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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第1章~暁の産声~
25/63

章閑話:腹ペコ楽士のエルフ 其の二

いやほんと。

調子に乗って書きました。



「僕の名はターラ・ノープット。誇り有る祖森林族(ハイエルフ)に名を連ねる一人で、今はしがない旅の楽士をしてるよ。」


 どこから道を間違えてしまったのか?

 

 前世の趣味である料理を今世に持ち込む為に、ラーメン作りを始めようと街に出た結果が。


 野生の祖森林族に餌付けをすることになるとはな。


 マンバン風に纏め上げられ、一部のチョロ毛が額に掛かったエメラルドグリーンの髪。

 祖森林族を示す金色の桃花眼。

 上裸を見なければ女性と見紛うほどの美丈夫。

 

 ターラは俺の自己紹介を聞くと、腕を組んで右手で顎を摩りながら、俺の外見を上から下へ調べるように眺めている。

 

「ふむふむ、銀雹(グリバー)の人間でその髪と目の色を見る限り、先祖返りの類いかな?その上、従魔が悪魔猿(ディアマンク)曙光梟(ヒッポグリフ)かぁ。」

「!! わかるんですか?」

「もちろん、これでも齢は軽く五千を超えてるからね。大抵の事は一度経験済みだ。」

「え、五千も!ほっ本当なんですか!?」


 指のピント立てて得意そうに、胸を張るターラ。


 五千歳だと!という事は、この大陸の歩く生き字引じゃねえか!!

 もしかしたら、この世界のアレコレとか色々聞けるんじゃないのか!?

 おいおいおいおい、棚から牡丹餅!

 いや、パンで祖森林族を釣るとはこの事だ!!


 やべぇ、知的好奇心の大暴走(スタンピード)が収まらねえ。


「ふっふっふ、わかるよその顔。今の君の顔には『世界樹の雫の舐め回したい』と書いているのが読める。掌の上でココンの実を転がすように、僕には丸わかりなのだぁ!」

「はい!是非聞きたい事があるんです!」

「ふふふ、いいだろう……」

「おお!!では!」


 世界樹にはエルフの長い生で蓄積された知識が詰まっているとされ、そこから落ちた雫を口にした者は全智を得る事が出来ると言い伝えられている。

 それに触れる事はこの大陸中に存在する学者、魔法使い等にとってこの世の真理に近づく最も確実な方法として知られている。


 今、俺の目の前にはそれに等しい存在が悠然と立っているんだ。

 それこそ、腐臭が全く気にならないほど!


「だがしか~し!!そう易々とこの僕から知識を拝借できる訳ないだろう!この愚か者め!はーはっはっは!!」

「ぐぬぬ……この野郎。」

 

 ジョ○立ちの様にポーズを決め、何処かの小悪党並の大爆笑をかますターラ。

 クソッ!人が下手出ればいい気になりやがって!


 俺は苦虫を噛み潰した様な表情でターラを睨み付ける。


「ちなみに!!これは、ナベロ平原でお世話になったポポカ族で人を見下す時に使われている伝統的なポーズだ!!」

「ほう、ナベロ民族のポーズですか。」


 クワッと顔を顰めて自慢するターラ。


 そんな様子を俺の上で見てたロキは身を蘭々に輝かせ、尻尾をフリフリして俺の肩から飛び降りる。


『ロキもやる!!』

「おお!この良さが解るなんて、君の従魔は見る目があるね!」


 そう言ってターラと同じポーズをとるロキ。

 うんうん、あのポーズの良さが分かるなんて順調に俺の従魔として成長しているな。

  

 それに、あれが東部民族特有のポーズか。

 うん、やっぱり興味深いな。

 何を思って、あの形に行き着いたのか気になる。


 いや、そうじゃなくてだな。


「そんな事より、どうして何も教えてくれないんですか?」

「僕の知識を求める人間は、総じて愚かで欲が深く浅ましく傲慢だからさ。」

「ぬぬぬ……」


 まあ確かに、これだけ長い間生きていれば色んな人間にであったはずだ。

 その中には当然、糞野郎も居たはずだしな。

 経験値が圧倒的に多い人間には、流石の俺でも反論できない。

 悔しさで睨み返す事しか……


「あれれ~、黙り込んじゃってどうしたの?早く反論してきなよ~。もしかして泣いちゃったのかな?泣いちゃった!?そりゃあ悔しいよね!プ~クスクス!所詮貴族の子供なんてこんなモンだよ!早くお家に帰って、ママのおっぱいにでもしゃぶりついて慰めて貰いなよぉ!」


 こんのクソ森林族!!腹立つなぁ!!

 五千年も生きると性格に一癖や二癖あると思ってたけど、逆に幼児化するのか?

 

 俺の精神年齢がこの身体に引っ張られているのかどうか分からないけど、もの凄く腹が立つ。

 件の長鼻盗賊某を刺し殺した時以来の怒りだ。


『ユーリ!落ち着くんじゃ!』

『あるじーおこっちゃめだよ~』

『……うん、わかってるよ』


 従魔達からの念話で、ギリギリのところで堪忍袋の糸を繋ぎ直す。

 こみ上がる怒りを腹の中に収めて、冷静に話を進めようとする。


「でも、僕は貴方に食糧はあげました。その恩返しとして、質問に三つぐらい答えてくれても良いんじゃないですか。」


 そうだ、こっちには食糧の借りがあるんだ。

 食べ物の恨みは、女を寝取られるより重いと前世の友人が言っていた。

 きっちり取り立てさせてもうでぇ!!


「ふん!君に一飯の恩があったとしても、それは熱湯をぶっかけた事でチャラだよチャラ!アレもの凄く熱かったんだからな!」

「はぁ!それを言うなら!悪臭を漂わせた公害の罪でこっちに借り一ですよ!借り一!」


 自分の体臭を棚に上げて、手を不躾にヒラヒラと振るターラ。

 この野郎、まだその話を持ち出すつもりか?

