章閑話:腹ぺこ楽士のエルフ 其の三
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「うっっっっまあぁああああああああい!!!!!」
『おいしい~!!』
『むほっ!!こりゃたまらんのぅ!!』
地鳴りで公爵家の屋敷を崩壊させるほどの勢いで、防音機能満載地下室の中を雄叫びで埋めるターラ。
それに続き、少年漫画の主人公の如くナベロ麦パン改め、ナベロパンを貪り尽くすロキとノート。
「ターラさん行儀が悪いですよ。こういう時は勢いではなく言葉で表現するんですよ。それにしても、今日のシチューは格段と美味しいね。ちょっと小麦粉変えた?いや、これは肉の味か?普段の北部兎の淡泊とした味わいとは違って、この肉は歯応えから違うね。ああ、ちょっと待って。こういうのは、自分で当てたいからね。うん、この歯応えと脂身は白乳牛の肉だね。まさか、バター、ミルク、肉の三段構えで攻撃してくるとは、北部の三種の神器が此処にあったのかーー」
「ユークリスト……何言ってんの?」
『あるじ、なんかへん。』
『こりゃ、ユークリストの病気じゃな。』
「あの、ユークリスト様。それは北部兎のお肉ですよ……」
「はうっ……!!」
いや、まずいぞ。
違う、美味いぞ。
思った以上にナベロ麦パンと北部シチューのコンボがヤバすぎた。
皆、俺の事を可哀想な子を見るような目で見ている。
小学生の時、『サンタさんはいる!!』と豪語した同級生にクラスの皆が、ああいう視線を向けていた。
こうゆうのって、相手の年齢が低ければ低いほど心に刺さるんだよな。
ロキの目を見てみろよ、本気で心配してる目だよ。
「コッコホン!!いや、知ってたよ。ちょぉっと、ターラさんのテンションに乗って上げただけだから。それに、スティアのシチューが美味すぎるんだよ。」
「ほっ本当ですか!?やったぁ!まだ沢山ありますからね!」
勢いで出た褒め言葉に反応したスティアが、両の拳を顎の下に持ってくる。
そして、満面の笑みを浮かべた。
所謂『ぶりっこポーズ』という奴だが、スティアの場合全然ぶりって無い。
元が可愛すぎるんだよな。
うん、鬼に金棒とはこの事だよな。
いや、それだとなんか物騒だな。
う~ん、巨乳に巨尻……
貴様……目を潰すと言っただろう!!!
あっ、ちょ、止めて下さい!!
ごめんなさい、ほんの出来心だったんです!
ちょっと魔が差しただけなんです!!
ユークリストは悪い子じゃないんです!!
……次は無いと思えよ。
ははぁああ。
ふう、理性との戦いは毎回キツいな。
しかし、なんだろうな。
ツンデレの束縛、みたいな感じかな。
束縛する時に、決まってデレるんだよな。
『他の子より、私を見なさいよ。』みたいな感じで。
まあ、答えが出ない事をごちゃごちゃ考えないようにしよう。
それよりも飯だ飯。
相変わらずスティアのシチューは最高だな。
「ほら、スティアも一緒に食べなよ。」
「いえ、私は良いですよ。その、最近お側に居なかったんですから、ごめんなさいも込めて作ったので。」
「いいから、ほらここ。」
基本的に地下室で食べる時は、皆で並んで食べるんだけど。
今日の場合はターラっていう客がいるからスティアが遠慮している。
俺としては止めて欲しい。
中華四千年の歴史に、デコピンで勝てるターラの友人の娘を顎で使っているなんて、あまり見栄えが良くない。
それに、俺はこういうのが慣れてない。
折角スティアが作ってくれたんだ。
フランクで居られる機会の時は、出来るだけ貴族っぽさを無くしたい。
「そーだよ!スティカリリア、君の作ったシチューは最高さ!君の母親のアスティリアが作ったグツグツ煮も絶品だったけど、このシチューも負けず劣らずの一品だよ!」
「ッ……!!お、お母さんの事も、もっと聞かせて下さい!!」
「もちろんさ!」
母親の話題が上がったのか、スティアは先ほどまでの控えめな態度を一変させた。
それにしても、アスティリアか。
絶対美人の名前だろ。
ラインハルトとアスティリカの娘スティカリリア。
美形家族だったんだろうな。
いやいやいや、グリバーだって負けてないから!
