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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
32/63

第二十一話:ユークリスト・スノウ・グリバー 8歳

第二章の始まりです!!

ゆっくり低浮上していきたいと思いますので、どうぞお楽しみ下さい。


付け加えた設定とかのせいで、整合性がとれなかった場合は申し訳ありません。

  

「ほら、スティア。あの大きいのから。」

「はい…ユークリスト様。」

「しっかり狙うんだ、慎重に我慢して。」

「はい……」


 なんて、少し卑猥そうな会話から始まったが。

 この場所は、そんなことをやってられる場所じゃない。


「……いきます。」 

「よし、イッチャエ。」


 互いに緊張感を高め、辺り一面静寂に包まれる。


 スティアはゆっくりと目を細め、手を引き、狙いを定めて、慎重にかつ豪快に手を離した。


 ビュッと放たれた矢は線を引かれたように一直線に、俺達の射線上にいた黒猪(ブラックボア)の下顎部に深く突き刺さった。


 黒猪はピギャッと叫び声をあげた後倒れこみ、陸に打ち揚げられた魚のように痙攣して跳ね上げ、そのまま動かなくなった。


「やった……スティアが仕留めた!」

「わあ!ユークリスト様ぁ、やりました!」


 現在、俺達は例の如く【ブレーメンの森】に来ている。

 丁度、あのなんちゃって森林族(エルフ)が帰って二週間ってところかな。

 普段ならこの時期にカイサル達が帰ってくるんだけど、今年は帰らないらしい。

 

 西部で戦争が起きたからだ。


 戦争にカイサルとトーラスが駆り出されたらしい。

 まあ二人はこの国の軍人だからな、駆り出されるのは仕方がないと思う。

 マリアンヌとバレット、フラムベリカの三人だけは帰ってくるかと思ったが、当主が戦場に出ているのに自分達だけ避暑地に行くのは対外的に宜しくないらしい。

 マリアンヌは帝都で家の仕事をして、バレットは学院で勉強をするらしい。


 フラムベリカに関しては、何処に居るのか分からない。

 あの人は本当に自由すぎると思う。

 そりゃ、俺だって自由を愛する堕落的な現代人要素満載な八歳児だけどさ。

 あの人は、この家の長女なんだよ。

 もっと自覚を持つべきだと思う。


 帝都にいる家族たちは、ルルティアの十歳の誕生日祝いも兼ねて帰ってくるはずだったけど、帰ってこれなくなった。

 

 ルルティアはカイサル達が帰ってこないと知って、かなり落ち込んでいた。

 慰めてやろうと思ったが、どうすれば良いのか分からない。


 だったら計画変更して、俺が祝ってあげればいいかな。

 盛大なやつをやろう。


 パレードを呼んで、フラッシュモブをして、北部中の珍味を集めて、花火にビンゴにプレゼント合戦。 

 

 ……フラッシュモブは古いか。

 

 とにかく、俺が考え付く限り盛大なやつをやってあげたいな。 

 既にいくつか準備をしている。

 

 この世界は前世とは違って、ネットで呼びつければ次の週に気軽に来れるほど流通が宜しくないからな。

 

 いくつかの候補には当たりをつけている。

 手紙と路銀を送れば、何とかなるだろう。 


 まあしかし、人を集めすぎると良い事はないから身内だけでしっぽりやろうと思う。

 密かに、厳かに、盛大にやるんだ。

 

 とにかく、返事が帰ってくるまで森に入って魔獣狩りをしようということで此処に来ている。 

 ユークリストと愉快な仲間たちだ。 

 

 いや、トーリックと愉快な仲間たちだ。

 

 初めての魔獣狩りを終え、キャッキャウフフで喜ぶスティア。

 弓を使って魔獣を仕留めたんだ。

 それも初めて。 

 

 スティアは簡易的な胸当てにパンツスタイルだ。

 機能性が高く、弓を引くのにも便利だろう。


 ゆっくりと時間をかけて狙いを定め、慎重に打って仕留めたけど。

 

 それでも、スティアにとっては貴重な成功体験だ。

 しかも弓だ。

 自分で練習して、一から身に着けた技術で獲物を仕留めることが出来た。

 彼女にとっては、それが一番重要なことだ。


 溜まらず俺とロキも、キャッキャウフフしてしまう。


「ユークリスト様!見てましたか、私がやっつけましたよ!」 

「うん!見てたよ、すごいよスティア!」

『すちあ、やった~!』


 黒猪の死体をよそに、初めての喜びに狂喜乱舞する俺達。

 

 だから、気づかなかった。

 

 もう一体の黒猪に。

 

『ユーリ!もう一体が来とるぞ!!』 

「ッ……!!ふせっ…!!」 

 

 その時にはもう遅かった。

 

 黒猪は俺達に考える隙を与えないほどの速度で突っ込んできた。

 

 防性魔法を展開しようにも、間に合わない。

 リボルバーは手元にあるけどスティア達が近すぎて使えない。 

 

 土を大きく蹴り上げこちらに向かってくる黒猪。

 

 次の瞬間。

 俺達と黒猪の間に、一つの影が入る。


 影は向かってくる黒猪の突進を横腹に入る形で避け、大きな横っ腹に蹴撃を一撃入れた。

 その威力は強く、衝撃の波紋が広く身体全体に広がるほどだ。

 

 黒猪は大きく吹き飛び、二回バウンドした後そのまま絶命した。


「……気を抜くな。」


 鎧越しにも伝わってくる少々不機嫌そうな声。 

 

 ワグだ。


「悪かったよ。でも仕方ないだろ、スティアのお祝いをしてたんだ。」 

「…それは帰ってからでも出来るだろ。」 

「すみません、ユークリスト様。私のせいで……」

「大丈夫だよ、スティア。ほら、ワグの所為でスティアが落ち込んでるじゃないか。」   

「うっ……別に、責めたわけじゃない。」

 

