表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
占戦術学校の愚か者ども  作者: 蒼骨 渉
第一章 サテラプレティツィガーレ占戦術学校一年生前期
11/17

第一章9 攻略の鍵は見鏡のタロット

 神の島と呼ばれるセフィロス島は説明にもあった通り、人の手が殆ど加わっていない自然の宝庫であった。立ち並ぶ木々の中に一歩踏み入れればそこはもうジャングルに等しく、生い茂る草葉を掻き分け踏み倒しながらでなければ前へ進むことは出来ない。勿論アクアルーナ家の所有地であるため一部人工的に整備された箇所もあるようだが、ほぼ無人島と評して差し支えない無法っぷりだった。

 壮大な大自然を前にアビ達は苦戦を強いられるが、程なくしてようやくその密林から解放されると、今度は砂利が敷き詰められた平地が広がっていた。


「わぁ、凄い! アビくん見て見て、とっても綺麗な水が流れてるよ!」


「ほんとだ、こんなに透き通っている水は初めて見たかも」


「確かに、こりゃすげーな」


 偶然見つけた小川にユミンが歓喜して駆け寄る。上流から流れるその水は海の青さとはまた違った、透明感溢れる水だった。ユミンはその水を両手で掬って口元に寄せる。


「――――っ美味しい! え、凄い、凄いよ! 自然の恵みが凝縮されたっていうのかな。例えるならそう、フルーツミックスみたいな感じ。この島に在る全ての自然がぎゅって一つになってるようだよっ!」


 あまりの美味しさに食レポならぬ水レポを思わずしてしまうユミン。彼女の熱の籠った感想にアビとダンも渇いた喉をごくり鳴らす。


「ど、どう? 凄く美味しいでしょ!?」


 キラキラとした瞳を向けて感想を求めるユミン。しかしアビとダンは互いに顔を見合わせて首を捻る。そしてもう一度美味しいはずの水を口に運び、


「ゆーてそんなに?」

「驚くほどでは無いかな?」


 ユミンとは異なる感想を告げた。それに対してユミンは「うそぉ!」と驚いて、再度水を口に含み新鮮な表情を浮かべる。ユミンには美味に感じられるらしい。


「本当にしないの? 自然が集約したような神秘的な味が?」


「まぁ、言われたらなんとなくそんな気もしなくもないけどよ。わー凄いってほどの感想は正直ねーよ? な、アビ」


「僕もダンと同じかな。確かに新鮮な水っていうのは分かるんだけど、ユミンが言うフルーツミックス感はしないかなー」


「そんなぁ・・・・・」


 自分が好きなものを共感して貰えなかったことに肩を落としたユミンはもう一人のチームメイトにも視線を送る。

 その視線に気づいた冷酷な少女がこちらに顔を向けるが、ユミンは萎縮してすぐに目を逸らしてしまった。

 期待と不安が入り交じったユミンの横顔に、ノアは大きく溜息をついてから一歩ずつ小川へと近づく。


「水分は生命活動に必要不可欠。三日くらい食べなくても死にはしないけど飲まないのは流石に無理があるわ。まぁ今から全部私に任せてくれるなら今日中に終わるけど。あと、予め言っておくけど、貴方が期待するような感想を私は持たないわよ。私もこの二人と同じでこの水に味は感じられないから」


 ここまでを一間で言い切り、彼女は両手で水を掬った。水を飲む理由はあくまでも生命活動の一環で、決して哀れみや情けでは無く、加えて結果はもう分かりきっていると。

 ユミンは俯き、もじもじと手遊びをする。ノアにハッキリと「あなたのためではない」と言われたことや自分以外の誰もこの水の味を感じないことが疎外感となり彼女を縮こまらせていた。

 目的を終えたノアはそんなユミンを下目に一瞥し淡々とその場を離れようとして――――視界に捉えた少女のありえない仕草に目を見開いた。


「――――!? あなた、その手の構えは・・・・・・・・・・・・一体何処で?」


 そう指摘されたユミンの手は、親指と中指と小指の三本の腹同士を合わせ、人差し指と薬指を第一関節のところで曲げてくっつけるという、見るからに異様な構えを取っていた。無意識に手を合わせるにしてもあまりに不自然すぎる。ただノアの驚き方も常人の反応とは違い、警戒心を含んでいるようだった。

