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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第2章~月華の下で踊る貴族と狩人~
27/63

章閑話:オルトウェラの冬物語 其の一

アクセスの数を見る方法がわかったので見てみたら、なんと四千回も見られてたんですよね。

思った以上にデカい数字でした。

ホント、お世話になってます。


でも、四千回も見てるんだったら一人ぐらいブックマーク押しても罰は当たりませんよ。


あと、アクセス時間帯から分析して10時から14時付近の投稿に変えたいと思います。

その辺りも、どうぞよろしくお願いします。 


今回の章閑話は長いので、お付き合い頂けたら幸いです。

 

 帝国歴七百十三年 七月


 この日、帝国とその西にあるナルカン王国との間で戦争が始まった。


 この戦争のきっかけは、オルトウェラ帝国によるナルカン帝国への過度な内政干渉だと言われている。

 

 オルトウェラ帝国は、エルフの国と交流のあるナルカン王国に目を付けていたのだ。

 過去の遺恨が残るエルフと国交を開けずにいる帝国は、ナルカン王国を通じてエルフと接触しようとしたのだ。

 食糧問題の改善や金銭的援助、技術的な支援も条件に出して交渉をした帝国の要求を。


 ナルカン王国は全て突っ跳ねていった。

 理由はエルフの国への義理立てか、それとも反帝国感情か、その真相は定かでは無い。


 しかし、その結果帝国はナルカン王国に対する経済粛清を行った。


 前もって情報を手に入れていた聡い商人がナルカン中の食糧を買い漁ったり。

 ナルカン王国に向かっている商会の商隊(キャラバン)に重税を課したり。

 その後、盗賊を装いその商隊を全滅させたり。 


 兎に角、ナルカン王国が呼吸する為に必要な酸素を奪いだした。


 ナルカン王国は、北を『古の大森林』南を『バッカルジャッカルの大火山』に挟まれ西の航路を『ゼペルロギア海流』に阻まれ、国から出る方法は東のオルトウェラ帝国しか無いという、立地が最悪の国だ。


 その御陰で、帝国という外敵から身を守ることが出来ている。


 オルトウェラ帝国は多数の戦線を抱えている。

 現在も、北西の『ノストラダーレ聖教国』東の『ヤヅナベロ平原』南の『ゴドラック帝国』という人的外敵に備える為の三つの戦線を抱えている。

 さらに西の『古の大森林』北の『アルトバルス山脈』南の『バッカルジャッカルの大火山』南東の『ドドラ砂漠』という魔獣的外敵に備える為の四つの戦線を抱えている。


 しかし、ナルカンが抱える戦線は対オルトウェラ戦線のみ。

 自国が持っている軍事力を、全て対帝国に注ぎ込む事が出来る。


 北の『古の大森林』は、西の『ゼペルロギア海流』は距離があるから警戒の必要が無く。

 南の『バッカルジャッカルの大火山』は警戒の必要は無く、寧ろ彼の大火山こそがナルカン帝国の生命線である。

 

 ナルカン王国とオルトウェラ帝国の国境は、入り組んだ地形になっている。


 と言っても、『古の大森林』付近の地形は入り組んでいない。

 だから、行商人や冒険者は『古の大森林』付近の道を使い移動している。

 ナルカン王国人や旅の楽士にとっては一種の観光名所になっている。


 ならば、帝国軍もその道を使って侵攻をすれば良いのか?


 それは不可能だ。


 いや、通りたくても通ることが出来ない。

 その場所に差し掛かると、あるモノが見えてくるからだ。 

 いや、道といった方が正確だろう。

 その道の存在が、帝国人の足を止める楔となるのだ。


 この大陸唯一の国境。


 嘗て、エルフの国を求めて古の大森林に侵攻した、帝国軍人五十万人の首。


 ー愚者の路(スタルタスヴィア)


 帝国領を虚しく見つめる五十万の骸骨によって作られた死の街道。



 万が一、戦火が大森林に引火した時のことを創造しただけで、軍から逃げ出す人間も居たそうだ。


 だから帝国はナルカンに侵攻する時、南の大火山沿いの山道を選ぶ。


 南側の渓谷地帯は入り組んでおり、行軍するだけでも非常に手間が掛かる。

 さらに、南の大火山から魔獣が来襲することもある。

 

 つまり、ナルカンの防衛線は入り組んだ複雑な地形と、大火山から来襲する魔獣の二段構えになっている。


 かくして、行軍するだけでも疲弊するような侵攻を維持し続けることが出来なかった帝国は、平和的外交を目指していたのだが、それはナルカン王国の強情な反帝国外交により簡単に挫かれる事になった。


 端から見れば、ナルカンと愚策としか言い様がない状況だ。

 しかし、これにはナルカンなりの理由があった。


 ナルカン王国は、元は大陸内でも精強を競ういくつかの強国による連合国家だった。


 帝国が建国する過程で、帝国がその力を増すたび、ナルカンには人が集まった。


 しかし、オルトウェラ帝国がその力を増す反面、ナルカンはその力を削がれてきた。

 つまりナルカンは、オルトウェラに存在する『奪われた者の歴史』の一つなのだ。

 現に帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の一席、西の麗雲(アルスロッド)公爵家の直轄領の半分以上が元ナルカン領である。

 

 帝国に迎合したくないナルカン。

 ナルカンを通じてエルフの国と通じたい帝国。

 

 様々な人の欲が混じり合った結果、経済粛正によるナルカン王国軍の燻り出しという結果を手に入れた。



 ナルカン王国は宣戦布告から直ぐに侵攻を開始してきた。

 いや、宣戦布告と言うよりも事後報告とも言える。

 そんな騙し討ちに近い形で攻めてきた。


 その総数は30万。


 帝国は侵攻を食い止める為に20万の帝国軍を派遣したが、帝都から西部の戦線まで最低でも一ヶ月は掛かる。

 既に帝国西部のいくつかの街や村、下級貴族の領地が更地になっている。


 もちろん、西部直轄領を持ち帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の一席である『麗雲(アルスロッド)公爵』の率いる西部貴族軍が食い止める事が出来たが、それでも被害は少なくない。

