第2話:ユークリスト・スノウ・グリバー 5歳
本作初めての魔法が登場します。誰が使うか予想してみて下さい。
ユークリスト・スノウ・グリバー 5歳
この2年間のあいだ俺は、姉の暴挙による数度の脱臼と数度の失神に耐え、ワグにちょくちょくアプローチを仕掛け、姉と一緒に勉強と魔法の授業を受け、独学で方を使えるようになるかと試みたが、魔法が使える気配は一切ない。
姉の魔法の先生に聞いてみると、魔力の感知器官は年齢による身体成長に合わせて成長するらしく、未成年者の魔力感知には魔力を持った者による手引きが必要らしい。
魔力は、幼い時から使用し身体に馴染ませるほど親和性が上がるが、制御できなければ体力・生命力ともに消費し、甚大な後遺症を負うことになる。屋敷の書庫に忍び込んだときに読んだ魔術書のはじめ書きにそう書かれていた。
なので、アイデンティティが育ち始める5歳の時から魔法の教育を組んでいる貴族は多い。一般的な平民は個人差はあるものの、大体十歳あたりから魔力の感知が可能になるらしい。
姉は現在魔法の授業は【発現】の段階に移っている。何度か姉に渾身の斜め55度で懇願したことがあるが、この2年間でこのお願いだけは聞いてくれなかった。
そして、そんな日々を終えやっと今日を迎えることが出来た。
目の前に広がる一面銀世界の雪景色。
今日の俺は、お坊ちゃんスタイルの正装で領都の門の前に立っている。
なぜ正装なのかというと、これから「祝魔の儀」行われるからである。
これは、この世界、この国にとっての七五三のような祝い事の内の1つで、貴族に生まれた子息子女が初めて魔力を授かったことを祝うようなものである。
ここで行われるのはまず、簡単な祝辞、最初この行事のことを姉から聞いたときは、どっかの教会のお偉いさんとかが来て弁舌をするのかとも思ったが、そうではないらしい。
理由は、魔力を授かった後に行われる、2つの行事に由来している。
一つ目は、その子供の魔力総量を計る「総魔の儀」。
二つ目は、その子供が持って生まれた【特異魔法】を調べる「特魔の儀」。
「総魔の儀」は文字通り、特殊な魔道具を使用して、その個人の魔力総量を計るものである。
これは数字で表現される。
例えば、バレットは3万4800ほどあり、ルルティアは3万7000だ。
上級貴族は平均で2万超えだ。
もちろん魔力総量が全てというわけではない、例えばバレットとルルティアを例に考えてもそうだ。
魔力量はルルティアの方が多いが、バレットは剣を使う。
魔法による、拮抗を作り出し一瞬の隙に剣で勝負をつけるという決着もありだ。
しかし、貴族社会は見栄で構築されていると言っても過言では無い。
少ないよりは多い方がもちろん良いに決まっている。
魔力の総量は、それぞれの生まれ持った才能がものをいうと言われる説もあるが、
人種や血統による遺伝的なものがあるとも言われている。
その点俺は、先祖返りだから魔力総量の懸念は必要ないだろう。
そして「特魔の儀」 これを語る前には、【特異魔法】の説明をした方が良いだろう。
魔法を行使する際、魔力は5段階に分けられその段階に応じて、それぞれの名称も分けられる。
まずは、基本である魔力の【感知】。
これは、文字通り魔法の初歩の初歩だ。これが出来なければ、話にならない。体内外の魔力を感知することで、人は魔法を行使することが出来る。
次に、体内魔力の【循環】。
これはあれだ、俺の肩を脱臼させたやつ。
体内の魔力を意識的に循環させることにより、魔力による身体強化状態になることが出来る。
これは体内の魔力量が多いほど、修練を積むほどその段階が上がる。この一芸だけで歴代の強者に名を連ねることが出来る。相当の訓練と、【魔剣士】としての才能が必要であるが。
これが出来たらいよいよ魔法の【発現】だ。
体内を巡らせた魔力を魔法に変換する。
通常は詠唱を用いて、イメージを固め、詠唱の終わりと同時に魔法を行使する。
この5年間、兄姉2人の魔法の授業について行き2人が詠唱している姿を何度も見た。詠唱による行使を反復して行うことにより、だんだんとイメージの構築も早くなり、詠唱も簡略化できるらしい。
もちろん無詠唱も存在する。
【基本属性魔法】は、火、水、風、土、光、闇、無だ。基本属性は、万人に行使できるそうだが、これも【魔戦士】の才能により威力が出る出ないがあるといわれる。
魔法が発現できるようになれば次は、それぞれの属性魔法の【複合】だ。