 だったらこっちだって、言いたい事はまだあるんだからな。


「だーかーら!!アレのどこが悪臭なんだよ!?素晴らしきカルメラが香っていたじゃないか!カルメラが!!」

「どぉこがカルメラだ!!この腐香花(ヘルラフラシア)以下の放浪森林族!!」


 我慢が出来なかったんだ。

 というか、腐臭がぶり返してきたんだ。

 このクソ森林族が言うに事欠いて、またカルメラなんてほざきやがって!!

 マリアンヌが付けているカルメラの香水は、こんなモンじゃなかったぞ。


 俺が赤ん坊の頃、『ユーリにキツいかもしれないから』と言って控えていたが、俺が独り立ちした時に嗅いだカルメラの香水は最高だった!

 前世では香水に対して、あまり良いとは思わなかったがマリアンヌが付ける香水なら、喩え目の前のクソ森林族の腐臭だとしても舞踏会の花になる事は間違いないだろうが、こいつは違う!!


「あぁあ!!また言ったな!!祖森林族(ハイエルフ)であるこの僕に向かって腐香花なんて不名誉な侮辱を二度も!!二度だぞ!!大切な事だから二回言ったけど、どうやら君には身体に教え込まないと理解できないようだーー」

「おっと、そんな事言っちゃって良いのかな!?」

「なに?」


 激昂しこちらに襲いかかろうとしてくるターラ。

 しかし、そんな事俺が容易にさせるわけがないだろう。

 空中に居るノートを念話でこちらに呼び寄せ【異空間収納】の影の中に手を突っ込む。


「ふっふっふ、これが何か分かるかな?」

「そっそれは!!」


 俺が影から取り出したのは、残り一個になっているナベロ麦のパンだ。

 こいつが囓りついているのを見ていたからな。

 

 人間は三大欲求に勝てないように身体が作られているんだよ。

 目の前のターラは長寿の祖森林族だから、種の保存に直結する性欲は弱い。

 となると性欲が弱い分、食欲が増していると考えても可笑しくはない。


「祖森林族だかなんだか知らないが、公爵家御用達の北部シチューを食べた事はないだろ?」

「ふっふーん!甘いなちびっ子!北部シチューなら二百年前にたらふく食べたし!!当時の公爵ともツーカーの仲なんだからね!ツーカーの!」

「ハンッ馬鹿め!料理は常に進歩しているんだよ!二百年前と今じゃ、それこそ腐臭花とカルメラ草ぐらい差があるわ!!」

「なにぃ!!それほどまでかぁ!?」


 この世界に於いて、人間が他種族に勝てる所と言ったらゴキブリ並の数と料理の腕しかないからな。

 いや、人によっては色々あるかもしれないが、大体こんなモンだろう。

 

「まず!ホワイトルーに使用される小麦は中央領で作られた小麦が使われている。」

「中央領!あそこの小麦は良い香りがするんだよなぁ。」

「さらに!使用されるバターとミルクには、Dランク魔獣の白乳牛(ホワイトボーヴィス)の乳が使われている!!」

「はっ、白乳牛なんて二百年前にも使ってたね!!最低でも黒乳牛(ブラックボーヴィス)レベルの乳を使わないと、僕の舌を唸らせる事は出来ないよ!!」


 白乳牛は危険度(ランク)Dの魔獣だが、気性が大人しく家畜としてとても人気だ。

 黒乳牛は危険度Cで白乳牛の一つ上の魔獣だ。

 しかし気性は白乳牛に比べて荒く、通常の農家では扱えない家畜だ。

 まあその分、肉も乳も美味しいんだけどね。


「ふはっ!そこが甘いのだよ、なんちゃって森林族!!」

「なにぃ!!」

「白乳牛の飼料にはシーロルの実とコフコフ草が使われているのだ!!」

「なっ……!!なるほど、盲点だった……」

「ふっ、理解が出来たようだな。」

「ああ、甘さに定評のある二つの食材を飼料として使用する事で、その乳に更なるコクと甘みを出すという事だね。」


 シーロルの実は前に説明した通り、甘さがあってよくお菓子に使われる食材だ。

 さらにコフコフ草は香りが甘く、その香水は娼婦や娼館で多く使われている。


「その通りだ!!想像してみろ!香りと甘さとコクのある濃厚シチューにナベロ麦のパンを浸して食うのだ!!」

「ぐっ……想像しただけで涎が止まらねえよ!!見ろよ、膝が笑っていやがる!」

「どうだ!!これで、我の質問に一つぐらい答えても良いと思っただろう!!」

「ぬぬぬ……僕は誇り高き祖森林族のーー」

「誇りで腹は膨れんぞぉおお!!」

「ぐぬぬぬぬ……」

「ぬははっ!!さあ!えらべ!えらぶのだぁ!!」


 人は趣味について語ると雄弁になるというか、俺だって一応趣味にしている料理について語ると、そりゃあ雄弁になるに決まっているし、なんだったらちょっとノッて来た。

 調子に乗ってRPGのボスキャラみたいな口調になってる。

 

 ほら、なんかこうゆうキャラ居たよな。

 赤子に転生した元魔王とか、幼児の身体を借りたボスキャラとか。

 うん、こういうシチュエーションも悪くない。

 これが、アクターズハイってやつだな。

 

 ビバツ、異世界口上!!


