込むという奇行はイケメンのみに赦されるのだ、という戒めを現代に生きる性少年達に叩き込んだ、日本を代表する古典文学『源氏物語』
もちろん、俺は全て読んだ。
漫画版だが。
そして思った。
本当に文才があれば、あれほどの女を取っ替え引っ替え出来るのかと……
そして思った。
NTRは、最悪人の命を奪いかねないのだと。
さて、話が脱線する前に、今目の前に広がる光景は正に源氏物語そのものじゃないのか?
突然唄を歌いだし、その詩を気に入った微精霊達だけが羽根ペンを作ってくれる。
まさしく文才の世界。
己の紡ぐ言葉一つで、女の子とキャッキャウフフできる世界!
まあ、微精霊達は目に見えないし、キャッキャウフフ出来るわけじゃないけどな。
「と、とりあえず。坊っちゃんも何か言ってみるんすよ!そしたら、気に入った微精霊が羽根ペン作りに協力してくれるかも、じゃないっすか?」
思わず声を荒げた俺に対して、宥めるように返すセシリカ。
「そうだユーリ。何事も失敗から学ぶんだ。今のお前なら……まあ、多少出来が悪くても、それが愛嬌だろう。」
そんな光景を、四阿から眺めていたフラムベリカからも言われた。
「なあ、ルル?」
「!?…………」
突然話を振られたルルティアは、ビクリと身体を動かして不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。
「スティカリリアもそう思うだろう?」
フラムベリカは仕方ないなといった表情でルルティアを見た後、隣に座っていたスティアの肩に手を置き、悪戯っ子を思わせる笑みを浮かべた。
スティアは、突然話を振られた事に戸惑ったが、フラムベリカと俺に視線を行き来させる。
そんな焦燥に答えるように、バチンとウインクをかますフラムベリカ。
スティアは顔を赤らめ、俺の方を見て口を囲うように両手を添え。
「ユークリスト様、頑張って~」
そう言った。
畜生、可愛いな。
こんな事を言われたら、これまで考えていたフラムベリカへの文句が全て吹っ飛んでいった。
「……わかりましたよ……やりゃあいんでしょ、やりゃあ。」
仕方なしに庭園の方を振り返る。
そんな様子を見つめていたのがルルティアだ。
昨日の件について、今現在までも和解は出来ていないが、その顔は俺を心配している姉そのものになっている。
先程のセシリカの様子を見ていたと言っても、やっぱり弟が何か新しい事を始める様子というのは心配が絶えないらしい。
眉を八の字、口をへの字にして此方の様子を窺っている。
そして、そんな様子を見て苦笑するのがエリーズとフラムベリカであった。
さて、俺の方に話を戻して。
何て言おうか………?
今の俺の状況を端的に説明するなら、好きな子にかっこつける為に壇上に躍り出たが、躍り出る事が目的になっていた為、何をするのか具体的に決まっていない。
この後のオチは、怖じ気づいてシラけるだけ。
いや、別にスティアの事を好きだと言っているわけではない。
それでも、かっこつける為に脚を進めたのは事実。
いや、マジで何て言おう。
『精霊』までなら何とか言えると思う。
でもそれ以降、何と言えば良いのか?
だってそもそも慣れない精霊文字で、更に慣れない詩を綴れと来た。
ドイツ語で『ハムレット』暗唱しろと言われる方が、まだ現実味がある。
かなり無理がある。
しかし、そろそろ何か始めないといけない。
「ユーリー、まだかぁ?そろそろ、お茶が切れてきたぞ。」
純粋無垢な八歳児を、後ろから魔女がせっついているからだ。
俺は、脳内にある精霊文字辞書をフル活用してこの場を切り抜ける為に最適な言葉を探す。
ああ、いやだ、変な汗かいてきた。
くそ、こんな事だったら、『あり、をり、はべり、いまそかり』にまで手を伸ばしておくべきだった!