 気まずそうに弁明をするワグ。

 ワグの態度も少し柔らかくなった気がする。

 誰に対しても対等に接するのは彼の特徴的な部分だが、険のある態度が取れ始めている。

 

 俺としてはどちらでも良かったけど、不必要な敵を作るような態度が変わったのは良いだろうな。

 

「さて、血を抜いて解体しようか。」 

 

 新鮮なうちに解体するのが一番だからな。

 さっそく【分離】の魔法で血とアンモニアを抜いた。

 これで少しというか、かなり臭みをとることが出来る。


 調理する時、不必要に調味料を使う必要が無い。


 猪の骨で出汁を取ってラーメンを作るのも良いな。

 

 ラーメン作りも順調に行ってる。

 かもしれない。

 

 いや、行ってない。

 やっぱり、ラーメンにはチャーシューが必要だろ。

 丁寧に仕込まれたチャーシューが。

 

 ただ焼くだけじゃダメだ。

 甘めの醤油でしっかりと味付けされたチャーシューが。


 麺もなんとかなった

 もちろん、なんとか食べられるレベルだって話だけどな。

 水と卵と小麦で混ぜ合わせた生地をしっかりと練り込んで、それを伸ばす。

 

 製麺機は『変形』の魔法で作ることが出来た。

 前世で、SNSに載ってた製麺機の画像を参考にして挟み込んで製麺する物を作った。

 麺をカットする機械も、自己流に同じ太さの麺を切れるやつを作った。

 

 麺の準備は出来た。

 スープだって最高の素材を選んでるつもりだ。 

 それでも何かが足りない。

 正直、ラーメン屋を舐めてた。


 前世では千円以上のラーメンなんて高すぎると思っていたが、今なら千五百円までなら払っても良いと思ってる。


 三人で協力して黒猪の解体を終え、ノートの『異空間収納』に突っ込んで、レーメンの街に帰ってきた。


 組合(ギルド)と宿が併設されてる建物の、いつもの部屋をとっている。


「トーリックさん。どうも。」

「どうも、調子どうかな?」

「まあ、ぼちぼちといった所だね。」

 

「トーリックさん。面白い商品が入ったぜ。」

「ふむ、拝見しても?」

「ああ、気に入ったら買ってくれよ。」


「トーリックさん。」

「トーリックさん。」

「トーリックさん。」


 街を歩けば、原宿竹下通りの外国人店引きの様に街の人間が話しかけてきた。

 前世で俺は初めて原宿に行った時に、店引きに捕まり5000円相当の帽子を買わされた。


 今思い出しても腹が立つな。 

 何故あの時、ノーセンキューの言葉が出なかったのか。

 恐らく、彼がカタコトとはいえ日本語を話していたからだろうな。


 とにかく、仮面を被った薄気味の悪いドワーフ設定の子供にどうして、住民観衆が話しかけるのか。

 

 それは、件の子供達が俺を通じて魔法を勉強していることを周りに吹聴してしまったからだ。

 お陰で俺は、平民界隈のちょっとした有名人だ。 


 まじで、口止めしとけば良かった。


 子供というのを甘く見ていた。

 お気に入りの服や玩具が手に入れば、それを周りに自慢したくなるのが子供というモノだ。


 『誰から貰ったの?』『さんたさん!!』ここまでがワンセットなのに。


 いや、良いことをしたなぁ的な満足感はあったよ。

 その所為で口止めするのを忘れたと言っても過言では無い。

 というか、それが全てだ。

 

 あの時はマジで、俺カッコ良いなとしか思ってなかった。 

 慈善活動をする人間の財布の紐が緩い理由がわかった。


 しかし、こうなってしまえばトーリックのお面を返上しなくてはならないかもな。


 元々身元を隠す為に始めたことなのに、無駄に注目を集めてしまうのは俺の本意では無い。

 

 ならどうするか?

 答えは、どうもできないだ。


 トーリックを棚の奥底に隠して、新しい身分を作るか?

 そんなこと無駄だ。

 付ける仮面が変わろうと、仮面を被った男トーリックは変わらない。

 いずれバレるだろう。


 つまり、俺はこのまま皆のヒーロートーリックを続けなければいけないって事だな。


 正直疲れる。

 ここ数年で、本家開催のパーティに出席して貴族連中と話す機会はあった。

 でもやっぱり疲れるんだよな。

 形式的な会話と、婚約者と自分の息子を友人にみたいな感じで近づいてくる奴等にさ。


 トーリックは、それとは無縁の存在のはずだった。

 誰に気を遣うことなく、自分のやりたいことが出来る。

 その為に作られたのがトーリックなのに、これじゃいつもと変わらないな。 


 でも、これは自分の詰めの甘さ故に招いた事態だ。

 自分の責任は自分でとる。

 それが、俺の人生における唯一のルールだ。


「はあ、疲れた……」 

「お疲れ様です、ユークリスト様。」


 部屋に戻って、ベッドの上でぐったりしているところにスティアがにこにこ笑顔でよってきた。


 スティアは髪が少しだけ伸びた。

 若干、髪にウェーブが掛かっている。


 あと相変わらず、めっちゃ可愛い。 


 10歳の子供に欲情するわけじゃないが、今の俺は8歳だ。

 二つ上の女の子が魅力的に見えても可笑しくはないだろう。


 スティアは今回の狩りで初めて獲物を仕留めることが出来たからか、かなり上機嫌だ。


「スティアもお疲れ。今日はよく頑張ったね。」


 もちろん俺も、笑顔で彼女を労う言葉を返す。


 実際、スティアはとても頑張った。

 ルルティアと一緒に頑張ったのだろう。

 ルルティアは剣の扱いよりも弓の方が上手い。


 もっとも、徒手格闘による絞め技の方が得意だが。


 この半年程、毎日コツコツと頑張り続けたんだろうな。

 

 俺は不意に彼女の手を取った。

 

「へ…ユークリスト様?」 

 

 スティアは、咄嗟の出来事に困惑を隠しきれず顔を赤らめている。 

 彼女の髪色と混ぜれば、鮮やかな紫が出来る程に。 

 

