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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
28/63

章閑話:オルトウェラの冬物語 其の二

やっぱり、長くなるな。

後二話ぐらいでまとめたいです。


 銀狼を認識してから、戦場の反応は二つに分けられた。


 一方は呆気に取られ、先ほど自分達に起きた事実を理解できないでいた。

 さっきまで攻めていたのは、明らかに自分達だ。

 

 宣戦布告と同時に侵攻を開始する事で帝国の虚を突き、先手を獲り深手を負わせる事が出来た。

 此処に来るまで考え、昨夜の野営中に話し合った興行を成功させ、正にこれからナルカンの武威を知らしめてやろう。


 そんな時に、横から不意打ちを食らった。 

 

 さっきまで横にいた戦友が、宙を舞い地面に這いつくばっている。

 

 パレードや祭りの行列の中に、大型車が突っ込んできた後の様な惨劇が自分の前に広がっている。

 

 それでも、目に焼き付くのは銀狼の旗。

 先ほどの惨劇すら児戯に等しいとでも言う様に、優雅に佇んでいる銀狼。


 彼等は思い出した。


 嘗て、吟遊詩人から聞いた話を。

 嘗て、悪戯をした自分を叱る為に母親が使った殺し文句を。

 嘗て、軍事訓練で再三上官から叩き込まれた常套句を。


 ーオルトウェラの冬がやってくるー 

 

 そう、やってきたのだ。

 

 御伽噺の惨劇が自分達の目の前に。

 

 

 一方は、決意を決めた。

 

 今この瞬間こそが、唯一の勝機であると認識したからか。

 それか、銀雹狼の到着に感情が高揚し暴走したのか。

 

 それでも、今この瞬間がベストなタイミング。

  

『とっ突撃!突撃ぃいい!!』 

 

 エリノラは拡声の魔道具を近くの側仕えからぶんどり、叫んだ。

 

『『『オォオオオオオオ!!』』』 

  

 これを皮切りに、西部軍が一気に駆け出した。 

  

 魔術大砲の脅威はもうない。 

 既に先ほどの奇襲で二機が使い物にならなくなり、動揺した魔法士が魔術の制御を誤り再起動しなくてはならなくなったからだ。  

  

 騎士は馬で戦場を駆け、戦士は足で戦場を駆けた。

 雄叫びを上げ、剣を掲げ、噴火した火山から吹き出た溶岩の様にメルベインの丘を帝国一色に染めようとした。

 

 当然ナルカンも気づく。

 彼等も即座に体勢を立て直し、此方に向かってくる敵を迎え撃つ為に丘を駆け下りた。

 

 その集団の先頭にはデドルーガの姿もあった。


『行けぇえ!この地を奴等の血で染め上げるのだぁあああ!!』


 血走った目で帝国側を睨み付けながら、騎乗している愛馬を全速で走らせる。


 互いの距離が次第に近づいていく。


 蟻サイズにしか認識出来なかった、敵の姿が段々とハッキリしていく。

 

 走り方から始まって。

 立っている位置の高さ。

 敵の正確な数。

 着ている鎧の色。 

 そのデザイン。

 描かれている紋章。

 身に付けている装備。

 

 そして、相手の顔。


 しかし、直ぐに見えなくなった。

 

 自分が切り落としたからか。 

 それとも、自分の目が見えなくなる事態が起きたのか。


 その答えはもうわからない。


 剣と剣が鍔迫り合い、兜が鎧がぶつかり合い、兵士は奇声を上げ、鮮血を撒き散らす。


 殺戮的な熱狂と喧噪が支配する戦場が、彼等の未来を飲み込んだのだ。



ーー



 トーラスは、戦場から少し離れた丘の上で戦場を見つめていた。


 戦いは既に始まっている。

 しかし、銀雹狼は僅か500だけ。

 

 戦場は、おおよそ互いに5万ずつの兵士が乱雑にぶつかり合っている状況だ。


 彼等はじっと待っている。

 自分達の狩り場が出来るのを。


「若様。如何されますか?」 


 そう声を掛けたのは、銀雹狼第一師団長ハルジオン・ユーコスタ。

 グリバー分家ユーコスタ子爵家の当主で、元はカイサルの専属騎士だ。

 カイサルが当主となり、軍務卿の地位に就いた際にハルジオンは、銀雹狼の第五師団副団長の地位に就いた。


 『銀雹狼』は、北部の戦線にそれぞれ配置されている。

 

 対聖教国戦線。

 対東部戦線。

 対アルバトロス山脈戦線。

 対古の大森林戦線。 


 それぞれ重要度に応じて、第二から第五までの大隊師団が一つずつ配置されている。


 ハルジオンは、そこからカイサル直属の第一師団団長まで上り詰めた。


 曰く、この身はカイサルの為だけに鍛えられた剣。


 齢はカイサルと同年代だが、幼少期から強靱な騎士になる為の教育を受けてきた。

 まさに、騎士に成るべくして育った男と言っても過言では無い。 

 

 白髪が交じった薄いバンダイクブラウンの髪を短く切り揃え、頬には切り傷。 

 鋭い眼光は、まさに氷雨の様に視た者全てを凍り付かせる。

 白を基調とした銀雹狼の鎧で全身を包みんでいる。

 他の団員とは違い、頸元を守る為にタートルネック気味に鼻の下までデザインされている。

 

 その上から覗き込んでいる彼の目は、トーラスという次期当主を見定めている。

 これからトーラスが発する言葉の一つ一つで、彼の次期当主としての器を図られているのだ

 

