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公爵家五男の異世界行脚  作者: ナカタクマ
第1章~暁の産声~
19/63

第16話:獣達の饗宴~前夜祭~

設定とか、その世界独特の言い回しを考えついた時は凄く良い気分になります。



 新たに俺の従魔となった曙光梟(ヒッポグリフ)のノートは、俺と従魔契約をする前に大きな過ちを犯していた。

 人生を10回やり直しても償いきれないほどの大罪を。

 

 帝国北部に存在する中規模危険自然区域(レッドエリア)【ブレーメンの森】の(ぬし)である獄妖狼(ゲヘナヴォルグ)の存在を暴き、その琴線に触れたのだ。

 全生物に共通する大罪、寝床荒らしをしてその食糧を貪り尽くした。

 駄鳥(ノート)は、獄妖狼から逃げ惑う途中に自身の魔法を使い見事逃走に成功したのだが、獄妖狼が目を覚まし寝起きの背伸びの如く放たれた咆吼にレーメンの住民が震え上がり、それが魔獣災害である大暴走(スタンピード)を起こす絶望への前奏曲(プレリュード)となったのだ。



 すったもんだの末に決意した俺は、二人に付いて来るように指示して、下のロビーに向かう。

 下のロビーは先ほどまでの喧噪に比べれば多少は落ち着いているが、その理由はここに居る人間の数が圧倒的に減ったからだろうな。

 さっきまでの騒動が、キツネにつままれたみたいに閑散としている。

 

「ほとんどの人達がいなくなってしまいましたね。」

「この時期にレーメン(この街)にいる冒険者のほとんどが、中堅ランクの冒険者だからね。自分たちで狩りは出来ても、大暴走への供えが出来ているのはほんの一握りだけだよ。」

「ふん……軟弱な奴らだな。」


 酒場の隅の席にチラホラと冒険者パーティが固まって座っているのが見える、彼らは今回の大暴走に備えているのか、それともただ単に冒険者の矜持としてここに残っているのか。

 少なくとも彼らは、逃げ出した蜘蛛の子達とは違い、最低限の誇りのようなモノを持っているのかもしれないな。

 うん、これこそが冒険者だよな。



 そんな様子を横目に俺達は、慌てている受付嬢の元へ向かう。

 受付嬢もプロと言えど、こんな状況は免疫は無いらしく既に逃げるために荷物をまとめ始めている。

 せっかくプロの受付嬢だと感心していたのにがっかりだな。

 しかし、これが正常な人間の反応だよな。

 俺達の方が普通じゃ無いんだよ。


「失礼する、支部長室まで案内してくれ。」

「えっ?あの、今はそれどころじゃーー」

「今すぐにだ。」


 強調した言葉と同時に、公爵家の身分を示す懐中時計を受付台の上に出す。

 受付嬢は懐中時計と俺を交互に二度見した後、決心を決めたような顔で「こちらです。」と言って支部長室まで案内した。



 支部長室は、この地にあるもう一つの戦場と言わんばかりに慌ただしく荒れていた。


「住民に避難誘導を!」

「直ぐに周辺の村や街に通達を!」

「今すぐ動員できる高ランク冒険者は!?」

「公爵家に早馬を飛ばせ!」


 部屋の奥で構え、忙しなく動き回る事務員達に鬼の形相で矢継ぎ早な指示に似た檄を飛ばしているのが、レーメン(ここ)組合支部長(ギルドマスター)だろうか。

 若草色の長髪をポニーテールに纏め上げた、鋭い長耳の女性。

 一目で森林族(エルフ)だと分かる。

 見た目は20代後半から30代前半だが、森林族は長寿の種族だからな。

 外見だけでは年齢を判定できない。

 若い見た目に歴戦の雰囲気を漂わせているのは、その身体に見た目からは想像も出来ない経験を蓄えている所為だろうか。


 高身長のスレンダースタイル。

 胸は少し寂しいが、それを軽く凌駕するくびれと腰つき。

 顔立ちはキツネ顔で、目力が強く鼻が高いロシア系美人

 透き通った白い肌に蒼い目。

 街で見掛けたら四度見ぐらいするだろうな。

 オチは電柱にぶつかって終わりだな。


 ボディラインが強調されたパンツスタイルで腰に紋章が彫られた短剣を差し、直ぐに戦場に出られるように胸部装甲を付けている。

 その傍らには彼女が愛用していることが覗える、碧の羽と蒼の羽が付いた大弓が窓際に立て掛けられている。

 連射や早撃ちで勝負するショートボウや、アーチェリー用等に見られる標準的な弓ではなく。

 弓道などに使われる、和弓に近いデザインだ。

 あの細身でアレを扱うのだろうか。


 こんな状況であんな形相を見ていなければ、彼女をデートに誘い、尻の一撫でや二撫でほどしたい誘惑に駆られることは間違いなしだが、今の俺は七歳児で、さらに今は緊急事態だ。

