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占戦術学校の愚か者ども  作者: 蒼骨 渉
第一章 サテラプレティツィガーレ占戦術学校一年生前期
3/17

第一章1 入学試験

 今日という一日がどういう一日になるかは、朝の一時間の使い方で決まる。


 アビ=ウェイトにとって今日という日はおそらく人生で最も重要な始まりの日であった。


 そんな彼の朝は通常よりも早い起床から始まった。

 綺麗に折り畳まれたシーツとマットには朝日が足を伸ばし、開け放たれた窓からは柔らかな風が優雅に泳ぎやってくる。


 心地の良い気候に満ちた小さな部屋の中、アビはフライパンを片手にベーコンと卵を焼いていた。起きたばかりの胃が寂しく泣いている。

 仕上げに醤油を垂らすと、パチパチと音を立て香ばしい匂いが巻き上がり鼻腔をくすぐった。チンっと丁度良く焼き上がったトーストが顔を出す。今日は何やらツイてるのかもしれない。


 ひとり朝食を終えたアビは続いて身支度を始める。

 昨日のうちにイスにかけて用意していた、まだビニールに身を包んだままのマントローブを持って姿見の前に立つ。


 外が黒、中が青で彩られたローブを身体に押し当てながら、鏡に映る自分の姿に思わず笑みを浮かべるアビ。

 このローブがアビの元に届いたのは三ヶ月も前になるのだが、彼はこの日が来るまで封も開けずに押し入れに隠していた。


 ようやく透明の袋から取り出したローブを肩に羽織り、鎖骨前にある留め金を止め、腰辺りまであるマントの皺を叩いて伸ばす。そしてもう一度鏡に映った自分を観て顔を緩ませる。

 彼の黒を基調とした毛先の青い髪はローブとの相性も抜群で、見てくれは怪しい魔術を使う類いのそれだった。


 続いてアビが手に取ったのは掌より一回りほど大きな缶ケース。

 かなり年期の入ったそれの中に入っているのは、これから彼が行く先で使うだろう七十八枚のカードだ。

 またその横には一人の女性を中心に、小さな笑顔たちが咲く一枚の写真が飾られてあった。


 その女性はかつて人々に愛され、多くの人に笑顔と生きる指標を与え続けた、彼の最も崇拝する占い師であり、彼がこの道を目指すきっかけとなった人物――――ライラ=ウェイトだ。

  

 募る想いを敢えて言葉に出すようなことはせず、思い出の品を強く握り締める。


 写真との対話を済ませたアビはマントの内に缶ケースをしまうと、視線を切って玄関扉の前へと足を運んだ。そして目の前のドアノブに手をかける。


 そんな彼の表情には不安や迷いといった感情は一切見られず、ただ純粋にこれから羽ばたく大空を早く見たい、飛びたいといった無邪気な童心だけが浮かんでいた。


 今日は彼にとって最も重要な始まりの日。

 

 彼が占い師として人々の生きる道導になる――その夢を叶えるための一歩を踏み出す日だ。


「さあ行こう、サテラプレティツィガーレ占戦術学校へ!」


 ずっと憧れていた場所にやっと行ける。そんな想いを乗せて潑溂と咆哮する青年。

 その号令を皮切りに扉の隙間から可視できてしまいそうな程の空圧が流れ出て、窓の外へと走り去っていく。再び戻ってきた風たちはその勢いを持ってして窓をバタンと閉じた。

 するとさっきまで日の光で明るかった部屋は急に薄暗い空気に衣を塗り変え、同時に扉には青白い虹彩を放った円が浮かびあがった。そしてその中にゆっくりふたつの象徴が描かれていく。


