閑話:檻の中の少女
章閑です。
『スティ、スティ。私の可愛い天使。』
記憶の中のお母さんは、泣き止まない私にいつも子守歌を歌ってくれた。
歌詞は覚えていないけど、あの情景を思い出すだけで心が安らいだ。
優しいお母さん、綺麗な白い翼、優しい唄。
これが私、スティカリリアの温かい記憶。
覚えているのは、優しい大人の顔。
周りの人たちは、私達に優しくしてくれて色んな物をくれた。
可愛い髪飾りや、可愛いぬいぐるみ、可愛い服。
住んでいる家の周りには、綺麗なお花畑があって、そこでお友達と遊ぶのが好きだった。
お父さんと一緒に街に行ったときは、おいしいご飯が食べられた。
でも、お母さんのご飯の方がおいしい。
こんな幸せがずっと続くんだと信じていた。
覚えているのは、怖い大人の顔。
その日は、お友達と一緒にお花畑で遊んでいる時に大人達が寄ってきた。
いつもの優しい顔じゃ無かったことと、周りの花が赤に変わったことだけは覚えている。
一生懸命に家に逃げた、色んな所から悲鳴が聞こえてきた。
聞きたくなくて耳を塞ぎながら走った。
辿り着いた家にはお母さんとお父さんが居た。
直ぐに準備をして、三人で逃げ出した。
私達を見た大人は、本に出てくる悪魔の顔をして私達を追ってきた。
どこに向かっているのかも分からずに走った。
途中で鎧を被った人達が、私達の前に現れた。
お父さんは、私とお母さんを逃がすために囮になってくれた。
それが、お父さんを見た最期だった。
私は、お母さんに手を引かれ森の中を走った。
『ごめんね、ごめんねスティ……』
お母さんはそう言いながら、私の背中に生えている羽を根元から切った。
『痛いよ!痛い!ママ止めてよ。』
泣きながらそう言っても、ママは止めてくれなかった。
悪い人達に終われないためだと言って、次は私が泣きながらお母さんの羽を切った。
追ってくる人が居なくなって、三日ぐらい経つとたくさんの家が建っているのが見えた。
村の人達は、私達を受け入れてくれた。
その日の夜、また怖い大人達が来た。
私達はまた逃げ続けた。
次の村でも、次の村でも。
食べ物はお母さんが、魔法でとってきてくれた。
次の村では、お母さんが事情を話して『何でもしますから!』と言って村に置いて貰った。
久しぶりに、ぐっすり眠ることが出来た。
温かいご飯が食べれて、村の人達は私達の家を準備してくれた。
酷い事がたくさんあったけど、ここなら平和に暮らせると思った。
その日の夜から、色々な男の人が家に来た。
男の人達が来ると、お母さんは私を別の部屋に入れて『耳を塞いでなさい』と言った。
毎日、毎日、違う男の人が来た。
男の人達が帰ると、お母さんは優しい顔で私を迎えに来てくれた。
その顔は少しずつ疲れていった。
外で遊んでると、別の家の子達が来た。
お友達になれると思って近づくと、その子達のお母さんが『遊んじゃダメ』と言ってどこかへ連れて行った。
次の日、その子達に石を投げられた。
子供達は笑ってた、その顔が大人達のそれよりも怖い物だったと、今でも覚えている。
次の日も、次の日も石を投げられた、私はただお友達が欲しかっただけなのに。
お母さんに言いたかったけど、これ以上困らせちゃダメだと思って言えなかった。
その年は、野菜や麦が採れなかったって大人達が言ってるのが聞こえた。
『ぜいきん』っていうのが納められないって騒いでた。
次の月に、偉い格好をした人達が村に来た。
ああゆう人達を見たことがある、お父さんが居た頃に私達が住んでいる村に来ていた人も、あんな服を着てた。
その人達は、怖い顔で私とお母さんを見た後は、別の場所に連れて行った。
馬車の中で運ばれていく中、『ぜいきん』の変わりのなったんだと、子供心ながらに分かった。
次の大人は『きぞく』っていう人だった。
そこでも、私達は部屋を与えられた。
お母さんは夜になると、その人の部屋に呼ばれた。
その家の子供にも会った。
また、石を投げられると怖かったけど、次はお友達になれるかもしれないと、ちょっとワクワクした。
その男の子に殴られた、蹴られた、石を投げられた。
楽しそうに私を殴ってた。
私が止めてと言う度、男の子は嬉しそうな顔をしていた。
近くの大人に助けを求めたけど、誰も止めてくれなかった。
お母さんは、私の顔の痣を見て『ごめんね、ごめんね。』と泣きながら謝っていた。
お母さんは悪くないのに、その日は私も一緒に泣いた。
お母さんの身体には、私の顔よりも多い痣と切り傷があったから。
そんな生活が一年とちょっと続いた。
また、偉い格好をした人達が来て、私達を見た後馬車に乗せて運んでいった。
また『ぜいきん』の変わりだと思ったけど、途中で大人達が『けんじょうひん』とか言ってるのが聞こえた。
