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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第1章~暁の産声~
24/63

章閑話:腹ペコ楽士のエルフ 其の一

あれ、こいつ休むって言っただろ? 

そう思った人、僕もそう思ってます。

合間のつもりで書いたのですが、何故か盛り上がっちゃって。

章閑話なので、まあいいかなと。


 八歳になった俺は、割と自由に領都内を歩けるようになった。


 まあ、俺の身分を明かさずにって感じだけどな。

 領都には、公爵家(グリバー)以外にも貴族はいる。

 大抵が、公爵家に仕えている下級貴族から上級貴族まで。

 領地を持たないが、公爵領の運営に必要な執務を行っている。


 その中には勿論、家族を持っている者もいる。

 というか、皆家族を持っている。

 持ってないのは叔父くらいだ。

 叔父は、愛する人を既に心に決めている。

 現代的観点から見れば、それはそれでありだと思う。

 貴族的観点から見れば、男性機能を疑われてしまうのか。

 まあ、どっちでもいいか。

 

 まあ、俺の容姿から見るに貴族ってのはバレるけど、公爵家所属だってのはバレないようにってことだ。

 バレると、自分で自由に生きたい場所に行けなくなる。

 束縛を受けること、それは自由を愛する俺にとって死活問題だ。

 だから、バレてはいけない。

 その対策として、一応外套の様な物を着込んでいる。

 俺の上等な服は周りには見えていない。

 でも、隠している物があるなら上等な物だと勘ぐってしまうのは人間の性だよな。

 目聡い店主の何人かから商品を紹介された。


 現在、俺は一人で領都の中を回っている。、

 あっ、勿論ロキとノートはいるぞ。

 あいつらは、常に俺と一緒だ。


 スティアとワグは件の魔獣狩りから帰ってから、お供をする時間が減った。

 ここ半年ぐらい、必要上の接触以外ほとんどの時間を各自で過ごしている。

 

 もしかして、嫌われてしまったのかな?

 二人ともよそよそしいというか、こそこそしているというか、各自で何かやっているらしいのだ。


 最初は、誕生日パーティかと思った。

 でも、今の俺は八歳児だ。

 この世界では、五の倍数に応じて誕生日を祝われる事が慣習となっている。 

 だから違う。

 まあ、五カ年計画みたいに長い年月を掛けて裏でこそこそやってるのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。


 知的好奇心溢れる俺は、二人に何をやってるのか聞いてみた。


 ワグは変わらずのポーカーフェイスを貫き沈黙を守っていた。

 訓練しているのは確かだ。

 俺のアルマンズブートキャンプが終わると、ワグはアルマンとどこかへ行ってしまう。 


 アルマンに聞いてみたこともある。

 でも、アルマンも沈黙を守った。

 前世で学んだFBIユークリスト捜査官の尋問方法を全て実践しても、あの男は一切吐かなかった。

 あいつは拷問を受けても情報を吐かない、軍人の鏡のような奴だ。

 どれだけ俺がお願いしても教えてくれなかった。

 この瞬間だけは、CIAの拷問方法を学んどけば良かったと思っている。

 上目遣いに愛嬌たっぷりのお強請りも、賞味期限切れを迎えている。

 

 いや、通じるんだよ。

 俺は順調にイケメンに育っている。

 今現在は、道半ばの幼さ残る可愛い男の子だ。

 だが、それ以上に内面の成長が著しいばかりか、それを周りの人間にある程度認知されてしまっている。

 そんな奴の愛嬌なんて、可愛いを通り越して気味が悪いだろう。


 ここで、尋問作戦は一度頓挫する。

 だから、尾行作戦に切り替える事にした。


 現場百編!張り込み!刑事の基本だぁああ!


 二人が何処に行っているのか付けてみたら、個別訓練場に行ってることが分かった。

 一体何をしているのか。

 密室で野郎が二人きり、いや密会をしている。

 いやいやいやいや、いやいやいやいや。

 え、マジ?

 

 いや、俺は現代的倫理観を持っている男だから、お前達のことは応援するよ。

 でもさ、仕えるべき主を置いて逢瀬を繰り返すってのはどうだろか。

 アル×ワグか、ワグ×マンなのか。

 いや、そっちの知識は無いから分からんけども。

 

 その日の夕飯は、何故か喉を通らなかった。


 

 スティアにも聞いてみた。

 スティアなら簡単にゲロると思ったんだけどな。

 思いのほか強情だった。

 俺がどれだけ聞いても、『ルルティア様に聞いて下さい』の一点張りだった。

 しかし、ダメと言われれば燃えてしまうのが男の性だ。

 少女漫画フェイスをフル活用して、壁ドンから顎クイまで使って問い詰めた。

 でも、後もう少しの所でエリーゼの援軍が来て連れ去っていった。

 ルルティアとお茶をしているって言われているけど、いまいち信憑性が無い。

 

 ここで、尋問作戦は一度頓挫する。

 だから、尾行作戦に切り替える事にした。

 

 現場百編!張り込み!刑事の基本だぁああ!


 つけることすら出来なかった。

 ルルティアの近くには、常にグロリアが居るんだ。

 俺みたいな七歳児は、簡単にグロリアセンサーに引っかかってしまう。


 色々試した。


 俺が地上から、ノートが空から、ロキが花に化けて。

 スティアの動向を探った。


 でも情報は出なかった。


 唯一の情報は、スティアが言った『レヴィアンナさんより可愛い女の子になります!』って言葉だ。

 

 どうやら、スティアはレーメンの街でレヴィアンナさんに感銘を受けたらしい。

 うんうん、あの腰付きの良さが分かるなんて、スティアは趣味が良いな。

 

 そこで分かったのは、二人が何かしら修行的な何かをしていると言うことだ。

 

 しかし、ワグとスティアが具体的に何をやっているのか全く分からないってのが結論だ。


 だが、俺は少年漫画の修行パート大好き人間だ。

 まあ、時代の変化と共に修行パートは廃れて行ってしまったが。

 つまり、俺は今回修行してきた二人の成長に驚くモブ役に回るって事だ。

 

 いやいやいやいや、俺は二人の主だよ。

 二人の成長を、只眺めているだけで良いのか?

