第20話:どうすれば良いのか
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ースティカリリア視点ー
「そこでユークリスト様が魔術銃を構えて、とっても大きなくまの魔獣に向かって魔法をキーンってうったのです!!」
「うんうん!!それでどうなったの!?」
「そしたら、【火弾】の魔法が飛び出して魔獣のお腹に穴を開けて倒したんですよ!!とっても格好よかったんですよ!!」
「きゃー!やっぱりユーリは凄いわ!」
今日は、主人であるユークリスト様のお姉様であるルルティア様のお部屋にお邪魔している。
部屋の中には、ルルティア様の専属侍女のエリーゼさんと専属騎士のグロリアさんがいる。
ユークリスト様は、この集まりを『女子会』って呼んでた。
意味は分からないけど、楽しそうな響きだった。
現在四人でテーブルを囲むように座り、お茶を飲んでいる。
帝国の東で採れた茶葉と、北部特有のバルムッサの花をブレンドしたエリーゼ様のオリジナルで、ルルティア様お気に入りのお茶だ。
お茶請けは、フラムベリカ様がお土産で買ってきてくれた美味しいお菓子だ。
ユークリスト様が『しょうひきげんはどうなんだ』とか難しいことを言ってたけど、私は美味しいこのお菓子が大好きだ。
基本的にルルティア様がたくさん食べる。
でも、ユークリスト様に『太るよ?』と言われてから、私達にも分けてくれている。
ユークリスト様の関節もバラバラに分けられていた。
エリーゼさんは、私に侍女仕事をたくさん教えてくれる人だ。
今だって、たくさん教えてくれる。
美味しいお茶の入れ方を教えてくれたり、まなーっていうモノも教えてくれた。
『偉い人が話している時は基本的に黙っていればいい』って教えてくれた。
とっても優しくて、可愛い人。
ルルティア様と、とっても気があってよく話が弾んでいる。
グロリアさんは、女の人なのに騎士なんだ。
ルルティア様がとっても強いって教えてくれた。
ワグより強いって、ユークリスト様がからかってた。
レーメンで会ったレヴィアンナさんと、どっちが強いかな。
グロリアさんはあんまり喋らない。
ルルティア様が話しかけても、『ええ』とか『まあ』とかしか言わない。
でも、どことなく楽しそうだ。
後、お菓子が大好き。
ルルティア様は、とても可愛いらしい人だ。
元気いっぱいで行動力に溢れ、自分に正直で自信に溢れている。
私以上にユークリスト様のことが大好きで、こうして定期的にルルティア様のお部屋にお呼ばれして貰って、美味しいお茶を飲みながら日頃のユークリスト様のことを聞いてくる。
ユークリスト様の行動はあまり変わらない。
朝食も毎日同じモノが好きだし、私が作ったシチューも毎回初めて食べたみたいな反応をしてくれる。
朝食が終われば地下室の自室にいって、自分で使う新しい魔道具を作ったり、従魔のロキちゃんやノートの事をれぽーとっていう分からない物に書いている。
何を書いているのかよく分からないけど、書いた物が一番上のお姉様であるフラムベリカ様の美味しいお土産になって帰ってくることは分かる。
だから、ユークリスト様には、もっとれぽーとを書いて欲しい。
ルルティア様はそんな報告にも「それでそれで!?」とか「ユーリは何て言ったの」って目を輝かせて聞いてくる。
ユークリスト様は勇敢だけど、ルルティア様には敵わないっていつも言ってる。
私もその言葉の意味が分かる。
最初はとっても怖かった。
ユークリスト様は優しい人だけど、他の人が私とお母さんに酷いことをした人達と一緒だったらどうしようって。
だから、ルルティア様に初めてお部屋に呼ばれた時は怖くて泣いちゃった。
ユークリスト様は知らないけど、私はここに来てたくさん泣いた。
お母さんも事を思い出して泣いた。
お父さんの事を思い出して泣いた。
これから、自分にも同じ事が起きるんじゃ無いかと思い恐怖で泣いた。
一度だけ、ユークリスト様が泣いてる私に気づいたことがあった。
お隣の部屋で泣いていたから、きっと起こしてしまったんだ。
ユークリスト様は、何も言わず私のことを抱き寄せてくれた。
何も言われなかったけど、一番欲しい言葉を貰えた気がした。
私は、ユークリスト様のことが大好きだ。
格好いいから。
絵本の王子様みたいだから。
私を助けてくれたから。
優しいから。
物知りだから。
勇敢だから。
叩かないから。
私の料理を美味しいって言ってくれるから。
約束を守るから。
たくさんあるけど、これ以上は言葉に出来ない。
私は、スティカリリアの事が嫌いだ。
ユークリスト様に迷惑を掛けるから。
ユークリスト様の役に立てないから。
ユークリスト様の負担になるから。
