禁呪法
「ぐす……。ごめんね、急に泣き出したりして……」
「気にするな、ノルン。私達は気にしない」
「そうですよ。お姉様」
「わたくし達は全然気にしてませんわ」
ノルンが手で涙を拭いながら、姫達に謝ると三人は心配そうな表情でノルンを気遣います。
「ありがとう……。えへへ……。みんなの気持ちが嬉しくてちょっと感情が爆発しちゃった」
ノルンがそう言って微笑むと、三人も笑顔を見せてくれました。
「ーーさてと。それじゃ、そろそろ後始末しないとね」
そう言ってノルンが竜王グリアモスの死骸に視線を向けると、三人はきょとんとした顔でノルンを見ます。
「ノルン。後始末って、何をするつもりなんだ?」
グリアモスの死骸に近付きながら、ノルンはシルフィアーナ姫の疑問に答えました。
「倒した魔物の死骸はね、そのままにしておくと色々まずいの。野生動物や他の魔物が食べたりすると、突然変異を起こして凶暴化したり、より凶悪な魔物に進化したりする場合があるの。それ以外のケースだと倒した魔物がアンデッド化しちゃう場合もあるんだよ。だからそれらを防ぐ為にもちゃんと処理しとかないと駄目なの」
「そうだったのか……。知らなかった」
「ぼくも聖女として旅に出るまでは知らなかったもん。知らなくてもしょうがないよ。ちゃちゃっと処理するから、三人共向こうで待ってて」
「お姉様。それならわたくしもお手伝いしますわ」
「わたしもお手伝いします」
「私も手伝うぞ」
三人の申し出にノルンは少し困った顔をして尋ねます。
「アイちゃん、リィちゃん、ルフィア。みんなはお魚とか捌ける?」
「「「え?」」」
ノルンの問いに三人は困惑の表情を浮かべます。
「今からやる後始末ってこの竜の解体だよ?血とかいっぱい出るけど大丈夫?」
「う……。わ、私はこれでも剣士の端くれだぞ!!」
「そ、そのような汚れ仕事をお姉様だけに押しつけるわけには……」
「え、えと、わ、わたし……」
青い顔をする三人にノルンはふっと笑って言います。
「無理しなくてもいいよ。すぐ終わるからそこで待ってて。終わったらお昼ごはんにしようね。防御陣はんど」
防御陣で出来た巨大な手を出現させ、グリアモスの死骸を掴み取ると、ノルンは三人を残して離れた場所にグリアモスの死骸を引きずりながら移動します。
「ふんふふーん♪大量大量♪ーーえっ?」
ノルンがご機嫌で鼻歌を歌いながら、ずるずるとグリアモスの死骸を引きずって歩いていたら突然、グリアモスの死骸が禍々しい赤いオーラのような物を噴き出しました。
切断されたはずの首と尻尾がまるで、磁石と磁石が引き寄せ合うかのように胴体へと貼り付いて傷口が再生していきます。
剥がれた鱗や折れた角も再生し、更にグリアモスの巨体が徐々に巨大化していきます。
「グルオオオオオオオオアアアアッ!!」
すっかり元の姿へと再生し、巨大化したグリアモスが咆哮を上げました。
「ええっ!?あの刻印って……。まさか、禁呪!?」
ノルンがグリアモスの胸部にある赤く輝く鱗を見て、驚愕の声を上げました。
「ノルン!!あれは邪霊神官ディバイドの禁呪法です!!死んだ魔物を巨大な死霊として蘇らせて使役する巨大死霊化蘇生呪法です!!」
巨大死霊化蘇生呪法とは、千年前にノエルとライオネル様の前に何度も立ちはだかった邪神ドルディバイアの忠実な下僕、邪霊神官ディバイドが作り出した禁呪です。
対象となる魔物に決して消えない呪いの魔術刻印を打ち込む事で、その魔物が息絶えた際に発動し、対象を巨大な実体のある死霊として復活させる厄介な禁呪法です。
まさか、竜王グリアモスにこのような禁呪がかけられていたなんて……。
「グオルルルルルルッ!!」
本来であれば巨大な死霊と化した魔物は邪霊神官ディバイド自らが使役するのですが、ディバイドは既に千年前ライオネル様に討伐されています。
「ノルン!!今のグリアモスは操る者がいないため暴走しています!!」