 良いわけが無い。


 つまり俺のする事とは、二人の成長をさらに上回った師匠役。

 

 二人には、まだまだ俺には敵わないことを分からせてやろう。


 そう思ったが、正直やることが無い。

 体力面は、アルマンズブートキャンプのおかげで成長しているのは分かる。

 だが、魔法面となると話は変わってくる。

 

 俺にとっての魔法面での成長は魔術銃を作る段階で止まってしまった。

 

 確かに、魔術銃はものすごい発明だ。

 恐らく、この存在だけで魔導具の歴史を何世代か進めてしまっただろう。

 前準備が必要だが、どの属性の、どの魔法も、知識と見識とイメージがある限りどの等級までも発現することが出来る。

 大量のミスリルを必要とすることがネックであるが。

 前回カイサル達が帰ってきた時に披露したら、ものすごい形相で驚かれた。

 最初は、古代魔導具(アーティファクト)を手に入れたのかと驚かれた。

 次に、自分が作ったと言ったらさらに驚かれた。

 『これを軍に配備したらどうなるのか?』と不穏なことを言っていたが、製作に関しては俺が拒否した。

 

 銃は嫌いだ。

 でも、これが無いと自分の身を守れないからな。


 銃が持つ危険性をカイサルに刻々と語ったら、カイサルも納得をしてくれた。

 魔術銃の存在は秘匿してくれるらしい。


 親の理解があるってのはありがたいよな。


 色々考えた結果、今後の為に着手するべき三つの事が浮かび上がった。 


 一つ目は、新魔法開発の着手。

 

 魔術銃の利点は、銃弾に込める魔力量に応じて魔法の威力設定が出来る事だ。

 等級による魔力の変化は、

 生活魔法が100

 下級が500

 中級が1000

 上級が3000

 豪級が8000

 精霊級が20000

 竜級が50000

 神級が100000

 となっている。

 

 これは、相場の数字らしい。

 竜級もアレだが、神級になった途端、桁が跳ね上がったな。

 というか、神級の記録は無いから誰も知らないんだろう。

 

 生活魔法というのは、そのまま生活するのに必要な魔法だ。

 小さな火種を作るとか、簡易的な飲み水を出すとか、風を生み出すとか。

 そんな簡単な物だ。

 これに詠唱は必要ない。


 下級の魔法陣を彫り込んだ銃弾に、上級相当の魔力3000を注ぎ込むと上級魔法相当の魔法を行使できる。

 これが、魔術銃のミソなんだけどね。

 つまり便利な新魔法を作って、それに上位の等級の魔力を込めれば強力な魔法ができあがるって寸法だ。


 しかし、ここでもまた忌まわしき俺の少ない魔力総量が問題になってくる。

 魔力総量の少ない俺は、一日で何回も魔法を行使できない。

 つまり、何回もトライ&エラーを繰り返し新魔法を開発する為には新魔法の等級を下級に抑えないといけないって事だ。

 四節という縛りの中で、新たな魔法を作る。

 それが、俺の新たなミッションだ。


 新魔法の開発はパズルのような物だ。

 術の使用に適した詠唱、術の完成の鮮明なイメージ、術の行使に必要な魔力量。

 これらのピースがぴったり重なった時、初めて新魔法が完成する。

 

 俺の場合、イメージの部分は問題ないのだが、

 使用に適した詠唱というのがいまいち分からない。


 そもそも、詠唱がどんな風に考えられているのか全く分からんし、中二病臭い詠唱をするのは御免だしな。

 まあ、俺の場合は中二臭くても魔術銃を使うから詠唱は必要ないんだけどね。

 

 まあ新魔法を作るとなれば、後はどんな魔法が必要になるか考える事から始めるべきだよな。


 俺の場合、速やかに相手を倒せる魔法があるのが好ましいけど、ただの強力な魔法だけなら避けられる或いは、防がれて終わってしまう。

 つまり、裏手、嵌め手、搦め手、ネタ殺し、これら全てを使って相手に勝つしか道は無いって訳だ。

 そうなればどんな魔法が必要になるのか、また考えこむ時間が必要だな。


 二つ目は新兵器の開発だ。


 魔術銃を作るにあたり一番懸念していた事は、ミスリルの不足だ。

 如何にウチが公爵家といえども、ミスリルが湧いて出ているわけでは無い。

 いずれ尽きたり、無くなったりするかもしれない。

 

 そうなった時、魔術銃は単なる骨董品以下のガラクタに成り下がってしまう。

  

 だから、ミスリルが必要の無い魔道具の開発に取り組む事にした。

 しかし、魔導具を開発する為には魔道具製作に必要な精霊文字を学ぶ必要があり、さらに開発に必要なプログラミング知識なるものが必要だ。

 だが俺は、プログラミング知識に懸念は無い。

 前世では、テレワークに憧れて自室で全て完了してしまうプログラミング技術を身に付けていたからな。

 ある程度なら、この世界の魔道具製作に対応できるだろう。


 さらに、魔道具の製作に使用する鉱石の種類や量、配合を変えるとその魔道具の効果も変わってしまう。

 これが魔道具の奥が深い所だよな。

 ちょっと面白そうだ。

 

 魔術銃に勝るとも劣らない一品を作ってみせると豪語したいが、正直自信は無い。

 正直、新兵器って何を創れば良いのか全く分からない。


 三つ目は【錬金術】を上達だ。


 俺はこれまで【錬金術】の可能性について一切触れてこなかった。

 というのも、物質への知識が必要とされる科学的知識に全く理解が無かったからな。

 

 今の俺が使っているのは【変形】と【分離】だけだ。

 正直もったいないと思った。

 

 もっと、やれる事があるだろうと。


 鉱石への理解だけでは無く、ロキの【鑑定術】も使って薬品とかの製作にも着手できるんじゃ無いかと考えれば、また知的好奇心がうずいてしまった。


 久しぶりに、少し楽しみだ。

 

