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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
33/63

第二十二話:魔女のご帰還

章閑話の前書きでアクセス数が四千って話をしたんですが、その日の内に五千超えちゃって、今では六千前後あたり。

ネットって怖いですね。 

いつもお世話になっています。



「つまり、魔力には先天的魔力と後天的魔力の二つが存在する。まあ、先天的後天的と、便宜上このように表現しているが、この二つは全く違う次元に属している力だ。

 まず、我々が先天的に得られる『魔力』身体強化を施したり、魔術の行使に使われる力だ。基本的に命あるモノには全てこの力が宿っていると言われている。二足歩行から四足歩行、昆虫以南から草木の末端まで。そして、その容量限度は個人差があり、増える事がない。

 反対に、後天的に身に付ける事が出来る『精錬気』は自己治癒力や感覚鋭敏等、身体強度を大幅に向上させ、魔術等の超常の力への耐性を上げる。つまり『精錬気』は、魔術才能による個人差を修練によって埋める事が出来る力という事だ。」

 

 のっけから長い説明で始まったが、現在俺とルルティアは地下室でフラムベリカの秘密の授業を受けている。 

 互いの専属侍従達はいない。


 ワグは、グロリアと訓練に連れて行かれていた。

 ワグはグロリアが苦手だ。

 多分、自分よりも強いからだと思う。

 グロリアは魔力量が多いから、常に全開で戦っている。

 でも最近は、ワグの方からグロリアに声を掛ける頻度が上がっている。

 と、ルルティアとのお茶会で聞いた事がある。 

 もしかしたら、ワグはグロリアの事が好きかもしれない。

 こう、最初は互いに張り合っていたけど、訓練を重ねる内に段々と親密になっていくんだ。

 そしてワグが勝つ、互いに乱戦、組んず解れつ、倒れ込む二人………BED IN

  

 ………なんて事は無いよな。


 同族嫌悪的なアレだよな。

 戦士の本能ってヤツ。


 スティアはセシリアとエリーズと一緒に、お茶の準備とお菓子作りらしい。

 スティアはフラムベリカのお土産お菓子を見て、眼を爛々とさせてたな。

 いつか、あれと同じモノを作りたいと言ってたしな。

 後は、ドラクルスから買ってきた大量の服を着てたな。

 スティアはずっと此処で過ごしているから普段着がない。

 いや、いくつかあるらしいが、女の子らしい服と表現した方が良いだろう。

 俺は、その辺りの気が回らなかった。

 だって、前世では基本的に部屋の中で過ごしてたから、夏場はパンツとタンクトップだけだったし、冬場は決まった暖かい服を着てただけ。

 外出用の服は、三パターン作ってローテーションだった。

 お洒落の『お』の字も知らない男だった。


 スティアは今年で十歳になる。

 お洒落に目覚めても、可笑しくない年齢だ。

 俺はその辺り疎い。

 だから年上のエリーズや、フラムベリカに付いて大陸中を回っているセシリカと一緒に大陸中のお洒落に触れて欲しい。

 殊勝な事に嬉しいのは、スティアがどの服を着ても必ず俺が買った碧色のブローチを合わせて、見せに来てくれる事だ。

 いつまで付けてくれるか分からないが、出来ればずっと大切にして欲しい。

 御神体として祀ってくれても良いと思ってる。

 何気ない気持ちで買ってあげたが、あそこまで大切にしてくれるのを見ていると心躍る気分になる。 

 こう、心の奥底でむず痒くなるような。 

 スティアが見せに来てくれた時には、必ず最初にそのブローチを探してしまっている自分がいるんだよな。

 前世の俺が見たら、笑ってしまいそうな感情だ。


 そして、ウチのほのぼの兄妹は隣の訓練場にいる。

 壊して良い的が山のようにある。

 基本的にウチの従魔は、活発だ。

 俺の気持ちと反して身体を動かしていたいらしい。

 その後お菓子を食べる。

 最近、ロキのお菓子消費量が上がったから食べ過ぎないように注意している。

 ロキは渋々といった感じで了承しているが、俺は知っている。

 夜中俺が寝静まった時に、ノートにお願いして『異空間収納』からパンを出して貰っている。

 ロキは、俺が知らないと思っている。

 

 さて、フラムベリカの授業だが、かなり面白い。

 俺の知らない事がほとんどだ。

 小さい頃から、屋敷の書庫に足繁く通って興味のある本を読んだけど、その本には載ってなかった内容の授業だ。

 公爵家の本館の書庫になかった内容の授業って事は、それだけでワクワクするよな。


 しかも、上手い具合に要点を押さえている。

 何処かで教鞭でも振るっていたのでは、と疑う程のうまさだ

 まず授業の始まりは雑談からだった。

 軽い兄妹の会話から始まって、俺とルルティアの魔法の習熟度に関して質問が飛んできた。

 ルルティアは、そろそろ三属性複合の雷属性が発現できるとウキウキしながら話してた。

 この人は、マジでハイスペックだよな。

 この時期のバレットは、まだ『複合』の段階には入ってなかったはずだ。

 バレットの能力云々にまつわる話かもしれないが、それでも二年早く『複合』の段階に上がった事は凄いよな。


 ーーーあ、俺か?

