第8話:暗闘と侍女と騎士
バトルバトル!!
ーユークリスト視点ー
カイサルが助けに来てくれた。
ただの、親馬鹿じゃなかった。
それに続いて、フラムベリカが俺とスティを保護してくれた。
「フラム、姉。」
「男になったな、ユーリ。お姉ちゃんが良い子良い子してやる。」
誇らしげに笑うフラムベリカを見て、俺は安堵の息を漏らす。
子守歌を思わせるフラムベリカの包み込むような声に気が遠くなるが、まだ俺の戦いは終わっていない。
俺はフラムベリカの服の裾を持てる一杯の力で引っ張った。
フラムベリカは驚いたように、睨み付けている俺の方を見る。
「‥‥‥‥このこは、スティ、です。守ると、約束しました。絶対に、まも、てーー」
全てを言い切る前に、俺は気を失ってしまった。
まだ終わってない!
無抵抗に藻掻く俺の深い意識の中に、フラムベリカの声だけが入ってきた。
「伝わったよユーリ。この子には、私が誰も寄せ付けない。だから今は、安心して休むんだ。ユークリストす‥‥‥‥た。よ‥‥り‥……く‥‥。」
薄れ行く意識の中、俺はスティとの約束が果たせたと信じて深い眠りについた。
こうして、俺は華々しくも苦々しい異世界戦闘デビューは幕を閉じた。
ーー
ーカイサル視点ー
私はローブの男と向き合い、いつも戦闘前に行う準備を始める。
【鑑定】
魔法を使って戦闘を行う者は、その戦闘法が定石化しやすい傾向がある。
私の定石の第一手は、【鑑定】で敵の情報を丸裸にすること。
出来ること出来ないことを分析し、それに応じた戦略を立てる。
■ ■
鑑定結果
名前: 不明
年齢: 不明
性別: 不明
出身: 不明
健康状態: 不明
心理状態: 不明
使用剣術: 不明
魔力量: 不明
基礎魔法: 不明
上級魔法: 不明
特異魔法: 不明
備考: 不明
■ ■
結果不明!?こんな事は初めてだ。
考えられる結果は一つだけだ。
「古代魔導具か?」
古代魔導具。
天地創造の時代に起こされた、善神と悪神により起こされた戦争で、二神が己の軍団に与えた魔道具。
それぞれ数は善神・悪神で百ずつ。合計二百に及び、その性能は現代の技術でも再現することは不可能とされている。
現在帝国が保有している古代魔導具の数は八個。
そのうち五つは、帝国筆頭公爵家の五家に、それぞれ皇室から貸し与えられ、残りの三つは帝城で皇室が管理している。
「ご名答です。さすが【指揮者】。いろんな呼び名がありますね、【帝国筆頭公爵家】【銀雹公爵】【指揮者】【オルトウェラの冬】。あなたが一番気に入っているのはどれですか?私はそうですねーー。」
空気を読まない軽薄な物言いで、こちらを煙に巻こうとするローブの男。
こちらは先手を取るために、魔法の詠唱を始めようとするが、その奥から私の心を抉り取る不穏な事実が明かされる。
「ーー【父親殺し】でしょうか?」
「ッ‥‥‥‥‥‥‥‥!!」
‥‥‥‥‥‥何故それを知っている。
その事実を知っているのは、北部でも極一部の者だけだ。
ーどこから情報が漏れた?
ー漏れたなら、一体どこまで?
ーこの事が、どのように影響するんだ?
ー今のうちに、その対策をするべきか?