 

「報告します! ナルカン軍は西部貴族軍の先遣隊との戦線を突破し、国境に隣接していたリアンス子爵領地の領都カールロッドを昨夜占領。現在は、隣のバーキンロッド伯爵領に侵攻を始めているとの事です。」 

「……西部軍の動向は?」

「はっ、報告によりますと。現在部隊編成を終えて、ナルカン軍を迎え撃つべく『メルベインの丘』で待ち構えているそうです。」 

 

 メルベインの丘は帝国西部に広がる草原地帯の一つだ。

 10~20メートルほどの小規模から中規模の丘が複数隆起している特徴的な地形をしている。


「メルベインの……わかった、下がって良い。」

「はっ!」 


 報告に来た兵士の一人を下がらせて、行軍を進める。


 カイサル・スノウ・グリバー。

 オルトウェラ帝国の筆頭公爵家が一つグリバー家の当主であり、軍務卿の地位に就いている。

 

 彼の装いはいつもとは違う。

 いつもは、必要最低限の物しか身に付けていない。 

 過度な装飾や、機能性の悪い格好を嫌う。

 彼は、自身が無駄だと判断した物を嫌う傾向がある。

 その逆に、大切な物には過度な執着を示す傾向も。

 

 カイサルの特徴は、一つに纏め上げられた美しい銀の長髪。

 北部の白銀の空を、そのまま映し出したように輝いている。

 そして対照的に晴れ空のような蒼眼が、彼の魅力を十二分に引き出している。

 目鼻立ちもしっかりしており、偉丈夫寄りの美丈夫だ。

 体格は引き締まった細身の筋肉質の長身だ。


 グリバー家の紋章である銀狼の刺繍が施されたコートを、大将スタイルで肩に羽織り。 

 胸部の胸当てには、オルトウェラ帝国の紋章が描かれている。

 初代皇帝が討伐したとされる古代竜を背景に剣と盾。

 それらを囲むように五つの星が。

 そしてその手には、露草色の光を発する宝石が嵌められた指輪。


 腰には標準的な両刃剣が掛けられ、その柄には帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)当主を表す五芒星が描かれている。


 現在、帝国軍は中央領から西部領に入り数度の野営を終え南下し、森林地帯を行軍している。


 位置的に言えば、バーキンロッド伯爵領に向かっているナルカン軍に後続する形になっている。

 このまま行けば、西部貴族軍と共にナルカン軍を挟撃できる形になる。


 というのが理想的だが、未だその姿を互いに認識出来ていない。

 報告が出発したのが大体一週間日程前と考えると、既に西部軍本体とナルカン軍の戦いは始まっているかもしれない。


 探索系の魔導師を伴って、森の中の障害物を無視して全力疾走で横断すれば、行軍予定は大幅に短縮できるが、森林地帯は魔獣の脅威もある。

 しかし20万規模の軍がそんな事すれば、潜んでいた魔獣達から反撃を喰らうかもしれない。 

 

 魔獣達から襲ってくる事もあるが、魔獣除けを使っているから滅多に寄りつかない。 

 しかし、自分達の領域が侵されたとなると一矢報いようというのが、生物基本の理念だろう。


「バーキンロッド伯爵領……という事はナルカンの狙いは…ドレクセルですか?」

「うむ…ワシも若の意見に同意しますぞ。ドレクセル(あそこ)はアルスロッド公爵の領都であり、西部(この地)の要。奴等の侵攻に決定打を打つ為にも、決して無視は出来ぬからのう。」


 ドレクセルとは帝国筆頭公爵家の一席麗雲(アルスロッド)公爵が治める領都だ。


 後ろから聞こえてくるのは、グリバー家の長男であり次期帝国筆頭公爵家当主トーラス。

 そして、その専属騎士であるオズナルド・コールドウェル。


 トーラス・スノウ・グリバー

 父親とは違い大柄な体格で、金髪のフェードカットに深い藍色の瞳。

 目鼻立ちがくっきりした、彫りの深い顔つきの偉丈夫だ。

 肩が牙のように隆起しているミスリル製の鎧で身を包み、その背中には片刃の大剣が掛けられている。

 彼が乗る馬は大柄で瞬発力が高く、全身を薄いミスリル製の馬鎧を着けている。

 

 オズナルド・コールドウェル

 カイサルよりも一回りほど高齢で、既に還暦を迎えている。

 トーラス同様に大柄の体格であり、逆立った白髪に皺の寄った顔つき。

 息子であるアルマンから髪を毟り取ったのではないか、と疑うほどフサフサだ。

 顔の約三分の一ほどが髭に覆われている。

 アルマンに分ける気は無いらしい。

 彼も全身を鎧で包み、肩には大槍が掛けられ、騎乗している馬には盾が掛けられている。

 

「……如何されましたか?軍務卿。」

「いや……少しね。」 


 質問をしたのはトーラス。

 如何に親子といえど、今は軍事行動中で互いに軍人であり役職持ち。

 この場では、上官と下士官の関係だ。

 

 カイサルは俯いて、少し考え込む。

 それを後ろから覗き込んで窺うオズナルド。


「ハッハッハ!もしや軍務卿、御実家の坊っちゃん方が恋しいのですかな?」

「……ふっ、確かに。いつもなら、カトバルスへ帰っている時期だからね。」 

 

 笑い声を上げ質問するオズナルド。

 それを聞いて、静かに笑いながら同意するカイサル。

 その表情とは裏腹に、顔にはかなりの汗をかいている。


 オズナルドは、厳格な息子であるアルマンとは違いフランクな性格だ。

 カイサルが生まれる前からグリバー家の騎士として仕えてきたからか、叔父や親戚のような間柄だ。 


「いやぁ。やはり西部の気候は北部人(我々)の肌に合いませぬなぁ。ナルカンよりも先に、暑さで殺されそうじゃ。」 

「オズナルドの言う通りですね。こうも蒸し暑いと敵いません。」 

 