 俺は『複合』の段階に既に達している。

 ほら、俺ってこう見えても『北部の神童』で通ってるからさ。

 現代知識を合わせれば、科学の点数が悪かろうが魔力の複合なんて簡単だった。

 魔術の講師に付けられた、魔術士の仕事なんて無かった。


 だけど、そこからが問題だった。

 上級属性魔術は複合魔術の数に応じて、その等級が一つ上がるんだ。

 つまり、二つ属性を掛け合わせたら『中級』から始まって。

 三つ掛け合わせたら『上級』から始まるという事だ。

 習得した後に効率の良い魔力運用とか、習熟度を上げるとかで魔力消費量を抑える事は出来るんだけど。


 まあ言いたい事は、魔力量の少ない俺にとって複合魔術なんてのは、燃費の悪い『イタリアの蝙蝠』ってわけだ。

 あの時の魔術講師が俺を見る目は、同情と安堵、そして一瞬の嘲笑が含まれていた。


 この世界に来て初めて、というか人生で初めて少数派(マイノリティ)という立場を経験した。

 俺は基本的に部屋に引き籠もって、調べ事や魔術銃の研究なんかをしていてあまりその機会が無かったが、どうにも魔力総量による差別や優越を感じる人間というのはいるらしい。


 あの講師だって、自分の息子の半分以下の人生しか生きていない俺が自分よりも圧倒的な才能を持っているのが我慢できなかったんだろう。

 たとえ相手が公爵家の人間であろうと、そういう人間の根源的な感情は切っても切り離せないからな。 

 

 まっ、魔術指導をしていた奴は次の日クビになったけどな。

 もちろん、俺がグリバーの権力を使った。

 確かに、前世では実家の威光を笠に着て傲慢に振る舞う悪役なんて懲らしめられろと思っていた。 

 あの瞬間はたまらんよな。

 『俺は○○家の次男だぞ!!』みたいな台詞の典型的な悪役だけど。

 しかし、いまは俺がその立場でその威光を使う事が出来る。


 だったら、俺は使う。

 俺の有意義な生活を守る事が出来るのであれば、いくらでも使ってやる。

 自分の環境を整えられるならば、実家の威光を笠に着て親の脛に齧り付く。


 まあ、魔術の講師がもう必要ないと判断したのもあるけどさ。 


 フラムベリカの雑談はルルティアの話題が一段落し、次に俺の話が振られた。

 俺は『まあ、ぼちぼちです』と言うと。

 フラムベリカは『だったら、魔術以外に興味はあるか?』と質問した。

 『精霊文字を学びたい』と返したら『私がいる間にその一端を教えてやる、ところで精霊文字の起源を知ってるか?その古くは天地創造の戦争から始まって………』


 そして、いまは先天的魔力と後天的魔力の授業中だ。 

 

 しかし、この世界の剣士や騎士が剣術を重視する背景には『精錬気』とやらにあったのか。

 精練気、漫画で言うところの『気』みたいな扱いかな。

 内なる力を解放せよ……これぞ禅の教えなり。

 これより、ユークリストの物語は修行編を迎える!


 そんな事はないけどさ。 

 でも確かに、気にはなってた。

 この世界には魔力があるのに、何というかアナログ的というか。

 もちろん、魔法使いは沢山いる。

 カトバルスは勿論、レーメンにも魔法使いは沢山いた。

 でも、大概の人間が剣術や弓などを使っている。

 公爵家本宅にある訓練場でも、基本的に魔法の訓練よりも騎士同士の対練などが行われている。

 カイサルやトーラス、バレットも魔術よりも剣術を優先するように言ってたな。 

 まあ、カイサルは魔術の腕が帝国一だけどな。

 いや、人類一だ。


 しかし、帝国というか、この世界の武人の常識は魔術よりも剣術に傾倒する傾向があるのかもしれないな。

 ま、俺の場合は魔力が少ないから剣術にシフトするのは、全く問題ないんだけどさ。

 でも、出来れば西武流か南武流辺りが良いな。

 どうにも接近戦で、相手が繰り出す数多の剣撃を掻い潜りながら、或いはそれを受けながら攻撃を入れるのはーー怖い。

 うん、怖いんだ。

 この一言に尽きる。

 出来れば、互いの位置も姿も認識する事無く罠や仕掛けを施して、一撃で葬り去りたい。

 相手の顔すらも見たくない、罪悪感が半端ないから。

 もう心的外傷後ストレス(PTSD)障害に悩まされるのは御免だ。


 いや、そもそも人を殺すという行為がそうなるんだ。


 うん、武術なんて碌なもんじゃねえな。

 しかし、俺は貴族家に属する人間だから、それなりの技術や礼節、そして武家の頂点たる強さを身に付けなければならない。

 実家の威光を笠に着たいなら、その笠が似合う男にならなければいけない。

 身に付ける装飾品に殺される人間にはならない。

 だから、どの武術を習うにしても『精練気』の存在は決して無視は出来ない。

 

「まあ、後はーー」

「はい、はいフラムお姉様! どうすれば、その『精錬気』? を身に付ける事が出来ますの? 私も身に付けられるのでしょうか!?」


 そんなフラムベリカの授業に、ルルティアが気持ちの高揚を隠せない様子で手を上げて質問した。

 いつもと変わらない、溌剌とした笑顔で。

 口調は上級貴族令嬢のそれに近い物になっているが、表情は全く隠し切れていない。

 

 しかし物騒なことを言うもんだな。

 身に付けるだって?

 つまり、今以上に横暴になろうとしているって事か?

 俺が『精錬気』を身に付ける理由がまた一つ増えたな。

 ルルティアよりも強く、強靱になるのだ。


「まず、二つ目の質問。これはイエスだ。そして一つ目の質問。これに関しては分からない。」


 ルルティアの質問にビシッと指を差し答えた後、参ったといった様子で手を振って答えるフラムベリカ。


「それは、どうしてですか?」 


 歩くウィキ○ディアこと、フラムベリカが惜しげも無く分からないと言った様子に違和感を覚えた俺も手を上げて質問した。


「精錬気を身に付ける為に必要な事は分かっている。しかし、それを得る為の正確な手順は無いと言う事だ。」

「ふむ、なるほど。」

「?……ねえねえ、ユーリどういうこと?」


 俺とフラムベリカのみの共通理解について行けなかったのか、ルルティアが隣から俺の頬を突いて質問してきた。

 俺はちょっと知的な演出をする為に、指を立ててクルクルと宙に円を描きながら話す。


「……例えば、ブルースノウを作ろうとするよ。」

「ええ、お母様の好きな香水ね!」

「私はカルメラよりも、ガレナの花の方が好きだな。」


 例え話の為に、女性が食付く化粧品の方に話題を持って行った。

 当然、ルルティアはその話を聞く姿勢になった。

 しかし、フラムベリカ、アンタが説明するんだろ?

