23.内緒ですよ?
回想回。
ノルンが誘拐犯をぶちのめした翌日から、俺は毎朝の礼拝の時間に合わせて神殿に通いだした。
朝から祖母の手伝いをするノルンに挨拶をして、近隣住民に混じって礼拝をする。
仕事に向かう為に神殿を後にする時、ノルンの方を見るといつも老人達に回復魔法をかけてやっていた。
腰の痛みやら、体の節々の痛みやらを治してもらった老人達の、感謝の言葉に謙虚な態度と笑顔で応えるノルン。
そんなノルンを見て、当時の俺はまるで聖女のようだと思った。
ある日の事、その日たまたま仕事が休みだった俺は、午後から神殿に向かった。
丁度平日の昼食時だったからか、大聖堂に礼拝客はいなかった。
ノルンの姿を探してみると、ノルンは礼拝客用の長椅子に座って、スケッチブックを手に何やら絵を書いていた。
ノルンをびっくりさせないように、わざと足音を立てて側に行って挨拶をする。
「こんにちは。何を描いてるんだい?」
「あ……。こんにちは。またいらしてくれたんですね」
ノルンはにっこりと天使の微笑みで返事をしてくれた。
「絵、上手いんだね。これは騎士、なのかな?」
「あ、はい、そうです。実はこれから孤児院の子供達が礼拝に来るので、子供達の為に紙芝居を描いてるんです」
「そうなんだ。どんな内容なんだい?」
「人々に危害を加える悪い魔物を正義の騎士がやっつけると言うありふれた内容ですよ」
スケッチブックには俺が今まで見た事もない、いかにも子供が好みそうなデザインの鎧で全身を固めた騎士の活躍場面が描かれていた。
「へぇ……。そういうのが好きなの?」
俺がそう尋ねると、彼女は目をキラキラさせながら答えた。
「困っている誰かを助ける為にがんばる人って、素敵じゃないですか」
ーーなるほど。
昨日の言動とかも加味して考えるに、この子はいわゆる正義の味方が好きなのか。
俺がもし、彼女の理想とする正義の味方になれたら、俺の事を意識してくれるだろうか。
そんな事を考えていると、孤児院の子供達がやってきた。
邪魔にならないように大聖堂の隅で、俺はノルンと子供達のやり取りを見守る。
自作の紙芝居を子供達に披露し、パイプオルガンを弾いて子供達と聖歌を歌い、神剣の女神像とはまた別の、大聖堂に祀られている神像に子供達と共に礼拝を済ませると、ノルンは事前に用意していた焼菓子を孤児院へ帰る子供達にお土産として配る。
子供達は楽しい時間を過ごせたのか、みんな笑顔でノルンにお礼を言って、引率の大人に連れられて帰っていった。
元気に手を振りながら帰っていく子供達に、小さく手を振りながらニコニコと微笑む、そんなノルンの姿に俺は思わず見惚れるのだった。
帰っていく子供達を見送った後、俺はノルンに話しかける。
「子供達に随分慕われてるんだね」
「そう見えましたか?でしたらとても嬉しいです」
「うん。まるで聖女様みたいだったよ」
俺がそう言うと満更でもなかったのか、ノルンは俺に微笑んでくれた。
やっぱりこの子はかわいい……。
俺がそう思っていると、ノルンが何やら考える素振りを少しだけしてから、口を開いた。
「あの、この後にご予定はありますか?」
「いや。特にないよ」
「でしたら、神剣を見ていかれますか?」
「え?でも神剣の公開は休日だけなんじゃないの?」
「はい。でも今日は礼拝に来る方もそんなにいませんし。少しだけなら構いませんよ」
「本当にいいのかい?」
「うふふ。他の方には内緒ですよ?」
そう言って、人差し指を自分の口元に持ってきて彼女は笑った。
廃墟で見た彼女と、目の前の彼女が本当に同一人物なのか、自分の記憶に自信が持てなくなるような、そんな可憐な笑顔だ。
子供っぽくて無邪気でおてんばなノルン。
物腰の柔らかいお淑やかなノルン。
どちらも俺にとってはとても魅力的だ。
もっと彼女の事を知りたい。
俺はノルンに連れられて、伝説の神剣が祀られている部屋へと足を踏み入れた。
彼女ともっと仲良くなれる事を夢見ながら。
……だがこの日、この場所で、俺と彼女の日常が大きく変わる出来事が起きるのだった。
もうちょい続きます。