 トーラスの傍らにはオズナルドも控えているが、彼はこういった時には口を出さない。

 密かに空気が読める男、オズナルドである。 


「……いまは乱戦状態だ。我々は、此処で牽制と遊撃の駒として待機する。此方の隊列が薄くなれば加勢し、相手が薄くなった場所にやって来る援軍を牽制する。」 

「……承知致しました。」 

「うむ、儂も異存はありませんぞ!」

 

 ハルジオンはそのまま、他の団員と西部軍の方に通達する為に近くに控えていた者に指示し、トーラスと共に戦場を見下ろした。


 戦闘の序盤は帝国有利で進んだ。  

 ほんの数秒帝国側が駆け出すのが早かったが、それがこの戦場での優劣を決める事になった。


 丁度、両者が接触する地点にある丘で帝国側が上方を獲る事が出来たからだ。


 乱戦になっている以上、上からの圧力が乗っている帝国側の方がやや有利。

 

 次第に力の差は大きくなり、徐々に戦線はナルカン方面へと押し上げられていった。

 

 しかし、ナルカンは動かない。

 

 援軍を出すと思われたタイミングでも動かなかった。


 結局そのまま、メルベインの戦い一日目が幕を閉じた。

  


ーー



「とっトーラス様!おっお久しぶりです!!」

「……エリノラ、久しぶりだな。」


 トーラス達と西部軍が合流を果たし、本陣天幕内で軍議があるという事で足を運んだところ。

 開口一番にエリノラが駆け寄り、興奮冷めやらぬ表情に、ちょこんと右手を敬礼の形に添えて出迎えた。


 エリノラはトーラスの学院での後輩である。    


 二人とも家が帝国筆頭公爵家という事もあり、共に生徒会などの課外活動などに従事するなどして親交を深めてきた。

 

 エリノラは、感極まった表情でトーラスを見つめている。

 トーラスは、懐かしむ様に薄らと微笑んでいる。

 

「はい!私もお会いするのを心待ちにしておりました。最後にお会いしたのはトーラス様が、学院を卒業された日のパーティ会場でしたね。あの頃からお変わりの無いようで。いや、男性にお変わりがないって言うのは失礼ですかね……とにかく、お会い出来てとても嬉しいです!」

「ああ、礼を言う。お前の方は……その、そこはかとなく変わったな。」 


 エリノラの挨拶に則って、トーラスも礼を返そうとした。

 しかし、エリノラの様子を上から下に眺めても大した変化が感じられ、見受けられなかった。

 

 確かに、トーラスは口下手だ。

 だが自身の婚約者を褒め称える時は、言葉が湯水の様に出てくる自信がある。

 しかし、彼の口から出るのはあくまで事実である。

 何も無いところから絞り出す、無から有を生み出すお世辞というものが苦手なのだ。

 

 だから、何も出なかった。

 

 全く変わっていない後輩の姿に。 

 男子三日会わざれば…なんて言葉があるが、女性の場合は一日会わなかっただけで大きく変わっているものだろう、と自由奔放な姉を間近で見てきたトーラスは思っていたのだが、エリノラは可哀想な事に何も変わっていない。

 真面目そうな薄い化粧に黒縁眼鏡、そして貧相な体付き。

  

 トーラスも男である。 

 友人達と下世話な話をすることもある。

 しかし、その中でエリノラの話題は一度も出なかった。


 彼女は、決して顔が悪いわけではない。

 真面目な顔つきだが、目鼻立ちも良い。

 垢抜ける前の田舎者風美人と言ったところだ。


 エリノラは、長年の経験からトーラスの胸の内を察し、自身の胸を手で押さえ項垂れた。 


「うう……良いですよ。あんまり変わってませんから。」 

「あ、いや、そう意味で言ったわけではない……」


 トーラスは取り繕って慰めようとしたが、既にもう遅い。


「ガッハッハ!若は女心というモノを、もう少し勉強する必要がありますなあ。」 

「エリノラ様、お茶を…」


 その様子を面白そうに見つめるオズナルド。

 空気が読めない男オズナルドである。


 慰める為にジュードがお茶を差し出す。

 良い香りがする。

 

「それで、その、本軍の方は何時頃こちらに到着しますか?」

「おそらく、明日には到着するだろうな。」

「では、それまで耐えることが出来れば……」


 心成しか、少し興奮してるような表情で喜色を示すエリノラ。


 それもそのはずだ。

 帝国本軍の到着とは、カイサルの到着を意味する。

 

 つまり、今のエリノラにとってカイサルの到着は聖夜にやってくる赤服のナイスガイと同じなのだ。


 どれだけ待ち焦がれても足りないだろう。


「いや……」 

  

 しかし、それに待ったを掛けたのは、他でもない実子のトーラスだ。

 意外と思ったのか、その場にいた全員の視線がトーラスに集まった。


「軍務卿が来る前に、この戦争を終わらせるぞ。」 


 その顔は何よりも真摯に、何よりも高い目標を見据えている顔だった。


 

ーー 

 

 

 戦場から少し離れている場所。

 或いは、それよりも離れているか。

 もしくは、近くに居るのか。

 

 一つだけわかるのは、誰も彼等の居場所を知らないこと。

 人も、規模も、その様子も。

 

「……それで、本陣からの連絡は?」


 男は自分の部下に質問した。

 部下の男は、糸電話の様な形状をした魔道具を仕舞ったあと、少しだけ間を置いて振り返った。  


「それが……銀雹狼が現れたそうです。」 

「まじかよ……冗談じゃねえんだよな。」 

「はい、『雪崩』と『氷雨』の姿も目撃されてます。」 

 