兎に角、何か言わないといけない。
前世で人前に立った時に襲われる、あの嫌な感覚がやってきた。
背中にのし掛かって、心臓まで伸びてきそうな嫌な感覚。
そのまま、俺の胸の内にある不安の風船を握りつぶしてくれれば良いのに。
「あの~、坊っちゃん?もしよろしければぁーーーー」
「ちょっと黙ってて!今良いところ!」
「はいっすぅう!」
後ろから掛かってきた声を乱暴に返し、自分の中に意識を集中させる。
大きく深呼吸をする。
そして……
『せ、せいれい……』
一つずつ、言葉を紡いでいく。
『に、われ、もと、くる。』
言葉は途切れ途切れ、ちょっと意味が通っているかも不明な詩を無機質な庭園に向かって投げかける。
さっきまで色鮮やかに輝いていた庭園とは全く違う。
このままこの空気が続けば、庭園内の草木を全て枯らしてしまいそうだ。
後ろからの視線が痛い程伝わってくる。
『これ、いう、なん、とう。』
最悪の空気が、庭園内を蔓延し始めた。
もしかしたら、俺って精霊達に嫌われてるの?
まさか、俺は精霊とお喋りできる祖森林族と交流のある八歳児だぞ。
いやまさか、俺の中の前世に気づいたのか!?
子供の肉体に宿る不純な魂とか言って、俺の事を拒絶しているのか!?
ありえる、十分にあり得るぞ。
『…………』
原因はもっと根本的な場所にある。
そう考えてしまえば、もうやる気なんて起きない。
「ユークリスト様……」
「…ユーリ……」
「…………」
俺は振り返って、フラムベリカの方を見つめた。
「ほら、見ての通り羽根ペンどころか微精霊一匹すら出てきませんよ。」
「…………」
種も仕掛けもない、そう言わんばかりに戯けてみせる俺。
フラムベリカはそんな俺の様子を笑う事無く、ただただ見つめていた。
「……それで?」
そう口を開いたフラムベリカの様子は、今まであまり見た事のない、少しだけ殺伐とした雰囲気だった。
「それでって、時期が早かったんですからまた今度という事でーーーー」
張り付いた笑いが緩まる事はなかった。
そのまま、俯く俺。
フラムベリカを見るのも辛いし、その過程で視界に入るスティアを見るのも辛い。
ルルティアに関して、昨日の事もあるからなんて考えているのか分からない。
もしかしたら、俺の事を心内では笑っているかもしれない。
そうかんがえたら、言いようのない不安が心の中に浸食し。
それは、手足の震えとして身体に表れた。
しかし、考えてみれば当然だ。
出来ない事にこれ以上時間を割く必要も無いし、何よりこれ以上この空気を悪くする必要なんて無い。
というか、俺ってこういう時毎回外すよな。
なんかこう、皆に期待されている時に限って良い結果が出ないんだよな。
ホント、自分が嫌になる。
結局、転生しようが俺自身の本質は変わっていないのだと、誰かに言われているみたいで。
魔力量が他の兄弟達と比べて絶望的に低かった時とか。
皆の前で結果が求められている時に限って全く良い結果が出ない。
こんな事は前世でもあった。
ここぞという時に力が出なかったり、力を出したと思っても良い結果が出なかったり。
自分という人間の限界を、見えない何かに突きつけられている感覚は他に言い様がない。
無力なのを知っても、そこから抜け出す術が分からない。
俺だって、この世界に来て自分なりに努力したつもりだ。
やっている時は自覚がある。
自分は、高い水準の教育を受けているのだと。
そして、そのお陰で自分の能力が上がっている事は訓練或いは試験で自覚している。
しかし、それを披露する場。
こういった場所では、全く上手く行かない。
これこそが俺という人間の本質。
どれだけ準備しても、本当に大事な時に役に立たない。
確かに、これに関しては、俺の勉強不足な点がある。
もうちょっと勉強すればどうにかなると思う。
そんな言い訳が、自分の頭の中を巡るが、そんな事は意味が無い。
次に成功しようと意味が無いんだ。
何事も一度目に成功しないと意味が無い。
確かに、二度目の成功は喜ばしいモノだ。
一度目の失敗を乗り越えて、成功を手に入れるのだから。
しかし、俺には、ユークリスト・スノウ・グリバーにはそんな事は許されないんだ。
周りの人間が許せても、俺自身が許せない。
でも、本当にそうだろうか?
だってそうだろ?