乙女ゲーのヒーローを渋くした系イケメン、カイサル。
お上品な聖母、マリアンヌ。
お姉様系美人の、フラムベリカ。
ワイルドガイの、トーラス。
ディ○二ーの王子様、バレット。
お転婆お姫様、ルルティア。
そして、黒髪碧眼にちょっと目つきが悪いのが玉に瑕だが、そこがまた見る者を魅了させる正統派イケメンへの道を堂々闊歩中!
オプションは甘々系、ツンデレ系、ホスト系、ちょっとクズ系、孤独なショタ系。
とにかく、女の子の好みに合わせてタイプ変更可能な背徳系イケメン!!
何を隠そう、この俺!!ユークリスト!!!!
話が脱線したな。
ていうか、グツグツ煮って何?
めっちゃ美味しそうなんだけど。
グツグツっていう擬音を使っているところが良いよね。
ツルツル麺みたいでさ。
気を取り直して、俺は【錬金術】の【変形】で自分の隣に空いているスペースの地面を触り、椅子上の突起を出す。
スティアは自分の分のシチューを準備して、席に着いた。
『はいすちあ!』
「ありがと、ロキちゃん。」
ロキがナベロ麦のパンを皿に載せてスティアに渡す。
「ユークリスト!おかわりだ!」
「はいはい、ありますよ。」
食い意地の張った祖森林族が突き出す器を受け取り、シチューの元へ行く。
「あっユークリスト様!わたしが!」
「いーよいーよ。温かい内に食べちゃって。ホント、それ最高だから。」
まあ、スティアが作ったんだけどね。
俺はシチューをよそうと、ターラの元へ持って行った。
「はいどうぞ。」
「あんがふぉ。」
持ってきたよそから浸し食いを始めるターラ。
よほど腹が減ってたのか。
というか、その身体の何所にこんだけ入るんだよ。
八歳児の俺から見ても結構な小柄なのに、フードファイター並に食べるな。
喰らってるって表現の方が適切なほどだ。
俺が席に戻ると、ターラは食事を一旦中止して布巾の様な布で口を拭い、飲み物(水)の入ったコップからグイッと飲み干す。
「ふう~。それじゃあ、どこから話そうか?」
「何でも良いです!何でも知りたいです!!」
人のやる気を削ぐ言葉に堂々とランクインする『何でもいい』に『何でも知りたい』とスティアの天真爛漫な笑顔を足すとここまでなるのか。
俺に言われたわけでもないのに、ちょっとやる気になる。
「ふむふむ。それじゃあ、まずは二人の情事からーーー!!」
「オイこら、なんちゃって森林族……」
青少女育成違反への抵触発言を即座に封じる為に、テーブルに置いてあった魔術銃をターラの額に向ける。
銃弾は入ってない。
さっき抜いたからな。
ただ、雰囲気だけはある。
このまま薬室を回してロシアンルーレットを始めそうな。
しかし、忘れてた。
今、目の前に居るこいつは、ローブの下が全裸の変質者だ。
こいつには目潰しをする理性は無いのか。
いや、あったんだ。
あったけど、こいつはそれに打ち勝ったんだ。
何たって中華四千年の歴史に、鼻クソ飛ばしだけで勝てる奴だからな。
禅って奴なのか。
「ちょちょちょ!!ユークリスト!冗談だって!冗談冗談!」
「……次は、目を潰しますよ。」
働かない貴様の理性の変わりにな。
「そのジョージさんは、どんな人なんですか!?」
「スティア、ジョージさんは皆の心の中に居るんだよ。」
子供の純粋な疑問に答えるのは難しい。
嘗て、ロキに童貞について聞かれた時もそうだったな。
『赤ちゃんはどうやって出来るの?』とか
『どうしてプロ野球選手になれないの?』とか
俺に子供が出来た時はどうしようか?
