聖女と鍋
季節は12月になり、本格的な冬が訪れたラギアン王国。
各国の王族や貴族のご子息とご令嬢達が通う、このラグレア学園の中でも特に優秀な生徒が編成された教室では……。
机と椅子がすべて部屋の片隅に片付けられ、床の上に敷かれた大きなレジャーシートとそこに置かれたテーブルの上で、ぐつぐつと煮えたぎる四つの鍋をノルンと4人のお姫様達と15人のご令嬢達がのぞき込んでいました。
「よし、出来たよー」
エプロンを着けたノルンが、17人のクラスメートと2人の下級生にそう告げました。
「ノルン。これはなんていう料理なんだ?」
シルフィアーナ姫が初めて見る料理に興味津々と言った表情で、ノルンに尋ねます。
「これはね、すき焼きって言う鍋料理だよ。パパに教わったの」
パパと言うのは近世のお父様ではなく、前世のお父様であるガリアード陛下の事です。
この世界にもあちらの世界にある食材や調理器具は一通り存在しますから、レシピさえあれば再現可能です。
ノルン達のような前世の記憶持ちの転生者が作ったのか、この世界の人々が考案した物なのかまではわかりません。
「ノルンの父上はすごい方なのだな。ところで牛肉や野菜はわかるが、この白いのは何ていうんだ?」
「お豆腐だよ。ぼくが作ったの」
「お姉様はやっぱりすごいです!!」
「流石お姉様ですわ!!」
見たこともない料理を作ったノルンをいつものように、リィナさんとアイラさんが称賛します。
ノルンの本性を知っても、この二人のノルンへの態度はまったく変わりませんね。
「リィちゃん、みんなの分のお皿に卵を1個ずつ割って中身を入れてくれる?アイちゃんはごはんをみんなによそって。リラえもん、異次元ポケットからごはん出して」
「誰がリラえもんですか。アイさん、こちらです」
私には時の止まった異次元空間に物を収納する機能があります。
ノルンはそれを異次元ポケットと呼んでいます。
朝に炊いてきた熱々の炊きたてご飯を私は異次元ポケットから机の上に出します。
異次元ポケットに入れた物は時が止まるので熱い物は熱いまま、冷たい物は冷たいまま、新鮮な物は新鮮なまま保存出来るのです。
「お姉様。卵全部割れました」
「こちらも皆様にごはんをお渡ししました」
四つの鍋を四つのグループにそれぞれ一つずつ分けてから、ノルンが言いました。
「ありがとう、二人共。それじゃ、みんな召し上がれ」
「……これ、どうやって食べればいいんだ?」
「私もこれは初めて見るからわかりません……」
「それに生卵なんてどうすれば……?」
シルフィアーナ姫の疑問に吊られるかのように、他のお姫様やご令嬢達はフォークと取皿を手に皆?マークを浮かべています。
「えっとね、まず生卵をよくフォークで溶いて。そしたら、この取り分け用のトングとおたまで鍋から適量、すき焼きの具を取皿に入れてね」
ノルンがシルフィアーナ姫の取皿にお肉と野菜を取り分けます。
「そしたら、これを生卵と絡めてごはんと一緒に食べるの。はい召し上がれ」
生卵を食べる文化がこの世界にはないので、皆さん戸惑ってます。
お醤油やお味噌に相当する物があっても、この辺はやはりあちらとこちらで違うのです。
この世界ではお醤油とお味噌は珍味扱いですから。
「産みたての新鮮な卵だから大丈夫だよ。もしおなか痛くなってもぼくが治してあげるから。安心して食べてみて」
ノルンに促され、シルフィアーナ姫が恐る恐る生卵を絡めたすき焼きを口にしました。
「……美味い!!なんだこれ!!こんなの初めてだ!!」
シルフィアーナ姫が夢中になってすき焼きを食べます。
「ほら、リィちゃんとアイちゃんも」
二人にもすき焼きをよそってあげると、二人ともおずおずとすき焼きを口に入れて咀嚼します。
「「お、おいし~い♡」」
二人共あまりの美味しさに夢中になってすき焼きを食べてます。
「みんなも食べて食べて。お肉足りなくなったらおかわり追加するからね」
シルフィアーナ姫達があまりにも美味しそうに食べるので、皆さんもすき焼きをおずおずと口に入れてみます。
「美味し〜い♡」✕16
初めてのすき焼きの味があまりにも美味しかったのか、皆さん夢中になって手と口を動かします。
「うんうん。みんなの口にあったようで良かった」
「そうですね。ですがノルン。教室で鍋料理とかいかがなものかと私は思います」
「えー。別にいーでしょ。今日はもう授業ないし」
「それは期末テスト期間だからじゃないですか」
「固いこといいっこなしだよ。テスト勉強するにしてもごはんは食べないとね」
ああ言えばこう言うんですから…。
どこの世界に教室でクラスメートと鍋をつつく聖女がいるんですか……。
「ここにいるよ?」
私の心の声にまで答えないでください……。
番外編もそろそろ終わりに近付いてきました