馬車の中で、お母さんとたくさんお話をした。
次の場所でも、部屋を与えられた。
夜になるとお母さんは連れて行かれ、私はその家の子供に酷いことをされた。
誰も助けてくれないことは分かっていた、仕方が無いことだと分かっていた。
『止めて』と言うと喜ばれるのが分かっていたから『止めて』と言った。
怒ったときの方が怖かったから、喜ばせることに一生懸命だった。
しばらくして、お母さんの病気が分かった。
他の大人達は、『もう使い物にならない』とか『早く処分しよう』とか言ってた。
お母さんとお別れするのが嫌で、どうにかして下さいとお医者さんに泣きついた。
でも、私は言葉に出来ない直観で分かっていた。
だって、今まで望みが叶った事なんて無かったから。
お母さんは日に日に弱っていった。
夜に呼ばれることは無くなった、でも夜に呼ばれていた方が元気だった。
身体に出来た痣が無くなるように、お母さんの元気がなくなっていった。
『きぞく』の人が部屋に来て、今度は私を部屋に呼ぼうとした。
お母さんが必死になって守ってくれたけど、きぞくの人は『お前が死んだら、次は娘の番だ』と嬉しそうな顔をしていた。
その日の夜、怖がる私を抱きしめながらお母さんは、子守歌を歌うように話してくれた
『私の可愛いスティ。貴方はどんな大人になるのでしょうね。きっとパパに似て、優しくて勇敢で、綺麗な女性になると思うわ。ちょっとせっかちさんなのは玉に瑕だけど、それも貴方の可愛らしいところよ。ママよりも料理が上手で、お掃除の出来る大人になってね。ママはお掃除が苦手で、いっつもパパが代わりにしてくれたの。』
お母さんは、絵本を読み聞かせるように優しく私に語りかけてくれた。
もう何年も絵本を読んで貰ってない、この生活が終わればまた読んで貰えるかな?
『綺麗なお花畑がある素敵なお家に住んで、絵本に出てくるお姫様みたいなドレスを着て、素敵な男の子と恋に落ちるの。どんな男の子かしらね、騎士のように強い人かしら?商人のように賢い人?冒険者のように自由で格好いい人?鍛冶師みたいに職人気質な人も良いわね。絶対にママの所に連れてきてね、貴方を大事にしてくれない人には任せられないから。』
母は途切れ途切れに話を続けた。
『ちゃんと、ご飯を食べて。たくさん遊んで、友達を作るの。お腹が痛くなったら、近くに居る大人を頼りなさい。髪が伸びてきたら、自分で髪を結うのよ、天翼人の髪は特徴的だから、ちゃんとお手入れするの。そうしたら、男の子は皆スティの魅力に釘付けよ。好きな男の子が出来たら、自分でお化粧もして振り向いて貰わないとね。でもスティは美人になるから、他の男の子が放っておかないわね。もし、好きな子が出来ても慎重にね、男の子は狼さんだから、スティが食べられちゃうわ。パパみたいな素敵な人を見つけなさい。貴方を大事にしてくれて、貴方を笑顔にしてくれて、貴方を幸せにしてくれる。そんな人と出会ってね。』
母は枝のような腕で私を包んでくれた。
その顔は、お父さんと同じだった。
『愛してるわ、スティカリリア。貴方の幸せだけを願ってる、素敵な人に出会ってね。』
それが母の最後の言葉だった。
『女の子に見えたらダメだから』そう言って私の髪を短く切った。
母は、最後の力を振り絞って魔法を発動させ、私を逃がしてくれた。
それから、また一生懸命走った。
街の中を、ひたすら走った。
一日、また一日と時間が過ぎて、安心して眠ってしまった。
次に起きたときには、私は檻の中に居た。
首と四肢に錠を付けられて。
怖い人達が私を囲んで酷いことをされると思ったけど『商品だから』って理由で何もされなかった。
代わりに、寒くても毛布は無かったし、食べ物もおいしくなかった。
何日か経ったら、別の人が馬車に運ばれてきた。
布に覆われて外は見えなかったけど、私と同じ子供というのは分かった。
………お母さんはあれからどうなったかな。
ー病気が悪化したかな。
ー兵士の人達に酷いことされたかな。
ー死んじゃったかな。
ー生きてても、きぞくの人に酷いことされるんだろうな。
母とはもう二度と会えない、それだけは分かっていた。
それでも、お母さんに会いたい。
布の外から物音がした。
きっと、運ばれてきた子供が起きたんだろう。
足音でどこに居るかだけは分かった。
あっちに行ったり、こっちに行ったり。
よく動く子だな。
足が檻の前で止まって、覆っていた布が一気に取り払われた。
綺麗な服に黒い髪。
そこには、村に住んでいた時にお母さんが読んでくれた絵本に出てきた王子様みたいに、素敵な男の子が立っていた。
「君の名前は?」
「わ、私の、なまえは、ス‥‥‥‥スティです。」
「そうか、よろしくスティ。僕の名前はユークリスト、よろしく。」