ユークリスト様に相応しくないから。
ユークリスト様みたいに勇敢じゃ無いから。
ユークリスト様より弱いから。
ユークリスト様みたいに魔法が使えないから。
ユークリスト様みたいに優秀じゃ無いから。
ユークリスト様みたいに物知りじゃ無いから。
ユークリスト様がいないと直ぐ泣くから。
もっとある、たくさん言葉に出来る。
だからユークリスト様のお役に立ちたくて、たくさん頑張ろうと思った。
でも、今回の魔獣狩りで私が倒せた魔獣は一匹もいない。
結局、ユークリスト様とワグとロキちゃんが倒してた。
倒そうと魔法を撃っても、威力が足りなかったり、他の所へ飛んでいったり。
こっちに向かってきた魔獣を見て、酷いことをした貴族の子を思い出してしまった。
怖くて、その場に蹲ることしか出来なかった。
私は私が嫌いだ。
でも、ユークリスト様はそんな私が傷つくことを嫌がる。
嫌がってくれる。
だから、絶対私は諦めちゃいけない。
傷つくことは怖いけど、ユークリスト様が傷つくのはもっと嫌だ。
ユークリスト様が最近朝訓練を始めたから、私も一緒にしたかったけど『これ以上頑張ったら身体を壊しちゃうよ』と言われ参加できなかった。
ユークリスト様は、私が無理をするのを嫌がる。
「いつもユーリの側にいてくれて、ありがとうねスティア。またユーリのお話が聞きたいわ!」
「はい、たくさんお話を持ってきます。」
ルルティア様は、一頻り話を聞いたら満足する。
いつもは此処でユークリスト様の報告会が終わって、皆でお喋りをする。
『今日のお茶は』とか『今日のお菓子は』とか『明日の予定は』とか色々お話しする。
話の主題は、基本的にルルティア様のことだ。
でも、今日はいつもと違う。
「あの、ルルティア様……質問しても宜しいでしょうか?」
「ん?何が知りたいの?」
普段ならこんな事はダメだと言われている。
如何に親しいとはいえ、私は侍女でルルティア様は主人であるユークリスト様のお姉様なのだから。
不躾に質問をするなど失礼に当たると言われている。
ユークリスト様もルルティア様も気にしないけど、貴族の人は『ちつじょ』や『かくしき』が大事なのだと言ってた。
そういった人達に『こうげきざいりょう』を与えない為にも、私達が毅然としていないといけないってエリーゼさんが言ってた。
「その、どうしたらもっと、ユークリスト様のお役に立てるでしょうか?」
「スティアはとっても頑張ってるわよ。ユーリもきっとそう思ってるわ。」
ルルティア様もユークリスト様と同じようなことを言ってくれる。
「ユークリスト様もそう言ってくれます。でも私は、もっとユークリスト様のお役に立ちたいのです。ユークリスト様が分からない問題を解いてあげたり、ユークリスト様が魔獣に襲われてるのを助けたりしたいんです。」
眉を八の字にして、自信の無い声でそう答える。
ユークリスト様は、私に出来ることをやれば良いと言ってくれる。
でも、それは暗に私に出来ないことは頑張るだけ無駄と言われているような気がするんだ。
『其処まで私に期待してない』って。
きっと、私が魔法の勉強をしても無駄だからユークリスト様は気にしない。
魔獣を怖がるのも、克服できないから気にしない。
勉強が不出来なのも期待されていないから、叱られない。
だって、気に入らないことがあれば殴られる。
私は、そうやって教えられたから。
不意に、先日レーメンでユークリスト様が買ってくれたブローチを掴んだ。
碧色に光る綺麗な石を加工したブローチ。
ユークリスト様が買ってくれたブローチ。
この事実だけで、私には何よりも価値のある物に変化してしまう。
ユークリスト様は、金色の方が私の眼の色に合ってると言ってくれたけど、私は碧色の方が好きだ。
ユークリスト様の眼の色が碧色だから。
これを付けるだけで、あの人が見守ってくれている気がする。
これがあれば、ユークリスト様と離れても少しだけ寂しくない。
………そう思ってたけど、やっぱり離れれば離れるほど寂しい。
今も、ユークリスト様に会いたくて堪らない。
そういえば、あの街でお友達になったミアちゃん。
眼がキリッとして、リーダーシップのある格好いい女の子だ。
ルルティア様みたいに、自分の意見をしっかり通せる女の子。
私もあんな風になれたら、ユークリスト様も関心を持ってくれるだろうか。
ああいう女の子には憧れるなあ。
でも、あの子は危険だ。
きっと、私と同じようにユークリスト様が好きになったんだ。
あの顔は見たことがある。
お母さんがお父さんに向ける顔と同じだった。
でも、ユークリスト様の変装はバレてない。
このまま正体がバレなければ、ユークリスト様を好きにならずに済むのかな?