 鬱陶しそうに空を見上げるオズナルド。

 トーラスも同様に汗をかいている。

 

 この大陸にも、四季が存在する。

 ちゃんと雨が降るところには雨が降って、寒暖がハッキリしている。

 北部の場合、雨が少なく空気が乾いている為、夏は涼しく冬は極寒だ。


 反対に、西部の気候は雨が多く湿気が多く蒸し暑く、雨が多い。

 基本的に年中長袖で過ごす北部で育った人間にとっては、帝都以南の気候は肌に合わない。

 

「そういえば以前会った魔導師の御仁が、魔力循環だけで体温調節が出来るとか言ってたね。」 

「ほう、もしや軍務卿もその術を?」

「いや、話の流れで出ただけだ。享受されてはいないよ。」 


 この状況になるのを知っていれば、有無を言わさず教えを請いた方が良かった。

 カイサルは、ほんの少し後悔している。


 しかし、帝国筆頭公爵家の一席を担う人間がそう易々と人に教えを請う事が出来るのか。

 答えはもちろん、出来ない。


「……少し行軍を早める。トーラス、後続にも伝えてくれ。」 

「わかりました。」


 カイサルはトーラスに後続への伝達を指示し、自身は前方の方に馬を進める。

 

 前方では、帝国軍と少し毛色の違う騎士が行軍を組んでいる。


 金色の鎧で足から頭の先まで全身を包み、その外見からでは性別・人種を判断することが出来ない。

 背中には片手剣、騎乗している馬には盾が掛けられ、その胸部と盾と馬鎧に、帝国の紋章が描かれている一団。

 

 帝国皇族直下の近衛騎士団『覇獣騎士団(ガレオンナイツ)

  

 近衛騎士団の中でも集団戦や対人戦闘に長けている。

 貴族・平民・種族、出自に一切関係なく序列争いのみにおいて部隊編成が為され、そのシステムの中で生き残った上位百名が覇獣王に名を連ねる事が出来る。

 全員が剣術や魔術において、最低でも上級以上の使い手であり、下っ端の人間でも他家の騎士団に入れば、騎士団長以上の地位を得られるとも言われている。


 今回の戦争における帝国軍総大将の護衛としてついている。

 

 如何に軍務を任される立場に立っても、カイサルが総大将の地位に就く事はない。

 国の大事を担う大きな戦争の時に総大将を務めるのは、代々皇族だけと決まっている。


 先代のグリバー家が行った東部への侵攻は、北部貴族が勝手に起こしたモノだ。


 帝国筆頭公爵家には、幾つかの特権が与えられている。


 例えば、他国との戦争権。

 帝国筆頭公爵家は、各家の裁量で名分と準備さえあれば、戦争を起こす事が許されている。

 しかしその場合、国からの金銭的、物的、人的支援はない。

 その上負けた場合の責任は、全てその家の当主が負わないといけない。


 今回戦争を起こしたのはナルカン王国であり、名目的に帝国は防衛戦という事になる。


 しかし、その後のナルカン王国への侵攻も視野に入れている為、侵攻戦に向けて皇族が西部(ここ)にも来ている。


「失礼します、ガードレッド殿下。少し行軍を早めます。」

 

 ガードレッド・ジャック・オルトウェラ 

 我が帝国の第一皇子であり、今回の戦争における帝国軍の総大将である。

  

 トーラスと同じような体躯に、短く切り揃えられたオクサイドレッドの髪。

 左頬から顎下にかけて、嘗て魔獣狩りで負った傷痕が残っている。

 岩のような体躯をさらに一回り大きく見せるような鎧に、大楯と大柄の片手剣が掛けられ。

 目力が強く、少し威圧的な顔つき。

 齢はトーラスと同じ21だが、学生時代から魔獣の討伐や地方貴族の反乱鎮圧、帝都内の大捕物等に積極的に参加している。

 

「ほう……なぜだ?」


 ガードレッドは流し目気味にカイサルを一瞥すると、静かに言葉を返す。


 帝国において最上位に位置するのは皇帝であり、次がその他皇族と我々帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の各当主、そして宰相だ。 

 つまり、ガードレッドとカイサルは法の上では同格である。 


 しかし、ほとんどの当主たちが皇族である彼らを敬う。


「先ほど伝令から報告があり、ナルカン軍は既に西部のいくつかの地域に向けて侵攻しています。西部貴族軍が戦線を維持していますが、このままでは戦況が思わしくないと思われるので、我々も取り急ぎ戦場へ向かうべきです。」


 同じく騎乗しているが、低姿勢で報告をするカイサル。


「その話は聞いた。既に戦いが始まっているのなら、無理に移動して兵をいたずらに疲弊させる必要は無いだろう。我々はこのまま移動して西部軍との挟撃の形をとればいい。」

「……このままでは、近隣の村や街に被害が出てしまいます。」

「ふっ、大義の為の尊い犠牲だ。」

「……」


 カイサルと視線を合わせることなく、そう言い捨てるガードレッド。

 その顔は他を見下したようにも、嘲笑しているようにも見える。

 カイサルは無言のまま、言い様の無い鬱憤を溜め込んだよう表情で黙り込んだ。

 

 カイサルとガードレッド。

 同じく帝国の軍事を担う二人だが、お互いあまり親しくは無い。


 理由は簡単、カイサルが強すぎるからだ。

 