ま、その時考えよう。
「気を取り直して、そうだね、二人の馴れ初めから話そうか。」
「馴れ初めですか?」
「そうさ、君のお父さんとお母さんがどうやって愛し合ったのか、て感じかな?」
「わぁ!ぜひ、聞かせて下さい!!」
ちらっと俺の方を見るターラ。
うん、ベッドシーンを抜くなら許してやろう。
俺は目を伏せて、コクリと頷いた。
「それじゃあ、まずはね…………」
そこからは、スティアの両親についての話が始まった。
ターラの話によると、二人はノストラダーレの自治区で一緒に育った幼馴染みだったらしい。
そこから始まったのは、前世の俺なら唾を吐きたくなる甘々の青春ラブコメ。
ではなく、アスティリアによる完璧夫ラインハルト育成計画。
もとい、調教計画だった。
なんでも、自治区一番の美人だったアスティリアを巡って、村の青少年達の間で色々騒動があったらしい。
そりゃあ、美人は国境と倫理の一線を軽く越えさせるっていうからな。
確か前世の歴史でも、一人の女性を巡って三国が戦争を起こしたとかそうじゃないとか。
その中で、ラインハルトはどうだったかというと。
ファーストラウンドで脱落したそうだ。
おいおい、何やってんだよラインハルト。
ラインハルトの名前に申し訳ないとか思わねえのかよ?
イケメンチートの代名詞ラインハルトさんよぉ。
チートなんだよ!勝つ事こそがラインハルトだろ。
勝利と書いてラインハルトと読むのが定石だろ!
最強じゃないラインハルトはラインハルトじゃない!
しかし、そんなラインハルトに目を付けたのがアスティリアだったらしい。
事ある毎にラインハルトを焚き付けて死地に送り込んだとか。
ある時は、高ランク魔獣が闊歩する【アルトバルス山脈】へ。
ある時は、自治区一番のガキ大将の元へ。
ある時は、大暴走防衛線の最前線に。
ある時は、自治区のの騎士団長に。
ある時は、危険度Sの希少魔獣の捕獲に。
ある時は、【古の大森林】に春の時期にしか実らないフィアルの実を取りに行かせたと。
マジ何やってんの、アスティリアさん。
やってる事が、おっさんに貢がせるキャバ嬢とか変わらないからね。
いや、それよりも質が悪い。
おっさん達は自分達の稼ぎで、自分達の所得の範囲内で貢いでるんだ。
だけど、これはラインハルトの容量を完全に超えている。
言うなれば、身請け金を集めされる花魁のような。
いや、ラインハルトの名前を持つ者なら出来て当たり前なんだけどね。
でもこのラインハルトは、俺の知ってるラインハルトじゃない。
ファーストラウンド脱落のラインハルトには荷が重いって話だよ。
ラインハルトを顎で使うって、アスティリアさんやべえな。
ラインハルトに貢がせるって……ちょっと背徳感があるな。
まあ、そのフィアルの実を取りに行った時に、魔獣に襲われていたところをターラに救われたらしい。
つまり、ターラが居なければスティアはここに居なかったって事だ。
そして、ラインハルトは魔獣の餌に。
とにかく、そうやって只管死地に送られたラインハルトは着々と力を身に付けていったんだ。
そして、遂に聖教国の騎士団長との一騎討ちに勝利し、無事アスティリアと結ばれたらしい。
うんうん。
ラインハルトが成り上がり系の主人公か。
良いね!
ほら、完璧超人イケメンってヘイトも集まりやすいからさ~
こういう泥臭いラインハルトも。
良いね!