いや、きっとあの子は気づく。
お母さんは、女の勘って言ってたけど、今の私にも似たようなモノが働いているかもしれない。
好きな子が被ったら戦争が起きるって言ってた。
何のことか分からないけど。
それに問題は、今回の遠征が初めてだって事だよね。
最初の遠征で、一人の女の子がユークリスト様を好きになった。
これからユークリスト様がお外に出る度、たくさんの女の子がユークリスト様を好きになるかもしれない。
きっと、その女の子達は私よりも凄い子達なんだろうな。
そうなった時、私の居場所はあるのだろうか。
「私も、ユーリと一緒に居たいわ……」
「え?」
ルルティア様は、少し力の抜けた自信の無い声でそう答えた。
「私ね、他の家の令嬢達とお茶会をするようになって分かってきたの。ユーリがどれだけ凄いのかって事がね。」
いつもなら、美味しいお茶請けを食べて満面の笑みを浮かべるルルティア様が、この日は少しだけ違った。
こんな顔をしたのは、ユークリスト様が地下の部屋に籠りきりになってた時、私とワグに頼み事をした時以来だ。
「ユーリは小さい時から、色々難しい言葉を使ってたわ。フラムベリカお姉様との難しいお喋りが分かって、トーラスお兄様やバレットお兄様にも好かれてたし。私はユーリのお姉ちゃんだから、ユーリを守らないといけないって思ってたけど、私以上に強い人達がもうユーリのことを守ってたの。だから………」
それは普段のルルティア様とは違う姿だった。
「きっと、ユーリは特別な子なのよ!!」
「へ……?」
普段のルルティア様の姿だった。
「だから、お姉ちゃんである私はもっと凄いの!だって、お姉ちゃんだから。ユーリが困った時に、いつでも助けられるお姉ちゃんなの!」
「えっと、その……」
勢いよく立ち上がるルルティア様は、豪快に快活に自分のことを語った。
その様子は既に、私の質問と苦悩を忘れたようだ。
「ユーリは凄いから、きっと自分で全部やろうとするわ。だから困った時に助けてって言えないの。だから、勝手に助けるの。そして、文句を言うユーリに『助かったんだから良いでしょ!』って言うのよ。」
「そんな、ユークリスト様の邪魔なんて、私には出来ません!」
勝手にユークリスト様の邪魔なんてすれば、きっとユークリスト様は怒って私のことを嫌ってしまうだろう。
そうなれば、あの人は私から離れて行ってしまうかもしれない。
私を、あの地下室から閉め出してしまうかもしれない。
嫌だ!あの人の側から離れるのは嫌だ。
あの人に突き放されてしまえば、私はきっと壊れてしまう。
ギリギリで留まっているんだ。
全身にヒビが入った状態に、ユークリスト様という名の糸でギリギリ括り付けられているんだ。
あの人がいなくなれば、私は自分を失う。
でも、側であの人がただ傷ついていくのを眺めていくのも辛い。
あの人が自分の身を顧みず、危険の中に飛び込んでいくのが怖い。
何も出来ないのが、もどかしい。
「その時は、私が一緒にユーリに謝ってあげる。ユーリは私のお願いなら何でも聞いてくれるから、きっとスティアのことも許してくれるわ。大丈夫よ!」
ルルティア様は、私にそう言いながら満面の笑みを浮かべ、手を差し伸べてくれた。
悩んでいることはたくさんあったし、答えだって見つかっていない。
しかし反射的に、不意にその手を取ってしまった。
その手は、嘗て私を檻から出してくれた手の温もりを宿していた。
銀雹を名乗っている人達が、どうしてこんな優しい手を持っているのか。
「はい!おねがいします!」
それだけで、悩みが吹き飛んでしまいそうなほど温かい手。
私は、この手が大好きだ。
「それで、どうするの!」
「え?」
「だーかーら。どうやってユーリを驚かせるのか、計画を立てるのよ!」
腰に左拳を当てて、指をピンと立て、いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべるルルティア様。
ユークリスト様も魔術銃を作っている時、こんな顔だった。
やっぱりこの人達は兄妹だな。
でも計画を、そんなことは考えたことも無かったな。
ユークリスト様は計画を立てるけど、その大半に私は参加しない。
殆どユークリスト様が考えて実行している。
たまに、ワグが誘われる。
……別に、ワグが羨ましいわけじゃ無いもん。
ただ、自分から何かするっていうのは初めてだ。
うーん。
何をすれば良いんだろう。
ユークリスト様みたいな事をすれば良いのかな?