 一つは男性の強さを表わすという頂点を上部に携えた正三角形。

 もう一つはその男性の力強さを優しさで持って包み込む女性を意味し、またの名を聖杯ともいう逆三角形だ。

 それら二つの紋様が重なり、各頂点が円に接することで完成するのは万物の原理、そして両性具有を象徴する六芒星の魔方陣である。

 これを目にした多くの人が魔術や魔法をイメージするのは、この象徴がスピリチュアル的な要素を多く含んでいるからに他ならない。


 完成後の扉の隙間からは光が溢れており、怪しさもさることながらその先に輝かしい世界があることを示唆しているようだった。


 そこまでをしかと見納めたあと、少年は奇怪にゆっくりと点滅を続ける六芒星の描かれた扉を、欠片も躊躇うこと無く一気に押し開けた。


 遂に開けた未来への扉。暗闇から視界に広がった明るい世界はいつもと変わらない街の風景――――では無く、雲一つ無い青い空と眼下に広がる西洋風の町並みだった。


 一気に目に入り込んできたそれらの情景に目をキラキラと輝かせるアビ。しかしここで彼はふと冷静になって思う。


 ――――何故、水平線に青空が広がり、足下にイロトリドリの屋根が見えているのかと。


 ただ、その思考が巡ったのは瞬き一回分にも足らず。既に大きな一歩を踏み出していた彼の右足は何を踏みつけるわけでも無く宙を空ぶり、そのままの勢いでして全身が目下に向けて投げ出される。


「うわああああああああああああっ――――――あ?」


 アビは肝を引っ張られながら心臓を掴まれているような感覚に鳥肌を立たせ絶叫する。恐怖で目を開けることなど到底叶わない。

 そんな状態が地に着くまで続く・・・・・・そう思っていたのだが


「う、浮いてる・・・・・・」


 驚き、パチパチと瞬きを繰り返すアビ。

 彼の身体は地に落ちるのではなく反対に宙に浮いていた。やや高度は下がったようだったが、目に映る世界は始めと変わらずそこにあった。


 始めの一歩が危うく生命の終わりへの一足になってしまうところだったと、早る胸をほっとなで下ろすアビ。すると突然、どこからともなくアナウンスが流れてきた。


「受験番号十七番、アビ=ウェイト。まだ試験開始五分前だぞ。勝手に飛び出したりして、余計な手間を取らすんじゃねぇぞこの死に急ぎヤロウ。【力のタロット】を思い出せぇ。獰猛なライオンを手懐けるには末恐ろしい忍耐力が必要だってことをな。気合い充分なのは認めるが、お前も立派な占い師になりたいのなら肝に銘じとけよ」


「ご、ごめんなさい」


 自分でもちょっと早いかなとは自覚していたアビだったが、案の定その通りであった。

 アナウンス越しに注意を受けたアビは後頭部を手で搔いて反省する。


 とはいえこれがアビ個人の問題かというとそうでない。

 よくよく周りを見渡せば、彼以外にも同じようにローブを身に纏い、宙に浮いている者が何人も見受けられた。

 実はこれ、毎年必ず見られる恒例事だった。

 皆、早まる気持ちに押し負けて開始時刻よりも早く扉を開けてきてしまうのだ。


 この日を待ち望んでいた良くも悪くも期待ができそうなせっかちな生徒達を全員拾い、当初の予定時刻に達したところで、上空に大きな液晶が出現した。


 これは空中映像結晶(エアクリスタリア)と言い、空中に存在する水蒸気などを利用して映像を投影することができる魔法具の一種である。

 ちなみに一家に一台と称されている映像結晶(クリスタリア)はこれの水晶版で物質として存在している。

 これから開催される催物もそれを使って生配信される予定だ。


 大きく展開された空中映像結晶(エアクリスタリア)にはふたりの人物が映し出されていた。


「それでは時間になりましたので、これよりサテラプレティツィガーレ占戦術学校入学試験を開始致します。私は試験監視役を務めます、生徒会長のウォーメリア=アクアルーナです。そして――」


「その隣の副会長です。みんな頑張ってねー」


「あなたちゃんと名乗りなさい」


「そんな堅いこと言わないでさ、ほらほら、ルール説明しよっかメリア」


「ウォーメリアよ。あと気安く私の名前を呼ばないでくれるかしら」


 ウォーメリアと名乗る女性はアビと同じく学校規定のマントローブを羽織っていたが、副会長にはそんな常識は存在していないらしい。黄色を基調とした奇術師のような格好をしていた。加えて顔は白塗りである。

 どこからどうみても道化師にしか見えない彼も、一応はこの占戦術学校の生徒――というか副会長らしい。

 見る限り、二人はあまり仲がよろしくないようで早くも剣呑な雰囲気が漂っていた。


 相手にしていられないと咳を切り、ウォーメリア会長は続ける。


「今日から新入生になる予定の諸君。知っての通りサテラプレティツィガーレ占戦術学校では制服であるローブを受け取ったからといって、入学が許可されたという訳ではありません。これから行われる入学試験に合格して始めて、うちの生徒と認められるのです」