「それでね、あとから発覚した事なんだけど。アスティリアは、元々ラインハルトの事が大好きだったらしいよ。でも、周りの野次馬がうるさいから、ラインハルトには強くなって貰って、黙らせる必要があったらしいんだよ。アスティリアったら毎回毎回難題を吹っ掛けるんだけど、その度にラインハルトの事心配しちゃってさ。その証拠に、段々ラインハルトが男前になって、その度に女の子のファンが増えるんだけど、出来た側からアスティリアが全部潰していったんだ!!ホント凄かったよ!嘗て五十万の帝国軍を退けた五樹翁みたいでさ!!」
アスティリアさん。
モグラ叩きじゃないんだから。
でも確かに、成長形主人公はいつの間にかモテてるよな。
努力する姿に感銘を受けたり。
他の人間とは違う一面を見せられたり。
努力が実った瞬間を目撃したり。
そんな主人公に集る虫を撃退するのは、幼馴染みの役割だろうけど。
ちょっと、例えが悪すぎるよな。
多分だけど、五樹翁ってあれだろ?
大森林で五十万人の帝国軍の首を撥ねたって奴等だろ。
それと一緒にされちゃうなんて、ちょっと娘がかわいそ……
全然違った。
スティアがめっちゃいい顔してる。
目が燦々と輝いて、手が震えてる。
物語の見せ場を、競馬実況のテンションで言われてる時みたいに。
いや、三連単目前のギャンブラーのように!
カイサルの大陸剣議席話をした時のマリアンヌぐらいの雌顔だ。
いや、何か悟りを得たようにも見える。
え、ちょっと、だめだよ。
君は暗殺者とかになっちゃダメだよ!
それだけは、ユークリストが許さないよ!
海のように広い心にも、必ず底があるんだからね!
「ほ、他のお話はないですか!?」
「もちろんあるよ。えーとねぇ…………」
という話で俺達はスプーンを進めた。
スティアは終始興奮しまくりでさ。
目を輝かせて、『それで、それで』ってさ。
スティアが前に話してくれた、俺のイメージの中のルルティアに似てる気がする。
この顔が見られるなら、死地に送り込まれたラインハルトに共感しなくもないな。
ラインハルトもこの笑顔が見たかったのか。
うん、女に貢ぎ込むラインハルトも悪くないな。
それにしても、ワグには自分のルーツをなんて偉そうな事を言ったけど。
スティアには中々言いにくかった。
彼女はそのルーツ故に、彼の境遇に置かれたわけだしな。
しかし、こんな形でスティアが自分のルーツに触れられた事は思ってもみなかったな。
俺では、彼女のあんな顔は引き出せなかったからな。
今なら、あの腐臭に感謝だってしている。
こうやって、彼女の過去に彩りが戻れば良いな。
全部が戻る事はない。
それは分かってる。
寧ろ、思い出せば思い出すほど、探れば探るほど辛くなるだろう。
それでも、頑張って欲しい。
大した経験のない俺の勝手な願望だけどさ。
だって、彼女の顔を見てみろよ。
俺がこの三年間で見た中で、一番良い顔してる。
やっぱり、スティアには笑顔が最高に似合うな。
さて、ここでスティアの可愛さについて再確認しよう。
ここ重要だからね!
結構重要!!
先生ここテストに出すからな!!
ユークリスト大に受かりたければスティアは必修科目だからな!!
まずは、容姿!!
その容姿で一番目立つのは、彼女の種族である天翼人の代名詞である蒼髪。
その色は、快晴の空を切り取ったように鮮やかで美しい。
そして、瞳の色。
彼女の髪色を快晴の空と表現するなら、彼女の瞳は正に太陽!