 『雪崩』とはトーラスに付けられた二つ名だ。 

 守護術を使用し戦場の全てを飲み込む姿に、いつしか付けられた物だ。


 『氷雨』はハルジオンの二つ名。

 領域に踏み入った者を片っ端から行動不能にする姿から付けられた。


「おいおい、勘弁しろよ……向こうの本軍は?」

「あと数日ってところでしょうけど。銀狼が出てきたので連中も近くに居るかも……」

「まあ、あっちの総大将は欲が深いから、焦ってこっちに来るかもな。」


 ガードレッドの性格は、ある程度情報に精通している人間ならば容易に入手できる。

 そして、そこからカイサルとの確執を想像することが出来るかは、その人間の洞察力次第だ。


 男は昼寝をする姿勢で寝転がり、右の掌底を額に添えて考え込んだ。


 男はナルカン軍の人間だ。

 役職は情報士官。

 主に外国で諜報活動を行っている。

 

 男は深く考えた。


 知っている情報を繋ぎ合わせ、自分達に有益な情報を探り出す。

 その中で、今回の戦争に使える情報はないか。

 あったとして、それを使うタイミングは何時になるか。

 

 男は人間を読むことに長けている。

 人間性の話ではなく、人間という生物について深い洞察を持っている。


 当然カイサルとガードレッドの確執については予想していた。


 そこから予想されるのは、功を焦ったガードレッドが行軍を早めること。

 銀雹狼が手柄を立てても、それはガードレッドではなくグリバー家個人の功績になるからだ。


 ならば此方はどうするのが得策か?


 行軍路を予想して罠を仕掛けるか。

 もしくは、奇襲を仕掛けるか。 

 欺瞞情報を流すか。

 

 ありとあらゆる選択肢を頭の中に出して、それら全てを脳内ゴミ箱の中に放り込んだ。

 そのどれも、意味が無いとわかってしまったからだ。 


 理由は当然、カイサルの存在だ。 


 多少の損害は出せるかもしれない。

 それでも、ほんの少しだけ。

 

 奇襲から得られるメリットよりも、自分達の存在がバレるデメリットの方が大きい。

 

「ああ、やだやだ、ホント嫌んなるよな。偶に、こういう奴がいるんだよ。策も罠も対策も、俺達が一から丁寧に仕込んだ舞台を、指パッチン一つで吹き飛ばしてしまう怪物がさ。そうなれば、俺等の仕事はもうお手上げさ。」  

 

 上を見上げながら呟く男に、もう一人近づく。 

 

「怪物なら、ウチの軍にもいるでしょう?()()を使えば、帝国の連中なんて一網打尽ですよ。」  

「アレねぇ…」

 

 自慢げに話しかける部下の言葉を聞き流し、男は空を見上げる。

 虚ろに見上げた空は、戦友達の灯火を称えるように星が燦々と光っていた。


 烏の濡れ羽色の髪を、もっさりとしたソフトツイストパーマ風に仕立てた髪型の隙間から覗かれた気怠げな眼は、何故か星々よりも光っていた。 

 

 格好は非常に簡素だ。

 質の悪いローブ。

 安い麻の生地で作られたシャツに黒いベスト。 

 腰にはウエストポーチの様な四方体の物入れ。

 足には革靴。

 無精髭。


 着ている物が人を表すと言うが、彼の場合は当て嵌まらないと考えてしまうほど、その着熟しには気品が溢れている。


「……?ディートさん。どこに行かれるんですか?」

「ん。なぁに、ちょっと用意するモノがあるからな。お前等も手伝え。」


 男の名前は、ディートリッヒ。     

 

 世間はまだ、この男の名を知らない。


 

ーー 

 

 

「なぁぜだぁああ!!」  

 

 帝国陣営と違い、ナルカン側は荒れていた。

 

 それもそうだろう。

 今回の戦争でナルカンが勝利、または帝国に深手を負わせる為に必要なのは、常にナルカンから先手を打つこと。 

 その一つに尽きるのだ。

 

 だから、宣戦布告と同時に侵攻を開始した。

 帝国の虚を突き、裏をかき、死角から常に攻撃してきた。

 そのお陰で帝国に被害を出すことも出来た。

 西部の人間は、今回の出来事を忘れないだろう。

 

 本国に帰れば、きっと自分達は英雄扱いされるだろう。

 吟遊詩人達が自分達の唄を歌いながら、大陸中を旅するのが鮮明に見える。

 孫の代まで、自分達の英雄譚を語り継ぐことが出来る。

 それほどの快挙をやってのけたのだ。   


 だから、帝国には一度たりともナプキンを渡してはいけない。

 獲られたら最後、ナプキンごとテーブルを引っ繰り返されてしまうから。

 

 そうなれば、もうナルカン側に打つ手はなくなる。  

 どんな手を打っても、その全てを悉く撥ね除けられるからだ。


 その為に、リアンス子爵を処刑し帝国の自尊心を煽り挑発した。

 後は、何処かの馬鹿貴族が自分の手柄の為に突っ込んできたところに、魔術砲を喰らわして連中の心に恐怖を塗りつけてやれば良い。


 そう思っていたのに。

 心から、そう思っていたのに。


 銀雹狼が全てを台無しにした。

 横から喰らいつき、体内に浸食し、食い散らかておいて、まるで赤子の手を捻ったかの様に悠然としている。


「なぁぜ奴等が此処に居るぅ!?情報班の報告では、後2日ほど掛かると言っておったではないかぁ!!」 


 叫び散らしているのはデドルーガだ。

 