 しかし、俺にはその様子は見えていない。

 俺の意識は、最初から彼女の手に向かっているからだ。 

 

 手に向かっていると言っても、俺は手を見ただけで勃起する変態じゃないからな。


 俺は占い師が手相を見るように、親指を彼女の掌を上をなぞるように這わせた。

 純白で、美しくて、柔らかくて、透き通るような手だ。

 一生握っていたい。


 なんて思っていたら、俺の親指が彼女の指の付け根にあるマメに引っ掛かった。


 彼女の手には似つかわしくない、物騒なマメだ。

 それでも、彼女が努力する過程で身についた物に変わりはない。


「ゆ、ユークリスト様。くすぐったいです……」


 頭上からスティアの声が聞こえてくる。

 しかし、そんなことは無視して、彼女の掌にあるマメを触った。

 

 そして、ゆっくり彼女を見上げ優しく微笑んだ。


『あるじー、ロキおなかすいた。』


 良い空気が流れていたが、それを悉く破壊するのが空腹だ。

 ロキが俺の服の裾を引っ張りながら、上目遣いに念話で此方に訴えてきた。

 

 ロキも少し変わった。

 と言っても、身体のサイズは変わってない。

 毛並みに、赤の割合が増えた。

 その赤もカージナルレッド気味の、茶色に近い赤だ。

 相変わらず、目はクリクリして可愛い。


 これがあの成体になるのかと考えると、先が思いやられる。


 どうかそのままでいて下さい。


 それにしても、ロキの言うことはもっともだ。

 今日は、簡単な軽食しか食べていない。

 

「それもそうだね。下に行って食事を取ってくるから、ロキはこれを食べて待ってて。」

『わかったー』

 

 俺はノートの『異空間収納』から黒猪の肉が入った袋とパンを一つ取り出して、ロキに渡す。

 これからご飯を食べるのにだ。


『ノート、留守番をよろしく。』

『まかせんしゃい!』 

 

 下に降りた俺達は、ロビーに併設されている食堂の方へ向かった。

 

 当然、他の冒険者達もいる。

 それぞれ馴染みのある人間通し、或いはそれぞれのパーティ通しで卓を囲んで酒を飲んでいる。

 

 俺達は、そんな連中を見ることなくウエイトレスがいるカウンターの方へ向かった。


「あっ、トーリックさん。今日は何にしますか?」


 ウエイトレスは此方に気づくと、笑顔で話しかけてきた。


 彼女の名前はフェイリー。

 栗色の髪にウェーブが掛かった可愛らしい人だ。 

 田舎に咲く一輪の花って感じだな。


「いつものシチューセットを貰おうかな。それと、この肉を四人前のステーキにしてくれ。もちろん、金は払う。」 

「わあ、すごい。綺麗なお肉。黒猪ですか?」

「ああ、今日はリリカが初めて狩りをした記念日なんだ。」

「リリカちゃんが……おめでとう、リリカちゃん!」

「へへ、ありがとうございます。」


 黒猪の肉が入った袋をフェイリーに渡す。

 フェイリーは肉の状態を確認すると、少し満足そうな顔で涎を垂らした。


「ふふ、これで今日のまかないは豪華です。」


 彼女は食いしん坊だ。

 まかないの為に此処で働いていると言っても過言じゃない。

 

「君の分も少し包んでおいた。家族と一緒に食べてくれ。」 

「本当ですか!やったぁ!!」

 

 目を燦々と輝かせて飛び上がるフェイリー。


 良いことがあったらお裾分けしないとな。

 前世でも、パチンコで大勝ちした友人が焼き肉を奢ってくれたことがあった。

 

 彼女は平民の出で、長女らしい。

 下には弟二人と妹一人いるらしい。


 だから、こういう臨時収入は嬉しいのだろう。


 今でも狂喜乱舞している。

 サークルオブライフが聞こえてくる程の高さまで、肉を天井に掲げて喜んでいる。

 

「おい、てめえ!俺のフェイリーちゃんに何ちょっかい出してんだよ!」

 

 そんな空気を、俺達の後方からぶち壊された。 

 

 後ろを振り向くと、目つきの悪い男が此方を見下ろしていた。

  

 尖った鼻。

 厳つい眼。

 パンプキン色の髪。

 スキンフェードにアイロンパーマ。

 年は、二十代前後だろうな。


 腰に両刃剣。

 皮の胸当てに、皮の手甲と脚甲。 

 

 手を両刃剣の柄部分に添えながら不機嫌そうに此方を睨み付けている。


 俺はそんな男を下から上に眺める。

 対して強くなさそうだ。


 こちとら、危険度(ランク)SSSの魔獣の前で自爆ベストを着込んだんだぞ。


 もう大抵のことで驚いたりしない。

 

「……そちらは?」 

「俺はグライム。そこのフェイリーちゃんの彼氏だ。」


 男はグライムと名乗った。


「と言う事だが、フェイリーどうなのかな?」 

「えっと、その……」

  

 質問されたフェイリーは、何故か答えに戸惑っている様子だ。


「俺達は、親が決めた婚約者なんだよ。なあ、フェイリーちゃん?」 

「………」


 口角を上げ、舐るような笑みを浮かべるグライム。

 その言葉から逃げるかのように俯くフェイリー。

 

 うん、どうやら何かしらの事情があるらしい。

 

 めんどくせえ。

 こういう人のあれこれに首を突っ込むのは、よろしくないんだよな。

 確かに、親の都合で決められた婚約者がこんな奴だったら卒倒してしまう。

 それでも、何かしらの事情があってそうなったはずだしな。 

 

 現代倫理ムーブはあんまり好きじゃないし。

 力があるからって自分の考えを他人に押しつけるは、暴君とさして変わらないからな。 

  

 だから、俺は一歩引く事にする。

 