その瞳は、陽の光を閉じ込めたように燦々と輝いている。
そして、鼻だ。
スティアの可愛い系の顔を邪魔しないシャープな鼻になっている。
かといって、潰れているわけでも鷲鼻のように主張しているわけでもない。
スティアの鼻と命名しても差し支えないだろう。
そして、口だ。
全体的に小さい口にその唇は。
薄くもなく分厚くもなく、しかしバランスが取れていると言ったらそうではなく。
若干、下唇の方が厚い。
口紅とかしたらもの凄くなりそうな予感がする。
メイクとかには一切知識がないから、コメントが変になってる。
続いて!!そのボディ!!
………………
ああ!!理性様!!お願いします!!
決して、決して心の中で彼女を辱めたいわけではないのです!!
私はただ、彼女の可愛さを世間に知らしめたいだけなのです!!
お願いします!!理性様のご意向に背く事は致しませんから!!
………ふん。
さぁて!!続いてはボディ!!
彼女はまだ十歳だから、おっぱいだのお尻だのの話はまだ早ーい!!
ここで伝えたいのは、彼女の骨格だ。
前世で言うところのイエベ・ブルベの話はよく判らんが、着る服全て似合っている!
確かに、顔の善し悪しが着る服を布切れにもブランド物にも変えるとは言うが、彼女の場合はそんな次元じゃない!!
例えば、服屋に行くだろ。
そこには、その店が売り出したい服がマネキンに飾られてる。
あれがそのまま歩いてるんだ。
自分が一式同じ服を買ったらなんだかイメージと違う。
そんな経験、皆さんありませんか?
しかし!!SUTIAの場合その心配が一切なし!!
なんてモノは建前だ。
実は密かに発育が始まっているらしい。
この前エリーゼに相談しているのをこっそり聞いてしまった。
ちなみに、ルルティアはまだ始まってないらしい。
スティアの物が新品だったからわかった。
貴様ぁああああああああああああ!!!!!
二度も見逃してまだ改心せぬかぁああああ!!!
ぐぎゃぁああああああああああ!!!!!
目がぁあああ!目がぁああああああああ!!
ーー
食事は終了し、スティアは自身の両親についてターラに質問しまくった。
ターラは、その全てに答えていた。
ターラの凄いところはされた質問に全て物語を聞かせるように答えていた事だ。
五千年とか生きてたら、普通いくつかの記憶の欠落があっても可笑しくないと思うんだけど。
祖森林族のハイスペックの中に完全記憶とか入ってるんだろうな。
ターラには客間を用意して、今日はそこで寝て貰った。
『ユ……………ト、…きる…じゃ。』
『…るじ…、お…てお………』
「ん……なんだよ。」
俺は例の如く寝起きが悪い。
俺は、趣味と睡眠を邪魔されるのが一番嫌いなんだ。
まあ、自衛隊の起床ラッパとかあれば別だけどね。
重要なのは、それを解っているはずの従魔がそれをした。
つまり、それなりの事が起きているという事だ。
「ん………報告……」
『えるふのひとなにかしてるよ~』
あのなんちゃって森林族……何やらかしてんだ。
『いや、アレは唄じゃな。』
唄?……ああ、確か、あいつ楽士とか言ってたな。
『うた……のーと、それなぁに?』
『唄とはのう。詩を音楽に乗せて大衆へ届けるモノじゃ。』
『わぁあ、あるじ~ロキもみたいみたい!』
『ふたりとも、ちょっと、しずかにして…』
寝不足に従魔達の楽しげな会話って、二日酔いに似てるな。
俺は目を擦りながらゆっくりと起き上がり、外出用のバスローブみたいなモノを羽織った。
スティアは隣の部屋で寝ている。
わざわざ彼女を起こすべきか、それとも一緒に行くべきか。
起こさない事に決めた。
彼女は今日両親の記憶に触れた。
今はきっと両親の夢とかを見ているかもしれない。
前世の友人も風俗は実体験と夢体験の時間差攻撃があるって言ってたしな。
いや、生き別れた両親と下らない風俗体験を一緒にするなよ。
まあ、とにかく夢の世界に浸っているスティアをわざわざ起こす必要はない。
「んじゃ……案内してよ。」
『おう、こっちじゃ。』
『こっちこっち。』
ノートに先導を頼んで、部屋を出た俺は暗い廊下を壁伝いに進んでいった。
階段を一つ、また二つと降りる度に眠気はすっ飛んでいった。
まあ、階段なんて降りなくても眠気なんてすっ飛ぶけどね。
俺達が向かった先は、舞踏会館だった。
丁度、敷地内で屋敷からかなり離れた位置にある。
警備上の関係だとも思うが、ここまで離れた位置に設置するかな。
ホントに同じ敷地内にある建物かよ。
高校時代、こういう移動教室があったな。
ちょうど、前の授業で寝てたんだっけ。
舞踏会館の前に差し掛かった辺りで、弦楽器の綺麗な音色が聞こえた。
なんだろう。
俺は、音楽が好きだ。
詳しくはないが好きだ。
この音色はギターの様に軽快に弾かれ。
ヴァイオリンの様な響きもある。
と思ったら、木琴や鉄琴の様に多数の音階がある。
何の楽器だろう?