 ブルースノウは、カルメラ草から出来た香水だ。


「ブルースノウを作るにはカルメラ草が必要。それは分かるよね?」 

「勿論よ、とっても珍しいんでしょ?」

「そ、それじゃあ、そのカルメラ草が何処にあるか知ってる?」

「それは……アルトバルス山脈の方に行ったら……」

「どの方向に、どれくらい進んで、どの辺りを探せば見つかる?」

「むう~ユーリ、お姉ちゃんの事からかってるでしょ?」


 俺の頬を突くルルティアの手が変わり、頬を引っ張ってきた。

 頬を膨らませて、空いてる手を腰に当てて。


「ひ、ひひゃうっへ。いひゃいひゃら、はりゃ、」

「お姉ちゃんにごめんなさいは?」

「ご、ごへんなひゃい……」

「ふん、分かれば良いのよ。」 

「ふ、ふう、兎に角話を元に戻すと、ブルースノウの製作にはカルメラ草が必要なのは分かるけど、そのカルメラ草が何処にあるのか分からないように、精錬気を習得する為には何か条件があって、それが何なのか言葉に出来るけど、その条件を達成する為に、何をすれば良いのか分からないって事だよ。」

「ふうん、そういうことね。」

 

 赤くなりそうな頬を摩りながら、丁寧に掻い摘まんで説明すると、ルルティアに伝わったようだ。


 最近、ルルティアが暴力的になった気がする。

 もちろん、予兆は沢山あった。

 なんせ、五歳の頃から三歳の弟の関節を外す常習犯だったからな。

 当時、俺が真っ当な三歳児だったら、完全に姉に恐怖心を抱いてた。

 まあ最近は、身体強化を殆どせずに頬を抓るとか、ゲンコツを降らせるとか、引き摺り回すとかだな。

 それでも、十分痛い。


 …………姉にいじめられたと言えば引き籠もれるのではないか?

 まあ、それは最終手段に取っておこう。


「それでフラムお姉様、その決まっている条件はなんですの?」


 そんな俺の様子を気遣う事無く、フラムベリカの授業を続行するルルティア。

 弟を軽んじると、いつか痛い目に遭うって事を近々教えてやらないといけないな。

 姉に逆襲する弟の恐ろしさを、その身に味合わせてやる。 


「武人曰く『悟りを得た』、だそうだ。」

「………悟り?」


 ほら、またこっちを向いた。

 餌を求める小動物みたいな眼で俺の事を見つめてきた。


 もう教えてやらねえ、これから弟の反撃が始まるのだ。

 玩具をお強請りする子供の目に変わった。

 

 ふはっ、俺が八年間味わった苦渋をしゃぶり尽くすがいい!!

 お気に入りの人形を無くした子供の目に変わった。


 いいや、この程度じゃ決してめげない、抗議活動は敵の圧力が強くなってからが勝負なんだ。

 『平等無くして、平和な無し!!平等無くして、平和な無し!!』

 魔獣が獲物を見定める眼に変わった。

  

 立ち上がれ!虐げられてきた末っ子達よ!!

 いまこそ我々の意志を、横暴な圧制者達に示すのだぁ!!


 ……っあ、ちょっ、待って。


「ああ!!ルル姉!止めてよぉおお!!」 

「悟りって何よ!お姉ちゃんに教えなさい!!」

「わっわかっあっあぁああああああ!!」

 

 ルルティアが俺の頭を両の拳骨で挟み込んで、プレスし始めた。

 昭和アニメ顔負けのグリグリ攻撃だ。

 身体強化は施しておらず……あっ、圧力が増した!

 遂に身体強化も使ってきやがった。


 俺はパタパタとルルティアの手を叩いて力無き抵抗を示す。

 

 忘れていた。

 自由を求める行動には代償が伴うという事を。

 なぜ俺がこれまで、抵抗しなかったのか。

 その理由は、間接ガクガクの上半身が語ってくれているというのに。

 

 いや、もっと根源的な摂理を。  

 弟は姉に勝てないという摂理を!!

 前世では長男だったから、勝てると思い上がっていた。

 俺の目の前に居るのは姉なのだ。

 

「くくっふははははは!!ルル、そのくらいにしてあげなさい。ユーリの可愛い顔が歪んでしまいそうだ。」


 その様子を、微笑ましい様子で見つめていたフラムベリカが堪えきれなくなって、爆笑しながらも助け船を出した。

 少し遅い気がするんだが、助け船は助け船だ。  

 全力でしがみつかせて貰う。


「ほぉおら、ルル姉!フラァアム姉ぇ!もこう言ってぇええるよ!!」 

「うるさい!お姉様ーー」

「代わりに、私が教えてやるから。」  

「ーーーーむう~ユーリ、フラムお姉様に御礼を言いなさい。」


 フラムベリカに説得されたルルティアは、渋々といった様子で俺から手を離した。

 俺は、カキ氷を搔き込んだ時に襲われた様な痛さを抑える為に頭を抱え、悶えた。

 ホント、加減を知らない人なんだから。

 

「……ルル姉が謝ったら、僕もーー」

「何か言った?」

「いえ、フラムベリカお姉様、私めを助け出して頂き恐悦至極に存じます。この恩は孫の代まで辿って返させて頂きます。」


 火はまだ消えていなかったらしい。

 しかし今の冷え切った口調に、その火種は完全に踏み潰される事になった。

 これで、ユークリスト・スノウ・グリバーは完全に姉に調教される事になった。


 解放された俺は直ぐさま土下座をして、フラムベリカに媚びへつらった。

 