「‥‥‥‥何故それを知っている?」
「おや‥‥鑑定魔法を使えるのが自分だけだと思いましたか?」
この男も鑑定魔導士か。
いや、それも嘘かもしれない。
こんな男の言うことは、最初から当てにしたらダメだ。
「‥‥‥……‥」
考えるのを止める。
今考えても、結局後に対応することだ。
今、私が集中するべき相手は、目の前の男だけだ。
男は、劇場の道化師の様に戯けた仕草で、話を続ける。
「ご心配下さい、情報が漏れることはありません。少なくとも私からはですがね。申し遅れました、私は【鎖の狩人】の幹部が一人、ナーベリックです。仰々しい渾名や異名はありません。ただのナーベリックです。あなたのご子息にも自己紹介しました。どうぞ以後お見知りおきを。」
「貴様が、私の家族を誘拐したのか!?」
ローブの男改めナーベリックは、この問いにも大袈裟に馬鹿にするな仕草で答える。
「誘拐なんて物騒な!!仕事を持ってきたのは、そこに転がっている連中ですよ。一人はお宅の坊ちゃんが殺しました。凄いですねぇ、あの年で初陣を飾るなんて、これも帝国筆頭公爵家教育の賜物なんですかねぇ。
それともあの子が特別なのか?容姿も特徴的ですし、特異魔法も使える。今回の仕事での一番の収穫は、ご子息に会えたことですね。」
‥‥‥‥‥あの子が人を殺した。
私の至らなさが、あの子に人を殺させてしまった。
確かに、いずれ戦場に出ることになる、そこではもちろん人を殺すことになる。
だが、何も今じゃなくて良いだろ!
また、考え事が増えた。
思考を瞬時に切り替え、男と立ち会う。
「さて、公爵様。付かぬ事を窺いますが、私を見逃す気ってありますか?」
「身体は置いていけ、魂だけ見逃してやる!」
「つまり、生かす気は無いと‥……‥そうですか。」
ナーベリックと私は、動じに手を突き出し詠唱を始める。
ーその身を裁き、貫く鬼哭は、大空の慈愛、畝りを上げ、涙を流し、全てを断罪せよ。ー
ー叫びを上げろ、煙を上げろ、その焔が遺すものは、何も無し、精霊の怒りを持って、我が仇敵に、罰を降す。ー
【雷雨】
【爆撃】
ナーベリックが繰り出した雷撃と、私が放った爆撃が、二人を繋ぐ中間点で接触し、激しい轟音が起こり、閃光が視界を潰す寸前に視界の端で、より強く光を反射するものを捉えた。
それは一直線に私の首元に向かい、私はそれを反射的に身体を仰け反らす。
視界が悪くなったところで、さっき出し尽くした涙が流れる。
そんな事はないと、触感で確認すると、微かに頬が切れ血が伝っていた。
「素晴らしい!これが噂に聞く指揮者の第二幕というものですか。【鑑定】で情報を集め、【爆撃】で牽制し、追い込む。牽制でこの威力とは【雷雨】が無ければ、私は今頃天使の迎えと共に、神の元に召されていたでしょうから。それに、私の戦法は完全に初見殺しを目的として組んだのですが、躱されてしまうとはさすがとしか言い様がありませんね。」
男の軽薄な話に嫌気が差しながらも、視界が段々鮮明になってくる。
晴れた煙のその先に、肩と腕に樵と娼婦の人形を乗せているナーベリックの姿があった。
「【傀儡術】か‥‥‥」
「推察通りです。ネタが割れては裏の人間失格ですね。では、これで第一幕の幕を下ろしましょうか。」
「逃がさん!」
「無駄ですよ、このままじゃ無駄撃ちに終わるだけですよ。」
私が無詠唱で小規模な【爆撃】を放つのに呼応するようにナーベリックも無詠唱で【雷雨】を放ち、二つは衝突し小規模な爆発を起こした。
煙が晴れた時、ナーベリックの姿はそこになかった。
「お坊ちゃんに言伝を頼みます。商品はあなたに差し上げると!大丈夫、その子に降る裏の脅威は、私が引き受けましょう。いずれまた合うその時まで、互いを心の隅に置き合いましょうと!では。」
恐らく、あの古代魔導具の効果だろうか。
厄介な物が、厄介な者の手元にある。
それだけで、先が思いやられるが。
とにかく、敵は去った。ユーリを救出できた。
今はあの子の元に、いち早く駆けつけることが先決だ。
踵を返し、あの子達の元へ駆ける。
ーー
ーユークリスト視点ー
目を覚ました俺は、正確には目を覚まされた俺はルルティアの胸の中にいた。
例に漏れず、俺を抱き絞め付けて、そのまま眠ったルルティア。
呼吸が苦しくなった俺は起こされた。
「イッ‥‥‥!!」
激しい頭痛に襲われた。
二日酔いみたいだ。
短いスパンで、二度も魔力切れを起こしたせいだろうか。
「‥‥スティはどこだ?」
俺が保護した。
俺が助けた。
俺が約束した子。
今すぐ確かめなければ。
あの子の安全を。
姉の束縛から、辛がらしく抜け出したが、頭痛のせいで、足下が覚束ない、壁に手をつきながらできる限りの早さで食事室の方に足を進める。
「スティ!スティはどこに居ますか!!」
体当たりで食事室の扉を開け、第一声がこれだった。
もっと何かあっただろうと思う。
家族の熱い抱擁とか、その他色々etc‥‥。
だがそれよりも、重要なことがある。
この世界に来て初めてした、何よりも重要視されるべき約束。
あの子の姿を見るまで、俺は死ねない!
