第1話:ユークリスト・スノウ・グリバー 3歳
タイプが遅くて、中々指が進みません。
「ユーリ、今日はお姉ちゃんとお茶会をしましょ!」
「ヤだよルルねえ!、今日はきしだんを見に行く。」
時が経って俺は3歳になった。
そして、この世界について色々と分かったことがある。
俺が生まれたのは、中央大陸で最多占有面積を誇る【オルトウェラ帝国】。
この中世以下の文明の利器しか持ち合わせていない、時代に何を持って中央大陸と豪語するのか甚だ疑問だが、天動説を唱えるどこかの宗教家と同じと考えれば良いか。
とにかく、俺はその帝国の【帝国筆頭公爵家】の一席である【銀雹公爵】グリバー家。
そこの5男だ。
正確には3男2女の末っ子だが。
そしてやっぱり、この世界には魔法が存在するらしい。
さらに、この世界には、エルフやドワーフといった異種族も存在するらしい。
さらに、危険自然区域と呼ばれる場所から魔獣があふれだし、大陸中で被害が出ているらしい、
魔獣がいるとなれば当然冒険者も存在する。
この二つの関係は切っても切れないハッピーセットだ。
前世では完全にフィクションの住人だった存在が、自分と同じ世界戦に実在しているとなるとヲタク心を擽られるというか、知的好奇心が最高に刺激される。
話は俺の方に戻るが、見た目は黒髪碧眼のかわいい男の子。
目つきは亡くなった祖父似で少々キツいジト目だが、アジア系の憧れぱっちり二重だから問題ない。しかし、黒髪碧眼。
遺伝的な観点から言えば両親のどちらの特徴も引いていない。前世なら、母親の托卵を疑ってしまうが、 これは、ご先祖様の隔世遺伝によるもので稀に俺のような子が生まれるらしい。
帝国建国の際に、時の皇帝は己の権力の基盤をさらに盤石にするために、帝国筆頭公爵家の5つの公爵家に、自分の身内である5人の皇女をそれぞれ娶らせた。その時、グリバー公爵家に嫁入りした皇女の特徴が綺麗な黒髪と碧の眼だったそうだ。
1つ前の時代だったら、「先祖返りだ。」とか言われてお家騒動に巻き込まれていたそうだが、今ではそんなことは無くなり、各家の後継者選びはそれぞれに任されているらしい。
実際に、先祖返りを理由に起きた後継者争いで、当時の奥方が妊娠中の子供一人を残して全員が死んだことがあったらしい。
首も据わり、歩くのにも苦労していない、1人で屋敷中どこにでも行けるはず。
なのに、そんな俺はいま腕を完全にホールドされ、この世の地獄とも言える場所に連行されている。
そう、姉の部屋だ。
ルルティア・スノウ・グリバー。
グリバー公爵家本家の次女で俺の2つ上の姉だ。
金髪蒼眼のロシア系の美人の卵だ、あの2人の娘だと疑いようがない。
ちなみに、さっきの俺の見た目に関する話のアレコレを教えてくれたのはこの姉だ。普通3歳児に一家皆殺しの話をするかと思うのだが、勉強して学んだことを教えて回りたいんだろう。
健康的で溌剌とした、年相応な女の子、1つだけ年相応でないものをあげるなら、彼女の腕力だろう。
何を隠そう魔法の力だ。
一般的な貴族家では、5才から魔法の教育が開始される。
魔力は、【感知】・【循環】・【発現】・【複合】・【固有化】の段階に分けられる。
【感知】により、魔力を感じることが出来るようになり。
【循環】を行い、魔力を体中に巡らせ。
【発現】で魔法を行使できるようになり。
それらの魔力を【複合】させることにより、高位の魔法を行使できるようになる。
また、個人の特性や適正に応じて稀に【固有化】された魔法を授かることがある。
俺は乳児の頃から、独学で魔法が使えないかと色々と試行錯誤を繰り返しているが、魔力という物を一切感じることができなかった。おかげで転生物でよくある、0歳児爆速ターボスタートを切る事が出来なかった。
姉は現在、【循環】の段階だ。
