私はまだ、ノルンを理解してないようです
「防御陣!!」
突然現れた黒い巨竜の吐き出した炎をノルンは咄嗟に防御陣で防ぎます。
「……ほう。我の炎を防ぐか。聖女ノエルの転生者よ。中々やるではないか」
黒い巨竜が威圧感のある声で愉快そうに言い放ちました。
人の言葉を喋るという事はかなり高位の竜のようです。
ノルンが腕輪から杖の姿に私を変形させて、巨竜に向けて聖杖モードの私を構えます。
「突然現れて攻撃してくるとは!!あなたは何者です!!」
ノルンの手の中から私は黒い巨竜に問いかけます。
相手はノルンの前世であるノエルの事を知っているようですが、私はこの相手が何者なのか知りません。
おそらく、ノエルが私を神々から授かる前に出会った敵でしょう。
「我が名は竜王グリアモス。聖女ノエル。貴様の施した封印を破り蘇りし覇王。我がいない千年の間にこの世界を我が物のようにしてきた愚か者共を滅ぼす者だ」
竜王を名乗るこの邪竜は目を細め、ノルンへ殺意を向けながら言い放ちました。
「その魔力。その匂い。その顔。一時も忘れてはおらぬ。この我を千年もの永きに渡り、地の底に封印した報い思い知るが良い!!八つ裂きにして髪の一房残す事なく焼き尽くしてくれるわ!!」
そう宣言すると、グリアモスは体の芯まで震え上がりそうな大きな咆哮をあげました。
「……ケイトおねーちゃん。みんなを連れて逃げて」
ノルンが私をグリアモスに向けて構えたまま、ケイトさんにそう言いました。
「なっ!?馬鹿言うんじゃないよ!!アンタ一人でどうにか出来る訳ないだろう!?私も戦」
「おねーちゃん!!今おねーちゃんがすべき事はニコルくん達を連れて逃げる事だよ!!」
ノルンがケイトさんの言葉を遮りそう返します。
「もしおねーちゃんに何かあったら、ニコルくんはママを失っちゃうんだよ?まだ小さいのにもしそんな事になったら、あの子の心に一生消えない傷を残す事になるの」
「ノルン……」
「大丈夫。ぼくはこれでも邪神と戦った聖女だよ。おねーちゃんがニコルくん達と避難する時間稼ぎ位、お手の物なんだから」
「……くっ」
「おねーちゃん。ルフィア達の事もお願いね」
生まれて初めて目にした巨大な邪竜に驚き怯える三人をケイトさんに託し、ノルンは巨大な防御陣の壁を背後に貼り、住宅街を守ります。
「……ノルン!!」
「「ノルンお姉様!!」」
悲壮な声を上げた三人に振り向くことなく、ノルンは優しい声で言いました。
「ぼくがみんなを守るからね。安心して避難して」
ケイトさんは一瞬だけ俯くと、すぐに顔を上げて三人を叱咤しました。
「……三人共行くよ!!」
「ですが師匠!!」
「あたし達がいたらノルンが防御魔法に専念出来ないだろう!!あたし達に出来る事はこの場を避難して応援を呼ぶ事だけだ!!ノルン!!すぐにノルド達を呼んでくる!!それまで絶対に死ぬんじゃないよ!!」
ケイトさんはそうノルンに叫ぶと、まだ逃げるのを躊躇う三人を連れてこの場を離脱していきました。
今、この地にラインハルト様はいません。
ですが、かつて凶悪な邪竜を討ち取った、ラギアン王国一の聖騎士であるノルンのお父様が応援に来てくれれば、ノルドさんとノルンの親子二人で竜王を名乗るこの邪竜を討ち取れるはずです。
「……ノルン。防寒コート代わりに祝福のローブを着てて助かりましたね。ラインハルト様がこの国にいない今、ノルドさんだけがこの状況を打開する切り札です」
邪神ドルディバイアとノルンが対峙した時、私は休眠状態だった為、ノルンのサポートが出来ませんでした。
ですが、今は違います。