 こうなったら、作戦変更だ。

 中間管理職に対抗する為には、更にその上の権力に泣きつくしか無い。

 フラムベリカから何か言われれば、ルルティアは黙り込むしか無い。

 上の兄妹に泣きつくのは、末っ子の常套手段だ。


「ふふ、ユーリ。地面に穴を開けようが、私が何かする事は無いぞ。」

「…………はい。」


 どうやら完全に見透かされていたらしい。

 この人は全てを見透かしている。 

 

 諦めた俺は居住まいを正して、椅子に座った。

 初めから何も無かったかのように。


 その様子にもクスクスと笑っているフラムベリカは「さて本題に戻るが」と授業を再会した。 


「ルル、武人の言う『悟り』とは抽象的なモノだ。言葉では説明できないし、万人に共通される感覚では無い。」 

「ではお父様なら、その『悟り』も分かりますか?」

「確かに父上ならば、説明も出来るかもな。」

 

 『悟り』とは、その言葉から推察できていた通り、抽象的なモノだったらしい。

 まあ、精神的な要素が強く関わっているからな。

 これに関しては、前世の知識があったとしてもお手上げだ。


 しかし、此処にもスーパーパピーが登場する。

 今は、戦場にいるから会えないけど、今度会った時はまた色々と聞きたいな。

 

 戦場の話とか……戦場の話?


 ダメだ。

 父親に戦場の話しか質問しない息子はダメだ。

 もっと他に聞く事を考えないとな。

 リストを作っておこう。

  

「だったら、次会ったときにお父様に聞くわ……次会ったときに……」 

 

 明るかったルルティアの声色が曇りがかったモノに変わった。

 隣を見ると、ルルティアが脚を宙で遊ばせ、顔を俯かせて無機質な地面を見つめている。

  

 心配で、寂しいだろうな。  

 いつもならカイサルが帰ってくる。  

 しかし今は、帰ってこない事に加え、戦場にいる。  


 父親が最強だという事は知っている。  

 しかし、その懸念が払拭される程戦場という場所は甘くない。 

 

 人の命を数字として消費し、時に英雄が歩く道端に添えられた花に数える。

 誰もがその場所に夢を見て、夢と共に散っていく。

 戦場とはそんな場所だ。

 

 と、俺は考えてる。 

 

 実際に戦場に行った事は無いから、詳しい事は言えない。 

 現実はもっと苛烈で、残酷かもしれない。

 

 いや、残酷だ。

 

「大丈夫だよ、ルル姉。父様は最強なんだ、きっと戻ってくるよ。」 

 

 俺に出来るのは手を取って慰める事だけだ。

 元気づける為に、笑顔でルルティアを励まそうとする俺。


「……何で、ユーリは平気なの?……ユーリは、心配じゃ無いの?」


 自分と同じ感情を共有できない事で苛立っているのか、責めるような眼に薄らと涙を浮かべて、ルルティアが俺を見つめてきた。

 いつものルルティアとは、様子が違う。

 普段のルルティアを満開の花で彩られた花園だと表現するなら。

 いまは、花の枯れたバラ園みたいだ。

 棘だけが露出している。


「僕も心配だよ。でも、父上はこの国で一番強いんだ。きっと大丈夫だよ。」

「……うそ。全然心配しているように見えない。」


 丁寧に手入れされた金髪の間からこちらを覗き込む蒼眼は色を落とし、その奥には不満を孕んでいた。


 こういう時なんて答えれば良いんだろうか。


「だって、父上とトーラス兄が居るんだよ。それに『銀雹狼(家の騎士団)』も付いて行ってるんだよ。それだけいるのに、負けるわけ無いよ。」


 とにかく、ルルティアを元気づける為に空笑顔を作って説得を試みる。

 実際、カイサル&トーラス率いる銀雹狼が負ける姿が思い浮かばない。

 というか、カイサルが負ける姿が思い浮かばない。


「…どうして……そんな事ユーリに分かるの?」

「えっと、僕は父上達に稽古を付けて貰っているから……」

「でも、その時は手を抜いてたんでしょ?ユーリが自分で言ってたじゃん。それに、戦場じゃ直ぐに人が死ぬって、お父様達も安全じゃないって……なのに、何でユーリはお父様達の事を心配しないの?」 

「そ、それは……ほら、屋敷の皆が言ってるからだよ!父上なら心配いらないって!」


 自分が安心する材料を探し求めているのか、もしくはこちらのあらを探しているのか。

 ルルティアの質問が、どんどん掘り下げられていく。

 いわゆる子供の『何で?』に答える容量だが、こういう質問には慣れていない。

 ロキから飛んでくる純粋な質問には、若干遊びが含まれているから答えられる。

 それに、答えられないときは駄鳥がいるからな。


 しかし、現在ルルティアから飛んでくる質問は、さながらリアルトロッコ問題。

 どれ一つとして間違ってはいけない、しかし気まぐれに進路を変更される。

 気づいたときには、落とし穴にまっしぐら。

 

「………心配いらない?心配してるって言ったじゃん…」

「あ、えっと……」


ほら、まっしぐらだ。


「ユーリの嘘つき。」

「…………」

「……何か言ってよ。」


 何も言えなかった。

 何て言えば良いのか分からなかった。

 これ以上何か言っても、火に油を注ぐだけだと思ったからだ。

 俺はただ、俯いているルルティアを見める事しか出来なかった


 慰められる事を言ってあげたい。

 直ぐにルルティアの顔が大洋のように明るくなる言葉を伝えてあげたい。

 ちょっと冗談を交えて、直ぐに授業が再開できるような雰囲気を作れるような事を言ってあげたい。


 それでも、何て言えば良いのか分からない。


 俺は、カイサルとトーラスに命の危険があるなんて思っていないから。


「……ルル姉。」

「もういい!!」


 伝えきれない思いが募る前に、ルルティアが俺の手を離し地下室を出て行ってしまった。


「ルル姉……」 


 その声は、勢いよく閉められた扉の音に掻き消されてしまった。


「あーあ、ルルティアが拗ねてしまったな。まあ、あの年頃の女の子によくある事だ。ユーリ、あまり気にするな。」

「……はい。」 


 俺とルルティアの遣り取りを後ろから眺めていたフラムベリカから慰められた。

 