 煩悩は、彼女の弓に巻き付けて遠くに飛ばそう。


「支部長、お客様をーー」

「なんだ!?今忙しいんだよ!どうせどっかの馬鹿が死怪鳥(オルニクス)の巣でも突っついたんだろうが、これが終わったらそいつを見つけ出して、魔獣共の餌にしてやるからな!」


 女番長(スケバン)だな。

 恫喝だろこれは。

 見ろよ、さっきまでキビキビと仕事をしていた職員さん達が生まれたてのバンビみたいになってるよ。

 当然、受付嬢のお姉さんもビビってる。


「それで……迷子なら町の役人のところに連れて行きな。……変な仮面だね。」


 支部長が俺達の方に気づき、片手間に扱うように手を振って部屋からの退出を促す。

 受付嬢のお姉さんが、紹介しようとしたが「大丈夫です。」と制して支部長の前まで足を運ぶ。

 

「初めまして、【炭鉱鳥(カナリア)】のパーティリーダーのトーリックです。ランクはFです。」

「こんな緊急事態にFランクがシャシャリ出る場所なんて無いよ!住民の避難誘導でもやってな!」


 礼儀正しく礼を取ったが、緊急事態に冷やかしに来たんだと思われたのだろうか。

 先ほどまでと変わらぬ形相で、睨まれてしまった。

 顔は見えないが、後ろのスティアは少し不機嫌そうだ。

 普段なら怖じ気づいてしまう状況だが、彼女は俺のこととなると強気になる。

 虎の威を借る狐というわけでは無いな。


「確かに、今はそんなことをやっている場合じゃ無いな。………それでは、人払いを願おうか。」

「………それは!?」


 支部長だけに見えるようにローブの袖から公爵家所属の懐中時計を見せる。

 支部長もこの存在を知っているようで、先ほどまでの険のある表情から一瞬の戸惑いのような表情を向ける。

 その沈黙に、周囲で作業をしていた職員達も手を止め、こちらの方に何があったのかと確認するような視線を向けている。


「今回の騒動に関しての情報を支部長さんに伝えたくて。出来れば、人払いを。」

「………わかった。ほらっ全員聞いてただろぅ?早く部屋から出るんだよ!」


 支部長は一瞬考え込んで、直ぐに判断を下した。

 これだけでも、この人が優秀な支部長であることが覗えるな。


 職員達が支部長の鶴の一声に反応するように部屋から退出する。

 最後に、受付嬢のお姉さんに俺達の身分に関しての口止めをして、部屋は俺達と支部長だけとなった。


 互いに向かい合うように座る。


「それで、その仮面は外してくれるのかい?」

「ええ、勿論です……スティアこっちにおいで。」

「はい。」


 スティアを俺の近くに寄せ、手元に入れてあった小瓶を取り出してスティアの方に寄せる。


 【融合】


 スティアの髪から抜いたメラニンを戻す。

 美しい小麦色から、快晴の空を切り取ったような鮮やかな空色に変わっていく。

 それに合わせて、ワグは顔を覆っていた兜を外し無骨な剣士風の佇まいから、公爵家の騎士たる気品を持ち合わせた直立不動に変わる。


「改めてご挨拶申し上げます。」


 二人の様子を確認し、俺も付けていた仮面とローブを外す。

 ロキは俺の膝の上にスッポリと収まり、ノートはソファーの肘掛け部分に移動する。

 

「オルトウェラ帝国筆頭公爵家(ペンタゴン)【銀雹公爵】グリバー家が五男。ユークリスト・スノウ・グリバーです。どうぞお見知りおきを。」


 立ち上がり、支部長に向かって礼を取る。

 普通はこの後、何かしらのレスポンスが返ってくるのだが、今回は返ってこなかった。


 様子は確認するために頭を上げて支部長の顔を確認すると、支部長が驚愕したような顔をこちらに向けてくる。


「あの……どうかしましたか?」

「ん?ああ、すまないね。坊ちゃんの噂はレーメン(ここ)にまで届いてるよ。天翼人(アティカルス)とナベロ人の従者を付けているってね。従魔のことは知らなかったが………私はレーメン(ここ)組合支部長(ギルドマスター)をしているレヴィアンナだ。元冒険者でランクはS、礼儀に関しちゃ大目に見てくれよ、どうぞよろしく。」

