第一章8 二次試験開始。不穏な幕開け?
ハーレムとは決して言えない、情欲に駆られることが男としての終りを迎える修羅場を文字通り必死で耐え抜き、一行を乗せた船は目的地であり試験会場であるセフィロス島に到着する。
試験の内容は気絶した老爺の代わりに若い女性教員が説明してくれた。
《新入生入学試験Ⅱ》
ルールⅠ 四人一組でチームを組む。
ルールⅡ 島に到着してから二回目の日の出までに島の山頂にチーム全員で辿り着く。
ルールⅢ 所定の場所に配置された火・水・風・土の四つの玉を集める。
ルールⅣ 持ち物は見鏡のタロットのみ。服装は学校指定の下着のみ可。
ルールⅤ 島の南西にあるアクアルーナの別荘には近づかないこと。
以上が今回の試験内容だ。ざっくり纏めると、二泊三日のトレジャーサバイバルといったところだろう。約二日間の無人島生活を余儀なくされるというのにすっぽんぽんで放り出されるなんて無防備にも程がある。せめて最後に無人島に何か一つ持って行くなら何を持って行きますか? と質問して欲しところだ。
二次試験の説明が終わり、各自荷物や脱いだ服を纏めるために一時解散となった後、一人ずつチームの番号が伝えられた。
チームはA~Fの六つの大きなグループとそこからさらにⅠ~Ⅹの番号に振り分けられて作られていた。四人一組だと端数があるのでAグループだけXⅠまである。
全チームが一斉に島に上陸するわけではなく、グループごとにスタート地点を分けるようで、Aグループから順番に下船していく。ちなみにアビのチームはDのⅡだった。
島に着いてからチーム毎に指定の場所にて集まる段取りとなっている。アビはチーム戦と聞いてどんな人と一緒に組むことになるのか、期待と不安に胸を膨らませる。
船を下りたアビは教師陣に促されるままに集合場所に向かった。
「おい、どーしててめぇがここに居るんだ?」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
指定された場所に近づくなり聞こえてきたのは険悪なムードを漂わせる男女の掛け合いだった。チームでの協力が必要不可欠であろう今回の試験なのに早くも雲行きが怪しいことにアビは不安を抱きつつ、自らのチームメイトであろう二人に声をかける。
「あのー、ここってDのⅡの集合場所で合ってま――――あ!」
「ん? おぉアビじゃねーか! もしかしてお前もDのⅡだったのか?」
アビに気づいた二人の内、男子生徒の方がさっきまで作っていた堅い表情を緩める。ダン=デンガンだ。
「うん、そうだよ! まさかダンとまた一緒になるなんてちょっとした運命を感じちゃうよ」
「同感だ。アビとは今後も何かしらあるだろうとは思ってたけどよ、まさかこんなにも早く一緒になるとは思っても無かったぜ!」
軽口を叩き合い偶然の再会に喜ぶアビとダン。するとそこにまたしても聞き馴染みのある声がかかる。
「失礼します。私もDのⅡのメンバーで――――えっ、アビ君!?」
「ユミン!? 君も同じチームだったんだね!」
なんとそこに現われたのは既に顔馴染みの深い瑠璃色髪の少女、ユミン=ウェンディーネだった。二百名を越える受験者が集う中、この三人が揃う確率は一体どれほどだろうか。正確に測らずとも直感的に奇跡に近いことだけは分かる。
「凄い、これはもう単なる偶然じゃなく運命だよ。ほらなんだっけ、生まれた時は違えども死ぬときは一緒・・・・・・みたいな。もうそんなレベルの何かを感じずには居られないよ!」
興奮したアビが運命なんて大袈裟な表現をするのでダンもユミンも少し恥ずかしそうに視線を逸らした。しかしまんざらでも無いのか、嬉しそうに微笑む。
旧知の仲ではないにしろ、厳しい試験を共に突破したことで生まれる一体感。そんな和やかなムードをつくる三人衆に対し、その傍らで輪に入れず寡黙を貫いていたもうひとりのメンバーが冷たい視線を向けながら口を開いた。
「まだ試験は終わってないというのに随分とお気楽なものね。友情とか絆とか運命とか。くだらない。綺麗なのは表面だけで中身は空っぽ。そんなものを見せられる私の身にもなってくれるかしら? 正直吐き気しかしないわ」