 いや、あんたがなんとかしてくれよ。

 仮にも長女だろ。

 こっちは末っ子だぞ。

 

 俺は、ジトッとした目をフラムベリカに向けて、無言の抗議の念を伝えた。


「なんだ?ーーああ、私はこういう問題には首を突っ込まないと決めてるんだ。他人の修羅場は見てるよりも、掻き乱す方が私にとっては魅力的だがな。」 

 

 俺の無言の抗議を感じ取ったのに、フラムベリカは少し楽しそうにしていた。

 いつもの狡猾で獰猛さが残る捕食者の笑みでは無く、公園で遊ぶ我が子を見守る保護者のような微笑みで、明後日の方向を見つめている。

 あんな表情をするフラムベリカは、あまり見た事が無い。

 いつものフラムベリカだったら、ケラケラと笑って、授業を再開すると言ってたはずだ。

 もしくは、俺とルルティアの沈黙に割って入って空気を変えただろう。


 一体何を見ていたのか。

 いや、下の二人同士の遣り取りを見ていたかったのか。

 確かに家の兄妹は、中間にバレットを置いてフラムベリカとトーラス、ルルティアと俺は二つ違いだ。

 俺達の遣り取りに、フラムベリカ自身とトーラスの影を見て懐かしんだのかもしれない。

 『銀雪の魔女』と呼ばれているフラムベリカにも、一般の姉らしい感情があったらしい。


 しかし、言ってる事は全く違う。 

 他人の修羅場を掻き乱すってさ、こっちは兄妹喧嘩だぞ。

 少しは協力してくれても良いんじゃないのか?

 

 前世の俺なら間違いなく共感を示していたはずだが、現在俺はその真っ只中にいる。

 爆弾処理の映画を見るのと、実際に爆弾を処理するのとでは全く違うというわけだ。

 

「はあ、わかりましたよ。それじゃあ、授業を再開しましょう。」 

「……本当に良いのか?」 

「人間はこういう時、一人になって落ち着きたいんですよ。僕はルル姉の事を尊重します。」

「……まあ、良いだろう。」 

 

 授業の再開を申し出た俺を薄情者を見るような眼でフラムベリカが見つめるが、俺は気にしない。

 だって、俺以上の人でなしが目の前に居るのだから。

 何を隠そう、フラムベリカだ。

 

 それに、このまま追いかけたところで何を言えば良いのか分からない。

 

 大丈夫だって言っても、何が大丈夫なのか分からないし。 

 それ以外の事を詰められたら、なんて返せば良いのか分からない。 

 そうなれば、火に油を注ぐだけだ。

 女の炎は見ているだけで火傷を負う。 

 まともな恋愛経験が無い俺でも、それぐらいは分かってる。 

 

「それじゃあ、この話は二人が揃ったときに取っておこうーーーーさて。」


 フラムベリカは近くにあった椅子に座り、足を組み膝に肘をつき、セクシーな『考える人』みたいな姿勢を取った。 

 貴族令嬢がこんな姿ではしたないと言われるかもしれないが、フラムベリカは基本的にパンツスタイルだから、はしたなく見えない。

 むしろ、手足の長いフラムベリカにしたらちょっと格好いい。

 ああいう態勢で取られた写真が、前世のファッション誌の表紙を飾ってた気がする。 


 フラムベリカは『そういえば』と何かを思い出し、先程同様に俺の事をニタニタと見つめている。 

 こういう顔をしているときは、どんな内容を切り出されるのか気が気でない。


 トーラスの気持ちが分かった気がする。


「ユーリもそろそろ婚約者を作らないとなぁ。」

「は……?」


 やっぱり、碌なもんじゃない。


「いやいや、婚約者を作るのは帝都に行った十二歳からだって母上が言ってましたよ。」


 俺は唐突な話題に、驚きを隠せず作り笑いをしながら紛らわす。


「そうだユーリ。しかし厳密には、()()()()()()()だ。()()()()()()()。」

「だったら、あと四年ありますね。未来の婚約者との初対面を楽しみに待ってますよ。」


 なんだか含みのある言い方だったが、俺はこの話題を早く終わらしたかったから、触れないように努め。

 そして、教室の後ろでだらけるみたいに座っている椅子の二本の後ろ足だけでバランスを取る遊びを始めようとした時。

 

「ああ、再来月辺りには会えるだろう……」

「ーーーーは? わぁああ!!」


 突然、口から爆弾吐き出しやがった。

 

「いやいやいや!!何言ってるんですか、フラム姉!俺に婚約者!?」


 俺は、突然の発言に驚愕を隠せないまま椅子から転げ落ちたが、そんな事どうでも良い。

 受け身を取り忘れ頭を打って、たんこぶが出来たかもしれないが、どうでも良い。

 そんな事よりも、目の前に現れた問題をどうにかしないといけない。

 

 俺に婚約者だと!?