 威圧的なノアに見下ろされ肩をびくっと震わせて萎縮するユミン。しかし質問に答えなくてはならないという恐怖に押し出されるようにしてまごまごと口を開く。


「こ、これは、気持ちを落ち着かせるためにする、おまじないみたいなやつで・・・・・・。小さい時にお母さんから、教えて貰ったの」


「あなたのお母さんって?」


「えっと、お母さんは――――」


 そこまで言ってユミンは言葉を詰まらせる。躊躇う素振りを見せる彼女をノアは問い詰めるような視線のまま黙って待った。そして、


「お母さんは、私が小さいときに突然いなくなっちゃって・・・・・・。写真とか名前とか、何か残ってないかなって探したけど、両親共に何の記録も見つからなくて・・・・・・」


 ユミンは下を向いたまま自身の過去を語った。ユミンにとってそのおまじないは顔も名前も思い出せない母そのものなのかもしれない。


「――そう、辛いことを思い出させてしまったようね。ごめんなさい」


 流石のノアも申し訳なさそうに謝罪を口にした。だが、その後に付いて出た言葉は、その想いを踏みつけるようなもので、


「でもその構えはもうしない方がいい。少なくとも学校に居る間は絶対にね。もし・・・・・・・・・・・・いえ、この話はここまでにしましょう。それよりもあなた、その状態で自分の見鏡のタロットを触ってみなさい」


 強いるように圧をかけつつ言葉尻は濁す。そんな意味深な発言をするもこれ以上の追求はさせないつもりか、ノアは話の方向を百八十度変えた。

 ユミンも聞き流すには惜しい忠告に喉元まで追求の言葉が出かかるが――触れてはいけないものに思えて渋々飲み込んだ。さながら蛇の居る藪をつつかずに済んだような判断だったろう。

 ユミンはざわつく胸を落ち着かせるためにもノアに言われた通り自分の見鏡のタロットを覗く。カードにはユミンの顔が映る。


「――――こ、これって!?」


 するとさっきまで何の反応もしなかったはずの見鏡のタロットが水面に雫を落とした時のような波紋を広げて波打ち、やがてその液晶上にサテラプレティツィガーレ占戦術学校の文字と校章を映し出した。まるで携帯が起動した時のモーションのようだった。


「どうしてさっきまでうんともすんともしなかったカードが反応して機動したんだ?」


 それを後ろから覗いていたダンが不思議そうに問う。初期起動を終えた画面上には何個かのアプリが入っているようで、メール、タロット、学生証などの名称が記載されていた。入学式であの老爺が口にした内容とほぼ一致している。


「見鏡のタロットはその人が持つ霊力に反応して本来の機能を果たす、いわば生体認証のような仕様が組み込まれているのよ。さっきあなたがやっていた構えは霊力を集中させるためのもので――――そうね、精神統一と言ったら伝わるかしら。意図して注力された霊力に反応して起動したということよ。あなた方二人の見鏡のタロットが動いていないのがその証拠」