でも、そうなったらユークリスト様が困った時に助けられないよね。
じゃあ、ワグみたいに蹴って解決?
いやいや、それならワグにも出来るよ。
私は、私にしか出来ないことがやりたいんだ。
じゃあ、どうすればユークリスト様を助けられるのか?
よし、これまでユークリスト様を助けた人を思い出してみよう。
まずはユークリスト様のお父様のカイサル様。
物語の騎士みたいに、ユークリスト様がピンチの時に助けてくれた。
私もあんな風に、ユークリスト様を助けられたらきっと……
無理だよね、だってカイサル様は議員って呼ばれる凄い人なんだから。
私じゃ絶対になれないよ。
次がフラムベリカ様。
綺麗で格好よくて、とっても頭がいい人。
あと、美味しいお菓子をくれる人。
あんな風に頭が良かったら、ユークリスト様と一緒に計画が立てられるかもしれない。
ユークリストと一緒に……うん!それが一番だ。
美味しいお菓子は作れると思う。
ユークリスト様は、私の料理が好きだから。
頭だって、勉強を頑張ればなれるはずだ。
格好よくは……なれるかな?
お母さんは、可愛い女の子の方が男の子に好かれるって言ってたけど。
格好よくなったら、ユークリスト様が好きになってくれるかな?
もしかしたら、ユークリスト様は格好いい女の子が好きじゃ無いかもしれない。
……よし、やめよう。
次がワグだけど。
ワグみたいにブスッとした女の子は、ユークリスト様には好かれないと思うから却下だ。
あとは……誰がいるかな?
うーん……………
あっ!!そうだ、この前レーメンであったレヴィアンナさんはどうだろう?
フラムベリカ様に似てたなあ。
む?だったら、ダメじゃ無いのかな?
格好いい女の子作戦はユークリスト様に好かれないかもしれない。
でも、レヴィアンナさんは初めて会ったのに、ユークリスト様と楽しそうにお喋りしてた。
……もしかして、レヴィアンナさんもユークリスト様のことが好きなのかな?
それは…………とっても、イケないことだ。
でもでも、ユークリスト様は格好いい女の子は好きじゃ無いから、きっと大丈夫。
でも、レヴィアンナさんはあの大きな弓でユークリスト様を助けてた。
きっと、あの弓でユークリスト様を射止めるんだ。
「あっ!!」
「ん!?なになに、計画思いついちゃった!?」
思いついちゃったかもしれない。
ユークリスト様を助けて、ユークリスト様に好きになって貰う方法が。
ーー
ーワグ視点ー
ユークリストから暇を貰い、鍛錬をしていたが行き詰まってしまった。
此処最近の悩みの一つでもある。
悩みを持つことは基本的に無いが、鍛練を積んでも強くなった実感を得られないのは、なんとも腹立たしい。
強さだけが、俺の生きる為に必要な羅針盤だった。
なのに、その羅針盤の針が錆びだした。
正確な方向を指そうとしない。
所詮俺の魔闘術は、幼い頃の記憶を基に再現された物に過ぎかった。
魔闘術の初歩段階にしか到達していない劣等品だ。
現在俺は、領都の平民街まで来ている。
領都は公爵家の屋敷を中心から外側に行くと貴族街、次に平民街が見えてくる。
平民街まで来ると、それを囲むように城壁が建てられ、その外側に公爵家の騎士団の駐屯地が東西南北に一つずつ設置されている。
その外側には、簡易的な柵が並べられている。
平民街には色々な人種の人間がいる。
ヤヅナベロの民に帝国人、大量の騎士団を抱えている公爵家の武器を支える為に鍛冶族が鍛冶場を構えている。
故郷にいた時は、獣之族も数人見たことがある。
俺が育った孤児院は平民街の西南部にある。
「やあ、ワグの兄ちゃん。今日は休みかい?」
「ああ。」
「騎士の兄ちゃん!上手い黒猪肉が入ったよ!ユークリスト様にどうだい!?」
「考えとく。」
ここに来たばかりの時は、誰も俺のことなんか見なかった。
寧ろ、針の筵のような扱いを受けていた。
それでも、こうして俺に話しかけている人間が居る理由は、やっぱり俺の主人が理由だろうな。
現在、ユークリストは領都で三番目に偉いと自慢されたことがある。
一番目が叔父で、二番目があいつの姉で、三番目があいつらしい。
まあ、それを抜きにしてもあいつは公爵の息子だ。
そんな奴の専属騎士になれば、遜られる。
正直気分が悪かった、今でもそれは変わらないが。
浅はかな連中ってのは何処にでも居るな、とはユークリストの言だ。