 それは大きな問題だ。


 確かに、貴族的なあれこれは分かっているが、俺は五男だ。

 もうちょっと恋愛的な融通が利いても良いんじゃ無いか。


「そうだ、今回の戦争は十中八九こっちが勝つ。当たり前だ、父上が負けるはずが無いんだから。」


 フラムベリカは確信を持って、心の底から神を信仰するようにそう言った。


「はい、それと僕の婚約者に何の関係が?」

「そうなると帝都の官僚共は、自派閥の勢力を拡大する為に大々的な催し物をする。あそこの連中は、政には敏感だからな。」 

「……はい、なんとなくですが、分かります。」


 恐らく、パーティでも開くのだろう。

 漫画なんかでも、大きな戦争の後は大きな宴だって相場が決まっている。


「つまり、その時になれば、家族が全員参加しなくてはいけない。それが貴族の勤めだ。」 


 俺にも不穏な未来が見えてきた。

 俺が察したのを、察したフラムベリカは我が意を得たりとニヤつき俺を指差した。

 

「当然、お前とルルも帝都に行く事になる。そして、政に敏感な奴等は我が家と縁を持つ為に、婚約話を持ち込む事になるだろうな。」

「……うわ。」


 フラムベリカの話の現実味を感じた俺は思わず、嫌悪感を顔と言葉両方にして出してしまった。


「理解できたようだな。」

「ええ、鮮明に出来てしまいました。」


 つまり、フラムベリカの言いたい事はこうだ。

 今回の西部での戦争に勝利したら、その戦勝を祝して帝都でパーティが開かれる事になる。

 そして、その帝都には公爵家と縁を結ぼうとしている貴族連中が、手ぐすね引いて待っている。

 そこで標的にされるのは、バレットとルルティアと俺という事だ。

 バレットは既に学園に通っているから婚約者がいるかもしれない。

 ルルティアは性格はちょっとアレだけど、ハイスペックの美女候補だ。

 そして俺は、超ハイパーエキスパートハードボイルディアエクセレントイケメンだ。


 引く手数多の満員御礼、千客万来、八方から美人ってわけだが……


 正直、死刑宣告された囚人の気分だ。

 もしくは、体中に蜂蜜塗りたくって昆虫の群生地に放り込まれるみたいだな。

 

「ちなみに、フラム姉のオススメは?」

 

 当然、最後の晩餐を選ぶ権利を行使する。


「……お前はそれで良いのか?」


 ワインのテイスティングをするように質問した俺を、フラムベリカはジトッとした眼で見つめる。


「僕は人に殴られる前は、誰に何処をどんな風に殴るのか言って欲しいだけです。」


 俺は一切の曇りない表情で、真っ直ぐにフラムベリカを見つめた。 

 その様子は、ティーンエイジャーの少年を汎用人型決戦兵器に乗せる雰囲気を醸し出している。 


 衝撃に備える為に必要なのは情報だ。

 情報に勝る防衛線は無い。

 

「ふふふ、婚約話と拳闘を同列に考えるのか。やっぱり、お前は面白いな。」

「僕自身は全く面白くないですけどね。」

「わかってるさ。それで、私のオススメだがな。三人いるぞ。」

 

 フラムベリカは、まるで準備してきたように三人の候補者の事を話し出した。

 

 一人目の候補者は中央領に領地を持つ伯爵家の令嬢だ。

 歳は俺と同じ。

 フラムベリカ曰く、才色兼備の才女らしい。

 幼い頃から帝都内のパーティに顔を出して、既に婚約者争いが起こっているとか。

 皇族との婚約話も上がっているとかなんとか。

 そんな火中の栗を全裸で堂々と拾いに行けるのは、俺が帝国筆頭公爵家の本家に属する人間だからだろうな。

 そしてその令嬢は、孤児院とか貧民街での慈善活動に精を出して、巷では『聖女』なんて呼ばれているらしい。

 すごいよな、俺と同じ年齢で慈善活動とかに精を出しているなんて。

 他所様がどうか知らないが、俺は今まで慈善活動の為に孤児院とかに行った事が無い。

 公爵家として孤児院を運営しているらしいが、そこに行ったも事は無い。

 確かワグがそこの出身とか言ってたな。

 うん、今度行ってみるってのもいい手だよな。


 ………却下だ。


 つい最近、慈善活動はしないと誓ったからな。

 聖女なんて肩書き、皇族の次に忌避すべき案件だ。

 ハッケンソクジテッタイダ。 


 

 そして、二人目。

 グリバー家と同じ帝国筆頭公爵家の一席『嶽嵐(ジレコフィル)家』の令嬢だ。

 これも歳は俺と同じ。 

 ジレコフィルの当主、ジャクリーン・ストム・ジレコフィルの三男の次女だ。

 今はまだ家督争いの真っ只中にいるから、グリバーの軍事力が欲しいらしい。

 ジレコフィルの領都がある『リングルハット』は対大陸南部の最前線だからな。 

 そこに『銀雹狼』の存在を仄めかす事が出来るだけでも、南の脅威に十分な警告を発する事が出来る。

 さらに、軍事的後ろ盾を得られれば、その当主の三男とやらが次期当主に近づく。

 つまり、俺は他所の芝生に花を添える為に使われるという事だ。 

 

 やだ、絶対にやだ。


 いや、俺は貴族だからさ。

 だから俺の婚姻に、政治的駆引きが含まれているってのは仕方ないと思っているわけだよ。

 でもほら、家督争いの真っ只中に突っ込んでいくとか、危険極まりないだろ。

 確かに、南の土地は魅力的だ。

 何よりも、魚が捕れる。

 北部でも魚は食えるが、殆ど川魚だ。

 種類豊富の魚たちを種類豊富な調理法で、俺の胃袋の中に修めるのは魅力的な妄想を掻き立てられる。 

 しかし、出来れば政治なんかとは無縁の人と婚約したい。 


「そして、三人目は第四皇女ーーーーー」

「つまりこの二人ですね。あーあうのがたのしみだなー!」


 俺は勢いよく立ち上がり、フラムベリカの口から蛇が出てくる前にこの部屋から退散しようとする。

 取って付けたような棒読みの台詞を大声で張り上げ、作り笑いで取り繕っている俺を見て、フラムベリカはクスリと笑った。


「ふふ、まあ楽しみにすれば良いさーーーーーしかし、そうなったらスティカリリアの事はどうするんだ?」 

「………」 

 