本当なら、外国語の習得に等しい時間を要するのに、俺に与えられた時間は僅か二週間ちょっとだ。
本来なら、もっと時間を貰っても良いはずだ。
いや、そうだよな。
そもそも、精霊文字を習い始めて一ヶ月も経ってない俺に唄を歌えなんて、無茶ぶりも良いところだ。
そうだ、俺は悪くない。
悪いのは、こんな無茶ぶりをしたフラムベリカなんだ。
俺は被害者だ、トーラスと同じように、姉に弄ばれる可哀想な弟なんだ。
そう考えれば、フラムベリカの出す殺伐とした雰囲気なんて全く怖くない。
なあに、逆ギレには慣れている。
こう見えても、SSSランクの魔獣に逆ギレをかました事があるからな。
そんな思考が、俺の身体を満たした頃、もう一度フラムベリカの方へ顔を上げる。
今度は、先程までの自信の無い表情ではない、一言文句でも言ってやろうと決意したような顔だ。
いらん決意に変わりはないが。
フラムベリカに一言かましてやる!
そう決意した俺が顔を上げた瞬間……
「………」
フラムベリカが、俺の目の前に屈み込んでいた。
絹のような銀髪と紫水晶の瞳が、俺のねじ曲がった決意をまるで幻想のように煙に巻いた。
「ユークリスト、一つだけ質問に答えろ。」
ユークリスト。
フラムベリカが真剣な話をする時は相手の名前を略さずに言う。
先程までの殺伐とした雰囲気はない。
ロネイル式建築自慢の硝子工から入ってくる日光が銀髪を反射する。
雪女伝説の世界に迷い込んだのではないかと疑う程、その姿は美しく、神々しかった。
ただただ、圧倒されている自分がいた。
「もう、諦めるか?」
何言ってるんだ?
諦めるか、諦めないかの話じゃないんだ。
そもそも話せないんだよ。
よーし言ってやる。
この横暴で、乱暴で、天上天下唯我独尊的な姉に。
弟の主張ってヤツをたっぷり叩きつけてやる。
アンタが無茶ぶりをした所為で、俺はこんな惨めな思いをしているんだからな。
もうちょっと準備期間が必要だったのに、そんなの全部すっ飛ばしたんだからな。
この状況の責任を全部この人に被せ、地下室まで直行してやる。
待ってろよ、俺の楽園。
「………ヤケクソでやりますよ?」
しかし、そんな想いとは裏腹に俺の口から出た言葉は全く違うモノだった。
下唇を噛み締め、悔しさで目一杯に涙を溜め込んでフラムベリカを見上げた。
そんな様子を見たフラムベリカは二カリと笑い、立ち上がると四阿の方に踵を返した。
「それで良いさ、ユークリスト。恐れを知らぬ愚者であれ、暗闇に光がなくともその声で周りを先導できる愚者に……絶望の中で希望を唄うんだ。」
そう言ったフラムベリカのことを俺は恨んではいなかった。
いや、恨めなかった。
本当に、この人は不思議な人だよな。
「それに、我が家は公爵家だ。茶なら腐る程あるさ。」
寒色籠る庭園内で一際輝く銀雪の髪を靡かせて、フラムベリカは振り向きざまにそう言った。
いつもの軽快で、快活とした笑みを浮かべて。
その様子は、彼女を絵画の世界の住民と錯覚させる程だった。
俺はそんな様子を心に刻み込み、もう一度庭園の方を振り向いた。
そして、大きく深呼吸をする。
状況は先程と全く変わっていない。
寧ろ悪化していると言っても良いだろう。
しかし、半分啖呵を切るようにやると言い切ってしまったからには、やり切らないといけない。
『…せいれい……われの…あい』
唄を始めたが、正直まだ突破口は見えない。
俺は気持ちの一つや二つで覚醒する少年漫画の主人公じゃない。
特別な能力も無いし、自慢できるような高潔な精神をもっているわけでもない。
それでも、終わりたくない。
このまま、また俯きたくない。
だから、俺にだけ許される方法を使う。
そう、前世の記憶だ。
何かあった時、参考にするのが前世の経験だ。
というか、俺はそれでしか他人よりも先んじる事が出来ない。
しかし、前世の記憶を参考にしたところで、詩なんて代物は浮かんでこない。
でも、何かあるはずだ。
この状況を打開する事が出来る何かが。
考えろ、考えるんだよ。
それだけで、二つか三つばかしの修羅場を乗り越えてきたんだ。
何かあるはずだろ、拙い言語でも大衆を取り巻き熱狂させる何かが……
自分の内にある感情とか想いとかを一色譚に纏めて吐き出す方法が。
今の俺でも出来る何かがあるはずなんだよ……
前世で俺が触れた音楽、もしくは詩。
音楽は大して関係ないかもしれないけど。
ほら、歌詞とかは詩だろ?