体中を巡らせている魔力の量を調整することにより、簡単な身体能力が強化される。
これは、修練によって強度が変わってくる。実際に軽い拳骨で岩を割っているのをこの目で見た。
姉はつい最近から魔法の教育を受けるようになり、まだほんの気持ち程度の身体強化しかできない。片腕で10キロ程度の錘を持ち上げられるぐらいだ。
といっても、正直言って3歳児にとっては洒落にならないレベルまで強化されている。
一昨日肩が脱臼した。それも両方。
「魔法が使えるようになった!!見せてあげる。」と言って俺の腕を引っ張ったんだ。
激痛による絶叫よりも、だらんとなった俺の腕を見て上げられた姉の悲鳴の方がでかかった。
それから、姉は学習したんだ。
「引っ張ってはいけない、完全に捕縛するんだ。」と。
傍迷惑な学習だ、だがこちらも黙って脱臼したわけではない。
「ルル姉、今日はきしだんを見に行こう。」
「だーめ、騎士団の訓練なんて危ないわ。まだ怪我が治ってないし!。
だから、今日はお姉ちゃんと一緒に過ごしましょ。」
自分が原因の怪我を棚に上げて、俺を担ぎ上げながら、姉の足は地獄へと進んでいく。
「きしだんを見に行かないなら、この前のべんきょーかいでルルねえが寝てたことを母様に言いつけてやる。」
「ッ!!。ユーリ、それは2人だけの秘密って言ったじゃない!?。」
「ルルねえにも、今日はきしだんを見に行くって言ったよ。」
「むむむ、し 仕方ないわね。今日は特別なんだから。明日はお姉ちゃんと一緒に遊びましょう。
いい? 約束よ、ぜっったいね!。」
「うん、約束。」
後で、明日姉さんを強請るネタを探しておこう。
姉はそのまま踵を返し、騎士団の訓練が行われている訓練場まで足を進めた。
ー
オルトウェル帝国の北の領地、グリバー公爵家直轄領、領都【カトバルス】。
その中央に聳え立つ、屋敷内は複雑に入り組んでいる。
グリバー公爵本家屋敷他に、分家や家臣の邸宅、侍従・侍女の長屋、騎士団の兵舎等も敷地内に併設されている。
「グリバー家に仕えるならまずは、屋敷の設計図を暗記することから始まる。」というのは有名な話だ。
通常の生活を送るのにはあまり苦労はしないが、訓練場や会議場などの外部の人間を招いて使用する施設などは、他の施設のと兼ね合いで設計されており、何も知らない外部の人間が無闇矢鱈に踏み込めば、十中八九迷子になるだろう。
「・‥・‥迷子になったね、ルルねえ。」
「ま 迷ってなんていないわ! ほら、大祖母様の肖像画よ、お母様が言ってたのよ!!。」
訓練場に行きたいなら、まずはこの肖像画を目指すのよって!!。」
「この屋敷には、大祖母様のしょーぞーが何枚あるんだろうね、これで4枚目だよ。」
「むむむ、ユーリ!! お姉ちゃんに向かって何てこと言うの!?。
そんな子に育てた覚えは、お姉ちゃんないわよ。」
「ボクも ルルねえに 育てられた 覚えないよ。」
ホールドがかなり厳しくなった。次は肋骨を折られるかもしれない。
タップをしても、一切緩まるところを知らない、見上げた天井に描かれた天使の絵がこちらに手を振っている気がする。もう疲れたよ○トラッシュよろしく、短い人生だったと諦めかけていた時、迎えに来たのは天使ではなく、この屋敷に仕えるメイドだった。
「どうされましたか?、ルルティア様、ユークリスト様。」
「ッ!、オリバ!!」
メイドのオリバ、俺のお産を手伝ったベテランのメイドさんだ。
助っ人の登場に安堵したのか、姉のホールドは見事に解かれた。
「ありがとうオリバ、くんれんじょーに案内をお願い。」
「うう、もう少しで訓練場だったのに・‥・。」
「えっと、訓練場ですか?。それでしたら、こちらです。」
弟にかっこいい姿を見せたかったのだろう、姉はかなり落ち込んでいる。
俺を脱臼させた時よりも落ち込んでいるんじゃないか?