 魔術銃を作っていた時以来の興奮を感じている。


 上達すれば、二つ目の魔道具製作により良い何かをもたらす事が出来るかもしれない。



 さて、そんな俺がどうして街の中を歩いているのかというと、息抜きだ。

 

 うん、やっぱり勉強は苦痛を伴う物だよな。

 勉強の息抜きは大切だ。


 普段ならスティアとワグの二人を誘って連れて行く所なんだけど、折角頑張ってる二人を俺の勝手な我が儘で振り回すわけにはいか無いよな。

 街に出るって言ったら、スティアは付いてきそうだしな。

 折角、スティアが一人で歩くって決めたんだ。

 俺の勝手な都合で邪魔したらダメだよな。 

 

 ここ最近はそんな感じで、一人のんびり過ごしている。

 

 

 さて、俺の息抜きは何をするのかというと。

 

 前世では、漫画を読んだり、ゲームをしたりとインドアを謳歌していたんだけど、この世界には娯楽が無いんだよな。

 貴族の娯楽といったら、ワインを嗜んだり、宝飾品・芸術品を集めたり、乗馬をしたり。

 

 俺はそんなモノに全く興味が無い。


 つまり、前世を趣味を持ち越す事にしたってわけだ。

 しかし、前世の趣味で持ち越す事っていったら何があるか。

 悩みに悩んで、考えに考えた結果……

 

 料理に決めた。

 

 前世では料理が好きだったからな。

 基本的に部屋から出たくなかった俺は、全て部屋の中で片付けたかったんだ。

 それに、好きな料理を好きな時に好きなだけ食べられるというのは、やっぱり良いよな。


 別に、この世界の料理に不満があるわけでは無い。

 寧ろ、美味い。

 市井にどんな食事が回っているのか分からないが、公爵家の食事は美味い。

 やっぱり、魔力のおかげなのかもしれないが素材の味が良いんだよな。


 だからこそ、惜しい。


 この豊潤な素材をふんだんに使って、前世の料理やスイーツを再現する事が出来れば、さらに美味い物になるんはじゃないか。

 

 そう思った俺は直ぐに行動しようとしたのだが……


 使用人達に止められてしまった。


 公爵家の、というか貴族の人間に厨房に立たせようというのは、あまり対外的に宜しくないらしい。

 

 そこで俺は、地下室に厨房を作る事に決めた。

 勿論、一酸化中毒なったらいけないから煙突もつけた。

 

 地下室を作るのとは違い、煙突をつけるのは大変だった。

 場所が悪かったら、煙でバレてしまうからな。

 考えた結果、屋敷の裏口付近に排出口をつける事に決めた。

 如何に掃除が行き届いている公爵家の屋敷とはいえ、そう何度も裏口に人がいるわけじゃ無いからな。

 結論を出してからの行動の早さに定評のあるユークリスト君は、その勢いのまま煙突を作って、無事厨房を作る事に成功した。


 簡易的な厨房にした。

 竈には煙排出用の煙突と金網を取り付けた。

 そして、俺が自由に動き回れるほどの大きさの調理台。

 皿洗い用にちょっとした槽を取り付けた。

 その下には排水用にちょっとした出口も作った。

 と言っても、油とか生ゴミとかは流さない。

 うん、後は必要に応じて作っていけば良いかな。

 オーブン的なものも作りたかったけど、仕組みがわからないからボツにした。

 これに関しては、ちょっとずつ挑戦的に作っていけば良いか。


 さて、厨房を作ったら次は何を作るかだ。

 やっぱり地域に根付いた食事の方が良いよな。

 帝国北部に根付いた食事…………

 

 やっぱり、麺だよな。


 寒い土地には自然と旨い麺料理が生まれる。

 

 ラーメン、蕎麦、饂飩、何でもありだよな。


 まあ、問題はここが内陸だから海鮮食材を使えないって事だろうけどな。

 鰹節や昆布で出汁を取ったりとか、そういう事は出来ない。


 だから自然と、出汁は家畜類に限られてくるな。


 うーん、でもやっぱり饂飩や蕎麦にするなら海鮮系で出汁を取った方が美味しいよな。

 となると消去法で……ラーメンになるかな。


 うん、決まったならまずは買い出しだ。



『あるじーロキはあれたべたい!』

「ロックルの実か。いくつ欲しいの?」


 ロキは基本的に何でも食べるが、果物が好きだ。

 リンゴに似た、マフカの実

 酸味の強い、 ユジルの実

 葡萄に似た、ロックルの実 

 ベリー似た、ベリーの実

 甘さの強い、シーロルの実


 この辺りが北部で採れるメジャーな果物かな。

 ロキのお気に入りは、マフカの実とロックルの実だ。


『ふたーつ!』

「じゃあ、おじさん。ロックルの実を二房お願い。」

「あいよ。」

 

 ロキは少しだけ大きくなった。

 最初は幼児サイズぐらいだったけど、今では三歳児ぐらいのサイズがある。

 移動の時は基本的に、肩車の状態に収まっている。

 しかし、成長に伴って食事の消費量も増えた。

 頭は全く良くならないが、食べる量は増えた。

 仕方ないから今回の料理研究には、その食欲を利用させて貰おう。

 

『ユーリ、あちらから美味そうなパンが匂っておるぞ。』

『わかった。案内してくれ。』


 ノートにサイズアップはなしだ。

 移動の時は、基本的に飛んで移動している。

 建物の上から上へ、何か言いたい事があれば念話でコミュニケーションを取る。


 ノートはパンとかの小麦類が好きだ。

 他にはクッキーとかの焼き菓子も好きだ。

  