 調子に乗ってた。

 ノートとロキがすっごい顔してこっちを見てる。

 ロキはまだ良いんだよ、何してるのって顔だからね。

 問題はノートだよノート、あの野郎遂に俺がイカれたかと言わんばかりの目をしてやがる。


 いいじゃん、俺だってこうゆう遣り取りしてみたかったんだもん。

 こちとらこの世界に来てから、誘拐されたり、自爆ベスト巻いたりしかしてねえんだよ。

 それに、俺の外見はまだまだ可愛い八歳児だぞ。

 ちょっと芝居染みたことやっても、年相応に可愛いモンだろ。

 

 よし、あいつの晩ご飯は抜きにしよう。


「ちなみに、三十秒以内に了承すると漏れなくデザートも!!」

「よろしくお願いします。」


 ターラは、身に付けていた最後の腰布を目の前に差し出し、掌を突き出しながら土下座した。

 森林族の最大限の礼を示す、例のアレだ。


 帝国歴七百十三年 六月。


 この日、恐らく俺は長い大陸の歴史の中でも初めて、祖森林族(ハイエルフ)の土下座を目撃した帝国人になった。


 ものすごく、綺麗な土下座だった。

 エメラルドグリーンの髪が美しく舞っている。


 ふっ、やはり美味い飯は種族を越えるんだ。 

 

「では、何か服を来て下さい。」

「よぉし、ちょっと待っててね!」


 ターラは土下座の状態から自分の影の仲に手を突っ込む。

 

「【異空間収納】が使えるんですか?」

「そうだ、君の従魔くんとお揃いだよ。」


 ターラは、そのまま【異空間収納】から鉛色のローブを出して身に纏った。

 うーん。

 ローブの中が裸体だという事を知っているからか、変質者にしか見えないんだが。


 しかし、やっぱり不憫なモノだな。

 理想はこうなる時点以前に、ロキの【鑑定】でターラの情報を洗いざらい調べるのだが、ロキにはまだこの段階は早いらしい。

 文字を書く事は出来る。

 写す事は出来る。

 でも、読む事は出来ない。

 文章の意味を理解して筆談する事は出来ない。

 

 この段階に入るには、まだまだ勉強が必要だな。

 しかし、これ以上どうすれば良いのかわからないな。

  

 最初は犬に芸を仕込む感覚だったけど、意思の疎通が取れるようになってからはなんだか厳しくし辛いんだよな。

 でも、このまま出来ない事をそのままにしておけば、いざという時に大事になりかねないからな。

 そうなったら、きっとロキは自分を責めるかもしれない。

 うん、もうちょっと負荷を掛けてみるか。

 餌のグレードを上げて、ちょっと厳しくする。

 それぐらいなら、動物虐待にならないだろ。

 よし、プログラムの見直しだな。


「よし!それじゃあ、ユークリスト。君に僕の道案内という大役を命じようじゃないか!!」

 

 ターラは、ニカッと笑い公爵家の屋敷がある方向を指さした。

 

「わかりました。その前に寄る所もあるので黙ってついてきて下さいね。」

「ああ!うまいシチューを期待してるぞ!!」


 こうして俺は、ターラを連れて予定していた買い出しの店に向かった。

 

 まずはナベロ麦のパンを売っている店に行って、無くなった分のパンを購入。

 プラスで各パンを十個ずつ買った。

 また、店主が壊れた猿の人形みたいになってたけど、金二枚で黙らせた。

 と思ったけど、さらに発狂した。

 仕方ないから「釣りはいらねえよ」と言って店を出た。

 店を出た後は、中央麦のパンをロキに半分だけあげた。

 ターラが涎を垂らしながら、後ろから覗き込んでたけど無視した。


 次に肉屋だ。

 どの肉でスープとるのが良いか判らなかった。

 だから、取り敢えず全種類の肉を鉄鋼鉛三個分ずつ買った。

 後は何だっけ?ゲンコツだっけ?

 まあ、それっぽい骨も買った。


 この世界にグラムとかの概念はない。

 だから、商人組合が出している基準である鉄鋼鉛を使って重さを量る。

 金額は大体、鉄鋼鉛一個あたりを肉の原材料となった魔獣の危険度(ランク)に応じて、段階分けした価格が設定されている。

 つまり、Dランクの魔獣の肉が銀貨一枚だったら、残りのDランク全て銀貨一枚だ。

 これは地域の需要によって変化し、毎年商人組合から発表がされている。


 北部はDランク魔獣が多いから、Dランクの肉の価格によってその年の経済が判るそうだ。


 ビッ○マックかよ。


 次に寄ったのは、八百屋だ。

 この世界の野菜は。

 白菜やキャベツ系の野菜を(グレン)

 玉葱や長ネギなどの野菜を(オニクル)

 大根などの根野菜をロット()

 などに、大きく分類されている。

 夏野菜とかになると、もうちょっと細かく分類されるとか。

 

 俺が買った野菜のリストは

 長葱に似た、オニクルウッド。

 生姜に似た、ジンロット。

 ニンニクに似た、ガリック。

 白菜に似た、ホワイトグレン。

 人参に似た、バーミロット。

 キャベツに似た、グリーングレン。

 もやしに似た、モッヤーシ


 まあ、思いつくのはこの辺りかな。


 いや、もやしはもやしのままかよ。


 何でも、初代皇帝が命名したらしい。

 こんな所で転生者の痕跡を発見するとはな。

 それなら全部統一してくれたら良かったのにな。


 そういえば、スープやらなんやらにリンゴを使っている店とかもあった気がするな。


 帰り道にもう一度、果物屋によってマフカの実を十個ほど買って帰った。

 後、酸味の強いユジルの実も十個ほど。



ーー


 

 屋敷の前に差し掛かると、衛兵に止められた。

 まあ、そうだよな。

 いくら俺とはいえ、素性の知れない怪しい森林族を連れてるなんて止められても仕方が無いな。


 まあ、ターラの場合はその外見だけでフリーパスだからな。

 

 帝国内で、森林族の怒りを買う事は御法度らしい。


 衛兵にはターラの事に関して口止めをして、そのまま屋敷の方に向かった。

 公爵家の敷地はデカいからな、門から屋敷までも結構距離がある。

 歩いて、そうだな、十分ぐらいかな。

 歩幅の狭い八歳児ボディの計算だけどな。


「ほお、二百年前に比べてずいぶん変わったね。」

「そんなに変わってるんですか?」

「もちろんさ!以前来た時は、五百年前のロネイル時代のデザインだったけど。今は三百年前のヴァルカッソ時代のデザインになっているね。」

 