「ルル姉」
「なぁに、ユーリ。」
「ちゃんと、みちじゅん覚えといてね。今度は2人で一緒にくんれんじょーに行こう。」
「‥‥うん!、今度はお姉ちゃんと二人ね!!。」
表情がパアっと明るくなり、姉の瞳に輝きが戻った。
ー
グリバー家は軍家である。
当主であるカイサル・スノウ・グリバーは、軍務卿の地位に就き、豪然たる帝国の武の象徴として代々君臨してきた。従ってその精鋭たる騎士には相応の強さと気品、常にそれらの研鑽が求められる。
訓練場は、公爵家お抱えの騎士団が醸し出す熱気のせいで少しだけ温度が上がっていた。
模擬刀同士の接触音や擦れる甲冑の音、闘志の籠った掛け声が薪となって、この熱を帯びた空間にくべられているのだろう。
この時期に、屋敷内の訓練場で訓練を行うのは訓練生が多いためか、訓練を受けている騎士は比較的若い者が多い、王都の学院を卒業した騎士見習いから、公爵領の学校で必要最低限の教育を受け卒業し、入団試験を合格した平民まで、その違いは様々だが全員が成人を迎えている。
そんな自分の体格よりも一回りも二回りも大きいに騎士達に混じり、「はあっ!」、「やあっ!」と勇ましい声を上げながら細身の模擬刀を振り回す、少年の影が1つ。
「バレットお兄様!」
自分に向けて掛けられた声に反応し、その方角に視線を送る。
「ルル ユーリ!!。」
バレット・スノウ・グリバー。
グリバー公爵家の次男で俺の5つ上の兄だ。
おかっぱ頭に切り揃えられた綺麗な銀髪の隙間からこちらを覗く蒼い眼。
細身で中性的な見た目の母親似の優しい兄だ。
「バレにい、今日はまほうを見に来ました。」
「今日も見に来たの? ユーリは本当に魔法が好きだね。」
「私は、ユーリの御守です!。」
「そうだね、ルルは偉いね。」
フンすと胸を張り自慢げなルルティアの頭を撫でるバレット。
年下の自分にはお姉さんぶりたいのに、兄の前ではかわいい妹でいたい。矛盾しているようで、その行動には自分に正直でどこか一貫性がある。
前世で自分は長男で、1つ下の弟を挟んで6つ下に妹がいた。かわいい妹とは言えないが、小さいときはいつも飼っていた子犬を追いかけ回して遊んでいた。ちなみに一度足の骨を折ったことがある。
「でも残念だねユーリ、今日は剣術の訓練で魔法は使わないんだ。」
「えっ そーなのですか?。せっかく頑張ったのに。 綺麗なまほうが見れなくて残念だなあ、かっこいいバレにいが見たかったのになぁ。」
両手を顎の下に持ってきて、指を絡め合わせながら、潤んだ目で兄を見上げる。
斜め55度、3歳児を上から見るときに一番映える角度だ。情報源は妹。
向こう2年はこの手を使えば、大抵のお願いは聞いてくれるだろう。
兄はすでに釣られている。
「しっ 仕方ないなあ、ちょっと待っててね、教官と相談してくるから。」
「はぁい!!」
「きゃああ!!かわいいユーリ、お姉ちゃんがギューしてあげるわぁ。」
若干一名、別の者が釣れたが。
訓練場の中央で訓練の指導をしている教官の元へ駆け寄る兄の後ろ姿を見送ると、オリバがこちらに向かって近づいてきた。
「失礼します。ルルティア様、ユークリスト様、あちらにお茶の準備ができました。」
「ええ、ありがとうオリバ。ユーリあっちの方で、お姉ちゃんと一緒に訓練を見ましょう。」
「はい、ルルねえ」
オリバの案内に従い、お茶の用意がされているティーテーブルの方に足を進める。
姉の助けを借り椅子に座り、オリバが淹れてくれたお茶が冷めるのを待つ。
この身体は猫舌だ。お茶が冷める前に、お茶請けを全て平らげてしまいそうだ。