和やかな雰囲気をぶち壊すかのように辛辣な言葉を並べる少女の名を知らない者は居ない。雪と鉄の魔女。まさにその異名に相応しい冷徹さでノアはこの場を凍り付かせる。それが一人除け者にされたことへの寂しさや嫉妬では無いことは火を見るより明らかだろう。白い画用紙に墨を落とすように空気が滲む。
「てめーには一生分からない、味わうことの出来ないものだろうな。悲しいやつだぜ」
「味わう何もその気が最初からないのだから哀れまれるのは心底心外よ」
「いちいち鼻に付くこと言いやがって。俺はお前を仲間とはぜってー認めねぇからな!」
「学習しないのね。これが最後よ。そっくりそのまま返すわ」
既知の存在の登場に一時休戦していた二人の言い争いが再び口火を切ってしまった。そしてその内容からこれがもう何度目かのやり取りであることも後からきたアビとユミンは知る。すなわち暖簾に腕押しというやつだった。
互いに互いを嫌っている。その一点のみが唯一同じでそれ以外は水と油。決して交わることは無い関係。これからチーム一丸となって試験に挑まなければならないというのに、早くも軋轢が生じてしまっていた。
友人との再会に嬉々していたため視界の端に捉えた彼女は後回しになってしまっていたが、アビにとってノアという少女は憧れに近しい存在だった。
占い一家であるアクアルーナ家の娘で、占戦術師として優れた才を持つ彼女。そのカリスマに惹かれるのは何もアビだけでは無い。占戦術師を目指す者ならば寧ろ憧れて当然と言える。しかしダンは彼女に憧れるどころか深い嫌悪感を露わにさせていた。
「ま、まぁ落ち着こうよダンくん。せっかくサジダリウスさんが間を取り持つように計ってくれたんだからさ。ほら、昨日の敵は今日のって言うでしょ?」
「昨日どころか小一時間も経ってねーけどな。ユミンにはわりーけどよ、俺の直感がいや霊体が叫んでるんだよ。この女とは決して同じ窯の飯は食えない、仲良くなれないってな」
どうせ無理ならいっそ振り切ってしまえと、ダンは息を荒げて言い切る。断固たる意地とやらを突きつけられたアビとユミンは互いに顔を見合わせた後にため息。絡まった糸を解そうにも余計に拗れてしまうと悟ったのだ。
しかし何故こんなにもダンはノアに食ってかかるのか。入学式会場での一悶着についてアビは詳細を知らない。船でサジダリウスが謝罪をしに来たが、その内容ついては一切触れることが無かったからだ。だがそれを差し引いてもこの突っかかり方は異常だと思った。出会って間もない二人がここまで険悪になるなんて相当な喧嘩でない限りあり得ないのだ。
なんとかしてチームとして協力を築きたいが何も知らないため闇雲に突っ込むことは出来ないとアビは頭を悩ませる。もしこの場にタロットカードがあったなら迷わず引いていただろう。――――どうしたら仲良くできますか? と。
「これもどうせあの白顔の副会長の仕業でしょう。改めて言っておくけどあなた達と仲良くする気は無い。けれど邪魔するつもりも無いわ。あなた達の下した判断に黙ってついていく。そこは安心しなさい」
たしかに副会長はノアに向けて意味深な言葉を投げかけていた。それが今回の二次試験のチーム分けに影響していると、ノアは判断したらしい。ただ、ノアは副会長の思惑に乗っかるつもりは毛頭無いようで、孤高を貫く姿勢を改めて告げた。
「――――ただし。二日目の夕方になって課題クリアの兆しが見られなかった場合には有無を言わせず残りは私に従って貰う。私からしたらこんな試験半日もかからずに突破できるところを、あなた達の意味不明なミスリードに文句一つ言わずに付いていくのだから当然よね?」
協力はしないが試験には受かりたいと、その意向を三人に伝える。前半は自由にやらせるから後半は従え。そんな身勝手で一方的な言いつけにこの男が黙って頷くわけも無く。
「そんな自己中な提案に、はいそうですかって首を縦に振るわけねーだろーが」
「なら最初から全部私に従う? その方が早く終わるし、このチームとか言う何の意味も成さない鎖も一瞬で外せるけど?」
ノアは自分の提案は協力体制を築きたくない互いにとって利害が一致していると、そう主張を続けた。その傲慢な態度に遂にダンがノアに向けて前のめりになる。
「分った、それでいいよ」