目測で60メートルほどの巨体に巨大化したグリアモスが、目を赤く光らせながらめちゃくちゃに暴れます。
「わわっ!?すっごい地響!!倒した敵が巨大化するなんて、まるで勇者戦隊ブレイブレンジャーみたい!!」
揺れる地面の上をステップを踏むように跳ね回りながら、ノルンは呑気な事を言い出します。
「そんな事言ってる場合ですか!!今私達は大ピンチですよ!!」
「平気平気。でっかくなったって攻撃方法は変わらないから防ぐのなんて余裕だもん。最高位防御陣!!」
グリアモスの振り回したしっぽを巨大な光り輝く壁状に展開した最高位防御陣であっさりと受け止めながら、ノルンはドヤ顔でそう私に答えます。
「防ぐのはともかくあれをどうやって倒すつもりなんですか!?」
「死霊なんて聖光魔法で一発だよ。聖光魔法!!」
ノルンが私をグリアモスに向けて聖なる光を照射します。
普通のアンデッドモンスターなら、一瞬で跡形もなく消え去るのですが……。
「グオオオオオオオオオオオンッ!!」
グリアモスにはまったく効果がありません。
「あれ?なんで聖光魔法が効かないの!?」
「巨大死霊化蘇生呪法で蘇った魔物は普通のアンデッドとは違うんです!!悪魔に近い存在に変化してるんですよ!!」
私の解説にノルンが不満気な顔で文句を言います。
「ええー!?なにそれずるい!!だったら、だーりんいないけど、ぼくひとりでグレートラインハルト出してぶちのめすよ!!」
「無理ですよ!!あれはアルバライザーか最高位クラスの聖剣で攻撃しないと倒せません!!仮に他の方法で倒してもすぐ復活します!!」
「グギャアアアアアアッ!!」
グリアモスが灼熱の炎を地面に向けて吐き出しました。
「最高位防御陣!!」
直撃は防ぎましたが、ノルンの周囲が炎に包まれました。
「お姉様ぁぁっ!!」
「今お助けしますわ!!」
リィナさんが氷結魔法を魔導銃で連射しつつ、アイラさんはリィナさんの放った魔法を付与した鞭を振り回して炎を消し去りながら駆け寄ってきます。
「ノルン!!上です!!」
「ノルン!!」
グリアモスがノルンを踏み潰そうとし私が声を上げたその時、シルフィアーナ姫が制服の背中を引き裂きながら黒い翼を展開して、高速で低空飛行しながら飛び込んできました。
姫はノルンを抱き寄せるとそのままこの場を離脱します。
「無事かノルン!?」
「う、うん。ありがとう、ルフィア」
グリアモスから距離を取って姫がノルンの安否確認をします。
「……ノルン。こうなったら、闇のオーブを使うしかありません」
この状況を打破すべく、私はノルンに闇のオーブを使う事を提案しました。
「……」
ノルンは私の提案に無言で顔を横に振ります。
「ノルン。今ここにラインハルト様はいません。もうこれしか手はありません」
「でも……。あれはデメリットが……」
「やるしかありません。覚悟を決めてください」
私とノルンのそんなやりとりに対して、シルフィアーナ姫は口を挟む事も出来ず心配そうな顔でノルンを見ます。
「……ルフィア。リィちゃんとアイちゃんを連れてぼくから離れて」
シルフィアーナ姫の腕から抜け出し、ノルンはそう姫に伝えました。
「ノルン!?まさか一人で戦うつもりなのか!?」
「もうこれしか方法がないの……。今度は絶対にぼくの側に来たら駄目だよ」
「ノルン!!」
「ルフィア。リィちゃんとアイちゃんの事、お願いね」
ノルンはそう言い残すと、姫を残して走り出します。
ノルンを追って、グリアモスが飛び上がり空から追いかけてきます。
「ーーいくよ、リライザ」
「ーーイエス。マスター」
ノルンは立ち止まり、グリアモスを見据えると闇のオーブを手にして、私のオーブスロットへと闇のオーブを装着しました。
聖女ノルンでさえ、使用を躊躇う禁断の力が今、解き放たれます……!!
今回出てきた禁呪法は消し炭にした魔物さえも巨大な死霊として復活させてしまう厄介な術です。




