第10話:赤肌の騎士
今回短めです。
ーワグ視点ー
そいつは訳も分からず、土足で俺の世界に踏み込んできた。
一緒に訓練している兄貴に引っ付いて、時には連日、長くとも三日空くことは無かった。
良い所のガキだと思っていたが、あの領主の息子だった。
そいつは、いろんなことを質問してきた。
あいつの姉の愚痴や他の兄弟の話。
俺の故郷の話や、俺が使っている体術の話。
俺がどこで育ち、どうやってここに来たのか。
時には、好きな女の話におすすめの飯屋の話。
領都で一番飯がうまい店は?とか、酒の味はどうなのか?とか。
北部の飯とナベロの飯の違いは。ほとんどそんな感じだ。
あいつは飯が好きらしい。
満足に食べさせてもらえないのか?いやおかしいだろ、貴族だぞ。
そんなことを二年間続けた。
孤児院に居た頃、月に一回平民街にある劇場で劇団が演劇をする。
公爵家が金を出しているから、無料で見れる。
孤児院の奴らにとって、それが毎月の楽しみだった。
いろんな演劇を見た。
帝国が生まれた話。
帝国が他国との戦争で勝った話。
帝国の騎士が魔獣と戦う話。
帝国の騎士が他国で圧政を敷く領主を倒す話。
帝国の騎士と東部の奴らとの闘い。
他にも。
商人の娘と貴族の男が恋をする話。
騎士と平民の女が恋する話。
冒険者が大陸中を旅する話。
冒険者が危険自然区域を探索する話。
そのどれもが違うものだったが、一つだけ共通点があった。
演劇を見る奴の目が輝いていたことだ。
孤児院のガキだけではない、シスターも、他の奴らもみんな。
舞台の上に居る奴の目も輝いてた。
そのガキは、そいつらと同じ目をしながら毎回俺の元に来た。
それが尚更、気持ち悪かった。
ガキが俺の元に来るたび、俺の元に来る奴らが居た。
「野蛮人がどんな手を使って公子様に取り入ったんだ!」
「公子様はお前を愛玩動物にしたいだけだ。」
「自分は騎士に値しないと、自ら公子様に申し出ろ!」
「東部の禁術で、公子様を洗脳したのだ!」
連中は訳の分からない事をほざきながら、俺の方に向かってきた。
当然、返り討ちにした。
この二年で、連中の態度も変わっていった。
相変わらず、俺の所に来るが、訳の分からないことを言わなくなった。
ガキに言ったら、『ネタ切れらしいな』と訳の分からないことを言っていた。
アルマンが俺の所に来た。
あのガキの騎士に名乗りを上げたが、断られていたと言われた。
だから、何なのかと思った。
「ユークリスト様は、いずれ大成為されるお方だ。」
だから、何なのかと思った。
俺からすれば既にあのガキは不気味だ。
ガキが五歳になったと言って、本格的に探りを入れてきた。
狙いはわかってる、だからすべて無視した。
ガキが来なくなった。
別に一月来なかったわけではない。
ただ、三日もあいつの顔を見なくなったのはこれが初めてだったから。
また、孤児院の時に戻ったみたいだ。
ガキが誘拐されたことを人伝に聞いた。
俺も捜索隊として加わった。
少しだけ、言いようの無い何かが俺の中にあった。
シスターと一緒に見た嘗ての記憶が蘇った。
ガキの無事を聞いた。
まあ、あのガキなら当然か。
誘拐した奴の方が心配だ。
次にあった時、ガキが別のガキを連れてきた。
そいつの事は、学校で学んだことがある。
最近どこかの国で、大粛清にあった種族だ。
そんな種族を侍女にすると言っていた。
希少種族にナベロ人。
あいつは、見世物小屋でも開くつもりなのか。
正式に騎士にならなかと言われた。
もちろん断った。
何故かは分からないが、ガキが初めて俺に怒った。
身体的な恐怖を感じたのは、あれが初めてだった。
不気味だったあのガキが、初めて人間に見えた。
しかし、これで最後にすると言われた。
何故か分からないが、無性に腹が立った。
なぜ俺は、これまであいつの申し出を断っていたのか?