 ノートの案内に従い歩いて行くと、大通りから少し外れた場所に店を構えているパン屋を見つけた。

 確かに、良い匂いだ。

 この世界に来てからは、基本的に主食はパンだったからな

 五年間食べた所為で、ある程度良いパンって奴が分かるようになった。


 うーん、これは良い奴だな。

 香ばしい麦の香りが、俺の中枢神経に訴えかけてくる。


 ー俺を食えとー


「ああ、良い匂いがする。」

『じゃろう!早く買いに行くんじゃ!』

『わかってるから、急かすなよ。』


 ノートの催促を受けながら、店の中に入っていく。

 店のドアを開けると同時に、先ほどこちらに漏れていた香りが凝縮された強烈な匂いが鼻腔から入り、俺の中枢神経を刺激した。

 やっぱり、これがパン屋だよな。


 店内はレンガ造りになっていて、カウンターの方にパンが三段式の棚に並べられている。

 ランプ日当たりが良い立地に店があるのか、店内は全体的に暖色系にまとまっている。


「いらっしゃいま……魔獣!」


 店の店主は、俺の方を見るとその直ぐ上にいるロキの方に目をやると、驚いてカウンターの方に隠れるようにしゃがみ込んでしまった。

 どうやら、俺がロキに襲われていると勘違いしたらしい。


「心配いらない、僕の従魔の黒猿(エイプル)だ。絶対に暴れないよ。」


 店主が隠れている方向に向かって声を掛ける。


 黒猿は危険度(ランク)Eの小さな猿だ。

 イタズラ好きだが、基本的に木の実なんかを食べて生活をしている無害な魔獣だ。


 ロキの素性を偽っているのはいくつか理由があるが。

 こうやって初対面の人に恐怖心を持って貰わない為の、素晴らしき脚色だ。


「え、黒猿(エイプル)ですか?ほ、ほん、とうに、暴れたりしませんか?」

「ああ、大丈夫だよ。もし、この子が原因で何かあったら、僕の力を使ってこの店を大通りに移し替えたって良い。」

「お、大通り、ですか?」

「ああ、約束するよ。」

「そ、それなら、一応安心です。」


 店主はまだ疑いが晴れないような顔でこちらを見てくる。

 そりゃ、まだ疑うよな。


「先ほどのお話。坊ちゃんはどこか御貴族様と縁のある方なんですか?」

「まあ、そんな感じだよ。」


 店主はカウンターの方からこちらに出てきた。


 丸っとしたふくよかな体つき。

 糸目、丸鼻。

 絵に描いたようなコック帽を被り。

 オレンジ色のエプロンをしている。


 うん、こうゆう人が作ったパンは信用できる。

 そんな顔だ。

 

 ちょっと汗っかきなのが玉に瑕だが。

 

「それで、坊っちゃんは何用でござるましょう?」

「言い慣れていないなら、無理に遜る必要は無いよ。」

「それは有り難い。何分パンを作る事しかやってこなかったモノで。」


 店主は被っていたコック帽を脱いで身体の中心の方に持って、礼のような姿勢を取る。

 だが、俺はそんな店主の不自然な敬語を止めさせる。

 君等職人は客に対する誠意よりも、売っている物の方が重要だ。

 それに、相手の態度動向を指摘するほど俺も狭量じゃ無い。

 こういうフランクな態度で接して貰った方が、何かと楽だ。


 店主は、ホッとしたように笑顔になった。


「それで、パンを買いたいんだけど。」

「それは、有り難い。貴族の方に買って貰えたらウチも箔が付きます。」

「オススメを教えてくれるかな?」

「ええ、それでは。こちら、一番下の棚にあるのは帝国東部で採れた麦を使用しております。これは帝国内で最も使われている一般的な麦ですね。しっかりと弾性と粘性があり、焼くともっちりとした食感に仕上がっております。で、中段の方が中央領で採れた麦ですね。これは、近くに【古の大森林】があってその影響から土壌が少々特殊でして。そこで育った麦は少々香りが強いですが、その分焼き物や焼き菓子等に向いています。私としては、この麦で作られたパンが一番オススメですね。この店に漂う(?)香りの八割がこのパンから香った物になっております。それで、一番上の棚なんですけど………」


 好きな物の話になると人は饒舌になるというか、店主は先ほどの自信なさげな態度とは打って変わり快活な様子で語り出した。

 ……と思ったが、一番上の棚に行き着いた時に失速した。


「どうしたの?」

「いえ、その。一番上の棚はヤヅナベロ平原の方で採れた物なんですよ。」

「ああ、そうなんだ……」


 店主は少し自信なさげに答える。

 確かに、東部で採れた麦を使用していると言うだけで少し外聞が悪いのか。

 いや、別に俺としては全く問題が無いのだが。


「懇意にしている商人が仕入れてきた物なんですけど、何せ北部の人達は東部の民族に強い忌避感持っているでしょう?その所為で中々売れずに困っているのです。値段を低くしているので、其処に目を付けた人は買ってくれるんですが、あまり元が取れなくて……パン自体は外側がパリッとしていて、中が柔らかく浸し食いに適していて、私の好みなんですけど……」

「まあ、そうかもね。」


 浸し食いというのは、パンをシチューなどのスープに付けて食べる事だ。

 うん、確かに美味そうだよな。

 恐らく吸水性に優れているんだろう。

 そこまでパンの細かい事は分からないけど。

 恐らく、店主のお気に入りはナベロ麦を使ったパンなんだろう。

 でも、他の客があまり好まない事も考慮して、余り手が届かない冗談に設置してあるんだろうな。


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、各棚にあるパンを三つずつ頂戴。」

「ええ!?あの坊っちゃん。説明聞いてらっしゃったのございます?」

「だから、普通にしてて良いよ。」

 

 驚いた店主は、糸目を見開いてまた変な言葉遣いになってしまった。

 うん、面白いなこの人。


「それに、説明はちゃんと聞いてたよ。」

「その、ナベロ麦のパンなんて持って帰って家の人に怒られないですかね?いやですよ、ナベロ麦のパンを貴族の方に売ったって言って店にいちゃもんを掛けられるのは。」

 

 まあ、その当たりを懸念するのは当然だろうな。

 自分の趣味で作って、自分で食べるのは良い。

 でも、それを貴族家に所属する人間に売って利益を得たとなれば話は違う。

 そこに、反帝国思想だの東部支援だのの嫌疑を掛けられたら、店どころか人生の終わりだろうし。


「大丈夫だよ。この事が、この店の存続を脅かす事にはならないから。」

「ほ、本当ですか?」

「これに関しては、おじさんが僕をどれだけ信じるかの話になると思うけど。」

「私が、ですか……?