 ガードレッドも、勿論この帝国に居る手練れの一人だ。

 幼いころから剣に触れ、勉学よりも剣、社交界よりも剣の世界で育ってきた。

 現在でも、覇獣王(ガレオンナイツ)内で行われる定期訓練にも参加している

 剣術は北部流と帝国剣術共に上級を修め、学術院では軍事学を修めている。

 この能力だけで、一国の将と呼ぶに相応しいだろう。


 しかし、比べる相手が悪い。


 カイサルは、この大陸内で五指に入るほどの実力者である。

 数少ない鑑定術の使い手であり、属性魔法最上位の爆裂魔法を自在に操る竜級魔導士【指揮者(コンダクター)

 その存在は一騎当千、一騎当万と表現しても足りないぐらいだ。

 オルトウェラ帝国皇帝の名前を知らなくてもカイサル・スノウ・グリバーの名を知っている、という人間もこの大陸には居るだろう。

 その武威は、名声は、唄はこの大陸内に高く轟いている。


 だから、ガードレッドはカイサルの事が気に食わない。


 どれだけ武功を上げても、それは全て大陸剣議席序列第三位たるカイサルの実力ありきであるからだ。

 

 帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)に名を連ねる人間は政争に関わってはならない。

 

 つまり、ガードレッドの武威とは全く関係ないと見られてしまう。 

 むしろ、彼が燥げば燥ぐほど滑稽な道化に見える。


 早い話、ガードレッドの嫉妬による確執である。


 これにより、学院時代はガードレッドと親交を深めていたトーラスも、今はガードレッドと以前の様な絆は無い。


 銃を握れば子供も病人関係なく簡単に人を殺せるように、誰が玉座に就こうと帝国の矛は変わらない。


 これが、現在の帝国が内政に力を入れている理由の一つでもある。

 外部からの脅威は全て帝国軍に払ってもらい、自分たちは帝国の内政を固めるために尽力する。

 

 だからこそ、ガードレッドは今回のナルカン戦で大きな手柄を上げたい。


 百数年ぶりに帝国領土を広げ、オルトウェラに大きな利益を与える。

 自身の派閥に属する貴族たちに領土を与え、自信を支持する官僚たちには大きな利益を与える。

 ナルカンで発達している魔法兵器のノウハウを得ることが出来れば、魔法省の人間も抱き込める。


 その為、出来るだけ帝国軍を維持していたい。

 西部貴族軍が擦り減っている時に後ろから挟撃をして、こちらの被害を最小限に抑えてナルカンに侵攻したい。


 なんだったら、力の落ちた西部貴族を自身の傘下に誘い込んでも良い。

 帝国軍を使って介入してもいいだろう。


「何だ、軍務卿。まだ何か言いたい事でもあるのか?」

「……いえ。」

「ふっ、用が済んだなら早く下がれ。それとも、手柄が欲しくて抜け駆けでもするか?」


 ガードレッドは、カイサルを一瞥する事も無く蚊を払うように左手を振り、嘲笑う様な物言いをするガードレッド。


「……失礼します。」

「……」


 カイサルは微量の沈黙の後に元の場所へと下がって行った。


 

ーー 



 西部貴族軍とナルカン王国軍の戦線は苛烈を極めていた。 

 

 西部貴族統括である、麗雲(クレイド)公爵アルスロッド家当主のエルフリーム・クレイド・アルスロッドは、魔法省の長として法務卿の地位に就いている。

 

 魔導士としての実力で言えば帝国のトップは、無論カイサルだ。

 

 しかしアルスロッド家では、新魔法の開発から軍用魔法・生活魔法の研究、魔道具の製作とその活動は多岐にわたり、アルスロッドを出た者の大半が宮廷魔法士部隊に入るとも言われている。

 

 そして彼の家の功績の一つとして、御家お抱えの魔法士部隊があげられる。

 

 魔導甲冑から射出型魔道具・軍用魔道具を開発し、それを帝国戦術に落とし込んだ。

 

 銀雹(グリバー)を帝国の剣、王鎧(バティスマン)を帝国の盾と表現するならば、麗雲(アルスロッド)は帝国の杖だろう。


「あぁ、もう!国軍は何時になったら到着するのよ!?」

「それが、伝令の、報告で、あと数日ほど、かかる、そうっす……」

「数日!?そんなの待てるわけないでしょ!ナルカンの連中がすぐそこまで迫っているのよ!!」

「こちら、からも、そのように、伝えた、っすけど。」

「ああ、これじゃあ埒が明かないわ。直ぐに爺連中を集めて、ナルカンを迎え撃つわよ!」

「はいぃ!」


 此処は、ナルカン軍を迎え撃つためにメルべインの丘で待ち構えている西部貴族軍の陣営に建てられたテントの一つ。 


 テント前に立てられた旗には、深緑色の布地に生い茂る森林の中で荒々しい牙を抜き出しにする虎の刺繍が白糸で施されている。

 

 オルトウェラ帝国帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の一席、麗雲(アルスロッド)公爵家の家紋旗だ。


 中に居るのは、両の掌をバシッと勢いよく机に叩きつける少女と。

 その少女を簡単に包み込めてしまいそうなほどの巨漢の男。


 少女の名前は、エリノラ・クレイド・アルステッド。

 麗雲(アルスロッド)公爵の三女である。

 ミディアムほどの長さの飴色髪で三つ編みを二つ作り、後ろで一つ纏めにざっくりとまとめた髪型を金のヘアピンでとめている。

 真面目ちゃんを絵に描いたような鋭い目つきに黒縁眼鏡、そばかすのある顔つき。

 今回のナルカン防衛戦においての、西部貴族軍統括代理だ。  

 

 アルスロッド家の家紋の刺繍が入ったマントを羽織り、薄いミスリル製の胸当てと肘当て膝当てを装備し、貧相なボディラインがはっきりとしているパンツスタイルでキメている。

 ミニスカートの様な形状のフォールズ部分の鎧が、彼女に女性味を持たしている。

 

 歳は今年で20。

 普通の貴族令嬢ならば既に結婚して、子供を一人生んでいる年齢だ。  

 しかし、彼女には伴侶はおろか婚約者すら居ない。

 

 本人はかなり気にしている。


 単語を途切れ途切れに言葉を紡ぐ男の方はジョード。

 エリノラの従僕だ。

 短く切り揃えられた栗色のキノコヘアー。

 いや、嘗ての時代の宣教師へアーと表現したほうが適切だろう。

 彼がなぜあんな髪型になったのか?