あと、『遜る奴等の頭よりも低い値段で、商品を全て買い叩いて来い』って言ってたな。
あいつはこういう時、本当に悪知恵が働くな。
聞いていたら、少し気分が楽になった。
あいつが思いついた悪巧みを聞いていると、そんな気持ちが少し和らいだ。
あいつの悪巧みは現実味がある。
実際にそれをやられた人間の反応が、安易に想像できてしまう。
同情してしまうレベルで。
だからそう思ってしまうのか。
ただ単に、俺が丸くなっただけなのか。
だが、悪い気はしないな。
この二年間、ユークリストと行動を共にして俺自身にも変化があったのかもしれない。
それは良い変化なのか分からない。
ただ言えることは、世間の見方が変わった事だ。
あいつの視野は貴族的な考えと、平民的な考えが混じっている気がする。
例えば、貴族的な解答を出した後に、それを平民的な視線ではどう見られるのかと解説をする。
そしてその後、だからこうやった方が良いんだけど……と一人でブツブツ話している。
その意見の一つ一つに、毎回俺は感嘆の息を漏らしている。
戦闘訓練にしてもそうだ。
普通の貴族連中が使うような帝国式剣術は使わず、俺が使っている魔闘術を習得したがっていた。
結局俺の言葉足らずで教えることが出来なかったが。
それについて、あいつは怒らなかったな。
仕方ないと言ってた。
次の週に『銃』なんて代物を考え出した時は驚いたな。
しかし、アレを見た時も安易に想像できた。
アレを使って大量の屍を築くユークリストの姿が。
騎士である俺が、あいつを守る為に築くであろう、それよりも多くの屍を。
その時、俺はどうしているだろうか?
もちろん、あいつの騎士として戦う準備は出来ている。
この身が尽きぬ限り、闘争を止めない覚悟もある。
しかし、覚悟だけではどうにも出来ない領域というのは存在する。
それは、俺がこれまで返り討ちにしてきた連中が証明している。
連中は、俺の肌に強い嫌悪感を持って向かってきた。
その一人として、俺の肌を傷つけることが出来なかった。
全員、俺よりも弱かったからだ。
ー如何に魂で念おうと、その実が成長しない限り、それは無に等しいー
故郷の爺が言っていた言葉だ。
その言葉の意味が、最近漸く分かった気がする。
俺はあいつの騎士として鍛練を積んできたつもりだった。
毎朝日課にしている鍛錬を一日たりとも欠かしたことは無い。
ユークリストの側にいない時は、殆どの時間を鍛錬に使い。
あいつの側にいる時も、地下室に鍛錬場を作って貰い其処でも鍛錬している。
最近はユークリストが『じゅうじゅつ』と呼称する、奇妙な絞め技にも着手している。
まあ、どれだけ絞めてもあいつの場合は上半身の関節を外して逃げてしまうが。
相手の重心を見て、投げ技や絞め技を掛けるのは難しい。
俺ならその隙に蹴りを二、三発入れられる。
そう言ったら、『蹴りが通用しない相手だっているだろ』と言われ反論できなかった。
『自分のルーツを辿ることは人間の成長に最も重要なモノだよ』
そう言われて最近は、ユークリストに頼んで東部の書籍を探して貰った。
慣れない読書を始めた時は、スティアの奴に馬鹿にされたが。
自分の部族に関する書籍が無いかと探しているが、中々見つからない。
最近、故郷の言葉で書かれている書籍を見つけた。
全ては読み終わっていない、何か書かれていると良いが。
それらに着手している所為か、自分が強くなったような、強くなっている途中に立っているような感覚に浸っている自分がいた。
あいつが魔獣狩りに行くと言い出した時に、慢心は無かったが『守れる』という自信は有った。
実際そうだった、魔獣との戦闘は全く苦労しなかった。
簡単に見つけられ、簡単に狩れた。
ユークリストが作ったミスリル製の脚甲を身に付けていた所為かもしれないが、自分達の命が外敵に脅かされる心配は一切無かった。
狩りが進む中で、戦闘を楽しむ余裕だって有った。
出来るだけ、素材を傷つけないように工夫する余裕もあった。
獄妖狼が現れるまでは。
俺が、これまでの人生で目撃してきた全ての経験が、吹き飛ぶほどの威圧感。
あの咆吼と共に、俺の中に鬱屈とした何かが侵入してくる悍ましい感覚。
まさに、恐怖と呼ぶに相応しい体験だった。
シスターと共に街の中を見て回った、あの日以来の恐怖。
しかし、それを上回ったのが屈辱だった。
何故俺は、これほど離れた城壁の上に守るべき主を置いて立ち尽くしているのか?