「そうか。それで、君の目的は?」 

「ああ?」 

「だから、こうして詰め寄って来て、意味の無い威嚇をしてまで凄んできたって事は、何か目的があって来たんだろう?」 

 

 こういうタイプは、目的を達成したら帰って行くからな。

 そして人の目的を探るのは、その人間に聞いてみるのが一番良い。 

 俺は自分の設定に則って、できる限り丁寧に聞いた。

 

 しかし、周りの人間も聞き耳を立てていたのか周囲から嘲笑が聞こえてくる。

 

「い、意味の無いだと…?」 

 

 グライムは図星を突かれたのか、顔が紅潮して気恥ずかしそうに此方を睨んでいる。

  

「ああ、もしかして、その為に来たのか?」 

 

 おもわず掌に拳をポンと乗せて、なるほどの姿勢になった。


 なるほど、そういうわけか。

 自分という存在を俺に見せつけて縄張りを主張しようとしたのか。  

 

 なら悪い事をしたな。

 彼に恥をかかせてしまった。 

 直ぐにフォローしないとな。  

 

 しかし……


「このっ、クソ野郎が!俺をなめんじゃねえ!!」

 

 グライムは、その言葉に任せ抜刀した。

 いや、しようとした。


 それよりも早く、俺の後ろにいたワグが反応したからだ。


 しかし、そりゃぁ悪手じゃろ、若いの。


 抜刀し、俺に切っ先を向ける一瞬に。

 俺とグライムの間に割って入り。

 剣を握っている右手を掴み、それを捻って。 


 そのまま切っ先をグライムの喉元に突きつけた。


 ワグは何も言う事無く、兜の奥からグライムを睨み付けた。

 無機質な兜が、その雰囲気にさらに凄みを与えている。

 

「あ……うっ…」 


 自分に起きた事態を漸く自覚したグライムは、顔が青ざめ冷や汗をかいている。

 

 後方から、彼の仲間らしき連中が立ち上がっているのが見える。

 此方の方に加勢しようとして、駆け寄るが。


 ワグの睨み付けで、脚が止まる事になる。


 さっきまで、騒がしかった食堂内が一瞬で静かになった。


「ありがとうワーグ。離して上げなさい。」

「………」

 

 ワグは俺の指示を聞いて、グライムの手から剣を取り上げ、手を離した。


「クソッ、覚えてろよ!」 


 グライムは睨み付けながら振り向くと、小悪党のような捨て台詞を吐いて外に出て行った。

 店内は、未だに静まり返っていた。

 

 やばい、此処はそういう場所じゃないんだ。


 日頃の煩わしさや、冒険で死んだ仲間達、不味い料理を喧噪と酒で誤魔化す。

 酒場とはそういう場所なのだ。

 いや、そういう場所でなくてはいけないのだ!!


 そして、俺はこういう時の対処法を知っている!

 老若男女・人種年齢関係なく万人が受け入れてくれる、魔法の言葉を知っているのだ。


 俺は、酒場全体を見渡した。


 席一杯に座っている、壮年から中年までの冒険者達の視線が俺に集中した。

 真っ当な八歳児だったら卒倒してしまいそうだ。


「……騒がせて済まなかった。」 


 俺は腰に掛けてある袋を取って、カウンターの上に置いた。


「今夜の食事代は『炭鉱鳥(カナリア)』のトーリックが持つ、好きなだけ騒いでくれ。ただし、物を壊した場合の弁償代は君等持ちだ。」

「「「…オォオオオオオオ」」」


 一瞬の沈黙の後、酒場内が湧いた。


「「「トーリック、トーリック!!」」」


 酒場内にトーリックコールが沸き起こった。

 そうだ!!私がトーリック大佐だ!!

 しかし、まさかスタンディングオベーションが巻き起こるとは。

 やっぱり『酒を奢る』は魔法の言葉だな。


 あ、やばい、自然と踊ってしまいそうになってきた。

 いや、踊りなんかよりももっとやるべき事がある!!

 俺の中に流れるジャパニズムが騒いでいる。


 俺は、そのまま勢いよく空中で管弦楽団の演奏を操る様に腕を豪快に振った。  

 しかし、その時には既に連中は卓について酒盛りをしていた。


 くそっ、日本人念願のパンパパパンッて奴をやりたかったのに!


 ………てかあいつら、俺達が下に降りる前よりも酒飲んでんじゃねえか?


 連中は、俺を破産させる勢いで酒をあおり始めた。

 お願いだから、俺達が帰るときまでは綺麗な床を保っていてくれよ。 

 

「あ、あの、トーリックさん。」 

「ああ、フェイリー。変なことをして悪かったね、君の婚約者に恥をかかせてしまった。」 

「あ、いえ別に……」 

「それじゃあ、さっき言った通りにステーキを部屋に運んでくれ。」 

「はっ、はい!」 


 俺達は、そのまま何か言いたそうなフェイリーを放って置いて部屋に帰った。 

 この時俺は気づいていなかったが、俺は酒場で野郎に絡まれる所謂『酒場テンプレ』を経験したのだ。

 異世界らしいイベントだった。

 しかし、面倒ごとは御免だ。

 

 部屋に着いた俺達は、フェイリーが達が運んできた料理を三人と二匹で食べた。


「さて、明日は昼過ぎに帰るから、それまで街を散策しようか。」 

「デートですね!!」

 

 俺の提案にいち早く反応したのがスティアだ。

 二パッと笑って、俺の方を見つめてくる。

 