王子様みたいな笑顔じゃ無かった。
「よし、やらなきゃ死ぬんだ。」
「いまから、物騒な音が鳴るけど、決して声を出してはいけないよ。」
王子様みたいに優しいことは言わなかった。
「はいこれ、マフカの実。ゆっくり食べるんだよ。」
「ほら、もう一個。」
大人の人に酷いことされたのに、私に食べ物をくれた。
「お腹が減ったね、家に帰ろう。」
「僕はまだ靴下があるから大丈夫。それに寒いでしょ?ほら座って、履かせてあげるから。」
私を檻から出して、寒いからって靴をくれた……でも。
「‥‥‥‥天翼人‥‥?」
彼は、私の種族のことを知っていた。
私と母に酷いことをした人達のように。
目の前の子が怖くなった、それまで絵本の王子様だったのが悪魔に見えた。
身体にある痣から痛みがする。
彼の顔を見るのが怖かった。
私を閉じ込めていた檻に戻りたくなった。
どこにも行けないけど、誰も酷いことをしなかったから。
彼は、跪いて私の手を取ってくれた。
それでも、不安と恐怖は晴れなかった……だって。
「僕の名前はユークリスト・スノウ・グリバー。僕の父は、オルトウェラ帝国北部で一番偉い貴族だ。」
彼は『きぞく』だった。
私とお母さんに酷いことをした『きぞく』だったんだ。
ここから逃げ出しても、きっと酷いことをされる、彼について行っても良いのか?
そんな思いが私を支配した。
私が自由にならなきゃ、父の行いが、母の行いが無駄になってしまう。
「君がもう安心だと思えるまで、君の身体から痣が無くなるまで、君のお腹が空かなくなるまで、君を大切にしてくれる人が見つかるまで、君が心から笑えるようになるまで、好きなだけ僕の後ろに居てくれて構わない。」
ー貴方を大事にしてくれて、貴方を笑顔にしてくれて、貴方を幸せにしてくれる。そんな人と出会ってねー
彼は母が最期に言ったことと似たようなことを言った。
何一つ確証なんて無い、寧ろ裏切られる可能性の方が高かった。
彼のことは何も知らないが、『きぞく』が如何に残虐で私達に何をしたのかは、身体に刻まれて知っていたから。
それでも……それでも。
ふと、思い出した。
彼は、馬車から出て大人のところに行ったときに、刃物を取り出していた。
そのまま、大人の上に跨がって刃物を振り上げていた。
きっと、これから彼はあの大人を殺すんだ、そう思った。
けど、彼はその刃物を振り下ろすことが出来なかった。
私の知っている子供達とは違った。
きっと、彼らなら躊躇すること無く振り下ろしていたと思う。
彼の顔は、なんだか苦しそうだった。
彼は違う……心の中でそう思った。
あの日から、ずっと言ってきた言葉がある。
誰もが聞いたが、誰もが聞いてくれなかった言葉がある。
その言葉の見返りに、皆酷いことをしてきたから。
私が子供だったから、こう思ったんだろう。
普通の大人なら、きっと彼のことを信じなかった。
どれだけ叫んでも、聞いてもらえなかった言葉だから。
「僕に‥‥君を守らせて欲しい。」
私は誰かに助けて欲しかった。
颯爽と現れて、酷いことをする人達を倒して、私とお母さんを救って欲しかった。
その言葉が嘘でも良かった。
ただ、一言言って欲しかった。
ー君を助けに来たー
これが私、スティカリリアにある二番目の温かい記憶。
その後、私は彼の家に保護された。
彼は約束通り、私に寝る場所と温かいご飯と綺麗な服を用意してくれた。
彼の専属侍女という居場所も準備してくれた。
彼の隣にずっと居るために勉強を頑張った。
料理も、お母さんには届かないかもしれないけど、彼は凄く喜んでくれた。
でも、この二年間彼は一度も私を公式の場に連れて行ってくれなかった。
私を守るためだって言ってたけど、分かってる。
私が弱いからだ。
一人じゃどうしようも無いほどに。
これからも、ずっと彼に守って貰わないといけないのか。
彼にだけ酷い思いをさせて良いのか。
そう思ったとき、彼の姿が私を守るためにボロボロになっていく母と重なって見えた。
また、私のせいでこの人に酷いことが起きるのかと、恐怖と罪悪感が私の中を蝕んでいった。
このままじゃ、きっといつか、彼を失ってしまう。
そうなれば、私はどうなるの。
またあの頃に戻ってしまうのか。
彼に守られるだけの存在じゃダメだ。
彼と同じ道を歩ける人間にならないと。
「遂に、ルル姉から許可を取ることが出来たよ。来週から一週間、隣の【レーメン】に行くからね。そこで魔獣狩りをするから、スティアの魔法も上達させようね。」
一週間の魔獣狩り。
ここで、彼の役に立つんだ。
隣を立って歩くために。
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