 ノアは最初から知っていたかのようにツラツラと説明した。船上で老爺が霊体や霊力についてわざわざ試験前に説明をしていたのも、これに気づかせるためだったのだろう。 

 霊体は誰にでも備わっているが扱うのは至難の業。これから占戦術師を志すのであれば何よりも霊力を扱えなければ始まらない。

 今回の二次試験、内容こそは過酷なトレジャーサバイバルだが、その本質は霊力を意識的に扱えるようになること。それを決定付ける出来事だった。


 続けてノアは自分の見鏡のタロットを取り出し、三人に向けて画面を見せる。そこには【ヒントⅣ 風の龍の下顎に風の玉は眠る】と記載されていた。


「これって、僕達が集めなきゃいけない四つの玉のヒント!?」


 すぐにユミンも自身の見鏡のタロットを再度確認する。そしてメールのところに通知のマークを発見して開くと、ノアと同じく四つの玉の在りかを示すヒントがあった。


「【ヒントⅡ 聖水の大蛇、その源に水の玉は眠る】――――ノアちゃんとは違うヒントみたい」


「そうか分かったぞ! ノアのがヒントⅣでユミンのがヒントⅡってことは残るⅠとⅢは俺とアビのやつにあるってわけだ!」


 ようやく掴んだこの合格への糸口に歓喜の声をあげるダン。これまで何一つとして手がかりが無く手探り状態だったのだから当然のことだ。


「つまり! 僕達も二人のように霊力をこのカードに送ればいいってことだね! よし、そと決まれば――――」


 勿論アビも同じ気持ちで、それから二人はユミンと同じ手の構えを取って集中する。霊力さえ上手く扱えればヒントが手に入り、ヒントがあれば合格は目前。ただ、ついさっきした忠告を一瞬で忘れていることにノアは心底呆れた様子でいた。


「よし、そろそろ良いだろう。この手でカードを触れば・・・・・・ってあれ? 何も起こらねぇぞ?」


 しかしそう簡単には行かないようだ。ダンの言葉通り、見鏡のタロットには何の変化も起きていなかった。


「僕もだめみたい。霊力を集めるのって凄く大変なことなのかも」


「もっと長い時間、三時間くらい集中すれば出来るようになんじゃね? ほら、滝に打たれる修行的な感じで?」


「そういうものでもないと思うけど・・・・・・」


 上手くいかないことに頭を悩ませる男二人。ユミンとノアに助けを求めるもユミンは顔の前で手を振って分からないと返し、ノアに至ってはもう完全に無視だった。


 どうすればいいのかと見鏡のタロットをじっと見つめるアビ。画面上には空や雲、アビの背後にある木々が反射して映っていた。見鏡と名の付くくらいだから鏡の役割も果たしているのだろう。

 と、ここでアビは何やら違和感の波が押し寄せてくるような、そんな感覚に襲われた。


――――何かがいつもと違う。


 ただそれくらいのもので、身の危険が迫っているとか緊急性のあるものではない。しかしそれが凄く重要なことのように思えてならなかった。


「今は難しくてもアビ君もダン君きっとできるようになると思うよ。だからってわけじゃないけど、今あるヒントのお宝を探しに行かない? 私に心当たりがあるの」


 アビが違和感の正体を掴もうと真剣になっていると、気を利かせたユミンがそう提案してきた。思いがけない一言にアビとダンは顔を上げる。


「そうだな。出来ないもんにウジウジしててもしゃーないし。で、その心当たりって何処なんだ?」


「うん、ここに来る途中に一カ所だけ凄く風が強いというか、空気の圧が違うところがあったでしょ? きっとそれがノアちゃんのヒントにある風の龍のことだと思うの。風の流れを龍と見立てて、顎に位置する場所に風の玉があるんじゃないかなって。で、もう一つはこの川が聖水の大蛇なんじゃないかな?」


 立てた人差し指を頬に当てて、考えるポーズをするユミン。その仕草のいちいちが可愛く、寄せられる胸に目を奪われる。が、すぐにその煩悩は頭を振って振り払う。


「凄いよユミン! 流石、もう霊力を使えるだけあるなぁ。よし、そうと決まればさくっと探しに行こう!」


 結局感じた違和が何だったのかは分からなかったが、アビはユミンの提案に乗ることにした。

 自分たちがどのくらい出遅れているのか、もしくは早々に試験の構造に気づいたチームなのかは分からない。が、時間は有限でこの先にどんな足止めが待っているかも不明だ。だからやれることは早いに超したことない。

 そう判断し、まずは目の前にある小川の源泉地を目指すことに決めたアビチーム。しかし、


「おい、どこに行くんだよ?」


 怒気を含んだダンの一言が、三人とは違う方へとひとり歩みを進めていたノアの背に向けられる。ノアは振り向かないまま応える。


「何処って、もう一つの方に決まってるでしょ。一つずつ全員で行くより、二手に分れて同時に向かった方が効率的よ」


「んなこと言っても、ひとりだと危ねーだろ。どんな危険が潜んでるか分からないんだからよ」


「平気よ、私は慣れてるから」


 ダンの忠告も意に介さず、それで話は終わりとその場から離れていくノア。


「ほんと団体行動の出来ないお嬢様って感じでムカつくぜ。なぁおい、アビどうするよ?」


 遠のく背を見つめながらうーんと頭を悩ませるアビ。彼女の性格上、二手に分れることを譲る気は無さそうだし、かといってひとりで行かせてはチームとしての協力体制が皆無になってしまう。断られる分にはいいが、こちらから切り捨てるようなことはアビはしたくなかった。


