とある令嬢の破滅と蘇る災厄
ーーどうして、こんな事になってしまったのだろう。
私はただ、幸せになりたかっただけだったのに。
男爵家とは名ばかりの貧乏貴族の家に生まれた私には、何もなかった。
うだつの上がらない父も、愛人を作って家を出ていった母も嫌いだった。
なんとかして、この惨めな境遇から抜け出したくて努力した。
幸い、生まれつき人よりも魔力が高く補助魔法の適性が高かったおかげで、ラグレア学園に入学する事が出来た。
勇者と聖女によって世界が平和になった事で作られた、世界各地の王族や高位貴族の子息令嬢が集まる新しい学園だ。
そこで私はエスバウラ国の第二王子ギルバートと出会った。
最初は関わるつもりなどなかったのだが、たまたま同じクラスだった私は彼に気に入られた。
なんでも魔族の姫君が婚約者らしいのだが、彼女はかわいげのない女性で暇さえあればいつも剣を振り回しているらしい。
王族相手なので嫌々ながらも私が媚を売ると、彼とその取り巻き達は、私のことをまるでお姫様のように寵愛してきた。
とても気分が良かった。
彼等からの寵愛と高価な贈り物は、惨めな貧乏生活をしていた私の荒んだ心を満たしてくれた。
今のこの立場を失いたくない。
将来この学園を卒業したら、ギルバートの正妃は無理でも、側室になれれば儲け物だ。
だが、あの堅物の姫君が側室を許すだろうか。
ギルバートを愛してる訳ではないが、彼からの寵愛を失いたくない。
そんなある日、彼は私に魔族の姫君と婚約破棄をして、私を娶りたいと告白してきた。
ーーチャンスだと思った。
昼休みも放課後も魔族の姫は、ずっと一人で剣士の真似事をしているのを確認している。
彼女に友人はいない。
私は彼女を陥れる嘘をついた。
私はこれまでずっと不幸だったんだ。
恵まれた家庭に生まれ、何不自由なく暮らしてきた人間を蹴落とす位、許されるはずだ。
それにどうせ政略結婚なのだ。
すぐに違う相手が宛てがわれるだろう。
私の心は痛まない。
これで私はギルバートの婚約者になれると信じていた。
けれど、それは失敗に終わった。
いつの間にか、魔族の姫君はあの聖女ノルンと親しくなっていたのだ。
ギルバートは王位継承権を剥奪され退学処分になり、一兵卒として辺境の騎士団に入隊させられてしまった。
取り巻きだった男子生徒達は停学となり、それぞれの実家に軟禁された。
そして私は一国の姫を陥れようとした罪で、修道院送りになった。
王族への不敬罪で、処刑されなかったのだけは運が良かったのだが、私は絶望した。
私はただ、幸せになりたかっただけなのに……。
修道院に送られる馬車の中で、これからの人生を嘆いていたその時、安物の馬車が脱輪事故を起こした。
私は一目散に馬車から飛び出して逃げた。
一生、修道院暮らしなんてごめんだ。
この際、貴族でなくてもいいから、お金に不自由しない程度の財産を持った男を捕まえて幸せになるんだ。
大丈夫。
私は王子にすら見初められる美貌の持ち主だ。
ここを逃げ切って、大きな街に辿り着けさえすれば、きっとなんとかなる。
唯一の特技だった補助魔法の気配遮断魔法を使って、追手を振り切って走る。
追手を完全に振り切る為、魔物の棲家だから絶対に中に入るなという警告の立て看板を無視して、とある森の中に逃げ込んだ。
気配遮断魔法を使った私を魔物達は認識出来ないから絶対に安心だ。
魔物達をやり過ごしながら森の中で休んで、そろそろ街道の方へ戻ろうとしたその時、私は何者かに腕を掴まれた。
黒いローブを着て顔を隠したその男に無理矢理、森の奥深くに連れて行かれた。
「その石碑を壊せ」
そう言って、男は私にハンマーを投げ渡す。目の前にはかなり古い墓石くらいの大きさの石碑があった。
「ど、どうして、私が……。あなたがやればいいじゃない」
次の瞬間、私の足元に稲妻の矢が突き刺さる。
「死にたくなければ早くしろ」
石碑から離れた場所から男に命令され、私は汗だくになりながら、必死にハンマーを振り下ろす。
こんなところで殺されてたまるものか。
何度も何度も手のマメが潰れて血が出るまで石碑をハンマーで叩いて、ようやく石碑がひび割れた次の瞬間だった。
地面が大きく揺れて、巨大な黒い竜が目の前に現れた。
「ひっ……!!きゃああああああ!!」
私が悲鳴をあげた次の瞬間、私の体は竜の吐いた炎に包まれた……。
どうして、こんな事に……。
☆
「ご復活おめでとうございます。我が主竜王グリアモス様。この日を待ち望んでおりました」
「……あれからどれくらいの月日が流れた」
「はい。およそ千年ほどになります」
「千年だと?千年もの間、我の封印を解けなかったというのか?」
「も、申し訳ございません!!この土地は魔物が多く住みついており、人間が近付いてこなくて……。私自身もこの土地に縛り付けられており、先日の地震で運良く封印が解けまして……。その為、人間をさらってくることも叶わ、ぎゃああああっ!!」
黒い巨竜の吐いた炎でローブの男が消し炭となる。
消し炭になった男の頭部には竜と同じ角が生えていたが、全身ボロボロに崩れ落ちて灰になってしまった。
「無能が!!もう貴様に用はない!!長きに渡りこの我を封じ込めた聖女ノエル!!感じるぞ!!貴様の忌々しい魔力を!!例え何度転生していようが絶対に許さぬ!!必ず殺してやる!!」
巨竜はその巨大な翼を羽ばたかせ、天高く舞い上がる。
そして自身を封じ込めていた忌々しい森を吐き出した炎で、魔物達ごと焼き尽くすといずこかへと飛び去るのだった。