危険を感じ取ったアビがすかさずその間に割って入り、ノアの提案を受け入れると伝えた。ダンはアビの下した判断に「何でだよっ!」と詰め寄るが、アビはそれを首を振って制す。そして再度ノアに視線を戻して、
「でも一つだけ僕からお願いしてもいいかな? ――――もし困ったことがあったらチームメイトとして聞くから、その時は君の力を貸して欲しい。ダメかな?」
ワンクッション置き、相手が聞く姿勢になってからそのようにお願いをした。何か企んで言った訳ではない。ただ純粋に困ったら助けて欲しいとお願いをしたのだ。あくまでもチームとして一つの目標に向かう、その姿勢をアビは崩したく無かった。
「・・・・・・はぁ、それでいいわ」
ノアは腕を組んだまま数秒逡巡し、渋々承諾した。頼られたところで力を貸すつもりは無かったが、これがこの場の落としどころだと判断したようだ。
「ありがとう! そういうことだからダンもユミンもよろしくね!」
場の緊張感を吹き飛ばすような明るい笑顔でアビは二人に振り返った。危なげな空気が和らいだことでユミンは少し安堵の様子を覗かせ、そしてアビを讃えるように大きく頷いた。ダンも流石にこれ以上は何も言えないと不満を滲ませながらも受け入れる姿勢をみせる。
「ったくお前のその屈託の無い顔には適わねーわ。それはそうと、気分転換に海にでも入らねーか? よく見たらそこら辺の海とは比べものにならねーくらい綺麗な海だぜ!」
「本当だ! じゃあ、誰が一番に入れるか競争しよう!」
「うんっ!」「負けねーぞ!」
機転を利かせたダンの提案により海まで競争を始める三人。その後ろをノアはゆっくりと追う。
*****
「にしてもいけすかないよな。まるで人形みてーだ」
しばらく海で遊んだ後、ダンは砂浜に体育座りするノアの方を向いて呟く。確かにこうして遠くから覗く分には見てくれもすらっとしていて人形みたいだが、ダンの言い方からすると外見の話ではなく、単に感情が薄いという意味だろう。
「でも、きっとノアちゃんだけのせいじゃないと私は思うな」
「なんだよ、ユミンはあんなやつの肩を持つのか?」
分かりやすくムスッとした顔をするダンにユミンは「そういうつもりじゃないよ」と顔の前で手を振って続ける。
「身分とか立場っていうのかな。アクアルーナ家は占いの祖と言われるくらい有名だから、周りの目とか責任とか、そういう目に見えない圧力が沢山あるんじゃないかなって」
「そういえばルールにもあったけどアクアルーナの別荘があるって言ってたよね。ノアもこの島にきたことがあるのかな?」
ルールⅤ 島の南西にあるアクアルーナの別荘には近づかないこと。
先のダンとの対話の中でも、ノアは半日もかからずに試験を突破できると言っていた。以前よりセフィロス島に来訪したことがあるのならその発言も納得がいく。そのアビの疑問に対してユミンは意外なことを口にする。
「あくまでも聞いた話なんだけどね。セフィロス島はアクアルーナが生命を授かる島らしいの。ふたりもアクアルーナには女性しか生まれないっていう噂は聞いたことがあるでしょ?」
「うん、それは聞いたことがあるよ。しかもその全員が神から授かったって話だよね」
「そう。アクアルーナの女性は適齢期になると子を授かるためにこの島に来て、出産もこの島でするみたいなの。ほら、さっきのおじさんが言ってたでしょ、セフィロス島は神に最も近い霊力に満ちた島だって」
処女懐胎――女性が処女のまま、つまりは男女の交わり無しに子を宿すこと。
アクアルーナ家は占いの祖と名高い分様々な噂が語られている。その中でも最も有名なのがこの処女懐胎で神の子を授かる、そしてその全てが女の子であるというものだ。
アクアルーナの女性はこれまで誰一人として結婚を発表しておらず、また実存するアクアルーナに男がいないことがこの噂の根と考察されている。ただ、当家はそれを否認するどころか容認しており、もはや噂なのか事実なのかは分からない始末だ。
と、ここまでは占戦術師を目指す者ならば知らない者はいない内容だったが、ユミンの言う、セフィロス島がアクアルーナの出生地であることはアビもダンも初耳だった。
「神の大地にて神の子を授かる。そのために生まれくる子は全員が女性で、占術に優れていると。良く出来た話じゃねーか」
唸るように頷き納得するダン。そしてさっきノアの口から出た言葉を思い出す。