「そっちはダンとユミンのふたりで行って。僕はノアの方に行くよ。互いに目的の物を見つけたらこの場所に戻ってこよう」


 上手く付き合える気はしないが、自分以外のふたりがノアとペアを組んで上手くやれると考える方が無理があった。致し方なしと、アビは覚悟を決めてふたりに別れを告げ、ノアの背を追った。




*****




「セフィロス島ってほんと自然豊かで空気も美味しいよね」


「・・・・・・・・・・・・」


「木も幹とか枝とか太くて、根も凄い這ってて、歩きづらいとこも多いね」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「ひとりで先に行ったら危ないと思うけど・・・・・・」


 何とかして心の距離を縮めようと前を行くノアに声をかけるも悉く無視される。心なしか歩くスピードも増し、余計に距離が開いてしまっている気もしていた。おそらくさっきの忠告を無視したことも原因なのだろう。だからアビは注意を引くためにも敢えてその話題を振ってみることにする。


「さっきのユミンの手の構えのことだけど、どうしてあんなことを言ったの?」


 するとアビの予想通りにノアは反応し、その場で足を止めた。


「貴方には関係無い。あの子にはもう一度あなたから伝えといて、絶対にやってはいけないと」


 しかしそれだけを言い残して再び歩き始めてしまう。その歩幅に合わせながら、アビはなおも質問を続ける。


「どうして? ユミンのお母さんとノアとは何の関係も無いよね? それともアクアルーナの家柄が関係してるってこと?」


「・・・・・・・・・・・・」


 アビのしつこい追求にノアは一言も返さない。このままではダメだと、今度は話題をノア自身のことに変えることにする。


「アクアルーナ家の人はみんなこの島で生まれるんだよね? やっぱりノアもこの島で生まれ育ったの?」


 だがノアは立ち止まることも振り向くこともしない。寧ろさっきより歩く速度が上がった。しかしアビもこのまま引くわけにはいかない。少しでもノアから何か引き出せないかとノアに関連のありそうな話題を模索する。

 そして海で遊泳していた時にユミンから聞いたことを思い出すと、自らの好奇心ついでにそれを尋ねる。


「じゃあ生まれてくるのが全員女性で、神から授かった子っていう噂は本当なの?」


 ユミンから聞いたアクアルーナの出生の秘密。そんなまだ関係の浅い段階で聞くには抵抗があるセンシティブな内容を、躊躇わずに聞いてしまうところを無邪気ととるか寡廉鮮恥ととるかは人それぞれだろう。

 だがやはりノアからの応答は無かった。この手の質問は幾度となく受けていて、野次馬の戯れ言くらいにしか思ってないのかもしれない。


「ごめん。急にそんなこと聞かれても答えたくないよね・・・・・・」


「何でそこまでして私に執着するの?」


 ここに来て初めてノアは振り向き、胸の前で腕を組んだ状態でアビにそう聞き返した。

 改めて対面すると、ノアが冷酷な魔女と呼ばれる由縁が分かる気がした。ノアから向けられる視線はナイフのように鋭かった。


「そんなのせっかく同じチームになれたんだから、もっとちゃんとノアのこと知りたいというか、仲良くなりたい。これから同じ学校に通う仲間でもあるわけだしさ」


 それは決して嘘偽りでは無く、アビがチームになった時から抱いていた本心だった。


「仲間ね・・・・・・。何も知らないって幸せで、それでいてとても愚かなことよね。知らなくていいことを、知りたくないことを知ってしまった時の絶望を味わわないで済むことを代償に、無知という名の羞恥を晒している」