「ノルン。知っていると思いますが竜の鱗は鋼よりも硬く、ミスリル以上の硬度を持つ剣を握った斬鉄の出来る剣士か、高位攻撃魔法の使い手でないと倒せません。おそらくあの相手には今、ノルンの手元にある火のオーブと風のオーブを私に装着して攻撃したとしても、有効打にはならないでしょう」
私が神々に作り出された時、攻撃手段のないノエルをサポートする為、それぞれの属性攻撃を可能にする火、水、風、土、光、闇のオーブが別途用意されました。
私に装着する事でそれぞれの属性に対応した、様々な攻撃魔法のような効果を発動出来ます。
ノエルがその生涯を終えた時にそれぞれのオーブは、ノエルの子供達や女神ミリシャル様と魔神王ベルクローグ様の手に渡りました。
光と闇、そして火と風のオーブはノルンが邪神討伐の旅で回収しましたが、水と土のオーブは現在行方がわかりません。
光のオーブは邪神とその眷属や悪霊系の相手への特攻で、闇のオーブは最大攻撃力こそ高いもののデメリットもあり、防衛を目的とした現状では使えません。
火と風のオーブの力では、竜の硬い鱗を破壊するのは無理でしょう。
水と土のオーブも揃っていれば、まだ他に手を打てるのですが無い物ねだりをしても仕方ありません。
今やれる事をやるのみです。
「ノルン。私がいなかった前世とは状況が違います。私は常にあなたと共にあります。あなたが守りたい物を私も守ります。私があなたをサポートします。今度こそ、あなたの大切な物を守り抜きましょう」
先日ノルンから聞いた前世の夢の話と、この邪竜の言葉から察するに、私達の前に立ち塞がったこの敵はかつてノエルから大切な人達を奪い、そしてノエルに封印されたに違いありません。
ノルンにとって、因縁の相手です。
ですが、今度は絶対にノルンの大切な人達を奪わせたりしません。
ノルンは私を固く握りしめ竜王へ向けて構え、無言のまま対峙します。
先程からずっと、私を握るその手がぶるぶると震えています。
「ノルン。大丈夫です。私が一緒です。私が必ずあなたを守ります。だからまずは落ちついてください」
私を構えたまま竜王を見据えるノルンの表情を窺い知る事が、今の自分の位置と竜王の影のせいで出来ませんが、きっとノルンはありったけの勇気を振り絞っているのでしょう。
無理もありません。
かつて仲の良かったお友達を殺した、因縁の相手なのですから。
まずはノルンの心を落ち着かせないといけません。
大丈夫ですよ。あなたには私がついていますからね。ノルン。
「ノルン。まずは心を落ち着かせて、冷静に対処しましょ」
「防御陣ふぁんとむ!!」
私の言葉を最後まで聞くことなく、ノルンの叫び声と共に巨大な光り輝く拳が生成されて高速回転しながら、竜王グリアモスの顔面をぶん殴りました。
「グボアァっ!?」
竜王グリアモスの巨体がラギアン王国の外壁から300メートルほど離れた、周囲に何もない土地に向かって吹き飛んでいきました。
先程まで、竜王の巨体で出来た影と自身の位置のせいで見えなかったノルンの表情はなんと、笑っていました……。
その表情は間違いなく、恐怖からくるような、そんな笑いではありません。
ノルンが何かろくでもない事を思いついた時の、そんな表情です……。
「うふふふ♡ぼくって超ラッキーかも♡」
「ノ、ノルン…?」
やめてください、その表情!!
いったい、何思いついたんですか!!
ーー私はまだ、ノルンと言う少女を理解してなかったようです……。
この子はその身を犠牲にして仲間を救うだとか、自分一人だけを危険に晒してまで何とかしようだとか、そんなしおらしい考え方をするような子ではありませんでした…!!
ノルンパパの名前はノルド・フォルシオンです。
おばーちゃんはノーラ・フォルシオンでおじーちゃんはバルド・フォルシオンと言う名前です。
亡くなったノルンママの名前はレインです。