「だからさっき私なら半日でクリアできるって言ってたのか。生まれ故郷なら地図が無くても島の地形には詳しいもんな。てかよ、何も知らない場所に放り出されて四つの玉を探せって言う割に地図の一つも無いって、アクアルーナ以外無理ゲーすぎねーかこの試験?」
ダンの意見はもっともなものだった。試験を遂行しようにもそもそも無人島での生活自体が未知の体験で、多くの受験者は過酷を強いられるというのに、学校側は島の地図すら渡してくれなかった。加えて服も荷物も制限付き。宝探しなのにヒントも与えられていない。もし特定の場所を掘り当てないと出てこないようなものだったらどうしようもなく無理ゲーというか糞ゲーだ。
試験官役の老爺が一次試験を無謀な挑戦だと評価していたが、今回の二次試験はそれを遙かに上回る難度だと言えよう。
「んー、もしそうだとしたらノアが居ない時点で詰んじゃうよね? 学校側がそんな試験を用意するとは思えないよ。きっと何かしらの方法はあるんだと思う」
非公開ながらにも毎年行われているであろうこの二次試験。破格の難易度なのは認めるがそれを通過して学校に通う先輩方が居る事実がそれを否定する確固たる根拠だった。
「とはいってもよ、今の段階だとすっぽんぽんなうえに用途不明なカードのみだぜ? まさか当てずっぽうにこの島を探索するわけないよな? 直感云々の前に危険が潜みすぎだぜ? 特に大自然ってやつわよ」
「たしかに・・・・・・」
唯一持ち物として許可されたのは、入学式で配られた見鏡のタロットのみ。一体ここからどう進めば良いのだろうか。また直感だけを頼りにこの自然に満ちた大地を無作為に散策しなければならないのか?。
ダンにしては的を得た疑問に、アビもうーんと首を捻らせて考え込む。
ふと、アビはユミンに目をやる。すると彼女はなにやら身体をくねくねと捩らせていた。アビは気になって声をかける。
「ユミン大丈夫?」
「へっ! あ、んう・・・・・・」
「具合悪いの? もう上がろうか?」
「えっと、その・・・・・・・・・・・・ちょっと、お手洗いに・・・・・・」
恥ずかしそうに頬を染めて、視線を這わせるユミン。
「なーんだそんなことかよ! どうせならこのだだっ広い海に流せば――」
「ばかっ! 女の子にそんなことさせちゃだめだろ! ――――とは言っても、確かにトイレ問題は付きまとってくるね」
女性に対して、いや海に対しても失礼なダンの頭に手刀を振り下ろして、アビはダンを止める。その後ユミンに気を遣いながら辺りを見渡すも、やはり仮設トイレの一つも見当たらなかった。男ならまだ羞恥なくその辺で用を足せるかもしれないが、ユミンは厳しそうだ。
「だ、大丈夫! 向こうの方で隠れてするから、ふたりは気にしないでここにいて!」
そそくさと岸にあがり、茂みに向かうユミン。いくら気にしないでと言われても本人があんなにも恥ずかしそうにしてたら気になってしまう。それに、
「なぁアビ、ひとついいか」
「何だよダン」
アビは少し棘のある口調でダンの顔を窺う。何か余計な一言を口にするような気がしたのだ。
ダンはそんなアビに一目することなく、真っ直ぐに岸の方を見つめていた。ダンにしては珍しく真剣な表情だった。
「ユミン・・・・・・・・・・・・・・・・・・大っきいよな」
溜めに溜めた後、誇らしげに、いや清々し面持ちでそう呟いた。
「――――ッば、ばか! 頑張って意識しないようにしてたのに、また棍棒で滅多打ちにされちゃうじゃないか!」
ダンの重要そうで重要では無い、しかし実はとても重要なことを重要そうな顔つきで告げた。アビは思わず声を裏返して叫んだ。その様子を不審に思ったノアがちらりとこちらを見る。
そう、ずっと意識しないように心がけてきたがユミンの胸はとても大きかった。小柄な体型にふんわりとした髪、少し内気で表立つような性格ではなく思わず護ってあげたくなるような可愛らしい女の子。しかし胸だけはもの凄く主張が強い。本人は全く意識していないだろうがどうしても強調しているように見えてしまう。それが最強の武器だと理解しているかのように。
体型に似合わないそのたわわなお胸。しかも今は全員が下着姿で防御力は0に等しい状況で、歳頃の男の子が意識するなと言われてできるだろうか?
――――――――――否!