 そんな風に見つめられると、ユークリスト照れちゃうよ。


「いや、ワグも一緒だよ。」 


 しかし、世の中はそんなに甘くない。


「あう……そうでした。」


 目に見える形で落ち込んでいるスティア。

 そんなことしたらワグが可哀想だよ。

 あっ、今一瞬ワグの方を見たぞ。


「……俺は此処で帰り支度をしてる。二人で行ってこい。」


 ワグはやれやれといった感じで目を伏せ、手を振った。


「やったぁ!ワグにもお土産買ってくるからね!」

「……別に良い。」

『あるじぃ、ロキはぁ?』


 リスの様にパンを口一杯に詰め込んだロキから念話が飛んできた。


「ロキは此処でお留守番してようか。」

『ええ、ロキもいきたいー』


 ロキは、俺の服の裾を引っ張って駄々を捏ね始めた。

 こらこら、服破けちゃうだろ。


 しかし、ロキとノートの存在はこれまで隠してきた。

 仮に、ロキを連れていったとしても俺のローブの中で過ごすことになる。

 それだったら、部屋でのんびり過ごすのも悪くないんじゃないか。

 俺だったら、部屋の中でのんびり出来るなら全く問題ないのだが。


 まあ、ロキは子供だからな。

 ついていきたいと思うのは当然のことだ。 

 しかし、ロキのことはまだ隠しておきたいし……

  

「ここで良い子にしてたら、ロキにおやつを買ってきてあげるよ。」

『おやつ!!』 

  

 やっぱりまだ子供だな。

 眼をパチクリ輝かせてやがる。 

 涎もたれてるし。 

 

「ロキは良い子だよね?」 

『うん!ロキいいこ!』


 直ぐに服から手を離し、満面の笑みでバンザイのポーズを取るロキ。


『ワシは部屋で待っておるぞ。』

『いや、お前は一緒に来るんだ。』

『なにぃ!何故じゃ、ユーリ!?』

『荷物持ち。』

『ぬぬぬ……ユーリ、ワシの扱いが雑じゃないか?』

『心当たりはないのか?』

『ぐぬぬ……』

 

 ノートはもちろん俺達に付き合って貰う。

 『異空間収納』なんて便利な能力を遊ばせとく訳無いだろう。


 次の日の予定を決め、俺達は眠りについた。


  

ーー



「トーリック様。どうですか、これ?似合いますか?」

「ああ、とっても似合っているよ」  

「うふふ、じゃあこれは?」

「もちろん、似合ってるよ。」 

「こっちとこっち、どっちが良いと思いますか?」

「どっちも良いんじゃないかな?」

「もう、トーリック様。ちゃんと答えて下さい。」

「う……えっと。こっちかな?」

「わたしはぁ、こっちにします!」  


 めっちゃ疲れた。


 女の子の買い物舐めてた。


 前世で体験したことなかった女の買い物の一端を見た気がする。


 友人が彼女との買い物で荷物持ちをさせられた話を聞いたとき『彼女に尽くしてる俺自慢』してるのかと思っていたけど。

 マジで疲れるな。


 あ、スティアさん、もうあんな所まで行っちゃった。


 まあ、実際俺が荷物を持っているわけじゃない。

 買った側からノートの影にぶっ込んでいるからな。


 まあ買った側と言っても、『ここからここまで!』みたいな大人買はしていないし。

 スティアも自分のお給料以上の物を買おうともしない。

 俺にお金を出して貰おうともしない。


 ここで分かったことなんだけど、スティアはかなりの高給取りだ。

 まあ、帝国筆頭公爵家の五男の専属侍女なんだし、それなりに貰えると思っていたが。

 正直、予想以上だった。

 バレットの専属騎士であるティティウスが傭兵稼業を辞め、専属騎士の職に就いた理由が分かった気がする。

 ホント、平民だったら二家族ぐらい平気で養える。

 これはスティアが凄いのか、給料を出している実家が凄いのか。

 うーん、両方ってことにすれば良いか。

 若干スティアに軍配を上げよう。


 俺達は、色んな場所を見て回っている。


 村娘風の服を選んだり。

 依然碧のブローチを買った露店で新しいアクセサリーを見たり。

 帝国各地で流行している織物を持ってきた商店。

 ナベロ地方から珍しい作物を見たり。

 冒険者風にスタイリッシュな格好。

 貴族令嬢みたいな上品な格好。


 どのスティアも、めちゃくちゃ可愛い。


 村娘風の服は素朴な中に華があって。

 アクセサリー選びは、俺が買ったブローチを基準に選んでた。

 織物は彼女の外見を更に美しく際立たせ。

 作物を片手にブツブツと独り言を言っていた姿は愛らしかった。

 冒険者風の格好には、抜けきれないあどけなさって奴があったし。

 貴族令嬢の格好に関しては、完全に物語のお姫様だった。

 

 しかし、めちゃくちゃ疲れた。

 それに反して、スティアはドンドン進んでいった。 

 買えば買う程キノコを食べる配管工の様に。 


「トーリック様、次はこっちに行きましょ!」 


 グイッと俺の腕を引っ張って、『こっちこっち』と笑うスティア。

 口元は隠しているが、目はもの凄く笑っている。


 きっと、先日のなんちゃって森林族(エルフ)のお陰だろうな。

 あいつが帰ってから、スティアは目に見えて明るくなった気がする。


 俺としては願ったり叶ったリだ。


 俺は傲慢にならないように努めている。

 そうなったところで良いことはないと、今までの八年間で学んだから。

 自分の能力を、過小評価してはいけない。

 いつ何所に、罠が張ってあるのか分からないから。

 自分の力だけで、スティアの心の傷を全て癒やそうなんて考えちゃいない。

 俺に出来ることと言えば、彼女の居場所になってあげることぐらいだ。

 

 それは分かってた。

 受け入れてもいた。


 でも、自分の力が及ばないってのは、やっぱり悔しいな。

 彼女の笑顔を、取り戻したのが自分じゃないから、そう感じているわけじゃない。

 だってそうだろ。

 もし今後、彼女の心の傷が深くなったとしても、俺は何もしてやれないんだ。

 傷ついた彼女の隣で、ただ立っているだけ。


 ただのほほんと、地下室で一緒にシチューを食べることしか出来ない。

 そのシチューも彼女に作らせた物だ。

 

 それで良いのか?

 いや、良いわけがない。

 何かしてやれることはないか?