 ノアは哀れむような眼差しでアビを見据える。ただ先ほどまでの鋭さはそこには無く、ノアは瞳の奥に映るその言葉の裏付けとなる過去を覗いているかのように虚ろであった。


「それって結局良いことなの、悪いことなの?」


 ただ当の本人はノアの言っている意味がよく分からなかったようで首を傾げる。それが呼び水となりノアも焦点をアビへと結び直す。


「そうね、矛盾してる。けどそれで合っている。今のあなたに置き換えるならば、私のことは知らなくて幸せなこと、この学校を仲間とか希望という言葉で括っていることは無知で羞恥ってことよ」


 この学校は期待に胸を躍らせるような場所では無いとノアは言う。アビは知らないが、入学式でも同じようなことを口にしていた。


「んー、無知って言い方だと確かに悪い気がするけど、未知って捉えたらそれは恥ずかしいことじゃなくなる気がしないかな? その先にはまだ見ぬワクワクやドキドキがあって、それを求める探究心がやる気を生み出してくれる――みたいな? ほら、最初から宝の中身や在りかが分ってる宝探しってつまらないじゃん?」


 それに対してアビは自身の見解を素直に述べた。知らないことを知りたいと思う気持ち、その好奇心に勝る躍動は無いと。


「今ので分かったことが二つあるわ。一つはあなたが相当なお人好しでバカなこと。もう一つは私とあなたは絶対に仲良くなれないということよ」


「あははは・・・・・・・はぁ」


 ノアにキッパリと告げられたアビは大きく溜息をついて、とぼとぼと歩き出す。アビとノアは犬猿とまでは言わないが犬と猫くらいの関係と言えるだろう。無論、人なつっこいアビが犬で淡泊なノアが猫だ。


「私には関わらない方がいい。だって私は――――」


 アビに背を向けたノアはそこまで口にして、途端に目の色を変えた。


「――――っ!? 止まって!」


 後ろに居るアビに向けて腕を振って危険が迫っていると叫ぶノア。普段ですらきつい目つきはより鋭いというか、目の奥に宿る力強さがグンと増しているように思えた。アビは言われるがままに硬直する。


「気配がある。一つ、二つ・・・・・・いえ、もっとね。囲まれているわ」


 右へ左へと顔と視線を動かして周囲への警戒を続けるノア。アビには何が起きているのか全く分からない。


「僕には何も感じないけど・・・・・・」


 そう口にした時だった、



『――――――――ミツケタ、ミツケタ』



 アビは心臓をギュッと掴まれたような感覚を感じ、それと同時に全身を怖気が襲った。鳥肌が立ち、キーンと耳鳴りがする。血は凍ったように冷たくなり、胃から喉元に向かって胃酸が込み上げ吐き気を催す。

 飛びそうになる意識を奥歯を噛んでなんとか踏ん張り、後ろを振り返ってみるがそこには誰もおらず、長閑な緑の風景が在るだけだった。

 ほんの数秒の出来事だったためかノアは苦しむアビには気づいていないようだった。


「――――気配が消えた。私の勘違い? いえ、そんなはずは・・・・・・・・・・・・一体何だったのかしら」


 異様な沈黙も程なくして過ぎ去り、ノアも不思議な気配を感じなくなったらしい。瞳からは警戒の色が消えていた。


「急に声を出してしまってごめんなさいね。話は終わりよ、とにかく私には執拗に関わらないで」


 これ以上の無駄話はする気がないと、ノアは素っ気なく言い切ると足を進めた。アビもあまりに刹那の出来事で、特にこれといった身体の異常も見られなかったため、ノアにその異様な感覚について言及することはしなかった。


 そこから目的地で風の玉を見つけてダンとユミンと合流するまで、ふたりの間に会話は一切無かった。




*****




 試験開始から六時間ほど経った頃。太陽はすっかり水平線に沈み、辺りは暗闇に包まれていた。無人島でのサバイバルということもあり、当然ながら野宿をするわけだが、ここでダンが意外な一面を見せる。


「火起こしのコツは焦らないことだ。中途半端な火種だと点くもんも点かないからな。イケると思ってからもういっちょ先まで続けるんだ。そうすると――――ほらっ」


 火起こしの極意的なものを語りながら、それっぽい動作で木枝を擦り続けること数分。出来た火種を集めた落ち葉や細かい枝に移し、優しく息を吹きかけるとボッと炎が燃え上がった。それを予め用意し重ねた枝の元に置き、大事に育てることでイメージ通りの焚き火が完成する。