「そうだよ。まあ一つ言えるのは、僕は食べ物を陰謀の道具にはしないって事だけかな。」


 食べ物を陰謀の道具にするなんて、毒を仕込む次に嫌いな事だ。


 店主は爪を噛んでいないが、爪を噛むような位置まで手を顔に近づけて少し考え込んでいる。

 「いやしかし」とか「だったら」とか言いながら、一人でブツブツやっている。 

 やっぱり、この人面白いな。


「わかりました。お売りしましょう。」

「ああ、あとナベロ麦を二袋ほど下さい。」

「ぱいう゛ぁぴうvなぴんgぴあえんぷn!!」


 パンだけならまだしも麦もと言われ、パン屋のおっちゃんは言葉になら無い言葉で俺に訴えかけようとしてきたが、何て言ってるか分からないから返事も出来ない。


 さっき言われたおっちゃんの話を統合すると、恐らくナベロ麦は中力粉に分類される麦なんだろう。

 中力粉で作られたパンはハード系に分類され、シチューやスープのお供に合うんだ。

 中力粉は、饂飩や蕎麦のつなぎ、ラーメンの麺に適している。

 まあ、ラーメンの麺は帝国メジャーな強力粉でも大丈夫なんだけど。

 俺好みとしては、麺類は食感よりも喉越しを大切にする派だ。

 ツルッと腹の中に入ってくる、そんな麺の方が良い。


 大きく動揺している店主をどうどうと落ち着かせて、買い物料金と口止め料に金貨一枚を握らせた。


 店から出た俺は、中央領産の麦パン半分に割ってロキにあげて、残りはノートの【異空間収納】に突っ込んだ。


「どう?ロキ、おいしい?」

『うん!おいし~よ、でもすちあがつくったしつ~があればもっとおいしーよ。』

「ははっ、ロキはスティアのシチューが大好きだもんね。」

『のうユーリ、ワシにも、ワシにも一口くれんか?』

「わかったよ、ほら。」


 残りの半分から小さく千切って、ホバリングをしながらゆっくり下降するノートに向けて差し出す。

 ノートは嘴でパンを拾い上げて食べると、美味しさの余り空中で一回転する。


 ロキはスティアのシチューが大好物だ。

 でも、まだ舌足らずなのか小さい音が入った単語は言えない。

 念話でコミュニケーションを取るのに舌足らずとはなんぞや?

 と思うのだが、そういう物だと割り切る事にした。

 魔獣に人間の理を解いても仕方が無い。


『でもさいきん、すちあいない……』

『ワシはスティアの菓子が食いたいぞ!』

「そうだね、今度沢山作って貰おう。ロキはスティアに手紙を書いたらどうかな?」

『てがみ?』

「日頃のありがとうを伝えるんだよ。」

『うむ、それは良い考えじゃな。』

『うん!ろきかくよ~!』


 ロキはお馬鹿さんだけど、純粋な良い子だ。

 それに、文字をある程度掛けるようになったから、簡単な単語は書ける。

 もちろん、筆談は出来ない。

 ロキに出来るのは写し書きとかだな。

 目で見た物を紙に書き起こす事は出来るけど、書いたものの意味は分かってない。

 確かに、筆談が出来るレベルになるまで仕込もうと考えていたけど、そこまでするにはロキに教育ママ顔負けの指導をする必要がある。

 それは、俺の望む所では無いからな。

 ロキには伸び伸びと育って欲しい。


『おいし~ね、ノート。』

『うむ、ロキの言う通りじゃ。ユーリ、またあの店に行こうぞ!』

「そんなに美味しいのか?まあ、あのおっちゃんの心臓が耐えられれば大丈夫だと思うよ。」


 そんな会話をしながら、次の店に向かう。

 こいつらといる時は、基本的にこんな感じでほのぼのとしている。

 

 果物屋でロキのおやつを買って、パン屋で麺に使う麦を買って、次は肉屋かな?

 帝国北部には味噌も醤油も無いからな。

 という事は、豚骨ラーメン一択になってしまうな。

 豚骨か……醤油があれば焼豚(チャーシュー)が作れるのにな。

 でも醤油の作り方とかわからんし、麹とか発酵とか熟成よく分からないからな。


 いや、なんとなくは分かるんだよ。

 良い感じに腐らせれば良いんだろ?


 まあ、それ以外は分からないんだけどね。


 とにかく、決まったのなら次に行く所は肉屋に決定だ。


「次は肉屋に行こうか。」

『おにく~』

『………ちょいと待つんじゃユーリ。』

「ん?どうしたの?」


 次の行き先が決定した所で、ノートから待ったが掛かる。

 きっとこいつの事だ、また美味そうな店でも見つけたんだろう。


『いやのう、そこの路地を曲がった所に倒れとる人間がおるぞ。』

「レーダーに引っかかったの?」

『そうじゃな。』


 市街地を回るに当たって、ノートには新魔法を試して貰ってる。


 音魔法【反響探査(サーチソナー)


 簡単に説明すると、というか字面の通り、ソナー探知を主とした魔法だ。

 音魔法の魔力反射で物の位置を察知する魔法。


 丁度、市街地を歩くんだから良い練習になると思ってやらせていた事だが、余り結果は期待していなかった。

 しかし、まさか初手から人命救助の一助になるかもしれないとはな。


「そっか、じゃあ案内してよ。」

『こっちじゃ。』


 ノートに誘導を頼んで倒れている人がいる方向に向かう。

 しかし、こんな所で倒れている人間なんてホームレスか酔っ払いだろう。

 ちょっと確認したら、直ぐに見捨てて肉屋の方に行こう。 


 大通りとは反対方向の路地の方に行き、曲がった所に……


 それは居た。


「うっ…!?なんだこの匂い。」

『くさ~い。いやぁ~』

『先ほどのパン屋をひっくり返したような匂いじゃ……』


 それは、通りの中心で遠方から狙撃された糸切れ人形のように倒れ込み。

 如何にも浮浪者というのに相応しい布切れを身に纏い。

 先ほどのパン屋の香りをプラス百と表現するなら、こちらはマイナス百と言えるほどの異臭を漂わせている。

 鼻腔の奥を刺激する、酸っぱい匂い、明らかにこいつの体臭だ。

 鼻を摘まみながら匂いがキツくならない距離まで近づく。

 遠目からしか確認できない。

 しかし髪を洗っていないのか、嘔吐物のような髪色に若干碧色が混じっているのを見るに森林族(エルフ)の旅人だろうか?