 怒りで顔を真っ赤に茹で上げ。

 本来、自分が座る為に用意された将軍用の椅子を蹴り飛ばし。

 粉々になってしまうのでは、と疑う程の圧力歯軋りをしている。

 心なしか、自慢のカイザル髭の角度が上がっている様に見える。

 

 天幕の中は席が六つ用意されている。


 デドルーガの前には、数人の幹部が沈黙している。

 それぞれが、魔術士隊、歩兵隊、騎馬隊、魔法兵器部隊などの大隊の隊長格だ。

 

 その装いもデドルーガに比べれば劣るが、隊長格に相応しい物になっている。


 理系だと一目でわかるような眼鏡とローブを羽織り、不機嫌そうにしている中年の男。

 スキンヘッドに眼帯、傷だらけの鎧を身に付け、腕組みをしている中年の男。

 ウェーブの入った髪を後ろで束ね、煌びやかな装飾品を身に付けている壮年の女。

 自身の身長よりも高い長槍を後ろに構え、急所を補うだけの簡易的な鎧だけを身につけている青年の男。 

 戦士と言うよりも、学者と表現した方が適切な格好をした老年の男。


 そして、デドルーガの前で跪いて怯えながら蹲る一兵卒の男。

 その顔には、既に死相が出ている。 

  

「おっ、恐らく、こ、今回の事態は、銀狼の独断であ……」  

 

 そこからの言葉は続かなかった。 

 変わりと言っては何だが、彼の変わり果てた肉体から赤い道が続いている。

 デドルーガの右手に握られた剣の先まで。


 血管が浮かび上がりそうな程歯を食い縛り、『フシュー』と猫のような唸り声を上げている。

  

「まあまあ、おやっさん。あの犬畜生共が来る事は、ある程度予想していた事じゃねえか?ただそれが、ちょっと早まっちまった話ってだけさ。」 

 

 そう声を掛けたのは、長槍を背中に掛けた青年男。


 名前は、アサン・ヴァリオン。

 ナルカン軍、騎馬隊の隊長。

 ブルネットの髪をとベリーショートに短く切り揃えた、濃い顔つきの偉丈夫。 

 肌は色黒で、彼の出自が一目でわかってしまう。

 東の民だ。

 

 ナルカンにナベロ差別はない。

 寧ろ、共に帝国と戦う同士として帝国からナルカンへの逃亡奴隷を受け入れるなどしている。  

 恐らく彼も、帝国からの逃亡奴隷の何代目かだろう。


 彼は、机の上にぞんざいに肘を突き、笑みを浮かべている。


「確かに……アサンの言う事は最もですわ。それに私達(わたくしたち)は、その対策もしてきたはずでわ?」  

 

 それに同意したのは、この場で唯一の女性である壮年の女。 

 

 名前は、プリンシラ・セルフェイム。

 ナルカン軍、魔法兵器部隊長。

 長い金髪を豊満な胸元まで流し、色っぽい半月目に泣き黒子。

 妖艶な顔つきだ。

 しかし特徴的なのは、その髪の間からひょっこりと出ている長耳。 


 プリンシラは、半森林族(ハーフエルフ)だ。

 髪色は人間のそれと同じだが、その長耳はきっちり遺伝した。 


 この二人を見てもわかるように、ナルカンの人種は非常にバラエティに富んでいる。


 この他にも獣之族(ディアバウト)や、ゼペルロギア海流の付近の港町には海之族(マーメイン)の姿も確認されている。

 帝国では、あまり確認されていない種族だ。


 プリンシラは自身が身に付けている宝飾品を強調するように、長い指で宙をなぞりながら他の隊長格に問いかけた。

 

「ううむ、確かに二人の言う通りであるな。」


 そう言ったのは傷だらけの鎧を着込んだスキンヘッドの中年男。


 男の名はヴォルガス。

 平民の出ではあるが、その鎧に刻まれた傷の通り歴戦の戦士として戦場で身を立ててきた。


「それに……今回の私達の目的は西部(こんな土地)ではなく、あくまでもカイサル・スノウ・グリバーの抹殺だ。」


 インテリ眼鏡の中年男、レイフィン・ハルセーヌもそう続けた。 


 そう今回の彼等の目的は、帝国侵攻ではなく戦場に現れるカイサルの暗殺だった。

 

「ううむ、確かに諸君等の言う通りだ。」  

  

 気を取り直したデドルーガは、近くにあった布を取って剣に着いた血を拭い、鞘に戻した。

 

 そして自分用に用意された椅子にぞんざいに座り、肘を突き、自分のこめかみに当てた指をトントンと当てている。

 

「それで……首尾の方は?」 

「…現在、魔法兵器班の方で準備を進めています。」 

 

 デドルーガの問いに答えたのは、老年の男。

  

 名前は、ボグノヴィ・ヴァン・シャルカン。

 学者の様な装い。

 長い髭に対照的な寂しい頭。

 皺の寄った顔。

 まさに、学者先生の名にふさわしい外見だ。

 ナルカン軍参謀で、摂政として政治にも関わってきた。

 知謀策謀を得意とし、ナルカン軍の頭脳として活動してきた。 

 

「帝国本軍の動きは?」 

「行軍速度を早めたと、偵察隊から報告がありましたのじゃ。明日には到着すると思われますれば。」 

「そうか、兵器班には準備を急がせろ。」   

 

 ボグノヴィからの報告を受けたデドルーガは立ち上がり、メルべインの丘の地形図が掛けられている方向に足を進めた。

 

「奴らが此処に足を踏み入れた瞬間。それが奴らの最期だ……」

 

