神聖獣と精霊魔法
ーーアルバ。
物心付いた頃からずっと一緒だったぼくの友達。
ママがいなくなって、パパと二人だけの部屋でぼくが一人になると、アルバは必ずどこからか現れてはぼくと一緒にいてくれた。
『ノルン。おやつ一緒に食べましょ!!』
『おねーちゃ!!うん!!ノル、おやつたべるー!!』
幼いレイリィおねーちゃんがアルバの側でお絵かきをしてた小さなぼくを抱き上げて、アルバには目もくれず王宮へ連れて行く。
アルバはすぐそこにいるのに、ぼく以外の誰もがアルバの存在を気にしない。
『わあ懐かしい〜。これ、ぼくがちっちゃかった頃のお絵かき帳だよ、リライザ。パパ捨てずに取っておいてくれたんだ』
年末の大掃除を兼ねた引っ越し準備の最中、小さい頃のお絵かき帳を見つけて開く。
そこにはぼくが描いたアルバの絵が描かれていた。
『ノルン。この生き物はなんですか?』
『アルバ。ぼくの友達だよ。リライザ』
『私はずっとノルンを見守ってきましたが、こんな生き物は見た覚えはないのですが……』
『リライザもアルバが見えなかったの?』
『……幼い子供が空想のお友達を想像したりすると言うのは割と良くある事です。きっと幼いノルンが作り出した想像のお友達なんでしょう』
『……そうなのかな。そう言われるといつの間にかアルバの事が見えなくなってそれっきりだし』
小さい頃はずっと一緒だったのに。
お城の騎士団寮からおばーちゃんの管理するミリシャル神殿に引っ越して、おばーちゃんに育てられるようになってぼくはいつの間にかアルバの事が見えなくなったんだ……。
「本当にアルバ?ぼくの妄想とかじゃなかったんだね」
「こうして話をするのは11年ぶりになるだろうか。ノルン。我はいつだってノルンの側にいた。妄想などではない」
「アルバ!!」
ぼくはアルバに小さかった頃のように抱きつく。
アルバは大きくて暖かくてあの頃のままだった。
「アルバ。でもどうして今になって姿を見せてくれたの?」
「今ここにはリライザも勇者ラインハルトもいないからだ。我はかつて勇者ライオネルと約束したのだ。いつかノエルが生まれ変わった時、自分が側にいない場合ノエルの転生者を見守ってほしいと」
「だーりんが前世でそんな約束を……」
ぼくはアルバから離れてアルバの全身を見渡す。
白金の体毛に覆われた翠色の目をした獅子のようなその雄々しい姿。
「アルバって、もしかして精霊なの?」
ーー精霊。
それは、この世界に存在するあらゆる物に宿っているとされる超自然的な存在。
「我は精霊ではない」
「じゃあ、なんなの?」
「神聖獣だ」
「新聖獣?」
「精霊には下級、中級、上級が存在するのは知っているな。その上位には幻獣、更にその上に聖獣、そして神獣が存在し、更に上位が存在する」
「アルバは最上位の存在ってこと?」
「そうなるな」
すごい!!アルバってそんなにすごい存在なんだ!!
「アルバがすごい存在でずっとぼくの側にいてくれてたのはわかったけど、なんで今まで姿を見せてくれなかったの?それに邪神との戦いの時だって……」
そんなにすごい存在なら力を貸してくれても良かったんじゃないの?
ぼくの疑問にアルバはぼくの目を見つめながら答える。
「我の姿を見る事が出来なかったのは、ノルンが精霊魔法を習得していなかったからだ」
この世界には神聖魔法と暗黒魔法と精霊魔法の3系統が存在する。
神聖魔法は女神ミリシャル様を始めとした人の神々の力を借りて行使する魔法。
暗黒魔法は魔神王ベルクローグ様を始めとした魔族の神々の力を借りて行使する魔法。
精霊魔法は精霊王シェイド様を始めとしたエルフやドワーフと言った精霊に近い亜人の神々の力を借りて行使する魔法。
神の力を借りて行使するこれら3系統の高位と最高位の魔法は、それぞれ対応する神々の加護を与えられた適性を持った者しか扱えない。
また、神聖魔法と暗黒魔法と精霊魔法は三竦みの関係にある。
神聖魔法は暗黒魔法に強く精霊魔法に弱い。
暗黒魔法は精霊魔法に強く神聖魔法に弱い。
精霊魔法は神聖魔法に強く暗黒魔法に弱い。
ぼくの場合は神聖魔法の適性がもっとも高く、神聖魔法と精霊魔法の相性の問題で精霊魔法は習得出来なかったし、暗黒魔法はそもそも適性自体がなかった。
一応、闇のオーブで魔力を変換する事で最強の暗黒魔法である破戒の光を撃てるようにはなったけどね。
「精霊魔法を習得するにはまず幼い頃から精霊達と触れ合い、精霊達と契約を行う必要がある。ノルンはラギアン王国で生まれ育ち、精霊達と触れ合う機会がないまま神聖魔法を習得し、大きくなってしまった。その為、我を見る事が出来なくなったのだ」
ラギアン王国は他の国と比べてもかなりの都市だものね。
あまり意識した事はなかったけどラギアン生まれのラギアン育ちって事はバリバリの都会っ子なんだよね、ぼく。
「それと邪神と対峙した時はちゃんと手助けをしたぞ。リライザを通して勇者ラインハルトをノルンの元へ導き、邪神を滅ぼす時は神剣の中に戻り力を解放したのだからな」
「……え?」
……神剣の中に戻った?力を解放した?