俺の知識外の楽器が使われている事は解る。
森林族固有の楽器だろうか?
それとも、彼がこれまで見て回った国の楽器だろうか。
俺は好奇心を抑えられず、扉を開いてしまった。
静寂で包まれた安らぎの空間を満たしていた謎の楽器の音色にとって、扉の軋む音すらも雑音だと理解しているはずなのに。
抑えきれなかった。
夜に舞踏会館に来た事がなかったが、これほどまでとはな。
この舞踏会館の中心には、狼の刻印がされている。
そしてこの会館の構造は、月光が天井窓や壁窓、月がどの位置に差し掛かろうと、中央の刻印を月光が照らすように造られているんだ。
おそらくこの建物は、ロネイル時代の建築デザインそのままに造られているのだろう。
まあ、件の豚伯爵がそこに失禁したんだけどな。
あの時殺しとけば良かったな。
なによりも、その月光下で弦の多いハープの様な楽器を演奏しているターラ。
本来なら、刻印に足を掛ける事すら禁じられている。
狼の刻印を踏みつける事イコール公爵家への侮辱となるからだ。
まあ、そのおかげであの豚野郎は御家取り潰し寸前らしいが。
しかし、この場にはその指摘すら憚られる。
美しいという言葉ですら侮辱に感じるほどの神々しさ。
それは、先ほどの変質者ローブ姿ではない。
某谷に居るス○フキンのような、物語に出てくる妖精さながらの服装。
『おっきぃねぇ!!』
『あれは……なんじゃ?』
どうやら、博識で通っているノートにも何の楽器かわからないらしい。
これで、貴様は俺の腹の中にまた一歩近づいた。
雑音に気づいたターラは演奏を止め、此方に視線を移した。
「やあ、起こしちゃったかな?」
「いえ、それより演奏の邪魔をしてすみません。好奇心に逆らえなくて。」
「いーよいーよ。それに観客がいた方が、楽士は盛り上がるしね。」
「それで、その、それはなんていう楽器なんですか?」
「ああ、これ?これは僕が作ったオリジナルの魔道具だよ。」
オリジナルの魔道具。
それならノートが知らなくても無理はないな。
しかし、ターラは知識人であり、歴史家であり、魔道具師か。
まだまだ知らない事が沢山ありそうだ。
「へえ、凄いですね!!」
「そうなんだよ、これは僕が作った中でも中々の自信作でね。二百年前もドレファンの前で弾いて上げたんだ。」
ハープを優しく摩って、思い出を語るターラ。
その視線は、歴代公爵の肖像画が掛けられた壁に向けられている。
「ドレファン?当時の公爵ですか?」
「ああ、彼は酒が好きな臆病者だったよ。軍家の当主のくせに、音楽や芸術を好んでいたんだよ。まあ、そこが僕と馬が合ったんだけどね。」
軍家の当主を臆病者呼びか……普段ならそこに突っ込みを入れるが、彼の儚げ雰囲気に呑まれ。
いや、俺もその感傷に浸りたいと思ったんだ。
朗らかに笑うターラを見て、俺は前世の家族を思い出してしまった。
まだ八年しか経ってないが、向こうはどうだろうな。
わからないな………
というか、考えるのが少し怖い気がする。
俺は恐怖心を押し殺して、ホールの床に触れ、例如く【変形】で椅子上の突起を出した。
俺用、ロキ用、ノート用だ。
後で元に戻せば良いだろ。
「もしよかったら、一曲お願いできますか?楽士さん。」
「………もちろんさ。」
少し間を置き、朗らかに笑いながら、ターラはハープに手を掛ける。
端から端に指が流れる。
この音色だけで寝入ってしまいそうだ。
それは、水面に波紋が広がるように始まった。
この瞬間だけは、誰にも邪魔されたくない。
ー遙か彼方、豊潤実る森之宮、宝鉱実る山之宮、生命実る海之宮。
数多犇めく秘境、魔境、辺境に我等あり…………