 そう言ったデドルーガの顔は、酷く愉悦と欲望に塗れていた。 


 ある者は、明日に希望を。

 ある者は、明日に憂鬱を。

 ある者は、明日に願望を。

 

 それぞれの願いを内に秘め、メルべインの戦い二日目が明けようとしていた。

  

     

ーー



 ~二日目~


 メルべインの丘の上には、双方の軍が陣取っていた。

 

 昨夜の戦いでナルカンが約一万、帝国側が三千ほど兵を消耗した。

 しかし現状、数の勝負ではナルカン有利になっている。


 トーラスは、此方に向かっていた残りの銀雹狼達と合流し。

 現在、互いに睨みを利かせている。


 どちらが先に先手を取るか。

 勿論、ナルカンだ。


 しかし、それを良しとしない者達がいた。


「……二人とも、頼んだぞ。」

「なぁに、問題ございませんぞ!」

「……御意に。」


トーラスは戦場を見下ろし、決意を固めたように後ろで控えているオズナルドとハルジオンに声をかける。


「ハル坊、お主のその仏頂面はどうにかならんのか?

 折角、若が一人立ちしようという時に、もうちょっと愛想よくしても良いじゃろ?」

「オズナルド殿。何度も言いますが、いい加減その呼び名を止めて頂きたい。

 私はもう、子供の時分では無いんです。」


 いたずらっ子の様な笑みを浮かべ、ハルジオンの顔を覗き込むオズナルド。

 ハルジオンはその様子に、呆れた溜息をつきながら返した。


 オズナルドはハルジオンの剣の師匠だ。

 幼少の頃から知った仲であるハルジオンもまた、オズナルドの愛すべき子供の一人なのだ。


「何を言うか?泣き虫ハル坊のクセに。」  

「また、その話ですか?貴方も凝りませんね。いや、それ以外覚えていないのか……」

「二人共、そろそろ出るぞ。」

「「はっ」」   


 二人の言い合いが苛烈化する前に、トーラスの方から待ったがかかり、その時点で二人の顔つきが変わった。

 先ほどまでの遣り取りは、ほんの些細な談笑だったらしい。

  

 三人は馬の牛歩並みの速さで進め、丘の上を進んでいく。

 

「若様……」


 その途中でハルジオンから声を掛けられたトーラスが反応を示した。


「貴方は、この地の頂点に君臨されている御方のご子息です。臆する事はございません。胸を張り、御自分の覇道を歩まれてください。露払いは此方で致しますので……」


 その言葉に、トーラスは勇気づけられた。


 口数の少ないハルジオンから出た言葉だった。


 ハルジオンは感情を表に出す人間ではない。

 だからトーラスは、そんなハルジオンの事が苦手だった。

 父であるカイサルの存在が、常に自分に対して重圧をかけているのに、ハルジオンはその近くで常に自分を品定めするように見てきた。


 当然、それはトーラスにとって目の上のたん瘤として残り続けていた。


 そんな男からこんな言葉を掛けられた時の気持ちは、師匠に握りを許された寿司職人見習のそれと同じだろう。


「……礼を言う。」

「いえ、その必要はございません。」


 目を伏せ俯いたハルジオンの表情は、少し嬉しそうなものだった。

 しかし、それは誰の目にも映ることは無かった。



ーー


 

 帝国とナルカン、両者が位置についた。


 前日同様、互いに睨み合っている。

  

 ナルカン側は、昨日と同じ様に自分たちのペースで戦いを始めようとした。

 

「デドルーガ将軍、これを。」 

「…うむ。」

 

 愛馬に騎乗したまま一般兵から拡声の魔道具を受け取った。 

 そのまま一歩二歩と隊列の前に出て、遥か先に陣取っている帝国軍の方を見つめる。


 左から右に、右から左に。

 今日は、どれ程の帝国兵を葬ることが出来るだろうか。

 今日は、どれ程の敵を蹴散らせることが出来るか。

  

 デドルーガはそう考えながら、ゆっくりと自分の口に拡声の魔道具を持ってくる。


 深呼吸をし、昨夜散々練習した口上を叫ぼうとした時。

 

『愚かにも、我等が祖国に足を踏み入れた侵略者達に告ぐ。』 

 

 デドルーガの汚い濁声の代わりに戦場に響いたのは、力ある女性の声だった。

 

『私の名はエリノラ・クレイド・アルスロッド!

 オルトウェラ帝国、帝国筆頭公爵家ペンタゴンの一『麗雲(れいうん)公爵』アルスロッド家が三女!

 御前達は、この西の地を汚した!

 民を殺し、弱者を犯し、余興の為に我々の仲間を凌辱した!

 御前等に、西部の恨みを教えてやる!

 御前等を、正義の剣で貫いてやる!』

 

 それは、嘗て小悪党たちに誘拐された頭のおかしい八歳児が叫び散らした口上に似ていた。

 

 それもそうだ。

 これを考えたのは、他でもないトーラスだったからだ。

 

 彼はあの日から三年間、ユークリストの放った言葉を忘れていなかった。 

 忘れる事無く、三年間鍛錬し続けた。


 もう二度と、あんな事を起こしてはならないと心に刻んで。

 

『西部の戦士よ、剣を掲げろ!!』

  

 ここからはエリノラのオリジナルだ。

 彼女にも思うところがある。 

 

 当然だ。

 身内を殺され、仲間を殺され、自分達が育った土地を汚された。

 どっちが正義でどっちが悪か、そんな事はもう関係ない。

 

 込み上げる思いを、ただ目の前の連中にぶつけるだけだ。 


『杖を持ち、楯を構え、声を上げろ!! 