「気にしませんよ、よろしくお願いします。後ろに控えているのが侍女のスティアと騎士のワグです。そしてこの子が悪魔猿(ディアマンク)ロキで、そっちが曙光梟(ヒッポグリフ)のノート。」

『ロキはロキなの!』


 支部長もといレヴィアンナは、眉間を摘まんで揉み込んだ後一息つくためにリラックスした姿勢をとるためにソファーに深く腰掛ける。

 俺の紹介にワグとスティアは一礼し、ロキは俺にしか聞こえない念話で挨拶する。

 しかし、元Sランクの冒険者だったとはさすがの佇まいだな。

 畳み掛けるような騒動に『悪魔猿に曙光梟が従魔だと……』と少し気を病んでいるが、それでも何というか臨戦態勢というか、だらけているように見えて決して緊張の糸を緩めてはいないといった雰囲気があるな。


「ふう………それで、情報があるって事だけど?」

「はい、さっきレヴィアンナさんはこの騒動が死怪鳥の仕業であると言いましたね。」

「ああ、そうだよ。実際、過去にも死怪鳥が起こした大暴走(スタンピード)の例もあるし、あいつが森の主っていう話もある。だから今回もそうだと思ったんだが、坊ちゃん達の様子を見る限りどうやら違うようだね。」


 レヴィアンナは少し厄介そうにこちらの方を見る。

 確かに、これが死怪鳥レベルの話ならある程度のマニュアルらしき物も出来ていると思うし、人的被害が少なからず出ても、公爵家の援軍が来るまで何とか耐え忍ぶことが出来るだろうな。

 だが、話は死怪鳥程度には収まらない。


 死怪鳥(オルニクス)危険度(ランク)Sの魔獣だ。

 ブレーメンの森の西南部にある山の中腹部から、山頂付近まで巣を形成する厄介な魔獣でその数が増えすぎると大暴走が起きるため、定期的に数を減らさないといけないのだが、数が多い上に魔法も使う為、毎回被害が出ているそうだ。

 

 図鑑で見た時は気味が悪かったな。

 ピン飛び出た眼球飛び出た眼球。

 腹を空かした犬みたいに涎が垂れた嘴。

 怒大熊(グレイトベア)並の身体のサイズで、空中を縦横無尽に飛び回るんだ。

 アレの群れには正直近づいたくないな。

 

「そうです。突拍子も無い話ですが、今回は死怪鳥程度の問題では済みません。」

「ほう、と言うと?」


 呆れて困ったような作り笑いで問題定義をする俺に、それを少し訝しむように見るレヴィアンナ。

 今から、自分の口からとんでもない爆弾が生み出されると考えるだけで逃げ出したい衝動に駆られる。

 何でいつも俺にばかりこんな役回りが回ってくるのだろうか。

 もっと適当な奴がいないかね。



「…………獄妖狼(ゲヘナヴォルグ)です。」

「………今なんて言った?」

 

 真剣な顔に『何言ってんのか分からない』と書いてある。

 ホント、この美形にこんな事言わせるなよな。

 ちょっとした、ギャグだよ。

 言わせたのは俺なんだけどさ。


(ゲヘナ)妖狼(ヴォルグ)…です。」

「…………」


 掻い摘まんで放たれた不穏な単語を漸く理解できたのか、レヴィアンナのご尊顔に滝のような汗が流れ、一瞬だけ執務室の扉と窓の位置を確認する。

 直ぐに逃げられるように、本能的に逃走ルートを確認したんだろう。

 元Sランクでもこうなるのだから、獄妖狼という単語が持つ魔力というのも押し並べて分かる。


「………それは、確かな情報なのか?この情報が表に出れば、公爵家の人間と言えど間違いでしたじゃ済まされないぞ。」

「目撃情報があります。」

「目撃情報だと?そんなモノ私の所に上がっていないぞ。」


 情報の真偽に対して鋭い目つきでこちらを見る、先ほどの滝のような汗は既に引いて冒険者モードになっている。

 情報の真偽だって、俺もこんな状況にならなきゃ隠しておきたかったさ。

 墓にまで持って行くってヤツだな。

 

「従魔のノートが実際に獄妖狼と交戦をしています。」

「何……!?獄妖犬を見て生き残っただと?」

「はい、そのようです。」

「む………待てよ。ということは今回の騒動はその従魔が起こしたことなのか?」


 核心を突き少しだけ責めるようにノートの方を指さすレヴィアンナ。

 そりゃそうだ、レヴィアンナの態度はまだ大人の態度だ。

 俺が彼女の立場なら、目の前のテーブルを蹴り飛ばして喚き散らしている所だ。


「確かにそうです。ただし、僕が契約したのはその騒動の後ですので、僕の責任は問わないで下さいね。望まれるなら、こいつの羽を毟り取って丸焼きにしますが、如何でしょうか?」