 おいおい、森林族がこんな所で死ぬなんて縁起悪すぎだろ。

 それの上の方では、数匹の虫が旋回している。

 いや、集っている?


「…………多分この人は死んでいる。」

『あるじ~この人どうするの?』

「うーんそうだな。ノート、森林族の葬儀法とか知ってる?」

『おう、知っとるぞ。森林族は世界樹に魂を返す事を死者への手向けとしとる。本来なら、大森林の方に身柄を返すのが習わしなんじゃが、ここはあそこから大分離れとるからのぅ。』


 森林族は自身を、太古の時代善神から貰い受けた世界樹を育てる守り手であると認識している。

 そして、世界樹を育てる為には自分達が長い生で受けた経験と知恵が必要であると結論づけたんだ。

 だから死んだ後は魂を世界樹に返して、その更なる成長に身を捧げるっていうのが森林族の常識らしい。


 しかしこんな事まで知っているとは、やっぱりノートは博識だな。

 こいつは知識に翼を生やしたような奴である。

 しかし、その知識のおかげでギリギリ原形を保っているような奴だ。

 この知識がなければ、今頃俺の腹の中に入ってるからな。


「だったらどうするの?」

『そうじゃのう。まあ何処かに死体を土に埋めて、その上に大森林で多く群生しているセドロスの樹でも植えれば、最低限の葬儀にはなるじゃろう。』

「セドロスの樹かぁ、庭師のジョンに頼めば見繕ってくれるかな。」


 セドロスの樹は大森林に多く群生している樹木の一種だ。

 その、雌蘂に大量の花粉を蓄えているらしく、それも嘗て人間の侵攻を食い止めた一因だと思う。

 『一本生えていれば三〇本は得ていると思え』とはハルハット・トゥフォンの言だ。

 ゴキブリみたいだよな。

 まあその辺りは、公爵家または冒険者の人員を使って間引いていけば良いよな。

 

「それじゃあ、まずはこの匂いをなんとかしよう。このままなら、仮に埋めても直ぐにセドロスの根が腐り死ぬからね。」


 ノートに提案された葬儀方法を実践しようとする。

 まずはこの匂いからだな。


 左手で鼻を摘まみながら、右手を上げて生活魔法を使う。

 バスケットボール大の水玉を出し、その下に小さな火球を作る。

 アルコールランプでビーカーを熱する要領で、湯を沸かす。

 グツグツと音を立てる熱湯球を三つほど作った俺は、そのままそれを死体に向けて飛ばした。

 

 熱湯球は、小さな幼児が投げたボールほど速度で死体の方に向かい、ゆっくりと命中した。


「アッッッッヅァアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアギャアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 それは生きていた。


 幼児が投げたボールをベーブルースが打ち返すが如く大きく飛び上がり、悲痛の慟哭を上げながら身体のあちこちを摩り暑さによる痛みを紛らわせようとしている。

 暑さに耐えきれなかった森林族は、勢いよく着ている布切れを脱いで地面に叩きつける。

 叩きつけた布からこちらに、水飛沫の水滴が飛んできた。


 やべえ!!呆気に取られて気を抜いてた!


 俺は即座に五つほどの水球を出し、そのまま謎の民族舞踏のように暴れる森林族に向けて発射した。


 水球は五つとも森林族にあたった。

 ズブ濡れになった森林族は民族舞踏を止め、自分の身体に異常が無いのか確認しているのか身体のあちこちを触っている。

 一通り確認を終えると、ゆっくりと振り向きこちらの方を見つめている気がする。

 というのも、腰に掛かりそうなほどの長髪がズブ濡れになっている為、こちらから見れば貞○のようになっているのだ。

 この瞬間を切り取れば、ホラー映画のポスターに出来るほど気味が悪い。 


 こちらを確認した森林族は、こちらに考える暇を与えないまま駆け寄ってきた。

 その勢いは、さながら純血サラブレッドのような走り出し。


「!!?!おい!?にげ……!!?」


 命の危機に駆られた俺は、即座に魔力を体内に循環させ身体強化を施し、退路に逃げ込む為に振り返った先に………


 森林族は既に居た。


 はあ!おかしいだろ、ついさっき走り出したばっかだろ!?

 直ぐに他の退路を確認しようと、目線を移そうとするが。


 目の前の存在がそれを許さない。


 本能に訴えかけてくる感覚、こんな感覚獄妖狼(ゲヘナヴォルグ)以来感じた事が無かった。

 

 目を逸らした瞬間俺は死ぬ。


 ロキは威嚇の為に『フゥー』と猫のような唸り声を上げている。

 ノートは上空から、魔法でこちらを捉えている。


『やめろ!!手を出すな!』


 念話で二人に指示を飛ばす。

 これも、あの時と一緒だ。

 手を出したら、確実に死ぬ。


 森林族を見上げる。

 傷一つ付いていない、ものすごく綺麗な身体だ。

 体付きは、着痩せする細マッチョ系だが、肩の筋肉か腹筋までバランスの良い筋肉が隆起している。

 先ほどまでの異臭はまだするが、今鼻を摘まめば自分の命まで摘まれてしまう。

 その○子の様に前掛かった長髪の間から、此方を覗き込んでいるモノと目が合う。


 大きく見開かれ、血走っており、殺気が籠っているのが分かる目つきだ。


 ああ、自分はここで死んでしまうのか。

 スティアとワグは俺がこんな事になっている事も知らず、修練を重ねている。

 そんな時に俺の訃報が届けば、二人はどう思ってしまうだろう。

 自分を責めるだろうか?