 彼女の為にしてやれることが。


 俺の欠点はいくつもあるが、一番の欠点は問題を先延ばしにすることだ。 

  

 いつか彼女が、なんて考えているときには不意を突かれるかもしれない。

 それも、今までの八年間で学んだことだ。


 人生はふとした瞬間に、地雷を踏んでしまうということを。


 それに、俺はこの世界に呼ばれたんだ。

 誰が何の為に呼んだか知らないが、何か理由があり、それを叶える為の問題解決には力と仲間が必要なんだ。


 もちろん、何も無いかもしれない。

 でもそう信じた方が、公爵家という身分に甘えて引き籠もる理由を考えなくて済む。

 

火之玉(ファイヤーボール)!!」 


 なんて事を考えていたら物騒な単語が聞こえてきた。

 子供達のキャッキャウフフ声で、だ。

 『ア○パーンチ』みたいなテンションだった。

  

 それは見事に、俺の八歳児ボディに直撃した。 

 

「のわぁあああ!!」 

「ユークリスト様!!」

 

 もちろん驚いた。  

 街中を歩いていたら、いきなり横から携帯型の打ち上げ花火が飛んできたんだぞ。 

 しかも、この麗しの八歳児ボディに直撃だ。

 どこの馬の骨から生まれた馬の骨か知らないが、末代まで語られる程脅してやる。  

 

 スティアなんて素に戻っちゃってるよ。


 駄目じゃないか、僕は皆のトーリックなんだから。


「………あれ、痛くない。」 

 

 痛くない。 

 というか、その火球は俺に当たる前に掻き消された。

 こう、一瞬で、だ。

 シャボン玉みたいに消えた。

 

 何故か?

 今の俺は、あのなんちゃって森林族から貰った古代魔導具(アーティファクト)『ゼッペンリッヒの外套』を着けているからだ。

 あの後、実験で分かったことだが、『ゼッペンリッヒの外套(これ)』の魔法耐性は、豪級まで適用される。

 豪級以南の攻性魔術は、こいつの前では塵芥になる。


 どうやって調べたか?

 もちろん、地下室でこいつを着せた人形を配置して、魔術銃を撃ちまくった。

 中級までは調べることが出来た。

 上級以上は、地下室が壊れるからレーメン(こっち)に来てから調べた。 

 因みに、精霊級の魔術を喰らったとき、こいつを着けた人形が塵芥になった。


 更に因みに、こいつ自体は無傷だった。  

 古代魔導具(アーティファクト)って主人想いじゃないよね……

 

 しかして、九死に一生を得た俺は直ぐに正気に戻った。

 ただ、めっちゃこわかった。

 だって、『ゼッペンリッヒの外套(こいつ)』の事忘れてたし。

 まじで、階段でコケそうになったときぐらい怖かった。


 ホント、真っ当な八歳児だったら泣いてたよ。


「大丈夫ですか?ユークリスト様。」

「ありがとう、スティア。でも今はトーリックね。」

「はっ、そうでした!」


 心配の為に近づいてきたスティアに、小声で訂正を入れる。

 スティアはしまったと言わんばかりに、口元に手を当てた。

 可愛いな畜生。


 可愛さの欠片も俺は、火之玉が飛んできた方向を睨み付けた。

 その威力は不気味な仮面と相乗して、二倍増しだ。


 しかし、誰もいない。


 ただ、子供達のキャッキャウフフ声は聞こえてきた。


「駄目だよミア!人に当たったらどうするの?」 

「ほらぁ、変なところに撃ったら駄目だって、組合支部長(ギルドマスター)も言ってたじゃん。」

「道に人がいたら、大怪我するんだよ。」 

「ミアは魔力制御が下手だって言われてたのに……」

「また皆で土下座しに行かないといけないじゃん。」

「この前の危ないおじさんだったら、皆で逃げましょ…」


 この会話だけで、誰が俺の命を脅かしたのか分かった。


「ん~~何よ何よ!!皆はまだ『発現』も出来てないじゃない!? だから私が、皆の為に見せてあげてるのよ! 良いじゃない、また皆で謝れば! じゃないと私、もう皆の為に魔法見せてあげないんだからね!」


 なんて傲慢なことを言うんだ。

 俺が真っ当な貴族の八歳児だったら、地面に額を擦りつけても足りないくらい謝らせてやるぞ。

 

 そんな事を考えながら路地の角から出てきたのは、俺のことを街の皆に吹聴して回った仲良し四人組。 

 オーウェン、カミーラ、ゲイル、ミアの四人組だ。

  

「あっ!トーリックさんだ!」 

「街に来てたんですね!」 

「こっちに、火之玉飛んできませんでしたか?」 

「……!!」 

 

 俺の姿を視認した子供達は、全員一斉に話しかけてきた。

 何故かミアだけは、俺を見た瞬間ぎょっと驚いて角の方に隠れてしまった。 

 まあ、得体の知れない仮面を被った鍛冶族(ドワーフ)を殺しそうになったと知ってしまったら、俺もああなるだろうな。

 

 ていうか火之玉を、逃げ出した子犬みたいなテンションで探しちゃダメだよ。

 

「どうも、火之玉ならさっきあっちに飛んでったよ。」 

 

 しかし俺も例に漏れず、子犬を見掛けた近所のおばさんみたいなテンションで返した。 

 

「そうですか、あの、誰かに当たったりしてませんでした?」 


 カミーラが『うちの子お宅で良い子にしてましたか?』みたいなテンションで聞いてきた。


「大丈夫、あれぐらいじゃ人は死なないよ。」


 俺は『大丈夫、あれぐらい慣れたモノよ』みたいなテンションで返した。


「ちょっと!私の火之玉がヘボいって言いたいの!?」


 ミアが『うちの子になんか文句あるの!?』みたいなテンションで割り込んできた。


「ああ、そうだ。」


 俺は『ああ、そうだ』みたいなテンションで返した。


「ッ……!!」


 ミアは、お局様みたいなテンションで下唇を噛み締め、俺を睨んできた。


「うっ……みっ見てなさい!!さっきよりもデッカい火之玉をあんたに見せてやるんだから!!」


 ミアは、悪役令嬢みたいなテンションで捨て台詞を吐いて、逃げていった。


「あ!ダメだよミア!一人になっちゃダメだってパパとママが言ってたよ!」


 ホラー映画のフラグを立てるみたいなテンションで、ゲイルが叫びながらミアを追いかけていった。

 それに続いてオーウェンも。


 しかし、気になる警告だったな。


「一人になっちゃダメって言うのはどういうことかな?」


 一人残されたカミーラに俺は質問した。

 ていうか、一人にしちゃダメならカミーラを置いていくなよ。


 お前等も男なら分かるだろ?