「みんな知ってるよねーそんなこと。毎回同じ事説明してるのって古くさいとこあるよねこの学校」


 まじめな会長になおも茶々を入れる陽気な道化師。堪忍袋の緒が切れたのか、ウォーメリア会長は厳しい口調で退席を命じる。


「スペクター、あなた何のためにここに居るわけ? 邪魔しかしないのなら出てって貰えるかしら?」


「めんごめんご。じゃあルール説明は僕が引き受けるよ」


「そもそもルール説明があなたに当てられた役割でしょう」


「細かいことは気にしないのメリア――――じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃうね。ルールは簡単。制限時間内に入学式会場に辿り着くこと。着いたら合格、着かなかったら不合格。ね、簡単でしょ? その他の細かいルールについては・・・・・・画面で表示するからちょっと待っててね」


 相変わらず調子のいい相方に、もはや呆れしか残っていない様子の会長。その不満顔も画面の表示が変わった事によって見えなくなった。

 次に映し出された画面にはこのように記載されていた。


《新入生入学試験Ⅰ》


・ルールⅠ 入学式が始まる前に会場の門に到達すること。なお入学式の開始は試験開始から一時間後である。

・ルールⅡ 一度選んだ道は引き返せない。

・ルールⅢ 起きたイベントには絶対に参加すること。途中棄権は不可。

・ルールⅣ 十三分毎に街の構造は変形する。 

                                                      以上



 スペクター副会長によるルールの読み上げが終わり、再び画面が戻ると何故かそこに副会長の姿は無かった。

 代わりに彼の居た場所には録音機が置かれており、現場で何が起こったのかはウォーメリア会長の顔つきで大方想像がついた。


「おほん、最後にもう一つ。例年通り多くの新入生候補者が予定時刻よりも早く扉を開けてやってきました。そんな慌てん坊にはペナルティとして試験開始から五分間空中待機の罰があります。この五分があなたの人生を大きく左右するかもしれないわね。

 ――――では、式会場でお会いしましょう」


 ウォーメリア会長の不適な笑みを最後に画面は消えた。

 それと同時に十カウントが画面上に表示される。

 急に始まった試験開始のカウントダウンに受験生達の間にも一気に緊張が走り、心臓を急かしていく。

 そして遂にファンファーレは鳴り響いた。


「試験開始だぜぇ新入生候補者たち! 立派な占戦術師になりたきゃ、こんな試験くらい軽々と突破するんだな! ここからの実況はこのマイク=ゾワロフスキーが担当するぜぇぇ!」


 合図と同時に切り替わった画面には黒のサングラスをかけたハイテンションな人物がマイクを片手に映っていた。

 さっきアビに注意した人の声と同じだった。

 ペナルティで空中待機させられている者を除く受験者達が一斉に、各々のスタート地点から巨大立体迷路の中を彷徨い始める。


 普通学校の入学式に実況がつくなんてあり得ない話なのだが、サテラプレティツィガーレ占戦術学校は国の後ろ盾を得た特別な学校。

 故に年に三回、この入学試験と前期最後に行われる大占戦術大会、生徒会役員を決める後期最後の占戦術運動会は国を挙げての政として開催され、有名なマイクマンまで用意される。

 街の人はその様子を映像結晶(クリスタリア)で見守る。


 勿論アビもこれまでに何度も観てきたもので、自分がここに出ることをずっと待ち望んでいた。

 結果として早まった行動をとってしまい、現在五分間のペナルティを受けてしまったわけなのだが。それでもやる気は十二分に溢れていた。


 今か今かと上空で待っている最中もマイクマンによる熱烈な実況は続く。


「おーっと受験番号四番サジダリウス=フラムソール、ここで早くも行き止まりだぁ! 目の前の扉を開けるか? それとも十分後の地形変動を待つか? お前は運を持っているのかー!?」