『ピャッ!?おいユーリ、何を言っとるんじゃ!ワシはそんなことはせんぞ!』

『責任の取り方ってヤツがあるんだよ……』


 自分に飛び火してきたノートが俺に向かって念話で抗議してくるが、そんなモノは意に介さず即答で断る。

 俺はそんなに優しくない。

 最悪、こいつの命で手打ちにして貰いたいモノだな。

 ノートの様子に視線を移したレヴィアンナは、考え込んだ後に不躾に手を振って答える。


「確かに、希少魔獣の丸焼きというのは美食家を自負している私としては魅力的な話だが、それは今やる話では無いな。」


 ノートの方に視線を向けたら、ノートが縮み上がっていた。

 レヴィアンナもノってきたのか本心なのか分からないが、一先ず責任の話をするつもりは無いそうだ。

 こういう時大抵の役人は責任の話をするからな。

 建設的な対応策を話し合う姿勢をとるだけでも、この人が誠実というのが分かるな。


「ありがとうございます。それじゃあ本題なんですけど…………」


 それから、俺達はいくつかの話をした。

 レヴィアンナ自身は今回の大暴走に関して、いくつか対応策を練っていたようだが、それが獄妖狼の単語の出現で全て吹っ飛んだらしい。

 そりゃそうだよな、他の有象無象ならレーメン(この街)とその地形を十二分に使って撃退、または防衛が出来るだろうが、今回は全く話が違う。

 獄妖狼の前でレーメン(こんな街)は、ただの子ブタが造った藁の家に等しいオブジェにすぎないんだからな。

 あっさりと蹴散らされて終わりだ。

 人も魔獣も建造物でさえな。

 

 だから、そこに俺が持参した持論を展開して今回の件の解決策の一つを提案した。

 成功する確証も、失敗した場合のバックアッププランもないし、通常時なら誰がこんな事を許可するんだと文句を付けられること間違いなしだが、今回打てる手はこれしかないと断言できるほどの最適案であると思う案を出した。

 レヴィアンナも最初は懐疑的であったが、彼女自身が俺の提案したプラン以外の最良案を持ち合わせておらず、熟考した結果渋々といった形で了承してくれた。

 途中、俺の提案を受け入れられなかったスティアが異を唱えたが、プランはこれしか無いと納得させて説得した。

 

「正直、気が引けるね。こう言っちゃ何だが、坊ちゃんに全部押しつける事になるんだよ。もし失敗したら、真っ先に殺されるのはあんただよ。それでも良いのかい?」

「失敗したら、遅かれ早かれ皆死にますよ。それに、民を守るのは貴族の勤めですからね。」


 自分が言っているのが詭弁だというのは分かっている。

 民を守るのが貴族の務め?

 自分の命が一番大事に決まっている。

 全てを放り投げて逃げ出したい。

 でも、俺以外の人間には出来ないんだよ。


 何故なら、恐らく獄妖狼の目的が駄鳥(ノート)だからだ。

 その嗅覚で獲物を捕らえて、どこまで逃げようと俺達の前に現れる厄災。

 だから、逃げるだけ無駄だと分かっているんだ。

 逃げて体力を消耗するよりも、体力のある段階問題と対峙する。

 それが俺のスタンスだ。

 優勝大本命の強豪校とは、決勝で戦うよりもシードの二回戦で戦う方が良い。


「ふっ、そうかい。まぁ組合(ギルド)としては、今の戦力で獄妖狼と事を構えるのは、世界樹の枝を折ることと同義だからね。被害が出ないことが一番良いが……一応こっちの方でも住民の避難誘導は進めておくよ。」

「はい、よろしくお願いします。」


 『世界樹の枝を折る』は人間世界の言い回しで言う所の、『月の石に触れる』と同義だ。

 森林族(かれら)にとっては、世界樹こそが神から賜った神物であるという認識から、基本的に触れてはいけない禁忌を表現する言い回しには『世界樹』が用いられることがある。


 さてと、これで一応俺とレヴィアンナの会合は終了した。 


「………それでは、報酬の話をしましょうか。」

「………ん?」


 一段落終えた所で、俺が満面の笑みで膝元のロキの頭を撫でながら持ち出した話題に、レヴィアンナはかなり困惑気味だ。

 その様子は、獄妖狼の単語が出た時よりも困惑しているな。

 スティアは眉をハの字にした困り顔に、ワグは少し呆れたように少し嬉しそうに目を伏せて腕を組んでいる。

 しかし、俺としては当然の権利を主張しているつもりだ。

 冒険者として問題を解決するのだから、冒険者として報酬を貰う。

 