 蹄鉄を鳴らし、敵を蹂躙するんだ!!』

『『『オォオオ!!』』』  


 エリノラが飛ばした檄に合わせて西部兵の面々が雄叫びを上げた。

 地面は地割れが起きそうな程大きく揺れ、ナルカン軍に先日帝国軍が感じたモノと同様の恐怖が襲った。


 エリノラは歯を食い縛り、自分の頭上で掲げられている大熊の旗に拳を突き立てた。

 

『この旗が地面に伏せるその時まで前進せよ!!

 その肉体で仲間を鼓舞し、勇敢に戦い、勝鬨を上げるその時まで森を焼き尽くせ!!』

『『『オォオオオオオオオ!!』』』 

 

 エリノラを演説が終えると同時に、西部軍の面々が駆け出した。

 大熊の旗を筆頭に、次々と駆け出していった。


 昨日の様な大勝を、また手に入れる為に走り出した者も。

 これまでナルカンに蹂躙された怒りを抱えたまま走り出した者も。

 全員が一直線に走り出した。

    

 その先頭に立つのは、トーラス率いる銀雹狼第一師団。 

 大凡三千の銀狼達が抜刀を済ませ、メルベインの丘を呑み込まんとする勢いの全速力で駆けた。  

 

「がっはっは!腕が鳴りますなぉ、若ぁ!!」


 戦闘を突っ走るトーラスの傍らでオズナルドが声を張り上げる。  

 舌を噛み切ってしまうから口を開くなんてしない方が良いが、オズナルドの場合はお構いなしだ。

 

 トーラスはオズナルドに返答する事無く、ただ真っ直ぐナルカンの旗を睨み付けている。

 あの旗の下まで止まる事は許されない。

 

 トーラスが昨夜の軍議で、カイサルが到着する前に戦争を終結させると言ったのは、半分はプライドだった。 

 次期筆頭公爵家当主として、トーラス自身もガードレッド同様目に見える功績が欲しかったのだ。


 当然、彼の中に嫉妬はない。 


 ただどれだけ研鑽を積んでも、いや積めば積むほど、父親という存在の偉大さが目に見えてきたのだ。


 それは、時にガードレッドよりも顕著に表れた。


 自分にすり寄ってくる人間の殆どは、父との縁結び目的。

 如何に自分が強くなろうとも、父の足下にも及ばない。

 もしかしたら、帝都にいる婚約者もそれが目的だったのでは。

 仮にそうじゃなかったとしても、父親の存在は大きかったはずだ。


 尊敬、嫉妬、焦燥、劣等感、苦悩、羨望。

 

 ありとあらゆる感情を抱え、ただ修練を続けたトーラス。

 父親が王鎧公爵に頭を下げる姿を目撃した日から、ただ直向きに努力し続けた。


 晴れた日も、雨の日も、雪の日も、嵐の日も。

 

 初めは、普通の北武流下級相手に勝った。

 次に中級相手に、その次に上級剣士。

 そして、豪級剣士も倒した。


 修練を積む度に倒す相手は手強くなった。

 それでも、トーラスは勝って勝ち続けた。

 

 わかる事は、自分が強くなっている事。

 わからない事は、父がどれほど強いのかという事。

 そして、自分は本当に強くなっているのかという事。 


 その気持ちは、暗闇の荒野に手足を縛られて放り出された様なものだった。

 

 どれだけ強くなっても、終わりがない。

 そもそも、強くなっているのかわからない。

 自分のやっている事が本当に正しいのか。

 そんな思いがトーラスの中には常にあった。


 だからこそ必要なのだ、彼が彼である所以が。

 カイサル・スノウ・グリバーの息子ではなく、次期筆頭公爵のトーラス・スノウ・グリバーとしての功績が。


 カイサルが居たから挙げられた功績だ、と回りからケチを付けられない。

 圧倒的な功績が、彼には必要だったのだ。

 

 ナルカンの旗を睨み付けている最中、トーラスが気づいた。


 ナルカンの魔法士部隊に動きがあった。

 数十人規模の分隊五つ程が前に出て、詠唱を始めた。


 複数人の同時詠唱による、多重詠唱(マルチキャスト)だ。


 上級火魔法の猛火(ファイヤレイス)

 25メートルプールを埋め尽くしそうな程巨大な猛火の玉が迫ってきた。


 中級焔魔法の焔砲弾(フレイムキャノン)。 

 火と風の複合属性魔法の焔魔法。

 行商人が運ぶ樽程の大きさをした複数の焔の弾が一直線に飛んできた。


 中級土魔法の岩砲弾(ストーンキャノン)

 樽同様の大きさのの岩弾が複数飛んできた。


 上級土魔法の岩壁(アースウォール)

 大量の厚い岩壁がトーラス達の前に立ちはだかり、その行く先を邪魔した。


 一般人が目撃したら地獄絵図の一歩手前だと悟るような光景がトーラス達の目の前に広がった。

 それでも、彼等は前進を止めない。


「突っ込むぞ、密集しろ!!」


 トーラスの掛け声と共に三千もの騎馬兵達が身を寄せ合った。

 『防陣(ファンクション)』用に組まれた騎馬陣形だ。

 トーラスを先頭に組まれた三角形の陣形が徐々に狭まり、やがて上空から見ると一本の矢になった。

 

「『防陣』!!」 

 

 その叫び声と同時、銀雹狼と迫り来る魔法の間に、ドリルの先端の様な魔法障壁が彼等の前に現れた。

 