「ユークリスト!!」
そこには、綺麗な服を着たスティがこちらに向かって駆け寄ってきた。
目に涙を溜めているが、その表情は安堵に満ちている。
乱雑に切られていた髪は短く切り揃えられており、部屋の照明の灯りを美しい蒼髪に反射されている。
服も布切れではなく、可愛らしい服。
ルルティアのお下がりだな。
力尽いた様に跪く俺に手を差し伸べるスティ。
スティの身体を触って確認していく。
字面だけなら、児ポ法にベアーハグしているところだが、嫌らしい意図はない。
手は痩せ細っているが、少しだけ肉がついてる。
顔つきも血色が良くなっている。
「おいしいご飯は食べた?」
「食べてるよ!ユークリストも一緒に食べよう!」
「そうだね、一緒に食べよう。スティ‥‥‥‥僕は約束を守れたかな?君を守れたかな?」
「うん!ユークリストが守ってくれたから、おいしいご飯が食べれたよ!」
思えば、スティとの会話の大半を食べ物が占めている気がする。
ボキャブラ大貧民の自分には、夏期講習が必要だ。
新任の女教師と一対一のやつを。
「目覚めたか、ユークリスト。本当に良かった。」
見上げるとカイサルとマリアとフラムベリカとトーラスがいた。
「父上、母上、フラム姉、トーラス兄。ただいま帰りました。僕のために救出に来て下さりありがとうございました。」
「そんなの、親として当たり前のことだ。それよりも、その子に聞いたぞ。勇敢に戦ったそうだな、お前を誇りに思う。」
「私もよユーリ。痛いところはない?少しでも変だと思うところは何でも良いからお母さんに言ってね。」
父は安心したように、母は心配したように労いの声を掛ける。
「大丈夫です、それと父上。お話ししたいことがあります。」
「なっ、何だ?私に出来ることなら何でも言いなさい。」
父の威厳を保つように、少し斜に構えるカイサル。
大丈夫そんな身構えなくても、後継者になりたいとか言わないから。
「スティを僕の専属侍女にします。」
「「「「えっ!?」」」」
俺の決定に、裏切られて戸惑うカ○ジの様な顔で返事をする四人。
これは、割と始めから決めていたことだ。
この子の心の傷を可能な限り癒やしたい。
自己満足かもしれないが、約束をしたから。
この子が満足して笑えることが出来るまで、俺の後ろに居て良いと。
「ユークリスト。じじょって何?」
「僕の周りで、色々お世話をする仕事だよ。スティもここに来たとき、色々お世話になったんじゃないかな?」
「それをすると、ユークリストと一緒に居られる?」
「ああ、僕の後ろで君を守るよ。」
「うん、やる!わたし、侍女になる!」
かなり危ない遣り取りだ。
『一緒に居られる?』なんて、これに『一生』が付いたらヤンデレ系ヒロインが言いそうな台詞そのままだな。
これからどうなるのか、不安でしかない。
しかし、この瞬間だけは自分に酔おう。
悲劇から子供を救った、英雄でも演じようじゃないか。
いつか、この子の心の傷を修復率99%になるまで、この子のそばに居よう。
「スティカリリア!」
「ん?」
「私の名前、スティカリリア。ユークリストの専属侍女!」
「そう、君やっぱり、女の子だったんだね。」
薄々気づいていたが、女の子だったらしい。
一瞬、驚いたような顔をするスティ。
そして、自分が女子に見られなかったのが不満だったのか、はち切れんばかりに頬を膨らませて、俺の頬をつねる。
「ふん!」
「あははっ、ごめんごめん。」
「ごほんっ!」
耐えきれなかったカイサルの咳払いによって、現実に戻された。
二人の世界に入りすぎて、周りが見えていなかった。