「ですから、報酬を。」

「本気で言ってんのかい?」

「当たり前ですよ。僕は冒険者ですよ?大きな仕事の後には大きな報酬を、それがこの仕事の醍醐味なんですから。」

「………」

 

 少しの沈黙が部屋の中に充満する。


「ふっ、はっはっはっはっはははは!!いや、やっぱり噂以上の御仁だよ君は!こんな時に報酬を要求するなんて。大胆で狡猾というか。良いだろう、何がお望みかね?私に出来る範囲のことで叶えようじゃ無いか。」


 一頻り爆笑した後に、話を飲み込んだレヴィアンナ。

 理解してくれたようで俺の方も嬉しい限りだ。


「まず、この子達に関しての情報秘匿に協力を。」

「ああ、それぐらいなら任せな。」

 

 まずは、従魔に関しての情報隠蔽に協力して貰う。


「次は、現在僕たちが使っているギルドカードは偽名で登録しているので、本名の方でも登録したいのですが……」

「それなら、まだ大丈夫だね。」

「ありがとうございます。それから……」

「まだあるのかい?」


 それから、俺の要求をいくつか通して報酬の交渉も終了した。

 いくつか無理を言った自覚はあるが、今から命をかけた大博打に出るんだ、リスクにはそれに見合ったリターンが有るからギャンブラーが群がるんだよ。

 俺もそれなりのリターンを約束されたって罰は当たらない。

 それに、無理を言ったがいちゃもんは付けていない。

 例えば、古代魔導具(アーティファクト)が欲しいとか、森林族(エルフ)の国への招待状が欲しいとかな。

 そんなことは言っていない。

 

 森林族は大陸中にいるが、その国は未だ不明である。

 多種族と交流する現代的な森林族もいるが、その他の種族を卑下する排他的な森林族もいるらしい。

 これはどこの種族も一緒だな。

 それに亜人種を奴隷にする国もあるからな。

 その出身は出来るだけ隠した方が良いんだろうな。


「それじゃあ、僕たちは準備に掛かりますのでこれで失礼します。」

「ああ、何かあったら直ぐに言ってくれ。」


 交渉が終了した俺達は、下準備のためにこの場を後にする。

 もちろん、しっかり変装をしてな。


「ユークリスト・スノウ・グリバー。」


 部屋から退出しようとした時、レヴィアンナから呼び止められた。

 振り返った先に見たその顔は、今までの檄を飛ばしていた時、困惑して汗を流していた時、腹を括ったように大声を上げて笑った時とも違う。

 戦場に向かう戦士の顔だった。


「私はこの街が好きだ。人も建物も食事も、その全てを君に託す。どうか我々を救ってくれ。」


 腰に差していた短剣を机の上に置き、両の手を机に着いて、特徴的な耳が着いた頭を垂れて、こちらに差し出す。

 森林族(エルフ)が使う、最上級の礼だ。

 自分が身に付けている物と、身体の一部を相手に差し出す。

 長寿のエルフはとてもプライドが高く、屈辱を受ける姿勢をとることで、相手への礼を示すと本に書いてあった。


 この人も、この事態を自分の力で何とかしたいと思っているんだ。

 しかし、それが叶わない。

 だから、自分のプライドを全て擲って目の前の子供に頼み込んでいるんだ。

 だったら、俺もそれなりの礼を尽くすべきよな。


 俺は身体を向ける為に振り返り、仮面を外し貴族が取る右手を心臓に当てる最敬礼の姿勢を取り、レヴィアンナの方を真っ直ぐに見つめる。


銀雹(スノウ)の名に誓って。」


 俺の言葉に、レヴィアンナはふっと笑い、俺達は支部長室を後にした。



ーー



「人がたくさんいますね。」

「きっと避難してきた平民達だよ。」


 執務室から出た俺達が見たのは、ロビーに詰め寄ってきた大量の住民達だった。

 帝国内の組合支部(ギルド)の地下には大暴走に耐えられるだけの地下シェルターがある。

 これは、帝国の初代皇帝が国策として考案した避難方法だそうだ。


 初めは貴族達が戦争の戦火から逃れるために開発されたそうだが、戦火による被害よりも、大暴走による魔獣からの被害の方が大きいことから、帝国内の各組合支部に住民用に造られたシェルターがある。

 しかし地下シェルターとはな、初代皇帝はずいぶんと現代的な考え方をする人間だったらしいな。

 