順応性の高い属性同士や、時に相反する属性、または多数の属性を複雑に合わせることは、修練とセンス、何より【魔法士】としての才能が必要だが、これが可能になれば基本魔法の上位互換である【上級属性魔法】を行使できるようになる。
例えば、火と風を混ぜれば火焔魔法となり、水と土を混ぜれば泥魔法となる。一番威力の高い爆裂魔法は火、水、風、土の全部混ぜだ。
バレットは氷と霧を使える。ルルティアの方はまだわからない。
バレットは最近漸く、拳大の雹を作ることが出来たらしい、来年から王都の学院に通うから、それまでに満足するまで修練するつもりらしい。
最後に、今回の目玉である【特異魔法】だ。
属性魔法とは全く違う理を持つ、特殊な魔法。属性魔法とは、一線を画すがそのどれもが強力で、人生のゴールデンチケットに等しい。俺のお産を手伝ったオリバの【治癒魔術】がそれに当たる。オリバに聞いた話では、その能力が縁でこの家に仕えることになったとか。
これらの、特異魔法は研究が進められている現在でも、全ては解明されていない。
嘗ての時代、【猟奇帝】と呼ばれた時の皇帝は特異魔法の研究のために、帝国全土から適正のある平民・奴隷、時には貴族子女を集め、自らの離宮に監禁し非人道的な研究を行っていたそうだ。
マジで皇帝何でもありだな。
これも情報源は姉だ。
父と一番上の兄は、それぞれ別の特異魔法に適性があるらしい。
さて、ここまで説明したら分かるとおり、【特魔の儀】はこの特異魔法に適性があるかどうかを見分けるものである。
どうやって見分けるかって?。ここで、特異魔法【鑑定術】の出番だ。
それにより、本人の資質を見分ける。
【祝魔の儀】を終えた貴族の行動は、2つに分けられる。
一つ目は、結果の公表。
魔法の才能が一種のステータスとなっているこの世界では、優秀な子息子女の結果は公表して家門のステータスにし、上級貴族・皇族へのアピール材料にする。また他にも公表しなかった場合は、その子供に何かしらの魔法的な欠陥があるのではないかと勘ぐられ、家門の不名誉となりかねないからだ。
二つ目は、結果の秘匿。
これは先の時代の名残だろう。高い能力は、己と周りに大きな恩恵を与えることがあるが、時に身に余る力はその身と周囲に破滅をもたらす。
現代では、帝国の左上に位置するノストラダーレ聖教国内で【聖魔術】を適性がある者は神から恩恵を授かった者として重宝され、反対に【悪魔術】や【死霊術】に適性がある者は、神に反逆の烙印を押された者として差別や迫害を受けている。帝国でも上級貴族が幅を利かせ、特異魔術適性がある下級貴族の子女や平民に圧力を掛けて側室に迎える、なんてこともあるらしい。
しかし、うちは筆頭公爵家で、そんなことはまずない。
なら何故公表しないのか、それはグリバー公爵家が軍家だからだ。
他国との戦線に立つことが多い軍人は、その情報を極力秘匿し情報戦による不利を避けるために【祝魔の儀】の結果を秘匿している。
だから、我が家の【祝魔の儀】は身内だけで行われる。
それが現在、領都の門の前で待っている理由だ。
「ユーゥーリ!!。その服とっても似合ってるわぁ!!。」
「ぐふっ!?、ね 姉さん、苦っしいよっ!!。」
「むむ、また『姉さん』て言った!。『お姉様』でしょ。ほら言って!?。』
「お ね え さっ ぐっ。」
この2年でさらに成長した姉の身体強化魔法。
今じゃ言葉を発することすら出来ない。
そのせいで、この2年間何度か失神しかけている。
こうゆう時にワグが必要なのだが、現在別居中だ。
「お嬢様 そこまでにしましょう。」
「そうね、今日は特別だからね。ユーリ、グロリアにありがとうは?。」
「げほっ、げほっ。もう少し早く助けてくれたらお礼を言うよ。」
「大丈夫ですか? ユークリスト様。」
姉の専属騎士、グロリア・セブルニア。
子爵家の3女で、帝都の学院を卒業後、公爵家に来た。お見合いが嫌だったらしい。
長身で美人、赤茶色の短髪にスレンダーなボディの持ち主であるが、表情筋が鉄より固いのか表情による感情の起伏が見えない。
グロリアは、魔法が使えないが内包魔力の総量が多く、身体強化魔法に長けている。
以前軽い拳骨で、岩山を割ったのは彼女だ。
だから、この2年で姉の身体強化が一番伸びたのだろう。
この2年間失神しかけているのは、グロリアにも責任がある。
仕える主人の意向と、その弟の身の安全を天秤に掛け、『失神する寸前に止める』という結論に至ったらしい。
その隣のエリーゼは、今のように毎回冷や汗をかいて解放された俺を介抱してくれる。