唄はあっと言う間に終わった。
詩の意味はわからない。
と言うよりも、詩よりも演奏の方に聞き入ってしまった。
しかし、演奏を聞き入ったのに無意識に唄が入ってきている。
こう、数週間後に思わず口ずさんでしまうような。
そんな感覚だけどな。
歌声は、母親の子守歌や失恋ソング専門の女性シンガーのそれと似ても似つかないが、そのどれよりも聞き心地が良かった。
余韻に浸っていたい。
賞賛の拍手すら憚られる。
ターラは演奏が終了すると立ち上がり、優雅に礼を取った。
その動作は一切無駄がなく、音すら立たない。
「ご清聴ありがとうございました。」
俺は返事を返す事が出来なかった。
いまだ圧倒されている。
ペチペチペチッ
その静寂を破ったのは、隣で聞き入っていたロキだった。
身体の前で猿のおもちゃみたいに、ペチペチと拍手している。
いや、猿なんだけどさ。
『あるじ~すごかったすごかった!!』
ロキにもこの凄さが伝わったらしい。
『ブラボー!ブラボーじゃ!』
その隣でノートも翼を広げて賞賛している。
その様子を見てターラもニッコリ笑っている。
俺は二人の様子を見た後、立ち上がりゆっくりと拍手をした。
「す、素晴らしかったです。何がどうとか、言葉で伝えるのも憚れるぐらい凄かったです。」
「……ありがとう。それじゃあ、僕はこれで発たせて貰うよ。」
突然のカミングアウト。
「ッ……!どうして!?」
「僕は根無し草の放浪森林族だからね。誰かに送り出されてっていうのが苦手なんだよ。」
頭の後ろをポリポリ掻きながら、気まずさを誤魔化すように作り笑いをするターラ。
まあ、仕方ないのかもな。
彼にも、彼なりの事情って奴があるのかもしれないし。
「そうですか。スティアは悲しむと思いますけど、仕方ないですね。」
「あはは、確かにそうかもね。」
視線を下に逸らした。
そして【異空間収納】から変質者ローブを取り出して此方に近づいてきた。
その表情は少し儚げで、物思いに耽っていそうで、慈しんでいるようで。
その表情に差し掛かる月光が、様々な意味をもたらしている。
「これを君にあげよう。」
「え?結構です。」
変質者印のローブなんていらないよな。
「……君って結構ドライだよね。」
「その下に裸体があった事を目撃しましたから。」
「いーじゃん!祖森林族の裸体なんてレアだよ!プレミアだよ!!お買い得だよ!」
開き直りやがったな。
ていうか、お買い得って。
「とにかく!これは魔法耐性も付いてて、魔力を通すと着用者の身体特徴に合わせて変化するんだから、成長期の君にもお勧めの一品なんだよ!はいあげる!返品不可だからね!!」
「……まあ、有り難く貰っときますよ。」
ターラは押しつけるように俺にローブを被せた。
「ユークリスト。君の侍女と騎士であるスティカリリアとワグ君を見た時、僕は心が躍ったんだ。」
ローブに隠れてその顔は見えない。
「この五千年間生きてきて、この五千年間旅をしてきて。僕が一番楽しみにしている事はね、美味しい食べ物を食べた時でも、良い唄が思いついた時でも、友人に出会った時でもないんだ。」
声が少しずつ離れていく。
「僕は、歴史の分岐点に立ち会う瞬間が一番の楽しみなんだ!!」
その声は、快活に明るく。
「歴史によって本来、交わる事がなかった三人の人間がこうしてこの場所に集まった。そして、その中心にはユークリスト、君がいる!きっと、君にはこれからも災難が降り注ぐと思うよ。それでも、僕は君に勝って欲しい!その先が見たくて堪らない!」
なんだ、結局自分の趣味の話か。
この野郎、俺が自爆ベスト巻いた事知ってんのか?