 そんな俺の身体を引き留めるように放たれたフラムベリカの言葉は、俺の行動を制止させるのに十分なモノだった。

 俺はゆっくりと振り返った。

 其処には、これが本題だったのかと思わせる雰囲気を纏っているフラムベリカが、座って此方を見つめていた。

 いつもの様な玩具を眺める子供の視線とは違い、真剣だ。

 俺が五歳の時にスティアを侍女にすると言ったときの、カイサルと同じ顔つきだ。

 この地下室の雰囲気と相まって、妖艶な魔女と闇取引をしている気にさせられる。 


「どうするって、どういう意味ですか?」 

「スティカリリアは、身内の贔屓目無しに見ても可愛らしい、その上献身的だ。あの子は将来大陸でも指折りの美人になるな、賭けてもいい。そしてそんな子が、お前の事を御伽噺の王子様を見るような目で見ている。聡いお前の事なら分かっているだろうが、あの子はお前の事を好いている。それも、かなり重症だ。」 

「…………」  

 

 人の色恋沙汰をまるで病気のように重症と表現する辺り、さすがフラムベリカだと思うが俺の内心は、全く穏やかじゃ無い。  

 ここでも、放置していた問題が目の前にやってきたんだ。


 しかも、魔女の宅急便で届けられた問題が。


 箒に乗ってないし、黒猫を連れているわけじゃ無いが、そっちの方が幾分かマシだと確信がある。


「スティアの事は勿論好きですよ。これからも一緒にいれたら嬉しいです。」


 違う、これじゃ無い。


 自分の中でぐるぐる回る感情と、何か言わなくてはという義務感が相反した。

 その結果が俺に、如何にも八歳児が言いそうな事を言わせた。

 『大きくなったら○○君と結婚する』みたいな解答を。

 マジで何言ってんだろ。

 心と体がごっちゃになったって言うのは、こういう事を言うんだろうな。


 俺が考えている事と、フラムベリカが望んでいる答えは、これとは違う次元にあると知っているのに。


 しかし、これでも良いと思っている自分がいる。

 だって、スティアは俺の専属侍従なわけだしさ。

 誰かと結婚したところで、彼女との関係が変わるわけじゃ無い。

 無理に何かを変える必要なんて無いんじゃ無いかと、考えているのも事実だ。

   

 フラムベリカに見透かされているのを承知で貼り付けた笑顔を作る俺。


 さっきまでのルルティアの気持ちが分かった気がする。

 ……早くこの部屋から出たい。

 どちらも原因は俺なんだけどさ。


「そうか……そうなると良いな。」


 フラムベリカは、薄らと微笑んだ。

 仕方が無いと思っているのか、残念だと思っているのか。

 どちらにも取れる表情だった。

 俺もたまらず目を背け、地面を見つめた。


「ただな……」 


 頭上からフラムベリカの声が降ってきた。

 

「どんな決断をするにしても、あの子を傷つける事だけはしないでくれ。」


 ……正直、意味が分からなかった。

 俺がスティアを傷つけるわけないし、そもそもこの人からそんな殊勝な言葉が出るの訳無いと思っていたから。


 俺の役目は、彼女の心が安らげる居場所になる事だ。

 俺の専属侍女という確固たる居場所を作り続ける事。

 それが、俺から彼女にしてあげられる精一杯だ。


 直ぐに顔を上げた。

 俺の碧眼に映るフラムベリカの顔は、儚さと悲壮感を孕んでいた。


 こんな顔をするフラムベリカを見るのは初めてだ。


「……フラム姉?」 

「いや、何でも無いさ。きっと、いずれよくなる。」


 フラムベリカはそう言って立ち上がり、俺の方に近づいてきた。 

 静寂に包まれた無機質な地下室の中を、レザーブーツのヒールが鳴らすコツコツとした、これまた無機質な音だけが木霊した。

 フラムベリカは、母親が息子娘を慈しむような顔で俺の事を見つめ、儚げに薄らと微笑んだ。

 その様は、雪景色の中を一人で当てもなく歩き続ける未亡人を思わせる。

 

「…フラム姉?」


 フラムベリカは俺の頭を撫で、ゆっくり顎に手を回し顔の形を確かめるように、また撫で回した。


「や……ちょっ…」


 一切の抵抗をしない俺の両耳に掌を当てたフラムベリカは。


「……私がそうしてみせるよ。」


 そう呟いた。

 両の手に遮られたその声は、聞き取る事が出来なかった。


 俺の視界に彼女の顔は映らなかった。 

 ただ、映ればよかったと思っている。

 

 前世で定番的に言われる雑談。

 『一度だけタイムマシンを使えるなら……』ってやつ。

 

 俺ならこう答える。 

 『この瞬間に帰って、彼女の顔を見て何故そんな顔をするのか聞き出す。』

 首がねじ切られても振り返って、彼女の真実を聞き出すと。



 しかし、俺はこの時姉に弄ばれる哀れな弟だと思っていた。

 いや、姉に可愛がられる、無邪気な弟だと。

 閉鎖された地下室の中に蔓延する、安らぎの時間にどっぷり浸かって、ずっとこの時間が続けば良いと思っていた。

 全ての問題を心の内に押しやって、ハンモックに寝そべりのんびりとこの時間を堪能したかった。


 現実は常に残酷だと、その身をもって理解していなかったからだ。

 もしくは、俺の本質が現実主義者を語る、堕落的な楽天家だったからか。

 ともかく、この時間に浸っていたかったんだ。


 

ーー



 その日の夜、スティアにフラムベリカの事を聞いてみた。

 やっぱり、フラムベリカのあの表情は気になったからだ


 スティアはフラムベリカの持ってくるお土産の話をした。

 自分の頬に手を当てて思い出し笑いを浮かべて、大袈裟な身振り手振りで感情を伝えて。

 その様子だけ、スティアがお菓子では無くフラムベリカという人間の事を慕っているのだと伝わってくる。


 しかし、俺が聞きたい話はそれでは無かった。 

 俺はスティアに対し、言葉をかみ砕いて説明して、聞きたかった本題に入った。


 フラムベリカの印象についてだ。

 スティアの率直な感想を聞きたかったのだが、スティアはこれにも相変わらず大好きオーラ全開だった。


 しかし、最期に気になる事を言っていた。


「そう言えば、その、私が、ユークリスト様と初めて会った時、フラムベリカ様がずっと私の手を握ってくれてたんです。そして『すまなかった』って言ったんです。あんまり良い思い出じゃ無いから、よく覚えてないんですけど……」