このせいで、盗賊と死闘することになったというのに。
少し、諦めたようなに笑いかけながら、カイサルが口を開く。
「ユーリ、その子を侍女にする事だが、その子が天翼人だと知ってて言っているのかい?」
「はい、知っています。この子の面倒は僕が見ます。」
「頭の良いお前なら知っていると思うが、その子の種族は、隣の国の人間にとって戦争の火種になりかねない存在なんだ。」
父の顔が険しいモノになる。
ナーベリックと立ち会ったような威圧感もある。
「その覚悟がお前にあるのか!?」
一瞬たじろぎ、冷や汗が出る。
スティも怯えて、俺にしがみ付いている。
だが、俺はもう退かないと決めたんだ。
少なくとも、自分の身内ぐらいは自分で守れるようになりたい。
「‥‥‥‥父上。」
先ほどよりも厳しくなった視線を外すことなく、カイサルに向き合う。
静かに力強い口調で。
「僕は【銀雹】の人間です。他国との戦争が怖くて、侍女も満足に選べないなんてそんなの、屈辱以外の何でもありません。」
「‥‥‥‥‥」
「自分の力が彼女を守るのに、足りていないのは理解しています。だから、身に付けます。せめて、自分の周りの人間を守れるぐらいの力を。」
「それが、聖教でもかい?」
「仕方ないですね、僕は悪くありませんから。戦争でも何でもしましょう。」
少し戯けたように誤魔化す口調で、子供らしく茶目っ気たっぷりに笑う。
カイサルは変わらず険しい顔を続けるが、しばらく発って静寂の均衡が崩れた。
「ふっ、はは、ははははははははははっ!」
腹を抱えて笑うカイサル。
マリアとトーラスとフラムベリカも、それに釣られて笑っている。
たまらず呆気に取られる。
「えっと。あの‥‥‥?」
「すまない。侍女の件だけど、私から反対はないよ。スティも怖い思いをさせてしまったね。これから、ユーリのことをよろしく頼むよ。」
「え、あ、はい。」
同じく呆気に取られていたスティも、突然水を向けられ困惑気味に答える。
後ろにいた、マリアンヌとトーラスとフラムベリカも、それぞれ口を開く。
「良いユーリ、一度女の子を守ると決めたら、絶対に投げ出したらダメよ。」
「はい、母様。」
「ふふっ、今のユーリ若い頃のお父さんにそっくりよ。」
恥ずかしそうに頬をポリポリ掻くカイサルと、懐かしむように微笑むマリアンヌ。
ホント、この二人仲が良いな。
「ユークリスト。」
トーラスは仁王立ちの姿勢のまま俺のほうに向き直る。
「その子の主として、恥じない生き方をするのだぞ。」
「はい、トーラス兄達を参考にします。」
「ふっ、そうだな。」
フラムベリカが思い出したように、面白そうに獰猛な笑みを見せる。
「それよりもユーリ。スティから聞いたぞ新しい魔法を使ったんだって?」
「ええ、そうなんですよ。【変形】っていう魔法なんですけどー-」
一息つくように、和やかな空間が流れる。
その後、俺がまた居なくなったと騒ぐルルティアが、バレットに宥められながら食事室に入ってきて、またひと騒動あったが。
これは、当分姉の奴隷になることで解決するだろう。
その日はまだ体調が悪いという理由で、スティと一緒に朝食を食べた後、自室に戻り深い眠りについた。
グロリアに賄賂を渡して、決してルルティアを俺の部屋に入れないように厳命して。
ー-
「ねえ、ユークリスト、様?今日はどこに行くのますか?」
三日が経過し、俺は今スティと一緒に敷地内を歩いている。
この三日間、俺はずっとルルティアの玩具にされていた。
ルルティアからすれば、突然いなくなった弟と一緒に居たいと思うのは当然だろうが、かなりやりすぎだとも思う。