 この世界における建築デザインの流行は、その時代で最も偉大だった人物の名前が使われる事がある。

 ロネイル時代の建造物は、ガラスを多く使っている事が多く、教会の神殿などはロネイル時代の建造物が多い。

 ヴァルカッソ時代の建造物はレンガを多く使い、一つ一つ個別に見るとパッとしないが、密集すると機能的美しさと総合的美しさを演出している。

 集合住宅の規則的な、スッキリとした余白のある美しさみたいな感じかな。

 まあ、公爵家(ウチ)の屋敷の場合は屋敷単体でも凄いんだけどな。

 

 ちなみに、今はカイゼマルク時代。

 現代的に言うと、ゴシック味が強いデザインが流行だ。


 帝都の帝城に行くと、各時代の流行に応じた離宮が建てられているらしい。


 博物館みたいだよな。

 うん、行ってみたいな。


「ターラさんから見て一番のデザインはなんですか?」

「う~ん、そうだね。僕的には鍛冶族(ドワーフ)の国の建築デザインが好きかなぁ。」

「鍛冶族ですか?」

「そ~なんだよ!【アルトバルス山脈】の中にあるんだけどね、一つの山を切り取ってその中に国を作っているんだよ!山の中を彫って住まいを造るから、山一つを使った彫刻みたいになっているんだよ!本来の形を映し出した自然美というか、とにかくあの光景を見た感動は今でも忘れられないね!」


 腕を目一杯広げ恍惚とした表情で、楽しげに語るターラ。

 確か『大陸に住む人々』でも似たような事を書いていたけど、この反応はマジで見てきた人の目だな。 


 前世でも、映画のキャストの挨拶付き試写会に行った友人が、その興奮を抑えきれないって様子で語ってたな。

 まあ、そいつは同じテンションで初の風俗体験を語ってたけど。


 しかし、やっぱり他の種族の建築方法は興味深いな。

 山一つ使って国を築くなんて、なんかロマンを感じる。

 うん、やっぱり旅には出るべきだよな。

 

 俺に責任とかそういうのが無くなれば、色んな場所を旅したいな。

 いや、そもそも責任とかもないかもしれない。

 だって、別に神託が下った訳でもないし。

 そこまで、責任感の強い人間って訳でもないし。


 うん、帝都の学院を卒業したら旅に出よう。

 これは決定事項だ。


 冒険者として日銭を稼いで、色んな地域の人間と交流するんだ。

 いや、最悪交流できなくても良い。

 ただ現地に行って、その場所の文化に触れたい。

 

「やっぱり、俺も旅に出たいな。」

『ロキもいっしょいく!』

『ワシは番い捜しに出るぞ!』 

「それがいいよ!人の生は短いんだから、限りある時間を有効に活用するべきだね!事ある毎に戦争なんて、ホント馬鹿げてるよ!」

「まあ、確かにそうですね。」


 放浪貴族のターラは、やっぱり平和主義者なのか。

 戦争は愚かな行為だと、少し人間を馬鹿にするような口調でぼやくターラに、こちらも同意する。

 ノートの奴は童貞を拗らせてるからな。

 一生そのままでも良いんじゃないか?


「おや、ユークリストは銀雹(グリバー)の人間だろ?軍家なのに戦争が嫌いなのか?」


 歴史を見てきたターラとしては、戦争批判をする軍家の子供は珍しいらしいな。

 

「戦場で残るモノなんて死体だけですからね。正直、名誉や尊厳なんてモノ、僕には理解できませんよ。」


 俺は戦争を経験した世代じゃないから詳しい事はよく判らない。


 でも、結果は知ってる。

 嘗ての日本は、その勢いで世界でも有数の植民地を得ていた。

 勢いのままあらゆる国を占有し、その脅威を世界中に知らしめていた。

 しかし、戦争が終わって見れば得た物なんて、放射能で汚染された土地と敗戦国という負い目だけだった。

 後は、戦争の被害者っていう謎の言い分(アベレージ(?))だけだったな。


 まあ、その結果。

 3Sの発展で漫画文化が生まれたんだけどね。

 どちらにも一長一短あるけど、戦争なんてせずに漫画文化が栄えた方が良いに決まってるよな。

  

「ふーん。ユークリストはずいぶん面白い事を言うんだね。ゴルベディ君みたいだよ。」

「ゴルベディ君?」

「帝国の初代皇帝さ!」

「しょだっ……!!」


 まあ、そうだよな。

 そりゃ知り合いだよな。

 五千年生きてるんだし。


 前世のベクトルで言うところの、小野小町やクレオパトラや楊貴妃に会ってても可笑しくない人だぞ。

 五千年って数字を舐めてた。


 中華四千年の歴史に一切の逃げ傷無し!!


 これにデコピンで勝てる人だぞ。


「初代皇帝は、どんな人だったんですか?」 

「彼はそうだね……僕が五千年間見た中で一番弱い人間だったよ。」

「……は?嘘つくなよ。」

「……君のその偶に出る、年齢らしからぬ悪態はどうにかならないのか?」

「いやだって、ターラさんが変な嘘つくから。」


 下手な嘘をつくターラに、ついつい素が出てしまった。

 

 だって初代皇帝は、転生者の主人公チート持ちの化け物だぞ。

 それが一番弱い?

 ハッ笑わせんなよ!へそで茶が湧くぜ!