顔を見れば必ず視界には入ってくるし、意識して見ないように心がけても五秒に一回は視線が吸い寄せられる。これはもう一種の魅了魔法と言っても過言では無い。
もし煩悩に負けて、欲に駆られて興奮してしまえば、また船上での悲劇が繰り返される。その痛みの記憶だけを頼りに必死に抗ってきた二人だったが。
「大丈夫だ、流石に海の中では歪んで見えないだろう」
海の中、水の中、学校側はそこまで監視できないだろうと高を括るダン。その気の緩み、甘い考えが仇となり、二人の思惑を余所に水面には黒い影がゆっくりと近づく。
「煩悩を発見! 直ちに始末します!」
「「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアア」」
島中の鳥たちが羽ばたき大空を舞った。
*****
「な、なに!?」
ちょうど二人の悲鳴が上がった時、木陰に隠れていたユミンは異変に気づき肩をびくりと震わせた。が、それはけっして二人の叫び声に反応したわけではない。というより彼女には二人の絶叫は届いてすらいなかった。何故ならそれを凌駕するほどの爆音が島の中央付近――――山の頂上から吹き出ていたからだ。
「これってもしかして・・・・・・噴火!?」
ユミンが起きた事態を把握しようとする際にも大地は慌ただしく踊っていた。ユミンは揺れる地に覚束ない足取りで茂みから砂浜へと戻る。見上げた上空には黒い煙幕がモクモクと広がっていた。
「やっぱり島が噴火したんだ――――――きゃああああ!!」
上空から視線を戻した瞬間、ユミンは顔色を自身の髪色と同じく青に染めて悲鳴をあげる。彼女が目にしたのは死体のように海に浮かぶチームメイトの背中だった。
海に浮かぶ変態二名と凄絶とした表情で走り寄ってくる瑠璃色髪の少女。その少女の背後には爆発した山頂から流れ出る火砕流と巻き上がる噴煙。その惨憺たる状況に身を置きながらも、水色髪の少女は平然と砂浜で膝を折って座っていた。
「ノ、ノアちゃん! これは一体全体、かくかくしかじか、どういう状況なの!?」
二人に駆け寄るよりも先に、近くに居たノアにことの経緯を確認するユミン。その場で足を踏みならし、じたばたするユミンをノアはゆっくり見上げて、
「見ての通りよ。二人は金的を受けて気絶、山は噴火した」
「なななな、なんでそんなに冷静で居られるの!?」
「何でって、予想してたからよ。まあ、あの二人については予想というより・・・・・・、いえ、これも予想の範疇ね」
慌てふためくユミンの揺れる胸に目をやってから、ひとり勝手に納得して頷くノア。どういうことなのか分からなかったユミンは頭をちょこんと傾ける。そして頭の中で情報を一周させたあと、結局理解できなかったようで、
「よ、く、わからないけどっ、私、二人を助けてくるね!」
とりあえず二人が沈没しないようにすることが優先事項だと走り去って行く。その直後に島全体に『試験開始』のアナウンスが流れた。
「試験開始の合図にしては随分派手な演出ね。それにしても助けるって。あなたが行ったら・・・・・・というより触れたら余計に助からないのでは? まぁ、私には知ったことではないのだけれど――――」
お世辞にも自分にはないむっちりとしたボディの少女を揶揄しつつ、それ以上の関心は無いのかそっぽを向く冷徹な少女。しかしちらりと傾けた視界の端で非力な少女の姿を捉えると、大きなため息を一つ付き重い腰を上げた。
*****
「す、すげぇな。空一面を黒い煙が覆ってやがる」
意識を取り戻したダンが上空を見上げて舌を巻く。島の中央に位置する山の頂を中心に広がる黒い煙はまるで山が帽子を被っているかのように大きな雲を形成していた。それほど大きな噴火があったというのに、辺りには砂塵の一つも飛び散っていない。
「山が噴火したのは本当なんだよね?」
「う、うん。凄い揺れだったし、音も凄かったから本当だと思うけど・・・・・・」
アビの確認に少し自信なさげにユミンが答える。彼女が見たのは噴煙が巻き上がった後の惨状だ。確実に噴火があったかは不明であった。
陸と空とで見られる情報の不一致。唯一この場で全てを把握しているとしたらノアであったが、彼女は全く会話に参加する気がない様で、自身の肌に付いた水滴を手で払い落としていた。
「こうした危険は島の至る処に有りそうだね。これからは一人での行動は避けて最低でも二人以上で纏まって行動するようにしよう」
これが自然の摂理なのか、それとも学校側が仕組んだものなのか。おそらく後者が濃厚であると予想はつくが、一概に言い切れるものでもない。今居るのは神の島セフィロス島。デウスエクスマキナ染みた事象がゴロゴロと転がっているやもしれない。
皆を心配しての提案だったがノアはこちらを睨んでいた。二人一組というのが気に入らなかったのだろう。
「にしてもお腹すいてきたな。残り二日間飲まず食わずで過ごすのは流石にきついぞ」
「そうだね。水と食べ物を探すついでに島の探索にいこうか」
試験開始のアナウンスも流れた。既に多くのグループが移動を開始していることだろう。自分勝手なノアの事といい、つかみ所の無い試験の事といい、手探りでしか進めないが時間は限られている。
遅れながらもアビチームも二次試験、神の島セフィロス島に挑むのだった。