 ロビーに集まった住民達は、皆一律に不安そうな顔をしている。

 しかし、住民達に対して俺達が出来ることは何も無いから、その横を構わずに素通りしていく。

 何人かはこちらの方を見て、さらに不安そうな顔になっている。

 そりゃあ、緊急事態に得体の知れない仮面を被った自分の半分しか身長の無い生物を見れば、自分たちが陥っている事態の深刻さが増すだろうな。

 しかし、全員が全員その状況に陥っているわけでは無い。


「あ、トーリックさん!」


 自分を呼ぶ声の方向に顔を向ける。

 そこには、ちびっ子冒険者の体力担当オーウェンがこちらに向けて手を振っていた。

 その横にはミア、カミーラ、ゲイルもいた。

 後ろには彼らの親だと思われる大人達が、心配そうにこちらの方を見ている。

 子供達は住民の列から脱線し、こちらの方へ近づいてきた。


「トーリックさん達も一緒に避難するんですか?」

「だったら、僕たちと一緒に行きましょう!」

「いや、悪いが私達は一緒に避難しない。」

「どーしてよ?」


 一緒に避難すると思ったのだろう。

 もしくは一緒に避難すれば自分たちは安全だと思ったんだろう。

 俺達が一緒に避難しないことに、子供達はややショックを受けている。


 ミアだけは、少しだけおやつを貰えなかった子供のように口をへの字に曲げている。


「今回の騒動を解決しないといけないからな。」

「ッ……何で行くのよ?」

「ミアちゃん…」


 ミアは異種運だけ目を見開いた後、少しだけ俯き呟くように質問をしてきた。

 他の三人も、少し気まずそうにミアの様子を見ている。

 

 正直意外だな。

 ミアの性格なら『私もついて行くわ!』と言って張り切っている所を、他の三人が止めに入る。

 ここまでが一つの流れのはずだ。

 『邪魔するでぇ』と言われた『邪魔すんなら帰って~』と返すことが常識なぐらいの真理だ。

 仮面による視野狭窄と俯いている所為か、こちらからはミアの表情が見えない。 

 ただ、少し暗い雰囲気を感じる辺り、その表情も暗いモノになっているのだろうな。


「私しか解決できる人間がいないからだ。」

「どうして、そんなこと言えるのよ?」


 少しだけ声が震えている。


「さあ、わからないな。大陸中を探せば、きっと私以外に適任者が見つかるだろう。でも、今はそんな時間は無い。」

「……逃げようとか、思わないの?」

「思うに決まってる。死地に飛び込む人間の気持ちは理解に苦しむ。」


 俺の即答に、驚いたように顔を見上げたミア。

 やっと見ることの出来たその顔は、少し悔しそうにも、こちらを責めるようにも受け取れる顔だ。

 

 何か、彼女の心情を害したのだろうか?

 仕方が無い。

 俺はメンタリストじゃ無いからな。

 他人の心の機微はよく分からない。


「それでも、守る人間がいる限り私は自分自身の為に戦う。」

「どうして、他の人の為に戦うことが自分の為になるのよ?死んだら何にもならないじゃ無い。」

 

 どうして自分が戦うのか?

 これはかなり際どい質問だな。 

 俺は堕落的な博愛主義者だが、恐らく今後も危険と一切無縁の生活が送れるわけじゃ無いってのは、二年前の誘拐事件で骨身に染みて解っている。

 つまり、いつか生きるか死ぬかの状況に放り込まれてしまうって訳だ。

 その状況を自分の身体一つで、切り抜けなきゃいけないって事も。

 何で戦うのか?

 月並みだが、人を守る為という答えしか出ないな。

 

「だったら、何故ゲイルの父親の為に森へ足を踏み入れたんだ?」

「そっ、それは!」

「二人とも行こうか……」

 

 これ以上の問答は、無駄だろうな。

 それに、こちらにはあまり時間が無い。

 いたずらに時間を消費できるほど、余力は無いからね。

 俺の問いかけに言い淀むミアを置いて、部屋に戻ろうとする。


「まっ待ちなさいよ!」


 その要求に振り返ること無く、部屋に足を進める。

 さてと、まずは遺書でも書こうかな。



ーー



 時は少しだけ進み。

 レーメンの街を囲む城壁の上には、仕えるべき主人に置いて行かれた従者が二人。

 天翼人(アティカルス)であるスティカリリアと。

 誇り高きヤヅナベロの戦士、ワグ・ソトゥン。

 