「ほんとうだよぉ!ゴルベディ君は、武力に関して一切のからっきしだったんだから!現代に伝えられてる彼の功績のほとんどが、その配下の功績なんだよ。」

「はっ、じゃあ何かい?初代皇帝は部下の功績を掠め取るインチキ野郎だと?」


 安い酒場に出る横柄な情報屋のように、不躾な言い方で返す。


「まあ、そう言われちゃ彼も立つ瀬が無いというかね。まあ一つだけ彼の名誉の為に言うと、彼に功績を与えた配下の五人は、嫌々渡したわけじゃないんだ。いや寧ろ、初代皇帝のくせに功績がないのはどうなんだ、と配下の人間に言われてしまってね。彼自身断ったらしいんだけど、皇室の権威の為に仕方なくって感じらしいよ。だから、そうだね彼の唯一本当の実績は、あの五人を仲間にした事かな。」


 あの五人、部下の五人。

 帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の初代当主達が、その功績を各自分け与えたって事か。

 初代皇帝は、よっぽどの果報者か手柄を横取りする卑怯者か。

 同じ転生者だとシンパシーを感じている身からすれば、卑怯者だとは思いたくないな。


「まあ、誰かに言ったところで国家反逆罪に問われるだけですからね。話半分に聞いときますよ。」

「はあ、君は妙な物言いをするよね。本当に子供なのか?」

「このピチピチ八歳児ボディが、鍛冶族のような筋骨隆々職人ボディに見えますか?」

「いや、でも以前会った妖精族(ノーム)に君みたいのが居たよ。変装上手のイタズラ好きがね。」


 少し遠くを見ながら、懐かしそうに語るターラ。

 その妖精族がどうなったのか知らないが、彼にとっては懐かしい人なんだろうな。


『あるじ~ロキおなかすいたぁ。』

「もうちょっと頑張れば美味しいご飯が食べられるけど、それまで我慢できない?」

『おいしいごはん?』

「そうだよ、美味しいご飯!」

『ロキがまんする!』

「うんうん、ロキは偉いね」

『ふふん、ロキいいこ!』

 

 よし、調教は既に始まっているのだ。

 この調子で美味いご飯でロキを誘導して、筆談まで持って行ってやる。


「君は本当に従魔と仲が良いね。ボズボズみたいだよ。」

「ボズボズ?誰ですか、その人?」

獣之族(ディアバウト)の戦士ボズボズだよ。彼は、四足獣系のSランク魔獣を二十体も契約して一時期ヤヅナベロの覇者と言われ恐れられたんだよ。彼の寿命が百年有れば帝国は滅んでいただろうね!」


 夢物語を語るように物騒な事を言い張るターラ。


「そんなヤバい人が居たんですか?」

「ああ、獣之族は寿命が五十年しかないからね。その変わり繁殖能力が優れてるんだけど。」

「それで、結局そのボズボズって人はどうなったんですか?」

「ボズボズは老衰で死んだよ。そんで彼が死んだ瞬間にさ、彼と契約していた二十体の従魔が暴れ出してね!そのまま、彼の部族の九割が死んじゃったんだよ!」

 

 五千年を生きたターラにとって、死の概念というのは、何というか軽いな。

 俺で言うところ、鬱陶しいから蚊を叩いて殺したぐらいのテンションだ。

 まあ、実際に彼が殺したわけじゃないんだが。

 

 俺は五千年生きたわけじゃないから、ターラの気持ちはわからないけど。

 何というか………可哀想だな。


 前世で観てた海外ドラマに出てくる退役軍人に似てる気がする。

 戦場で仲間を失い、一人母国に帰ってきて仕事をするも続かずに、ホームレスになる。


 そうやって日々を消化している時に、嘗ての戦友であり親友だった男の婚約者と会うんだ。

 彼女との日々が仲間を失った男の心の傷を少しずつ癒やしていくんだけど。

 亡くなった親友への後ろめたさから、関係を進める事が出来ないんだ。

 女性の方は心の傷を埋める為に男を求めるんだけど、男はそれを拒絶する。

 そこで、女性の方が薬物とかお酒に嵌まってる事が発覚するんだけど。

 自分を受け入れなかった男の言う事を、女性が聞くわけでも無く。

 またそこで、溝が出来てしまうんだ。


 ここから先はわからない。


 そこまで観て、残りの論文を片付けたところで異世界(こっち)に来たからな。


 関係が進んだのか、それとも壊れたのか、何もしなかったのか。


 快活で剽軽とした表情の中に見える孤独。


 俺にはどうする事も出来ないけど。

 せめて、そうだな。

 彼の日常を彩る素晴らしき脚色になろうじゃないか。

 それこそ、貴族の得意文化だからね。



 そんなこんなを話しながら、歩いていたら屋敷に到着。 

 

 俺の様子を遠目に見ていた屋敷の使用人達が『ユークリスト様が客人を連れてきた』と広め、直ぐに使用人達がやってきた。

  

 モーセが割った大海のようにズラッと並ぶ使用人達。

 この瞬間だけは、本当に自分が公爵家の人間だと実感できるな。


「ひぇ~、すごいねユークリスト。一瞬で人ズラッと来たよ。」

「まあ、これでも公爵家の人間ですからね。皆~仕事に戻って良いよ!」

「「「「「はっ!!」」」」」

「遜られても退屈だと思いますが、美味いシチューの為に我慢して下さいね。」

「ああ、今まで僕に頭を下げてきた人間を積み重ねると、大陸が埋まってしまうからね。」

 

 ちょっと信憑性がある。

 

「ーーーユークリスト、客が来たと聞いたが。」 


 訓練場の方向から、聞き慣れているが最近聞いてなかった声が聞こえて振り返ると。


「ああ、ワグ。こちら、祖森林族のターラさん。楽士をしてるんだって。ターラさん、こっちは僕の専属騎士のワグで……って、あれ?」


 訓練場から来たのか、後ろにアルマンも一緒に居る。


 大量の汗をかいて……


 やめろ。


 しかし、俺がターラの事を説明したら、大きく目を見開き難しそうな顔をしながら立ち尽くしている。

 うんこにでも行きたそうな顔だ。


「ワグ、どうしたんだ?」

「彼は今、葛藤しているんだよ。」


 俺の疑問にターラが答えてくれた。


「葛藤?どうゆう事ですか?」


 即断即決でお馴染みワグを、ここまで葛藤させる何かがあるのか?