スティは、専属侍女になるための教育を受けている。
現在、敬語を勉強中らしい。
俺といるときは普段通りで構わないと言ったが、『早く、身に着けたいから』と言って二人きりの時でも、頑張って敬語を身に着けようとしている。
言動は少し子供っぽいが、彼女はとても努力家だ。
「今日は今から、訓練場に行くんだよ。スティアも敬語が上手になってるね。」
「えへへ、ありがとうます。」
彼女は、今『ます』にハマっている。
言葉遣いに少々誤りがあるが、俺はそれを指摘するなんて失礼な真似はしない。
それは彼女に言葉を教える人間の仕事だ。
それに、言語を学ぶときに必要なのは、無暗やたらに指摘しない事だ。
やりすぎると、学習意欲が削がれてしまう。
俺も、彼女をスティアと呼ぶことにしている。
女の子っぽさが抜けて、女性味がアップすると思ったからだ。
さて、今日俺達は訓練場に向かっている。
スティが俺の専属侍女になったことだし、それに誘拐事件のせいでそろそろ専属騎士も選ばないといけない。
そう、ワグだ。
最近ほったらかし気味になっているが、ワグは俺の専属騎士にと三歳の頃から唾をつけていた。
ちなみに、俺の誘拐事件を聞きつけた他の貴族や、騎士たちの中から、専属騎士に立候補する奴らが現れたそうだが、すべてカイサルの陰に隠れて煙に巻いた。
現在、カイサルとマリアンヌは二日後のパーティに向けて本格的な準備に取り掛かっており。
俺以外の兄弟達は、それぞれの騎士と侍従を連れて【ブレーメンの森】で魔獣狩りをしている。
フラムベリカの私室からとは違い、訓練場への道はほとんど毎日通っている為、俺の頭の中には完璧なシルクロードが出来上がっている。
「訓練場で何するますの?」
「スティアの仕事仲間に会いに行くんだよ。」
「ほんと!お友達?」
「友達とは、少し違うかな。でもきっと、スティアと気が合うと思うよ。」
スティアが今の所、満足に話せる相手は俺しかいない。
何度かフラムベリカやルルティアから、質問された事があったと言っていたが、それ以外はない。
彼女の友達も見つけてあげないといけない。
見つけて上げるって言い方もどうかと思うが、今の彼女の世界は、俺という窓を通して見られているものだ。
少なくとも彼女が窓から出たい、と思うぐらいの景色ぐらいは用意してあげたい。
ー-
俺達は、問題なく訓練場にたどり着くことができた。
訓練場ではアルマンが訓練生たちに指導をしていた。
俺達が近づくのにアルマンが気づくと、こちらに駆け寄ってくる。
「ユークリスト様。お体の方はもう大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だよ。体に問題はない。」
帝国式敬礼は簡略し、俺の方に駆け寄ってくるアルマンだったが、すぐに俺の後ろにいるスティアの方に目をやる。
訓練を続けている訓練生も手を止めて、こちらのほうを見てくる。
その視線の先は、俺というよりも、天翼人であるスティアの方に集中している。
『見世物じゃない』と一蹴して訓練生を散らす事はできるが、屋敷から出れば、こんなのが常識になるんだ。
いざという時には庇ってやれるが、彼女にもある程度の免疫をつけてほしい。
だからスティアは、まだ人に慣れていない所為か、俺を盾にするように後ろに回る。
「その子が例の………そうですか。」
「紹介するねアルマン、この子はスティカリリア、スティアって呼んでね。人見知りだから、あまりじろじろ見ないで上げて。スティア、この人はアルマン、この家の騎士だよ。怖い顔をしているけど、中身は優しいおじさんだよ。」