「ねえ、ワグ。やっぱり、今からでも一緒にユークリスト様の所に行こうよ。」

城壁(ここ)に留まることを、あいつが臨んだんだ。なら俺達は、ここであいつの帰りを待つだけだ。」

「むぅ、ワグはユークリスト様の騎士なのに何でそんなこと言うの?」

「あいつの騎士だからだろ。」

「ん?どーいうこと?」

「これが他の人間なら、後ろに控えて目の前から迫る危険から身を挺して主を守るのが当たり前だ。だが、俺達が仕えている男はその辺りが違う。今回の件も、あいつに何か考えがある。だから俺はこの場で待機する。」

「それで、ユークリスト様になにかあったら!?」

「その時は、自刃する。主人のいない騎士として生き恥を晒すくらいならな。」

「ッ……!!」


「…………お前は善くやってる。」

「それでも、ユークリスト様が危険な時に一緒に居られないよ……ずっと守られてばっかり。」

「なら、示すしか無い。自分はユークリストにとって有益な人間であることを。」

「どうやって?それに……私に出来るかな?」

「知らん。」

「もおぉ!ちょっとは真面目に答えてよ!」

「……ただ一つ、言えることがある。」

「なに?」

「ユークリストは、これまでその身一つで証明してきた。俺達の主人であること、貴族であること………そして、俺達はそれを最も近くで目撃した証人だ。」

「………」

「それに、俺だってこの状況に納得しているわけでは無い。だから、この光景を目に焼き付けるんだ。戦士の屈辱としてな。」

「……ワグは強いから、きっと直ぐあっち側に行くんだろうな。」


「………俺の前を歩くのは、主人であるユークリストただ一人だ。」

「ん?」

「それと同様に、俺の隣を歩くのは同僚のスティアだけだ。」

「…………うんっ、ありがと。」



ーー



 今日に限っては、希望の象徴とも呼ぶに値する陽の光が地平線に沈み、辺りは暗く静まり返ろうとしていた。

 この地を照らすのは、地平線の向こうから微かに漏れる木漏れ日と、もう一つ。


「ははっ。まさか、こっちの世界でこれを見ることになるとはね。」


 現在俺は、レーメンとブレーメンの森の丁度中間地点に来ている。


 ワグとスティアは城壁の上においてきた。

 一緒に行くと豪語していたけど、今回は主人命令を出した。

 

 驚いたのが、ワグが最後まで引き下がったことだよな。

 表情はほとんど変わらなかったが、眼の奥に炎のようなモノが垣間見えたな。

 かなり嬉しかったな。

 

 ロキも駄々を捏ねたけど説得した。

 ノートに関しては、途中で逃げようとしていたから縄で括って、レヴィアンナさんに預けてある。


 さて、今俺の目の前に何が見えるかというと。

 前世で散々憧れていたモノだ。

 クリスマスシーズンになると、恋人同士が腕を組み合って練り歩く希望の街道を美しく彩る、地上に零れ落ちた天の川。

 俺の場合は、そんなモノは毎年脳内処理で終わらせてたからな。

 いや、そんな生温い物じゃ無かった。

 毎年あの季節になると、一人鍋を囲みながらリア充共に爆散して欲しくて堪らなかった。

 あの季節だけは、テロが起こっても悲しまない自信があるほど。

 とにかく俺は、『恋人の季節』と呼ぶに等しいクリスマスが大嫌いだった。


 勿論、子供の頃は好きだったさ。

 毎年12月25日の朝を迎えると、家の前や裏にプレゼントが置いてあるんだ。

 毎回願った物が入っているから、本当にサンタがいるのだと信じたほど。

 小学生の時、父親が困った声で『まだサンタさん信じてる?』と聞くまでは。

 いや、聞いた後も近所の家の前を車で通る時は窓に顔を貼り付けて、その光景を初めましてのように目に焼き付けた


 中学高校に上がると、周りの皆がクリスマスデートに行くんだ。

 その写真をSNSに投稿していたのを、俺はなんとなくの感覚で見ていた。

 美しく煌めく光景を背景に身体を寄せ合う、仲睦まじい恋人達。

 いずれ、自分もああなるのだと。


 そして、大学。

 そのチャンスは来なかった。

 友達はいたが、異性の友人となるといまいち踏み出すことが出来ずに、一人飯をズルズルと引き摺ってしまった。

 あの時の鍋は、いつもより少し塩っぱかった気がする。

 可笑しいよな、白出汁と味醂と酒のシンプルな味付けが売りの一人鍋なのにさ。


 あの時一人で〆の饂飩を啜りながら夢見た光景。

 その光景が俺の前に広がっている。


 忌まわしき『イルミネーション』が。

 俺の目の前に、見渡す限り広がっている。

 