 

「彼等、東の戦士にとって精霊は神にも等しい存在だ。そして、精霊と対話が出来る僕ら祖森林族も、それと同等の扱いなんだ。だから、本来ならば彼は跪いて僕に平伏する必要があるんだけど……」


 ターラは俺の方に視線を向け、優しい笑顔を作る。


「彼には既に、主と仰ぐ人間がいるらしいね。」

「え?」

「つまり彼は今、神にも等しい僕と君を天秤に掛けているんだよ。彼の顔を見るだけで、君がどれだけ慕われているのか判るってもんさ。君も僕に礼を取る必要は無いよ。」


 そんな事になっていたのか!

 確かに、神と同等の扱いをされる気はし無い。

 少し嬉しい。

 いや、かなり嬉しい!

 最近、ワグに避けられてるかもって思ってたから、こんな風にネタバレを喰らうのは嬉しいな。


 ニヤリとワグの方を笑うと、ワグは不機嫌そうに口をへの字にしてそっぽを向いた。


 ツンツンツンツンヒロインがそっぽを向いた時、ちらっと真っ赤になった耳が見えたぐらい嬉しいな。


 ていうか、そんな事とうんこを同列に扱って御免な。


「ユーリィ!!お客様を連れてきたの!お姉ちゃんにどんな人か紹介しなさい!!」


 また別の方向から声が掛かってきた。

 この声にも勿論、聞き覚えがある。

 

「ああ、ルル姉も来たんだ。」

「なによ!お姉ちゃんなんだから当たり前でしょ!!」

「ふべっ!!ひょっと、ふふへぇえ」

 

 むんっ、という感じに俺の両頬を抓るルルティア。

 相変わらず痛いけど、身体強化を使わないだけマシだな。


 しかし、ルルティアも最近俺と会う回数が少なくなった。

 どうやら、スティアとよろしくやって…………


 やめろ。


 ロリ百合の需要なんて知らんし、身内と侍女だぞ。


 次こんな事考えたら、お前の目ん玉潰してやる。


 ルルティアの後ろの方を見ると、スティアがこちらに駆けてきていた。

 その手には、彼女の身体に対して標準的な弓が持たれている。

 スティアは俺の顔を確認すると、パァッと顔を明るくしたと思ったら弓を身体の後ろに隠し、顔を赤らめ俯いき失速した。

 ん?何かあったのかな。


 というか、あの弓。

 ルルティアの狩りに付き合っているのかな?

 ルルティアは、魔獣狩りの時に弓を使うって聞いてたからな。

 

 うん、スティアが活発になってユークリストは嬉しいぞ。


 スティアがこちらに合流するのを待って、ターラに二人を紹介する。


「ターラさん、こちらが僕の姉のルルティア姉さんで、こっちが僕の専属侍女のスティ、ア、なんですけど………どうかしましたか?」


 ターラは、こちらの紹介を全く聞いてないと行った様子で目を見開き、ある一点だけを見つめている。

 その視線の先には、我が愛すべき侍女スティアが居た。


「き、君は、スティカリリアかい?」 

 

 その口から思ってもみなかった言葉が出た。

 

「えっ、その……」

  

 手を若干、スティアの方向に伸ばし、脚をスティアの方向に進めながら問いかけるターラ。

 スティアはその様子をみて、少し怯えている。

 

 まずい!ターラがスティアに危害を加えるかもしれない。

 それを抜きにしても、対人恐怖症に近いものを抱えているスティアにこうゆう接触は、かなり負担になる。

 

 直ぐにスティアとターラの間に入ろうとするが、ルルティアが俺の手を掴んで行かせようとしない。


 ルルティアを睨むように振り返ったが、そこにあったのは此方を真摯に見つめるルルティアの顔だった。

 ルルティアが、なにを言いたいのかはわからない。

 でも、俺が今動いちゃいけないのはわかる。

 

 俺がその場に留まる事を選んだ。

 ただ、スティアを見つめるだけ。




 スティアは、亡霊のような足取りで近づくターラを見て、その表情は徐々に暗いものになっている。

  

 当然のことながら、助けを求める為にユークリストの位置を確認する。

 直ぐに見つかった。

 スティアがユークリストを見失うわけがない。

 見つかったのは良い、目が合ったのも良い。

 しかし、此方に近づいてくれない。


 どうして?


 いつもなら此方にいち早く駆けつけてくれて、私を護ってくれるのに。

 

 それに反して目の前の男は足を止めない。


 何で助けてくれないの?

  

 きっと、私がユークリスト様を遠ざけていたから、怒って助けてくれないんだ。

 

 ごめんなさい!

 もう二度と離れないから助けて下さい!


 ずっとユークリスト様の近くに居るからスティアを助けて下さい!!


 目尻がジワッと熱くなり、視界がぼやけ始める。

 直ぐに涙を拭って、手で目を擦る。

 

 このまま頭を抱えて蹲ってしまいたい。

 目を瞑って全てを拒絶してしまいたい。

 そうすれば、嘗て檻の中に居た時を思い出して安全だと思えるから。


 一度視線を切ったけど、もう一度見たら此方に来てくれているかもしれない。

 そんな一縷の望みを掛けて、再度ユークリストの方向を見るが動いていない。

 

 それでも私は、助けて欲しくて堪らなかったから、その顔を只管凝視した。


 こっちに来てくれない。 

 私の事が嫌いになったんだ。

 いや、置いてかないで。



 しかし、その顔は私を見放した表情では無かった。

 もっと違う何か。

 私がこれまで憧れていた何か。 


 ワグを専属騎士に誘った時の顔。

 ロキちゃんに文字を教えている時に、見せる顔。 

 ノートの事が書かれた紙を読んでいる時の顔。


 私にはわかる。

 