 その理由を知るのは、エリノラ唯一人だ。

 年は25なのに……

 

 垂れ下がった目に、丸い口。

 純朴な田舎者、それが第一印象だ。

 口から顎に下にかけてフサフサの髭が生えている。


 体格をトーラスやガードレッドをプロレスラーと例えるなら。

 彼の場合、相撲取り上がりの総合格闘家だろう。

 とにかくデカい。


 前腕部から指先までミスリル製のガントレットを装着し、前半身を大きくカバーするための胸当てをつけている。

 

 エリノラに嗾けられてテントの外へ駆け出していくジョード。 

 

 残されたエリノラは、地形図を見てひとりで考え込んでいた。


 ナルカンをどうやって迎え撃つのか?

 迎撃するにもどうしたらいいのか? 

 

 アルスロッドは魔法士の家系だが、ナルカンも同様に魔法兵器の開発に長けている。

 西部貴族の先遣隊も、その未知の兵器にやられたかもしれない。  

 先遣隊の中には彼女の叔父や、異母兄弟もいた。

 彼らは皆優秀な魔術士たちであり、精強な騎士達だった。

 

 そんな彼らの代わりになって自分が西部軍の統括代理になるなんて、あまりにも責任が重すぎる。

 

 もっと適任な人間がいたはずだ。

 いや、実際に居る。 


 恐らく、実家の人間は今回の防衛戦の責任を自分に押し付け、体の良い相手と婚約させるつもりなのかもしれない。


 そんな事は、断固として許容できない。


 婚約者がいないことは、確かに気にしている。

 確かに、学院時代の友人たちが婚約者と結婚していく様を見つめる度に、虚しくなっているのも事実である。

 先日お茶会をした時は、既にお腹が大きくなっている友人もいた。

 憧れていた令息と結婚した友人のお腹が膨れているのを見て、彼女の心に闇が広がったのは言うまでもない。


 それも仕方がない。

 友人は、お腹よりも胸が膨れていたから。


 自分の胸を見つめた彼女の心に、再び闇が広がったのは言うまでもない。


 自分はお腹は疎か、パートナーのアレを大きくした事も無いのに。


 それでも、彼女にも守るべきものはある。

 純潔、信念、貞操、愛、願望……

 もっと違うものがある気がするけど、そんなの今は関係ない。

 実家の陰謀から回避できるだけの女の子らしい大義名分を掲げているだけだ。 


 とにかく、彼女は負ける事は出来ない。

 絶対に、負ける事は出来ないんだ。


「だぁああ!やってやろうじゃない、くそったれぇええ!!」

 

 彼女は淑女らしからぬ雄たけびを上げ、テント内の奥にある椅子に凭れ掛かった。

 そして、少しの沈黙の後に上を見上げ、ふと呟いた。


「早く来てください、私の王子様……」


 その顔は先ほどの粗野な顔つきではなく、離宮の頂上で夜空を切実に見つめながら助けを待っている、悪党に攫われた姫の様だった。 


 

ーー 

 

 

 オルトウェラ帝国西部に広がる草原地帯。

 

 メルべインの丘。 

 複数の丘が所彼処に隆起している特殊な地形。

 

 それぞれの丘の上に陣を敷き、互いに睨み合っている大軍が二つ。 

  

 深緑色の布地には、生い茂る森林の中で荒々しい牙を抜き出しにする虎の刺繍が白糸で施された大旗を掲げるのは、オルトウェラ帝国帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の一席麗雲(アルスロッド)公爵家。

 

 その後ろには、アルロッド家を筆頭に帝国西部閥貴族それぞれの家紋が入った旗が掲げられている。

 

 それぞれの防具から武器まで、身に着ける者によって違う。


 防具は中世時代ほどのプレートアーマー。

 夜中に一人で動いていたら怯えてしまいそうなデザインだ。


 使われている素材はそれぞれ違う。 

 鉄鉱石が使われているアーマー。

 ミスリルが使われているアーマー。

 関節部分に魔石が埋め込まれている重量級のアーマー。


 日本戦国時代の様な、特徴的な兜に。

 ドングリを逆さにした様な形態の兜。

 視界が晴れているのかいないのか分からない兜。

  

 ある者達は、鎧で身を包み馬に跨り。

 ある者達は、大楯越しに長槍を構えて。

 ある者達は、トンファーの様な形態をした装着型の杖を装備して。

 ある者達は、少数で軽装し。

 ある者達は、大剣を肩に掛けて。


 その数、約15万。


 皆所属する貴族家は違うが、その眼は全員が同じ標的を見据えていた。


 目視で凡そ、400メートルから600メートルほど離れているだろうか。

  

 初めは、その輪郭を捉える事すらできなかった。

 ただ、斥候隊の情報から前方から此方に向かって来る事だけは分かっていた。


 彼らは待った。

 現実時間にして、一時間にして二時間ほどだっただろう。

 彼らにとっては悠久に、或いは永遠に感じてしまうほどだった。


 それでも彼らは待ち続けた。


 彼らの中には、先遣隊としてナルカン軍と対峙した者達が居る。

 もしくは、ナルカン軍が帝国に残した噛み痕を目撃した者もいる。


 その惨劇を、悲劇を、戦場を見てきた者達だ。


 だから彼らは待った。

 その身の内で燃え続ける、消える事の無い憤怒の業火に刻まれる時を焼べながら。

 