だから、一応音楽もカテゴライズしよう。
まずはピアノだ。
前世で幼少期に触れていたのがピアノだった。
しかし今では大して弾けないし、詳しい事は覚えていない。
ショパンとかモーツァルトとか、弾く事は出来ない。
次が中学に上がってから友達と言ったカラオケ。
そこそこメジャーなJーPopは、大体抑えていた。
しかし、それが今使えるかどうかはまた別な話だ。
次が………ああ、これは使えるのか?
……でも、これしか無いよな。
ふと、これだと思ってしまった。
大衆を引き込み、自分の中のエネルギーを発散させる音楽であり詩。
聞いた者の心を掴んで離さない、聞いた者の耳を支配してしまう。
そんな音楽が、俺の頭の中にあった。
しかし、これで良いのだろうか?
本当にこれで良いのか。
しかし、もうこれしか方法が無い。
これ以外で、この状況を打開する方法が思い浮かばない。
よーしやってやる、やるしかないんだ。
『せいれい、SAY AY』
ふわっと、風が舞い上がった。
一瞬だけ花弁が舞い上がり、先程までの殺伐とした雰囲気を緩和した。
あ、ちょっと希望が見えたかもしれない。
これで突破口が見えた。
俺が何をしたのか、良識のある人間なら分かるだろう。
俺がしたのは、原初からある言葉遊びの一つだ。
前世の俺が『音楽ならこれだ』と胸を張って言えるジャンル。
というか、高校中盤から大学終盤までこのジャンルの音楽しか聴いてない気がする。
そう、俺は『韻』を踏んだんだ。
HIPHOP
俺が高校生の時に、フリースタイルバトルを皮切りに一大ブームとして流行し、世の健全なティーンエイジャー達を虜にしていった魂の音楽だ。
勿論、俺もその流行にあやかってガッツリヒップホップにハマった。
週一にあるラップ番組はしっかりチェックしたし、バトルイベントのDVDも買った。
携帯のプレイリストの殆どがヒップホップだったし、大学中盤ではUSラップの方にも手を出していた。
HIPHOPは、控えめに言っても最高だ。
イントロの段階で、こちらの心臓を鷲掴みに来るビート。
等身大に描かれたリリックは、聞き手の生活の一部にまで浸透し。
ふとした瞬間に勇気づけられたり、その衝撃一つで自分の人生を変えてしまうような。
そして地域ごとの文化の違いすら、ヒップホップという一つの芸術に枠組みされる。
更にそして、なによりもカッコいい!!
格好よければヒップホップ、いやカッコいいのがHIPHOPだ!
前世の俺の鬱陶しい現実を彩ってくれた三種の神器は『ゲーム、アニメ、漫画』だ。
そして、一人上京した大学時代を支えてくれたのが『HIPHOP、海外ドラマ、漫画』この新三種の神器だ。
こうなったら、俺のリリックで勝負してやる。
後ろで見ている皆がどんな顔をしているかは知らないけど、このまま突き進んでやる。
『せいれい、SAY AY』
また風が舞い上がった。
先程よりも長く花びらが空中を舞った。
『せいれい SAY AY、せいれい SAY AY』
俺が綴るリリックに反応するように、風が舞い上がり、花弁が舞った。
先程のセシリカが起こしたような規則性と型のある美しい舞とは違い、俺が起こしているのはどちらかというとクラブ音楽に似ている気がする。
こちらが言い終わると、風がレスポンスを返すように舞い上がった。
この方法が完全に間違いじゃない事は分かった。
「わぁあ、すごい。」
「ほんと、きれい。」
「ほう、これは……」
そんな様子を四阿から見ていた、スティア、ルルティア、フラムベリカの三人はそれぞれの反応を示す。
当然、俺の方から彼女たちの反応は見えていない。
しかし、そんな反応を見聞きしなくても、この様子を見れば当然テンションが上がる訳で。
『せいれい!SAY YES!せいれい!SAY YES!』
馬鹿の一つ覚えのように同じ単語を繰り返すだけになってしまった。
どうしよう、ここから繋げなくてはいけないのに!?