 ここでひとりの高身長の男が行き止まりにぶつかった。

 ルールⅡにあるように一度選んだ道は引き返すことが出来ない。 

 しかしこのルールだけだと行き止まりに当ってしまった時点で不合格になってしまう。

 そんな不幸を回避するために設けられたのがルールⅣだ。


 街の構造が変化するということはさっきまで壁だった場所が道になることもあるし、ならないこともある。道だった場所が建物に塞がれてしまうこともある。

 これに限っては運としか言いようが無いが、おかげで一発不合格による退場は防げる。

 だがこれには大きなデメリットも存在している。


 それは、()()()()()()()()()()()()()()ということだ。


 試験には一時間という制限時間が設けられている。

 運悪く十三分もの間その場で待つことになってしまえば、それこそ時間に追われる受験生達にとっては致命傷になりかねない。


 そんな哀れな受験生を救う手段として、壁にはもう一つの抜け道が細工されている。


「おーーっと、サジダリウス、ここは躊躇わずに目の前の扉に手をかけたぁ! さあ、その先には何が待ち受けているのかぁ!?」


「ふん、この私が待つといった選択をするわけが無いだろう。我が道は我が剣でもって切り開くものだ!」


 サジダリウス=フラムソールは彼の髪色と同じ赤い色の扉を、熱い闘志と共に引っ張る。そうして扉の向こうに現われたのは奥の道へと続く通気口(トンネル)だった。


「己の道は己の手で引き寄せる、流石火日(フラムソール)の家名を持つ男だ! 幸先良く良い物を見られたぜぇ!」


「す、すごい・・・・・・。扉を何の躊躇も無く開くなんて、僕には到底できないな」


 歓声と拍手で盛り上がりを見せる中、アビは同級生の心臓の強さに圧巻させられていた。

 それもそのはず。この扉の先に何が待ち受けているのかは開けるまで全く分からない仕様となっているのだ。

 そのためこの扉はまたの名をパンドラの扉と呼び、彼ら受験生にとっては常識の範疇だ。


「さてさて、そろそろペナルティの五分が近づいてきておりますが、浮遊中の皆さんは準備出来て――――――!? キタキタキタキタァ! ペナルティ解放の前に合格速報だぁ! やはり今年もアクアルーナは強かった・・・・・・。受験番号二番ノア=アクアルーナ堂々の一位で突破だ! タイムは脅威の三分三十秒だぁ!」


 なんとここで早くも一人目の合格者が現われた。


 未だに地に足の着いてない面々も居るというのに一体何処のどいつだ? とは誰もならない。

 なぜなら毎年一着を取るのは決まってアクアルーナの家の者だからだ。


 ノアと呼ばれる合格者が上空の液晶画面に映し出される。

 彼女を一言で表すならば冷徹な魔女だった。

 品行方正な風貌に加えて切れ長の目をしている彼女は、まるで観る者を凍らせるような鋭さを備えており、また彼女の冷静沈着な性格を体現したかのような水色の髪も相まってより冷たい印象を思わせる。

 しかしながら彼女の持つ美貌は、魔女さながらの美しさで人々の視線を集めるのだ。


「一位で到着した感想は――――特に無いようです! 残りの皆さんも引き続き頑張って下さい!」


 マイクマンからのインタビューをクールな女子生徒は、無言と鋭い眼光で追い払う。そのまま足早に会場に入る彼女を、敢えて待ち受けて声をかける人物が居た。


「三分ねぇ・・・・・悪くは無いけれども良くもないわね、ノア。これからはアクアルーナの名に恥じないよう、研鑽することを先輩としてお勧めするわ」


 ノアよりも濃い冷色を基調とした髪を綺麗に巻いて垂らした女子生徒が、嫌みったらしく、ノアにこの学校での立ち振る舞いを指南する。ノアは表情一つ変えず、その上級生の方へ目を向ける。


「ご忠告ありがとうウォーメリア姉様。でも今後は結構です。わざわざ姉様のお力を借りるまでも無いので――――それに、姉様の方こそ今年は気をつけた方が宜しいのでは?」


「ちっ、ほんと気に食わないわ。昔からあなただけは」


 見透かしたように淡々と言ってのける妹に、本音が漏れる姉。またそれが、あながち見当違いでは無いところが、余計に腹の虫を騒がせていた。だからか、彼女は最後にこう告げる。


「まあ母様も貴方には期待はしていないようですし、少しは気を楽にしても良いのですよ? そうねぇ、例えば異性との交流なんかもこの場で学ばれたらいかがでしょう」


 聞き捨てならない、明らかな挑発に、姉の前を通り過ぎたノアは足を止めた。その顔は一体どんな歪み方をしているのだろうかと、ウォーメリアはしたり顔で妹の背を見つめる。数秒の沈黙が流れ、しかし彼女は口を開くこと無く、その場を後にした。