 最初に見えたのは、ナルカンの軍旗だった。


 鍛冶仕事の為に必要な金槌。

 ワインの原材料になるブドウの形をしたロックルの実。

 神を信仰する者が身に着けるロザリオ。

 魔法兵器開発に必要な、精霊の羽ペン。

 冒険者が身に着ける、通常の両刃剣。

 それら五つを礎に、上に描かれているのは空の玉座。


 嘗て帝国に滅ぼされた四つの国の王族の末裔が所属し、冒険者という職が大きな人気を持つナルカンの特色を現した国旗だ。

 見える物はたったそれだけ。


 通常多数の国家の末裔が共存を果たしている国家なんて、気持ち悪い事この上ない。

 人間なら、いや王族という強欲な上流階級に住む者ならば、一度は今は亡き亡国の再建を望んだはずだ。 

 当然、ナルカン王族内でもそのような動きが過去に何度もあった。

 これもナルカンがまとまらなかった理由の一つでもある。


 ある王族は、玉座を狙う為にクーデターを起こし。

 ある王族は、自身の玉座を囲む大臣を亡国の末裔出身の者達で固めようとしたり。

 ある王族は、国の再建を帝国に約束させ国を売ったり。

 

 その度に彼らは問題を解決し、そして赦した。

 

 その全てを、忌まわしき帝国による策謀であると己を納得させて。


 そうやって国内が崩壊するたびに、国の絆は強くなる。

 そして悲劇の痕に燻っている種火たちは、全て残らず反帝国感情に飲み込まれていった。

   

 だから、彼等の中には嘗ての亡国の再興などというちっぽけな願望を望んでいる者などいない。


 ー唯、帝国に死をー


 その信念だけで己の肉体を鍛え、己の利己心を曲げ、あの旗の下に忠誠を誓った。


 それが、共生魔法軍事国家ナルカン王国だ。 


 軍旗から始まり、その姿は次第に段々とはっきりしていった。


 まずは人影。

 20万から25万ほどの大群がメルべインの丘の隆起を上がり下る様は、万物を飲み込む人の波を思わせる。

 

 その様子は、帝国とは違い統一されている。

 

 この地を蒸し暑く照らす日光を、深い緑の全身甲冑が黒光りに反射している。

 その鎧に形状の特徴は、まず肩当の部分がに斜め上に飛び出ている事だ。

 どこかの戦闘種族を思わせる。


 腕の部分は、十年以上年前に『古の大森林』で起きた大暴走(スタンピード)で国中を襲った、大量の死怪蜘蛛(アラクネ)の糸から作られた鎖帷子だ。

 機能性・通気性に長け、防刃・防魔法能力も非常に高い。

 

 ちなみに、死怪蜘蛛は危険度(ランク)Sの魔獣だ。

 ナルカン内で活動するSランクパーティが狩り尽くした際に、その素材のほとんどをナルカン王家が買い取った。

 大暴走による被害の復興よりも、素材を買うことを優先したのだ。


 兜の形状は、ドングリを逆さにした形状の鋼鉄製ヘルメットに、耳部分辺りから件の糸性のチェインメイルが、首を保護するように垂れ下がっている。


 魔法士部隊には、それぞれローブと杖が。

 ローブは対魔法性に優れ、着用者の魔術行使を補助してくれる。

 杖には、樹齢100年以上のドーハムの樹が使われている。

 古の大森林原産だ。

 使用者が魔術に使用する魔力運用を円滑にし、迅速な魔術行使と高度な魔力制御を可能にしている。


 魔法兵器部隊は、全長5メートルほどの魔術大砲を全部で五機運用している。 

 合成魔法や、大人数による特大魔法の行使に使われる。

 

 

 

 

 

 両軍が揃い、五分ほど経っただろうか。

 

 沈黙が殺意を呼び、殺意が熱意を呼び、熱意が湿気を飛ばし、この場にそぐわない気持ちの良い風が両者の間を通った。 

 心なしか、小鳥の囀りも聞こえてくる。

 

「エリノラ、様。なにか、言わない、っすか?」


 沈黙と暑さ、どちらか一方かもしくはその両方に耐えきれなかったのか、囀りを邪魔しないほどの小声でジョードが前方で構えているエリノラに話しかけた。


「し、静かに…こういうのは、大体先に話しかけたほうが負けるのよ。」

「はなし、かけなくても、うちはすでに、まけかけてるっす。」

 

 エリノラは最前線に立っているのに、その存在感をほとんど消している。

 それもそうだ、10万以上の大軍を率いて最前線に立っているとはいえ、彼女にはまともな軍役の経験は無い。

 学院での成績は優秀だった。

 魔術の成績は常に上位三人に入り、軍事学・政治学共に優秀な成績を修めた。

 

 しかし、そんなものが簡単に崩壊してしまうのが戦場だ。


 地元のイケイケプレイボーイが軍隊に入って、五年後心的外傷後ストレス障害になって帰ってくるのはよくある話だ。


 報告は聞いていた。

 想像はしていた。

 

 それでも、この重圧には敵わない。


「そ、それもそうね…それじゃ、拡声の魔道具を取ってこさせて。」 

 

 彼女が不安と恐怖を押し殺して、次の指示を与えた時。

 

「おい……あれ!」 

 

 先にナルカンが動いた。

 

 西部軍全員の視線がナルカン軍の方に集中する。

 

 ナルカン側から出てきたのは、大きな支柱が生えている台座だ。

 下には車輪が付けられ、縦横への移動が可能だ。


 しかし、そんな事よりも注目するのはその支柱に括り付けられている物だ。


 いや、者だ。


 帝国側からその姿をはっきりと認識することはできない。

 しかし、括り付けられているのが人間であることは明白だ。


「ッ…そんなっ……クソォオ!!」


 そう声を上げたのは、エリノラの近くに構えている【探索術】持ちの斥候隊の隊長だ。

 彼を中心にした半径1.5キロほどに存在する物体を、全て認識することが出来る。 


 常に冷静沈着を求められる情報職の彼が声を荒げるのは、非常に珍しいことだ。

 拳を握りしめ、親の敵を見るような眼光で前方を睨み付けている。


「どうしたの!?」 


 それに反応したのはエリノラ。


「…申し訳ありません……あそこにいるのはーーー」

『帝国の略奪者共に告げる……』


 答えを聞く前に、ナルカンが遮った。


『吾輩は、偉大なるナルカン三将軍が一人!!