この時の為に、俺はユークリストの騎士になったのでは無いのか?
あいつの前に立ち、身を挺して戦うことで、己の誇りの取り戻したいのでは無いのか?
どうして、あの自爆ローブを選んだ時受け入れてしまったのか?
この上ない屈辱に苛まれた。
俺の存在意義である強さが完全否定された、そんな瞬間だった。
強さだけを求めた。
ただ、強さだけを。
故郷に帰りたかったか?
それでも求めたのは強さだ。
死んだ家族に会いたかったか?
それでも求めたのは強さだ。
差別を止めて欲しかったか?
それでも求めたのは強さだ。
自分と同じような肌の奴らに会いたかったか?
それでも求めたのは強さだ。
友達が欲しかったか?
それでも、求めたのは強さ。
ただそれだけだったんだ………
自分の身を守る為。
強さを求めた。
嘗てのあいつらと同じにならない為。
強さを求めた。
自分を肯定する為。
強さを求めた。
他を見下す為。
強さを求めた。
欲しいものが無かったから。
強さを求めた。
今は違う、そう心から誓える。
それが故に、あの時自分が必要とされなかった事実が陶器に入ったヒビのように、俺の中に広がっていく。
それを修復する術が、どうすれば良いのか分からない。
俺の人生に於いて、初めてぶつかった難題だ。
「あら、ワグ?ワグじゃない?」
俺を呼んだ声の方を振り向く。
どうせ、いつものユークリスト目当てで声を掛けてくる連中だろ。
「……シスター?」
俺が領都に来てから、騎士団に入るまで世話になった人。
孤児院のシスターが立っていた。
買い物帰りなのか、紙袋に食材を一杯詰めている。
「やっぱり、ワグなのね。」
三年ぶりであるにも関わらずシスターは、あの頃と変わらない笑顔を向けてくれた。
他の連中とは違い、この人の笑顔は変わらないな。
シスターは俺の様子を下から上に確認すると、また笑いかける。
「あなたが孤児院を出て、孤児院を出てもう四年ぐらい経ったかしら?すっかり、大きくなったわね。」
「ええ、そう、ですね。」
ユークリストにも使ったことの無い敬語が、この人を相手にすると自然に出てくる。
この人の笑顔は、ユークリストのそれとは違う。
本心からこぼれ落ちる、慈愛溢れる顔だ。
羞恥心か、とっさに視線をそらしてしまう。
恋心とかでは無い。
目の前のシスターは、既に還暦を迎えている御老体だ。
彼女が抱えている優しさの数だけ皺が入った年期のある顔がとても印象的な人だ。
「これから、孤児院に?」
「ええ、そうよ。子供達に今日の食事を作ってあげなきゃ。」
「そう、ですか。」
袋からはみ出している食材に目をやる。
菜系の野菜と芋が見える。
孤児院にいた時に散々食べた、質素なスープに使われる食材だ。
「ワグも一緒においで、公爵家の騎士が来たって聞いたら子供達、きっと喜ぶわ。」
「いや、おれはその……」
シスターの申し出に、すかさず断りを入れようとする。
自分のことはよく分かってる。
子供達が、自分のような人間を見たらどのように反応するのか。
「……そう?少し残念だけど、貴方が元気そうで良かったわ。」
その笑顔には、若干の悲しみが混じっていた。
その笑顔のまま、シスターは孤児院のある方向に足を向ける。
再び、シスターが抱えている袋に目を向ける。
重そうだ。
そう言えば、ユークリストが言ってたな女性の荷物は男が持つ物だと。
だから、女の買い物には付き合っちゃいけないとも言ってたな。
そうだ、孤児院までシスターの荷物を持ってあげよう。
それなら、シスターだって悲しまないと思う。
「……シスター。」
「……ん?