 

 そのあと、ハッとして『もちろん、ユークリスト様と会ったのは一番の思い出ですけど』と可愛らしく取り繕っていた。

 『すまなかった』、救助が遅れた事を言ってるのか。 

 それとも別の何か。

 俺には、それを判断する材料が無かった。



ーー



「ロキ、この字は何か分かる?」 

『これ、まふかまふか!』

「正解、これはマフカの実だね。」

『あるじーおなかすいたぁ』  

「だーめ、晩ご飯なら食べたでしょ。明日まで我慢、ロキは良い子だから出来るよね。」

『ん~ロキはいいこだからがまんする。』

「よし、それじゃあ次はここの所を読んでみよう。」

『うん!』


 ターラが帰った後から習慣にしている事がもう一つ。

 ロキに字を教える事だ。

 ロキの識字問題は、読めない、理解できない。 

 今回はその内の一つ『読めない』を解決する。


 その為に持ち出したのが、公爵家の書庫にある絵本だ。

 俺が赤ん坊の時、マリアンヌが寝かしつける為に読んでくれた。

 その後はルルティアが俺に読んであげると言って、ほぼ毎日持ってきてくれた絵本。


 俺自身も前世の幼少期は母親と弟と一緒に本を読んでた。

 フルーツの本だった。

 初めて一人だけで読めた時の感動は、今でも覚えている。

 飽きもせずに何度も母親に向けて読んだのを今でも覚えている。 


 そして俺は、その感動をロキにも味わって貰いたい。


 今読んでいるのは『きこりとおおかみ』という本で、北部の子供達にとっては定番となっている絵本だ。


 ストーリーは、森に木を刈りに行った樵が森の中で偶然、怪我をした子供の狼を見つけて保護するんだ。

 そして樵は、その狼の怪我の治療をする。

 三日三晩付きっきりで看病して貰った狼は回復し、樵と一緒に暮らすようになる。

 森の中に入る樵のボディーガードとして追従したり、樵の狩りを手伝ったり。

 一人と一匹は、本当の親子のように幸せな日々を送ったんだ。

 しかし、その様子を目撃した商人が冒険者に頼んで樵の家を襲わせるんだ。

 冒険者はなんとか撃退したが、そのショックで狼は森に帰ってしまう。

 

 その一年後、大暴走(スタンピード)が起こり、大量の魔獣が村を襲った。


 大量の魔獣パレードが通った後には、無傷に立っている樵の家があった。

 そして、その前には樵の家を襲ったとみられる大量の魔獣の死骸が積まれてあった。 

 

 と、表現されてはいないがそれに似た事が起こって樵の家だけは無事だった。

 樵と狼の再会は果たされていないが、それでも樵は自分の身に起きた奇跡の理由を知っていた。


 という、友情物語だ。


 こども用の絵本だから過激な演出は避けているが、大体ストーリーはこんな感じ。


 常習的に出来るわけじゃないから、起きた時と昼飯後、寝る前にこうして本読みをやってるわけだ。

 現在、俺とロキはベッドに座りながら読み聞かせをしている。

 ロキは俺の膝に座って、ページが捲られる音を今か今かと待ちわびている。


 ちなみに、ノートも最初は本読みに参加していたが、あいつにはページを捲る手が無かった為、直ぐにロキに逃げられた。

 ノートが更に一歩、俺の腹の中に近づいた。

 ノートは字が読める。

 ノートが一歩だけ、俺の腹から遠ざかった。


 今は、部屋の中に取り付けたノート用のベッドに寝ている。

 

 俺の常識では、止まり木に捕まっているのが鳥というペットだと思うんだが。

 ノートは完全に寝そべって、爆睡ちゃんをかましている。


 俺から見れば、路上で轢かれた鳥の死骸みたいになっている。


「ロキ、ここ、なんて書いてあるか分かる?」

『んーわかんない。』

「………」


 進捗状況は、まあ、見ての通りだ。


 ロキは勉強があまり好きじゃないし、直ぐにサボろうとする。

 この前なんて『変体術』を使って、屋敷中を逃げ回ったんだ。

 花瓶になり、肖像画になり、時には屋敷を巡回する騎士になり。

 『悪魔猿(ディアマンク)』の恐ろしさの片鱗を見た気がする。

 マジで、何処に居るのか分からなかった。

 正確には、何に化けているのか分からなかった。


 まあ、ロキの場合は最終手段である『餌釣り』を仕掛けたから捕獲する事に成功したが。


 罰として、その人次の日はおやつ禁止にした。

 ロキはもの凄く落ち込んでた。

 

『あるじ、つづきつづき!』


 ロキは双眸を宝石のように輝かせながらページの端っこを指さして、続きを読むように促した。


「はいはい……」 


 まだ思うような結果は出ていないが、これもやはり『継続は力なり』とでも言うんだろうな。

 

 ロキが文字を読めるようになれば、実質俺が『鑑定術』を使えるのと同義になるからな。


 しかも、俺は一切魔力消費が無い。

 

 人の金で飯を食う気分だ。

 つまり俺のやっている事は、人の金で飯を食う為にその人の就職活動を援助しているって事だ。

 かなりのクズなんじゃねえのか?


 いや、そんなことはない。


 これは、俺と俺の回りの安全を手に入れる為に必要な行為だ。

 それに文字が読めるようになれば、ロキも俺以外の人間と意思疎通が図れるかもしれない。


 俺の念話と同時活用すれば、遠く離れた人間とロキを経由して文通的なモノが出来るかもしれない。 


 そんな淡い期待を胸に抱いて、真夜中の夢物語に更けていた八歳児の今日この頃の俺であった。



お読みいただきありがとうございました。

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