スティアは、俺の肩越しに恐る恐る、窺うようにアルマンを見る。
「……………」
少しだけ目を合わせてみたが、すぐに俯いてしまう。
やはり、まだ彼女にはハードルが高すぎるようだ。
「ごめんね、アルマン。」
「いえ、ユークリスト様が謝罪されるようなことは一切ありません。」
困ったように謝る俺に、アルマンは柔らかい表情で返す。
アルマンも出会ったころに比べたら大分、態度が柔らかくなったと思う。
アルマンはスティアの方を見ながらゆっくりと膝をつく。
上から目線というのは、それだけで無意識に高圧的な印象を与えてしまいがちだ。
まずは目線を合わせるとは、アルマンは小さい子供への気遣いもできるらしい。
いつもの険しい表情から、憑き物が落ちたようにスティアに対し笑いかける。
「私は、グリバー家に仕える騎士アルマン。スティア、君は幸運だ。ユークリスト様に仕えることができる。私にはそれが叶わなかったが、この方の後ろは君だけの居場所だ。安心するんだ、怖がることは何もない。」
「…………」
スティアは慎重に俺から一歩離れ、アルマンの目を見ながらゆっくりと礼を取る。
「ユークリスト様、の、専属、侍女の、スティカリリア、です。以後、よろします。」
目を瞑り、口元は震えているが、自らの意思で人と関わろうとした。
おお!あのスティアが、初めて会った人に話しかけることができたぞ!
あのルルティアでさえ、口を利くのにファーストコンタクトから三日掛かったというのに、アルマンはたった数秒で函谷関よりも固い口を開かせたぞ!
少し感慨深いものがある。
ユークリストの中でアルマンへの評価が30上がった。
「ああ、どうぞよろしく。」
意思の疎通が取れたおかげか、スティアの表情が少し明るいものになった。
アルマンは立ち上がると訓練生の方へ振り返った。
「貴様らぁ!誰が手を休めてもいいと言ったかぁ!?戦場で手を休めることは死に繋がると何度言ったら分かるのだぁ!!」
再び、悪魔を飼っているような形相に戻る。
スティアも、怯えて俺の後ろに隠れる。
彼女はまだ、大きな音に対しての恐怖が抜けていないようだ。
ユークリストの中でアルマンへの評価が32下がった。
「さて、アルマン。ワグは何処に居るのかな?」
「はい、今の時間は個人訓練場に居ます。」
「わかった、ありがとうそれじゃあ。」
アルマンとのやり取りを終え、個人訓練場に向かうために訓練場を後にする。
スティアはさっきの驚きが抜けていないのか、俺の上着の裾部分をぎゅっと握っている。
「さっきは、アルマンに挨拶できて立派だったね。」
「はい、ありがとう………」
俯きながら、こちらに表情は見えない。
ーー
領都にあるグリバー家の敷地内の訓練場は二つに分かれている。
一つは範囲内で基礎訓練や対練が行われる【模擬訓練場】。
騎士になる前の訓練生や、グリバー本家・分家に連なる者達。
主に、グリバーの屋敷内に住んでいる者たちが一般的に利用する訓練場である。
二つ目は秘匿性を重視するために建てられた【個人訓練場】。
分家や使用人、騎士の中にも、得意魔法に適性がある人間はいる。
フラムベリカの私室の隣にある部屋のように、彼らの中でも秘匿性が保たれる空間が必要だからである。
個別訓練場は、模擬訓練場の近くに併設されている小さな小屋から、地下に続く階段を下って行くことになる。
地下は、各部屋へと枝分かれしており、個部屋にはそれぞれ秘匿の魔法陣が施されている。
「ここはいつ来ても薄暗いね。」
「そっ、外で待ってれば来るんじゃないの?」
壁に、所々に松明が掛けられているとはいえ、暗くて狭いところは、彼女にとって薄暗い記憶を思い出させる。