シスターの方に近づく。
「その……荷物を、持ちます。」
少し気恥ずかしそうに言う。
シスターは少し黙り、ニッコリと笑ってくれた。
「そう、ならお願いしようかしら。」
「……はい。」
シスターから荷物を置け取り、孤児院のある方まで一緒に歩くことにした。
道中は何気ないことを話した。
騎士団の訓練のこと。
騎士団での暮らしのこと。
ちゃんと食事を取っているのかとか。
騎士団に休みはあるのかとか。
シスターが俺に質問をして、俺はただそれに答えるだけ。
シスターは質問の答え一つ一つに、『まあ、そんなことが』とか『あらあら、楽しそうね』とか、反応を返してくれる。
俺の不躾な態度と相反して、丁度良いバランスがとれている気がする。
どうやらシスターは、俺がユークリストの専属騎士になったことを知っていた。
『孤児院の子供達に話したら、もう眼をキラキラさせて貴方の話を聞きたがるのよ』
その声色から、喜んでくれているのがよくわかった。
俺も少しだけ嬉しくなった。
途切れ途切れの言葉は、少しずつ解消され普通に会話が出来るようになっていた。
シスターとの会話はユークリストのそれとは違う。
俺が返す一つ一つの言葉を、待ってくれている。
ユークリストは自分の考えを只話すだけだ。
もちろん、聞く耳を持っていないわけでは無い。
「シスターは……」
「ん?」
ふと、ある考えが過ぎった。
ほんの気まぐれ程度だったのかもしれないが、前回はこの気まぐれが俺の人生を大きく左右した。
だから、俺は自分の気まぐれを大切にしている。
「シスターは、どうしてこの仕事をしているんだ?ですか。」
どうして、この人はシスターの仕事をしているのか。
俺がユークリストの騎士になったのは、自分の誇りを取り戻す為だ。
あいつの側に立ち戦う。
自分よりも凄いあの男を守ることで、失い掛けていた誇りを取り戻す。
その為に、俺は騎士になった。
なら、シスターはどうしてシスターになったのか。
神を信じているからなのか?
俺は神を信じてはいないが、故郷にいた頃の名残で精霊の存在は信じている。
それとも、他の理由があるのか。
シスターは俺の質問に少し考え込んだ。
その沈黙が何よりも雄弁に語りかけてきた。
シスターは己の腰よりも思い唇を持ち上げ、路地裏に影で出来た闇の中を覗き込むように、遠い目をしながら話し始めた。
「夫がね……東部で遭った戦争で亡くなったの。」
「………」
袋から、芋が一つ零れた。
拾い上げる気にはならなかった。
……どう反応すれば分からなかった。
彼女の愛した人が、戦争で亡くなった?
それも、東部の戦争で。
つまり……
俺と同じ肌を持った人間が、彼女から取り上げたんだ。
「……どうして、何故俺を責めない?」
俺の方から、彼女の顔は見えない。
いや、見たくない。
その虚しさで穴の空いた背中から目を背け、俺の口から出たのは偽りの無い本心だった。
責めるべきだと思った。
今まで俺はそうされてきたから。
なにも関係の無い人間ですら、俺のことを責めた。
それが自分に課せられた当然の義務であるかのように。
だから、何故この人がその激情を自分にぶつけないのか、不思議で仕方なかった。
「俺の肌を見て!俺の言葉を聞いて!俺の怪我の治療の為に触れて!何も感じなかったのか!?
あまつさえ、俺と同じ言葉をどうして使おうと思ったんだ!?
俺にあの光景を見せたのは、何の為なんだよ!!