お茶が冷めるのを待つよりも早く、バレットが教官役の騎士を伴いこちらに向かってきた。
「待たせたね、ユーリ。」
「まほうが見られるんですか?。」
「それはごめんね、できないんだ。」
「むう、そーですか。」
「その代わりと行ってはなんだけどね、教官。」
「はっ、失礼します。ルルティア様、ユークリスト様ご機嫌麗しゅう。教官のアルマン・コールドウェルと申します。以後お見知りおき下さい。」
そう言って、両拳を作り、左拳を右腹部に回し、右拳を背中の左側に回し、直立不動を維持する。
帝国式の敬礼がさらに、この男の格というものを騰げている。
スキンヘッドに彫りの深い顔つき、物語の騎士の風体をそのまま本から取り出したような男だ。
「アルマンは優秀な騎士で、私の専属騎士の候補にも入ったのよ!!。」
「そういえばルルねえ、まだグロリアを見ていないけど。どうしたの?。」
「あっ!! そうだったわ。」
俺の肩を外したときと同じような顔をして、具合が悪そうにしている姉。
「今日は、ユーリとお茶会をするから、エリーゼと準備をしといてねって言ったんだったわ。」
グロリアとは、先日姉が5歳の誕生日を迎えた際に選抜された専属騎士だ。女性の身でありながら、騎士団の筆頭騎士に名を連ねる手練れの1人である。
ちなみにエリーゼは、俺のお産を手伝った若い方のメイドさんで、姉の専属侍女だ。
弟をおもちゃのように扱いながら、自身の侍女と騎士を振り回す姉に、ジト目を向ける。
「そっそれよりも、アルマン。何か用事があってきたのよね!?。」
「はい、ユークリスト様が魔法の訓練をご所望ということで。残念ながら本日は、魔法を使用した訓練は行いませんが、代案として訓練の最後に行う模擬戦の予定を繰り上げますので、そちらをご覧下さい。」
「それで我慢してくれるかな?ユーリ。」
「うん、わかった。良いよ。」
「はっ、では失礼します。」
アルマンはそのまま、訓練をしている騎士の方に駆けていき集合をかけ、騎士達に先ほどの話を説明する。何を説明したのかは知らないが、解散する折に全員が俺の方を睨むように見てきた。心当たりがない、真っ当な3歳児なら姉に泣きついているレベルだ。
「おそらく、皆さんユークリスト様の専属騎士候補になるために、ここで力を披露してユークリスト様の目に留まりたいと思っているのです。ユークリスト様が5歳の誕生日を迎えられる頃には、ちょうど騎士になっている者たちでしょうから。」
後ろからオリバが、あのナマハゲ面大集合現象の説明をしてくれた。
「ふーん、そうなんだ。教えてくれてありがとうオリバ!。」
「いえ、恐縮です。」
「きっとそうね、皆ユーリの専属騎士になりたいのよ。でも大丈夫よ、ユーリのことはお姉ちゃんがちゃんと守ってあげるからね!!。」
「うん、ありがとうルル姉。」
そうこうしている間にアルマンがこちらに駆け寄ってきた。
「失礼します」
「ん?どうしたのアルマン。」
「はっ、僭越ながらユークリスト様に剣術への関心を深めていただきたく、このアルマンが模擬戦の解説を務めさせていただきたく存じます。」
「解説ね そうね、そうしてもらいましょうねユーリ。」
「うん、よろしくアルマン。」
「はっ!」
忠誠を誓っている、主君の子供とはいえ、ここまで丁寧な対応をするのかというぐらい腰が低いな。悪くない。こうゆう忠犬キャラは、前世でもよく読んでいた漫画出てきていた。大抵決まって物語中盤で死んでしまうのが玉に傷だが。
訓練生同士の模擬戦が開始された。
はじめは、似たような体格と実力同士の模擬戦が行われ、お茶が飲めるようになった頃には模擬戦のレベルも上がり白熱してきた。アルマンの解説もレベルアップしていく。