 単なる姉妹喧嘩にしては悪辣な、他の者には不可侵な領域がそこにはあるようだった。そんなふたりを、黄色い服の道化師ことスペクター副会長は遠くから見つめていた。

 スペクターは姉妹のやり取りの始終を見届けた後、視線をモニターに移した。画面にはようやく五分間のペナルティを終えて、地に足を着けたアビ等の姿が映っていた。


「人生は選択の連続、そして迷路。右に行くか左に行くか、前に進むか後ろに戻るか、立ち止まるか突き進むか・・・・・・。

 選んだ道の先が安寧な平野であればラッキー、高い壁に阻まれればアンラッキー。しかしそのどれもが人生という物語の一興であることに遜色はない。


 ただ我々には無数の選択肢があれども、一度選んだ道を引き返す術は無い。なぜなら時は相応にして一定に流れているから。


 ゴールなんて見えなくて当然。死ぬまで何が正解かなんて分かりゃしない。だが、我々は選ばなければならない。

 限られた時間の中で、数ある選択肢の中から、何かを頼りにして、何かに縋って、何かのせいにして、何かに後悔しながら、見えないゴールに向かって正解だと思う道を選ぶ。

 今この迷宮で迷っているのも、君たちが占戦術師を目指すという道を選択したからだ。


――――その先には、一体何が待っているんだろうね?」


 今日、人生における大きな選択をし、それに伴う壁に立ち向かう後輩達に向けて、スペクターは指先で金色の硬貨を回しながら吟ずる。

 彼の胸中に眠る情は白塗りのポーカーフェイスに隠されていた。



「よーし、僕も負けてられないぞ! 二着、いや三・・・・・・十着以内には入るぞ!」


 空中での待機から解放されたアビは絶対に合格してやると気合いを入れ直して街の中を散策する。

 この大迷宮の建物は全て一様なクリーム色のレンガで造られている。これは建物毎に色や形が違うことで、目印になってしまうのを防ぐための仕様であった。

 また十三分毎に街の構造が変わるルールもマップを意識させないための施策の一つだ。


 一度前に進めば後戻りの出来ない一方通行の道はただの真っ直ぐな道では無く曲線を描いている。

 そうすることでただの直線では生み出すことが不可能な先の見えない道を演出している。

 よって直線の先が行き止まりになっているかどうかの判断は難しく、節々に現われる交差路をどのタイミングで曲がるかが運命を左右する。


 アビはスタート地点から数えて一つ目に現われた交差点を右に曲がった。これは彼が試験に臨む前から決めていたことだった。

 そうして行き止まりを避けながらもいくつかの角を曲がったところで、遂に例の壁がアビの前に立ちはだかった。その壁には勿論パンドラの扉もある。

 これを開くか否か、この選択も合否に関わる大きな分かれ道となる。悩んだ末の彼の選択は――――


「ここは待とう。あと少しで地形変動が起きる。今はリスクを背負う意味は無いはず!」


 目の前の誘惑には手を伸ばさず、アビは待機を選択した。




「十三分経過・・・・・・十三分経過・・・・・・変わります・・・・・・変わります・・・・・・」


 一回目の地形変動の音声アナウンスが流れた。するとすぐに周囲の建物は大きく浮き沈みを繰り返して変化していき、あるところでぴたっと止まる。


 さっきまで行き止まりだったアビの目前からは障害物が消え、道が形成されていた。選択は成功したようだ。

 グッとガッツポーズをして、アビは再び走り出す。


 次の交差点に差し掛かった時、アビは反対側から走ってくる人影を見た。

 いくら広い迷宮とはいえ受験生もそれなりの数がいる。途中で出くわすことも別に珍しくもない。

 しかし今回に限っては偶然が過ぎた。


 交差点で邂逅したのは向かいから来た一人だけではなく多方向からやってきた受験者達で、その数はアビを含めて五人。一度にこれほどの人数が集まることはかなり稀だ。

 そしてまたこの状況を受験者達はあまり良い事だとは思っておらず、その悪い予感は見事に的中してしまうのだった。


「おーーっとここでイベントの発生だぁああ! 交差路に集まった五人の受験者に挑んで貰うゲームはこいつ――独立首位(ワントップ)アルカナだぁあ!」


 試験開始早々、アビは大きな試練にぶつかってしまった。

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