 複数の魔法は、殆ど同時に降りかかってきた。

 容易に人間を圧殺してしまう程の威力で襲いかかってきた魔法が、目の前に迫ってきている。

 豪快且つ獰猛に、時に鮮やかに見えるその魔法は、これから散ろうとしている命の輝きを物語っている。 

 

 その魔法を、トーラスの『防陣』は悉く散らした。 

 砕け散る岩は花火の様に、掻き消された火球は幻想的なオーロラの様に消えていった。 

 そして、残火をかき分け一直線にナルカンへ勇ましく突っ込む銀雹狼。

 

 同時に、『防陣』の魔力障壁が砕け散った。

 あれほどの攻性魔法を一度に喰らったからだ。

  

「!!……っ!!」 

 

 気づいた時には、目の前に『岩壁』が迫ってきている。   

 騎馬隊は既に最高速度に乗っている。

 ここで急停止してしまえば、玉突き事故の様に部隊が崩壊してしまう。 

 しかし、止まらなくても目の前にの障害物に阻まれてしまう。 

  

 あらゆる対抗策がトーラスの頭の中を駆け巡る。

 当然、『防陣』を再度張り直そうとし詠唱を叫ぼうとするが、既に間に合わないところまで来てしまっている。

 

 

 次の瞬間。

 

 目の前に立ちはだかる壁の半分が細かく分断され、もう半分が吹き飛ばされる様に崩壊した。


「だっはぁあああ!!」

「ぬぅん!!」


 オズナルドとハルジオンだ。


 ハルジオンは、薄く鋭い両刃剣を両の手に握り。

 帝国式剣術秘伝の型『櫻斬残華(おうざんざんか)』を繰り出した。

 一瞬の抜刀で無数の斬撃を飛ばし、大人数の敵を仕留める。

 対大人数戦に使われる技の一つだ。

 その手元から放たれた斬撃は、櫻の花が宙を舞う様に目の前の岩壁を片っ端から粉々にした。


 オズナルドは、自身の体長よりもデカい大槍を豪快に構え。

 北武流奥義『閥開(ばっかい)』を突き出した。

 仕組みは至極シンプルで、ただ体中に流れるエネルギーを足先から腕に伝えるだけ。

 重要なのは、どれだけ力を伝える事が出来るのか。

 繰り出された槍撃は岩壁に風穴を空け、マッハ速度で物体が通り過ぎた後に残る衝撃波が、残りの壁を吹き飛ばしていった。

 

「若ぁ!!のんびりしていると置いていきますぞぉ!!」 

「……」


 オズナルドは豪快に笑い声を張り上げ、トーラスを引っ張る様に前を走る。

 その横を追随する様に、馬を走らせるハルジオン。


 トーラスは目の前を走る二人を見て、一瞬だけ揺らいだ。

 二人がいなかった未来を想像したからだ。

 しかし、今はそんな事を考えられる状況じゃない。

 

 即座に自分を取り戻し、ナルカンの旗を睨み付けた。


「まだだぁ!!」


 馬を休めず前進を続けるトーラス。

 それに続く銀雹狼。


「シャッなぁああ!!」 


 その横から、文字通り横槍が飛んできた。

 反応したトーラスは、片手に持っていた片刃剣でその槍をギリギリの所で受けた。

 重い一撃が、大木の様なトーラスの腕に乗っかった。


「ぐっ…!オォオオ!!」


 一瞬、怯んだトーラスは撥ね除ける為に大剣を横薙ぎに払った、重い一撃を繰り出したそれは、軽々と宙に飛び退いた。


 そのまま、槍を地面に突き立て雑技団の様に槍の上に足を掛けた。


「ふぅーアンタが『雪崩』か。すげぇすげぇ、あの態勢から俺の一撃を止めたんだからな。」


 そう言ったのは、ナルカン軍騎馬隊長アサン・ヴァリオン。

 

 多重詠唱魔法に銀雹狼の視界が隠されているタイミングで、ナルカンの騎馬隊が銀雹狼に近づいていたのだ。

  

「お前は……?」

「俺かい?俺はアサン・ヴァリオン……巷じゃ『色男』って呼ばれてるぜ。」


 トーラスの問いに答える為に槍から降りたアサンは、これまた雑技団の様に槍をクルクルと身体の周囲で回し柄の部分を地面に叩きつけると、その性格からは想像も出来ない程真剣な顔でトーラスを見つめた。


「もちろん、色は朱だ。テメエ等帝国人の血の色だよ。」 

「……」

 

 その言葉と同時にアサン率いる騎馬隊と一部の銀雹狼の戦いが始まった。


 反応したトーラスは下馬し、アサンと向き合った。


 トーラスは、これからどうするか考えた。

 色々な要素を、自分の頭の中に入れて。

 

 目の前の男(アサン)が使用する流派。

 そこから、予想される戦闘。

 銀雹狼が騎馬隊を相手にしている時間。

 ナルカンの援軍規模とタイミング。

 狩りに倒したとして、そこからナルカン本陣まで予想される障害。 

  

 しかし、そんな事を考える暇無く目の前の相手は迫ってくる。


 トーラスは対応する為に片刃の剣を振り上げる。  

 右上から斜めがけに、袈裟切りを仕掛ける。

 正面突破を旨とする北武流で迎え撃った。 


 アサンはトーラスが仕掛けた剣の軌道を見切っていた。

 