 互いを責めるだろうか?

 やめてくれ、二人に責任はない。 

 俺が勝手に行動したのが悪いんだ。


 森林族は、身体を仰け反らせて大きく深呼吸をする。

 そのままヘッドバンキングをする勢いで迫りーー


「じょっぺかすがぁああ!!わぁーいきなんなんばしょっとか!?こんよくねずっときにあっかゆをひっかけおってぇ!!わぁーはおいをいなすきかぁ!!」


 何て言ってるのか分からない。。


「むぅこくっちょくすてもろちげーとっちょなよ!!こんもがつもんがぁああ!!んん!?ねずっちぬあんこつしーてわぁーどげしっけされちょんじゃあ!!わぁーそんなりゃいーぎのぺっこけ!?あーあーほいだらいーぎはすかぎゃってん!!ばちっこしぃにちぃさぬあさげっこつもねっぺかぁああ!!」


 何て言ってるのか分からない。


「こけぜゆーてんばっちゃめーごのひっこともんねっぺかぁあ!!」

「何言ってんのか分からねんだよぉおお!!」

 

 思わず大声を張り上げてしまった。


 はあ、俺は格上相手に逆ギレする事しか出来ないのか?


 俺の逆ギレを受けて我に返った森林族はハッとして、遠い所を見ながら深く深呼吸をする。

 そして、再び俺の方に視線を向ける。


「寝ている人間に熱湯を掛けたのに、貴族の子供は謝る事も出来ないのかな?」


 その目は先ほどの血走った目とは違うが、標準語に戻り冷静になった分こっちの怖い。

 これなら、さっきの方言ラッシュの方が良かったな。


 しかし、俺にだって言い分はある。

 目の前の森林族の言い分が何であろうと、俺の言い分の方が勝っている自信がある。

 

「路上に倒れ込んで虫が集るほどの異臭を発しているから、死体だと思ったんですよ。」

「むっ死体?それに異臭!?」


 森林族は、即座に自分の匂いを確認する為に右腋左腋に鼻を近づけクンクンさせている。

 おい、やめろ、死ぬぞ。


「これの何処が異臭なんだ!カルメラ草の香水よりも良い匂いじゃないか!!」 


 …………ああ、ダメだ、こいつ鼻が腐っていやがる。


 きっと慣れてしまったんだ。

 この鼻が曲がる異臭に。

 だから、腐っている鼻で腐っているモノを嗅ぐと誤解するんだ。

 マイナス×マイナスはプラスみたいに。


 カルメラ草は【アルトバルス山脈】の何処か極偶に生えている貴重な薬草だ。

 薬能は殆どないが、その香りは爽快感があり嗅いだ者を必ず振り向かせる事から、香水として貴族のご婦人方にとても人気である。

 マリアンヌもこの匂いの香水が好きだった。

 

 この異臭を、それと同種のモノだと感じるほど腐っているとは、ちょっと可哀想に思えてきた。


「ちょっと!なんだい、その目は!?」


 俺は眉を八の字にして哀れむような目で、可哀想な森林族を見つめる。

 

「こら!止めろぉ!!そんなに臭くないだろ!?そっちの従魔君も!!」


 鼻を摘まんで森林族と距離をとる。

 きっと、ロキも似たような事をしているんだろうな。


 森林族はこちらを指さしながら責めるように抗議しているが、そんな事どうでも良い。


 しかし、後退りしているのに一向に匂いが離れてくれない。

 もしかして、俺の方に匂いが移ったのか?

 おいおい止めてくれよ、くさやみたいな匂いなんだぞ!

 今日はこのまま帰って風呂場に直行だな。


 と思ったが違うらしい。


 俺が後退んだ先に、先ほど森林族が脱ぎ捨てた布切れがあった。


「ああぁあああ!!ちょっ!何してるのさ!?」


 だから、燃やした。


「環境問題を解決したんです。」


 汚物は燃やす事でしか解決できないからな。

 俺は今日、未来の環境問題を一つ解決した。


 いやあ、前世では環境問題とか興味なかったけど、こうして解決してみたら良い気分になるな。

 

 ボランティアとかする人間の気持ちが、少し分かった気がする。


「あ~あ、折角の一張羅だったのにぃ。あれは三百年前に、今は亡き亡国で作られた貴重は代物だったんだぞ!」

「あそこまで腐らせたら職人さん達も、もう十分だって言ってくれますよ。」

「だーかーら!腐っているとは失礼な物言いだね君は!?やっぱり貴族の子供だね!傲慢で浅はかな世間知らずの坊っちゃんには、その価値が解らないんだ!」

 

 腐っているという事実によほど目を向ける事が出来ないのか、いや鼻を向ける事が出来ないのか。

 森林族の男は、俺を貴族の子供とカテゴライズして責める。


「貴族の子供と言いますが、そちらがそんな物言いを続けるなら、こっちだって森林族(エルフ)の体臭は腐香花(ヘルラフラシア)よりも酷いと言い触らしますよ。こう見えて影響力だけはあるんです!」

「なっ…!?腐香花だとっ!?てっ訂正しろ!この僕ががあんな害花指定の精霊殺しと同じ扱いなんて、不名誉極まりない大恥だ!そんな汚名を背負ったまま御神樹様の元へ奉仕に向かうなんて事になれば、祖森林族(ハイエルフ)として同族に馬鹿にされ、子々孫々に汚辱として語り継がれちゃうだろ!さあ、僕を腐香花以下だと罵った発言を訂正するんだ!!」


 腐香花(ヘルラフラシア)とは、冒険者組合(ギルド)から害花指定されている、とんでもない悪臭華だ。

 嘗て、沼の危険自然区域(レッドエリア)に発生した時、あまりの悪臭から避難した大量の魔獣で大暴走(スタンピード)が起きたほど危険な魔花だと指定されている。

 

 しかし、この森林族めっちゃ激昂しているな。

 お湯ぶっかけた時より怒ってるんじゃないかってぐらい怒ってる。

 身体を仰け反らせ、頭を抑え、天を仰ぎ、あの手この手で感情を視覚的に表現しようとしているのか知らないが、その度に長髪が良い感じに舞って絵になっている。

 ケッ、これだから森林族は!