 この子は、将来美人になるぞ。

 今のうちに幼馴染みポジションを確保しなくてどうするんだ?


「えっと、よく分からないんですけど……子供だけで暗いところに行ったらダメだって……お父さんとお母さんが言ってました。」 


 確かに、子供だけで暗いところには行ったらダメだ。

 そんな事は、現代社会でも常識だ。


 うーん、もう少し深掘りする必要があるか? 


 いや、余計な事に首突っ込みたくないし。 

 好奇心旺盛な子供達を戒める為に両親が言ってる事かもしれないしな。

 

 そうだ、そういうことにしよう。

 この子達は、平民なのに幼少期から魔法を使える。

 だから、親が子供の安全の為に言ってるんだ。


 そういうことにしよう。

 そういうことに。


 ……………


 その魔法を教えてくれるように言ったのは俺だよな。


 んだよ、どっちみち俺じゃん。

 あーやだやだ、ホント慈善活動なんてクソだな。

 一人に情けを掛けたら、後は芋づる式に色んな災難が降りかかってくるんだよ。

 もう慈善活動なんてしない。

 あんなの、金持ちの酔狂。

 オナニーだ。

 ジョブレス何たらとか言っちゃって、高い金払ってオナニーしてやがんの。

 慈善活動なんてろくなもんじゃねえな!


「トーリック様……」

「……大丈夫だよ。」 

 

 しかし、自分の責任は自分で取る。

 俺の人生唯一のルールだ。

 

 それに俺がトーリックの身分を作ったのはこういう時の為だ。

 公爵家の身分に縛られず、自由に市井の声を集める為。


 俺は服の裾を掴んでいるスティアの手に自分の手を添えた。


「もう少し、詳しい事を聞いても良いかな?」 

「……お父さん達が話してるのを聞いたんですけどーーー」

 

 この話を聞いて俺は『二度と慈善活動はしない』改めて、そう心に誓った。



ーー



「あそこです。あそこが私の家です。あっちのオレンジ色の家がゲイルのお家で、オーウェンのお家は、この道をまっすぐ行ったところにある定食屋さんです。」  

「そうか、素敵な家だ。一つ一つの材木を丁寧に組上げている。」


 カミーラから話を聞いた俺達は、お礼も兼ねてカミーラを家に送りと届けた。

 現代社会的視点と、貴族的視点を持ち合わせた俺が見てもなんとも言えなかったから、鍛冶族的視点を持っているトーリックから意見を言った。

 カミーラ達の家がある地域は、レーメン内でも裕福と言える場所には立っていなかった。

 比較的、普通と言った感じかな。


 いや、現代社会的視点を持っている俺が見て比較的普通なら、この世界の水準なら比較的裕福なのか?

 でも、木造の家だからな。

 普通の平民の家なんだろう。


 しかし、北部の街に木造の街はよろしくないな。

 寒いし、暖炉に火を付ければ引火する事がある。

 実際、領都(カトバルス)でも何回か火事が起きた。     

 まあそのお陰で、北部には消防みたいな職がある。

 引退した騎士とか、引退した冒険者、地元の若者。

 色んな人間で構成されているらしい。 


 さて、ここまで考えて、俺はまた『何かしてあげたい』なんて考えている。

 ホント、俺は学ばないよな。

 やめだやめだ。

 慈善事業なんてくそくらえだ。

  

「それでは、私たちはこれで失礼するよ。情報ありがとう。」 

「送ってくれて、ありがとございます。」

「ばいばい、カミーラちゃん。」

「ばいばい、リリカちゃん。」


 共に手を振って、帰路につく。

 後は、組合(ギルド)で情報収集だな。


「ん?いや、ちょっと待ってくれ。」

「?…何ですか?」


 俺はふと、思った事を口に出した。


「ミアの家はどこにあるんだ?」

「……」

  

 気まずい沈黙が三人の後を通った。


「……えっと。」 


 カミーラの気まずい沈黙の後に口を開いた。


「ミアちゃんは、教会の方に……」

「つまり、孤児院と言う事か?」

「……はい。」


 今のだけで十分事情を察する事が出来た。

 やっぱり子供は正直だ。

 

 しかし、これ以上他人の領域に踏み込む理由はない。


「今ので粗方分かった。話したくなかっただろうに、すまなかった。」

「……いえ。」

「それじゃあ、行こうかリリカ。」

「あ、はい。」 


 少しやっちゃった感を残し、俺達は宿へ戻っていった。


 

ーー



「どうもレヴィアンナさん。お久しぶりです。」

「ああ、ほんと、ひさしぶりだねぇ…」


 宿に帰った俺は、まだ時間がある内にと思ってレヴィアンナさんの部屋にやってきた。

 スティアは帰り支度をしに部屋に戻った。


 顔パスならぬ、仮面パスだった。

 いや、そんな気軽に会えないんだけどさ。

 公爵家所属の紋所、マジで有能だな。  

 公爵家に生まれてよかった。

 

 しかし、レヴィアンナさん。


 久しぶりに会ったというのに、なんだか少しお疲れ気味だな。

 

 いや、睨んでるの?