どうして……他の奴等と同じように俺のことを責めなかったんだよ。」
この人にはその権利がある。
俺を蔑み、罵倒し、軽蔑し、殺意を抱く権利が。
なのに何故俺と同じ言葉を話し、俺のことを受け入れたんだ。
シスターは足を止めて、少しだけ空を見上げた。
快晴の空だ。
今の状況に構うことなく、節介を焼くようにこちらを照らす。
「貴方の両親を殺したのは、帝国人でしょう?」
シスターは、ぽつぽつと話し始めた。
「最初は、とても憎んだわ。ナベロ人の奴隷を買って、この劣情をぶつけてやりたいってね。実際、奴隷屋敷の中に脚の中に踏み入れたわ、夫が死んだ時に貰った見舞金を持ってね。この足で入ってこの目で探して、後一歩って所で、気づいてしまったの……」
「………」
「犯罪奴隷にナベロ人がいないことにね。」
「………」
「ナベロ人奴隷のほとんどが戦争で家族を失った人達や、戦争で負けた人達だったの。」
「………」
「そりゃ、戦争をして奴隷になった人達に同情は無いわ。彼等は自分の意志であの場に来るかも知れないって分かっていたんだから。」
「………」
「でもね、戦争に巻き込まれた子達を見ていたら、自分と同じなんじゃ無いかって考えてしまったの……」
「………」
「自分と一緒……一度そう考えてしまったら、奴隷を買ってどうこうしようなんて考えられなかったんだよ。そのまま、屋敷を後にして、家に帰る途中にある本屋でナベロ語の辞典を買ったのよ。夫の見舞金でね。それから、教会に入ってあの孤児院で働くようになり色んな子供達を育ててきた……」
「……」
シスターはゆっくり、俺の方を振り向いた。
「そして、貴方に出会ったの。」
その顔は、いつもの雲一つ無い快晴のようにまぶしい笑顔だった。
俺の鬱屈とした幼少期を照らした、たった一つの光。
言葉は出なかった。
その変わりに、頬を伝うものがあった。
今まで流したことが無かったモノ。
「あれ?シスター!」
子供の明るい声が聞こえた。
視線を向けると、孤児院のある方向から数人の子供達がこちらに駆け寄ってきた。
俺は咄嗟に持っていた紙袋をその場に降ろし、シスターに背を向け、来た道を戻っていく。
「シスター、お買い物から帰ってきたの?」
「シスター、今日もスープ?」
「シスター、お肉はある!?」
「はいはい、ちょっと待ってね。」
子供達の五月雨式質問を華麗に捌き、シスターは後ろにいる俺の方に振り向く。
「待って、ワグ。」
「………」
「最近、ここ何年か孤児院に定期的にお金が送られてくるの。そうね、四年ぐらい前からかしら。そしてね、ここ二年でお金が増えたの。あなた、何か心当たりは無い?」
「………いや、ないな。」
シスターの方を振り向くことが出来なかった。
振り向ける顔じゃ無いことがよく分かっていたからだ。
でも、シスターの顔は見なくても分かる。
きっと、変わらず笑ってくれているのだろう。
俺はそのまま公爵敷地の兵舎まで帰った。
ー自分と同じなんじゃ無いかって、考えてしまったのー
その言葉が何よりも重い何かになって、俺の魂に引っかかっている。
ーー
恐らく此処が、自分の分岐点。
あの日、輝く月の下に出して貰ったように。
あの日、進むべき道を見出して貰ったように。
その時が自分にやってきたんだ。
「ルルティア様、私使ってみたい武器があるんです!」
「アルマン、俺に北武流を教えてくれ。」
この日の二人の決断が、今後のユークリストの力になる事が有るかもしれないし、その反対に無いかもしれない。
もしくは、ユークリストの臨んだモノとは違う方向に進んでいるのかもしれない。
それでも進んだ。
進むことを選んだ。
自分の人生の道を失いかけていた二人が、己が主人の為に、主人のいない所で大きな決断をした。
自分で決断したんだ、動機はどうだって良い。
重要なのは自分の頭で考え、自分の意志で決め、自分の脚で歩くことだから。
キリが良いので、ここで第一章を終わらせていただきます。
読者の皆様、ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
今週の更新をもって、『公爵家五男の異世界行脚』は一旦お休みさせて頂きます。
第二章からは大きく話が動くつもりなので、しっかりと道筋を立てて始めたいと思います。
行き当たりばったりで始めた、この物語にお付き合いして頂いた読者の方々には感謝で一杯です。
初めてブックマークが着いた時の感動は今でも忘れられず、更新の度にその数字が増えていくのをモチベーションに頑張らせて頂きました。
そんな方々に、飽きない物語を提供できるようにこれからも粉骨砕身・誠心誠意で頑張らせて頂きます。
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