とにかく、場当たり的に言葉を繋げよう。
ヒップホップは紡がれていく文化。
フリースタイルこそ、B-BOYの生きる道だ!
俺は頭をフル回転させた。
直立不動だった身体を崩して、腰を落とし身構え。
『せいれい、へ、ていね、いに、めいれい。ペンのけいせい、つか、うえい、えん。』
途切れ途切れながらも紡がれていく言葉に従い、微精霊達が顔を出した。
正確には陽の光が色付き、花弁が辺り一面を舞っているのだが。
それでも、先程までとは違った光景に胸躍らずにはいられなかった。
とにかく、踏め。
踏んで踏んで、踏みまくるんだ!
『ふき、あれろ、ていえん。おこす、てんぺん、ちい。せいれい、いろづけ、せんめいに!!』
自分の中でなんとか紡ぐ事が出来た、と確信したところで唄を切る。
目の前に広がっていたのは、一面花景色だった。
硝子製の玉の中をくじ引きが噴射機から出る空気に押されて舞い上がるみたいに、庭園中を花びらが舞っている。
美しく華やかなで鮮やかで、なんて褒め言葉をどれだけ並べてもこの光景を見ていない人間に伝える事は出来ないだろう、と思わせる程の絶景が俺の目の前に広がっていた。
「…………」
この光景には、言葉を失うしかない。
セシリカが見せた機能美よりも荒々しく豪快だが、舞っている花びらの量はセシリカの倍以上だ。
視界に映るのは、白と水色と紫の花弁のみ。
陽の光を反射しながら庭園内を舞うそれはまるで、幻想的な宝石箱の中に居るのだと錯覚させられる。
見た者を離さない、そんな魅力がある光景だった。
「ッ……ユーリ!?」
「きゃあっ…ユークリスト様!?」
「ルルティア様!これを!」
そんな花嵐は、渦中にある四阿で開かれた女子会を悉く呑み込んだ。
それぞれ、自分の身を守る為に顔を覆いながらもその震源地たる俺の方を見ていた。
エリーズだけは、主たるルルティアを守ろうと被り物のような者を取り出していた。
しかし、俺はそんな事とは露知らず、目の前の光景に釘付けになっている。
目を凝らして見ると、花嵐の奥に光が見える。
竹取の翁が嘗て目撃した光源のように、それは強く儚げな光を放っていた。
神々しく発光するそれは、次第にこちらへ近づいてくる。
自然と掌を差し出した。
光は掌で止まり、球体だったそれは次第に輪郭を形成していった。
「うわっ……!」
突然、強く発光したそれから咄嗟に目を背けた。
その瞬間に、庭園内に充満していた花弁が俺に集中した。
目を開けた俺の、掌の上に乗っていたのは。
完成した精霊の羽根ペンだ。
銀色のペン軸・ペン先。
そして、銀色の羽根。
銀一色に輝く羽根ペンが、俺の掌の上で輝いていた。
「……うわ。」
そんな言葉しか出なかった。
いや、本当は綺麗だとかなんとか言いたかったんだけどさ。
絶句するって、まさにこの事だよな
そして、次に出たのは言葉ではなかった。
「………」
自然と涙がこぼれ落ちた。
理由は分からない。
目の前の品の神々しさに当てられたのか。
それとも、成功した事への安堵か。
自分という存在が肯定できた事への嬉しさか。
ただ、涙がこぼれ落ちたんだ。
ハッと気づいた俺は、直ぐに涙を止めようとする。
しかし、拭っても拭っても涙が止まらなかった。
「あれ……あれれ…?」
おいおいどうしたんだよ。
何で止まらないんだよ。
ちょっと上手く行っただけだろ?