 あれは期待してくれている顔だ。


 今まで私に向けてくれなかった。


 期待してくれる顔。


 ああ、こんな気持ちになるのか。


 自分は今、ユークリストに期待されている。

 その事実と願望の混じった感情が、スティカリリアの中を埋め尽くした。


 そしてその結果。


 彼女の中に勇気の翼が生えた。


 スティアはユークリストを見て。

 彼の買ってくれたブローチを握って。

 もう一度ユークリストを見た後。

 その手をブローチから離した。


 両手でスカートの裾を摘まんで少しだけ上げ、右足を引いて少しだけ足を引く。


「ユ、ユークリスト様の、専属侍女の、スティカリリア、です。どうぞ、よろしくお願いします。」 


 震える声で、精一杯挨拶をするスティア。


 やべぇ、なんかちょっと泣けてきた。

 

 言葉に出来ない感動が自分の中を込み上げてくる。

 

 Fromルルティアハンカチをサッと取りサッと涙を拭く。


「ぐほっ、クセぇ!!」

「……なにしてるのユーリ?」

「い、いや、何でも無いよ。」


 忘れてた。

 こいつは、あの腐臭をふんだんに吸ってやがったんだ。


 折角の感動が何処かへ消え失せたところで、スティアの方を見る。


「やっぱり、スティカリリアなんだね……」


 ターラはスティアの事を知っている様子で、その場に跪いた。

 その顔は、母親が我が子を慈しむように、スティアに対して微笑みかけている。


「あの、私、なにも知らないんです。」

「そうだね。僕は、君が赤ん坊の頃に一度出会っただけだから。」

「え?私がですか?」

「ああ、そうだよ。君のお父さん……ラインハルトとは友達だったんだ。」

「お、お父さんの事を知ってるんですか!?」


 なんということでしょう。

 ターラの膨大な友達リストの中にスティアのお父様が居たのです。

  

 まあ、そりゃそうだよな。

 前世でも確か、知り合いの知り合いを五人ぐらい繋げば意中の人と繋がる事が出来るって言ってたからな。

 うん、一人ぐらい知り合いがいても可笑しくないよな。


 というかスティアパパ、ラインハルトって格好いい名前だな。

 何処かの騎士団長みたいな名前だ。

 もしくは、加護満載のスーパーチートヒーロー。

 うん、きっとスティアに似て綺麗なパパだったんだろう。

 何故なら、ラインハルトはイケメンに付けられる異世界ネームのダントツトップだからだ。


 いや、この場合スティアがパパに似てるのか?


 なんて事を考えていたのだが、スティアはそんな事どうでも良い。 

 目の前に居る男が、生き別れた父親の事を知る人物だったんだ。


「あのっ、お父さんが何処に居るか知ってますか!?」

「……わからない、御免ね。僕にもどうする事が出来なかったんだ。」

「そっ、そうですか……」


 スティアの切実な願いに答えられないターラ。

 本当に申し訳なさそうにしている。


 あんな顔をする人間が、公害指定くらいそうなほどの悪臭を撒き散らして領都を徘徊していたなんて考えられないな。

 

「でも、君が生きていてくれて本当に良かった。」

「はいっ、ユークリスト様が助けてくれました!」

「ユークリストが……」

  

 ここでターンが俺の方に戻ってくる。

 ターラは俺の方を振り返ると、立ち上がり此方の方に近づいてくる。 


 ターラは、垂れ下がっている俺の手を両手でがっちり握り、自身の額に近づけて祈るような姿勢をとる。


「ありがとうユークリスト。僕の友人の娘の命を守ってくれて、本当にありがとう!!」


 その言葉の熱量は、右手を握る両手の握力から伝わってくる。



 先ほどの発言を撤回する必要がありそうだ。


 この人はきっと、人の命が散る瞬間を沢山見てきたんだ。

 人間、森林族、鍛冶族、その他種族関係なく。

 その中には当然、彼の友人、恋人、師、弟子、それぞれ居たかもしれない。

 

 恐らく彼も、これらの現象に抗ったのだろう。

 本来世界樹に返すべき知識を知恵に変えて。

 この五千年間、ありとあらゆる方法を試して、そして諦めたんだ。

 

 いや、諦めていないのか。


 だから、楽士として旅をしながら人との繋がりを持ったんじゃないのか?


 最後の一縷の望みを掛けて。


 五年、六年経つのか………


 ノストラダーレで起こった虐殺事件から六年。

 

 きっと、あの事件がこの人の糸を切ったのだろう。

 五千年間繋ぎ止めていた糸が。


 どんなものなんだろう?

 五千年間抗うっていうのは。

 一体、何を見たんだろう?


 前世の人間なんて、石を手に入れた時点で殺し合って、二千年以上経った時でも殺しあいしてたんだぞ。


 そんな存在を五千年間、守ろうとしたのか。

 

 いや、そんな大きな事は望んでなかったはずだ。


 きっと俺と同じで、出会った人間だけでも守りたかったはずだ。

 それだけで良かったんだ。

 しかし、それができなかった。 

 きっと、その場に居なかったんだ。


 この人は、全てを守りたかったんだろう。


 それでも、失い続けた。


 俺ならきっと、最初の五ヶ月で諦めるな。

 

 

 俺は、彼の言葉に応えるように左手を添える。


 そう、添えるだけだ。


「これからも、僕が全力で守りますよ。溶ける事の無い氷に誓って。」 

「ふふ、溶ける事のない氷か。北部の人間の謳い文句だね。」


 ターラは此方に表情を見せずに笑う。

 その後、深呼吸をして立ち上がると、その顔には既にそれまでの重い雰囲気はなかった。


 寧ろ、イタズラを思いついた子供のような表情をしている。


「それじゃあ!!ご飯を食べに行こうか!僕は沢山食べるからね!」

「ええ、そうですね。」


 