スティアには、外で待っていてくれて構わないと言ったが、一人で待っているほうが怖かったのだろう。
怖いのか、いつもの口調に戻り、裾を引っ張る力が強くなっている気がする。
スティアには、これまでの経験のせいで、俺が想像もつかない心の傷があるのだろう。
その件については、この三日間考えた。
現実的最悪と妄想的最高を天秤に掛けて、何が最善なのかを考えた。
正直、あまりいい結果にはならなかった。
だってそうだろ、俺は児童心理学のスペシャリストじゃないし、彼女の心が読めるわけでもない。
前にも言ったが、実感のない共感なんて、ただの空虚な自己満足に過ぎないんだ。
しかし、どこかで必ず結論を出さなければいけない。
そこで決まった俺の結論は『気遣いはすれど遠慮はしない』だ。
スティアを気遣うことはあれど、そのことを理由に自分の行動は変えないという方針だ。
部屋を五つばかり通り過ぎると、いつもワグが使っている訓練場の前に着く。
使用中の札が掛けられている時は、誰も部屋に入らないことがマナーだが、ワグは特異魔法を使えないし、秘匿する理由はないから、俺はいつも無断で入っている。
「ワグー、いるか?」
「ひっ………!」
部屋の中に入ると、数人の騎士が熨されたように地面に転がっている。
部屋の隅に目を向けると、隅に置かれている椅子に座り、水が入った皮袋に口をつけて飲んでいる。
「……………なんだ、また来たのか?くたばったのかと思ったぞ。」
ワグはこの数年で美少年になった。
褐色の肌に、気怠そうな目元までかかる前髪、髪を後ろで三つ編みに引き締まった肉体。
ラテン系の優男って感じだ。俺の海外ドラマの記憶ではラテン系に優男はいなかったがな。
「心配してくれたのか、ありがとう。聞いていると思うけど誘拐されたんだ。優秀な騎士が近くに居ればあんなこと起こらなかっただろうなと思ってね。」
「はっ、ならアルマンにしろ。あいつは優秀だ。………んで、そいつは?」
いいとこの坊ちゃんのような口調で、まずは軽いジャブを打つが、無造作に交わされて代案を出される。
ワグは協調性はないが、なんだかんだ言って教官だったアルマンを認めている。
話を切り上げ、ワグは俺の後ろにいるスティアに視線をやる。
「彼女は僕の専属侍女のスティカリリア。スティアって呼んでね。」
「名前を呼ぶことはない。」
不躾に視線を切る。
俺はスティアを伴い近くにある椅子のところへ歩く。
二人で、ワグに向き合うように椅子に座る。
「さてと、ここに来たなら理由はわかるよね。」
「お前がここに来る理由は、最初から一つだけだ。」
「確かに、そうだね。でも今までそれを口にしたことはないよ………それでね。」
俺の真意を理解したように呆れて、肩をすくめるワグ。
スティアは手持無沙汰を紛らわすために、もじもじしている。
俺は、胡散臭い宗教勧誘のように、両手を広げ満面の笑みで、ワグに語り掛ける。
「僕の専属騎士にならないか!」
「断る。」
俺は、一世一代のプロポーズが失敗したように、驚愕と悲哀が混ざり合った面持ちで、ワグを見つめる。
ワグは変わらず、不機嫌そうな表情でこちらを見つめる。
「………なんで?」
自分に一切の非がないと言わんばかりに、ワグに問いかける。
「一、貴族が嫌いだ。二、お前は気味が悪い。」
何て奴だ!
こんな、可愛らしい五歳児に対して気味が悪いだと!?
確かに、精神年齢はちょっと高めだし、隔世遺伝で家族とは見た目違うし、既に人を殺した事あるし、特異魔法適正あるし、他にも色々挙げれば切りは無いけども!