 睨んでるレヴィアンナさんもまた可憐だ。

 今日のレヴィアンナさんは、相変わらずのパンツスタイル。

 いや、そっちの方が腰付きが強調されて良いんだけどさ。

 

「あの……どうかしました?」  

「………心当たりはないかい?」 

 

 うわ、これだよ。

 恋人に言われたら一番嫌な言葉ランキング第三位。

 『何か、心当たりは』

 何を答えても正解なんてないし、全く違う事を言って地雷を踏み抜く事がある。

 

 いや、レヴィアンナさんは俺の恋人じゃないけどさ。 

 もっと言うなら、そんな事を言う人は今世も前世もいなかったけども!! 

 

 俺は、レヴィアンナさんの見事な腰付きを見つめながら、紳士的な顔で宣言した。

 

「ありません。」

「私の目を見て、そう言えるかい?」

「ありません。」 

「私の目を見ろ、眼、を。」

「ありません。」


 ホント、素晴らしい腰付きだ。

 五つ子ぐらい軽く産みそうだ。

 しかし、その視線を遮るようにレヴィアンナの鬼の形相が、俺の前に現れた。


「なぁにが『ありません』だい!あんたがあんな事したからアタシの仕事が余計に増えたんだよ!加えて上の連中からは質問攻めに遭うし、他の連中は自分にも教えろなんて言い出して!アタシの仕事がどれだけ増えたと思ってるんだい!!」 


 ああ、ここにもトーリックの不幸な被害者が一人。

 可哀想なレヴィアンナさん。

 間近で顔を見たから分かったが、目の下にクマができている。

 ん?よく見たら?


「シワ、ふえーー」

「ああ!?」

「いえ、何でもありません。」


 ほらな、危うく地雷を踏み抜くところだった。

 こうなったら、俺は苦笑いする事しか出来ない。


「………で、今日はどんな厄介ごとだい?」

「厄介ごとなんて、失礼な言い方ですね。」


 至極困ったという顔でレヴィアンナを見つめた。

 レヴィアンナはそんな俺を、腫れ物を見るような眼で見つめてきた


「アンタがこの部屋にやってきた事を思い出してみな……」

「……良い思い出ですよね。」

「……ホントにそう思ってんのかい?」


 彼女の目には呆れが混じっていた。


 しかし、俺にとっては、ホント、良い思い出だ。

 正体不明の冒険者が颯爽と現れ、自身の隠された身分を明かす。

 正に、異世界貴族ムーブの権化だ。

 もう一度あの瞬間を味わえるのならば、彼女の尻に敷かれても良い。

 

 しかし、レヴィアンナの立場に立ってみよう。

 彼女はいきなり現れた愛くるしい七歳児に、危険度(ランク)SSSの魔獣の存在を知らされたんだ。

 前世で見たアニメ、読んだ小説の文言を借りるのであれば『アレがレヴィアンナにとってユークリストとのファーストコンタクトであり、ワーストコンタクトであった。』ってやつだよな。

 少し、同情してしまう。

 

「こ、今回は、レヴィアンナさんに迷惑が掛かる話ではありませんから。」 

 

 結局俺は、苦笑いに落ち着く。 

 女性が不機嫌なときは、苦笑いで誤魔化す。 

 正直効いていない。


 前世で痔になったことがあって、病院に行ったら直ぐに切られた。

 その時麻酔を打って貰たが、結局俺はロビーに轟く程の大声で叫び散らした。 

 看護師のおばちゃんが笑ってたな。  


 俺の苦笑いは、その時の麻酔だ。

 意味あるモノだと信じているが、大して意味は無い。

 

「ほう、で?なんの用だい?」 


 レヴィアンナは自分の席に戻り、十二分に疑いが残っている眼で俺を見つめてきた。


「ごほん、では。」


、俺は咳払いをし、居住まいを正した。


「最近、人攫いが流行しているとか?」


 その言葉を聞いたレヴィアンナは、厄介そうに、もしくは頼もしそうな顔つきで微笑んだ。



ーー


 

 レヴィアンナとの話し合いを終え、俺達は帰路についた。

 レーメンで色々問題は起こっているらしい。

 正直、とても気になる。

 レーメンとカトバルスは目と鼻の先だからな。

 当然気になる。


 しかし、現在家では俺の帰りを待つ親愛なる家族がいる。


 俺が帰らないと捜索隊を出してしまいそうな人だ。


 だから、帰る。


 あと、問題から逃げたい。

 厄介ごとに首を突っ込みたくない。


 そんなやましい事は考えていない。

 ホント、考えてないって。


 実際は逃げたい。

 だって、逃げても誰からも責められないし。

 別に俺が悪いわけじゃないし。

 俺がその人を傷つけたわけでもないしさ。


 しかし、今はそんな事を悠長に考えている場合じゃない。


 姉が俺の帰りを待っている。


「ただいま帰りました。」

「おお、お帰りユーリ。」


 地下室に入った俺を迎えたのは、美しい銀髪を流しソファーの上で優雅に読書を楽しんでいる姉。

 その本は、先日俺がなんちゃって森林族から貰った本『ワクワク君と作る魔導具』だ。


 最初に言った事を覚えているだろうか?

 俺には、兄が二人と姉が二人いる。


 一人の兄は戦場に、一人の兄は帝都の学院に。


 二人の姉は、現在なんと二人ともカトバルスにいる。

 二人だ、二人。

 大事な事だから二回言ったぞ。


 一人は当たり前だ。

 グリバーの子供は12歳になるまで領都で過ごすのが習わしだ。


 ならもう一人は?

 現在住所不定、所在不明、生存不明。

 いや、現在俺の目の前に居る。

 

「どうです?ワクワク君と魔導具が作れそうですか……?フラム姉。」 

「ユークリスト。こいつを売れば一財産築けるが、どうだ?」 


 不躾な物言い、悪戯っ子のような笑みの内に悪魔を飼っている。

 またの名を『銀雪の魔女』


 我が愛しの長姉。

 フラムベリカ・スノウ・グリバーは、実家に帰ってきていた。


「はあ、だから、売りませんって。」



お読みいただきありがとうございました。

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