「ねえ。それどういう事?もしかして、アルバって……」
「アルバライザー。それが我の真の名だ」
「アルバがアルバライザーの疑似人格!?」
「我は疑似人格ではない。元々神聖獣だ。神々が作ったとは言え、ただの神剣では邪神を滅ぼすのに力が足りないから我の力を神剣に込める必要があったのだ」
「うわあ……。そんなの知らなかった……」
最強の神聖獣をコアにした神剣かあ……。
そんなにすごい物だったんだ……。
「我の事はこの位にしてだ。ノルン。今の自分が置かれてる状況はどこまで理解している?」
「え?えっと、知らない屋敷で何故かノエルと呼ばれて4才位の姿になってる位かな?」
「ノルン。そなたは誘拐されたのだ。誘拐されて若返りの薬を飲まされ催眠術をかけられた。それが今の状況だ」
「ぼく誘拐されたの?」
「うむ」
アルバはぼくに向かって光を放つ。
アルバが見てきたらしい光景がぼくの脳裏に映し出される。
学校が春休みになって、だーりんがおやすみを取れなくて、ぼくはルフィア達と4人で温泉旅行に出かけて……。
お花を摘みに行く為に腕輪モードのリライザを外して、ルフィアにリライザを預けて……。
手を洗ってルフィア達の所に戻ろうとしたその時、薬品を染み込ませたハンカチで背後から口元を何者かに塞がれて……。
意識を失ったぼくに若返り薬を飲ませて小さくして、そのまま連れ去った。
そして、意識が朦朧としてるぼくはどこかへ飛び立っていく飛行船の中で催眠術をかけられた……。
「……そういう事だったんだ」
なんで記憶が曖昧だったのか。
なんで小さくなってるのか。
これで全部合点がいった。
「この屋敷に出入りしている者達の様子を見てきたが、彼奴らはノルンを公爵令嬢ノエル・アスモデールに仕立て上げるのが目的のようだ」
「何のために?」
「聖女ノルン・フォルシオンの力と血統をこの国の王家に取り込む為にだ。ノルンを元の姿のまま誘拐して無理矢理婚姻を結べば勇者ラインハルト達を即、敵にする事になる。だが若返り薬で幼くして、自分達に都合が良いように育てなおし婚姻を結べばどうなる?」
「……」
「聖女の血を受け継ぐ子供に聖女の作り出す数々の魔道具。そして聖女の起こす奇跡。これらを手に入れる事が出来ればこの国が世界を手に入れる事も容易いだろう」
……なにそれ。
そんなくだらない理由で、ぼくはさらわれてこんな姿にされたの?
ぼくが怒りに打ち震えていると、アルバはぼくに言った。
「ノルン。精霊魔法を習得して我と契約するのだ」
「アルバと契約?」
「そうだ。今の我は力の大半を神剣に宿している精神体のような物。ノルンと契約し魔力供給を受ける事で実体化し、今後は今回のような事態になる前に干渉する事が出来るようになる」
「……ぼくに精霊魔法が習得出来るかな?精霊魔法と神聖魔法は相性が悪いのに」
「出来る。ノルンの前世である光の聖女ノエルは精霊王の加護を受け、我を含めた5体の神聖獣と契約していたのだ。その生まれ変わりであるノルンに出来ないはずがない」
「それ、初耳なんだけど。リライザはそんな事言ってなかったよ?」
「リライザが作られる直前に我以外の4体は邪神の分身を相打ちになる形で己諸共封じ込めていた。残された我は邪神を滅ぼすべく神剣へとこの身を宿した。リライザが知らないのは当然だ」
ほえ〜……。
なんか、ぼくの前世ってえらいことになってるのね……。
「ノルンが記憶を催眠術でいじられ、身も心も幼い頃に近い状態にされた事、この地が我の力を増幅する地脈である事、そしてノルンの神聖魔法を封じる結界と封印のペンダントが与えられていたのは不幸中の幸いだった。おかげでこうしてノルンに姿を見せ会話出来るのだからな。ノルン。我が力になる。今こそ契約の時は来たれり」
「わかったよ。アルバ。ぼくぜったい精霊魔法を習得してみせる!!」
「うむ。その意気だ」
「そしてこの国をぶっつぶすよ!!」
くだらない理由で花も恥らう乙女を子供にしてくれたお礼はたっぷりしてあげるんだから!!
「……ノルン。今回の黒幕は王太子とその一派だけだ。無益な殺生はどうかと思うのだが」
「いやだなあ、アルバったら。無関係な人達を巻き込んだりしないよお。やられたらきっちりやり返す。そ・れ・だ・け♡」
「う、うむ……」
アルバは曖昧な返事を返して黙っちゃった。
別にぼく間違ってないよね?
「アルバ。さっそく精霊魔法の習得始めるよ!!」
絶対アルバと契約して黒幕達をぶっとばす!!