「ありがとう、エリーゼ。」
「ふふっ 相変わらず、ルルとユーリは仲が良いね。僕も交ぜてよ。」
「バレ兄、誤解があります。これは、猫がネズミを弄ぶのと一緒です。」
「こらユーリ、何て事言うの!?。バレットお兄様、とても素敵なお召し物ですね。」
「ありがとう、ルルも今日は素敵なレディだね。アルトバルス山脈の、氷雪より輝いているよ。」
『今日は』、『は』と言ったぞ。
やはり兄も、無意識下では姉のことをやんちゃ娘だと思っているんだ。
そうとは知らずうれしそうに、頭の中のお花畑で花冠を作る姉。
でも確かに今日の姉と兄の装いは素晴らしい。
姉は空色を基調とした上品なドレスに、水仙の花の刺繍とスカート・裾部分にフリルが施され、胸のあたりに大きなリボンが付いている。貴族令嬢としての上品さと年相応の女の子のかわいさを兼ね備えている。
兄は白色のベルベット生地に、銀の狼と雪の結晶の刺繍が施されたコートに身を包み、上下黒のベストで落ち着きと気品を醸し出している。銀色の髪と優しい顔つきが相まって、白馬の王子そのものだ。
「バレット様、失礼いたします。」
「どうしたの、ジャジャルディ?。」
ジャジャルディ・ホーネット。
40代後半のダンディなカイゼル髭が似合う、兄の専属侍従だ。
元は北部貴族の妾の子で姓を名乗れなかったが、家での働きが評価され父から男爵位を貰った。
兄が羽織っている白のコートは、彼が仕立てた。兄の専属侍従しながらだ。
「お足元にご注意下さい。昨夜は天気の調子が悪かったせいで、地面が凍っています。
万が一転ばれてしまったら、せっかくのお召し物が台無しになってしまいます。
おい穀潰し、お前も少しは働いたらどうだ。」
「あぁ、何で俺が?。」
用件を伝えた後、後ろに立っている男を睨み付ける。
その視線の先には、退屈そうに欠伸をする男。
ティティウス。
30代前半の無精髭を生やした中年男。兄の専属騎士だ。
元は傭兵としてあらゆる戦場で活躍してきたが、お気に入りの娼婦を孕ませてしまったことで落ち着いた生活と定期収入を手に入れるためにグリバー家に仕えた。南武流の師範代で特殊な細剣術を使い、魔法の腕も立つ。
「こんな時にしか使えないお前の魔法があるだろう。」
「こんな時って、俺の魔法は他にも使い道があるだろ。現に坊の魔法の腕は上達しているしよ。」
「坊ではなく、バレット様だと何度言えば分かるんだお前は。
まったく、私が何度も訂正しているのに、お前という奴は。」
「あーあー、わかったわかった。じゃあちょっと坊ちゃん嬢ちゃん方、ちょいと門の下の方に移動してくだせえね。」
「また、お前は」というジャジャルディを姑をあしらうように、ユーリ達一行の前に歩き出すティティウス。そして、それを宥める兄。毎度おなじみの光景だ。俺たちは門の下まで歩き、ティティウスの方を振り返る。「そんじゃぁ、いくぜー」と気怠そうに声を上げた後、振り返り詠唱を始めた。
ー喘ぐ呼吸は 火焔のよう 衰えを知らず 熱狂に酔い 荒れた草原に 一筋の希望を灯せー
【火焔之園】
詠唱を終えるとティティウスの頭上に大岩ほどの火球が現れたと思ったら、そのままテニスボールサイズまで別れ、ティティウスの身体の周囲を螺旋状に旋回した後、彼を中心に周囲の積雪を溶かし蒸発し始めた。彼のオリジナルで広範囲の上級魔法だ。
傭兵が戦闘にあまり使えない魔法を、何故編み出したのかわからないがとにかくすごい魔法だ。
とりあえず俺の視界には、もう積雪は映っていない。
「まあ、ざっとこんなもんだな。」
「やっぱり、ティティウスの魔法はすごいね。」
「だろ、坊。ならもうちょっと給料を上げても良いんじゃないか。」
「何も言うか。今でも十分に貰っているだろう。」
「学院に入るまでに習得したい魔法があるんだよね。ティティウスの実力を見込んで頼みたいんだけど、聞いてくれる?」
「勿論良いぜ、それなんだがよお。来年うちのガキを学校に行かせようと思ってんだけどよ。そこで坊の推薦状なんかがありぁ助かるんだよ。」
「カルメンの事か、あの子は良い子だよね。」
優しい顔つきに隠れた強かさ、最近人の動かし方とやらをジャジャルディに教えて貰っているらしい。
しかし、これで準備が整ったと言えるだろう。
何の準備か?。
これから、帝都から両親と兄姉がやってくる。
他愛もない話で時間が過ぎていく。
地平線の先に旗が見えた、優雅に佇む銀色の狼が。
本作初めてがまさかの、専属騎士のティティウスでした。
初登場だったので、予想は難しかったですね。