「すごいね、ルルねえ。」
「そうね、まっ私のグロリアの方がすごいけどね!」
「そうですね、グロリアは最年少で筆頭騎士に選抜されましたから。この程度のレベルでは、アルトバルス山脈ほど積み上げても敵わないでしょうね。」
使う武器は、訓練生によってまちまちだ。両手剣を使っている者もいれば、片手剣を使う者もいる。
今は、ハルバードと片刃の双剣を二本使う者の試合だ。
ハルバードを使っているのは、かなり体格がよく使っている得物もだ。
反対に双剣使いの方は、若干細めの標準的な体格で短めの双剣を使っている。
「ハルバードの特徴は、斬る、突く、払う、掻ける等の多彩な攻撃手段を広いリーチで備えていることです。反対に双剣の方は、相手の懐に入ってからが勝負となります。そこが見所になるかと。」
「ふんふん、なるほど。ねえ、アルマンはどっちが勝つと思う?。ボクはーー」
「そうですね、私はーー」
「「双剣が勝つと思うんだ(思います)。」」
一瞬驚愕したようにこちらを見るアルマン、ふふんっ、なぜわかるかって?。
「どうして、そのように思われたのですか?」
「ふんいきだよ、双剣のほうがグロリアに似てる。」
「雰囲気ですか? うむ、しかしそういった直感は大切ですね。実際あの者は、訓練生の中でも成績トップで歴代の筆頭騎士と張り合うほどです。」
「へぇーそうなんだ。」
「それが分かっちゃうって、やっぱりユーリはすごいわ!!。」
自分を納得させる言葉を並べるアルマン、国立大に受かったのを祝うように賞賛するルルティア。
勿論、雰囲気なんてあやふやなものではない、グロリアに似てるのは無きにしも非ずだが。
答えは重心の位置だ。
ハルバードを使っている方が、重心が後ろに傾いている。攻撃手段が多いことはハルバードの利点の1つでもあるが、所詮は訓練生レベル自分から仕掛けないと、あれじゃあ全て後手に回ってしまい防戦一方になってしまうのは目に見えている。
双剣使いの方は身体の軸がまっすぐ伸びている、顎を引き目線は若干下の方を向いている。細身に見えるが、その実は筋肉が引き締まって撓やかな仕上がりになっている。
そうこうしている間に模擬戦が始まった。
予想通り、双剣使いが突っ込んでいった、それに対応してハルバードを払い牽制するが、走り幅跳びのロンダートのように飛び越え、そのまま空中で身体を旋回させ蹴りを入れようとする。それを、身体を仰け反らせて避けたが体勢を整えるために一歩引いた形になる。スパイ○ーマン着地の姿勢そのままに、攻め上げる。それでもどこか余裕のようなものが感じられる。苛烈に攻めているようで、このヒット&アウェイには、どこか既視感がある。
それから模擬戦は、すぐに終わった。勝ったのは予想通り、双剣使いの方だ。
既視感の正体も分かった。
「ねえ、アルマン。」
「はい、何でしょうか?。」
「あの人は、ぶきいらないんじゃない。」
「っ、 いやはや、ユークリスト様のご慧眼は素晴らしいですな。
ご推察の通りにございます。彼は東の出身で、【魔闘術】の心得があります。」
「魔闘術?、アルマン、それは何ですの?」
「ルルティア様、東の【ヤヅナベロ平原】に多数の遊牧民の部族が暮らしていることは、お勉強されましたか?」
「えっえぇ、勿論習ったわ!!。」
嘘である。その授業、姉は爆睡ちゃんをかましていた。
「ユーリと一緒に受けるの!!。」と言って、姉は俺と一緒にいくつかの授業を受けている。
そのうちの1つが歴史である。