真っ当な八歳児じゃないだろお前は。
泣き止め、泣き止むんだよ。
決壊したダムから流れ出る感情の雫は留まる事を知らず、どれだけ止めようと試みても涙は止まらなかった。
そんな俺の様子を四阿から見ていた面々。
「ユークリスト様、すごぉい!!」
先程までの光景に感動し、先程までの光景と何ら変わらない程目を爛々と輝かせたスティアが、スタンディングオベーション騒いでいる。
「………」
ルルティアは口をへの字にして俯き、こちらからその表情は窺えなかった。
「………」
エリーズもまた絶句している。
「ほぇあ……」
セシリカは呆気に取られている。
目を大きく見開いて、自分の手に握られている羽根ペンと、俺の手元にある羽根ペンを交互に確認する。
そこから俺の前に躍り出たのは、例の如くフラムベリカだった。
「くくく、あーははははっ!! あぁ、良いぞ、良いぞユーリ! よくやった! さすが、私の弟だ!」
「わぁあ、ちょっ!」
豪快に笑い、俺の事を抱き上げた。
ワールドカップの優勝トロフィーを天に掲げる勢いだ。
「見たかセシリカ!? ユークリストがやったぞ!」
「ええ……たまげたっすよ」
フラムベリカは、まるで自分の事のように喜んでくれている。
そんな様子を見ていたら、涙なんて直ぐに引っ込んでいった。
「ああ、よくやったユークリスト!」
そんな笑顔に当てられて、俺も次第に笑顔になってきた。
「はっ、ははははは!! おぉおお!! やりました! やりましたよフラム姉!! これが僕の羽根ペンです!」
あふれ出る喜びを全身で体現する為に
そして、周囲を見渡した。
「ユークリスト様!!」
スティアは感動のあまり、四阿からこちらに駆け出している。
その奥の四阿では、ルルティアが此方を見つめていた。
こういう時、真っ先に飛びついてくるのがルルティアだった。
しかし、そんな彼女はいまや四阿で留まっている。
その隣では、感動した様子で拍手をするエリーズ。
少し寂しさはあるけど、それよりも今は感動の方が勝っている。
嘗て誘拐犯と戦った時も、獄妖狼と対峙した時も終わって直ぐに気を失っていた。
そのせいで、あまり成功を喜んだ事がなかった。
でも今は、こうして成功の実感を噛み締める事が出来ている。
本当の意味で、自分の力で何かを真っ当に成し遂げた気がする。
「これで賭けは私の勝ちだな!」
その感動が一瞬で崩壊した。
「は……?」
涙だなんて一瞬で引っ込んでったよ。
いや、もしかしたら、俺の耳が故障しただけかもしれない。
ほら、なんか、こう、舞い上がっちゃって聞き間違いがあったとか。
既に感動なんて戻らない無の表情で、再びフラムベリカの顔を窺う。
冗談だ、とか言われれば口角がほんの少しだけ上がるかもしれない。
うわ、すっげぇ良い顔してる。
新しいパンツを履いた正月元旦の朝のような顔つきだ。
先程セシリカが見せた光景も、俺が見せた光景もこの笑顔の前ではかすんでしまう。
「はーはっは!ユーリのお陰で、賭に勝つ事が出来たぞ!」
「…………」
つまり、この人が俺を励ましてくれたのは、あそこまで強引に声を掛けたのは。
全て賭けの為だった。
なんだこの野郎。
人がノスタルジーやらジェラシーとかに浸っていた時に、この人は賭け事の為に動いていたのか。
ちょっとイライラしてきた。
俺の感動を返せ。
俺の渾身のフリースタイルを返せ。
おい、おまえもだよ。
セシリカが、かなり落ち込んでいる。
お前の主人の弟が一つの壁を越えたんだぞ。
もっと喜んでしかるべきじゃないのか?
ていうか、そこまで落ち込むモノを賭けていたのか?
そんな品物を八歳児の習熟過程に盛り込むなよ。
ちょっと気になっている自分がいる。
一体二人が何を賭けたのか?
しかし、そんな事よりも俺をダシに賭け事をしている事が許せねえ。
「………ぷっ、はは、ははははははは!!」
しかし、そんな事はどうでも良かった。
俺は先程の涙のエネルギーを全て笑いに変えた。
そりゃもうかなり大きく。
声を張り上げて笑った。
そりゃもう、悩み事が全て吹っ飛んだみたいだった。
そんな様子を見ていたルルティアは、黙ってその場を後にした。
当然、後を追うようにエリーズも。
俺はそのことに気づかなかった。
どうにかなると思ったから。
しかしそんな事よりも今回の収穫は、精霊がヒップホップ好きという事だ。
その後、俺の不在により朝食が食べられなかったほのぼの兄妹が散々文句を言っていた。
軽く謝って、その後は当然地下室に直行した。
魔道具作りに精を出す為に!
お読みいただきありがとうございました。
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