特に理由は無かった。
ただ、連中の事が嫌いだった。
連中が俺を嫌いなように。
しかし、あいつは俺の事が嫌いじゃない。
そうじゃなければ、誰が好き好んで俺みたいなやつの所に二年間通うんだ。
だったら何故、あいつは俺の事を嫌いじゃないのか。
「…………一つ、質問がある。」
単なる気まぐれだった、深い意味は無い。
ただこれが最後になるなら、こいつの事を知っておこうと思った。
俺を嫌わない奴がどんな奴なのか。
いろんな質問をしたが、よくわからない答えも多かった。
こんない他人と会話をしたのは、シスター以来だったと思う。
すこし、居心地がよかった。
こいつの事も、なんとなくわかった。
こいつには、人間を区別する意識がないんだ。
人間だろうが、森林族、鍛冶族、ナベロ人。
こいつにとっては、全員が同じなんだ。
貴族特有の偽善的な考えだと思った。
豚みたいなやつがやってきた。
こいつも例に漏れず、俺の事を罵ってきた。
全員の注目が俺に集まってきた。
気色悪い感情が、俺のほうに向いていた。
しかし、気分は悪くなかった。
俺が知る中で、一番気持ち悪い奴が俺の前に居たからだ。
初めて、自分以外の誰かに自分を守ってもらった。
悪い気分じゃなかった。
奴は、その貴族を捲し立て、すぐにその場を支配した。
たった一言二言で、男の命を握ったのだ。
俺が今まで見てきた、どの種類の力にも属さない暴力。
やっぱり、こいつは最高に気持ち悪い。
俺に男を殺害させる時。
初めてこいつの顔の感情が視えた。
俺に人を殺してほしくないようだ。
だから、殺さなかった。
俺は、別に殺しても構わなかったが。
こいつの期待を裏切りたくないと思ってしまった。
「俺の騎士を侮辱したんだ、死ぬだけじゃ済まさない。」
ああ…………これか。
これが、こいつが初めて怒った理由か。
俺はそいつと離れ、自分の部屋がある兵舎に向かおうとした。
あいつの近くに居れば、こんなことが毎日起こるのか?
思えば、あいつが俺の所に来てから色々なことを経験した。
訓練に口を出すこともあった。
同じ騎士の中に俺の出自を理由に蔑む奴はいなくなった。
うまい飯の食べ方を教わった。
他人との必要最低限のかかわり方を学んだ。
北部の人間の言い回しを学んだ。
帝国の事を学んだ。
あいつがする冒険の話は、毎回被りがなかったな。
図書館の本を盗んで訓練場に持ってきたこともあった。
俺以外の騎士に、いつまでに俺を倒せるのか賭けようと言い出し、賭け事の胴元の様な事もやりだした。
姉のお陰で学んだと言って、上半身の関節を外した時もあった。
ちゃんと寝ているのか、と心配された事もあった。
あいつの、こいつの近くに居れば。
………………………あいつ、自分を誇れるようになるのか?
周りから蔑まれ、孤独だった俺が。
戦う事しか知らない俺が。
恐怖から逃げるような俺が。
この褐色の肌に誇りを持つことができるのか?
帰り際の途中、ロングコートの男とすれ違った。
その顔は、あいつと同様に感情が読めなかった。
こいつは、初めて見た時から気に入らなかった。
如何にも、善人だって面をして人に近づく奴だ。
でもまあ、あいつなら何とか対処できるだろう。
一瞬殺気が漏れた。
考えるよりも先に体が反応した。
すぐにバルコニーへ向かう。
ロングコートの男は、その姿をローブに包んであいつの後ろに立っていた。
体全体が警鐘を鳴らす。
『あの男を失ってはいけない!』
初めてだった。
敵の制圧よりも、人の安全を優先した。
なんとか、保護することには成功したが、こいつを守りながら戦闘できるほど、目の前の男は甘くないとわかっている。
どうする?誰か呼びに行くか?公爵も来てくれているだろう。
「……ワグ。」
振り返ると、よく見たら手が震えている。
こいつも同じ人間だったのかと、少し安心する。
「一応、お名前を伺ってもいいですか?」
ー君の名前は?ー
思い出すのは、初めて会った時。
あの日から、俺の奇妙な日常が始まった。
騒がしくも煩わしい日常だ。
それも全て、この男のお陰だ。
『いいかワグ。我等、東の戦士は戦う前に互いの名乗りを上げる。お前の名の後に、代表する一族の名を付けるのだ。我等の先祖の精霊たちが、必ずお前を守ってくださる。』
幼いころ、祖父が教えてくれた、僅かな故郷の記憶。
この男を守りたい。
この男を傍で見ていたい。
この男の傍で見る景色はどんなモノなのか?
この男の下で、誇りを得ることができるかもしれない。
出られない洞窟に差し掛かった一筋の光のような、この少年こそ己が主なのかもしれないと、古くから体に刻まれていたものが湧き上がってくるような感覚が、そこにはあった。
「我が名、ワグ・ソトゥン。ユークリスト・スノウ・グリバー、唯一人の騎士。」
ユークリストが、俺の主だ。
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