「遊牧民は我々帝国人と比べて、魔法技術の発達が遅いですが、長い歴史と文化の中で魔闘術なる独特の闘法を編み出しました。 魔闘術は魔法の行使とは別の魔力運用と独特の闘気法というもので、個人戦闘において格段の強さを誇っているのです。」
「そんな人たちを相手に、どうやって戦うの?。」
「我々の方が数の有利があり、魔法が使えますから。それにあの地域は、多数の民族が存在し、遊牧民同士の内紛がひどく完全に統一されていないというのも1つの理由ですね。」
不安がるルルティアに、安心して下さいという意の笑顔を向けるアルマン。
オルトウェル帝国が抱えている東の戦線のほとんどが、この【ヤヅナベロ平原】からやってくるいくつかの部族からの侵攻によるものだ。帝国は長い歴史の中で、時に防衛し、時に侵攻し東の戦線を保ってきた。帝国の奴隷の約半分が、東出身もしくはその子孫である。
歴史の問題は双方根深く。
遊牧民は帝国人のことを「侵略者」。
帝国人は「東の蛮族」と呼んでいる。
だからだろうか、少年は勝ったのに表情をほとんど動かさず、大してうれしそうに見えない。反対に周囲の訓練生からは、「蛮族風情の奴隷上がりが」、「どうせ雑兵止まりだ」、「騎士としての品位はないのか」等の中傷や非難が聞こえる。
現代人の倫理観を持っている身からすれば、こういった歴史による人種差別は、あまり好きではない。
しかし、これで既視感の理由が掴めた。前世で見てたMMA選手の動きに似ているのだ。
その選手はボクシングスタイル重視で戦い、リング上を華麗に舞っていた。アウトステップで敵を翻弄してジャブとローキックのヒット&アウェイを繰り返し、煮えを切らした相手を誘い込んでカウンターを打ち込む。そうやってKOを量産していた。だから感じたのだろう。
こいつに武器は必要ないと。
「まとう術かぁ、面白いね。」
「? ユークリスト様、どうかされましたか?。」
椅子から飛び降り、そのまま模擬戦が行われる場までてくてくと歩いて行く。
「ユーリ危ないわ、こっちにおいで。」
姉の声による制止を遮り、模擬戦が終わり兜を脱いでいる双剣使いの方に近づいていく。
先ほどの姉の声を聞き周囲の注目が集まる。アルマンもこちらに寄ってきている。
ざわめきの中心が自分だと理解したのか、訓練生の少年もこちらを気怠そうな目で見ている。
茶色の髪に赤みがかった褐色の肌と黒色の目、近くに寄ってみると細身というよりも筋肉が引き締まっている印象だ。身体の所々に傷があり、それらを一瞥すると少年と目が合った。
「きみの名前は?」
一瞬間が開く。少年は視線を外し、この刹那に俺という人間を推し量ろうと目線を上から下、下から上に移動させ、再びこちらに目線を合わせる。
「・・・ワグ。」
「ワグ、良い名前だね。どんな意味があるの?。」
「・・・・・・」
質問に答えることはなく、ワグはそのまま振り返り、個人訓練場に戻っていった。
「あいつはまた、申し訳ありませんユークリスト様。きつく言い聞かせますのでどうかーー。」
「いいよ、アルマン。気にしてない。」
アルマンの蟀谷に浮かぶ青筋を、嬉しそうに引っ込めさせる。
「ユーリ!!。」
「ぐふっ、ルッルルねえ、離してよ。」
「勝手に変なところに行かないの、ほらこっちにおいで。」
姉の拘束の隙間から、歩き去るワグの後ろ姿を見る。
この世界に来てから、見る物全てが新しいと思っていたが、東の武術という新しいものをまた知ることが出来た。
きっと、俺が接触を図ったことにより、彼への風当たりが厳しい者になるかもしれない。でも彼ならきっと乗り越えてくれる事を期待しよう。
お読み下さりありがとうございます。