ーー 



 屋敷の中に入った俺達は、まずターラを叔父に紹介して地下室に向かった。


 現在、ここのボスは叔父だからな。

 勝手に招待して、紹介しないなんて事にならないよう、しっかりと丁寧に紹介した。


 ターラは先ほどの遣り取りの後なのか、かなり機嫌が良かった。

 叔父も軽い挨拶をした後、執務室の方に戻っていった。


「君のおじさん気持ち悪いね。」

「何を言いますか?優しい叔父ですよ。」

「ええ、いやだって……」


 そこから先は聞いてなかった。

 というか、言われなかった。

 

 まあ、ターラは長い間人間を見てきたからな。

 叔父のように優しそうな笑顔をしている人間は、無条件に気持ち悪いのかもしれない。


 糸目キャラの裏切り者率が高い、みたいなものと一緒だろう。


  

 スティアにシチューをリクエストした。

 

 さて、スティアのシチューを待っている間に地下室観光でも案内してやろうと思って、ターラを地下室に案内した。


 ワグも誘ったんだけど、『鍛錬がある』と言ってアルマンと何処かへ行ってしまった。


「へぇ~、ここが君の秘密基地か~」  

「まあ、そんな感じですね。」

「これは、ミスリルかぁ。ふむ、これは何に使うんだ?ほう、これは興味深い。」

「乱暴に扱って、壊さないで下さいね。」


 地下室に入った瞬間、あれこれと物色を始めたターラ。


「なあ、ユークリスト。これは一体何に使うんだ?」

「ああ、それですか。それは魔術銃(リボルバー)の部品です。」

「りぼるばー?なんだいそれは?」

「……僕が作った魔導具ですよ。」


 ターラは部屋に散らかっていた魔術銃の薬室(チャンバー)部分を摘まみ上げて、下から覗き込むように観察している。

 その表情は、新しいおもちゃを見た子供のように少しワクワクしている。

 うん、『見たい』と伝わってくる顔だ。 


 仕方ないからノートを呼んだ。

 魔術銃は基本的に【異空間収納】の中に入ってる。

 薬室を外に出して、弾が入ってない事を確認し、グリップの部分をターラに向けて差し出した。

 

「へぇ、ユークリストは魔道具師なの?」

「いえ、精霊文字はわかりませんから。厳密には魔道具師じゃないですよ。」

「でもこれは、魔道具だよ。」


 ターラはあれやこれやと魔術銃を眺める。

 興味深そうに色々いじったりしている。 


 あっ、薬室を外に出した。


 今度は薬室を戻して、ロシアンルーレットをやるみたいに薬室をぐるぐる回してる。


 うん、そのカチカチカチって音が溜まらないよな。


 多分俺もターラに質問している時、あんな顔になっているんだろうなってぐらいキラキラしている。

 五千年の人生で、初めて触れるものだからな。

 少しでも、彼にとって素晴らしき脚色になっただろうか。


「ねえ、ユークリスト!これどうやって使うの!?」

 

 まあ、そりゃそうなるだろうな。


 こんなブツを目の前に出されてお預けを食らうなんて、VRオナニーぐらい虚しいからな。


「はあ、ついてきて下さい。」

「うん!」


 ターラを隣に併設している訓練場の方へ案内する。


 そして、ターラから魔術銃を受け取り、ノートの【異空間収納】から銃弾を取り出て、【水弾(ウォーターバレット)】の銃弾を取り出した。


「ちょ~と待って!それも見せてよ!」

「これですか?」

「うん、それそれ!!」

「……どうぞ。」

  

 ターラは銃弾を受け取ると、その底に彫られている魔法陣を見る。


「ふむふむ、ミスリルの弾の底に【水弾】の魔法陣を彫り込んで、上級魔法相当の魔力が込められているね。恐らく、このリボルバーを使って魔力反応の要領で魔法を打ち出す仕組みになっているのかな?」

「すごい……そこまでわかるんですか?」

 

 銃弾を見ただけなのに、その仕組みを完全に理解してしまったのか?

 

「ああ、それにしてもこんなものを作るって事は、ユークリストは内包魔力が少ないのかい?」

「ええ、悲しい事に五千しか有りません。」

「ごせっ!……ホントに貴族なのか?」

「わかってますよ!絶望的に少ないって事ぐらい。」


 クソッ、最近は気にしてなかったのによぉ

 こんな所でほじくり返しやがって!

 そりゃぁよ、五千年も生きた祖森林族にとって魔力総量五千の子供なんてよぉ!!


 ん?五千年生きた男と魔力五千の男?


 なんかシンパシーを感じるな。


「いやいやいや、別に馬鹿にしているわけじゃないよ。だって、僕の魔力三千ぽっちだし。」

「…………へあ?」

 

 突然の爆弾発言。


「だ~か~ら、僕は魔力が三千ぽっちしかないんだよ。」

「なん、で、んな大事な事言うんですか?」

「まあ、その変わりに特異魔法が九個もあるんだけどね。」

「はぁああ!!九個ぉおおお!!」


 おいおいおいおい、パンドラの箱空いちゃったよ!

 

 てへっみたいな感じで、口から核爆弾を落としたターラ。

 こいつマジで言ってんのかよ。

 

 はあ、なんで俺にはこうゆう奴ばっかり引き寄せられるんだよ?


 こうゆうところで主人公補正はいらねえんだよ。

 いや、寧ろ俺は平穏に暮らしたいんだから、主人公補正もいらないな。

 

 

「ユークリスト様ー。シチューをお持ちしましたよー!」

「ひゃっふぅ!来た来た北部シチュー!ほぉら、ユークリスト早く早く!!」


 スティアの声に反応して、リボルバーを机の上に置いて駆け出すターラ。


「……あの野郎。逃げやがったな。」



 俺の心は、ハリケーンが通り過ぎたように騒然としていた。


 

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