 デドルーガ・キャッスル・イヴァシュコヴィツである!!』

 

 拡声の魔道具を使って、デドルーガと名乗ったのは台座の横で騎乗している派手な鎧を着けた男。


 人を刺し殺せそうなほど鋭利なカイザル髭に、大きく見開かれた眼。

 五角形の鼻に、額に大きな傷跡。  


 兜の頭蓋部はカブトムシの様に突出し。

 額から顔面部はM字型で鼻は隠れ、両眼と口の部分が露出している。


 鎧は、魔晶石とミスリル鉱石を特別な方法で錬成したアダマンタイト製だ。

 ナルカンにアダマンタイト製の鎧は、この鎧と王室に献上された二品しか無い。

 

 デザインは機能性重視といったところか。

 もしくは、単純にアダマンタイトが足りなかったのか。

 

 その変わり、装飾に凝っている印象だ。

 滅紫色(けしむらさき)のアダマンタイトに金のラインが入り。

 腰に刺さっている剣には、これでもかと言うぐらい宝石が埋め込まれている。

 

ナルカン(我々)は長年、帝国の強欲に苦しめられてきた!! 

 先祖は土地を奪われ、国を奪われた!

 子供は親を失い、男は友を女は恋人を失った!!』

 

 ガッガッ!!

  

 デドルーガの口上に合わせた様に、数十万規模のナルカン軍が一斉に、二度地面を蹴りつけた。

 

 地面が揺れた。


『なぁのに!!

 我等先祖の土地だけでは飽き足らず、次は我等の終点地まで奪おうというのかぁ!』

  

 大きな身振り手振りで、芝居染みた口上を上げるデドルーガ。

 

『貴様等は邪悪だ!! 

 魔に魅入られた悪神の使者だ!!

 ならば我等は、彼の御心を叶える為に剣を握り、悪を断罪する!!』

『『『オォオオオオオオオオ!!!』』』 

 

 騰げられた雄叫びがメルベインの丘一帯を揺らす。

 先ほどまでの重圧が、赤子の微笑みに感じるほどだ。

 

 この衝撃を受けている帝国兵の胸の内は、察するにあまりある。

 怒りを通り越せば呆れてしまうと言うが、これは怒りを怒りに呑まれたのだろう。


 先ほどまで彼等を支配していた怒りは、もう無かった。


『手始めに、この男からだ!』 

 

 デドルーガは勢いのまま、台座に括り付けられている者へ手を向ける。

 

 数十万の視線が集まったその先にいたのは…


『この男の名はアナリシオ・リアンス。 

 我々から奪い取った土地を占領していた欲深き侵略者だ!』


 アナリシオ・リアンス子爵。

 旧リアンス領の領主だ。

 ミディアムほどの金髪にウェーブが掛かっていたのが特徴的で、一時期は様々な令嬢達と浮名を流していた彼だが、今ではその見る影も無い。

 

 デトルーガは馬から降り、腰の剣を抜き、台座の階段を上がり、リアンスの元へ近づいていく。 


 何が起きるのか、全員理解していた。


 しかし、それでも隊列の中から彼を惜しむ声が方々から聞こえてくる。


 彼等はリアンス家に仕えていた騎士かもしれない。

 もしくは、その遠縁か。

 貴族界で面識があった者もいるだろう。


 その中には当然、友人もいる。

 彼を恩人と仰いでる人間も居るだろう。

 

 魔術の行使を試みた人間も居た。

 そして、それを泣きながら止める兵も。

 

 飛び出した兵もいた。

 追いつかれ、三人掛かりで止められた。


 何も出来ない、出来るのはただ空に慟哭をあげる事だけ。


 エリノラはいの一番に魔術の行使を試みたが、ジュードが止めた。

 

「離しなさい!どうして止めるのよ!!」

「飛び出せば、奴等の、罠に、嵌まっちゃう!」


 ジュードに諭され、ほんの少しだけ冷静になったエリノラ。

 しかし冷静になった分、質が悪い。

 

 自分が何も出来ない無力感が心に侵食してきた。

 台座の向こうから魔術大砲が、此方を睨み付けているからだ。


 今突っ込めば、確実にあの無機質な殺人兵器の餌食に成るだろう。 


 そう認識した彼女は、ただ睨みつける事しか出来ない。

 

 拳を強く握りしめる。


 赤い涙が零れるほど。

 

 全員、この光景を忘れるまいと。 


 

 嘗て、帝国貴族界で浮名を流した男の首が地面に転がった。



 それが開戦の合図だった。



「【防陣(ファンクション)】!!」 

 

 

 その声は何よりも響き、戦場に轟いた。  

 

 聞く者には恐怖を、またある者には勇気を与えてきた声だ。

 

 しかし不思議な事に、その声を放つ者はこの場にはいないはず。

 

 何故なら彼は、現在この地よりも遙か後方から此方に向かっているはずなのに。 

 

 だから、この場にいるわけでは無い。

 

  

 次の瞬間、ナルカンの隊列が横から崩れた。   

 というか、抉れた。


 魔法で造られた障壁は、ドリルの様な形状をしてナルカン軍へ深く突き刺さっていった。


 ナルカン軍は、民衆にスポーツカーが突っ込んだ様に、人が人を呼ぶ様に宙に舞っていく。

 鮮血と生首、悲痛と驚愕が混ざり合った表情を添えて。

 

 それはナルカンの腹の中から脱出し、丁度西部軍とナルカン軍を頂点に二等辺三角形が出来る位置取りの丘の上に構え、その旗を構えた。


 この地を蒸し上げ、燦々と照りつける太陽の下に現れたのは、それら一切を無視し優雅に佇む銀狼。

 