 というか、今祖森林族(ハイエルフ)って言ったか????


「いま、祖森林族っつったか?」

「そうだ!!僕こそ、由緒正しき祖森林族のーぎゅるるるるるるるるる


 意気揚々と上げられた名乗りを盛大な腹減り音が邪魔をする。

 森林族の男は口を開けたまま、その場に倒れ込んだ。


「おなかが、おなかがすいたぁあ……」


 先ほどまでの勢いは何処に行ったのか、へたり込んだ森林族はゾンビが空を掴むようにこちらに手を伸ばす。


『………ノート、降りてきてくれる?』

『本当に大丈夫なのか?』

『………まあ、大丈夫じゃないかな?』

『なにかあってもロキがあるじをまもるよ~』

『いや、全速力で逃げるよ。』

『むぅ~ロキできるもん!』

『わかったよ。ノート、早く降りてきて。』

『ほいよ。』


 ロキが抗議の意味も込めてなのか、肩車の状態から俺の頬を揉みしだいでくる。

 念話でノートに指示を飛ばし呼び寄せる。

 降りてきたノートに【異空間収納】を開かせて、先ほど買ったパンを三種類一つずつ取り出して倒れ込んでいる森林族の元へ持って行く。

 森林族は俺の足音を確認すると、蹲った状態から顔だけこちらに向けてくる。

 この場だけなら、完全にホームレスに餌をやる子供だな。


 いきなり襲われても敵わないからな。


 俺は上着からハンカチを取り出すと地面に広げ、その上にパンを三つ並べた。


 このハンカチ結構気に入ってんだけどな。


 白地に金糸と蒼糸でバルムッサの花の刺繍が施されている。

 これは、ルルティアが作ってくれた物だ。

 よし、最初に作るのは炭だな。

 匂いが取れるかもしれないし。

 いや、【分離】でどうにか出来るかな。

 

 パンを並べ終わった俺は、そのまま後退ろうとした。


 一歩目を退く前に、パンに齧りついた森林族。


 そのまま一つ、二つ、三つ平らげてしまった。

 

「うっまぁあああい!!」

 

 森林族は天を仰ぎ、その喜びを身体で目一杯表現する。

 その喜びは、冤罪でぶち込まれた刑務所から脱獄したかのようだ。


「もっと!もっとないの!!出来れば、ナベロ麦のパンが良い!!」


 この森林族め、おかわりを要求するとはなんて厚かましいんだ。

 しかも、リクエストまでしやがった。


 溜息をつきながら、ノートの【異空間収納】からもう一セット取り出す。


「はい。これで終わりですよ。」

「おお!ありがとうごふぁいあう」


 俺が言い切るよりも早く詰め寄ってきて、颯爽とパンを奪う森林族。

 そしてそのまま、ありがとうございますの『ま』の時点で口の中に放り込みリスのように頬張ると、勢いよく咀嚼を始める。

 

 こいつ、路地で寝てたのは単純に腹が減ってぶっ倒れただけじゃねえのか?


「くっはぁああ!!やはり、ナベロ麦のパンは最高だ。固めの食感に外側がパリッとしていて美味しいぃ!ああ、でも本音を言うと、ここに北部シチューがあれば文句がないんだけどなぁ?」

「そんな物、此処にあるわけないでしょう。」

「ぐぬぬ……やっぱりそうか。」


 この野郎、人様に食べ物集っといて、おかわりにリクエストまで付けて、その上注文だと!?

 

 なんて厭らしい森林族なんだ。

 

「それで、貴方は誰なんですか?」

「人に名前を尋ねる前に、まず自分から名乗るべきだぞチビッ子。」

「食糧を恵んでやった上に名を名乗れと?」

「僕の名はターラ・ノープット。誇り有る祖森林族に名を連ねる一人で、今はしがない旅の楽士をしてるよ。」

「あっさり言うんですね……」

 

 やっぱり、食べ物の借りは人種と世代を超える。 


「僕の名前は分かっただろ。さあ、君の名を聞こうじゃ無いか!?」


 森林族改め、ターラ・ノープットは立ち上がると快活に笑い、生活魔法なのか何なのか分からないが、腰にまで掛かりそうな濡れ髪は直ぐに乾いて、髪に触れる事なくマンバン風に器用に纏め上げる。

 ゴムを使ってないのにどうやって纏めているから、ものすごく仕組みが気になる。

 これまで髪の毛に隠れて詳しく見えなかったが、前髪の一部が纏まっておでこに掛かっている様を見るとかなりの美少年だというのが分かる。

 鋭い耳は下の方に垂れ下がり。

 この目で上裸を見ていないと、女性だと見紛うほどの美丈夫。

 髪色は、先ほどの嘔吐物のような色とは違いエメラルドグリーンに輝いている。

 殺気の籠った目からは見られなかった金色に輝く桃花眼。

 しかし、身長はそこまで高くない。

 俺の目算で、百五十センチ有るか無いかぐらいの小柄だ。


 しかし、やっぱり血か!血の問題なのか?

 それだったら、俺も負けてないぞ!

 こっちだって、遺伝子無双のサラブレッドなんだからな!!

 

「オルトウェラ帝国帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)の一席【銀雹公爵】グリバー家が五男。ユークリスト・スノウ・グリバーです。こっちが従魔のロキでこっちがノート。どうぞ宜しくお願いします、ノープット卿。」


 

 これが、俺とターラ・ノープットの奇妙な縁を巡る最初の出会いだった。



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