二度とあんな事は御免だぞ。
「……いつか、また会ったら。その時は、君の唄でも唄って上げるよ……」
振り向いた先に、ターラの姿はなかった。
その後、俺達は私室に戻り再び眠りについた。
スティアはターラがいなくなっていた事にショックを受けていた。
まあ、そこは俺がカバーすれば良いかな。
ユークリスト先生のセラピーをしてやろう。
しかし、ターラの言った事が気になるようで、引っ掛かるようで。
何とも言葉にしがたい体験だったな。
ーー
ー後日ー
「あれ、これなんだ?」
厨房に料理をしに来た俺は、そのテーブルの上に謎の本を二冊見つけた。
本の表紙は【精霊とお喋りをする方法】と書かれていた。
実際に精霊と話す事が出来るかわからんが、面白そうな内容…………
全然わからん。
全部精霊文字で書かれている。
所々、帝国語で書かれている注釈的なモノを読めば、何とか読めるレベルだ。
中腹部分にメモが挟まれている。
『君の有意義な魔道具作りの一助にしてくれ。』
もう一つの本は『ワクワク君と作る魔道具』という本だ。
ワクワク君って。
まあ、とにかくこんなモノまで用意してくれたんだ。
感謝しないとな。
じゃあ、これもそれなりのヤツなのか?
壁に掛けてあるローブに視線が移った。
変質者ローブ改め、鉛色のローブ。
「ロキ、ちょっと見てくれる?」
『い~よ~」
ロキに頼んで鑑定して貰い、その結果が書かれた紙に目を通す。
「………………あのなんちゃって森林族。」
クソッタレあの野郎、やりやがった。
■ ■
名称 ゼッペンリッヒの外套
生産者 善神
効果 魔法耐性・不可視化
位階 古代魔導具
所有者 ユークリスト・スノウ・グリバー
■ ■
「あの野郎ぉお!!とんでもねえ爆弾置いていきやがってぇえ!!なぁにが耐性だ!!何だよ不可視化ってよお!!」
いつもの俺なら、跳び上がって喜ぶであろう一品。
何たって不可視化だぞ!!
男の子の夢が詰まった不可視化だぞ!!
しかし、そんな夢が全て吹き飛ぶ事実。
古代魔導具ってさ。
まじで、ヤバいヤツじゃん。
こうして、ターラは俺にとんでもない爆弾を残して何処かへ行った。
ーー
大陸剣議席。
そこにはある噂がある。
一桁議員に成る前の議員の元には、一人の客が現れると。
彼が正にそれだった。
大陸剣議席:序列第十位【九頭竜】ターラ・ノープット。
あらため…………
あと、もう一つ章閑話。予定しています。
それは、かなり後になるかも。
引っ越しするんで。
一旦お休みします。