「凄い・・・・・・あっという間に出来ちゃった」


「ダンにこんな特技があったなんて知らなかったよ」


 意外な一面を目の当たりにしたユミンとアビが完成した焚き火を前に感嘆の声を上げる。ダンも褒められたことで照れくさかったのか鼻の下を指で擦った。


「へへっ、すげーだろ。俺、実家が農家でよ。小さい頃からこういうのは遊びでやってたから得意なんだよ。そうだ、今日の寝床も作らねーとだな。俺手頃な葉っぱとか集めてくるわ」


 そう言うとダンは松明代わりに焚き火から一つ太い枝を取って、木々の中へと消えていった。慣れない環境での生活を強いられる今回の試験も、自然に強い人がひとり居るだけで難易度は大きく違ってくるだろう。


「そういえば、アビ君は見鏡のタロット使えるようになったの?」


 勇ましい背中を見送った後、隣に座るユミンが聞いてきた。


「それがまだなんだよね。戻ってからもう一回試してみたんだけど上手くいかなくて。ユミン、何かコツとか無いの?」


「私も偶然出来たってだけだから教えられるようなことは何も――――」


 そこまで言って、ユミンは何か思い出したのかこんな提案をしてきた。


「そういえば一次試験が終わった時に、副会長がアビ君は霊力を使いすぎって言ってたような・・・・・・。アビ君ってたしか自前のタロットカード使ってたよね? その時の感じで、見鏡のタロットを捲ってみたらどうかな?」


「タロットカードを捲るように・・・・・・か。うん、やってみるよ!」


 アビは見鏡のタロットを裏返して持ち、一次試験の時を思い出しながら、手元に意識を集中させる。ただ、なんとなくそれだけでは不十分だと思い、実際に何か占ってみようと、心の中で次のように念じてみた。


――――ノアと仲良くなれますか?


 そうしてアビは見鏡のタロットを捲る。


「これって・・・・・・女教皇のタロットだよね?」


 隣に座ったユミンがカードに映し出された絵柄を覗き見て呟く。そこには確かにユミンの言う通り、【大アルカナⅡ 女教皇】のタロットが映っていた。

 だがアビはそんなことよりも、無防備格好で身体を寄せてくるユミンが気になって仕方なかった。肩と肩が触れ合いそうなほど近い。控えめな性格なのに何て大胆なボディで大胆な行動を取るのか。アビは頭の中に広がる妄想を振り払うのに精一杯で、ユミンの問いには無言で頷いていた。


「ってことは成功だねアビ君! よかった~、これでアビ君も霊力が使えるようになったってことだもんね」


 隣で自分の事のように喜びはしゃぐユミン。その度に揺れる胸はやはり目に毒だった。


「せっかくだからアビ君のところに届いてるヒント、見よう?」


「うん、そうだね」


 本当は占いの結果として表われた女教皇のカードの意味を考えてみたかったが、ユミンがルンルンと嬉しそうにしていたため、そっちを優先させることにした。


「【ヒントⅢ 大地の逆鱗。流れる血の涙。果てた土塊に地の玉は眠る】だって」


「どういう意味なんだろう、よく分からないね?」


 確かに既に得た二つのヒントよりも情報量も多く、故にそれぞれが何を指しているのか想像しづらいものとなっていた。

 難しいヒントに頭を悩ませていると、大きな葉を抱えたダンが戻ってきた。


「戻ってきたぞー! 今から寝床作りすっから、二人も手伝ってくれ」


 最初からノアは頭数に入れていないのか、二人と強調して言うダン。アビはちらっと横目でノアを見るが彼女は欠片も気にしていない様子でじっと空を眺めていた。

 自然の産物で作られた簡易ベッドは思いの外心地良くて、一次試験からの疲労もあってか横になってからは泥のように深い眠りについていた。




*****



 

 全チームが迎えたセフィロス島での初めての夜。その日も例年の通り、異常な光景が複数のチームで目撃されていた。


「きゃああ! 今、何か白いのが通った!」


「な、なんなんだあれは!?」


 静寂の夜。月明かりに照らされた青と白のナニカが百鬼夜行の列を成していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