 アサンは東武流の豪級剣士だ。

 加えて、南武流の腕も上級まで習得している。

 僅か二十代前半で、ナルカン軍騎馬隊の隊長の座に着いた天才。

 その腕はデドルーガも認める程だ。

 当然、トーラスの剣を対角線上に身を乗り出す事で避け、その懐に一発いや二・三発はぶち込めるだろう。


 そう考えていた。

 だから態勢を低くし、トーラスの右側に向けて避けた。


 予想外だったのは、自分の右側にあるはずのトーラスの片刃剣が、既に自分の目の前に来ていた事だ。


「!?…うぉおっ!?」


 アサンは、無理矢理首を捻り薄皮一枚切られた状態でなんとか逃げ出した。

 いや、薄皮一枚じゃ済まなかった。


 トーラスの目には、自身の右耳からの出血を抑えているアサンの姿と、地面に叩きつけられた耳が映っていた。


 アサンは、自分の命が先程まで風前の灯火だった事実への恐怖と、その元凶であるトーラスへの怒りで、冷や汗を垂らしながら睨み付ける様な顔になっている。


「……そういえば、東の戦士は名乗りを上げるのが通例だったな。」 


 剣を振り下ろした姿勢で呟いたトーラス。

 そのまま剣を持ち上げ、先程のアサンの様に地面に突き立てた。


「俺の名はトーラス・スノウ・グリバー。

 北豪級剣士であり、次代の帝国筆頭公爵家の当主だ。

 貴様には、北部の冬を教えてやる。」


 名乗りをあげたその顔に、迷いや悩みはない。


 トーラスは、考えて過ぎてしまう性格だ。

 最強の父であるカイサルと自由奔放な姉であるフラムベリカの影響だ


 カイサルの息子として恥じない為、何もかも完璧にやらなければいけないと考えて育ったからか。

 それとも、自由奔放な姉の行動を読む為に考える癖が付いたのか。

 あるいは、その両方か。


 しかし、元々の性格は猪突猛進型。

 一つの結論に至れば、後は考える必要は無し。

 ただ、突き進むだけだ。


「クソッ!!なにしやがった!?」

「特別な事はしていない。ただお前よりも俺が速かった、それだけの事だ。」

「ハッ……言うじゃねえか!だったら、こっちもそれなりにしねえとな!」

 

 自分の耳を切り落とされ、自慢の偉丈夫フェイスに傷が付いた。

 なのに、アサンは何処か楽しそうだ。

 それは、命の掛け合いを楽しむタイプの人間が浮かべる笑みだ。


 互いの力量の一端が見えたところで、仕切り直す二人。


「その必要はございません。若様。」


 しかし、ここで待ったが掛かる。

 トーラスの脇の方から出てきたのは、ハルジオンだ。

 鎧や剣には血が付着しており、既に戦闘を始めているのが窺える。

 

「ハルジオン……」 

「あれは私にお任せを。若様は、奴等の本陣までお行き下さい。オズナルド殿も別件で手が離せないので、私の部隊の500をお預けします。」


 そう言ったハルジオンが指さした先に居たのは、他のナルカン軍と対峙していたオズナルド。


「わかった。ここは任せた!」

「はっ」


 状況を確認したトーラスは自分の軍馬に跨がり、銀雹狼500を引き連れて戦場を離れようとした。


「はいそうですかって、行かせる訳ねえだろ!!」


 それを許すまいとアサンが腰にあるチャクラムの様な丸形の刃物を、トーラスに向けて投げつけた。

 二人の遣り取りの間を、針の糸を通す様に投げられたチャクラムは、流線を描いてトーラスに向った直前。

 

 ハルジオンが放った光速の剣戟によって潰える事となった。 

 

「……私が暗器(それ)を許すと思ったのか?」 

「はっ……たかが一貴族のお抱え騎士団の団長程度が、それでもう俺に勝ったつもりかぁ?」

 

 ハルジオンの言に少し嬉しそうな顔をしたアサンは、槍の先端をハルジオンに向けて挑発する様に手首を返した。  


 ハルジオンの表情は読めない。

 ただ、赤子を射殺しそうな目がアサンを見つめているだけだった。


 アサンは一瞬身震いをした。

 まだ距離が離れているというのに、自分の命が脅かされたのだ。

 その衝撃を心の内に押し殺し、いや呑み込んで愉悦と興奮にまみれた笑みを浮かべた。


 互いに睨み合う。

 どちらが先に動くのか牽制しあいながら。


 互いの力量は測られた。

 勝負は一瞬で着く、それだけが双方の共通理解だった。


「シャラァアアアア!!」 


 先に動いたのはアサンだった。

 東部民特有の撓やか肉体が、十二分に躍動した瞬間だ。

 ゆうに三十メートルはあるだろうという距離を、一瞬で詰めた。

 両手で槍を構え、自身を槍と同化させ一直線に、目の前の敵を討つ為。

 万が一避けられた時に、方向転換するため必要な余白は残さなかった。

 この男を相手にするには、その余白は侮辱になるだろうと本能で感じ取ったのだ。

 

 勝負は一瞬。

 

 槍と一体と化したアサンの身体は、全速力でハルジオンの横を通り過ぎて行った。

 その身体は止まる事無く、全速力で集団戦をしている群衆に突っ込んでいった。


 それが、アサン・ヴァリオンが目撃された最期だった。


 この一騎討を目撃した兵士の話はこうだ。 

 

『敵の部隊長は槍を構え、全速力で師団長の横を通り過ぎて、吹っ飛んだんです。

 ええ、ただ通り過ぎただけで、師団長が何をしたのか見えませんでした。』


 ハルジオンは片手で持った両刃剣で空を切り、剣にこびり付いた血液をメルベインの地に返した。

 

 グリバー家騎士団『銀雹狼』第一師団長『氷雨』ハルジオン・ユーコスタ。

 北霊級の剣士であり、オルトウェラの冬景色を彩る強者の一人である。



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