いろいろ考えたが、思いのほか少なかったな。
「つまり、二を解決すれば良いのか?」
「どうせ無駄だ、他を当たれ。」
この二年間、いつも専属騎士の話になると取り付く島もなく、ずっと平行線をたどっている。
正直この件については、俺も半分諦めかけている。
強制的に騎士にする事は出来る。
でもそんなこと俺は望んでいないし、そんなの、仲間集めの禁じ手だ。
ワグには心から望んで俺の騎士になってもらいたい。
如何しようかと考えていた時に隣で、わなわなと震えているスティアが目に入る。
「スティア、どうしたーー」
「いいかげんにしてよ!!」
椅子から飛び降りると、突然怒り出した。
いや、その表情は涙腺いっぱいに涙を溜め込んでいる。
「さっきから聞いてたら、ずっとユークリストに嫌なこと言って!!ユークリストはね、私を助けてくれたの!檻の中から私を出してくれた!温かいご飯を食べさせてくれて、綺麗な服だって着させてくれた!なのに、なのにあなたは、はあぁ、はあぁ…………」
勢い良く、捲し立てたはいいが途中で失速したらしい。
反対に、溜め込んだ涙は勢いよく流れている。
「スティア大丈夫だよ。ほら、座って。」
「うん…………………」
スティアの手を取り、椅子に座って落ち着くように促す。
普通、主人の前に割って入ることは、失礼に当たるが彼女はそこまで勉強していない。
それに、彼女は俺を守ろうとしてくれたのだ。
その心意気だけは買ってあげたい。
「……ふん、次は女に助けてもらうのか?大して役に立たなかったようだな。」
ワグは、つまらなそうに悪態をつく。
「…………ワグ。」
声色を暗いものにし、威圧的な雰囲気を出す。
ワグも何か感じ取ったのか、わずかに腰を上げ部屋に置いてある、武器の位置を無意識に確認する。
流し目気味に、ワグの方に目線を配る。
「彼女は『女』じゃなくて、スティアだ。さっき紹介しただろ。そして、彼女への侮辱は許さない。」
ワグは額やら首筋から、冷や汗をかいている。
あいつ、意識的か無意識なのか分からないが、ゴクリと喉を鳴らせ、少し口角が上がってやがる。
「………悪かった、スティアだな。」
ワグはつまらなそうに、俺から視線を逸らす。
気味が悪いと言われた後に、威圧的な態度をとるなんて、彼の好感を買いたい俺からすれば、失策もいいところだが、物事には順番というものがある。
現在、俺にとって一番優先される事は、身近にいる人間。
つまり、今の所スティアだ。
しかし、困ったな。
どうすれば、説得できるのか全く想像できない。
仕方がない。
押してダメなら引いてみよう。
「わかった。諦めるよ、しつこく誘って悪かったね。」
さっぱりした笑顔で、諦めると宣言する俺に対して、訝しむような視線を向けるワグ。
俺の諦めるの言葉に、ワグはまだ懐疑的だ。
スティアの手を引き、一緒に退出する為に扉の方へ向かう。
ワグは立ち去る俺の後姿を、清々したような顔で見つめるが、その様子は腕を前に組んで何処か苛立っている様に見える。
俺は扉の前で足を止め、思い出したようにワグの方を、切ない面持ちで振り向く。
「最後にお願いがあるんだけど。明後日開かれるパーティに、俺の騎士として就いてくれないかな?それが終わったら、もう二度と誘わないって約束するからさ。」
疑うような目で俺を見つめ、二小節ほどの沈黙が続く。
「…………嘘はないな。」
「グリバーの名前に誓うよ。」
ワグが知っているかどうかは知らないが、右手を心臓に手を当て、貴族家の最敬礼で決意を示す。
ーー
俺たちは、個別訓練場を出て、地上へ続く階段への通路を歩いている。
先ほどは少し取り乱したようだが、スティアも落ち着きを取り戻した。
「ユークリスト様!あんな人、騎士じゃなくていいます!怪我無いおじさんにします!」
「毛が無いおじさんは、アルマンだよ。」
毛が無いおじさんにしましょう。って言いたかったのかな?
まあ、専属騎士を選ぶ際に俺以外の人間は、ほとんどアルマンを推していたからな。
アルマンに何か不満があるわけではないが、直感的にワグがいいと思ってしまう。
「さてと、どうしようかな。」
何とか、パーティへの同行を漕ぎつけたが、ここからどうするかな。
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