 銀雹(グリバー)家騎士団【銀雹狼】 


 仲間に勇気を、敵に戦慄を。


 オルトウェラの冬が、メルベインの丘にやってきた。



ーー



 【銀雹狼】がメルベインの丘に到着するまでの経緯を説明しよう。

 いや、経緯と呼べるほど立派なものでも無いが。


 ただ、トーラスを先頭に例の如く突っ走ってきただけだ。


 トーラスとガードレッドの遣り取りがあった時は、確かにメルベインの丘から三日ほどの地点の森林地帯にいた。

 当然カイサルは、いち早く戦場に駆けつける為にガードレッドに申し立てていたが、その全てを突っぱねられた。 

 

 結局その日は、森林地帯で野営をする事になった。

 戦場に着くまで、まだ何日か掛かるという事もあり酒盛りをしている兵士も何人かいる。

 20万規模の行軍はストレスが溜まっていくものだ。

 当然、息抜きも必要だ。


 そのまま一夜明けようとしていた時。

 

 行軍隊の中からトーラス・スノウ・グリバーと、銀雹狼第一師団の姿が消えた。 

 

 当然ガードレッドはカイサルを呼びつけて、この事態を責めた。


 命令違反・越権行為、責める材料は沢山ある。 

 

 しかし、そこでカイサルの口から出たのは帝国軍軍務卿としてでは無く、帝国筆頭公爵家の一席【銀雹公爵】カイサル・スノウ・グリバーからの言葉だった。

 

 帝国筆頭公爵家に許された権限。

 

 その一つ、他国との戦争権。

 帝国筆頭公爵家は、各家の裁量で名分と準備さえあれば、戦争を起こす事が許されている。

 

 今回の名分はもちろんナルカンによる帝国侵攻であり、そして銀雹狼はグリバー家直下の騎士団だ。

 帝国軍とは全く別の存在として、カイサル直下の独立友軍として行動する事が出来る。

 西部貴族への加勢を名目とすれば、戦場に参加することが出来る。


 これで、必要な名分と裁量が揃った。 

 

 流石のガードレッドも、これには返す言葉が無かった。 

 

 トーラス率いる銀雹狼第一師団は、探索魔導師を伴い【防壁(プロテクション)】の一段階上【防陣(ファンクション)】を使用し、森林地帯の雑木林を薙ぎ倒しながら西部の森林を横断した。


 【防壁】の場合は魔法障壁に使われた魔力が、その厚さと規模に均等に分けられる。

 前後左右何処からの攻撃にも対応することが出来る。

  

 【防陣】の場合はその魔力を前方に集中させ、前方の魔力障壁の方が厚くなる。

 より強力な衝撃や魔法に耐えることが出来る。

 

 トーラス率いる銀雹狼は睡眠をとる事無く、一寸先の闇を只管進み続けた。 

 始めは5000千騎、次に2500騎、そして1000騎、最後に500騎。


 ロケットエンジンを切り離す様に、馬を取り替えて第一師団精鋭の500騎が戦場に着いた。


 そして、メルベインの丘一キロ手前の地点に差し掛かった辺りで、例の演説が聞こえてきた。

 

 それを耳にした時、もちろん彼等は憤った。

 

 生まれた土地、育った環境、使える家、全員それぞれ違う。

 北部の騎士団に所属している彼等の中に、リアンス子爵と面識のある人間は居ないだろう。

 それでも、同じ帝国に住む仲間だった。


 しかし、耐えた。

 彼等は息を殺し、じっと耐えた。

 竜巻で吹き飛ばされなまいと、根を張り撓る若木の様に耐えた。

  

 リアンス子爵の首が地面に転がった。


 それが開戦の合図だ。

 

 今、この時がベストなタイミング。

 ナルカンの士気は高いが、明らかに油断している。


 自分達の興行が成功したからだ。


 連中は真正面に構えている西部軍に集中しているから、そこから外れた僅か500の分隊程度の連中なんて気にもしていない。


 魔導師の一人が探索術【隠蔽(ステルシング)】を掛け、ジリジリと距離を詰める。


 声を上げたのはトーラスだった。

 

 その声は戦場に轟いた。

 

 トーラスを先頭に、僅か500の小口弾ほどの塊がナルカン軍の横っ腹を抉り、ホローポイント弾の様に隊列内をぐちゃぐちゃにした。

 

 呆気に取られているナルカン兵を宙に飛ばし、慌てて剣を構えたナルカン兵を宙に飛ばし。

 その顔は、恐怖で塗りつぶされていった。

 自分が蹴ったボールの先に蜂の巣があった子供の様に、逃げ惑い絶望する者もいた。


 抵抗しようとした人間もいた。

 剣を振り上げ、槍を構え、詠唱を開始して。

 ある者は奇声を上げて飛びかかってきた。

 また、ある者達は徒党を組んで彼等の勢いを止める為に固まった。


 それでも、銀雹狼は止まらなかった。

 彼等を、鮮血と共に吹き飛ばした。

 彼等を、その願いと共に踏み潰した。


 奇声と叫び声と絶叫が木霊する中、只管突き進んだ。

 

 顔の殆どが兜で隠れているナルカンの装いだが、何故かハッキリと見える物があった。

 

 それは眼だ


 その眼は、残り数瞬に満たない己が人生を悔いているモノだった。

 抵抗を許されない暴力が、自分達に迫って来ている。

 

 彼等は願った。

 武功はいらない。

 賞賛も栄誉もいらない。

 英雄譚なんてもってのほかだ。 

 ただ、ただ、一度で良い。

 もう一度、家族に会いたい。

 もう一度、想い人と繋がりたい。

 もう一度、隣人と酒を酌み交わしたい。

 

 いや、その全てが叶わなくても良い。

 

 せめて、これ以外の死に方を選ばせてくれ。



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