 ホントにキラキラしてるんだ。

 生い茂る森の木陰から、こちらを照らしている。

 その様は、漫才のセンターマイクを照らす照明のように。

 舞台俳優を引き立てるスポットライトのように。

 大金持ちの裏の顔であるダークヒーローの登場を示すサーチライトのように。


 あれを背景にプロポーズすれば、成功間違いなしと保険会社からお墨付きが貰えるほど。

 神々しくどこか誘惑的な光沢が、この世の快楽を煮詰めた窯の中に誘ってくる。

 そんな光がこちらを覗いている。


 一つだけ、この光景に水を差すのなら。

 その光源が、魔力を帯びた魔獣の眼光だということだろうな。

 その事実を視れば、あの光源の一つ一つが今まで奴等が奪ってきた命の灯火に見えてくる。

 もしくは、心霊現場を彷徨う霊魂が燃やす鬼火にも。


 ーレーメン(この地)に生存する生命を全て焼き尽くすー


 そんなメッセージを、この光景を目撃した人間の本能に視覚的に訴えてくる。


 この光景を見ているのは、俺と城壁の上にいるスティアとワグとレヴィアンナだけ。

 俺が彼女との交渉でお願いした一つに、目撃者を無くすことがある。

 

 その理由は、混乱を防ぐ為。

 御伽噺の住人と思われていたSSSランクの魔獣が直ぐ隣で寝泊まりしているという事実は、レーメンで生きる人間にとって混乱をもたらすことになる。

 そうなれば、この街の重要性に目を付けた欲深な役人が来るかもしれない。 

 冒険者組合(ギルド)に報告が行ったら、浅はかな馬鹿が本格的にブレーメンの森の開拓に出るかもしれない。

 そうなったら、レーメン(この街)だけじゃなく近隣の街や領地にまで被害が行くことになる。

 生き証人は出来るだけ少ない方が良い。

 それに、どれだけ準備しようと獄妖狼が出てきたら、全員が象に踏み潰される蟻に等しい存在になるんだからな。

 それなら、成功した時のことを考えて目撃者はいない方が良い。


 勿論、大暴走に供えるべきだという意見が冒険者側から出たそうだが、全てレヴィアンナが一蹴した。

 街から出てきた者は、全員ランクを二階級降格だと言及してな。

 頑張って上げたランクを、二つも降ろされたんじゃやってられないと、その場にいた冒険者が全員黙り込んだ。

 

「さてと、そろそろかな。」


 地平線の向こうに日が落ちて、照明が目の前のイルミネーション一択になり、辺りが暗くなった。


 光の向こうから、獣の呻き声が聞こえてくる。

 

 やべえ、マジで帰りたい。

 真っ当な七歳児なら何でもありの状況だな。

 いや、そもそも真っ当な七歳児はこんな所に来ないよな。

 

 

 呻き声が止んだ。

 それと同時に、彩り鮮やかだったイルミネーションも闇の中に消え、雲に隠れていた月がその姿を現し祝福でもするかの様に、彼の地を照らしている。

 


 正面の茂み、その奥から異様な何かが、こちらに向かって近づいてきた。

 

 唸り声は無し、足音は無し、風による木々の騒めきも、普段なら森を包む喧噪すらも。


 その姿を観ることさえも禁じられているかの様に、也を潜めている。


 ただただ殺戮的な存在感が、こちらに迫ってくるのを感じる事のみを赦されている。

 

 足音を感じるように、自分の心臓の鼓動が大きくなる。

 

 唸り声を感じるように、自分の胃が締め付けられる。


 木々の騒めきの様に、身体のあらゆる部位から汗が出る。


 全身の細胞が警報を鳴らしている。


 ーそれを見る前に自分で命を終わらせろー


 『あの瞬間ほど自分の生に縋り付いたのは、産声を上げた時以来だ』とは、『大陸に棲む魔獣』の著者ハルハット・トゥフォンの言だ。


 因みに、彼は『大陸に住む人々』の著者でもある。


 読んでいた時は創造(フィクション)だと思っていた。

 でも今なら、その言葉の意味が骨身に染みて解る。


 

 それは、次第に輪郭を帯び始めた。

 暗闇の中で遠目に見ても、肉眼でハッキリと認識できる。

 

 しかし、大きくは無い。

 身体のサイズだけの話なら、恐らく怒大熊(グレイトベア)と良い勝負だろう。

 一歩また一歩と、こちらに近づく度にその姿が露わになる。

 

 蝦夷狼に墨汁をぶちまけた様な外見に、赤黒い真紅の瞳。

 爪と牙の露出は無い。

 

 


 遙か太古の時代、天地創造の時代。

 悪神の猟犬として生を受けた地獄の狩人。


 

 獄妖狼(ゲヘナヴォルグ)がその姿を現した。



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